蛍光灯パニック!


 

 



「だからさ、ハルカの奴にびしっと言ってやったんだけど……ん、あれ?」

 昼休み、クラスメイト達との雑談の途中、綾瀬アカリはふと違和感を覚えて教室の天井に目を向けた。

「どうしたのアカリ、急に上なんか見ちゃって」

「あ、いや、なんかさ……あの蛍光灯、少し汚れてない?」

「へ? いつも通りに見えるけど……?」

「そう、かなぁ……なんか、普段より埃っぽいように見えるんだけど……」

 そう。
 普段なら特に気にも留めないことなのだが、なんだか妙に、自分の机の真上にある蛍光灯の汚れが気になってしまったのだ。

「うーん……やっぱり、埃とか落ちてきたら体にも悪いだろうし、今のうちに綺麗にしておいた方がいいのかも」

「え、今? 掃除のときでいいんじゃないの?」

 級友のチサが止めるが、一度気になってしまうと、どうにも気が散って午後の授業に集中できそうにない。
 昼休みもまだ15分以上残っているし、蛍光灯1本なんて2〜3分もあれば拭けるだろう。

 アカリは上履きを脱ぐと、自分の机の上に足をかけた。

「ごめんね、やっぱりどうしても気になっちゃって……チサ、ちょっと机支えててくれる?」

「え……ちょっと、いきなり? もう、勘弁してよね……」

 ぶつくさと文句を言いながら、アカリの机を支えるチサ。

「ごめん、手っ取り早く終わらせるからさ……よいしょ」

 机の上に乗ると、ちょうど腕を伸ばせば蛍光灯に手が届く高さだ。
 アカリはハンカチを取り出すと、天井に向かって手を伸ばし……突然机が揺れたような感覚に襲われ、小さな悲鳴を上げる。

「わわっ……! ちょっとチサ、ちゃんと支えてくれてる!?」

 一瞬バランスを崩しかけ、よろめきながらチサに話しかける。

「もう……大丈夫だよ、ちゃんと支えてるってば……はぁ」

 面倒くさそうにため息を吐くチサだが、机の上に乗っている身としては落ちて怪我をしないかと考えるとたまったものではない。
 支えてくれているチサには申し訳ないが、やはり女子の腕力で支えてもらうのはあまりに心もとなく思えてきた。

「ご、ごめんチサ、やっぱり……そ、そうだ鈴木! ちょっと、今から蛍光灯の掃除するから、チサの代わりに私の机を支えてて!」

「……へ? 僕?」

 近くの席でチラチラと自分の姿を伺っていた男子と目が合い、アカリは思わず助けを求めてしまった。
 机から落ちた場合のリスクを考えると、こういう力仕事は男子に頼むに限る。
 しかし、何か不満なのか、鈴木は少し慌てた様子で顔を赤らめる。

「えっと……そりゃ、支えるのは構わないけど、その格好だと――」

「いいから早く支えてっ!」

「わ、分かったよ……」

 しどろもどろになりながら、アカリの勢いに気圧されたように机の端を掴む鈴木。
 どうあれ、足場が安定したことでほっと一息ついたアカリは、お礼を言うために鈴木の顔を見下ろす。

「急なお願いなのにありがとね、鈴、木……ん?」

 何か、大事なことを見落としている気がする。

――そうだ、私は今机の上に立っていて……鈴木が私の机の上を抑えてるってことは、下から私を覗きこむ形になるわけで……。

「あ、あああっ……!」

「ご、ごめん綾瀬! そ、その、見ないからっ!」

 アカリと目が合った鈴木は、慌てふためいた様子で下を向く。
 机から落ちることに意識が向いていたばかりに、こんなことにも気づかないなんて。アカリは自分の不注意を悔やんだ。

 そう、鈴木がすこし目を上げるだけで、アカリのスカートの中が丸見えだったのだ。

「こ、こ、こっちこそごめんねっ! そのっ、できるだけ早く終わらせるから……!」

 思わず口走ってから、やはり女子と代わってもらった方が良かったかもしれないとちらりと考えたが、
 自分から頼んでおいて「恥ずかしいからやっぱりやめて欲しい」などと言い出すのは流石に忍びない。
 それに、男子に支えてもらわないと安心して作業できないのも事実なのだ。

