黄金の日々


 

 



第2部 第9話 リディアの決意と、エミリアの覚悟




 ――そこは、天空遙かなる、さらにその上。

 雲の端に立ち、下界を見つめるひとりの男。
 黒髪を僅かに風に揺らし、その淡い色の瞳はじっと下の方を凝視していた。
 白を基調にした軽装の甲冑に身を包み、腰には一振りの長剣を提げている。
 なにより印象的なのは、彼の背中に生えている純白の翼。

 彼の見つめる先には、人間たちの住む地上がある。
 だが、彼の視線はそれよりも先、人間界よりもはるか地下にある魔界を見据えていた。



 と、その時だった。



「やっぱり行っちゃうの、シトリー?」

 背後からかけられた女性の声に、シトリーと呼ばれた男は振り返る。

「……エミリアか」

 そこに立っていたのは、彼と同じ白い甲冑に身を包み、純白の翼を生やした黒髪の少女だった。
 その、黒くてくりっとした瞳に不安の色を浮かべてこちらをじっと見つめていた。

「どうしても行っちゃうの?」
「ああ」

 少女の問いかけに頷くと、シトリーは己の心情を吐露し始める。

「この頃のあの方のなさり様はおかしいと思わないか?たしかに、もともと潔癖なところはあったんだろうけど、最近はあまりにひどすぎる。悪や闇に属する者を人間界から追いやるのはまだいいさ。しかし、疑わしい者まで全て始末しろというのはどうだ?根拠もないのにだぞ。それに、悪や闇を連想させるからといって、濁ったものや黒いものを毛嫌いするなんて、潔癖にもほどがあると思うだろ?おかげで、今では黒髪の天使たちは皆疎まれて肩身の狭い思いをしているじゃないか!」

 憤懣やるかたないという表情で吐き捨てられる、言葉の数々。

 彼の言う"あの方"とは、この天界を統べる唯一絶対の存在、神のことだ。
 実は彼自身、遠目にしかその姿を見たことはない。
 間近に神と相見えることを許されているのは、天界でも限られた人数の熾天使や智天使といった上位の天使だけだ。

 その他の天使たちにとっては遠い存在であった神からの命令が極端になってきたのは、この100年くらいのことだった。
 これまでシトリーたち天使は、神の命によって人間たちの世界から人に災いする魔なるもの、悪なるもの、闇なるものを魔界へと追いやってきた。
 正義をもって世界の秩序を維持すること、それが天界の務めだった。

 それが、少し前――とは言っても天界の時間の流れの中でのことなので、人間の感覚では100年ほど昔なのだが――から、神の、悪や混沌への嫌悪は常軌を逸していると思えるほどまでに苛烈になった。
 より純粋な正義をもって、人間界から邪なるものを追い払えと言い出したのだ。
 たしかに、昔から神は穢れたもの、邪悪なるものを憎む心は強く、それら邪なるものに対しては厳しく、容赦がなかった。
 それは、考えようによっては以前からの姿勢をより妥協なく推し進めたものと言えるかもしれない。
 だが、シトリーの目には、そういった神の反応はどこか苛立ち混じりで神経質なものに映った。
 その、行き過ぎとも言えるほどの異常さは悪魔や妖魔だけでなく、そのおそれのあるものまで打ち払うようにという命令が出されたことにも表れているように思えた。
 そして、濁りや汚れ、黒といった特徴などがその印であるとされた。

 だが、天界にはシトリーのように黒髪の天使も少なからずいた。
 たしかに、神が天界の全てを握るために他の神々を追い出す戦いを起こしたときには、どちらかといえば善、という程度の者たちも神の側について戦い、それが終わると天使の地位を得た。
 長い時間が経つうちに、そういった者の中から、自ら魔界に堕ちていって「堕天使」と呼ばれる存在になってしまった者がかなりの数になったこともまた事実である
 シトリー自身、自分が純粋な善ではなくて、曖昧な存在であることは自覚していた。
 しかし、堕天使となった天使が全て黒髪だったわけではない。
 輝くような金髪を持ち、熾天使の地位さえ得ていた者が魔界に堕ちたことすらあるのだ。
 そもそも、数多いる天使たちの個性はそれぞれであるのに、髪の色などで善か悪か判断すること自体がナンセンスだ。
 かつて天界は、そこまで居心地の悪いところではなかった。
 それが、神のヒステリックとも思える命令が下ってから、自分たちを見る周囲の目が明らかに変わったことに彼は気づいていた。
 紛れもなくシトリーも、かつて人間たちに崇められていた多くの神々を魔界へと追いやって、今いる神が天界に覇を唱えるのに力を尽くしてきた天使のひとりだというのに。
 もちろん、だからといって直ちに彼らが天界を追放されることはなかった。
 しかし、そんな環境にあるいは憤り、あるいは失望して自ら天界を去った者がいたのをシトリーは知っていた。

 そしてその日、彼自身も天界を去ることを決意したのだ。

「ちょ、ちょっと、シトリー!?」

 あからさまに神を批判する言葉に吃驚して言葉を失うエミリアを見て、シトリーはいったん口をつぐむ。
 だが、すぐに自虐的な笑みを浮かべて再び口を開いた。

「まあ、あの方の言うことも当たっているのかもしれないけどな」
「ええっ?」
「たしかに僕自身、清廉や高潔だと胸を張って言えるわけでもないし。自分が善かと問われたら返答に困る時もあるんだ」
「そんなっ……シトリー……」
「それは僕だって、昔は青臭い正義感の方が勝ってあの方の理想のために戦ったこともあるさ。でも、時が人を変えるように、天使も変わっていくものなのかもしれない。長い時の間に、僕は自分が絶対的な正義や秩序を守るために生きるような存在でなくなってしまったことに気づいたんだ。あの方は、そういうのをお見通しなのかもしれないな。……それにどのみち、黒髪の僕はここにいてもなにもいいことはないさ」
「だったら!あたしも連れて行って!」

 そう叫んで、エミリアがシトリーにしがみついてくる。
 こちらを見上げるその大きな瞳は、涙で潤んでいた。

「えっ?」
「だって、あたしだってこんな黒髪だもの!あたしだって、みんなに良く思われてないのはわかってるもの!あたしも……あたしも、ここにいたっていいことなんかないよ!……それに、シトリーが行ってしまってひとりだけ天界に残るなんて、あたしには耐えられない!」

 悲痛な面持ちで一気に話すうちに感極まってきたのか、エミリアの目から涙がこぼれ落ちる。

「エミリア……」

 シトリーには、彼女の気持ちはわからないではなかった。

 エミリアは、昔から同じ髪の色の自分を慕ってくれていた。
 戦闘や作戦行動でも一緒に行動することが多かった。
 だから、シトリーは彼女のことをよく知っているつもりだった。

 天使には、ひとりずつそれぞれに特技というか、特殊能力がある。
 エミリアのそれは、変身能力。
 それを使って、彼女は情報収集や敵中への潜入を行うことがあった。
 そしてそれは、時に相手を騙すことも余儀なくされる性質の任務だった。
 だが、理由はなんであれ、そして相手がなんであれ、騙すという行為を良く思わない者が天界には多いのも事実だった。
 命令のため、もしくは作戦遂行のために良かれと思ってしている行為のために仲間から蔑まれたり、白い目で見られてしまう。
 それに耐えるには、彼女はあまりにも純粋すぎた。

 しかし、シトリーには即答ができなかった。

 彼女のその純粋さは、ある意味天使らしいともいえる。
 そんな彼女を魔界に連れて行っていいものなのか……。

「でもな、エミリア。魔界に行っても、やっぱりいいことはないかもしれないぞ?」
「シトリーがいるじゃない!……あたしは大丈夫。シトリーがいてくれてさえいたら、あたしは大丈夫だから。だから、あたしも一緒に連れて行って!」
「おまえ……」

 必死に縋りついてくるエミリアを見て、シトリーは戸惑いを覚えていた。

 自分のことをここまで慕ってくれている後輩天使を、かわいく思わないはずはない。
 そこまで言われたら、連れて行ってやりたいとも思う。

 だが、戸惑いの原因はそこではなかった。

 彼女を自分のものにしたい。
 自分だけの女にしたい。
 彼女のことをかわいいやつだと思うのと同時に、そんな欲望が湧き上がってくるのを抑えられない自分がいることに気がついて、シトリーは戸惑っていたのだった。

