黄金の日々

〜悪魔たちの黄昏〜


 

 

第1部 第2話


「そんな、何でエルがここに?」
 一階の入り口近くに立つ、栗色の髪の女騎士の姿を見下ろしながら、半ば呟くようにアンナが言う。

「あの女を知っているのか、アンナ?」
「はい。エル、エルフリーデは、私の幼なじみで、今は王国騎士団に所属しています」

 階下の様子を眺めていたアンナが、シトリーの方を向いて答える。

「王国騎士団に?それで、あの女はおまえがここにいることを知っているのか?」
「ええ。都ではよく会っていましたし。私がこの村の司祭に叙せられて、都を発つ時も見送りに来てくれましたから」
「で、なぜあの女がここに来たのかはわかるか?」
「いえ。それはわかりません」
 そう言うと、アンナは首を横に振る。

「ふーむ」

 シトリーは、腕を組んで考え込む。

 まあ、この村は完全に隔離されているわけでもない。商人をはじめ、人の行き来もある。そんなところから噂みたいな形でこのことが漏れている可能性はあるか。

 だが、それにしても。

 柱に身を隠しながら、シトリー階下の様子を窺う。

 改めて数えると、乱入してきた騎士は総勢16人。
 いくら相手のほとんどが裸、しかも丸腰とはいえ、男だけでも200人近くいる中にたったそれだけの人数で飛び込んでくるのは無謀というものだ。
 現に、多数の村人に一斉に飛びかかられた騎士のうちの何人かが武器を奪われてから、騎士たちは一気に劣勢に立たされていった。





「ほーう、なかなかやるな、あの女騎士」

 騎士たちが飛び込んできてから数十分後、16人いた騎士のうち、15人が打ち倒され、今や戦っているのはアンナの幼なじみの女騎士のみ。
 だが、リーダー然として振る舞っていただけあって、その腕は確かだった。
 礼拝堂の壁や椅子を巧みに利用して大勢を同時に相手にする不利をカバーし、まさに孤軍奮闘の見事な立ち回りを演じていた。

「うん、あの腕はなかなか惜しい」

 女騎士の戦い振りを眺めながらシトリーは何度も頷く。
 それに、アンナと同い年の美人というのもいい。

 こいつも手駒にしてしまうか。どのみち、戦闘要員は必要だしな。

 そう結論を下すと、シトリーはどうやってこの女を堕とすか考えを巡らせる。

「メリッサ」
「はい、何でしょうか、シトリー様」
「あの女騎士の動きを止めて、眠らせることはできるか?」
「はい、もちろんできますが?」
「よし、じゃあ僕が合図したらやってくれ。それとアンナ、お前は下に降りて、メリッサがお前の幼なじみの動きを止めたら、あいつがやられる前に村の人間をおとなしくさせろ」
「かしこまりました、シトリー様」
 返事をすると、アンナは下に降りる階段へと向かっていった。





「くそっ!この邪教徒どもが!」

 エルフリーデは、剣を振るいながら周囲を見回す。もう、自分以外には戦っている騎士はいない。

 やはり、たった16人ではこの人数を相手にするのは無理だったか。

 彼女には、それが無謀なことであるのはわかっていた。
 しかし、幼なじみで、親友でもあるアンナがいるはずの教会の中で、このようないかがわしい行為が行われているのを見ては、いても立ってもいられなかったのだ。
 


 キエーザの村で邪教が広まっているらしい。
 その噂を聞いたとき、最初エルフリーデは信じられない思いだった。
 キエーザには親友のアンナが司祭として赴いている。彼女がいる限り、邪教など広まるわけがない。

 もしかしたら、アンナの身に何か?

 エルフリーデの頭を嫌な予感がかすめた。
 だから、調査のための小隊が派遣されると決まったときに、エルフリーデは自らその任を志願した。

 そして、キエーザの村に潜入して、灯りの漏れていた教会の中を窺うと、大勢の男女が、裸で交わっていた。

 あくまで調査のために来たのだから、確認がとれた以上、都に帰って報告すべきだという意見もあったが、エルフリーデが強硬に突入することを押し通した。アンナの姿が見えなかったことが、エルフリーデを突入へと駆り立てた。

 どこ?どこにいるの、アンナ?

 エルフリーデは、必死でアンナの姿を探す。
 だが、大勢に囲まれて戦闘をこなしながらではじっくりと親友の姿を探すこともできない。



「あっ!」
 不意に、エルフリーデは何かに足を取られる。

 見れば、床から刺のある蔓が数本伸びて、エルフリーデの足を絡め取っていた。

「なんなのっ、これは!?」
 戸惑いながらも、エルフリーデは上体だけでなんとか邪教徒の攻撃を受けとめる。

 蔓は、さらに伸びてエルフリーデの体に巻き付き、鎧の隙間に潜り込む。エルフリーデは、蔓に生えた刺が鎧の下の布地を裂いて皮膚に刺さる痛みを感じた。

 その時。
 エルフリーデの身体が大きくぐらついた。自分の周囲がぐるぐると大きく回っているようだった。

「これは、いったい……」
 エルフリーデは、突然激しい眠気に襲われていた。歯を食いしばって抵抗しようとするが、体が重く、視界が次第にぼやけてくる。

「皆さん!静まりなさい!もうやめるのです!」

 エルフリーデは、遠のく意識の中で、聞き慣れた親友の声を聞いたように思った。






「こんなものでいかがでしょうか、シトリー様?」
 2階では、メリッサがシトリーに笑顔を見せていた。


 メリッサは、いわば植物の精霊。この世に存在するあらゆる植物を呼び出し、操ることができる。
 それよりも重要なのは、植物の持つ成分を自在に操り、その作用を人に及ぼすことができるということ。
 およそ、毒であれ薬であれ、人間の体や心に作用を及ぼす物質は、動物由来や鉱物由来のものに比べて、圧倒的に植物由来のものが多い。
 それを思うままに操れるメリッサの能力はとかく汎用性が高い。このように戦闘補助にも使えるし、傷や病気の治療もできる。あるいはその逆も然りだ。


「それにしても、あんな草ってあるか?」
「はい。あの刺からは強力な睡眠成分が分泌されていて、それに刺されるとすぐに深い眠りに落ちてしまいます。ただ、あの蔓草は魔界にしか生えておりませんが。でも、シトリー様のお屋敷の庭にも植えておりますのよ」
「そ、そうだったか?」

 シトリーは自分の家にある庭を思い浮かべる。
 自分は、魔界ではまだ地位も高くないし、屋敷もそれ程大きくない。あの屋敷の狭い庭にあんな妖しげな草が生えていただろうか?
 そんなことを考えても、もともと庭いじりには興味がないシトリーに思い出せるはずもない。

「それで、この後はいかがいたしましょうか、シトリー様?」

 メリッサの言葉に、シトリーは現実に引き戻される。

「うーん、確かに、このまま放っておくわけにはいかないか」

 シトリーは、階下を見下ろしながら、まるで他人事のように呟く。
 夥しい血の海の中に倒れている数十人の人間。騎士たちは全く動く気配がなく、村人もかなりの数が同様にピクリとも動かない。怪我人も相当数いる有様だった。
 並の人間なら顔を背けるであろうこの惨状を眺めながら、シトリーは眉一つ動かさない。

 面倒くさいな。いっそこの建物ごと燃やしてしまった方が早いんじゃないか。

 そんなことを考えながらも、シトリーも下に降りていく。





 結局、エルフリーデとかいうアンナの幼なじみ以外に生き残った騎士はいなかった。
 シトリーは、アンナに命令をさせて、村人たちを使って死体を片付けさせる。眠ったままのエルフリーデは縛り上げてエミリアとニーナに連れて行かせた。怪我人はメリッサが治療に当たる。



 ひと通り片づくと、シトリーはアンナを呼び寄せる。

「さて、アンナ。あの女騎士とは幼なじみだと言っていたな」
「はい。エルと私は都にほど近い小さな町で生まれ育ちました。エルは子供の頃から活発な子で、よくいじめられていた私をいつも庇ってくれていました」
「ふんふん。それで?」
「大きくなると、私は聖職者になるために、エルは騎士になるために都に行くことになったんです。エルは、素質があったのか、すぐに修行期間を終えて正式に騎士に採用されました。都でも私たちは暇を見つけては会っていましたし、エルが騎士になったのよりもだいぶ遅れて、私がこの村の司祭になったときも見送りに来てくれたのはさっき言ったとおりです」
「なるほど」

