黄金の日々


 

 

第2部 プロローグ


 それは、突然のことだった。

 北と南、西の辺境から妖魔の大軍が突如現れて周辺の国々を蹂躙したのだ。
 それだけではない、北と南の蛮族もそれに呼応するように攻め込んできた。
 もちろん、妖魔に攻め込まれた国々は必死に抵抗した。
 だが、妖魔の攻撃は激しく、辺境の小国は次々と占領されていった。







 
 そしてここ、ヘルウェティアにも、西隣に接するゲナヴァから危急を告げる使者がやって来た。





 ヘルウェティアの都フローレンス、王宮。

 大臣たちの居並ぶ謁見の間で、玉座の前に跪いている使者。

「先日、西の山岳地帯から突如として現れた魔物どもの勢いと強さたるや、瞬く間に我が国の奥深くまで攻め込んでまいりました。このままでは魔物の軍勢の侵攻を食い止めることは難しく、ぜひともヘルウェティアの援助を賜りたいとの我が君のたっての望みでございます」

 そう述べると、使者はゲナヴァ王からの親書をさし出す。
 それを、侍従長から手渡されると、若き女王クラウディアはそれにさっと目を通して使者に労いの言葉をかけた。

「精強で知られる貴国の兵が劣勢に立たされるとはにわかには信じがたいのですが、相手が魔物の軍勢であるのなら苦戦するのも合点がいきます。……いいでしょう、我が国には魔物との戦いに手慣れた魔導師が多数おります。早急に魔導師の軍団を派遣することにいたしましょう。なにより、魔物の侵攻とあっては、わたくしとしても見逃すわけにはまいりませんから」
「ははっ!感謝の言葉もありませぬ!我が君に代わってお礼を述べさせていただきます」
「いえ、かまいません。このような非常時には隣国同士助け合わなくてはなりませんから」
「まことに有り難きお言葉。……それでは、私は1日も早くこの吉報を我が君に届けたく思いますので、これにて失礼させていただきます」
「それでは、こちらからも返答の使者を兼ねて魔導師を同行させましょう。道中の護衛もなりますし、こちらの派遣する軍団との連絡役もできますゆえ」
「これは、重ね重ねかたじけなく」

 使者が畏まって平伏して謝意を述べる。
 クラウディアが傍らに控えていた魔導長のピュラに目配せをすると、彼女は頷いて謁見の間を出ていく。

「それでは、同行する魔導師の用意ができるまで、少しのあいだ控えの間で待っていてください」
「はっ、それでは、私はこれにて失礼いたします」

 恭しく一礼すると、使者は謁見の間を出ていく。





 そして、ほどなくしてピュラが戻ってきた。

「魔導師の手配、滞りなく終わりました、クラウディア様」
「そうですか。それで、彼は?」
「はい、よほど急いでいるらしく、もう王宮を発った模様です」
「そうですか。……これでよろしかったのですね、シトリー様」

 そう言って、クラウディアが視線を向けた先。

 気がつけば、今さっきまで居並んでいた大臣たちの姿はなく、そこにはひとりの男が立っているだけだった。

「ああ、上出来だ、クラウディア」

 その、黒髪に金色の瞳の男が微笑みを浮かべながら玉座へと近づく。
 すると、クラウディアは玉座から降りて、男に差し出すようにその脇に跪く。
 男が玉座に座ると、クラウディアが上目づかいにうっとりとその姿を見上げる。

 今、謁見の間にいるのは、シトリーとクラウディア、リディアを従えたピュラと、アンナを従えて使者を迎えるための正装に身を包んだ大主教代理のシンシア、そして玉座の背後に控えるふたりの女騎士。
 いつの間に入ってきたのか、エミリア、ニーナ、メリッサの3人も姿を現していた。

「それで、ゲナヴァに派遣する魔導師の軍団の手配はいかがいたしましょう」
「ああ、それはおまえとピュラに任せる。そうだな、僕も見物に行くとするかな」
「シトリー様も、ですか?」
「まあ、向こうがこの方面の司令官だしな。僕の方から出向くのが筋ってもんだろう」
「しかし、危のうございます」
「いや、心配はないさ。決戦の場で背後から魔法攻撃をドカンだから。これでもう勝負は決まったようなもんだ」

 その点に関しては、本当にシトリーは心配していなかった。
 ただでさえ、特に魔法に長けているわけでもない普通の戦力で、人間が妖魔どもの大軍とまともに渡り合えるはずがない。
 おそらく、魔界の軍勢と戦うだけでも精一杯のところに、味方と思っている軍勢に背後から魔法攻撃をくらったらひとたまりもないだろう。

 その時、シトリーとクラウディアの会話に、横からピュラが割り込んできた。

「しかしシトリー様……こちらの陣営も、もう到着しているはずの魔界の軍団が遅れておりますし……」

 彼女の言うとおり、魔界の軍勢の侵攻に合わせてシトリーのもとに派遣されるはずの軍団は、予定の日を過ぎてもまだ到着していなかった。

「ああ、それならむしろ好都合だ」
「と、言いますと?」
「魔界の軍団なんか連れていったらゲナヴァの連中にすぐばれてしまうじゃないか。だから、どのみち連れていくことはできない」
「しかし、魔界の軍団をカムフラージュすることなど、魔法でいくらでもできますが」
「わかってないな。奴らが僕の命令どおりに動くとは限らないだろうが。現に今だってこうして到着が遅れているしな。ま、いない方が僕の好きにできるってもんだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「むしろ、会戦に間に合わなかったことを口実にペナルティーを科すこともできるし、いろいろと都合がいいんだよ」

「ならば、わたくしも一緒に参ります」

 シトリーとピュラの会話を黙って聞いていたクラウディアがおもむろに口を開く。

「おまえも?」
「はい。カムフラージュの意味なら、シトリー様だけが行かれるより、わたくしがいた方がよいでしょう。各地で魔界の軍勢が蜂起しているこの時期ですから、わたくしが直々に親征した方がゲナヴァにも歓迎されましょうし。それに、魔導師の本隊の後方に後詰めとしてわたくしとシトリー様の本陣を置けば危険も少ないでしょう。なにより、シトリー様につき従うのは下僕としての務めですわ」

 一気にそう述べたクラウディアの顔には、どうあってもシトリーについて行くという決意が表れていた。

「ならば、我々も」
「ええ。シトリー様とクラウディア様がお出になるのなら、それを守る私たちも行かないわけには参りません」

 玉座の後ろに控えていたふたりの女騎士、フレデガンドとエルフリーデもクラウディアに同調する。
 さらには、ピュラの傍らにいたリディアまで。

「わたしも行くわ、おじさま」

「待て待て、いいか、よく考えろおまえら。遠足に行くんじゃないんだぞ」

 色めき立つ一同をシトリーは静めようとする。

「しかし、実際にシトリー様だけを行かせるわけには参りません。クラウディア様の仰るように、援軍としてのそれなりの体裁というものを整えておきませんと向こうにも怪しまれます」

 と、今度はシンシアが口を挟んできた。

「まさか、おまえまでついて来るって言うんじゃないだろうな?」
「そうしたいのはやまやまなのですが、残念ながら私には戦場ではお役に立てることはありません。それに、留守を守る者も必要でしょう」

 そう言って、シンシアは複雑な表情を浮かべる。

「そうだな。おまえには僕たちが留守の間、ここの政務をこなしてもらうとありがたい」
「かしこまりました」
「おまえみたいに大人の対応をしてくれると僕も助かるよ」
「……はい」

 褒めてやると、シンシアの頬がぽっと赤く染まる。

 そういったところにシトリーに心酔している様子が窺えるが、それでも、やはりこうやってきちんと公と私の区別をしてくれるとなにかと話が早い。

 とりあえずは、他にも留守を守るメンツも決めておかなければならない。
 シトリーは、シンシアの傍らに立つアンナを見た。

「……それと、アンナ」
「なんでしょうか?」
「計画は順調にいっているのか?」
「はい。もう、都の人間の大半の信用を得ている手応えはあります」

 シトリーの問いに、アンナが自信ありげな表情で応える。

 王宮をシトリーが堕としてから、多忙なシンシアの代理という名目で、アンナが教会に来た人々を前に説教行い、広場や街角で教えを説いていた。
 要は、彼女がかつてキエーザの村でやっていたことと同じだ。街の人たちにアンナの顔を知ってもらい、信頼のできる人物だという印象を植え付ければいい。
 ただ、人口の規模が違うので多少時間がかかっているようだが、アンナの顔を見る限りうまくいっているようだ。

 街の人たちから信頼さえ得てしまえば、アンナの言葉は絶大な力を発揮する。
 スイッチさえ入れれば、全員をこちら側につけることも容易い。
 どのみち、王国の主要な人間はすでに堕ちているが、今後のことを考えると少なくとも都の人間はこっち側につけておいた方が何かとやりやすい。

「じゃあ、僕たちが遠征に行っている間に最後の詰めを頼む」
「お任せください」

 そう言って微笑んだアンナの顔は、久々に悪魔の手先としての妖艶さを湛えていた。

「後は……ピュラ」
「はい?」
「おまえも留守を頼む。今回は人間相手ということもある。それに騙し討ちの手筈も整っていることだし、おまえの出番はないだろう。それよりも、留守中に魔界の軍団が来る可能性もあるし、おまえにはそちらへの備えをしておいて欲しい。なにしろ、奴らは人間界に来てはしゃいでいるだろうし、何をやらかすかわからないからな。おまえの力なら少々強力な悪魔でも押さえ込めることができるだろう。というか、それができそうなのはおまえかクラウディアくらいなもんだ。クラウディアが僕について来るんなら、必然的におまえには残ってもらわないと困る」
「しかたないですね。それも年長者の務めですから」

 嘆息しながらも、ピュラはシトリーの命令に素直に頷く。

「そう言ってもらうと助かる」

 本当に、シンシアやピュラを見習ってもらいたいやつが何人かいるんだけどな……。

 わざと当てつけっぽく言ってやったのに、シトリーに同行しよう騒いでいる面々がまったく気にする素振りもないのを見てシトリーは小さくため息をつく



 下僕たちにてきぱきと指示を出しながら、それでも何人かは同行させなくては収まらないだろうとシトリーは腹をくくる。
 クラウディアたちも、ようやくシトリーの役に立てるという喜びからかなり興奮気味だ。