 長いこと彼女と行動を共にしていても、そんなことはこれまで考えたこともなかったというのに。

 それは、自分が天界から出て行くことを決意したからなのか、それとも、そんな感情を抱くようになってしまったから天界と合わなくなってしまったのか、それは彼自身にもわからない。
 だが、彼は今、エミリアを自分のものにしたいという抗いがたい衝動に駆られていた。
 そして、自分にはそれができるとも感じていた。

 本来、シトリーの持っている能力は人の心理を読み、反対に己の思念を流し込むことによって相手の思考や行動を誘導する、といった性質のものだった。
 その自分の能力のことを、彼は他人には一切話したことはなかった。
 そのような他人を操る力のことを明かしても、どうせ彼が他の天使たちに蔑まれる理由がひとつ増えるだけなのだから。
 だが、それを使えば彼女を自分のものにできるのではないか……。
 いや、できるという確信が芽生えていた。
 いままで試してみたことはないが、思念ではなくて己の力そのものを流し込むことで、エミリアの心も体も自分の虜にすることができると。

「……シトリー?」

 シトリーが黙りこくっていると、エミリアの不安そうな声が聞こえた。
 小さく睫毛を震わせてこちらを見上げているその姿に、シトリーはもう衝動を抑えることができなかった。

「わかった。その代わり、僕のものになるんだ、エミリア」
「シトリーの……ものに?」
「そうだ。そうしたら一緒に連れて行ってやる。それが嫌ならここに残るん……」
「なるっ!あたし、シトリーのものになるから!だから、あたしも連れてって!」

 シトリーの言葉が終わる前に、エミリアの必死の返事が帰ってきた。

「あたし、シトリーのものになるから。だから……だから、お願い……」

 小さな子供が駄々をこねるみたいにかぶりを振るエミリアを見て、シトリーの心は決まった。

「ああ、いいだろう。……じゃあ、少しの間じっとしてろよ」

 また涙ぐんでいるエミリアを安心させるように微笑みを浮かべると、シトリーは手を伸ばしてエミリアの額に指を当てた。
 そして、指先から自分の力をエミリアの中に注ぎ込む。

 その瞬間、シトリーの瞳が妖しいほどの金色に輝き始めた。
 まるで、悪魔のそれのように。

「ああっ!?うあああああっ!」

 突然のショックにエミリアの表情が歪み、その目が大きく見開かれる。

 その中に力を流し込み続けながら、シトリー自身も驚いていた。
 自分のどこにそんな力があったのかと思うほどの、どす黒い欲望にまみれた力が湧き上がってきてはエミリアの中に流れていく。
 それはおよそ天使には似つかわしくない、完全に魔に属するタイプの力のように感じられた。

 だが、驚きはしたものの違和感や躊躇いは全く感じない。
 むしろ、不思議な高揚感すら感じていた。
 このまま、エミリアを自分の色に染め上げる。
 シトリーのことを想い、そのために生きる自分の女にする。
 力を流し込みながら、シトリーは気持ちの昂ぶりに酔い痴れていた。

「あああああああっ!ああぁ……」

 シトリーの力を受け続ける、見開かれたエミリアの瞳が小刻みに震えている。
 しかし、それもそんなに長い時間のことではなかった。

「ふぅ……終わったぞ」
「あああ……あぁ……」

 力を流し終えてもしばらくの間、エミリアは焦点の定まらない視線を彷徨わせていた。

「これで、おまえは僕のものだ」
「あたしは……シトリーのもの?……うんっ」

 声をかけると、エミリアは呆けた表情でシトリーを見上げてその言葉を反芻する。
 そして、その意味を理解したのか恍惚とした笑みを浮かべて頷いた。

 そんな彼女の姿に、いまだに金色に輝いたままの目を満足そうに細め、シトリーも口の端を歪めるように笑う。

「じゃあ、そろそろ行くぞ」
「うん」

 シトリーが手を差し伸べると、エミリアは嬉しそうにその手を取って立ち上がった。

 そして、ふたりは抱き合うようにして一緒に魔界へと堕ちていったのだった。






* * *







 ……
 …………
 ………………ん?



「あっ!?気がついた?シトリー?」

 目を開くと、涙の跡が残るくりっとした瞳がこちらを覗き込んでいた。
 その面影と大きな瞳は、さっきまで見ていたような気がする。
 しかし、あれはこんなに紅くなくて、もっと黒かったような……。

「……エミリア?」
「うん!……みんな!シトリーの目が覚めたわよ!」

 シトリーに名を呼ばれ、猫耳をピクッと震わせて嬉しそうに返事をすると、エミリアはその場にいた全員に声をかける。

 見回すと、自分が寝かされている寝台を取り囲むように主だった下僕たちが勢揃いしていた。

「シトリー様!」
「おじさま……ああ、よかった……」
「わたくし、シトリー様がもう目を覚まさないかと思って本当に心配しましたわ」

 取り囲んだ全員が、安堵の表情を浮かべる。

 ……ええっと、僕は?
 そうだ、アナトに愛の実を飲ませてそのまま……。
 じゃあ、今までずっと気を失ってたのか?

「く……」
「まだ起きちゃだめだよ、シトリー!」

 体を起こそうとしたシトリーを、エミリアが慌てて止めた。

「僕は、どれくらいの間寝てたんだ?」
「丸3日間です」

 と、これにはクラウディアが答える。

「3日だって!?」

 さすがにシトリーも、自分が3日間も意識を失っていたことに驚きを隠せなかった。

 仮にも、彼も悪魔である。
 それを、3日の間意識不明にするほど精気を搾り取られたというのだから。

「で、アナトはどうしてる?」
「はい。今のところ、シトリー様の意識が戻らないということで渋々ながら引き下がってはいるようですが……」

 シトリーの問いに、今度はシンシアが答えるが、どこか歯切れが悪い。
 彼女にも、この事態に対処する方策がまだ浮かんでないようだった。

「そうか。じゃあ、まだ僕の目が覚めたことは知らないな」
「はい」
「さて、どうしたものかな……」
「とにかく、シトリー様の意識が戻ったことはできるだけ伏せておきたいのですが、そう長く隠し通せるものではありません。その後は、リディアの幻術の力を借りてアナト様をごまかし、その間に対策を練るしかないかと……」
「ああ、そうだな」

 シンシアの提案が時間稼ぎにしかならないのはわかっていたが、シトリーもとりあえず同意するしかなかった。

 彼にも、あの状態のアナトを押さえつけるいい考えはすぐには浮かんできそうになかった。
 シトリーへの愛欲に燃えている今のアナトは、下手に彼から遠ざけようとすると何をするかわからない。
 おそらく、まともな手段では誰も彼女を止めることはできないだろう。
 その点では、なまじ愛の実が効いているだけに厄介だった。

 腕を組んで、シトリーはじっと考え込む。
 取り囲んでいる者たちも、黙ったまま発言するものはなかった。

「申し訳ございません、シトリー様。私が、毅然としてアナト様を拒んでいればこんなことには……」

 その場の重苦しい空気に耐えられなくなったのか、アンナが顔を手で覆って泣き出してしまった。

「おまえは悪くないさ。僕ですらこのザマなんだから、おまえがあの人に抗えるわけがないだろう。だから、そんなに自分を責めるんじゃない」
「はい……」

 力なく頷くアンナの肩を、エルフリーデがそっと抱いて慰めてやる。
 一方、隅の方でフィオナもまた項垂れていた。

「あの時、愛の実を使うのを私が止めてさえいれば……」
「ああもう、それも気にするな。愛の実を使ったのは僕の判断だし、まさかこういうことになるとは思いもしなかったからな。……とにかく、おまえたちは時間稼ぎに専念してくれ。その間になんか対策を考えることにするから」
「わかりました」

 シトリーの言葉でその場はお開きとなり、一同は天幕を出て行く。



 皆が出た後に、ただひとり、エミリアだけがその場に残っていた。



「シトリー、喉渇いてるでしょ?お水飲む?」
「ああ、すまないな」
「お腹はどう?食べ物は食べられそう?」
「いや、それは後でいい」
「じゃあ、先に体を拭いてあげるね。アナトに見つかるとマズいから水浴びもできないでしょ」
「ああ」