 ともかく、せっかく下を向いてくれているのだ。あまり時間をかけないように作業を再開しよう。
 そう考えて再び蛍光灯に手を伸ばしたアカリだったが、再び足元が揺らいだような気がして悲鳴を上げてしまう。

「きゃぁっ!?」

「あ、綾瀬、大丈夫!?」

 下を向いたまま鈴木が心配そうな声をかける。

「う……うん、大丈夫……」

 一瞬、机から落ちるかと思い、アカリの心臓がばくばくと高鳴る。
 冷静に考えたら、机を支えている男子が下を向いているなんて危険極まりないではないか。
 今みたいにバランスを崩したときに、体勢を立て直すことも受け止めることもできないのでは、何のために足場を支えているのかわからない。

「大丈夫、だけど……お願い、鈴木……私がバランスを崩さないように、しっかり上を見ててくれる……?」

「えええ!? でも、それだと……」

「何も言わないで! お願い!」

 震える声で、鈴木にお願いをするアカリ。
 もちろん、この体勢で上を向かせると鈴木の視界にどんな光景が広がることになるのかは、当然分かっている。
 それでも、下から作業を見てもらいながらでないと、怖くて作業が再開できないのだ。

 ゆっくりと、戸惑った表情で鈴木がアカリを見上げる。
 真っ赤になって、ちらちらと目が泳がせながら、ごくり、と喉を鳴らす。
 アカリの顔をまっすぐ見ようとしながらも、吸い寄せられるように視線が向かっている先がどこなのかは、聞くまでもないだろう。

 それでも、アカリはその視線の先を咎めることができない。何せ、「上を見てほしい」と頼んだのは他ならぬ自分なのだ。

「あ、ありがと、ね、鈴木……」

「え!? ……こ、こちらこそっ」

 一体何が「こちらこそ」なのか、アカリはあえて深く考えないことにした。

 自分の頬が上気するのを感じながら、今度こそ蛍光灯をハンカチで拭き始める。
 ただ蛍光灯の汚れが気になっただけなのに、何故こんなことになってしまったのだろう。
 恥ずかしくて死んでしまいそうだ。すぐにでも、ここから逃げ出してしまいたい。

 そのためには、一刻でも早く蛍光灯を綺麗にしないと。

 しかしその思いとは裏腹に、一度掃除を始めると、隅の方のしつこい汚れなんかがどうしても気になってしまう。
 そのため、同じ場所を何度もハンカチで擦ることになり、なかなか作業がはかどらない。
 そんなアカリの様子を見かねてか、鈴木も声をかけてくる。

「っていうか綾瀬……あの、蛍光灯の掃除なら僕が代わるよ……?」

「ううん、私が自分の目で確認しながら拭きたいから!」

「じゃ、じゃあせめて、下に体操服着るとか……」

「大丈夫っ! 今から机から降りて体操服なんて着るより、このまま掃除した方が早く終わるからっ!」

 申し訳なさそうな声で提案する鈴木に対して、まるで最初から答えが決まっていたかのように、アカリはノータイムで返答する。

 男子にスカートの中を見せつけるように蛍光灯を拭き続けるアカリの姿は、いつの間にやら教室中の注目の的になっていた。

 露骨に近寄って覗いてきたりはしないものの、遠くから羨むような表情でちらちらと伺う男子たち。
 彼女の行為に若干引きつつ、心配そうな視線を投げかける女子たち。

「ね、ねえアカリ……鈴木君も困ってるし、やっぱり放課後にした方がいいんじゃ……?」

 そんな中、友人を止めようと手を伸ばしかけたチサの様子が、少しだけ変わった。
 チサの目線がアカリの拭いている蛍光灯に吸い寄せられ、その後、その隣の蛍光灯に流れる。

「大体さ、アカリの席の蛍光灯が特別汚れてるわけでもないよ……いま気が付いたけど、私の席の蛍光灯も、ちょっと汚れてるみたいだし……」

 そのチサの発言に触発されるように、他の女子たちの声も次々と上がり始める。

「言われてみると、教室の蛍光灯、全体的に埃がたまってるね。この機会に綺麗にした方がいいのかも」

 そう発言したのは、おさげで眼鏡をかけた、清掃委員のアヤノだ。
 几帳面な性格の彼女にとって、教室を清潔に保つことは重要な仕事であった。
 もちろん、放課後にも掃除の時間があることは確かだが、「善は急げ」が彼女のモットーだ。