 だが、その傍らで下僕の悪魔組の間には少し微妙な空気が漂っていた。



「ねえ、メリッサ。この方面の司令官って?」
「アナトよ」
「ああ、あのおばさんね」
「エミリア、あの人に”おばさん”は禁句。本人の前でそんなこと言ったらだめよ」
「いや、悪い人じゃないんだけどね。あたしはあのおばさん嫌いじゃないわよ」
「でも〜、私はあの人苦手〜。だって、時々へンな色目使うんだもん〜」
「そんなこと言わないのよ、ニーナ。これからはあの人が上官ということになるんだから。それに、シトリー様にとってもそれほど悪い人事ではないとは思うし」
「あ〜、それもそうね〜」
「ところでメリッサ、到着が遅れてる軍団を率いてるのって誰?」
「……マハよ」
「げっ!あの女はマジでやばいって!」
「そんなの私もわかってるわよ。いくら連絡を取ってもそちらの指図は受けないの一点張りで。まったく、シトリー様のことをなんて思ってるのかしら」
「もう放っとけば〜?私、あいつ嫌いだもん〜」
「それは私もあの女は嫌いよ。でも、しかたないじゃないの。シトリー様に他の魔界の軍団との連絡役を仰せつかっているんだから」
「……大変だよね、メリッサも」

 ひそひそ声で言葉を交わす三人組。
 そこに、シトリーの声が飛んできた。

「エミリアとニーナはここに残ってピュラの補佐をしてくれ。魔界から軍団が来たときの対応を頼む。メリッサは僕たちと同行して、魔界軍の本隊との連絡役をしてくれ」
「はいはいー!」
「了解です〜」
「かしこまりました」

 ぞれぞれに返事をする三人。

「本当に、アナトとの連絡役だけだったら楽なんですけどね……」

 メリッサだけが小さな声でぼそりと呟いたのに気付いた者はいない。





 戦支度を整えたシトリーたちがフローレンスの街を発ったのは、それから1週間後のことだった。








* * *








 そして、妖魔の軍勢と、ゲナヴァ・ヘルウェティア連合軍の決戦の日。



 大勢はあっけなく決まった。



 なにしろ、背後からヘルウェティアの誇る魔導師軍団の強力な魔法攻撃を受けたのだ。
 味方であるはずのヘルウェティア軍に対してまったく無防備だった主力の大半が壊滅し、戦況は劣勢を通り越して一気にゲナヴァ軍の潰走状態となった。






 ここは、戦場を見渡す小高い丘の上。
 シトリーたちヘルウェティアの本陣。

「少し前に出すぎではありませんか、シトリー様」
「大丈夫だよ。もう勝敗は決まったようなもんだ」

 丘の下の戦場では、総崩れのゲナヴァ軍を相手に魔界の軍団が殺戮を欲しいままにしていた。
 混戦状態になると、味方を巻き込むような派手な攻撃魔法は使えない。
 すでに、リディアの率いるヘルウェティアの魔導師軍団は主戦場から距離を置いて、怒りにまかせて向かってくるゲナヴァの残党への相手に専念していた。
 事前にシトリーが指示したとおりだった。
 そうでなくても魔界の雑兵どもは血に飢えた下級妖魔ばかりなのが遠目にもわかる。余計な火の粉をかぶらないためにも魔界の軍団には近づかないにこしたことはない。

「うんうん、リディアのやつ、ちゃんと指揮ができてるじゃないか。立派立派」
「しかしシトリー様、まだ戦闘が終わったわけではありませんし……」

 陣の前方に出て戦況を眺めていたシトリーの身を案じて、クラウディアもその傍らに来た、その時のことだった。

「ああっ!危のうございます!」

 ふたりの立つ場所めがけて一本の矢が飛んできたのを目敏く見つけたエルフリーデが叫ぶ。
 クラウディアが、咄嗟に前に出てシトリーを庇う。だが、それとほぼ同時に、影のようにシトリーとクラウディアの背後に従っていたフレデガンドが体を割り込ませてきた。

「くっ!」

 矢を肩に受けてフレデガンドが小さく呻く。

 それが飛んできた方向を見ると、200mほど先に弓を持った兵士の姿があった。
 その背後から、50人ほどの騎士たちがこちらに向かって来ているのも見える。
 その表情を見れば、ヘルウェティアの裏切り行為に対する怒りに燃えているのが一目瞭然だ。

「おのれっ!」

 エルフリーデが傍らにいた騎士から槍を奪い取ると、矢を放った男めがけて投げつける。
 その槍は、狙いを誤たず二の矢をつがえようとしていた男の胸板を貫いた。

 決して投擲用ではない大槍であるにもかかわらず、しかも、200mも離れた相手を正確に撃ち抜いたエルフリーデの怪力に、一瞬、こちらに向かっていた騎士が怯んだ。

「大丈夫ですかっ、フレダお姉さま!」
「大丈夫よ」

 駆け寄ってきたエルフリーデに微笑みかけると、フレデガンドは肩に刺さった矢を引き抜く。
 その鏃にはたしかに血が付いているのに、傷口からはもう血は流れていなかった。

「これしきの矢で私を傷つけることなどできないわ」
「それもそうでしたね」
「さあ、敵は怯んでいるわ、行くわよ、エル」
「はいっ!」



 ふたりは、剣を抜き放つと前方の騎士たちに向かって猛然と突進していく。



「こ、こいつら、たったふたりでだと!?」

 ようやく我に返った騎士たちが銘々に武器を構えた。



 フレデガンドが、その一隊の指揮官とおぼしき騎士と対峙する。



「貴様……シトリー様とクラウディア様を狙うとは許せないわ」
「くっ!貴様らこそ裏切り者が何をぬかすか!」

 ふたりは、剣を構えたまま互いの隙を窺う。


 先に仕掛けたのはフレデガンドの方だった。


「はああっ!」
「むっ!そりゃああっ!」

 フレデガンドの一撃を受けとめると、騎士は鋭く踏み込んで剣を横に払う。

 その剣先は、露出の多いフレデガンドの甲冑の隙間を正確に切り裂いた。
 咄嗟に跳び退こうとした彼女の肌が、それ程深くはないものの、一文字に裂けて血が滴り落ちる。

 だが……。

「なかなかやるわね。ふふふ……この痛み、ゾクゾクするわ。でも、シトリー様の与えて下さる快感と比べたらまだまだね」
「なっ!?」

 傷口を撫でた手に付いた血をペロッと舐めて、恍惚とした笑みを浮かべるフレデガンド。
 その肌の傷が、見る見るうちに塞がっていく。

 それが、シトリーの精を受けて彼女の体に現れた変化。
 シトリーによって被虐性を高められたことが影響を与えたのか、フレデガンドはあらゆる痛みを快感に感じるようになり、その体に付けられた傷は致命傷でもない限り、すぐに治癒するほどに回復力が高まっていた。

「こっ、この化け物がっ!……がっ、ぐ……は……」

 驚愕して剣を振りかぶった騎士の体に深々と剣が突き刺さった。

「ふ、あなたがどのくらいの快感をくれるのかと思ってわざと斬られたのよ。わからなかったかしら?」

 フレデガンドが剣を引き抜くと、体は噴水のように血を噴き出しながら相手が膝をつく。
 そのまま地面に倒れ込んだ騎士に向かって、フレデガンドは見下した笑みを浮かべていたのだった。




 一方、こちらはエルフリーデ。

「おりゃ、おりゃ、おりゃあ!」

 重装備の甲冑を身につけた巨漢が巨大なウォーハンマーを軽々と振り回す。
 その攻撃を、エルフリーデは素速い身のこなしで全てかわしていた。

「おのれっ、ちょこまかと逃げ回って!」

 男が、焦れたように渾身の一撃を見舞う。

 だが、エルフリーデはそれを左手で受けとめていた。

「な、なんだと!?」

 信じられないといった様子で目を見開く男。
 それもそのはずだろう。
 並の人間なら、持ち上げるのもやっとという大きさの戦鎚の一撃を、女の身でありながら片手で受けとめたのだ。

「ふん、貴様の腕力はその程度か」
「なっ、うわっ!」

 エルフリーデが鼻で笑ってウォーハンマーを払うと、男は大きくよろめく。

「しかも、スピードにいたっては赤子レベルだな」
「がっ、ぐわあああああっ!」

 間髪を入れずに剣を払うと、血飛沫をあげて男は倒れる。



「なっ、なんだとっ!?」
「こ、こやつら……!」

 残った騎士たちは、たじろぎながらも、ふたりに向かって武器を構える。

 その時。

「ふたりとも、下がりなさい!」

 クラウディアの声に、フレデガンドとエルフリーデは大きく飛び退いた。
 すると、すでに呪文の詠唱を終えていたクラウディアが、騎士たちに向かって巨大な火球を叩きつける。

「うわあっ!」
「ぐあああっ!」

 凄まじい爆音とともに炎が炸裂し、数十人の騎士を瞬く間に吹き飛ばした。

 辛うじて爆発に巻き込まれることを逃れた数人の騎士を、フレデガンドとエルフリーデが次々と切り伏せていく。
 燃えさかる炎を背景に、ふたりの女騎士は美しくも凄絶な舞を舞っているかのようであった。
 冷酷な光を瞳に宿して、返り血を浴びながら剣を振るうその姿は人間というよりかは悪鬼を思わせた。
 ふたりの妖しいまでの美しさと相俟って、まさに、悪魔の僕たるに相応しい姿であった。










「どうやら、これで終わりみたいだな」

 最後のひとりをエルフリーデが切り伏せたのを見て、のんびりとシトリーが呟く。

 丘の下の草原の戦場では、小さな集団に別れて散り散りに逃げ去っていくゲナヴァの残兵と、それを追う妖魔どもの姿があった。
 誰の目にも、戦闘が終息に向かっているのは明らかだった。