 いつになく、甲斐甲斐しくシトリーの世話をするエミリア。

 そうか……僕は、こいつの夢を……。

 その姿に、さっき見た夢のことを思い出していた。
 天界を出て行くあの日、彼女を自分のものにしたときの夢だ。
 思えば、エミリアが初めて自分のものにした女だった。

 久しぶりに昔のことを思い出してシトリーが感慨に浸っていると、その体を拭きながらエミリアの方から話を切り出してきた。

「ねえ、シトリーの魔力、前と比べてかなり落ちてるよね?」
「やっぱり、気づいてたか」
「当たり前じゃない。あたしが、どれだけシトリーと一緒にいると思ってんの。……それって、リディアちゃんのあの時のせいだよね?」
「ああ。……そういえば、あの時おまえもあの場にいたんだったな」
「うん……」

 エミリアが言っているのは、リディアがシトリーの下僕になって、その中の魔族の血が覚醒したときのことだ。
 あの時、シトリーと交わった彼女はその精だけでなく、魔力もかなり大量に吸い取った。
 普段、シトリーが相手に流し込んで消耗した魔力は、少し休息を取れば回復する。
 だが、リディアに吸い取られた魔力のかなりの部分が回復することはなかったのだ。
 彼自身、自分の力が弱くなっている自覚はあったので、なんとかごまかしながらやってきたつもりだった。
 たしかにその状態でも、人間やエルフ相手ならなんとかなったのだが、より強力な相手にはかなり苦しくなるのは否めなかった。
 だから、新たに目覚めたリディアの力に頼らざるを得なかった。

「ねぇ、それって?」
「ああ。あの時、僕の魔力の核になる部分をごっそりリディアに持って行かれてな。その分の魔力は元に戻らなかったのさ。覚醒した後のリディアの能力が主に人を操る方向に偏ってしまったのも、たぶん僕の魔力を大量に吸い取った影響だろうな」
「じゃ、じゃあ、シトリーはずっとこのままなの?」
「まあ、そういうことになる」
「そんな!それって、もうどうにもならないの?」
「どうにかしたくても、僕にもどうしたらいいのかわからないっていうのが実情だな。それに、今の僕たちにはリディアの力が必要だ」
「シトリー……」
「そんな顔するな。まあ、今の力でなんとかするしかないさ」
「でも、あまり無茶はしないでね。もしシトリーがいなくなったら、あたし……あたし…………」

 そう言ってシトリーを見つめる大きな瞳は、涙で潤んでいた。
 あの時、一緒に魔界に連れて行ってくれと縋りついてきた時と同じように。

 ああ……。
 魔界に来てから性格もかなり軽くなって、天使だった頃と変わってしまったと思っていたけど、こいつの純真なところはあの頃のままなんだな。

 魔界に堕ちてしばらくしてからエミリアはネコの姿を好むようになり、瞳の色も黒から淫魔のような赤みを帯びた色に変わった。
 それとともに、普段の態度もおちゃらけたものになっていった。
 すっかり魔界に染まってしまったと思っていたのに、心の奥では昔と変わらず一途なまでにシトリーのものであり続けていたのだ。

 しかし、エミリアがいくら心配しても、どうしたらいいのか彼にもいい方策が浮かばないのは変わらない。

「おまえの言いたいことはわかってる。でもな、どうしていいのかわからないっていうのも事実だしな」
「そんな……」
「とにかく、このことは皆には黙っていてくれ。特に、リディアには絶対に言うんじゃないぞ」
「うん……」

 まだ不安そうな表情で頷くと、その後は黙りこくったままシトリーの体を拭き終える。



「じゃあ、ゆっくりと体を休めてね。ここにパンとチーズを置いておくから、お腹が空いたら食べてね」
「ああ」

 枕元の台に食事を置くと、エミリアは天幕を出て行く。





「でもね、シトリー。あたしは、リディアちゃんはもう気づいてると思うんだけどね……」

 出がけにエミリアが小さな声で呟いたその言葉は、シトリーの耳に届くことはなかった。






* * *







 それから、魔界の軍勢はアルドゥヌムの町を包囲したまま状況は膠着していた。


 それというのも……。


「はんっ、いいわ、シトリー!もっと、もっとちょうだい!」

 黒髪の男を寝台に押し倒し、馬乗りになって盛んに腰を振り続けるアナト。
 押し倒されている男は、もう半ば意識を失っているようにも見える。

「ああっ、来るっ!すごいの来るっ!ああっ、あああああーっ!」

 アナトの体が弓なりに反り返り、ぶるっと全身を震わせる。

 すると、男は小さな呻き声を上げて泡を吹き、白目を剥いた。
 同時に、その髪の色が黒から茶色にと変わっていき、顔立ちも変わっていく。

「ええっ!?……またっ、また私を騙したわね!シトリー、シトリーはどこっ?どこなのー、シトリー?ねえ、シトリー、いないのー?」

 完全に別人になってしまった男の姿に舌打ちすると、爛々と目をぎらつかせてシトリーの名を呼びながらうろつき始める。

 もし、その姿を見た者が現代の日本人なら、東北のなまはげという祭りを思い浮かべたに違いない。
 そうでなくても、ただでさえ切れ長の目をいつもよりさらに釣り上げているその形相には、見た者を怯えさせるものがあったのだが。

 そして、そんな彼女の様子を物陰から窺っているのは、クラウディア、ピュラ、リディア、シンシア、エミリア、ニーナ、メリッサの7人。

「やはり、ただの男では1日も保たないですわね」
「リディア、早く次の準備をお願い」
「うん」
「ていうか、このままじゃうちの男みんな潰されちゃうよ」

 シトリーを探してうろつき回るアナトを眺めながら、一同はひそひそ声で会話を交わす。

 これがこの数日の間、毎日のように続いていた光景だった。

 リディアの幻術で男の兵士をシトリーに仕立て上げて、アナトの前に送り出す。
 すると、そのままアナトに力ずくで押し倒されて逆レイプ状態になる。
 男の方は幻術でシトリーのように見せられているだけのただの人間なので、1日も保たずに精を根こそぎ搾られ、泡を吹いて意識を失うこととなる。
 中には、そのまま二度と目が覚めない者も少なくはなかった。
 もっとも、アナトのような美人とセックスしながらなので、死んでも男冥利に尽きると言えないことはないだろうが。

 アナトもアナトで、もう何度も同じ手で騙されているというのに、新たにシトリーの姿をした男が現れたらいとも簡単に引っかかってしまうのだった。
 恋は盲目とはよく言ったものである。

 しかし、そのせいでアルドゥヌムの攻略にはなんの進展もなかった。
 それもそうだろう。
 全軍の指揮をする立場で、かつ町を覆う障壁を破壊する要となるべきアナトがこの体たらくなのだから。



 そしてその日、そんな状況についに堪忍袋の緒が切れた者がいた。



「まったく!いつまでもこんなことを続けているわけにはいかないわ!」

 憤慨したように立ち上がったのはシンシアだった。

「シンシア?」
「全軍の司令官ともあろう方が、毎日男の尻を追いかけ回してなんたるザマですか!私たちは一刻も早くこの町を落としてイストリアに向かわなければならないのですよ。だいいち、シトリー様は私たちみんなのご主人様で、あの人が独占してよいものではないわ!」

 もっともらしい理由をつけているが、どうやら彼女の本音は後者の方であるようだ。

「私、ちょっとあの方に直談判してきます!」
「ちょ、ちょっと、シンシア!?お待ちなさい!」

 クラウディアが呼び止めたのにも構わず、肩を怒らせてシンシアはアナトの方に歩み寄る。

「アナト様!」
「なによ?姑息な手で私を騙し続けてたみたいだけど、とうとうシトリーを出す気になったの?」

 シンシアが呼び止めると、その姿を認めてアナトが詰め寄ってくる。
 その顔には、明らかに剣呑な表情が浮かんでいた。

「アナト様、いつまでこのようなことを続けているつもりなのですか!?」
「なによ。シトリーを隠し続けてるのはあなたたちでしょ」
「そういうことを言っているのではありません!仮にも全軍を指揮する立場にあるあなたが、その職務を放棄してシトリー様を追いかけ回していてよいと思っておられるのですか?私たちは、早くイストリアに向かわねばならないはずです。それなのに、いったいこのザマはなんなのですか!?あ、あなたは自分の立場というものを、わ、わきまえてはおられないのですか!?」