 アンナの話をだいたい聞き終わると、シトリーは腕を組んでしばし考え込む。少しの間そうやって考えた後、シトリーはアンナを見つめて口を開く。

「今の君は僕の何だい、アンナ?」
「え?私は、シトリー様の下僕、ですが?」

 シトリーの問いに、アンナは訝しげに首を傾げる。

「本当にそうだと言うのなら、君の幼なじみで親友でもあるあの女騎士を、君の手で堕落させることができるか?」
「エルを?」
「そうだ。君が村の人たちを堕落させたように、あのエルフリーデとかいう女騎士も肉欲の虜にし、僕のために働くようにさせることができるかな?」
「できます」

 アンナの返事は早かった。
 あまりに躊躇いなく即答したアンナに、シトリーの口許が綻ぶ。

「いいのか、アンナ」
「もちろんですとも」
「自分の親友を悪魔の手に引き渡すことなんだぞ」
「だって、シトリー様にお仕えするのは素晴らしいことですもの、エルにとっても良いことに決まっていますわ」

 そう言って微笑んだアンナの瞳は、妖しくも冷たい光を放っていた。

「それに、エルと一緒にシトリー様にお仕えできるなら、私も嬉しいですし」
 アンナの目尻は淫らに下がり、頬がほのかに紅潮している。
「わかった。それじゃあ、これから手順を教えるよ」

 シトリーがアンナの頭に手を乗せると、アンナの表情に恍惚とした色が浮かぶ。
 そして、エルフリーデを堕とす策をアンナに授けるシトリーの言葉に、アンナは何度も頷いたのだった。



* * *






 ここは、町の路地裏。
 悪ガキが小さな女の子を取り囲んでいる。

「やーい、なきむしアンナ!」
 悪ガキどもに囃し立てられ、しゃがみ込んで泣いている金髪の女の子。
 そこに、栗色の髪の少女が駆け付ける。

「あんたたち、またアンナをいじめたねっ!」
「うわっ!エルフリーデだ!にげろっ!」
 エルフリーデが駆け寄ると、悪ガキは一目散に逃げ出す。
「ちょっと!まちなさいよ、このひきょうもの!」
「だれがまつかっての、このおとこおんな!」
「そうだそうだ!じゃじゃうまエルフリーデ!」
 エルフリーデに向かって憎まれ口を叩きながら、悪ガキは去っていく。

「アンナ!もうだいじょうぶよ!」
 エルフリーデは、しゃがんだままのアンナを抱きかかえる。
「うっ、えくっ、あ、ありがとう、エル、えぐっ」
 しゃくり上げながらエルフリーデの方を見るアンナの顔は涙でグシャグシャになり、その濃緑の瞳からはなおも涙が溢れてくる。
「ね、アンナ、もうなかないで」
 そう囁くように言って、エルフリーデは、アンナの頬の涙を優しく拭う。
「うっく、うん」
 アンナは、エルフリーデの言葉に素直に頷く。
「だいじょうぶ。わたしがアンナをまもってあげるから」
「うん、ありがとう、エル。う、うう」
 エルフリーデを見つめるアンナの目から、またじわりと涙が溢れてくる。
「もう、ほんとにアンナはなきむしなんだから」
 そう言って、エルフリーデはアンナをぎゅっと抱きしめる。



 この、隣の家に住んでいた、気は優しいけど、泣き虫の金髪の女の子を守るのがずっとエルフリーデの役目だった。
 だから、エルフリーデが将来騎士になりたいと思ったのも当然のことであったかもしれない。国を守るために戦うこと、それはひとえに人々を守ることにほかならない。もともと男勝りで行動的なエルフリーデが、騎士になりたいと言っても、周囲も驚かなかった。
 アンナが教会に入って聖職者になろうと決めたことを、エルフリーデが知ったのもその頃だった。優しいアンナなら、きっといい聖職者になるとエルフリーデは思った。
 そして、ふたりは共に都へとやってきて、それぞれの道を歩み始めた。エルフリーデが晴れて騎士になったとき、アンナは自分のことのように喜んでくれた。その、金髪に濃緑の瞳の少女を守ることが、騎士としてのエルフリーデの原点であった。






「あ……あれは、夢?」

 アンナが目を開くと、そこは薄暗い殺風景な部屋の中。
 なぜ、子供の頃の夢を?そういえば、さっきアンナの声を聞いたような気がする。

「なっ、これは!?」

 エルフリーデは、自分の体が縛られて身動きがとれないことに気付く。
 薄暗い部屋の中で、甲冑を付けたままで縛られ転がされているエルフリーデは、なんとか縄を解こうと身をよじる。


「目が覚めたかしら、エルフリーデ?」

 不意に頭の上からかけられた声。エルフリーデは確かにその声に憶えがあった。いや、むしろ聞き慣れた声といってもいい。しかし、どこか違和感を感じたエルフリーデが見上げると、濃緑の瞳がエルフリーデの顔を覗き込んでいた。

「アンナ?」

 物置のような薄暗い部屋の中、頼りない灯りに照らされたその金髪と深い緑色の瞳は確かにアンナだった。
 しかし、エルフリーデは信じられない思いで目の前の親友の姿を眺めていた。
 アンナの来ている衣装。それは、教会の司祭衣ではなく、透けるほどに薄い布で、胸と腰を覆っただけのいかにもいかがわしい格好。
 そして、アンナの口許に浮かんだいやらしい笑みと、瞳に湛えられた冷ややかな光。エルフリーデは、アンナのそんな表情は今まで見たことはなかった。 

「どうしたの、エルフリーデ?」
 そして、アンナが自分のことを、「エル」と呼ばずにエルフリーデと呼んでいる。

「あ、あなたこそいったいどうしたの、アンナ!?」
「どうしたのって、私は私よ」
 アンナは、何でもないといった風に肩をすくめる。

「彼女が目覚めたのかい、アンナ?」

 その時、アンナの背後から男の声が聞こえた。

「はい、シトリー様」
 後ろに振り向いてそう答えるアンナ。

 シ、シトリー様って?

 エルフリーデが、アンナのその視線の先を見ると、そこに黒髪の男がひとり立っていた。その男の瞳は、薄暗い部屋の中で金色に輝いていた。だが、冷ややかなその光は、さっきのアンナと同じ。その視線が、エルフリーデを捉える。

「気分はいかがかな、女騎士さん?」
 男が、気取った風にエルフリーデに言葉をかける。
「おまえはっ?」
「ああ、これは失礼。僕は、シトリーという者ですよ、女騎士さん」
「そうか!貴様が邪教徒の首領だな!?貴様がアンナをこんなにしたのか!?」

 瞋恚の眼差しで男を睨み付けるエルフリーデ。しかし、男はこたえた様子もない。

「さてさて、なんのことですかな」
「貴様がアンナをたぶらかしてっ!」
「たぶらかすなんてとんでもない。彼女は自分の意志でこうしているんですよ」
「嘘だっ!アンナはそんな子じゃない!」
「うそじゃないですよ。ほら、アンナ、こっちにおいで」
「はい、シトリー様」

 男が招くと、アンナはゆっくりと歩み寄って男にしなだれかかる。

「ん、んむ」
 
 そして、アンナは男に顔を近づけると、その唇に吸いつく。

 エルフリーデの目の前で、長い、濃密な接吻が交わされる。唇を吸うというよりもしゃぶりつくようなアンナの舌が、男の口の中で動いているのがエルフリーデにもわかった。

「んふ、むふ」

 気付けば、アンナはいやらしく腰をくねらせて、下半身を男にこすり付けるようにしている。

「ア、アンナ……」

 エルフリーデは、アンナの嬌態に言葉を失う。
 目の前の光景が信じられないというようにエルフリーデは首を振る。

「ん、ふあ。ああ、シトリー様」

 長い口づけを終え、切なげな吐息と共に潤んだ瞳を男に向けているアンナ。

「ほらね、どうですか、女騎士さん?」
 男が、勝ち誇ったようにエルフリーデの方を見る。
「なにが、ほらね、だっ!貴様が妖しげな術でアンナを惑わせているに決まっている!」

「何を言っているの、エルフリーデ」
 アンナが、再び近寄ってきて腰を屈めると、エルフリーデの顔を覗き込む。
「私は惑わされてはいないわ」
「いい、アンナ!今のアンナはまともじゃないの!」
「私はいたってまともよ、エルフリーデ」
 手を伸ばして、エルフリーデのあごを弄りながらアンナが妖しく微笑む。
「お願い、アンナ、目を醒まして!」
「目を醒ますのはあなたよ、エルフリーデ。あなたにもすぐわかるわ、シトリー様の下僕に、な、れば、その、すばら、し、さ、が……」