「あの……そろそろ本陣の方に出向いた方がよろしいのではないでしょうか、シトリー様?」

 シトリーの背後に控えていたメリッサがおずおずと切り出した。

「ん?そうだな。ここらで司令官の顔でも拝みに行くとするか」

 そう答えたシトリーの顔に、普段はあまり見せない微妙な表情が浮かんだ。

「では、わたくしも一緒に参ります」
「いや、ついて来るのはメリッサだけでいい。おまえはリディアと連絡を取って、軍をいつでも動けるようにしておいてくれ」

 クラウディアの申し出を制して、シトリーはそう指示を出す。

「ですが……」
「いや、どうせ本隊はこの後東へ進むことになるだろう。そうなると当然ヘルウェティアを通ることになるし、その時には都で本隊を出迎えることになる。おまえたちが向こうに挨拶するのはその時でいいさ」
「そういうものなのですか?」
「ああ。それよりも、何が起こっても対処できるようにしっかりと軍団をまとめておくんだ」
「と、言いますと?」
「調子に乗った妖魔どもが襲ってくるかもしれないってことさ」
「そんな……まさか……」
「前にも言っただろう。僕は魔界の軍団をあまり信用していないって。だいいち、下等な妖魔に規律立った行動をを求めるだけ無駄なこった。どうせ奴らにとって人間なんか襲う対象でしかないし、もとより味方だなんて思ってないだろう。調子に乗ってこっちを襲ってくる馬鹿がいてもなんの不思議はないね。そのための備えをしておいてくれ。もし襲われたら、かまわないから死なない程度に痛めつけてやれ」
「よろしいんですか?」
「ああ。ヘルウェティアが味方だということも、こっちに僕がいることも事前に伝えてあるんだから、妖魔どもの統制がとれない向こうの責任だ。もし、こっちに手を出すなという指示が行き渡ってるんだったらなおさらだ。それでも襲ってくるような馬鹿は別に殺してもかまわないんだけどそれじゃカドが立つからな」
「はい……」
「特に今日は血を見て興奮してる奴らも多いだろうから、こんなところに長居は無用だ。挨拶をすませたらさっさと戻るぞ」
「かしこまりました」

 なおも不安そうな表情のクラウディアを後に残して、シトリーは本陣を後にする。

 実際、クラウディアに言ったように、下等な妖魔の多い編成を見た時点で、シトリーは魔界の軍団の統制に関しては完全に信用してなかった。
 とはいえ、別に本気で心配していたわけでもない。
 リディアの率いる魔導師軍団とエルフリーデとフレデガンドがいれば、暴走した妖魔の集団を蹴散らすのは容易いことだろう。
 むしろ、やりすぎる方が心配だった。
 あの3人には、死なない程度に痛めつける、などという器用な真似はとてもじゃないができないだろう。頭に血が上ったらなおのことだ。
 味方のはずの妖魔に襲われたりなんかしたら、本気で皆殺しにしかねない。
 それを抑えて冷静に対処できるのはクラウディアくらいしかいない。
 それが、ついて来ようとした彼女を止めた理由だった。



 そう言えば、あの人に会うのも随分と久しぶりだな。
 ていうか、なんであの人がこの方面の司令官なんだよ……。



 気のせいか、魔界軍の本陣に向かうシトリーの足取りは少し重たそうに見えた。






* * *







 魔界軍の本陣。

「よく来たわね、シトリー。今日はご苦労さま」
「お久しぶりです。……司令官閣下、とお呼びした方がよろしいですか?」
「ふふっ、敬う気がないのなら余計なおべっかは使わなくていいわよ」

 本陣の天幕でシトリーを出迎えたのは、露出の多い、軽めの甲冑に身を包んだ一見武人風の女。
 彼女が、この方面の魔界軍の司令官、アナトだった。
 褐色の肌に切れ長の目、小ぶりで形のいい鼻、少し厚みのある唇はぬらぬらと妖艶に光っている。
 すらりと引き締まった肉体は、腰のあたりはきゅっとくびれているのに、胸のふくらみの大きさときたら胸当てからはみ出しそうなほどだ。
 外見の美しさといい、肌の張りといい、とてもではないがエミリアたちにおばさん扱いされているとは思えないほどに若々しい美人だった。
 もっとも、悪魔の容姿や年齢は人間の基準では測れないのだが。

「では、アナト様と呼びましょうか?」
「だから、心にもないことを言わないの。これまで通り、アナト、でいいわ」

 そう言う彼女の目は涼しげな笑みを湛えていたが、その、意志の強さを窺わせる黒い瞳に見つめられると心の奥底まで見透かされるような気分になってくる。
 それに、こうして相対しているだけで、肌にびりびりと来るほどの強大な魔力を感じる。

 その魔力から判断するまでもなく、旧知であるだけにシトリーにはアナトの実力はよくわかっていた。
 彼女を甘く見ると痛い目に遭うことは間違いないことも……。

「それと、いい加減にその軽口はやめた方がいいわね、シトリー。ただでさえ、一部ではあなたの評判は良くないんだから。そんな話し方をされると、馬鹿にされたと怒る者もいるわよ」
「あなたは僕のことをわかっているから軽口も出るんですよ。誰にでもこんな話し方をしているわけじゃない」
「まったく、キミっていう子は……。魔界にはあなたのことを卑怯者だ、軟弱者だと侮る者もいるけど、私はあなたのことは認めているのよ。今回もあの魔法王国と言われるヘルウェティアを堕とすなんて大手柄じゃないの」

 まったく……心にもないことを言っているのはどっちなんだか。

 いや、少なくとも彼女がシトリーのことを認めているのは本当だろう。
 ただ、無邪気にその言葉に甘えるというわけにはいかない。
 一緒に天界から魔界に堕ちてきたエミリアを別にすると、アナトとのつき合いはメリッサやニーナよりも長い。
 しかも、なまじつきあいが長いだけにシトリーにはアナトに対する負い目があった。

















 ……それは、今から千年と少し前のこと。
 シトリーは、ばったり会った女悪魔にいきなり話しかけられたのだった。

「キミ、見かけない顔ね」
「あ……僕は最近天界から堕ちてきたんです」
「ああ、なるほど、堕天使かぁ。そんな感じがするわ。でも、たしかにその面構えは天使というよりかは悪魔と言った方が合っているわね」
「はあ……」

 初対面の相手に結構失礼なことを言われているというのに、間の抜けた返事しか返せなかった。

 実際、シトリーは話しかけてきた相手に見とれてしまっていた。
 それ程までにその相手は魅力的だった。
 整った顔、細くくびれた腰、張りのある豊かな胸……。
 全身から女の色気を放っているかのようだ。
 その、褐色の肌も、少し分厚い唇すらもエキゾチックな魅力を漂わせるアクセントになっていた。

「どうしたの?」
「いえ、あなたがあまりにも美しいものだから……」

 そんな、歯の浮くような台詞がつい出てしまったのも、彼女の魅力に当てられていたからだろうか。

「あら、そんな恥ずかしいことをよく平気で言えるのね」

 フフッ、と白い歯を見せて笑う顔がまたクラクラするほど眩しかった。

「あ、それは……ついこの間まで天使だったものですから、嘘がつけないんですよ」

 それこそ大嘘だった。
 嘘のつけないような純真な天使が魔界に堕ちてくるわけがない。
 ましてや、シトリーの能力は人の心の隙に潜り込み、人の心を操る力。
 嘘と本当を織り交ぜて人を惑わせるのはむしろ得意分野のはずだった。

 それなのにそんな間抜けな返事しかできなかったのは、相手の美しさにぼんやりしていたこともあるが、相手から滲み出る魔力の大きさに気圧されていたためだったからかもしれない。

「ふふふっ、面白いのね。私はアナト、キミの名前は?」
「……シトリーです」

 自分の名前を名乗って、ぺこりと頭を下げるシトリー。
 だが、相手のその名前は聞いたことがあった。

 アナト……こいつが?
 魔王クラスの実力者じゃないか。

 魔界の悪魔には最下級の妖魔から上級悪魔までいくつかのランクがある。
 魔王クラスの者はその最上位にいるエリートだ。

 それも、シトリーの知っている範囲では、アナトはその出自からして格が違っている。

 魔界には多くの悪魔がいるが、その出自は様々だ。
 最も多いのは、はじめから魔物として魔界に生まれた者だ。
 特に、最下級の妖魔から中級クラスの悪魔までは、ほとんどがその範疇に入るといっていい。
 次いで多いのは、シトリーのように天界から堕ちてきた堕天使だ。
 これも、意外と数は多い方だ。
 他に、魔物として人間界から魔界に追われた精霊などもいる。
 現在のシトリーの下僕でいうと、ニーナのような夢魔や淫魔は生まれながらの悪魔、エミリアはシトリーと同じく堕天使、メリッサは精霊系のあくまである。
 もっとも、当時のシトリーはまだニーナとメリッサを下僕にする前だったが。

 だが、アナトはそのどれにも入らない。
 なぜなら、彼女はかつて人間たちに神として崇められていた存在だからだ。
 かつて、人間たちが崇める神はもっと多かった。アナトはその中のひとりだった。シトリーの記憶が確かなら、戦いの女神として崇められていたはずだ。
 だが、そんな神々も、現在天界にいる唯一絶対の神がその実権を握っていく過程で淘汰されていった。
 その中には天界の神と真っ向から対決してその存在自体を消し去られた者もいれば、アナトのように魔界へと追いやられた者もいる。
 もともとがそれほど数が多くなかったので、堕天使ほどではないが、それでもかつて神であった者は魔界にそこそこの人数はいる。
 もちろん、彼らの力は強大で、皆、魔界では魔王クラスの実力を持っている。
 もっとも、実力はあっても性格は様々なので、魔界の上層部に加わって天界への対抗心を燃やしている者もいれば、そういった政治的な動きには一切係わらずに魔界での生活を楽しんでいる者もいる。

 どうやら、今、シトリーの目の前にいるのは後者のようだった。
 今は堕天使として魔界にいるとはいえ、かつてはシトリーも天界に身を置き、天使として神に仕えていた。
 かつての、アナトをはじめとする地上の神々との戦いでも、シトリーが天界の側に立って彼女たちを魔界に追い落とすのに一役買ったのも事実だ。
 だから、魔界には堕天使だというだけで敵意を剥き出しにしてくる者もいた。
 それなのに、アナトときたらそんなことを気にする素振りも見せず、シトリーに向かって屈託のない笑顔を浮かべている。



