ガツン”


 

 



(『ガツン』はジジさんの作品です)

 ガツン。それは恐ろしい天災。なぜ発生するのか、いつ発生するのか、何もかもが分からない。
 ただ一つ分かっていること。それはガツンにあった人は突然おかしな行動を取り、それが達成されるまで絶対に諦めないと言うこと。
 とんでもなく意味不明だが、それが設定なので仕方ない。
 かくして、ガツンは町中で鳴り響き、被害者と加害者の叫び声もこだまする。もはや、それが日常だった。

 数年前、ガツン特捜部という組織が発足した。
 この組織はガツンの調査を目的としていた。しかし、ガツン特捜部というかっこいい響きに陶酔しながらの捜査で、入念な捜査(と言えるのかどうかは知らない)にも関わらず、ガツンについては何一つとして分からなかった。
 この後、ガツン特捜部は活動内容を不倫調査に変え活動を継続しているが、ガツンについて分からなかった事実は覆せない。
 そして、ガツン特捜部に入ろうとしていた中山 和己はガツン特捜部の状況に憂い、ガツン特捜部に代わりガツンの改名に日夜努力しているガツン研究室へと入った。
 ガツン研究室は今日もガツンの改名に取り組んでいる。



「ガツン。ガツンか〜」
「ほら、なにやってるの。ぼーっとしてないで改名案を出しなさい」

 中山は鼻と口の間にシャーペンをはさみ、うーんと唸っている。そこにこの研究室の室長エリカ・フォーテルが通りかかった。
 彼女は23という若輩ながらこの研究室の室長に抜擢されるほどの才媛で金髪の美人だった。

「あ、室長。何で改名なんですか? ガツンでいいじゃないですか」
「何を言ってるのよ、中山君。ガツンって後頭部から音がするからガツンなんて、そんな当たり前なネーミング、知性のかけらも何もないわ。もっとアバンギャルドにみんながびっくりするようなネーミングを考えなさい」
「ガツンってなるからガツン。わかりやすくていいじゃないですか。なんで改名しなければいけないんですか?」
「そこよ。名前だけでなんだか分かるのがだめなのよ。ここはかくとかうらかくとか。一見何がなんだか分からないような名前がいいんじゃない」

 そう、才媛で美人だが、天才と馬鹿は紙一重との言葉通り、エリカは思考パターンが常人のそれとは違う。

「かくもうらかくも中身を見ればすぐに何か分かりますよ」

 という中山のつっこみは聞き入れられず、エリカは今日もうんうんと唸っている。



「そういえば何で改名なんですか? 解明じゃないんですか?」

 中山は至極当然の疑問を口にする。そう、この研究室が行っているのは改名であって解明ではない。発足当初は解明を目的としていたのだが、いつしか改名へと目的が変わっていった。

「何を言ってるの改名は必要な事よ。人間誰だって生まれてきたときには名前を付けられる。そのとき付けられた名前が『男』や『女』、『人間』だったら嫌でしょう」
「はあ」
「そのままのネーミングはかわいそうなのよ。だから、『ガツン』にちゃんとした名前を付けてあげたいの」

 正直、中山にはエリカの言っていることはほとんど理解できなかった。もともと中山はガツンの被害者が路上でまぐわっているのをみて、ガツンにあえば美味しい思いができるとこの職場を選んだのだが、いままで全くガツンにあったことがない。
 初めてエリカを見たときはその容姿の綺麗さにドキドキしていた中山だが、ねじが一本はずれているのではないかと思ってしまうようなエリカの言動にもうそういう目では見れていない。

「ねー、室長。ガツンて何で発生するんでしょうねぇ?」
「なんでって・・・発生するからするのよ」
「それじゃ何の答えにもなってないじゃないですか。そんなのじゃ猫は突っ込みもできませんよ」
「何を言ってるのよ。そういう設定なんじゃない。まあ、仮説だけど、透明人間になった小庶民がこれまた透明になった鈍器を持って後ろから殴っているって言う説もあるんだけど」

 エリカの口から飛び出した言葉に中山は何も応えられない。どうしたら、そんな突飛な発想ができるのか、中山の頭脳では全く分からなかった。

「あー、ガツン起こんないかなぁ〜」

 そう中山がつぶやいたときだった。

 ガツンッ!!
 ゴンッ!!