 突然、アンナの声が途切れがちになり、その体が小刻みに震え出す。

 そして。

「た、す、けて、エル」
 喉から絞り出すようなアンナの声。だが、その声は、確かにエルフリーデのことを「エル」と呼んだ。

「アンナ?」

「お願いっ、助けてっ、エル!私を助けてっ!」
 すがるようにエルフリーデに抱きついたアンナの瞳から、さっきまでの狂気を孕んだ淫らな光が失せているのをエルフリーデは見て取った。

「ちっ、こんな所で切れるとはな。おい!」

 エルフリーデにすがりついているアンナの向こうで、舌打ちする声が聞こえた。
 そして、男が呼ぶのと同時に、3人の女が入ってきて、アンナの腕を抱える。

「いやあっ!助けてっ!助けて、エル!」
「アンナ!」
 泣き叫びながら暴れるアンナを抱きかかえるようにして、女たちはアンナを部屋から連れていく。

「くそ、こんな時に!」
 忌々しげに舌打ちする男の口調にはさっきまでの気取ったような余裕は感じられない。

 そして、バタンと荒々しくドアを閉めて男が出ていくと、エルフリーデは縛られたまま部屋にひとり取り残されたのだった。





 数時間後。

「くそっ」
 エルフリーデは、体をよじって縄を解こうとするが、よほど固く縛ってあるのか緩む気配すらない。
「早くっ、早くアンナを助け出さないとっ」

(「ちっ、こんな所で切れるとはな」)
 さっき、あの男が言っていた言葉がエルフリーデの頭をよぎる。

 エルフリーデが思ったとおり、アンナはあの男にたぶらかされていたのだ。おそらく、薬か、あるいは何か妖しげな術で心を操られていたのに違いない。
 このままでは、あの男はきっとアンナにまたおかしなことをするだろう。こんな所でこんなことはしていられない、一刻も早くアンナを助け出さないと。

「くそっ、くそっ!」

 エルフリーデが、縄を解こうと悪戦苦闘している時、ドアがきしんで、誰かが入ってくる気配がした。
 一瞬、またあの男かと思い、体をこわばらせるエルフリーデ。

「いるの、エル?」
 しかし、聞こえてきたのは紛れもなくアンナの声だった。
「アンナ?」
「ちょっと待ってね」
 カチッカチッという音がしたかと思うと、ぼんやりとした灯りがともる。

「助けに来たわよ、エル」
「ど、どうして?」
「隙を見て抜け出してきたの。大丈夫よ、まだ気付かれていないわ」
 そう言うと、アンナはしゃがみ込んで、縄を解きにかかる。

「さあ、縄は全部解いたわ。どう、エル?立てる?」
「うん、大丈夫。ありがとう、アンナ」

 十何時間か振りに体を解放され、エルフリーデは立ち上がると軽く体をほぐす。

「お礼なんかいいのよ、エル。それに、助けに来てくれたのはあなたの方なんだから」
「アンナ……。さあ、こんな所でのんびりしている暇はないよ。一刻も早く抜け出そう」
「うん。あっ、待って、エル」
「どうしたの、アンナ?」
「ここは、司祭館の物置だから、確か、こっちに」

 アンナは部屋の向こう側でなにやら探っていた。

「あったわ!ほら、毛布と、食べる物も少しだけ。これで少しは何とかなるわ」

 アンナが、引っぱり出した物を手際よく袋にまとめる。

「さあ、行きましょう、エル」
「うん。あ、こんな所に!」
 エルフリーデは、ドアの横に、自分の剣が立てかけてあるのを見つけ、手に取る。
「早く、エル」
 アンナに急かされてエルフリーデは部屋を出る。
 もう、真夜中なのか、建物の中は真っ暗だった。

「さあ、出口はこっちよ」
 エルフリーデは、アンナの後に続き、そっと歩いていく。




 そして、微かな音を立ててふたりが立ち去った後。

「フフフ、君の手腕に期待しているよ、アンナ」

 低い声で笑いながら物陰から姿を現したのは、金色の瞳の男、シトリーだった。



* * *




 ここは、キエーザの村から少し離れた森の中の洞窟。
 とにかく、歩けるだけ歩くと、エルフリーデとアンナはこの洞窟で休息をとることにしたのだった。


 洞窟の中、火を焚いて暖をとりながら、乾いたパンだけのささやかな食事をとる。
 だが、アンナは先程から黙りこくったままで、パンにも口を付けていない。

「食べないと体が保たないよ、アンナ」
「うん」
 心配したエルフリーデが促しても、アンナは頷くだけでパンに口を付けない。



 そのまま、重苦しい沈黙の時間が過ぎる。



 どれぐらいの時間が経ったであろうか、ようやくアンナの方から口を開く。

「助けに来てくれて、本当にありがとうね、エル」
「アンナ。もし良かったら、何があったのか話してくれないか?」
「わからない。私にもいったい何が起きたのかわからないの。平凡な毎日だけど、のどかで平和な村、そう思っていたのに。ある日、ミサの時に村のみんなが一斉に私に襲いかかって。そして、捕まった私は、なにか、薬のような物を飲まされて」

 やっぱり、アンナは何かおかしな薬を飲まされていたんだわ。
 当然よ。アンナは自分からあんなことをする子じゃないもの。

 エルフリーデは、アンナの話を聞きながら大きく頷く。

 アンナは、邪教を信じた村人に襲われて。そして、その首領があの金色の瞳の男なのね。

 さっき、囚われた自分を見下ろしていた、あの、怪しい男。あの男がアンナを捕まえた邪教徒の指導者だとエルフリーデは合点する。

「そして、私は村の人たちを相手に……」

 話しているうちに、アンナの体がガタガタと震えだしたのは寒さのせいだけではないだろう。

「いやっ、私、あんなことっ!自分から喜んであんなことを。あああ、私、なんてことをっ!」
「アンナ?」
「私ったら、なんて淫らでふしだらなことをっ!それに、それに、きゃああっ、この格好!私、なんていやらしい格好を!いやあああっ!」
「アンナっ!」 

 目を見開き、頭を抱えて震えているアンナをエルフリーデが抱きしめる。
 そう、アンナの着ているのは、先程着ていたのと同じ、胸と腰を隠すだけの薄い布だけという格好。

「ほら、毛布をかぶって、風邪を引くぞ」
「エル……」
「アンナはたぶらかされていただけなんだ。アンナがそんな人間じゃないのは私がよく知ってる」
「ありがとう、エル。でも、私、怖いの。あんな気持ちになって、しかも喜んであんなことをしていたわ、私。それに、村の人たちのあの虚ろな目」
「大丈夫だ、アンナ。おまえは絶対私が守る」
「エルが?」
「ああ、私は騎士だ。騎士の務めは、人を守ることだ。まして、アンナ、お前を守るためなら私は。ああ!そうだ、誓約をしてもいい」
「誓約?」
「ああ。騎士の誓約は絶対だ」


 そう言うと、エルフリーデは自分の剣を抜き放つ。


「ちょっと、エル?」
「いいから、アンナ」

 驚いたようなアンナを制して、エルフリーデは剣の柄をアンナに向け、剣先を自分の喉に向ける。
 そして、誓約の言葉を述べていく。

「私、エルフリーデ・ノルトハウゼンは、名誉と身命を賭してアンナ・カリステアスを守ることを誓約する」

「エル、あなた……」

「さあ、アンナ、もし私の誓約を受け入れてくれるのなら、剣を手にとって私の肩を軽く叩いてくれ。そして、もし、受け入れないのなら、その剣を押して、私の喉を突くといい」
「わかったわ、エル」

 アンナは、剣を手にするとエルフリーデの方を軽くポンと叩く。

「これで誓約は成立だ。私は自分の騎士としての名誉にかけてアンナを守る」
 エルフリーデは、アンナから剣を受け取ると、鞘に収めながら言う。

「ありがとう、本当にありがとう、エル」
「気にするな、アンナ」
 エルフリーデは、アンナの表情に少し明るさが戻ったのに安堵する。

「じゃあ、お礼に私も誓うわ。私がエルを導いてあげる」
「私を導く?」
「そう。エルが私を守って戦ってくれるんだったら、私はエルの代わりに考えて、エルを導いてあげる」
「アンナ」

 別に、見返りが欲しかったわけではないが、エルフリーデはアンナの心遣いが嬉しかった。

「私の誓い、受けてくれる、エル?」
「もちろんだ、アンナ」

 アンナなら間違いない。自分と違って頭が良く、優しいアンナなら、きっと自分のために一生懸命考えて、良い方向に導いてくれる。だから、アンナに任せていれば大丈夫。そう、エルフリーデは思った。