「う、うん……アカリだけに掃除させるのも悪いし、今やっちゃった方がいいのかな……?」

 おどおどした様子で尋ねるショートカットの少女は、小動物的な雰囲気で男女問わずに可愛がられているマナミ。
 事なかれ主義であまり主体性のないマナミは、アヤノの発言を受けて他の生徒たちの意見を伺うように辺りを見回した。
 本心を言えばこんなタイミングで掃除なんてしたくないが、大多数が賛同する中で自分だけ反対するような悪目立ちは避けたかった。

「ちょっと待ってよ、昼休みもそんなに残ってないのに今から教室中の蛍光灯の掃除なんて間に合わないでしょ!」 

 そんな中で声を上げたポニーテールの少女は、反骨心が強く自分の意見をはっきり主張する性格のカナメだ。
 下らない掃除なんかで、貴重な昼休みが潰れてたまるものか。

 だが発言してしまった後で、少し頭ごなしに言いすぎてしまったかと後悔する。
 今の言い方では、横暴と受け取られてクラスメイトからの印象が悪くなるかもしれない。
 断るにしても、もう少し筋道立てて建設的な意見を主張したした方が良いだろう。

「ええと……つ、つまりさ……時間もないんだから、やるなら全員で手分けしないと、ってこと……」

 カナメは、彼女にしては珍しく小さな声で付け加えた。

 女子たちは、誰ともなく、教室の天井と、その場にいるクラスメイト達を見回す。

「もし掃除するなら、だけど……男子は体重が重いし、机の上に乗ったりしたら危ないよね……?」

「うん……そうしたら、蛍光灯の数が15本で、女子の人数もアカリを入れて15人だから……」

「一応、一人1本拭けばちょうど終わる計算なのかな……?」

 アカリを除いた14人の女子たちは、しばらく歯切れの悪いやりとりをしながら、きょろきょろとお互いの表情を伺っていた。
 あまり乗り気ではないが、はっきりと嫌だと主張するのも躊躇われる、と言った様子だ。

「と、とりあえずやっぱり気になるし、私だけでも今のうちにやっておくね!」

 その空気を破るように、我慢できない様子で上履きを脱いで机に上ったのはチサだった。

「あ、うん……しっかり綺麗にしないと、暗い教室で勉強して目を悪くしたら大変だよね。じゃあとりあえず、やりたい人だけでも済ませちゃおうか?」

 清掃委員のアヤノは、チサの後を追うように自分の机に上り、蛍光灯に向かって手を伸ばす。
 クラスメイトが二人も自主的に掃除を始めているのだ。清掃委員の自分が参加しない訳にはいかない。

 アヤノの呼びかけに対して、一人、また一人と綺麗好きな女子生徒たちが蛍光灯の掃除に参加する。
 その様子を見て、マナミも暫く逡巡していたが、やがて意を決したように無言で机の上に乗った。
 彼女としては決して掃除に参加したい訳ではないが、周囲の生徒たちが参加している中で一人だけ座っていられるほど彼女の神経は図太くなかった。

「ちょ、ちょっと待ってよみんな! マジでやるつもり?」

 慌てて声を上げたのはカナメだった。自分から提案したこととはいえ、このままでは本当に全員で手分けして蛍光灯の掃除をすることになってしまいかねない。
 とはいえ、これだけ多くの女子が行動を起こそうとしているのを止めるのは一筋縄ではいかないだろう。カナメは悩んだ末、一計を案じる。

「ほ、ほら、机の上に乗ったら危ないし…………やるならアカリみたいに、体力のある人に机を抑えててもらわないとダメなんじゃない?」

 言外に、男子にスカートの中を覗かれるリスクを匂わせながら提案する。この条件なら流石に、大半の女子は掃除を継続しようとは思わないだろう。

 机に上りかけていた女子たちも、

「え、それはちょっと……」

「でも、確かに落ちたりしたら危ないし……」

 とざわめきながら、誰かの指示を仰ぐようにお互いの顔を見合わせる。
 しかし、はっきりと「やめよう」と口にする者は現れない。誰もが、自分以外の誰かが中止の意思を示してくれることを期待しながら、周囲の様子を伺っていた。