 眦を決したシンシアが一気にまくしたてると、アナトの表情がどんどん険しくなっていく。
 シンシアを睨みつけて、不機嫌そうにその話を聞いている。

 その気迫に押されたのか、シンシアの額に汗が滲み、唇が小刻みに震え始めた。
 もとより、アナトが本気で怒ればシンシアなどひとたまりもないのはわかっている。
 それでも、彼女は一歩も引かなかった。

「もう、この町を包囲して何日が過ぎていると思っているのですか?わ、私たちは、こんなところで時間を無駄にしている余裕はないのですよ!」
「ふん、わかったわよ。要は、あの町を落とせばいいんでしょ?」

 ムスッとした表情のまま、アナトが口を開いた。

「そ、その通りですわ」
「じゃあ、あの町を落としたらシトリーを出しなさい」
「……えっ!?」
「私があの町を落としたら、シトリーを私の前に差し出しなさいと言ってるのよ」
「そ、それは……」

 アナトの言葉に、シンシアは即答しかねていた。

 シトリーには、なるべく時間稼ぎをするように命じられている。
 万が一アルドゥヌムの町が落ちたとしても、シトリーをアナトに差し出すわけにはいかない。

 だが、そんな彼女の様子を眺めながら不機嫌そうに鼻を鳴らすと、アナトは自分の槍を手にして馬に飛び乗った。

「まあいいわ。とにかく、あの町を落としたら腕ずくでもシトリーを引きずり出すわよ」
「……あっ!」

 シンシアが止める暇もなく、アナトはアルドゥヌムの町に向かって馬を走らせる。
 それも、単騎で。

 そのまま馬を駆りながら槍を構えたかと思うと、その穂先に赤い魔力の塊が現れた。
 そしてそれはどんどん膨らんでいく。
 つい先日、アナトが障壁にぶつけた球の大きさをはるかに超えて。

「はぁああああああああっ!」

 鋭い気合いと共に槍を繰り出すと、先日のそれの3倍近くに膨らみ、馬に乗った状態でも地面に触れそうなほどの大きさになった魔力の塊が凄まじいスピードで障壁を襲った。




「……なっ!?」

 遠くからそれを見ていたシンシアたちは、その後の光景に一様に言葉を失った。

 アナトの放った魔力の球を受け止めてぐっと撓んだように見えたのも束の間、あれほどの強度を誇った障壁が粉々に砕け散ったのだ。

 そして、アナトはさらに馬を駆って続けざまに魔力の球を放つ。

 今度は、凄まじい爆発音と共に町を囲む城壁が城門ごと吹き飛んだ。

 そのまま、濛々と土煙が上がる中をアナトは町の中へと突入していく。
 その姿が見えなくなり、またもや爆発音が聞こえたかと思うと、粉塵の向こうに見えていた宮殿の尖塔が崩れ落ちていく。
 さらに、続けざまに爆発音が2度聞こえ、宮殿のあった付近から火の手が上がるのが見えた。



 まさに、一騎当千、いや、それ以上だった。
 たった一騎で、強国モイーシアの都を落としたのだから。



 アルドゥヌムの町は、今や完全に混乱に陥っていた。
 恐慌状態になった町の住民が逃げ惑い、残っている城門から町の外へと逃げていくのが見える。



 そして、やはり大恐慌に陥っている集団がここにも……。



「いっ、いったいなんなんですの、あの非常識な力は!?」
「あっ、あたしも知らないわよ!あんな状態のアナトを見るのなんか初めてだもん!」
「それにしても、ま、まさかあれほどの力があるとは……」

 冷静沈着なクラウディアさえもが狼狽えている中、シンシアは蒼ざめた顔で唇を噛んでいた。
 そしてもうひとり、その青い色の瞳に憂いの色を湛え、黙りこくっている少女……。

「と、とにかく、全軍に町への突入と、敗残兵の追撃を命じましょう。そして、わたくしたちでなんとかしてシトリー様をお守りするのよ」

 クラウディアの指示で、全軍に伝令が回される。



 そして、全員が固唾を呑んで見守る中、炎上する町の煙の中に騎乗の影が浮かび上がった。
 燃えさかる炎を背景に、その騎馬は真っ直ぐにこちらに近づいてくる。
 出て行った時と同様、険しい顔で槍を携えたアナトだ。
 カッカッカッ……と蹄の音を響かせてシンシアの前まで来ると、そこでアナトは馬を止めた。



 だが……。



「さあ、町を落としたわよ。早く……シトリーを、出し……な……さ…………」

 言葉の途中でアナトの体が大きくぐらついたかと思うと、そのままどさりと落馬してしまった。

「アナト様!?」

 驚いた一同が駆け寄ってその体を起こすが、ピクリとも反応がない。
 息はしているものの、完全に意識を失っているようだった。

「これは……力を全部使い果たして気を失っちゃったみたいね」

 アナトの様子をつぶさに観察していたエミリアが、そう判断を下す。

「まあ、悪魔がこうなったらしばらくは目を覚まさないわよ」
「うそでしょ〜?私、悪魔が気を失うまで力を使い切るのって初めて見たわ〜」
「しかし、それくらい頭に血が上ってたってことね」

 全く動こうとしないアナトを見下ろして、エミリア、ニーナ、メリッサの悪魔3人が、感心しているのか呆れているのかわからない感想を言っている。
 一方で、シンシアは少し安堵した表情を浮かべていた。

「とにかく、これで少し時間の猶予ができたということね。とりあえず彼女を天幕に運んで、私たちは今後の対策を立てることにしましょう」
「そうですわね」

 シンシアの言葉に、クラウディアも同意する。

 と、その腕をくいっと引く者があった。
 振り向くと、リディアが真剣な表情でクラウディアの手を取っていた。

「……?どうしたの、リディア?」
「あのね、クラウディア様、お願いがあるの」

 そう言ったリディアは唇をぎゅっと引き結び、顔には固い決意の色が浮かんでいた。






* * *







 ――シトリーの天幕。

 その夜、下僕のほぼ全員がシトリーのもとを訪れた。

「ん?どうしたんだ、みんな揃って?」

 自分が招集をかけたわけでもないのに集まった一同を、シトリーは訝しそうに見回す。

 すると、リディアが一歩進み出た。

「あのね、おじさま……わたしが吸い取って減ってしまった魔力を、おじさまに返そうと思うの」
「なんだって!?おまえ、どうしてそれを?」
「だって、おじさまも前に言ってたじゃない。わたしのこの力は、おじさまの魔力を吸って伸びたんだって。それに、わたしの中に流れてるこの魔力、おじさまの波動を感じる……。わたしの吸い取ったおじさまの魔力は、わたしの中にそのまま残っていて、おじさまの力はその分だけ減ってしまってるんでしょ?」
「おまえ……そんなことまでわかるのか?」
「だって、わたしも魔導師だもの。それくらい感じることができるわ」
「しかし、僕に返すって言ったって、いったいどうやって?」

 リディアの申し出はともかく、その方法に見当が付かずに首を傾げるシトリー。
 と、リディアの後ろに控えていたクラウディアが口を開いた。

「それにはわたくしがお答えします。……これをご覧ください」 

 そう言って差し出された手のひらの上には、淡い青色の宝石が載っていた。
 見つめているとその中に吸い込まれてしまいそうなほどに静かな青色を湛え、この世のものならざる神秘的な輝きを放つ宝石だった。

「これは?」
「我がヘルウェティア王家に代々伝わる宝石です。これは、あらゆる魔なるもの、霊なるものを吸収して封印することができます。そのうえで、それを体内に移して封印したものの力を取り込むこともできるのです。歴代の国王は、強力な妖魔が国を襲った際にこの宝石を使って封印し、その力を取り込んできました。ヘルウェティアの王には、通常の魔法体系と異なる術を持つものがいたと言われていますが、それはこの宝石を使って取り込んだ妖魔の能力を使うことができたためです。取り込んだ能力を使えるのは一代限りのものなのですが、それを繰り返しているうちに蓄積されていった魔力そのものは生まれた子供にも受け継がれて、王家の者は常人離れした魔力を持つようになっていきました。同時に、王家の者の髪や目の色にも青みを帯びる変化が表れるようになり、わたくしがこのような髪の色をしているのはそのためなのです。……実は、初めてシトリー様と対面したときに、わたくしはこの宝石を使ってシトリー様を封印しようと考えていたのです」
「なんだって!?……あっ!」