「嬉しい。じゃあ、これからは私がエルの代わりに考えて、導いてあげるから、エルは安心して私についてきて」

 そう言って、笑顔を見せたアンナの目から、涙が溢れてくる。

「あ、安心したら、涙が出てきちゃった」
「もう、本当にアンナは昔から泣き虫だな」
「うん」

 エルフリーデが、再びアンナを抱きしめると、アンナはエルフリーデの胸に顔を埋めてきた。そのまま泣いているのか、時々しゃくり上げるように体が震えている。エルフリーデは、優しくて、そして少し泣き虫の親友を抱きかかえて、その背中を撫でてやる。


 エルフリーデの知る、優しくて涙もろいアンナはもういない。そこにいるのは、悪魔の忠実な下僕となった女であるというのに。

 その胸の中で、アンナの口許が醜く歪められていたことに、エルフリーデが気付くはずもなかった。



* * *




 翌日。
 空が明るくなると、エルフリーデとアンナは洞窟から出た。

「さあ、こっちよ、エル」
 アンナが、エルフリーデの手を取って歩きはじめる。

「え?都の方向はそっちじゃなくてこっちじゃないの?」
「何言ってるの、エル。都へはこっちの方角じゃない」
 アンナにそう言われると、エルフリーデもそんな気がしてきた。

 そうだ、きっとアンナの言う方が正しいに違いない。
 そう考えて、エルフリーデはアンナの指す方へ歩きはじめる。

 もちろん、アンナが指したのは都への方角ではなかった。
 ただでさえ、アンナを信頼する人間はその言葉を信じるという能力を、アンナはシトリーから与えられている。その上、エルフリーデの代わりにアンナが考え導くという誓いを昨夜エルフリーデが受け入れたために、その効果がさらに増幅されている。
 そのことが、エルフリーデから正しい判断を下す力を失わせていた。

 だから、アンナの導くまま、エルフリーデは森の中を歩いていく。
 どのくらい歩いたであろうか、前を行くアンナがふらつきはじめたのにエルフリーデは気付いた。

「大丈夫か、アンナ?」
「うん、大丈夫」

 だが、エルフリーデが掴んだアンナの腕は、完全に冷え切っていた。

「アンナ!こんなに体が冷えてるじゃないの!」
 エルフリーデが、自分のマントを羽織らせているとはいえ、アンナの服はあの薄い布だけだ。もともと、真冬の森の中を長時間歩くような格好ではない。

「ほら、あそこに洞窟がある。あそこで休もう」
「うん」
 エルフリーデが指さした方向には洞窟があった。





「え?この洞窟は今朝出てきた所じゃない?」

 洞窟に入ると、エルフリーデは見覚えがあるような気がして首を傾げる。

「いや、違う洞窟よ。このあたりの森には洞窟が沢山あるの。その中はどこも似たようなものだから、きっと気のせいよ」
「でも、この焚き火の跡は?」
「こんな季節だから、森で野営する人はみんな洞窟を使うわ。きっと狩人か誰かがここで焚き火をしたのね」
「そ、そうか。そうよね」

 アンナの説明は、いちいちもっともで、聞いているうちに、その通りだとエルフリーデには思えてくる。

「しばらくそれで我慢してね、アンナ」
「えん、ありがとう、エル」
 エルフリーデは、毛布を取りだしてアンナの体に掛けると、焚き火の準備を始めた。

「大丈夫、アンナ?」

 ようやく火をおこすと、エルフリーデも甲冑を脱いで毛布を被り、アンナの隣に腰を掛ける。

「ありがとう、大丈夫よ、エル」
 そう言ってアンナが微笑むと、エルフリーデも少し安心する。
「エルこそ、こんなに体が冷えてるじゃない」
 アンナが毛布の中に手を入れて、エルフリーデの体に手を当てる。
「私は体を鍛えてるから、このくらい何ともないわ」
「ダメよ」

 そう言うと、エルフリーデの毛布の中にアンナが入ってくる。
「ア、アンナ!?」
「ほら、こうして肌を重ねると温かいでしょ」
「うん」

 それは、エルフリーデも聞いたことがあった。屋外で、冷え切った体を温めるには、濡れた服など、体温を奪う物を取り去って人肌を重ねるのがいいと。

 すると、アンナがエルフリーデに抱きついて、その体に手を這わせる。

「や、ちょっと、くすぐったいよ、アンナ」
「こうすると、すぐ体が温かくなるの。私に任せて」
「う、うん」

 アンナの言うとおりにすればいい、そうしていれば大丈夫だ。そう思えてエルフリーデはアンナのすることに身を任せる。

「すごい、筋肉が締まってて硬いわ。こんなになるまで体を鍛えているのね」
「やだ、アンナったら。恥ずかしい」
「でも、それはエルが騎士として頑張ってるっていう証拠でしょ」
「あ、ありがとう、アンナ」

 アンナに体をさすられながら、エルフリーデは顔を赤らめる。

「どう?体が温まってきたでしょ?」
「うん、本当に」

 確かにそれまではくすぐったいと思っていたのが、アンナが体中をさするうちに、なんだか体が温かくなってきたように思える。

「じゃあ、いい、エル。これからすることは、体を温めるためのことだから、驚いたらだめよ。これをするとすぐに体が熱いくらいになるんだから」
「え?うん、わかったわ」
「じゃあ、いくわよ」

 アンナの手が、エルフリーデの股間に伸びる。その指が何かコリッと固いものに当たったような感じがしたかと思うと、エルフリーデは痺れるような衝撃に体を震わせる。

「きゃ、きゃあああっ!」
「ね、あっという間に体が熱くなるでしょ」
「あっ、あうんっ!」

 ジンジンと痺れるような感覚に、悲鳴を上げるエルフリーデ。でも、確かに、熱い湯を浴びたような感じに近いかもしれない。

「ほら、どんどん熱くなるよ、エル」
「はううっ」

 アンナがそう言って、エルフリーデの秘裂に指を入れて動かすと、本当に体がカーッと熱くなってくるように感じる。
「あっ、あああっ!」

 全身が火照るような感覚と、頭の痺れるような感覚にエルフリーデは体を悶えさせる。

 確かに、アンナの言うとおりすぐに体が熱くなってきた。自分の体にこんな仕組みがあるなんて、さすがにアンナはいろんなことをよく知っている。
 ぼんやりとしてきた頭で、そんなことを考えながらアンナは身をよじらせる。

「ほら、私の言ったとおりでしょ」
「うん。でも、アンナは?」
「大丈夫。私の体も温まってるから。ほらね」

 熱でもあるように頬を紅潮させたアンナが、エルフリーデの手を取って自分の体に触れさせる。アンナが言うとおり、その体はさっきとは見違えるくらいに温かくなっている。

「だから、エルは心配しなくていいから。私に任せて」
「うん。んふう、んっ」

 アンナの唇がエルフリーデの口を塞ぎ、アンナの鼻から漏れる熱い吐息がエルフリーデの顔に当たる。
 同時に、エルフリーデは鼻腔を通る自分の吐息もアンナに劣らず熱くなっているのも自覚する。

「んむっ、んんっ」

 突然、エルフリーデの口の中に熱いものが挿し込まれ、それがアンナの舌だと理解するのにエルフリーデは数瞬を要した。
 それに応えるようにエルフリーデもアンナの舌に自分の舌を絡め、ふたりは互いの熱を交換し合うかのように熱い口づけを交わす。

「んんんっ!ふあっ、ひああああっ!」
 エルフリーデの裂け目に入れられたままのアンナの指の動きが激しくなり、エルフリーデの体が海老のように反り返る。

「んあっ、あふ、ああっ、アンナっ、ちょっと!」

 敏感な部分を刺激し続けるアンナの指に合わせるようにエルフリーデの体がビクビクと震え、あまりの激しさに、さすがにエルフリーデもアンナを制止しようとするが、体に力が入らない。

「気にしなくていいの。さあ、もっと熱くなって、エル」
「ああっ、ひあうっ、んっ、んんっ!」

 ああ、凄い、凄いの。

 エルフリーデは、全身が痺れていくような感覚を心地よさと共に受け入れていく。体が燃え上がりそうなくらいに熱く、高熱がある時のように頭がぼんやりしている。

「ふああっ、熱いっ、あふっ、だめっ、溶けちゃいそう!」
「ふふ、じゃあ、一緒に溶けちゃおうよ」
「ああああっ、ふあああああああっ!」

 熱い舌でエルフリーデの体を舐めながら、アンナが指を奥深く突き入れると、エルフリーデの頭の中が真っ白に弾け、熱くなった自分の体が溶けだしてアンナと混じり合うような錯覚に陥る。