 近くでそんな音が鳴り響く。
 突然のことに驚いた中山はあたりを見渡し、机に突っ伏している金髪を見つけた。

「し、室長!!」

 中山が叫んだその時、キィという小さい音が鳴る。
 その音を聞き逃さず中山が見た先にはすでに何もなく、ちゃんと締めてあったはずのドアが半分開いていた。

「え? うそ?」

 透明小庶民説を頭ごなしに否定していた中山ももしかするとと思った時、中山を呼ぶ声がした。

「中山君・・・」
「し、室長っ!?」

 中山がエリカのデスクに駆け寄る。未だ突っ伏したままのエリカはそのままの状態で中山の名前を呼び続けるのだった。

「し、室長。大丈夫ですか? しっかりしてください!」

 中山の言葉にエリカは突っ伏していた顔を上げる。机に頭をぶつけた時にやったのか、額の一点を赤くして、壮絶な貌でエリカは中山を見る。

「中山君・・・・」
「は、はいっ!!」

 中山はエリカに見据えられ、ピンと直立する。それほどまでにエリカの貌は恐ろしかった。

「私とセックスしましょう」

 次の瞬間にはエリカの貌は一気にとろけ、中山を押し倒す。

「ちょ、ちょっと、室長!?」
「エリカって呼んで」
「ガツンなんですか、ガツン何ですね室長!」

 エリカは中山のズボンを引き下ろし、まだ勃ってもいないものを取り出すと、唾液を垂らしてこすり始める。

「ちょっと待って、室長! まってください、だめですよそんな」

 口ではそんなことを言いながら、中山の貌はゆるみきっている。思考パターンはともかくとして金髪美人とできるのだ。日頃からもてない中山にとってこんなにうれしいことはそうない。
 すぐに準備万端となった中山のものをなんの躊躇もなく一気につっこむエリカ。こちらの表情はせっぱ詰まっているものだった。

「ああ、こんな冴えない中山君となんてやりたくないのに。なんで中山君のを出してもらわなければならないの〜!」
「そ、そんなー」

 中山の情けない声が響く。中山はエリカが入れて30秒と持たずに射精していた。



「ガツンは・・・・ガツンはどこだ・・・」

 エリカから解放された中山はガツンを求めて練り歩く。エリカの研究からガツンちょうど、風邪が伝染るような感じで連鎖反応的に起こることは解明されていた。
 なんだかんだ言ってもエリカは才媛。すでにそれくらいのことは分かっていたのである。

「だからといって、透明小庶民説はやりすぎだよなぁ・・・」

 ふらふらと中山は歩いていく。その先でガツン、ガツンと言う大音響が鳴り響き、「ガツンだー! ガツンがでたぞー!!」という人々の叫び声が聞こえてきた。

「が、ガツンだっ!!」

 現金なもので、先ほどまでまっすぐ歩くことすらままならないような状態の中山がガツンと聞いただけでまっすぐ走って言った。



 そこは阿鼻叫喚の渦だった。
 意味もなく家々のガラスを割っていく者。ところかまわず脱ぎだして、なぜかサンバパレードを行うご老人達。かと思えば、唐突にどじょうすくいに腹踊り、裸踊りなどを行い出すOL達。なぜか、みんな逆立ちをして歩いている子供達。「小庶民万歳。小庶民同盟の勝利だ!!」などという男達。「唐突な展開もジャンルこば。シュールで風刺が効いているのもジャンルこば。う〜ん、ほかにはなにがあったかなぁ?」などと言っている猫。「きちくじゃないです。らう゛らう゛好きなんです」といっている男。そして、先ほどのOL達を口説こうとしているナンパ師。
 中山が目にしたのはそんなものばかりで、中山にはこの惨状を止めるすべはなかった。