 記憶の糸を手繰っていたシトリーは、リディアの精神世界でクラウディアの精神を堕としたときに、王家の人間が宝石によってこうなったという彼女の思念が流れ込んできたことを思い出した。

「なるほど!そういうことだったのか!」
「申し訳ございません。あの頃のわたくしは、シトリー様にお仕えする素晴らしさにまだ目覚めていなかったものですから……」
「いや、別にそれはもうどうでもいいんだけどな。……で、それを使ってどうするつもりなんだ?」
「クラウディア様にわたしを封印してもらって、それをおじさまに戻してもらうの」
「はぁっ!?……おまえっ!?」

 それまでクラウディアの話を黙って聞いていたリディアが、もどかしそうに口を挟む。
 その提案の意味していることを悟ったシトリーは、口をパクパクさせたまま次の言葉が出てこなかった。

「実は、この宝石のことは先生とリディアにだけは明かしていたのです。それで、リディアの方からこの宝石で封印して欲しいと頼んできて……」
「ちょっと待て!リディア……おまえ、自分が何を言ってるのかわかってるのか!?」
「うん。わたしはこの宝石に封印されて、おじさまの中に入るの。そして、魔力と一緒にわたしの全てはおじさまのものになるの」
「いや……そうなると、おまえという存在は消えてしまうんだぞ。それでもいいのか?」
「うん、かまわない。だって、わたしのこの力はもともとおじさまのものなんだから。今回のことがあって、おじさまの目が二度と覚めないかもって思ったときに、わたし、胸が張り裂けそうだった。わたしがおじさまの力を吸い取っていなかったらこんなことにならなかったかもしれないって。おじさまの力になれるようにってずっと頑張ってきたのに、わたしのせいでおじさまに迷惑をかけてしまって。……わたし、またこんなことがあったら、もう耐えられない。わたしが力を吸い取ったせいでおじさまが危険な目に遭うことになったら、自分で自分を赦せない!だから、わたしの全てをおじさまに返すの!もうそう決めたの!」

 話しているうちに感情が昂ぶってきたのか、リディアはシトリーにしがみついてくる。
 その肩が、小さく震えていた。

 声を殺して泣き続けているリディアを抱きながら、シトリーは困ったようにその場にいるメンバーを見渡す。

 全員、沈鬱な表情を浮かべたまま、ひと言も発しない。
 だが、真っ直ぐにシトリーを見つめるその目は、自分がその立場だったらリディアと同じ行動を取るだろうとでも言っているかのようだった。



 そして、クラウディアが静かに頷いたのを見て、シトリーも腹を括る。



「わかったよ、リディア。本当にそれでいいんだな?」
「……うん」

 シトリーが同意すると、リディアは泣き腫らした目で見上げてきてコクリと頷く。

「で、具体的にはどうするんだ?」
「はい。まずはリディアを宝石に封印してから、それをシトリー様に埋め込みます。……リディア」
「うん」

 クラウディアが合図すると、リディアは振り向いてその正面に立つ。

 その胸に青い宝石を押し当てて、クラウディアがなにやら短く呪文を唱える。
 すると、宝石はリディアの体の中にすうっと潜り込んでいった。

 そして、再びシトリーの方に向き直る。

「おじさま、この宝石は対象の、その瞬間の状態を封印するもので、潜在能力がいくら大きくてもそれは反映されないんだって。だから……」

 そう言うと、リディアは静かに目を閉じた。

 少しの間そうしていると、リディアの体を中心として魔力のオーラが漂い始める。
 それは、渦を巻くようにその華奢な体に纏わり付き、髪の毛を巻き上げていく。

 と、その時、灰色だったリディアの髪が紫色に変わった。
 同時に、耳の先がエルフのそれのように尖っていく。
 そして、ようやく開いたその目は、シトリーと同じ金色に輝いていた。
 その体から発せられる、並の悪魔をはるかに凌駕する濃密な魔力がビリビリとシトリーの肌を刺す。

「わたし、おじさまのためならなんだってするって決めたから。だから、おじさまの力を返すだけじゃなくて、わたしの力もおじさまにあげる。今、わたしの中にある全ての力をおじさまにあげて、そして、わたしの精一杯の力でおじさまを守るの……」

 そう言ったリディアは、驚くほどに無邪気で、澄み切った笑みを浮かべていた。

「リディア……おまえ……」
「おじさま、最後に一度わたしを抱きしめてくれる?」
「あ、ああ……」

 ねだられるまま、シトリーはリディアを抱きしめてやる。

 すると、リディアの方からも腕を絡めて抱きつき、愛おしそうに呟く。

「おじさま、暖かい……。わたし、これからずっとおじさまと一緒にいられるんだよね?おじさまの中で、おじさまの力になって、ずっと、ずっと……」

 そうやって抱きついたまま名残惜しげにその胸に頬ずりをした後で、リディアはクラウディアの方に視線を向けた。

「じゃあ、お願い、クラウディア様」
「わかったわ。では、始めるわね」
「うん……きゃあっ!くううううううっ!」

 クラウディアが呪文を唱えると、鋭い悲鳴とともにリディアの顔が苦痛に歪んだ。

「はうっ!ううううううっ!」
「おいっ、リディア!?」
「だ、大丈夫、わたしは大丈夫だから……くううううっ!」

 苦しそうに呻きながらも、気丈に振る舞うリディア。

 そして、その瞬間は突然訪れた。

「ああああああ……!」

 クラウディアが呪文を唱えてから1分ほど経ったとき、リディアの悲鳴がふっと掻き消えた。
 そして、床には先ほどよりやや紫色を帯びた宝石が転がっていたのだった。

「ああ……」
「リディア……」

 静かな輝きを放つ宝石を見て、リディアと一緒にいた時間が長かったピュラとクラウディアが悲しげに顔を背ける。

 だが、クラウディアにはまだやるべきことが残っていた。

 シトリーに歩み寄って、その足許にある宝石を拾い上げる。

「では、宝石をシトリー様の中に埋め込みます」
「ああ」

 シトリーが頷くと、手にした宝石をその胸に押し当てて、短く呪文を唱える。
 すると、宝石はシトリーの中に潜り込んできた。

「……おっ?おおおっ!?」

 宝石が体内に入ってきただけで、力が漲っていくのを感じる。

「いかがですか、シトリー様?」
「ああ、力がどんどん溢れてくるみたいだ」
「よろしゅうございました。1時間ほどもしたら、宝石は完全にシトリー様の中に溶け込みます。それで、全て完了です。これで……これであの子の想いも報われますわ」

 そう言ったクラウディアの目には、いっぱいに涙が浮かんでいた。

「おまえにも、つらい仕事をさせたな」
「いえ、いえ……。それは、リディアがいなくなったのは寂しいですけど、少しあの子が羨ましいです。こうやって、シトリー様の力になって、ずっと一緒にいられるんですから」
「そうか……」
「それと、わたくしからも少しお話が。……王家に伝わってきたこの宝石はあと5つ残っています。これを、全てシトリー様に差し上げます。これからも、いつ難敵が現れるやもしれませんから、きっとシトリー様のお役に立つと思います。使い方はわたくしがお教えいたしますわ」

 そう言って微笑んだものの、クラウディアのその笑みはさすがに寂しさを隠せないでいた。






* * *







 その後、皆が退出した天幕で、クラウディアから封印の宝石についての説明を受けた。
 それも終わり、クラウディアが出て行くと、入れ替わりにエミリアが入ってきた。

「じゃあ、寝る前にあたしが体を拭いてあげるね、シトリー。今日は、熱めのお湯を用意したから気分もさっぱりするよー」

 お湯の入ったボウルを枕元に置き、準備を始めるエミリア。

 その姿をぼんやりと眺めながら、シトリーはリディアのことを思い浮かべていた。

 シトリーに抱かれるときの、いやらしくて愛らしい姿。
 自分の前で見せていた無邪気な表情と、その無邪気さ故の悪魔にも勝るとも劣らない残忍さ。
 そして、マハの精神をもあっけなく絡め取ってしまったあの力……。

 ……待てよ?
 クラウディアは、宝石で取り込んだ相手の能力を使うことできるようになるって言ってたよな?
 ということは、単に魔力が戻っただけじゃなくて……。

 シトリーは、力を使っているときのリディアの姿を思い出す。

 あの触手……あれと似たものをリディアの精神世界の中で操ったことがあるが、その時と同じ感覚だろうか?