 ああ、全部アンナの言う通り。やっぱり、アンナの言葉は全て正しいんだわ。

 エルフリーデは、朦朧とした頭でそんなことをぼんやりと考えていた。



* * *




 翌朝。

「アンナ、そろそろ出発しないといけないよ」
「だめよ、エル」

 身支度を整えて外に出ようとしたエルフリーデをアンナが止める。

「どうして?」
「今日は吹雪になるわ」
「え、そうなの?」

 エルフリーデは空を見上げるが、雲ひとつない青空で、とても吹雪が来そうには見えない。

「間違いないわ。こんな日は絶対に吹雪になるの」
「そうなんだ」

 なにしろ、アンナが言うことなのだから間違いない。
 そう、エルフリーデは思う。

「だから、今日は外に出ない方がいいわ」
「じゃあ、もう1日この洞窟で様子を見た方がいいわね」

 エルフリーデはアンナの言葉に従って洞窟の中に戻る。
 もう、木偶人形のようにアンナの言葉に従うようになったエルフリーデの様子に、一足先に洞窟の奥に戻ったアンナがクスリと小さく笑う。




「んふ、あっ、アンナっ」

 その日は、洞窟の中で様子を見ることにして、アンナとふたりで「暖をとって」いるエルフリーデ。

「ああっ、熱いっ、熱いよ、アンナっ」

 アンナと体を絡み合わせ、全身を弄られながら、エルフリーデは気怠げな声をあげる。
 エルフリーデの体は火照り、じっとりと汗ばんでいる。
 冬の洞窟の中は冷える。しかし、火照って熱くなった体にはそれが心地いいくらいだ。

「ほらね。体が熱くて気持ちいいでしょ」
「うん、気持ちいい」

 芯まで冷えそうな冷気の中で、体は嘘のように熱くて、確かに気持ちいい。

「こうしていると、体が熱くなって気持ちよくなるの。私が言った通りでしょ?」
「うん」
「だから、エルは私の言うことに従っていれば間違いないの」
「うん」

 そう、アンナの言う通りにしていれば間違いない。だって、アンナは私を導いてくれるんだから。
 ぼんやりとしてきた頭でエルフリーデはアンナの言葉に頷く。

「ぴちゃ、ぺろ。こうしても気持ちいいでしょ」
 アンナがエルフリーデの首筋を舐める。
「んっ、あふうん!う、うん」
 アンナの舌の熱い感触に、思わず声をあげるエルフリーデ。

「ほら、こうしても気持ちいい」
「ひいっ、ひくうっ!」

 アンナが乳首をつまみ、エルフリーデの体が跳ねる。

「そして、ここも。ほら、とっても気持ちいい」
「あああっ!あああああっ!」

 アンナの指がズブ、とエルフリーデの秘裂から挿し込まれ、その体が弓なりになる。

「ふふ、いいわよ。エルは私の言う通りにしていればいいの。さあ、もっともっと気持ちよくなろうね」
「うん。ふああああっ」

 おぼろげな意識の下、アンナの囁きを聞きながら、エルフリーデは心も体も快感に塗りつぶされていった。







 翌日。

「さあ、今日こそ出ないといけないわよ」
「うん、そうね」

 その日は、エルフリーデの言葉に従い、アンナも洞窟から出てくる。

「さあ、少しでも都に近づかないとね」

 そう言って、エルフリーデとアンナが歩き出した時。

「ふう、ようやく見つけたよ、お前たち」

 男の声が聞こえた。
 その方向にエルフリーデが振り向くと、そこに立っていたのは黒髪に金色の瞳の男。
 間違いない。アンナをたぶらかしていた邪教徒の首領だ。

「くっ、貴様!」

 エルフリーデは、男の方に足を踏み出してアンナを後ろに庇うと、剣を抜き放って構える。
 その体勢で、雪に足を取られないように踏みしめながら、攻撃のタイミングを計っているエルフリーデ。

 その時だった。

「待って、エル!」

 エルフリーデの背後から、アンナが叫んだ。

「え?アンナ?」
 エルフリーデは戸惑ったようにアンナの方を見る。

「エル!その人と戦ってはだめ!」
「なっ、どうして!?」
 アンナの言葉の意味するところが見えないでいるエルフリーデ。 

 アンナの言うことだから、自分はこの男と戦ってはいけないのだろう。だが、その理由がわからない。
 自分では、この男に勝てないからとでも言うのだろうか。

「エルは、私を守るって誓約してくれたでしょ」
「そうよっ。だからこうやってあなたを守るために戦うんじゃないの?」
「だからよ。私を守るんだったら、この人と戦ったらだめなの」
「ええ?」

 エルフリーデは困惑していた。
 この男は邪教徒の首領で、アンナをたぶらかし、いかがわしいことをさせていた。そして、エルフリーデも捕らえて閉じ込めた敵だ。それは間違いない。
 でも、アンナを守るためにはこの男と戦ってはならないなんて。アンナがそう言うのだからそれが正しいのだろうが、なぜそういうことになるのかエルフリーデには全く理解できない。

「でも、この男はあなたを捕まえて薬を飲ませたんじゃないの!?」
「私はそんなこと言っていないわ」
「えっ?」

 エルフリーデは、洞窟の中でのアンナとの会話を思い出そうとする。

(「ある日、ミサの時に村のみんなが一斉に私に襲いかかって。そして、捕まった私は、なにか、薬のような物を飲まされて」)

 確かに、アンナは村のみんなに襲われたと言っていた。
 しかし、この男は邪教に堕ちた村人の首領のはず。それに、自分を捕らえていたときのあの様子。間違いなくこの男が黒幕のはずなのに。

「アンナ。あなたは村の人に捕まって薬を飲まされたって?」
「ええ。そもそも、この方は村の人間ではないのよ」

 村の人間ではないのだから、この男がアンナを捕まえて薬を飲ませたわけではないんだわ。

 アンナの言葉のひとつひとつが、エルフリーデの思考の選択肢を奪っていく。

 でも、あの時、自分を捕らえていたときのこの男の態度、それに、アンナの様子も普通ではなかった。絶対に何かあるはずなのに、それが何なのかわからない。

 完全に混乱したエルフリーデの思考に追い打ちをかけるようにアンナが言葉を続ける。

「だって、この方は私のご主人様なんですもの」
「アンナの、主人?」
「そうよ。そして、私はこの方の下僕なの」

 そうか……。

 アンナの言葉に、エルフリーデは納得してしまう。

 普通なら、この男が何かしてアンナをたぶらかしてしまったと考えるべきだろう。
 アンナの言うことも、あるいは詭弁、の一言で片付けてしまえるようなことだ。
 だが、もはやエルフリーデの思考はその方向に向かわない。

 なるほど、この男がアンナの主人なら、あの時のアンナの態度も当たり前なのだろう。
 自分にはよくわからないが、主人と下僕の関係というのはああいうものなのかもしれない。
 あの時、アンナが「助けて!」と叫んだのも、村の人間から助けてくれという意味で、この男からという意味ではなかったのに違いない。
 なにしろ、この男はアンナの主人なのだから。そうである以上、自分がこの男と戦うとアンナを悲しませることになる。それでは、アンナを守ることにならない。
 確かに、この男が自分を捕らえていたのも事実だ。だから、自分にとっては敵だし、自分にはこの男と戦う理由がある。しかし、自分がアンナを守ると誓った以上、その主人と戦うわけにはいかない。



 構えていたエルフリーデの剣先がゆっくりと下がり、力なく地面につく。



「わかってくれたのね、エル」
「ええ。この男がアンナの主人だというのなら仕方がないわ」
「ありがとう、エル。じゃあ、私はご主人様の所に戻らなくちゃいけないから、もう行かないと」
「行くって、どこに?」
「キエーザの村よ。あそこがご主人様の居場所だから。ねえ、エル、あなたも来て」
「私も?そうだな、アンナを守るのが私の務めだし」
「良かった、ありがとう、エル!」

「話はついたかな、アンナ?」

 頃合いを見計らったように、男が声を掛ける。

「はい、シトリー様」
「それで、どうするんだ?」
「もちろん、村に戻ります。エルも一緒に」
「そうか。じゃあ、すぐに戻るぞ。」
「はい。さあ、行くわよ、エル」
「あ、ああ」