「ちょっと、聞いてるの?」
「え?あ、はい」
「もう、ぼんやりしちゃって……。まあいいわ。シトリーだったわね、あなた、これからうちに来ない?」
「はい?」
「キミのことが気に入ったわ。だから、お近づきの印に。お茶のひとつくらいは出すわよ」
「はぁ……」

 にっこりと微笑むアナトに、シトリーは曖昧に頷くことしかできなかった。






* * *







 そんなわけで、今、シトリーはアナトの部屋にいた。
 ふたり差し向かいで座り、他愛もない世間話に興じている。

 いったい、どういう成り行きでこんなことになったのか、今でもわけがわからない。
 なんというか、体よく逆ナンパされただけのような気がしないでもない。

 まあ、こんな美人とお近づきになれるんだから悪くはないか。

 そんなことを考えながらずずっと茶を啜るシトリー。
 こうしていてもひしひしと相手の力の強さを感じるが、だいぶ慣れてきたのか。それとも向こうが打ち解けたからなのか、初めの時の圧倒されるような威圧感は感じない。

「それで、どう?こっちで少しはお仲間はできたの?」
「いえ、まだ魔界での生活に慣れるので手一杯ですし。一緒に天界から堕ちてきた仲間はいますけど……。それに、どうも堕天使ってのは受けが良くないみたいですね」
「たしかに、もともと天使だったってだけで良く思わない連中がいるのも事実ね。でもね、堕天使の中にだって、すぐに魔界に溶け込む子だっているでしょう?」

 穏やかな笑みを浮かべて、アナトがシトリーの顔を覗き込む。
 シトリーの脳裡に、エミリアのことが頭に浮かんだ。
 そういえば、エミリアは自分と一緒に魔界に来たというのに、今ではすっかり魔界に適応している。

「要は、受け入れる側の問題じゃなくて、受け入れてもらう側の問題もあるってこと」
「それは、僕の方に問題があるっていうことですか?」
「そうね……。まだ会ったばかりだけど、キミって少しナイーヴっぽい雰囲気があるのよ。それがちょっと近づきにくいって感じがするんだわ、きっと。……それに、なんていうのかしら?立ち居振る舞いとかものの言い方とかが天使臭いのよね。たぶん、キミは元天使だっていうプライドが高すぎるんじゃないのかな?」

 ……なんというか、言いにくいことをずけずけという人だな。

 きっと、アナトに悪気は全然ないのだろう。
 それに、彼女の言うとおりなのかもしれない。
 でも、それだけにカチンと来るものがあった。

 実際にそう感じたとしても、それを口にするかどうかは別問題だし、言うにしてももう少し言い方ってものがあるだろうが。

 親切ぶった顔をして近づいてきて、無神経な言葉をぶつけてくる。
 それは、シトリーが最も嫌うタイプだ。

「あら?気を悪くしたのならゴメンね」
「あ、いえ……でも、言われてみればそうかもしれませんね……」

 まったく……美人で、しかも力も格も上だからっていい気になるなよな。

 腹の底ではむかついていても、もちろんそんな感情はおくびにも出さない。
 表面上は、しおらしく話を聞いているふりをしてみせる。

「ゴメンゴメン。そんなに傷つくなんて思ってなかったのよ」
「いえ、本当に気にしてませんから」
「でも、そうやってちょっとムッとした顔も可愛らしいのよね、キミって」

 くっ、この女、本当に……。

 シトリーが嫌いなことがもうひとつあった。
 あからさまに格下として扱われることである。
 もちろん、アナトには自分の実力の方が上だという確信があるからこそ、そんな余裕の態度がとれるのだろう。
 というか、ここまでやられるとすでに子供扱いと言っていい。 

 くそ、調子にのりやがって……。
 この女、絶対に僕の前に跪かせてやる……。

 プライドをいたく傷つけられたシトリーの心の奥底に、ふつふつとそんな思いが湧き上がってくる。
 それがまた、プライドが高いと決めつけたさっきのアナトの言葉が当たっているように思えて、ますます腹が立つ。



 放っておくと、顔を顰めそうになるのを必死で押さえていた時だった。



「ねえ、シトリーって何が得意なの?」

 急にアナトが話題を変えてきた。

「え?なんの話ですか?」
「だから、キミはどういう力を持ってるのかってこと」
「え……と、それは……」

 シトリーが言い淀んだのも無理はなかった。
 そもそも、彼の能力はあまり大っぴらにできるような性質のものではない。
 それに、格上の相手に自分の手の内をさらすような真似は危険ですらある。

「ん、どうしたの?シトリー?」
「あの、相手を眠らせることができます」

 咄嗟に、そう嘘をついた。

「相手を眠りにつかせて、幸せな夢を見させる。それが、僕の能力です」
「ふうん、それって、夢魔みたいなものなのかな?」
「ちょっと違うと思います。夢魔は、眠っている相手の夢に干渉するはずですが、僕の力は起きている相手を眠らせるのが主目的ですから」
「へえ。で、どうやるの?」
「僕の目を見た相手を深い眠りにつかせることができます。相手は眠ったまま、幸せな夢を見続けて、何をされても目を覚まさない。それこそ、寝首を掻かれてもね」
「あら、可愛らしい顔をして怖いことを言うのね。面白いわ。じゃあ、ちょっと私にやってみてよ」
「ええっ?」

 興味津々で身を乗り出してきたアナトが言った言葉は、シトリーの予想していなかったものだった。

「だから、ここで私を眠らせてみせて」
「そ、それは……」
「ねえ、いいじゃないの」
「それは、僕はかまいませんけど……。本当にいいんですか?あなたを眠らせた後に、何をするかわかりませんよ、僕は」
「あーら、眠った私を相手に狼さんになるっていうことかしら、それは」

 シトリーを見つめて、アナトはいかにも楽しそうに笑みを浮かべていた。
 それは、自分がそんな能力にはかからないという自信があるからなのか、シトリーがそんなことをするはずがないとでも思っているからなのか。

「まあ、いいわ。もし私が眠ってしまったら、ご褒美として私をキミの好きにしていいわよ」

 この女……よっぽど自信があるのか、それとも本当は馬鹿なだけなのか……?

 シトリーには、アナトがどういうつもりでそんなことを言っているのか理解できなかった。

 しかし、これは考えようによってはチャンスじゃないか。

 相手がやっていいと言ってるんだから、それに乗らない手はない。
 これで自分の力が通じなかったらやっぱりダメでしたと笑ってすませられる。
 もし、力が通用したら、この女を自分の思いのままにできる。
 そのまま自分の下僕にして、元には戻さないことだって……。

 さっき咄嗟についた嘘が、全くのでたらめではなく本当の力に近いものだったことがここでは幸いした。
 自分の目を見ることがキーとなるのも同じだ。
 どのみち、意識さえ奪ってしまえば眠らせるのも心を操るのもそんなに違いはない。
 約束が違うと言われる筋合いでもないだろう。
 もっとも、自分の力が通用したら相手はそう言うことすらできないだろうが。

 それに……。
 むしろこの女はそれを望んでいるんじゃないか?

 アナトの姿を見れば見るほど、そう錯覚してしまいそうになる。
 その、必要以上に露出の多い格好からしてそうだ。
 こんな美人が、そんな肌も露わな姿でうろついているなど、どう考えても男を誘っているとしか思えない。

「ねえ、どうしたの、シトリー?」

 アナトが、組んでいた足を組み替える。
 その、獣のようなしなやかな動きが、やけに色っぽく思えた。



 その仕草に、シトリーは腹をくくった。



「じゃあ、僕の目を見つめてください」
「こうかしら?」

 無邪気とも思えるほどの笑みを浮かべたままアナトがシトリーの目を見つめる。
 シトリーが視線に力を入れると、少し驚いたような表情になった。

「あら……なんか、変な感じ……」
「目を逸らさないで、じっと僕の目を見つめて」
「ええ……」
「僕の目を見つめて、僕の声を聞いているとすごく気持ちよくなります」
「……本当、なんだか、すごく気持ちいい。……でも、まだ眠くならないわよ」

 そう言いながらも、自分の目がトロンとしてきていることにアナト自身は気づいていない様子だ。
 さっきまでの、シトリーの心の奥底まで見透かすような視線の力強さもすっかり消え失せている。

 これならいけるんじゃないか?

 彼女の反応に、シトリーは手応えを感じていた。
 もちろん、そのままただ眠らせるつもりは毛頭ない。
 アナトを見つめる視線に、さらに力を込めていく。

「ほら、だんだん僕の声しか聞こえなくなっていきます。でも、僕の声を聞くのはとても気持ちいいので、他のことは聞こえなくても気になりません」
「うん……本当……すごく、いい気持ち……」
「僕の声を聞いていると、気持ちよくて他のことはどうでもよくなっていきます。ずっと僕の言葉を聞いていたくて、他のことは考えられなくなっていきます」
「うん……」
「ほら、もう何も考えられない。気分がふわふわして、気持ちよくて、ずっとこの声を聞いていたい」
「うん……」

 アナトの瞳からだんだん光が失われていくのがわかる。
 口許にうっすらと笑みを浮かべ、ときどき、すうっと靄がかかったようになって、ぼんやりとシトリーを見つめるようになる瞬間があった。
 それは、自分で考える力を失った者だけが見せる虚ろな表情。

 自分の力が通じていることを感じながらも、シトリーはゆっくりとアナトの心を解していく。
 相手がただの人間だったらそこまで丁寧にはやらないというくらいに。
 なにしろ、相手は魔王クラスの実力者だ。
 ここまでしても慎重すぎるということはないだろう。

「もっと気分を楽にしてください。もう、何も考えなくていいんです」
「うん……」
「そうして、僕の目を見つめて、僕の声を聞いているととても気持ちいい。そうでしょう?」
「うん……気持ちいい……」
「もう、あなたには僕の言葉しか聞こえないし、僕のことしか見えません。僕の声を聞くのが気持ちよくて、僕の言ったとおりに体が動いてしまいます。でも、僕の言ったとおりに動くのもとても気持ちよくて、やめることはできません」
「うん……」