 その時のことを思い出しながら、手のひらから触手が出てくるようイメージしてみる。
 すると、その手から触手が1本伸びた。

「えっ?シトリー……?」

 シトリーの体を拭こうと振り向いたエミリアが、目敏くそれを見つける。

「いや、リディアの力を使えるかどうか試してみたんだが、どうやらうまくいったみたいだな」
「へえぇ……これ、リディアちゃんの力なんだぁ……」

 説明を聞いて、エミリアはうねうねと蠢いている触手を目を細めて眺めている。
 どうやら、リディアの能力と聞いて親近感が湧いたようだ。

 と、そこでシトリーが触手を操ると、その先がすっとエミリアの中に潜り込む。
 それを見て、さすがにエミリアも驚いて目を丸くした。

「ちょっ、シトリー?」
「なに、ちょっと練習してみるだけだ。なにしろ、この力を使うのは初めてだからな」
「そっか、練習かぁ。だったらちょっとくらい大丈夫かな」

 ちょっと練習という言葉に安心したのか、体の中に入ってきた触手を興味深そうに見つめている。

「これって、どんな感じがするんだ?」
「そうね、少しだけ肌がむずってするかな?でも、何かが入ってきてるって感じはしないよ。シトリーの方はどうなの?」
「うん……暗いな」
「へ?暗い?」
「ああ。なんか見えるような気がするんだが……」

 エミリアがきょとんとして首を傾げるが、シトリーもまだなんとも判断がつかなかった。

 触手を通じて、イメージが頭の中に直接送り込まれてくる。
 まるで、触手の先にもうひとつ目が付いているような感覚なのだが、今見えているものが何なのかがよくわからない。

 暗い空間の中に、赤やピンクの帯がたなびいているのが見える。
 どこまで続くのか先が見えないだだっ広い場所で、とてもエミリアの体の中とは思えない。

 ん?あれは……?

 奥の方に何か見えたような気がして、触手をそちらに伸ばしていく。

「……ぶっ!?」

 いきなり、頭の中に自分の顔のイメージが飛び込んできた。

「どしたの、シトリー?」
「い、いや、なんでもない」

 慌ててごまかすが、まだ心臓のドキドキが止まらない。

 なんで僕の顔が?
 ……もしかして、ここはこいつの心の中なのか?

 今、エミリアの中で具体的なイメージを結んでいるのがシトリーのことだけというのもいかがなものかとは思うが、そう考えると納得がいく。

 触手を動かして、その周囲をさらに捜索していく。

 すると、さらに奥の方に光るものが見えた。
 近寄ってみると、そこには水晶の結晶のようなものがあった。
 それが、透明感のある青白い光をピカピカと明滅させている。
 そのリズムは、どこか心臓の鼓動に似ているような気がした。

 これは、心の核みたいなものか?

 触手を伸ばしてその結晶に絡みつかせると、エミリアがピクッと体を震わせた。

「ん?どうした?」
「う、うん、なんかね、心臓を……いや、魂を掴まれたみたいな、そんな感じがして、息が詰まって……」

 少し息苦しそうにエミリアが答える。

 なるほど……どうやらこれがエミリアの魂そのものというわけか。

 絡みついた触手を通じて、規則正しい律動が伝わってくる。
 いや、それだけではなくて、何か、声のようなものも……。

(やだ……これ、気持ち悪くてちょっと怖いかも……。でも、シトリーのためだから、我慢しないといけないよね……)

 ……これは、エミリアの思っていることが伝わってきてるのか?

 頭の中でエミリアの声が聞こえているような感覚。
 おそらく、彼女が心の中で思っている声が聞こえているのに違いなかった。

 ふむ……心の声が聞こえるというのは面白いな。
 今は、触手を介してエミリアの魂と直接繋がっていることになるのか。
 だけど、リディアの能力はこの程度ではないはずだよな。
 きっと、これを通じて僕の方からエミリアをどうにかすることもできるはずだ。
 さてと、どうするかな……?

 しばらく考え込んだ後でシトリーはニヤリと笑みを浮かべ、意識を触手に集中する。

 すると、またもやエミリアがピクッと震えた。

「なんだ?どうしたんだ?」
「えっ!?あっ、いやっ、ちょっとね、へへへっ!」

 尋ねると、エミリアは慌ててごまかそうとするが、声が妙に甲高いし、足をモゾモゾさせていた。
 もとより、言わなくてもその心の内はまるわかりだし、そもそもそうさせているのはシトリー自身だ。

 シトリーは、もう少し強く思念を送り込んでみる。

「きゃうっ!あっ、あのねっ、ちょ、ちょっとトイレ行っていいかな?」
「ん?別にそこでしても構わないぞ」
「ななな、なに言ってんのよ!?」
「ていうか、その尿意は触手を通じて僕が催させてるんだからな」
「ちょっ!?なにやってんのよ!もうっ、すぐ行かないと漏れちゃうよ!」
「動くな!」
「……ひっ!?」

 シトリーが強く念じると、振り向いて出て行こうとしたエミリアの動きがピタッと止まる。

「やだっ!?なんで!?体が、動かない!?」

 慌てふためいていても身動きが取れない様子のエミリアを、シトリーは落ち着いて観察していた。

 ……なるほど、額に手を当てて流し込むのよりも、よりダイレクトにこちらの力を相手の魂に伝えることができるわけか。
 これは、前よりもずっと効率がいいし、強力に相手を操ることができそうだな。

 相手の心の中に触手を潜り込ませて、直接その魂を縛っているのだから、はるかに効率よく、しかも強固に力を伝えることができる。
 おそらく、魔族の血が覚醒したリディアの能力の変化は、かつて他人の精神を自分の精神世界に引きずり込んで自分の思いのままにしていたものが、触手を操ることで、自分の精神世界に連れ込むことなく相手の精神世界に干渉できようになったものだと、そう解釈したらいいのだろうか。

 と、シトリーがそうやって考え込んでいるうちに、エミリアの声が切羽詰まってきた。

「本当に、もうダメだって!お願いっ、シトリー!」
「……ん?だから、そこでしても構わないって言ってるだろうが」
「ばっ、バカなこと言わないでよ!やっ、もう本当にダメだって!」
「諦めろ。そこで盛大にやっておけって」
「やだやだやだ!そんなのやだようっ!あうっ!やっ、本当にもうっ!いやぁああああっ!」

 情けない悲鳴をあげたエミリアの体がブルルルッと震えたかと思うと、足許にじょろじょろと水溜まりが広がっていった。






* * *







「ぐすん……いやだって言ったのに、シトリーのバカ……」

 半べそをかきながら床を拭くエミリア。
 猫耳がシュンと項垂れ、尻尾の動きもくたっとして元気がない。

「でも、嫌がってることをやらせてみないと、力が通じてるのかどうかわからないじゃないか」
「それはそうだけど……こんなことさせなくても、別なことでよかったじゃん」
「それくらいしか丁度いいのを思いつかなかったんだって」
「ううっ、本当に意地悪なんだからー」
「まあ、そう言うなって」

 適当なことを言うシトリーにブツブツ文句を返しながら、床を拭き続ける。

 そうやって水と布を2度替えてきれいに拭いて、エミリアはようやく立ち上がった。
 すると、すぐにシトリーが声をかける。

「掃除は終わったか?」
「うん」
「じゃあ、こっちに来い」
「もしかして、またその触手の練習台にさせるつもり!?」
「いや、違う違う。まあ、お詫びというか、練習台になった報酬というか、これから抱いてやろうと思ってな」

 シトリーがそう言ったとたん、さっきまで半泣きだったエミリアがパッと笑顔を弾けさせた。

「ホントにっ!?」
「なんだ?現金なやつだな」
「当たり前じゃないの!シトリーとセックスできるんだから嬉しいに決まってるじゃない!もう、そういうのだったらいつでもオッケーだから、触手でもなんでも使っていいのに」
「だから、それじゃ実験にならないだろうが」

 嬉々としてベッドの脇まできたエミリアの嬉しそうな顔に、シトリーは呆れ顔を浮かべる。

 と、服を脱ぎ捨てたエミリアが不意に気遣わしげな表情を浮かべた。

「ねぇ、体はもう大丈夫なの?」
「ああ。というか、僕の意識が戻ってからもう何日経ってると思ってるんだ?その間、アナトに見つからないように身を隠しながら半分幽閉状態だったんだぞ。むしろ体がなまってるくらいだっての」
「そっか……ごめんね」
「なんでおまえが謝るんだよ」
「いや、あたしがアンナちゃんのことを言わなかったらこんなことにならなかったのに、て思うとね」
「まったく、おまえまでそんなことを言うなよな。……まあいい。おまえがそんなに心配なら、僕は寝てるから今日はおまえが上に乗って気持ちよくさせてくれ」
「……うん」