 アンナに促されて、エルフリーデも男の後ろについて歩きはじめる。
 心のどこかで納得できないものもあるが、アンナの言葉に従わないわけにはいかなかった。



* * *



 キエーザの村。
 教会の司祭館。

「さあ、始めるわよ、エル」
 おそらく司祭の寝室であろう部屋に通されたエルフリーデに、アンナが口を開く。

「始めるって、何を?」
「もちろん、私とエルで体を温め合うのよ」
 戸惑っているエルフリーデに、こともなげにアンナが言う。

「さあ、裸になって、エル」
「で、でも、あなたの主人が見てるわ」

 アンナの主人である金色の瞳の男は、部屋のベッドに腰掛け、エルフリーデとアンナの様子を笑みを浮かべて眺めている。

「何がいけないの?男の人の前で裸になるのは女として当然じゃないの。ましてや、私のご主人様だもの。私たちが体を温め合う様子を見てもらいましょう」

 そんなこと、初めて聞いたけど、アンナが言うのだから間違いはないわ。

 エルフリーデはそう考え、黙ったまま頷くと、鎧を外し、布の鎧下を脱いでいく。

「さあ、こっちよ、エル」

 エルフリーデと同様、裸になったアンナがエルフリーデをベッドに誘う。
 アンナの主人が横に退いて、ふたりのために場所を空ける。

「じゃあ、始めましょう」
「うん。んっ、あふ」

 ベッドの上、裸で向かい合うと、アンナの言葉を合図にふたりは唇を重ねる。

 口づけを交わしたまま、互いの体を抱き寄せ、手を這わせていくふたり。
 ぎこちないエルフリーデの動きに対して、アンナは手慣れた風にエルフリーデの敏感なところを刺激していき、その度に、エルフリーデの体がピクッと震える。

「んむ、んふ、んっ!ふあああ!」
 やがて、堪えかねたように口をアンナの唇から離すと、エルフリーデが首を反らせて甘く切なげな声をあげる。

「ふふ。どう?体が熱くなってきた?」
「うん。熱いよ、アンナ」
「気持ちいいでしょ?」
「うん、気持ちいい」

 耳元で囁くアンナに、小さな女の子のようにひとつひとつ頷くエルフリーデ。
 アンナは、そんなエルフリーデの首筋に息を吹きかけ、胸に手を這わせる。それだけで、エルフリーデは身をよじらせて鼻にかかったような声を漏らす。

「じゃあ、いくよ、エル」

 アンナの手が、エルフリーデの股間に伸びる。

「うん、あっ、あああああっ!」

 エルフリーデの固く充血した肉芽をアンナがつまむと、エルフリーデがアンナにしがみついて体を大きく震わせる。
 鍛えられた筋肉質の体をビクビクと震わせているその顔は、涙目になって表情は緩み、女騎士の凛々しさは完全に失せ、快感に蕩けている。
 早くも、アンナの主人に見られているということなど忘れてしまったかのように、体をよじり、喘いでいるエルフリーデ。

「んっ、んふうううううっ!」
 アンナの指がぐいと、深く挿し込まれると、エルフリーデの股間から、グチュ、と端から聞こえるほどの湿った音が響く。
「ふあっ、熱いっ、熱いよっ!あああっ!」
 クチュクチュと淫らな音を立てながらアンナが手を動かすと、エルフリーデはその栗色の髪を振り乱して体を悶えさせる。

「気持ちいい?エル?」
「気持ちいいっ!気持ちいいっ!ふあああああっ!……あ?」

 突然、指を引き抜かれて、エルフリーデは潤んだ瞳のまま、呆けたようにアンナを見つめる。

「な、なんで?」
「ふふっ、これから先は、私のご主人様にやってもいましょうね、エル」
「え?」

 エルフリーデは、蕩けた表情のまま怪訝そうにアンナの主人の方を見る。
 いつの間に服を脱いだのか、アンナの主人も裸になっていた。

「あ、ああ」

 エルフリーデの視線が、アンナの主人の股間に釘付けになる。そこには、固く屹立する肉棒があった。

「ふたりに当てられて、僕までこんなになってしまったじゃないか」
「あらあら、シトリー様。では、さっそく始めることができますね」

 アンナの主人がベッドに上がり、笑みを浮かべながらアンナと言葉を交わす。

「さあ、エル。私のご主人様のものをアソコに挿れるとね、私の指よりもずっと熱くて、もっともっと気持ちよくなれるの」

 ああ、アンナがそう言うのなら間違いはないわ。
 この男は、自分を捕まえて閉じ込めた男だけど、アンナの主人だし、それに、アンナがそう言うのならきっと本当に気持ちいいのに違いない。

 エルフリーデは、自分がこの男に囚われていたことを忘れてはいない。
 それは、アンナがその点に関してはエルフリーデの認識を変えるようなことを言っていないからだ。
 だから、この男はアンナにとっては主人だが、自分にとっては敵だという認識はある。

 でも、アンナが言うのだから、敵であるはずのこの男のものを挿れると、とても気持ちいいのだろう。

「じゃあ、いい、エル。私のご主人様のものを自分のアソコに入れるのよ」
「う、うん」

 エルフリーデは頷くと、胡座をかくようにして座っているアンナの主人に抱きかかえられるようにして跨り、自分の手でその肉棒を握って場所を調整すると、腰を沈める。

「くっ、くうううあああああっ!」

 エルフリーデは、アンナの指とは比べ物にならないくらい固く、太く、そして熱い塊が入ってきたのを感じて歯を食いしばる。

「くはああああっ、あっ、熱いっ!」
「さあ、エル。腰を動かしてみて」

 アンナの主人にしがみついて喘いでいるエルフリーデの耳元でアンナが囁くと、エルフリーデの体が少しずつ上下に動き始める。

「ああっ、熱いっ!熱すぎるのっ!ううっ、ダメっ、こんなのっ!わたしっ、溶けちゃう!」

 腰の動きに合わせて、エルフリーデの中で熱いものが動き回り、その熱で、体が溶けそうに感じる。

「でも、気持ちいいでしょ?」
「くあああっ!気持ちいいっ!気持ちよすぎて、よくわからないいいっ!」
「いいのよ、何も考えなくても。エルはそうやって気持ちよくなればいいの」
「んんっ、あああああっ!ああっ、あっ、あんっ!」

 アンナが囁くと、エルフリーデの瞳から光が失せる。本当に何も考えられなくなっているのか、虚ろな瞳でただただ喘ぎながら腰を跳ねさせる。

「いいわよ、エル。そうやって頑張っていれば、私のご主人様がご褒美を下さるわよ」

 獣のように快感を貪るだけとなった親友を笑顔で眺めながら、アンナは囁き続ける。



「シトリー様。いかがですか、エルの体は?」
「うん、体を鍛えているだけあって、お前よりもだいぶきつく締め付けてくるね」

 エルフリーデをそのままにしておいて、アンナとシトリーが妖しく微笑みながら言葉を交わす。
 ふたりの声が聞こえているのかいないのか、焦点の合わない、虚ろな瞳のまま、エルフリーデはシトリーにしがみついて腰を揺すり続けている。

「あら、じゃあ、私はもうお払い箱ですか?」
「馬鹿だな。お前にはお前の良さがあるさ。さあ、この後はどうするんだ?」

 少し拗ねたようなアンナをシトリーが宥めると、アンナはすぐに笑顔に戻る。

「もちろん、エルにもシトリー様の下僕になってもらいます」
「ああ。それは僕がやる」

「え?」
 怪訝そうな表情を浮かべるアンナの目を見て、シトリーが冷ややかな笑みを浮かべる。

「自分から下僕になるようでないとな。お前の時のように」

 シトリーのその言葉に、アンナも妖艶に微笑む。

「本当に、シトリー様はひどい方。素敵ですわ」
「ふ、でも、とりあえずは僕の精を放ってやらないとね」
「ええ、そうしてあげて下さい。そのくらいのお手伝いはさせてもらいます」

 そう言って、アンナが目を向けた先。

「はがあ゛あ゛あ゛っ!あ゛あ゛っ!」
 涎をだらだらと流しながら腰を動かし続けているエルフリーデ。
 その喘ぎ声はもはや獣の咆哮のようになり、その姿は肉棒を貪る一匹の牝であった。

「さあ、意識をはっきりとして、エル」

 アンナがそう囁くと、エルフリーデの瞳に光が戻ってくる。

「あっ、あうっ、ふああっ!」
 同時に、それまでの獣じみた声が、甘く切なげなよがり声に戻ってくる。

「どう?気持ちいいでしょ、エル?」
「あっ、ああっ!きもちっ、いいっ!」
「気持ちよくて、腰を動かすのを止めることができないでしょ?」
「う、うんっ」
「そうしていると、私のご主人様がご褒美をくれるわよ」
「ごっ、ご褒美っ!?」
「ええ。主人様のご褒美は特別なのよ。なにしろ、私のご主人様は悪魔なんだから」
「悪魔?」