 ぼんやりと靄のかかった瞳でシトリーを見つめて、アナトが力なく頷く。
 そろそろ次の段階と見て、シトリーは試みに彼女に向かって指を突き出した。

「じゃあ、僕の指を舐めてごらん。とっても気持ちいいから」
「ん、あむ……ちゅぱ……」

 目の前に差し出された指に自分から顔を近づけくると、アナトははむっとしゃぶりついてきた。
 視線だけはシトリーに向けながらちゅぱちゅぱと音を立てて指先を舐め回すアナトの、ヌメッと柔らかい感触がシトリーの指先をくすぐる。

「どんな感じかな?」
「美味しくて……すごく気持ちいい……あふ、んむ、ちゅば……」

 すっかり張りのなくなった声でそれだけ答えると、アナトはまた指にしゃぶりつく。
 そんな彼女からは、さっきまで発散されていた肌を刺すような魔力すら感じられなくなっていた。
 その瞳は完全に生気を失い、その身に纏う魔力は下級の悪魔よりも弱々しい。

 ふん、そろそろ頃合いかな……。

「んふ……あ……」

 指を引き抜くと、アナトが残念そうな声をあげた。
 そして、物欲しそうにシトリーの顔を見つめてくる。

「どう?もっと気持ちよくなりたい?」
「うん……気持ちよくなりたい」
「じゃあ、僕のものになったらいっぱい気持ちよくして上げるよ」
「なる……私、シトリーのものになるわ」
「なんだい、その言い方は?」
「なんの……こと?」
「きみは僕のものになりたいんだろう?だったら、僕のことはシトリー様と呼ぶんだ」
「……え?」

 虚ろな表情でアナトが首を傾げる。
 その額に、彼女自身の唾液でぬめった指先を押しつけて力を込めた。

「僕のものになるってことは、僕はきみのご主人様で、きみは下僕になるってことなんだよ。わかるだろう?」
「あ……ああ……」

 アナトの、力のない瞳が小さく震える。
 その口からは、苦しげな呻き声が洩れるだけだった。

 指先を通じて送り込んでいるシトリーの力が跳ね返される気配は全くない。

「だったら、僕のことをシトリー様って呼ぶのは当然のことじゃないか。それと、口のきき方や態度にはもっと気をつけることだね、なんといっても僕はきみのご主人様なんだから」
「あああ……あう……うあ……」

 シトリーの力をまともに受けて、アナトは返事すらできずに体をひくつかせている。

「でも、安心するといい。僕の下僕になるのは、とても幸せなことなんだから。きみは僕のことがすごく好きだから僕の下僕になるんだよ。もうきみは僕のことしか考えられないし、僕の側にいるだけですごく幸せなんだよ」
「ああ……はい……」

 送り込まれた力になじんできたのか、アナトの震えがゆっくりと収まっていく。
 シトリーを見つめて頷いているが、相変わらずぼんやりと力のない瞳のままだ。

「嘘だと思ったら、僕のことをシトリー様って呼んでごらん。それだけですごく気持ちよくて、とても幸せな気持ちになれるよ」
「……シトリー様」

 そう言ったアナトが、虚ろな笑みを浮かべた。

「どうだい?気持ちいいだろう?」
「……はい」
「そうだろう?きみは、僕のことをシトリー様と呼べば呼ぶほど僕のことを好きになって、幸せになれるんだよ。いいね?」



 そこまで言って、シトリーはその額から指を離す。
 アナトは、意識があるのかないのかはっきりしない表情でぼんやりとシトリーを見つめていた。





「アナト?」
「……はい、シトリー様」

 呼びかけに対して、アナトはゆっくりと返事を返す。まるで、自分の発した言葉の意味を確かめるように。
 すると、シトリーを見つめるその瞳に、みるみる生気が戻ってきた。
 その褐色の肌でもそうとわかるくらい頬を上気させて、少しはにかんだような笑みを浮かべてシトリーを見上げている。

「気分はどうだい、アナト?」
「はいっ!最高です、シトリー様!」

 もう一度呼びかけると、今度は弾けるような笑みを満面に浮かべてはっきりと返事をした。

「シトリー様……ああ、シトリー様……シトリーさまぁ……」

 噛みしめるように、何度も何度もシトリーの名を呼ぶアナト。
 繰り返すほどに、シトリーを見つめる視線が熱を帯びていく。

 ……完全に堕ちたな。
 なんだ、魔王クラスといってもこの程度か。
 所詮、悪魔は悪魔だな。それなりに強い魔力はあるみたいだけど、僕の力に対する抵抗力が全くない。

 初めて会う相手に、すんなりと自分の力が通用したことにシトリーはすっかり気をよくしていた。
 それも、相当に実力があるとされている悪魔で、しかもさっきまで自分に向かって言いたいことを言っていた相手だからなおのこと気分がいい。

「これできみは僕のものだよ、アナト」
「ああ……会ったばかりの私を下僕にしてくださってありがとうございます、シトリー様。……あむ、ちゅぷ……ちゅぱ……」



 シトリーが指を差し出すと、アナトはうっとりとした表情でしゃぶりついてくる。



「そんなに僕の指が気に入ったのか?」
「んふ、ちゅば……んん、はい……シトリー様の指、とっても美味しいです」
「そうか……じゃあ、もっといいものをしゃぶらせてあげるよ」
「もっといいもの、ですか?」
「ああ、考えてもごらんよ、わかるだろう?」

 思わせぶりなシトリーの言葉に、首を傾げていたアナトが、にっと淫靡な笑みを浮かべた。

「さあ、こっちへおいで」
「はいっ!シトリー様!」



 椅子から立ち上がると、アナトはテーブルを回り込んでシトリーのすぐ目の前まで来た。



「さてと、僕の言ったものが何かわかったのかな?」
「はい……あの……」
「かまわないから口に出して言ってごらん」
「シトリー様の……おちんちん……です……」

 ゆっくりと、途切れ途切れに、しかしはっきりとアナトが答える。
 それは、恥じらいのためではなく、胸の高鳴りで息が弾んでいるからなのだろう。

「うん、当たりだよ。じゃあ、ご褒美だ。きみの好きなようにしゃぶってみるといい」
「はいっ!」

 アナトが、シトリーの前で両膝をついた。
 そして、その服をはだけさせるのももどかしそうに肉棒を探り出す。

「ああ……シトリー様のおちんちん、熱いです……」

 手の中でどくどくと脈打つ感触を楽しむようにそっと手で握ったまま、うっとりと見つめている。

「あの……よろしいですか、シトリー様?」
「ああ、かまわないさ」
「では、失礼します」

 一度、舌なめずりして唇を湿らせると、アナトはおもむろに肉棒に顔を近づけていく。

「あふ……えろっ、んふ……ぺろっ」

 ゆっくりと舌を伸ばし、感触を楽しむように舌先でそっと撫でる。

「んふう……れるっ……んふ、シトリー様のおちんちん、とても、おいひいれす……あふ、しゅば……れろろっ」

 潤んだ瞳でシトリーを見上げながら、次第に舌使いを激しくしていく。

「んふ……あふ、先っぽから汁が……これもおいしくて……もう、私……ん、あむ、ちゅぱ、しゅぼ、ちゅる……」

 我慢できないといった様子で、アナトは肉棒の先を口に含んだ。
 そのまま、握った片手で肉棒を扱き、もう片方の手で下から袋を持ち上げるようにして指先で軽く刺激してくる。

 ……こいつ、堅気じゃないな。
 まあ、悪魔なんだからそれも当然か……くっ!

「ちゅぱ、んちゅっ、しゅぽ、じゅぽっ、んぐっ、んっ、んふっ、ん、んぐっ、じゅっ、んっんっんくっ!」

 その舌使いに驚く暇もあれ、アナトは頭を激しく振ってすぼめた口で肉棒の先を扱き、根元は添えた手を素速く滑らしていく。

「くうっ!」
「んっんむっ、んんっんくっ……ああっ!ふああああっ!」

 一気に射精まで持っていかれて、肉棒がぶるっと大きく暴れた。
 その弾みで肉棒が口から離れて、アナトは顔面でまともに精液を受けとめる。

「ふあ、あああ……熱いの、こんなにたくさん……シトリー様の、臭いがいっぱいで、私……」

 床にぺたりと尻をついてアナトはシトリーを見上げる。
 まるで、精液の臭いに酔ったように陶然とした表情を浮かべ、ペロリと舌を伸ばして口の周りの精液を舐め取っていく。
 顔のあちこちに白濁液をこびりつかせて、いかにも嬉しそうに笑っている姿は、すでに悪魔ではなくただの淫乱な牝だった。
 アナトのその、濃い色の肌のせいで精液の白い色がやけに鮮やかに見える。

 他愛もない……。
 こうなってしまったら悪魔も人間の女も一緒だな。

「うん、なかなか良かったよ、アナト。だから、もうひとつご褒美をあげよう」
「……え?なんですか、シトリー様?」

 今や、淫乱な下僕に成り下がって期待に満ちた視線でこちらを見上げているアナトの額に、もう一度シトリーは指を突き立てた。

「きみの体の全ては僕のものだ。きみの口も、胸も、尻も、そしてアソコの穴も全部僕専用なんだよ」
「あ……うああ……」

 指先に力を込めると、しゅっ、とアナトの瞳孔が収縮して小刻みに震えはじめる。
 そのまま、だらしなく口を開いて呻きながらシトリーの言葉を受け入れていく。

「だから、ぼくのモノできみはすごく感じてしまう。僕とのセックスで、きみは今までに感じたことがないくらいに気持ちよくなれるんだよ」
「ああ……あああ……」

 ようやく指を離すと、アナトは放心してその場にへたり込んでしまう。



 そんなアナトに向かって、シトリーは手を差しのばす。

「さあ、立つんだ、アナト」
「シトリー様?」
「きみの体をたっぷりと味わわせてもらうよ、僕のモノでね」
「はいっ!」

 ぼんやりとシトリーを見上げていたアナトの顔に満面の喜色が浮かび、差し出された手を取って立ち上がった。

「さあ、シトリー様、こちらへどうぞ!」

 そのまま、アナトはシトリーを誘ってベッドへと連れていく。
 そして、ベッドの横で腰紐を解いて纏っていた薄手の布を脱ぎ捨てる。

 目の前に晒されたアナトの裸体に、シトリーは思わず胸の内で驚嘆の声をあげた。
 すらりとしてしなやかな手足、きゅっとくびれた腰のライン、こうして一糸まとわぬ姿になると、そのプロポーションの良さがいっそう際だって見える。
 細身なのに、全体的に引き締まって筋肉質な印象を受けるのはやはり、もともとは戦いの女神だからだろうか。
 だが、驚くべきはその胸だった。
 並はずれたボリュームがあるのに、ほとんど垂れることなくきれいな円錐形を保っている。
 完全に物理法則を無視したそのふくらみの先は、もうつんと突き立って少し上向きになっていた。