「な、なんだこれは・・・・」

 中山はそんなことを言うばかり。何の役にも立っていない。
 突然、中山の隣であえぎ声が聞こえてきた。

「し、室長!?」

 中山が声の方を見ると、いつの間に来ていたのか、エリカが素っ裸になり、股間にローターを入れて悶えながら立っていた。

「中山君。奇遇じゃない」

 エリカが妖艶に微笑む。その貌と格好は見る者を魅了する。事実、中山はエリカの姿を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。

「ちょうどいいわ。中山君、見てちょうだい。私のリンボー」

 そういって、エリカはどこに用意しておいたのか、ちゃっちゃとリンボーの用意をする。かちりとラジカセのスイッチを入れるとリズムに乗って、リンボーダンスを始めた。
 胸を反らし、股を開く。その股間からはだくだくと粘性の高い液体が漏れ、その形のいい胸はぷるぷると震えて、中山を誘惑する。
 ゴクリ
 再び中山は唾を飲み込む。
 ちょうど、胸を通り過ぎ、首のあたりを通そうとしてエリカが後ろを見た時。

「ガツン」

 中山は自分で言い、エリカに襲いかかった。

「し、室長。ガツンです! 抱かせてください!!」
「な、中山君もガツンなの!? いいわ、抱かせてあげる」

 中山は一にも二にもなく、ズボンを下ろす。その中からはすでにぎんぎんに立ち上がったものがでてきた。
 先ほどとは違い、準備万端になったものをエリカの中へとつっこむ。中山は駅弁スタイルでエリカを下から突き上げた。

「あ、ああん。いい、いいわ。中山君!」
「ぼ、僕もです。室長っ!!」

 二人の繋がっているところはぐちゃぐちゃと音を鳴らし、辺りに混じり合った液体をまき散らしている。

「中山君。冴えないと思っていたけど、こっちは上手なのね!! 見直したわ」
「ありがとうございます。室長。室長のは予想通りすばらしいです!!」

 この上手というエリカの言葉に引きずられ、辺りから女性達が集まってくる。しかも、皆一様に素っ裸でその光景は絶景を通り越して怖いくらいだった。

「わたしにも」
「わたしにも」
「あたしも」
「こっちも」

 口々に言って、中山を奪い合い、殴る蹴るなど本気でけんかをする女性達。それを制したのはエリカだった。

「待ちなさい。みんなで奪い合っても中山君は一人。中山君がいくらがんばってもここにいる全員を満足させることはできないわ」

 うんうんと、うなずく女性達。そこはみんな思っていることだった。

「だから、こうしましょう」

 エリカの提案した方法はこうだ。ジェンカの様に列を作り、その列で輪を作る。そして、せーのの合図で前の人の後頭部を思いっきり叩いて残っていた人が中山とできるという方法だ。

「そうね」
「それがいいわ」
「そうしましょう」

 その提案に反対する者はなく、うんうんと頷いている。
 早速、エリカの指示で全員が輪を作る。何故かエリカ一人輪からはずれて。
 そして、どこから用意したのかエリカは鈍器を人数分、一人一つずつ配って回る。

「いい? じゃあ、せーのでやるのよ」

 エリカの言葉に一斉に頷く女性達。

「せーのっ!!」

 ゴンッ!!
 一斉に鈍い音が響き渡る。そして、殴り合った女性達は一人残らず倒れてしまった。そして、ただ一人。この殴り合いに参加しなかったエリカのみがその場に立っていた。