 アンナの主人は悪魔?私は、今、悪魔に犯されているの?
 エルフリーデの目が大きく見開かれて、瞳孔が小刻みに震えだす。それでも腰を動かし続けるのを止めない。

「さあ、ご主人様のご褒美をいただきましょうね」
「いやっ、だめっ!わたしっ、悪魔にっ!?それはだめっ!」
「だったら、その動きを止めてみたらどうなの?」

 もとより、エルフリーデも動くのを止めようとしているのだが、どうしてもできない。

「あうっ、どうしてっ?とっ、止まらないのっ!」
「それは、エルが気持ちいいと思っているからでしょ。だから動くのを止めることができないのよ」
「ああっ、気持ちいいっ!でも、だめっ、動いちゃだめっ」
「ふふふ、エルったらどうしても止められないのね。じゃあ、楽にしてあげるわ。そうしてると、どんどん気持ちよくなって何もわからなくなるわ」

 アンナがそう囁くと、エルフリーデの瞳から再び光が失せる。

「あっ、があああっ!」
 アンナの声が再び獣の咆哮のようになり、ベッドがきしむほどに腰を跳ねさせはじめる。

「ふふっ、いい子ね、エル。そうやって、ご褒美をいただきましょうね。さあ、シトリー様」
「ああ」

 シトリーが、エルフリーデの腰に手を当てて、下から自分の腰を突き上げる。

「あぐうっ!ぐふっ、ぐあ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

 すると、エルフリーデが頭を大きく振りながら一層大きな声で吼える。
 シトリーの一突きごとに獣の咆哮が響き渡り、それが何度か繰り返された後。

 シトリーが一際深く突き上げ、体をブルブルッと震わせる。

「ぐうっ!ぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
 咆哮と共に、エルフリーデが背骨が折れそうなほどに体を反らせる。
「がっ、あっ、ああぁ」
 何度か体を震わせた後、完全に意識を失ったのか、エルフリーデの体がベッドの上に落ちた。




「うん、あ?」

 エルフリーデが目を開くと、そこは司祭館のベッドの上。
「あ、やっと気が付いたのね、エル」
 自分の方を覗き込んでいるアンナと目が合う。
「アンナ、私?」
「覚えてないの?私のご主人様に気持ちよくしてもらったこと」
「あ……」

 アンナにそう言われて、エルフリーデはようやく思い出す。
 アンナの主人の、あの男のものを自分の中に入れると、それは本当に熱くて、とても気持ちよくて、途中から何も考えられなくなった。
 途中から、記憶ははっきりとはしていないが、ただ、ものすごく気もよかったこと、それが永遠に続くような気がしたことは覚えている。

 だが、この男は悪魔。自分は悪魔に犯されて、慰み者にされて、しかも気持ちいいと思ってしまった。

 エルフリーデは、その屈辱に唇を噛む。
 
 でも、同時に、この男はアンナの主人でもある。 

 自分は、いったいどうしたら?

 唇を噛みしめたまま、エルフリーデは考え込む。しかし、考えるほどに思いは乱れる。



「僕のものはどうだった?」

 気付けば、アンナの主人がすぐ横に腰掛けていた。

「あ、それは……」
「あんなに気持ちよさそうに僕のものを貪って、これで君も僕の下僕になったということかな?」

「違う」

「え?」
「私は、お前の、悪魔の下僕になどならない」

 エルフリーデの、その、はっきりとした拒絶の言葉。

「ふーん、じゃあ、さっきのあの姿はなんなんだい?」
「くっ!それは、アンナがそう言ったから」
「なんだって?」
「私は、お前の下僕にはならない。ただ、アンナの言うことに従うだけだ」
「そうか。まあいい」

 どのみち、そのアンナは僕の言うがままなんだから。

 シトリーは、その部分は言葉には出さない。

 だが、エルフリーデがアンナの言葉には完全に従う以上、もうこの女は鎖に繋がれたも同然だ。後はゆっくり堕としていけばいい。
 エルフリーデを見るシトリーの顔には余裕の笑みが浮かんでいた。



* * *




 翌日。

「あっ、いいですっ、シトリー様!」
 ベッドの上、四つん這いになって金髪を振り乱しているアンナ。
 アンナの主人、シトリーが、その後ろから覆いかぶさるようにして、その肉棒でアンナを貫いている。
「あっ、はんっ、シトリーさまぁ!」
 主人の肉棒を飲み込み、喜びに打ち震えてアンナは甘い声で喘ぐ。

 そんな、主従の交わりを、エルフリーデはベッドの隅に蹲って見せつけられていた。

「ああっ、シトリー様のが、奥にズンって当たってっ、あああっ!」

 シトリーが腰を打ち付けるのに合わせて、アンナの腰も動き、アンナの首が反り返る。

 そんな姿を目の前で見せつけられて、そしてアンナの艶めかしい喘ぎ声を聞いて、それだけでエルフリーデは体が火照ってくるのを感じていた。
 いつの間にか、抱えている膝が勝手に動いて、内ももをすり合わせるようにしている。

 私も昨日あれを挿れていたんだ。

 エルフリーデの中に昨日の記憶が甦る。
 
 とても熱くて、そして、すごく気持ちよかった。

 昨日の快感を思い出し、ふうう、とついたエルフリーデのため息は、熱く、悩ましげだった。
 あの男は悪魔。そして、私の敵なのに。でも、アンナの主人で、そして、あの男のものはあんなに気持ちよくて。
 考えれば考えるほど、エルフリーデは自分がどうしたいのかわからなくなってくる。

「エル、エルったら!」

 気付くと、目の前にアンナの顔があった。

「きゃ!なに、アンナ?」
「ねえ、今度はエルがご主人様にやってもらう?」
「な、なによ、いったい?」
「だって、そんなに物欲しそうな顔でため息ばっかりついてるんだもの。気になってしょうがないじゃない」
「物欲しそうな顔って、私、そんな!」
「してたわ」

 そうか、アンナがそう言うのならそうなのだろう。私、そんな行儀の悪いことを。

「ごめん、アンナ」
「いいのよ、エル。だから、私はいいから、エルがしてもらって」
「アンナ……」
「エルは私のことを守ってくれるんだから、私もこのくらいはしないと。だから、私の代わりにご主人様にしてもらって」

 アンナが私のことを気遣ってくれている。
 アンナの主人は悪魔だけど。でも、アンナにそう言われたら、断るのはアンナに申し訳ない。

「うん、ありがとう、アンナ」

 アンナの好意を素直に受けよう。
 エルフリーデの思考は、もうアンナの言葉の示す方向にしか進まなくなっている。

「いいのか、アンナ?」

 ふたりのやり取りを聞いて、シトリーが口を開く。

「いいんです。私はちゃんとおあずけができる子ですから」
「そのセリフ、エミリアが聞いたら怒るぞ」
「うふふっ。さあ、エル、こっちに来て」
「うん。あっ、きゃっ!」
「やっぱり。エルったらこんなにぐっしょり濡らしているじゃない」
「えっ、あ、それはっ」
「いいのいいの。それじゃ、こうして」
「え、こ、こう?」

 アンナはエルフリーデの体に手を添えて、さっきまで自分がしていたように四つん這いにさせる。

「そうそう、そんな感じ。では、お願いします、シトリー様」

 シトリーが、背後からエルフリーデの腰を掴む。そして、固くて熱いものが秘裂に当たるのを感じると、胸が高鳴るのをエルフリーデは抑えることができない。

「はううううっ」

 ズブ、と、その固いものが入ってくる感覚。
 エルフリーデは、固くて長い棒で体全体を貫かれたような錯覚に陥る。体勢が違うだけで、昨日よりももっと奥に入ってくるような気がして、一瞬息が詰まる。

「がっ、うくっ!」

 シトリーの腰が動き、自分の中で熱くて固い肉棒が擦れる感触に、エルフリーデは呼吸を詰まらせながら激しく反応する。

 ああ。私、また悪魔に陵辱されて、悪魔のものを体の中に挿れられて、それで気持ちいいと思ってしまっている。
 シトリーの肉棒を迎え入れながら、エルフリーデは言いようのない絶望感と寂寥感に襲われる。

「はううっ、あがっ、ひあっ」

 しかし、シトリーは容赦なく腰を動かしはじめ、エルフリーデにゆっくり考える余裕を与えない。
 ずちゅ、ぐちゃ、という湿った音と共に、シトリーの肉棒が自分の中を窮屈そうに動いていく。シトリーが腰を引くと、自分のお腹の中まで一緒に掻き出されそうな気がして上手く息が吸えない。

 な、なに?昨日よりも大きいみたい?