「あうっ……ああぁ……」

 手を伸ばしてその乳房を掴むと、アナトの口から甘ったるい声があがる。
 シトリーの手に、むにゅ、と柔らかいのに、軽く押し返してくる弾力のある感触が伝わってくる。
 こんなに張りのある乳房は今まで見たことがないのではなかろうか。
 癖になりそうな感触だった。

「あああっ、はうっ!……ああん……あぅ、シトリーさまぁ……」

 くるりと向きを変えさせて、背後から腕を回して胸を揉む。
 こうして抱きかかえてみると、思っていたよりもずっと細身で肩幅もない。
 たしかに筋肉質ではあるものの、どちらかというと華奢な体格のシトリーでも楽に抱くことができる。

「はあぁん……あん、はんっ、んふううん……」
「随分といやらしい声を出すんだな」
「だって、私の体はシトリー様のものですから……もちろん、この胸も……あうっ!ふああんっ!」

 乳房を掴む手に力を入れると、アナトの喘ぐ声が一段と弾む。
 その耳もとにふっと息を吹きかけただけで体をくねらせて小さく首を振って悶え、うぶな少女と錯覚するくらいの初々しい反応を見せる。
 そのくせ、はぁはぁと大きく喘ぎながら足を少し開いて腰をくねらせているところは、いかにも悪魔らしい淫乱さを窺わせる。
 美しくも、淫らな乙女の姿がそこにあった。
 もっとも、乙女と呼ぶには少しばかり歳がいっているが、見た目にはまだ充分若々しい。
 というか、悪魔なのだから外見はずっと変わらないのだろうけど。

「ああん、シトリーさまぁ……んっ……ああっ、そこはあぁっ!?」

 片手を胸から下に降ろしていき、その股間を探ると、そこから溢れてきている蜜がねっとりと指先に絡みついてきた。

「なんだ、もうこんなに濡らしているのか?」
「うふぅん……それはあぁ、私のそこもシトリー様のものですから……あん、んんんっ!」

 指先に力を入れると、ヌルッと抵抗もなく裂け目の中に滑り込んでいき、アナトが切なそうな声をあげた。
 中に入れた指を動かし始めると、指先に暖かくて柔らかい感触がまとわりついてくる。

「ああん……シトリー様の指が私のいやらしいところ……あああっ!はああああああんっ!」

 裂け目の中を掻き回していた指がある部分に触れた瞬間、アナトが大きな喘ぎ声と共にビクビクッと体を震わせた

「ふうん、ここが感じるのか?」
「あううっ!はうっ!ああっ、そこおおおおっ!あっ、あああああああっ!」

 その一点を執拗に指先で攻めると、アナトは体を仰け反らせて激しく悶える。
 アナトのそこからは、まるでお漏らしでもしているのかと思うくらいに大量の蜜が流れ出てきていて、シトリーの手の動きに合わせてグチュグチュと湿った音を立てていた。、

「ああああああっ!そんなに触られたらっ、私っ、感じすぎてっ!」
「感じすぎて、どうなるんだ?」
「ああっ……私の中に、シトリー様のおちんちんが欲しくて、もう、もうっ……」
「そんなに僕のが欲しいんだね?」
「はいっ、はいぃ……どうか……私の中に、シトリー様のおちんちん、いれてください……」
「うん、いいだろう」
「ありがとうございます……あっ」

 後ろから体を押されて、前につんのめったアナトがベッドに手をついた。
 しかし、その体勢のままシトリーに向かって尻を突きだし、誘うように腰をくねらせている。

「あんっ、ああっ、はああんっ……お願いです、シトリーさまぁ……」

 シトリーがその腰を両手で押さえると、アナトは瞳を潤ませて、我慢できないといった風に淫らな声でねだってくる。

「しかたないな……」
「ああっ、お願いしますっ、シトリー様!」

 i一度、固く突き立った肉棒で秘裂をなぞる。
 すると、アナトの顔に期待に満ちた表情が浮かんだ。

「どうか、どうかっ、私の中にシトリー様のおちんちんを……え?えええっ!?そ、そっちは!?」

 だが、肉棒はそのまま裂け目をスルーしていく。
 シトリーが肉棒を宛ったのは、濡れそぼった秘裂ではなく、その後ろにある穴だった。
 アナトは戸惑って腰を引こうとするが、シトリーがその腰をがっしりと押さえてそれを許さない。
 そして、腰を突いて強引に肉棒を穴の中に押し込んだ。

「あっ、あああっ!シトリー様っ、そ、そこは違いますうううぅ!」
「でも、僕のを中に入れてくれって言ったじゃないか。こっちだって間違いなくきみの中だろう?」
「そっ、それはそうですけどっ!」
「だったら、こっちに入れられるのは嫌なのかい?」
「んふうううっ!ああっ、いっ、嫌じゃっ、ないですっ!」

 アナトの返事を待つまでもなく、その答えはわかっていた。
 シトリーが腰を動かしはじめるとアナトの尻の穴はぐいぐいと肉棒を締めつけ、その中は熱く、ねっとりと絡みついてきた。

「そうだろ。だって、きみの体は僕のものなんだから。こっちでだって気持ちいいに決まってるだろ」
「はううっ!ああんっ、お尻っ、いいっ!シトリー様のおちんちんでずぼずぼ突かれてっ、お尻の穴っ、すごく気持ちいいですうううっ!」
「そうだ、きみの体は全部僕専用なんだから、アソコの穴だけじゃなく、こっちの穴でも感じてしまうんだよ」
「はいいいいいっ!ああっ、お尻の中っ、シトリー様のおちんちんでいっぱいになってますっ!あああっ、私のっ、シトリー様専用のお尻の穴っ、もっと突いてくださいいいいぃ!」

 その反応にシトリーは満足していた。
 アナトがそれで感じているということは、暗示がしっかりと定着しているということだ。

「もっとっ、もっと強くっ!ああっ、いいっ、いいですっ、ずぼずぼきてますうううっ!」

 いつしか、アナトの方から大きく腰を動かしはじめていた。
 ベッドについた手をいっぱいに突っ張って、勢い良く尻を突き上げる。
 そうやってシトリーにぶつけるくらいに腰を突き上げてくるたびに、背骨に沿って筋肉が浮かび上がってくる。
 そして、いったん伸び上がるようにして背筋を伸ばすと、反動をつけてまた尻を突き上げることを繰り返す。

「あんっ、はうんっ!いいっ、お尻の奥まで当たってっ、すごくイイですうううっ!」

 もう、アナトはすっかり夢中になって腰を振っていた。
 こうしてバックからアナルを攻めていると、そのくびれた腰のラインがいっそう際だつ。
 そして、時おり腰をくねらせて自分jから捻りを入れてくる。
 アナトの褐色の肌が汗に濡れて光り、濃い女の匂いが立ちのぼってくるのがさらにシトリーをそそらせた。

「はあああああっ!そんなにっ、強くっ!ああっ、お尻の中が熱いいいっ!シトリー様のおちんちんが熱くてっ!すごいっ、すごすぎますっ!お尻の穴っ、すごくいいですうううっ!」

 こういう時、熱いっていうのはどっちの感覚が正しいんだろうな……。

 奥まで掻き回すくらい深く腰を打ちつけたシトリーは、そんなことを考えていた。
 アナトの尻の中は、火照ったシトリーの体でも熱いと感じるくらいに熱を帯びていた。
 それが、肉棒を包み込んでねっとりとまとわりついてくる。

「いいいいっ!すごすぎてっ、もうっ、イキそうですううっ!ああっ、いあああっ!」

 アナトが大きく頭を振って喘ぐたびに、そのアヌスはきつく肉棒を咥えこんで扱きあげていく。
 ベッドについたその手が、シーツをぎゅっと固く握っている。
 必死に腰を振ろうとしているが、体を支える腕がぶるぶると震えていた。

「ああっ、もうっ、イクっ!イってしまいますっ!ああっ、シトリー様のおちんちんがパンパンに膨らんでっ!でそうなんですねっ!?どうぞっ、中にっ、中にいいいいっ!」

 その細くくびれた腰が、ガクガクと砕けそうになって、ぷくっと膨らんだ尻が不規則に揺れる。
 肉棒を咥えこんだその中が痙攣して、アナトの絶頂が近いことを知らせていた。
 シトリーの射精が近いことを察してか、アヌスの締め付けがさらにきつくなった

「くっ、出るぞっ!」
「はいいいいいっ!ああっ、あっ、来てますっ、すごく熱いのがお尻の中にっ!ふああああっ、お尻の中っ、燃えるうううううっ!」

 ぶるっと一回体を震わせて、アナトの尻の中にシトリーは精液をぶちまける。

 首を大きく反らせてアナトが絶叫した。
 体を支えていた腕ががっくりと崩れて、尻を突き上げたままの姿勢でひくひくと体を震わせる。




「ふああっ……だめえぇ、こんなすごいの……。お尻の穴で、こんなに気持ち良くしてもらって……」

 上半身をベッドの上にぐったりと伏せて、アナトは大きく喘いでいた。



「……え?あんっ!」



 シトリーは、俯せているアナトの体をひっくり返して仰向けにさせる。
 そして、その両足を抱え上げて大きく広げさせると、丸見えになったそこは売れた果実のようにバックリと裂けて、赤く爛れたような襞の奥からしとどもなく蜜が溢れてきていた。

「え、ああ?シトリー様?……あうっ、あああっ!」

 驚いて見上げてくるアナトにはかまわず、その裂け目に肉棒を沈めていく。
 2度も射精したというのに、張りつめた肉棒は収まる気配を見せない。
 むしろ、アナトの全身から立ちのぼる強烈な牝の香りがさらなる興奮を誘い、肉棒をいきり立たせていく。