 そんな時に、カナメの提案に対してに対して反応したのは、持ち前の体育会系の性格でリーダーシップを発揮するミズキだった。

「確かに、不安定な足場での高所作業は危険ね。女子だけで掃除するのは不公平だし、力仕事は男子の担当にしましょう」

 すらりとした長身に、すっきりと整った目鼻を持つミズキは、バレー部のキャプテンでもあった。
 その賜物か、迅速な判断力とてきぱきとした指示を出す彼女は周囲からの信頼も厚く、女子のみならず男子生徒に対しても強い発言力を持つ。

 強いて一つだけ欠点を挙げるとすれば、男兄弟に囲まれた家庭環境で育った影響か、少しばかり女性的な配慮に欠けた判断を下すことがあること位だろう。

 周囲の女子生徒たちが呆然としている中、ミズキは男子たちが集まっている方を向いて、得意の鶴の一声を挙げた。

「ちょっと男子聞いてたでしょ、ぼーっとしてないで手伝いなさい! 女子が机から落ちて怪我でもしたらどうするの!」



 そこからは、あっという間だった。

 15本の蛍光灯を掃除するため、机に上った15人の女子生徒たち。
 そしてその下には、ミズキの指示通りに机を支える15人の男子生徒たち。

 てきぱきとしたクラスメイトの動きに満足したミズキは、作業開始の指示を出すために机の上で立ち上がり……。

「あっ……!」

 ようやく、この男女の位置関係がもたらす危険性に気が付いた。

 いくら男勝りのミズキでも、決して羞恥心がない訳ではない。
 乙女の大事な領域を男子の前に晒しながらの作業など、嫌に決まっている。

 開始の指示を出す前に気付いてよかった。

 そう思って、作業中止の指示を出すために口を開くが――

「ええ、と……」

 男女合わせて30人(いや、厳密にはアカリと鈴木、そして自分を除いた27人だ)も動かしておきながら、今更何と言えばいいのだろう。

『うっかりみんなを机の上に立たせちゃったけど、やっぱりスカートの中を見られるのが恥ずかしいから掃除は中止にしましょう』?

 クラス全員に対して明確に出した指示がミスだったことを認めた上に、『恥ずかしいから』なんて下らない理由で中止するなど、彼女のバレー部キャプテンとしてのプライドが許せるはずがない。
 そもそも、恥ずかしいと思っているのは自分だけで、他の女子たちは見られることくらい気にしていないのかもしれない。考えてみたら、男子に机を支えてもらう提案をしたのも、元を辿ればカナメが言い出したことだ。

 だとしたら、むしろここは努めて、スカートの中など全く気にしていないように振舞うべきなのかもしれない。
 意を決してミズキは、真っ赤になってスカートの裾を気にしている女子たちと、目のやり場に困っている男子たちに対して大声で宣言した。

「――それじゃあ、女子は作業開始! 男子は、鈴木君を見習って、ちゃんと上を見ながら足場を支えるように! よそ見したりしないかどうか、ちゃんと見張ってるからね!」



「あ……っ」

「ひゃぅっ……」

 ミズキの指示と同時に、教室のあちこちで、男子が生唾を飲み込む音や、女子が悲鳴を押し殺すような息遣いが響き渡る。

 白、ピンク、水色、パステルイエロー。
 無地、しましま、ワンポイント、水玉、チェック。
 レース、スポーツ、紐。
 シルク、コットン、ナイロン。

 15人の男子の視線の先には例外なく、思春期の少年ならば誰もが夢見る光景が広がっていた。

 普段の学園生活の中で、強い風や激しい動きなどに伴いちらりと見える事こそあるものの、堂々と見ることは決して許されない、その空間。
 それが今、男子たち全員の目の前で、完全に曝け出されていた。
 それも、本来ならばそこを見られることを最も避けるはずの、他ならぬ女子たちの主導によって。
 その背徳感に、男子たちの鼓動は否応なく高まり、視線も必然的にその部分に吸い寄せられてしまう。