 コクリと頷いたエミリアが上がってくると、組み立て式の寝台が軋んだ音を立てる。

「えへ……じゃあ、ズボン脱がすね」

 そう言ってズボンを引っ張り降ろし、シトリーの下半身を剥き出しにさせる。
 露わになったそれを見たらやっぱり嬉しくなったのか、ニヘッと笑みを浮かべて手を伸ばす。

「ふふふっ、まずはこれを大っきくさせてあげないとね」
「なあ、エミリア……ひとつ僕の頼みを聞いてくれないか?」
「え?なに?」
「昔の、天界にいた頃の姿を見せてくれ」
「……えっ?」

 シトリーの言葉に、肉棒を握ったエミリアの手が止まった。

「魔界に堕ちてから、いつの間にかその姿になってしまってたし、僕もそれに慣れてしまったけど、あの頃の姿になることはできるんだろ?」
「えーっと……あのー、それは……」
「いや、おまえの能力は、自分の姿ならそれこそなんにでも変えることができるからな。できないとは言わせないぞ」
「うーん、でもね……」
「なんだ?なにもじもじしてんだ?」
「それは、やっぱり、恥ずかしいというか……」
「はぁ?」
「うん、なんか、今さらあの頃の姿を見せるのって、すごく恥ずかしいんだよね」
「だって、昔はいつもあの姿だったじゃないか」
「それはそうなんだけどね。やっぱり、今の悪魔のあたしと、天使だった頃のあたしは違うというか……」
「なに訳のわからんことを言ってるんだ、おまえは?」

 いつまでも恥ずかしがっているばかりのエミリアに業を煮やしたシトリーは、手のひらからそっと触手を伸ばす。
 それも、今度は左右の手から1本ずつ。
 それを同時にエミリアの中に潜り込ませ、一直線にその魂に絡みつかせる。

「ひうっ!?……やっ、また!?」

 ビクッと体を震わせて、エミリアが小さな悲鳴をあげる。

「おまえがさっさと姿を変えないのが悪いんだろ。……ほら」
「やんっ!だから、恥ずかしいんだってば!」

 エミリアはぎゅっと目を瞑り、ぶるんぶるんと頭を振って抵抗する。
 よほど恥ずかしいのか、触手を2本も絡ませているというのになかなかシトリーの送る思念に従わない。

「まだ抵抗する気か?だったら……」

 シトリーは、もう1本触手を伸ばすとエミリアの中に忍び込ませる。

「さあ、天使の姿に戻るんだ、エミリア!」
「やだっ、恥ずかしいよ!あっ!?あんんんんんんっ!」

 きゅうっと体を仰け反らせたかと思うと、エミリアの体が淡い光に包まれた。

 光の中で、髪の間から飛び出ていた猫耳がしゅっと引っ込んでいき、尻尾もどんどん短くなっていく。
 そのかわりに、背中から双葉が芽吹くように翼が現れて、すううぅっと広がっていく。

「ふああああああっ!」

 ひときわ大きな声を上げると、その体を包んでいた光が消え失せた。

 そこに姿を現したのは、紛れもない天使の姿。

「やだ、もう……」

 濡れたように艶のある黒髪に、それとは対照的な白い肌を露わにして顔を伏せて羞じらっている、その背中に生えた大きな翼がふるふると震えていた。

 しかし……。

「なんだ、そこはそんなになってしまったのか?」

 エミリアの翼を眺めながら、シトリーが意地悪く笑う。

 かつては天使らしい純白だったその翼は、闇のごとくに深い漆黒に変わっていた。

「だって……あたしたちが魔界に堕ちてどれだけ経ったと思ってるのよ?あたしはもう悪魔なんだから、あの頃の姿には戻れないよ。シトリーだって、きっと天使の姿になったら翼が黒くなってるに決まってるよぉ」
「ふ……そうかもな」

 頬をほの赤く染めて、恥ずかしそうに答えるエミリア。
 その、真紅だった瞳も黒い色に戻っていた。

「おまえ、目の色は能力で変えてただけだったのか?」
「だって、その方が悪魔らしいと思って」
「なんだ、そりゃ?……それにしても」

 シトリーは、改めてエミリアの体を眺め回す。

 色白の華奢な体に、ボリュームは並よりも少し大きな程度だがぷっくりと丸みを帯びた乳房の先端が、ツンと上向きになっている。
 その胸を下から支えるように両腕で自分の体を抱き、羞じらいからか内股気味に膝立ちになっていた。
 なにより、顔を赤らめて伏し目がちにこっちをみる、涙で潤んだ視線。

 普段のエミリアからは想像もできない初々しい姿だった。
 そんな表情は、本当に何百年も見ていなかったのですっかり忘れていた。

 すると、視姦するようにじっくりとエミリアの裸体を眺めていたシトリーの股間のものが、ムクムクと起き上がってくる。

「ちょ、ちょっとシトリーったら、なんでおちんちん大きくなってるのよ……?」
「いや、可愛らしいやつだと思ったらついつい」
「ばばば、バカッ!なに恥ずかしいこと言ってんのよ!?」
「そうか?でも久しぶりに見るその姿、やっぱりきれいだし、僕は好きだけどな」
「ほ、本当?」
「ああ、本当だ」
「……うれしい」

 目を細めて、はにかんだ笑みを浮かべるエミリア。 

「なんだ、そのウブな反応は?その姿に戻ると性格まで変わってしまうのか?」
「そうじゃないよ……そうじゃないけど、やっぱりシトリーに褒められると嬉しいの。……ねえ、シトリー?」
「なんだ?」
「もう……もう始めてもいいかな?あたし、さっきから見られているだけでドキドキが止まらなくて、アソコが疼いちゃってるの」

 ふとももを擦り合わせながら、エミリアがねだってくる。

「ああ、僕も十分に興奮させてもらったしな。いいぞ」
「それじゃ、いくね……んっ!」

 シトリーの上に跨がる体勢になると、腰を落として肉棒の位置を確かめる。

「んんんっ!ああっ!ふぁあああああああああっ!」

 そのままゆっくりと腰を落とした瞬間、背中の翼がバサッと開き、エミリアは体を大きく仰け反らせた。

「やだっ!?久しぶりにこの姿になって恥ずかしいからかな?いつもより気持ちいいいいいぃっ!」
「ま、それもあるだろうけど、触手を使っておまえが感じる快感を倍くらいにしてるからな」
「ばっ、倍!?」
「ああ。とは言っても、こういうのは数値化できるもんでもないし、なにしろおまえの感覚だからだいたいそのくらいって感じだけどな」
「そっ、そうなんだ……んっ、んんんっ……あんっ、これっ、すごいっ。入れてるだけなのに、すっごく気持ちいい……」

 深々と肉棒を咥え込んだ姿勢で、エミリアはゆっくりと腰を揺らす。
 そんなに動かしていないというのに、よほど気持ちいいのだろうか。
 軽く上を向き、うっとりとした声を上げて軽く捻るように腰を揺らし続けている。

「僕としても、今のうちにこの力の扱い方に慣れておきたいしな。だから、頼むぞ、エミリア」
「えっ?どういうこと?」
「リディアのくれたこの力でアナトを堕とす。とはいえ、正面からまともにぶつかるのは危険すぎるからな。まずは、この触手を使ってあの性欲の化け物みたいなやつの相手をしてやって、散々感じさせて弱らせてやるんだ。そのための実験台になってくれ。僕としても、アナトの目が覚める前にその感覚を掴んでおきたい」
「わっ、わかった!んっ!そういうことなら、あたし頑張るから。……それに、こんなに気持ちのいい実験なら大歓迎だよっ!」
「そうか?だったら、今度はさらにその倍でいくぞ」
「えええっ!?ってことは、よ、4倍!?あうっ!きゃふうううううんっ!」

 シトリーの胸についたエミリアの両手に力が入り、翼をばさっばさっと羽ばたかせる。
 腰を浮かせそうになりながらも、同時に、膣全体できゅっと肉棒を締めつけてきた。
 熱くうねった襞が密着している感触がわかるほどだ。