「んはあああっ!ああっ、シトリー様っ!私っ、イったばかりなのにっ、こんなのっ、だめえぇ!」

 ダメと言いながら、挿入された瞬間にアナトの表情がトロンと蕩ける。

「でも、ここに入れて欲しかったんだろう?」
「それはっ、そうですけどっ!あうんっ!今っ、そんなに激しくされたらっ、私っ、すぐにまたっ!」

 大きく頭を振って嫌がるような素振りを見せながらも、シトリーが体をかぶせていくとアナトの方から腕を伸ばしてしがみついてくる。
 実際、アナトのそこはアヌスに負けず劣らず具合がよかった。
 挿入した瞬間から温かくぬめった襞が痙攣しながら肉棒にまとわりついてきて、ヴァギナはぎちぎちと音がするほどに締め上げて離さない。

「ひゃっ、ああっ!……あんっ!」

 アナトの体を抱え上げると、体の位置を入れ換えてシトリーはベッドに腰掛けた。
 そのももに乗っかる体勢になると、アナトは自分から激しく腰を揺すりはじめる。

「あっ、あんっ、ああっ、これっ、すごいですっ!こんなにすごいのっ、今まででっ、はじめてですううっ!あんっ、ああんっ!」
「なんだ、あばずれかと思ったら随分とここはきついんだな」
「はんっ!あっ、それはっ、シトリー様のが大きくて逞しいからっ!はうっ、そっ、それにっ、気持ちよくてっ、アソコがきゅっ、て締まってしまうんですっ!ああっ、はあんっ!」

 快感を口にしながらシトリーの首に腕を絡めて腰を振っているアナトの顔はすっかり蕩けて、緩んだ笑みを浮かべていた。

 こいつ……今までで最高の女じゃないか……。

 淫靡に蕩けた表情とその体中から立ちのぼる淫臭が、シトリーを一気に絶頂間近まで持っていく。
 それほどまでにアナトの体は極上だった。

「ああんっ、すごいっ!気持ちっ、よすぎてっ、腰がっ、止まらない!はんっ、あっ、あっ、あっ、あっ、ああっ!」

 根元まで深く肉棒を飲み込んだまま、ずんずんと腰を弾ませるアナトの動きがさらに加速していく。
 高速で扱かれる刺激に、たまらずシトリーは三度目の発射をした。

「ああっ、熱いいいいいいっ!でもっ、もうだめっ!私っ、もうイってしまいます!あん、はあんっ、あっ、だめっ、イクっ、イクうううううっ!」

 両手に力を入れて、アナトがシトリーにしがみついてきた。
 その、弾力のある乳房がぎゅうっと押しつけられる感触。
 そのまま両足でシトリーの体を挟んで、しっかりと肉棒を咥えこむ。
 そして、痙攣する膣全体に押しつぶされるのではないかというほどにきつく締めつけてきて精液を搾り取っていく。

「ああ……あああぁ……」

 アナトが体を預けてきて、シトリーをベッドに押し倒した。
 ぐったりとシトリーにのし掛かったまま、大きく喘ぐ熱い吐息が肌をくすぐる。
 シトリーもさすがに軽い気怠さを覚えて、アナトの体を抱いたまま余韻に浸っていた。
 まだ、体は火照っているけれども、シトリーの胸の上で響いているアナトの呼吸の音が次第に落ち着きを取り戻していく。











「これで満足かしら、シトリー?」

 その時、アナトの口調が急に変わった。








「……え?」

 驚いてシトリーはその顔を見る。

 さっきまで淫らに蕩けきっていたアナトの顔は、最初に会ったときの穏やかな笑顔を浮かべていた。
 なにより、その目が心の奥まで見透かすような力強い視線を取り戻している。

「なっ……!」

 絶句したまま言葉が出てこないシトリーの様子に、アナトは楽しそうに目元を緩める。

「あら、声も出ないの?そんなに驚かせちゃった?」

 間違いない、こいつは元に戻っている。
 ……まさか!?
 元に戻ったんじゃなくて最初から!?

「そんな……今までのは演技だったっていうのか?」
「うーん、演技とは違うわね。心の表面で本当にキミの能力にかかってみたの。自力で元に戻れるように心の深い部分はガードしてね」
「まさか……そんなことが?」
「かかってみてわかったんだけどね、キミの力は感情や思考、感覚とか認識といったものは変化させるけど、人格や記憶はそれほど変化しないのよね。変化をしないということはつまり、私の心の中でキミの力の影響を受けない部分も多いってことなの。だったら、そこに自分の意識を避難させておいて、後から戻すってことも不可能ではないわ」

 噛んで含めるように、アナトは解説をしていく。
 しかし、シトリーにはとても信じられない。
 いままで、力を跳ね返してくる者はいても、そんなことをしてきた相手はいなかった。

「しかし、そんなことができるはずが……。まさか!あなたも人の心を操ることができるっていうのか!?」
「いいえ、私はそんなことできないわよ。でもね、相手の能力がわからないときには、わざと受けてみてその能力を確かめてみるっていうのはこの世界で生き残るためには必須のテクニックよ。特に精神系の攻撃はね。今、私がやってみたように自分の意識の一部をガードして表面だけで受けてみるっていう方法もあるし、他には、精神を体の外に出して肉体は抜け殻にして自分の意識を守るっていう手もあるわよ。もっとも、相手の能力が事前にわかっていればそんなことは必要はないんだけどね。まあでも、自分の安全が確保できれば、術にかかったと思って相手が油断している隙を突いて反撃することもできるでしょ。魔界ってのは文字通り魑魅魍魎がうじゃうじゃしているところだから、心を操る能力がない者でも自分の心くらい守る術を身につけていないと、誰かに支配されるか、それとも殺されるかのどっちかということになるわよ」
「くっ……」

 アナトの解説に、シトリーは思わず唇を噛む。
 
「でもね、それはあなたが未熟なのも悪いのよ。たとえ感情や思考、感覚しか操れなくても、それで相手の魂を解けないくらいにしっかりと絡め取ってしまえば完全に支配することができるのに、キミったら、力自体は強くていいものを持っているし、相手の精神の弛緩のさせ方も悪くはないんだけど、ただ漫然と力を送り込んでくるだけっていうか、なんか力の強さの割には効率が良くないのよね。私もね、本当にキミの能力がやばそうだったら、かかる前に跳ね返そうと思ったんだけど、これなら自力で元に戻れると思ったからそのままかかってみることにしたの」

 そこまで言って、アナトはいったん言葉を切る。

 自分の能力に敢えてかかってみてから自力で元に戻る。
 そんなことをされたのも初めてなのに、さらに、己の未熟さを指摘されるなんて。
 シトリーにとって、これほどの屈辱はなかった。
 そして、改めて自分とアナトの力の差を痛感した。 







 悔しそうに唇を噛むシトリー。
 その姿を見ていたアナトが、再び口を開いた。



「そうかぁ、キミはそういう子だったんだ……」



 そう言ったその顔は笑っていなかった。
 まるで氷のような冷たい視線が、こちらをじっと捉えている。
 思わず背筋が寒くなり、鳥肌が立った。

 ……殺される!

 恐怖で顔がひきつっているのが自分でもわかった。
 格上の相手に手を出して失敗したのだから、殺されても文句は言えない。
 そんなことは、魔界に堕ちてきてまだ間もないシトリーにもわかっていた。
 ましてや、さっき自分がアナトに対してやったことといったら……。

 さっきから、アナトの体から放たれる強大な魔力をまた感じるようになっていた。
 肌が触れるほどの距離で感じるそれは、自分の体を覆い尽くして押しつぶしそうなほどに圧倒的で、何もされていないのに体が竦んで動けなくなる。




 と、不意にアナトの表情が緩んだ。




「ふふふっ!別に、殺したりしないからそんなに怯えなくても大丈夫よ」
「……え?」

 まるで、シトリーの胸の内を見透かしたような言葉。
 茫然としているシトリーの目を柔らかい眼差しで見つめながら、アナトはクスクスと楽しそうに笑っている。

「だって、私もけっこう楽しんだしね。ホントに、あんなに幸せな感じであんなに気持ちいいセックスは初めてだったわ。もう、癖になりそうなくらいに」
「は、はぁ……」
「私、本当にキミのことを気に入っちゃった。……それに、キミのこれもね」
「えっ、ええ!?」

 手を伸ばすと、アナトは恐怖ですっかり萎んでしまったシトリーの股間のモノを掴んだ。

「あら、すっかり小さくなっちゃって。そんなに怖かった?でも安心して、大丈夫だから。ね、だからまた私と遊びましょ。その代わりにいろいろと教えてあげるわよ、魔界でうまくやっていくためのテクニックをね」
「は、はい……お願いします」

 もう、こうなってはシトリーにはその言葉におとなしく従う以外に選択肢はなかった。
 その様子に、アナトは満足そうに頷く。

「うん、素直でよろしい。でもね……」

 ぷいっと唇を尖らせると、アナトはシトリーの鼻先に指を突きつけた。

「最初から正直に自分の能力をしゃべってくれてたらもっと良かったのに。やっぱり、あんなすぐばれる嘘をつくのはいただけないわね。だから、お仕置きにもっと搾り取ってあげるわ、もちろん、今度は私がリードしてね」

 そう言って、アナト舌なめずりをする。
 その時浮かべた笑みは、恐ろしいまでに美しく淫靡で、まさに悪魔の表情に相応しいものだった。



 その後、シトリーは腰が立たなくなるまでアナトに精液を搾り取られたことは言うまでもない。






 それが、シトリーとアナトとの最初の出会いだった。

















 シトリーのことを気に入ったというアナトの言葉はどうやら本当だったらしい。
 あの後も、機会があれば彼女はシトリーを誘ってきた。
 もちろん、主な目的はシトリーとセックスを楽しむため。
 だが、あの時約束してくれたとおりに、初めて会う相手の能力の探り方や、相手の能力のかわし方、効率的な力の使い方のコツも教えてくれた。
 他には、彼女の知る限るの魔界の有力者の性格や能力に関しての知識も。

 あの頃のシトリーは、まだ天界から魔界に堕ちてきたばかりで、悪魔のことをなめている部分があったのは否めない。
 だが、アナトから様々なことを教えてもらうにつれてその認識を改めることになったし、彼女のおかげで魔界でもそこそこうまく身を処することができるようになった。
 だから、今でも彼女には頭が上がらない。