 純情な男子の中には、恥ずかしがって目を逸らしたり閉じようとする者もいたが、その度に目ざとくミズキに見咎められ、その領域をしっかり見ることを強要されてしまう。

 もちろん女子だって、男子たちの視界に何が映っているかは分かっているし、誰一人としてそこを見られることを望んでなどいない。
 だが不思議なことに、どれだけ見られまいと思いながらあれこれ考えても、いや、むしろ思考を巡らせるほどに、逆に男子にその領域を見せつけるような結論に達してしまうのだ。

「そうだ、片手でスカートを抑えながら作業したら……ううん、ダメ、そんなことしたら作業効率が落ちて、かえって長い間見られることになっちゃうから、両手でしっかり拭いて早めに終わらせた方がいいよね……」

「机の上で足を閉じて立ってると、バランスが悪くなって危ないよね……しっかり踏ん張れるように、足をもっと広げなきゃ……」

 15人の女子たちは、誰もが真っ赤になりながら、困惑した表情で蛍光灯を拭き続けた。



「うぅ……私、みんなを止めるつもりだったのに……なんでこんなことに……」

 泣きそうな表情でカナメが呟く。
 本当は今すぐにでも掃除が終わったことにして机を下りたいが、全員で手分けして掃除をすることも、男子に机を支えてもらうことも、他ならぬ自分が提案したことなのだ。
 そんな自分が真っ先に掃除を終えて逃げ出したりなんかしたら、他の女子たちにどう思われることか。
 カナメは下半身に纏わりつく男子の視線を感じながらも、目の前の蛍光灯に手を伸ばして拭き続けるしか選択肢はなかった。

「こ、この汚れだけ落としたら、すぐに降りよう……あ、でも、こっちも汚れてるから……ちゃんと綺麗にしておかないと……」

 アヤノは、困ったようにあちこちに小さな汚れを発見しては拭く作業を繰り返す。
 こんな結果になることが分かっていれば、蛍光灯の掃除をしようなどとは言い出さなかったのに。
 しかし、一度始めてしまった手前、汚れを残した状態で作業を切り上げてしまっては、彼女の清掃委員としての示しがつかない。
 アヤノは、少しでも汚れが残っていないか、何度も何度も繰り返し確認するのだった。

「どうしよう……綺麗に拭き終わったけど……みんながまだ拭いてるのに、私だけ先に切り上げちゃってもいいのかな……?」

 元々さほど汚れていなかったこともありすぐに作業が終わってしまったマナミは、こっそりと周囲の女子たちの状況を伺いながら小さくため息を吐いた。
 もちろん、掃除が終わったと申告すれば、この地獄のような作業から解放されるのだろう。
 しかし、今までの人生、目立つことを避けて他人の主導に従ってきたマナミにとって、自分が先陣を切るという行為は抵抗が大きかった。
 誰か他の人の作業が終わるのを少しだけ待ってみよう。マナミは、もう既に綺麗になっている蛍光灯をハンカチで擦り続けた。

「こ、こら佐藤君! よそ見してないで、ちゃんと上を見なさい! 真面目にやらないと、先生に言いつけるからね!」

 ミズキが男子のよそ見を咎めて叱りつけるのは、これで6度目だ。
 佐藤と呼ばれた気弱そうな少年はびくりと体を震わせ、真っ赤になって申し訳なさそうな表情で視線を上に向ける。机の上で作業している女子生徒も、何かを言いたそうな表情でちらりとミズキを見るが、ミズキはそれに気づかない振りをすることにした。
 もはやミズキの目にも、クラスメイト達の誰もがスカートの中を気にしていることは明らかだった。
 だからと言って、既に作業は開始してしまっているのだ。万が一、女子が落下して怪我などしてしまった日には、事実上の監督者であるミズキの責任とも言えた。
 たとえ女子の尊厳を守れない結果になろうとも、せめて作業安全だけは守らなければ。ミズキは、他にもよそ見をしている男子がいないか、目を光らせるのだった。
 

 ――結局、午後の始業ベルが鳴るまでの15分間、女子たちは誰一人として机から降りることはなかった。
 そして、自分たちが最も隠すべき大事な布を15分間も男子に見せつけてしまった少女たちと、それを15分間も見せつけられ続けた少年たちは、誰一人として午後の授業に集中することができず、その日の小テストの成績は散々の結果になってしまうのだった。

 
 
< おわり >


 

 

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