 実際には、昨日アンナにしてもらった前戯なしにいきなり挿れられたために昨日よりもきつく感じているのだが、エルフリーデはそんなことに気付かない。

「どう、エル?さっきまで私が温めていたから、シトリー様のもの、すごく熱くなっているでしょう?」
 シトリーの腰の動きに合わせて、呻くようにくぐもった声で反応しているエルフリーデの耳に、アンナの声が入ってくる。

 ああ、これがアンナの中に入っていたのね。それが、今は私の中に。

 そう思うと、エルフリーデの中に一種倒錯した感覚がわき上がってきて、快感をいっそう増幅させる。

「あああっ、あうっ、気持ちいいっ、すごいっ、熱いいっ!」
 はっきりと快感を口にすると、エルフリーデはぎこちなく体を揺すりはじめる。

「ふふふっ、いい格好じゃないか。これでお前も僕の下僕になったと考えていいのかな?」
 自分から体を動かして肉棒を迎えているエルフリーデに、シトリーが嘲るような声を掛ける。

「ちっ、違うっ!私はお前のっ、下僕にはっ、ならない!」

 荒い息の下、拒絶の言葉を口にするエルフリーデに追い打ちをかけるようにシトリーが言葉を続ける。

「なら、お前はなんでそうやって自分から腰を振っているんだ?」

「これはっ!アンナの心遣いを無駄にしないためよっ!」

 その、エルフリーデのあまりの頑固さにシトリーは思わず噴き出しそうになる。

 ふむ、騎士というのは聖職者とはまた違った意味で面白い人種だな。
 傍目に見ると、もう、完全に快楽に溺れる牝と化しているというのに、そこまでエルフリーデを頑なにさせているのは、騎士としての誇りなのか、アンナのためという思いなのか。
 いずれにしても、自分を陵辱している相手に、しかもその相手を悪魔と知りながら喜んで腰を振っている時点で、下僕になったようなものだ。言葉で否定しても、行動が如実にそれを示している。完全に堕ちるのも、そんなに時間はかからないだろう。

 そんなことを考えながらシトリーはグラインドを大きくしていき、エルフリーデの中をより深く抉っていく。

「ああっ、それ以上はっ!うあっ、ああーっ!」

 エルフリーデの頭がガクガクと震え、悲鳴のような声をあげる。どうやら、そろそろ限界が近いらしい。

「まあいい。アンナに免じてお前の中に注いでやる」

 シトリーがエルフリーデの尻を抑え、奥深く肉棒を突き挿すと、エルフリーデの中に熱い精を注ぐ。

「ひあああああっ!熱いっ、あづいいいいいっ!」
 エルフリーデは、自分の中で火が爆ぜたように熱いものが弾け、それが満たされていくのを感じる。

 熱い、こんなに熱かったら、体が燃えちゃう。でも、この感じ、昨日も?

 エルフリーデの中で、昨日はほとんど意識がなくなっていた状態で受けたその感覚がかすかに甦る。

 何でこんなに気持ちがいいの?この男は敵なのに、悪魔なのに、なんで……。

 快感の波に心を委ねながら、エルフリーデの意識は遠のいていったのだった。



* * *




 きっと、シトリーの下僕になるようにアンナに命令させたら、エルフリーデは最初から簡単にシトリーの下僕になっていただろう。
 だが、それでは意味がない。アンナを間に介するのではなく、直接シトリーに、しかもエルフリーデの方から膝を屈するようでなければいざというときに役に立つ駒にならない。

 そのためには、エルフリーデの心を快楽に染め上げる、シトリーなしでは生きていけない程に。



「んふ、ねえ、あたしもエルって呼んでいい?」
 背後から、エルフリーデの背に自分の胸を押しつけてエミリアが囁く。
「くっ、おまえにエルと呼ばれる筋合いはない。ああっ!」
「でも、私たちは仲間じゃないですか、エルフリーデさん?」
 そう言いながら、メリッサはエルフリーデの乳首を弄り回す。
「私は悪魔の仲間になった覚えもないっ。くああっ!」
「あーら、でも、エルフリーデちゃんもシトリー様の下僕なんでしょ?」
 ニーナはエルフリーデの首筋を舐め回す。
「ち、違うっ!んむむっ」
 否定しようとしたエルフリーデの口をニーナが塞ぐ。
「でも、おかしいですわね。でしたらエルフリーデさんはどうしてこんなに気持ちよさそうに腰をくねらせているのかしら?」
 そう言って首を傾げるメリッサ。

 今、エルフリーデは、仰向けになったシトリーの上に跨り、その肉棒を貪るように腰をくねらせながら、3人の女悪魔に弄ばれている。

「まあまあ、いやよいやよも好きのうちってね」
「ん、ぷは。ちょっと、エミリア、それ、誰の言葉?」
「知らない」
「もう、エミリアもニーナも、もう少し集中しなさい」
「はーい」
「あうっ、はああっ!」



「うふふ、エルったら嬉しそう」

 そして、親友が悪魔たちに嬲られているのをすぐ近くで眺めているアンナは、笑みすら浮かべていた。





 1週間が過ぎても、エルフリーデはシトリーの下僕にはならなかった。
 いや、シトリーの下僕である事実を認めなかった、と言うべきであろうか。

 口ではシトリーの下僕になることを拒否しながら、シトリーに肉棒を挿れられるとたちまち快感に身をよじらせる。
 そして、そのことを揶揄され、やはり下僕ではないかと言われるとムキになって否定し、シトリーを睨みつける。しかし、エルフリーデ自身は精一杯鋭い視線を向けているつもりでも、頬を紅潮させ、潤んだ目で睫毛を震わせながらでは、どう見ても男を誘っているようにしか思えない。


 なにより、だんだんとシトリーの問いに素直に答えるようになっていた。その場にアンナが同席していれば、なおさらだ。


「で、そもそもお前がこの村に来た理由は?」
「そ、それは」
「エル。シトリー様には全て正直にお話しするのよ」
「キエーザの村に、邪教が広まっていると噂する商人が都にいて、それが事実かどうか調査するということになった」
「なるほど。つまり、都の方でもまだ確証は持てていないわけだな」
「そうだ。だが、調査隊が戻ってこないとなると」

 口調だけは騎士らしく、堅苦しく武骨な物言いをするエルフリーデ。
 それは、まるでシトリーの下僕であることを認めまいと抵抗する術がそれしかないという風で、シトリーにはかえっておかしく思えてしまう。

「より大規模な調査隊を送り込む、もしくは、調査隊が帰ってこない事実をもってこの村で邪教が広がっていると断定し、討伐隊を送り込んでくるというんだな?」
「その通りだ」
「ふむ」

 シトリーは、腕を組んで考え込む。
 どうせ、移動している商人あたりからなにか漏れたのだろうとは思っていたが、やはりそうだったか。
 しかし、あくまでも、まだ噂程度ですんでいるのは幸いだろう。だが、実際にエルフリーデ以外の騎士を殺してしまったし、エルフリーデもここにいる以上、放っておくと騒ぎは大きくなるだけだろう。

「ところで、教会に突入する判断をしたのはお前なのか、エルフリーデ?」
「ああ。いちおう、調査隊の隊長だから」
「おまえ、その年でそれだけの権限があるのか?」
「訓練期間を人より早く終えた私は、騎士としてのキャリアはそれなりにある。それに、騎士団長も私を買って下さっている」
「で、無謀にもあの人数で突入してきたわけか。たいそう勇敢な隊長殿もあったもんだな」
「それはっ、アンナのことが心配でっ。そもそも、この任務は私がたってと志願したのだし。そんな、アンナの村で邪教騒ぎなどと聞いたらいても立ってもいられなくてっ」

 その結果、15人の部下を失うことになったわけだ。腕は立つようだが、人を率いるのは全然駄目だな。

 もちろん、シトリーはその言葉は口には出さない。
 ともかく、エルフリーデが年に似合わず、それなりに発言力があるらしいのは使えそうだ。
 エルフリーデたちが突入してきてからまだ10日ほどしか経ってはいない。雪に閉ざされたこの季節ではあるし、調査隊が壊滅したことは伝わっていないに違いない。すぐに行動を開始すればまだ間に合うか……。

 しばらく考え込んだ後、ようやくシトリーは口を開く。

「よし、決めた。都に行くことにするぞ」

 
 


 

 

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