「ふふふ、中山君。私が残ったわ。これで私が中山君とできるわね」

 そんなことを言うエリカに中山は多分に退いていたが、エリカの目は血走っており、中山は恐怖を覚えた。

「さ、しましょ。中山君」

 エリカが中山を押し倒す。

「し、しつちょっ! ちょっとまっ!!」

 ガツンッ

 中山がエリカのことを押し止めようとしたその瞬間、盛大な音が中山の頭に響き渡る。

「し・・・・つ・・・」

 中山は消えゆく意識の中、これがガツンかと考えていた。



 ガツンッ
 ガツンッ
 ガツンッ

 中山の意識の外からすごい音が聞こえてくる。
 そして、だんだんと意識が覚醒していくにつれはっきりしていく頭痛。

 ガツンッ

 鮮明な痛みが中山の意識をしっかりと覚醒させた。

「痛いなーもうっ!!」
「きゃっ」

 中山が頭を上げる。そして、その視界には何故か堅そうな棒を持った金髪の女性の姿があった。

「・・・なにやってるんですか? 室長」
「え? 叩けば治るかな〜って」

 エリカは中山の視線に「治ったなら、これはいらないわね」とかいいながら堅そうな棒を机に立てかけた。

「大丈夫。中山君」
「大丈夫じゃないです。頭痛いです。室長が叩いたせいです」

 ずきずきとする頭の痛みを堪え、中山が文句を言う。その言葉にエリカは目をぱちくりとさせた。

「え? 覚えてないの?」
「なんのことです?」

 そう言って中山はふと気がついた。先ほどエリカは「治った」と言ったことに。

「室長。治ったって何ですか?」
「やっぱり覚えてない。中山君はガツンだったのよ」

 エリカのその言葉に中山は目が点になる。

「え? ガツンになったのは室長じゃないんですか?」
「違うわよ。中山君の頭からガツンって音が鳴ったと思ったら、急に中山君が妙な雄叫びを上げてそのまま机に突っ伏したのよ」
「ええ!? 室長がガツンにあって、それでそとでみんながガツンにあっていて」
「外をご覧なさい」

 そう言って、エリカは窓をガラリと開ける。そこから見える風景には裸のOLもナンパ師も喋る猫もいなかった。

「ね。だから、ガツンにあったのは中山君。興味深いから聞かせてよ。今までの症例で夢や妄想をするガツンなんてないのよね」
「いや、だけど。ガツンって分かってるんなら、なんで殴るんですか。ガツンの対処法なんてないって言うのが通説でしょう」
「そうよ。そうだった。聞いてよ中山君!」

 中山のその問いに待ってましたとばかりにエリカは目をきらきらと輝かせる。すでに中山の体験した新種のガツンには興味がないようだ。

「そう。ようやく、ガツンの名前が完成したのよ!!」

 力強く握り拳を掲げるエリカを驚きをもって中山は見ていた。まさか、本当に考えていたとは思っていなかったのだ。

「で、な、なんですか? その名前は?」

 おそるおそるといった感じで中山は質問する。こういう真剣な時のエリカは延々としゃべり出すからだ。

「『ガツン”』よ!!」
「はい?」

 中山は間抜けな声を出す。その返事にエリカはちょっといらっとした。

「だから、『ガツン”』よ!!」
「がつんだぶるくおてーしょん・・・ですか?」

 力強いエリカの言葉に中山は思わず聞き返してしまった。それほど、その名前の意味が分からない。

「そうよ!!」

 力強い返事と頷き。対して、中山の返事は芳しくなかった。

「全然意味が分かりません」

 そう、どんなに考えても中山にはその意味が理解できない。エリカの通常ではあり得ない思考があるからこそのネーミングなのだ。

「紙に書けば分かるわよ」

 そう言われ、中山は紙にさらさらと『ガツンダブルクオテーション』と書く。

「違う。ダブルクオテーションはカタカナじゃなくて、記号。記号よ」

 言われ、その下に『ガツン”』と書く。それを眺めて数分。中山には全く意味が分からなかった。

「全然意味が分かりません」

 そう言うと、エリカはああもうと頭を抱える。そして、きっと中山を見据えた。

「いい? よく見なさい」

 びしっと紙に書かれた『ガツン”』の文字を指差す。

「ここよここ。このダブルクオテーションがポイントよ! この形を見て!! このガツンの後ろに飛び込むように引かれたこのマーク。後頭部を殴られるような感じのガツンにぴったりだと思わない!! これこそガツンを表すすばらしい表現だわ!」
「そ、そうですね。なるほど〜、ぴったりですよ」

 もちろん、中山はぴったりだなんて思っていない。

「これでガツンの改名はばっちりよ。今度からはこの名前が使われるように働きかけるわよ!」
「は、はい」

 こうして、ガツン研究所の一日は暮れていった。
 もちろんこの名前は普及せず、中山とエリカの頭の中に埋もれていった。


 
 
< (誰かが)続く >


 

 

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