 それと、アナトがかつて戦いの女神だけでなく、愛の女神としても人々に崇められていたことを知ったのもだいぶ経ってからのことだった。
 その時になってはじめて、シトリーはアナトのあの見事な女っぷりや、セックスのテクニックの巧さ、それに、心理や感情に関する知識や能力の豊富さの理由に納得がいったものだ。
 もっとも、その時はつい、「愛の女神も魔界に堕ちたらただの淫乱女なんですね」と軽口を叩いてしまって、その場でボコボコにされてしまったのだけれど……。





 そんな彼女がシトリーの上官となったのはただの偶然なのか、それとも、ふたりの関係を知る者が、シトリーに対する抑えとしてこの人事を決めたのか……。
 まあ、たしかにシトリーとしても気分的には楽だが、彼女の目が光っているとあまり好き放題にはできそうにない。
 それでも、自分に悪意を持っている相手が上官になるのよりはよっぽどいいとは思う。





「あの、ひとつ訊いてもいいですか?」

 だからシトリーは、今日の戦闘を見て感じた疑問を素直にぶつけることにした。

「ん?なにかしら?」
「なんか、こちらの軍勢に下級の悪魔や妖魔が多い気がするんですが、僕の気のせいですかね?」
「ああ……。それはね、今回は3方向から侵攻をかける大がかりなものでしょ。だから、それぞれの方面に頭数を揃えようと思ったらこういう編成になってしまうんでしょうね、きっと。言ってみれば人海戦術なんでしょうけど……。ねえ、シトリーはどう思うの?」
「まず、あなたの意見を聞かせてくれませんか?」
「そうね、はっきり言っていただけないわ。それは、地上を制圧するだけならこれで充分でしょうよ。でも、この戦いの目的はそれじゃないでしょ。その先を見据えたらこんな数だけ揃えた軍勢なんか役に立たないわ」
「やっぱりそう思いますか。僕も同意見です」
「そうよね。堕天使のキミは天界の戦力をよく知っているはずですものね。上層部は天界相手にこんな部隊編成でまともにやり合えると本気で思っているのかしら?そうでなくても、こんな下級の連中に規律だった行動なんかできるわけないから、それを統率することのできる中級以上の悪魔を部隊ごとに配置しなくてはいけないでしょ。そんなことのために、能力もあって頭も働く者を分散させないといけないのよ、まったく信じられないわ。天界相手にはこんな雑魚なんて、たとえ億いてもなんの役には立たないんだから。たとえ規模は小さくても、力のある悪魔だけで編成された部隊で固めた方がいいのに。まったく……上層部は戦術ってものがわかってないのよね」

 さすがに、かつて戦いの女神だっただけあって、アナトの見立てはかなりシビアだった。
 しかし、その意見にはシトリーも同意見だし、平気で上層部の批判をできるさばさばした性格も好感が持てる。
 なんだかんだ言っても彼女とは気が合うんだなとシトリーは思う。

「そういうわけで、キミには本当に期待してるのよ、シトリー」
「はい?なんのことですか?」
「だって、こっちの手勢はあんなのばっかりなんだもの。自分で考えて、自分で判断して行動できるのってキミくらいなものなのよ。それに、さっきも見たけど、キミの配下の部隊、かなりやるじゃないの。こっちの雑魚連中よりもはるかに優秀だわ。ああいう配下をまとめ上げるところはさすがよね」
「褒めてくれるのは嬉しいんですけどね……。今さっきその部下に、血迷った悪魔どもが襲ってきたら死なない程度に締めておけって命令してきたところなんですけど」
「まあっ!」

 驚いて目を丸くしたアナトは、むしろ楽しそうだった。

「でも、あんな低級な連中ばかりなのを見るとこっちも不安になりますって。血を見ただけで舞い上がって、本当に暴走しかねないですよ」
「ふふふっ、やっぱり最高ね、キミは。まあ、司令官が私じゃなかったらキミの方が懲罰ものでしょうけど。でも、だからこそキミになら安心して作戦を任せられるわ」
「よしてくださいよ。軍団を率いての作戦行動なんて僕のガラじゃありませんって」
「またそんな言い方をするんだから。私の前で謙遜してもなんの得もないわよ。キミだって、天界にいたときには最前線で戦っていたんでしょ。できないとは言わせないわ」
「別に、できないとも不得手だとも言ってませんよ。ただ、そんなのはガラじゃないって言っただけです」
「もう……。キミはやればできる子なのに、すぐそうやってひねくれたことを言うから誤解されるのよ。やるときはガツンとやらないと侮られるだけよ」

 ……この人にかかったら、僕なんかいつまで経っても子供扱いだな。

 会ったばかりの頃はいちいちカチンときていたアナトのそんな言い方も、今ではそれほど気にならない。
 というか、気にしたら相手の思うツボだ。
 なにしろ、向こうは意識的にやっているのだから。 
 一度、あんまり子供扱いするのはやめてくれと直接言ったことがあった。
 その時の彼女の返事ときたら、「そうやって嫌がるのが面白いからわざとやってるに決まってるじゃないの」ときたもんだ。

 本当に、いい性格をしてるよな。

 そうは思っても、結局は彼女には敵わない。
 それに、アナトの言うことは的を射ていることが多いので反論のしようもなかったりする。

「僕だってわかってますよ、それくらい」
「わかっていないわよ。……ねえ、キミのところに配置された魔界の軍団はどうしてるの?」
「え?あ、それは……」

 いきなりそう訊かれて、シトリーは返答に窮する。
 その、黒く澄んだ瞳に見つめられると全てを見通されるみたいで、思わず視線を逸らした。

「来てないんでしょ?」
「……はい」

 有無を言わせぬ口調でそう言われると、隠すことはできない。

「たしか、あの部隊を率いているのはマハだったわね。……あなた、馬鹿にされてるわよ。ああいう武闘派って、特にキミみたいな子を軽く見るんだから」
「それがわかってるんだったら、あなたの方から向こうに言ってくれたらいいじゃないですか」
「ああいうタイプにはかえって逆効果ね、それは。上に取り入って自分に従わせようとしたって、キミがますます侮られるのがオチよ」
「とにかく、なんとかしますよ。あなただって知ってるでしょう、僕の力を」
「期待してるわ……って言いたいところだけど大丈夫なの?キミの力って抵抗力の低い相手なら抜き打ちでも通用するけど、相手の力が強い場合は、取り入って安心させるなり、消耗させて弱らせるなりして、付け入る隙を作る必要があるでしょ。でも、マハはたぶんキミのことを相手にしないわよ。そんな相手に力を使うきっかけを掴むことができるの?」

 まったく、この人はなんでもお見通しだよな。
 ……でも。

「それでも、やらなきゃいけないでしょう」

 喉から絞り出した声は、自分でも驚くほどに低かった。

 たしかにマハも実力のある悪魔だ。
 でも、その程度の相手くらいなんとかしないときっとこの人には認めてもらえない。

 いや、認めてもらいたいんじゃない……僕は…この人に勝ちたい。

 かつてアナトに力を使った時みたいに、彼女に対する嫌悪感や敵意があるわけではない。
 むしろ、彼女との長いつき合いで、自分と考えや感覚が合う部分が多いこともわかっているし、今ではむしろ好感すら持っている。
 だけど、自分でもわかっている。
 彼女は、口では自分のことを認めていると入っているけど、彼女から見たら、自分はいつまで経っても青二才なのだと。
 実際、今の自分ではまだこの人には敵わない。
 でも、だからこそ、いつかこの人を超えたい。
 自分の前に跪かせるためではなく、自分のことを認めさせるためにこの人に勝ちたい。

 自分には、天界との戦争よりもそっちの方がよほど魅力的に思える。
 そのためにも、マハ程度の悪魔に手こずってなんかいられない……。

「あら、キミのそんなやる気の顔、久しぶりに見るわね。……まあいいわ、マハのことはきみに任せるわね」
「はい」
「でもね、さっきも言ったけど、キミには期待してるんだからね。もし、失敗して戦力ダウンなんてことになったらそれこそ懲罰よ」
「わかってますよ。これでも、自分の言葉には責任をとるつもりですから」
「ふふん、キミの口から責任なんて言葉が出てくるなんて思いもしなかったわ」
「悪かったですね、らしくなくて。……で、今後の予定はどうするんですか?東に向かうのはわかってますけど。とりあえずはヘルウェティアに来るんですよね?」
「そうね……まあ、こっちの残党の掃討にもう少しかかるかしら。10日もあれば充分でしょうけど」
「僕たちも手伝いましょうか?」
「いえ、その必要はないと思うわ。キミは自分の足許を固めなさい」
「了解です。では、僕は部隊を率いてヘルウェティアに戻りますね。あなたを迎える準備もしないといけないですし」
「そうね」
「では、僕はこのへんで」
「……ねえ、シトリー」

 軽く頭を下げて出ていこうとするシトリーをアナトが呼び止めた。

「なんですか?」
「いえ……くれぐれも気をつけるのよ」

 そう言ったアナトの、いつになく真剣な表情。
 でも、その表情は何度か見たことがある。
 たまに、本当にシトリーを傷つけてしまったときに見せる、気遣うような眼差しをこちらに向けていた。

「なんで今さらそんなことを言うんです?」
「いや、なんかね、久しぶりに会ったら、キミの魔力、少し弱くなっているような気がしたから」

 そう言われて、ドキリとしたのを必死に押し隠す。
 いつも通りの、何気ない調子で一笑に付した。

「それこそ気のせいですよ」
「……だといいんだけど」
「それでは、これで失礼しますね」
「ええ」



 軽く会釈をすると、シトリーは天幕を出る。





「終わりましたか?」
「ああ」

 外に出ると、控えていたメリッサが出迎えた。

 ……やっぱり、あの人の目はごまかせないな。

 シトリーは、ひとり声を殺して薄笑いを浮かべる。どこか、諦めの混じったような苦笑いを。
 自分のことだ、アナトに言われなくてもシトリーにはわかっていた。

「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもないさ」
「はい……?」


 シトリーの笑みの意味がわからないままに、メリッサはその後ろに従う。
 そして、ふたりはクラウディアたちの待つ自分の陣へと戻っていった。

 
 


 

 

戻る