「やだっ!?こんなのってあるの!?アソコの中がすっごく敏感になってて、おちんちんの形がはっきりわかるみたい!やんっ、擦ってないのにっ、当たってるだけでビリビリきちゃうっ!」
「ほら、いつまでもそうやってないで動いてみろよ」
「これで動くの?……へへへ、ちょっと怖いな。じゃあ、いくね。……んんっ、はうぅううううううん!」

 ゆっくりと腰を浮かせて、沈める。
 その、たった1回の動作でまたもや翼が大きく震えた。

「やっ!これだめぇ!ビリってきて、ズーンッてくるの!あんっ、やあっ!これ、気持ちよすぎてホントにダメだよぉっ!」

 ダメと言いながらも、エミリアは一度、もう一度と腰を上下させる。
 肉棒の先が奥に当たる感触がするたびに体がピクッと震え、その表情が、一気に快感に蕩けていく。

「あんっ、はあっ、こ、これすごくいいの!んっ、はんっ!こんなのっ、すぐイッちゃいそうだよぉおおおっ!」

 興奮でほんのりと桃色に染まった、エミリアの形のいい胸がたぷたぷと揺れる。
 開きっぱなしの口から涎を垂らし、結合部から湿った音を響かせながら体を動かし続ける。
 体を跳ねさせるように上下させていたかと思うと、今度は腰を据えて前後に揺らし、中に入った肉棒を奥まで擦りつける。
 体をいっぱいに使って肉棒を包み込み、刺激してくる腰使いにシトリーも思わず息を洩らす。

「……くっ、イクのは何度イッてもいいけど、すぐに気を失ったりするなよ」
「うっ、うんっ、頑張る!」
「じゃあ、さらに倍でいくぞ」
「ええっ!?このっ、倍っ!?……きゃふっ!ひゃううううううううううっ!」

 触手を使ってエミリアの感覚を操るのに慣れてきたシトリーが、その感じやすさをさらに倍にする。
 いつもと比べたら8倍ほどに相当する快感に、エミリアは翼を震わせて体が硬直したかと思うと、くたっと力が抜けた。
 そのままシトリーの上にへたり込んで、体を小刻みに痙攣させながら大きく息をしている。

「どうした?まだまだ続けるぞ」
「んっ、でもっ、今イッたばかりだから、ちょ、ちょっと待って!」
「なんだ?もう音を上げる気か?さっき頑張るって言ったばかりじゃないか」
「そっ、それはそうだけど、体に力が入らないよぉ……」
「しかたのないやつだな。だったら僕が手伝ってやる」
「へ?……えええっ!?やだっ、どうして!?んふううううううっ!?」

 シトリーの胸についた両腕とふとももをふるふると震わせながらエミリアの腰がゆっくりと持ち上がり、そして落ちる。
 じゅぶっといやらしい音を立てて、愛液の溢れる裂け目が肉棒を飲み込んでいく。

「あんっ、体が勝手に!?んっ、んはああああっ!」
「この触手を通じて、おまえの体はもう僕の思い通りだからな。腰を振らせることくらい簡単にできるさ」
「そんなぁああっ!ひゃんっ!ダメだってっ、イッたばかりで敏感になってるんだから」
「もうそんなレベルの話じゃないだろ。8倍だぞ、8倍。イッたばかりもくそもあるか」
「だけどぉ!」
「だいいち、あの時……天界を出て行くときにおまえは僕のものになるって言っただろ。だったら、こうされるのも本望だろうが」
「やんっ!そっ、それを言われたら、あたしっ、反論できないじゃない!シトリーに従うしかないじゃない!」
「なら気を緩めずに頑張るんだな」
「わっ、わかったわよ!んっ、んぐぐぐっ!はふっ、んぐぅうううううう!」

 さっきまでの快感に緩みきった表情とはうって変わって、ぎゅっと目を閉じて唇を噛む。
 そうやって、押し寄せる快感の波に必死に耐えようとしているようだった。

「んっ、ぐっ、きゅふぅ、んぐぐぐぐぐっ、はうっ、んぐっ、ひゃっ、くふううううんっ!」

 ぐちゅっぐちゅっと湿った音をリズミカルに響かせて、エミリアの腰が上下に揺れる。
 その間も、何度も絶頂に達しているのか肩をひくつかせて翼が大きく震える。
 そのたびに、歯を食いしばっている隙間から堪えかねたような喘ぎ声が洩れる。

「はうっ、んぐっ、きゅふううううっ!んくっ、くうっ、くはあっ、ふぅううううん!あんっ、くっふうううううっ!」

 エミリアの洩らす喘ぎ声が、次第に切羽詰まったものになっていく。
 立て続けの絶頂に体の痙攣が止まらないのだろう、丸見えの乳房と腹筋がヒクヒクと震え続けていた。
 それでも、腰を振るのは止まらない。
 いや、彼女には止めることができない。

「はうっ!ふぁああああああっ!あんっ、もうダメ!ほんとうにもうダメっ!飛んじゃいそうなの!だからっ、もうお願い!シトリー!」

 とうとう、エミリアは音を上げたように懇願してくる。

「まあ、いいだろう。じゃあ、たっぷり出してやるから全部受け取れよ」
「……うっ、うんっ!ちょうだいっ!シトリーの熱いのっ、いっぱい中にちょうだいいいいっ!」
「その代わり、出されたときの快感はさらにその倍な」
「そっ、それって!?じゅっ、16倍っ!?……やっ!?」

 シトリーが下から両手でエミリアの腰を掴み、突き上げざまに欲望を思い切りぶちまける。
 同時に、エミリアの体がピンッと反り返って固まった。

「ふわああああああああっ!きてりゅっ!しゅごいのきてりゅぅうううっ!ふああっ、こわいっ、知らないっ、こんなの知らないよぉおおおおっ!」

 ドクドクと熱い精液を注がれて、エミリアが喉を震わせて叫ぶ。
 胸を張るような姿勢のままで硬直した体の痙攣が止まらない。
 それに合わせるように、先端が擦れ合うほどに開ききった翼もぶるぶると震えていた。

「ふやぁあああ……んんっ、ふあ、まだ、でてりゅぅうう……んっ、んんんっ……」

 最後に大きく体を震わせると、糸が切れたようにシトリーの上に体を倒す。
 はぁはぁと大きく息をしているが、半分意識を失っているようだった。






「……おい、エミリア?」
「……うにゃ?」

 しばらくして呼びかけると、エミリアはようやく顔を上げて反応した。
 トロンと蕩けていた瞳の焦点がゆっくりと定まっていき、シトリーの姿を捉える。

「ふぁ……シトリー……」
「大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。ちょっと、すごかっただけだから」

 ふにゃりとした笑みを浮かべると、エミリアはシトリーの胸に頬ずりをしてくる。

「でも、本当にすごかった。なんか、もう一度シトリーのものになったみたい……」
「そうかもしれないな。おまえは、僕が最初に自分のものにした女だし、リディアからもらったこの力を使ってみた女もおまえが最初だしな」
「そっか。じゃあ、あたしは2回もシトリーのものにしてもらったんだね?」
「まあ、そういうことになるかな」
「……うれしい」

 シトリーの答えに満足したのか、その胸に頬を当ててそっと目を閉じる。

「うん……シトリーの魔力、元に戻ってる。ううん、前よりもずっと大きくなってる。それに、さっき使った力もすごく強いよね」
「それは、リディアが僕の分だけじゃなくて、あいつの分の魔力も上乗せしてくれたからな」
「そうだよね……。本当にシトリーのことを思ってたから、リディアちゃんは自分で考えて、自分で決めて、全部をシトリーに上げることにしたんだね……」
「ああ」
「ねぇ、シトリー」
「なんだ?」
「忘れないで……あたしだって、シトリーのためだったらなんだってする覚悟はできてるんだからね。そう、あたしの全部をシトリーにあげる覚悟だって」
「ああ、わかってる」
「うん」

 抱きしめてやると、エミリアも小さく頷いて腕をシトリーに絡めてくる。

「……エミリア」
「ん?なに?」
「おまえのその姿、可愛らしくてすごく魅力的だけど、翼が邪魔で抱きしめにくいな」
「……ばか」

 シトリーの言葉に少し不満そうに、しかし、幸せそうにエミリアは唇を尖らせた。


 
 


 

 

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