その、狂乱の宴はいつ果てるとも知れなかった。 「んはあああああぁっ!たっ、武彦さんっ!」 俺に跨ってよがり声をあげている幸。 俺は、もう何回射精しただろうか?それでも、俺のモノは相変わらず勃ったままだ。 「んはああんっ!ああっ、あっ、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛」 「み、幸?」 俺は、幸の様子がおかしいのに気づく。 「あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛」 幸は、白目をむいたまま腰を動かし続け、無機質な声をあげ続けている。 「幸っ!どうしたんだっ、幸!?」 「ああ、幸ったら、気持ちよさそう」 そう言って、目を細めて微笑みながら幸を見ている薫。 「て、薫っ、どう見てもそうは見えないだろうが!」 「あ゛、あ゛、あ゛っ、あ゛っ、あ゛っ」 無表情のまま腰を動かしていた幸の動きが激しくなっていき、締め付けがきつくなっていく。 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーッ!」 動物的と言うべきか、それとも機械的とでも言うべきか、幸は感情のこもっていない叫びをあげて体を反らし、俺の精液を吸い取っていく。 「あ゛……」 幸は、俺の射精を受けとめると、そのままガクリと倒れる。 「おい、幸っ?幸ーッ!」 俺が必死で呼びかけても、幸はピクリとも動かない。 「うふ、良かったわね、幸。局長、次は私の番ですからね」 「いや、ホントに、ちょっと待てっ、薫!」 「局長、私も幸みたいにイカせてくださいね。くうっ、んんんっ」 幸と同じで、俺の制止も聞かずに俺の上に跨って腰を振り始める薫。 「くんんっ!今日の局長っ、本当にっ、すごいですっ!んっ、んふっ、くはああっ!」 薫は、いきなり全開で腰の動きを激しくしていく。 「はうっ、んんっ、んくうっ!んんっ、んっ、んっ、ん゛、ん゛、ん゛、ん゛」 「おい、薫?」 「ん゛、ん゛、ん゛、ん゛、ん゛、ん゛、ん゛、ん゛」 幸の時と同じだ。薫も、白目をむき、感情を失った声をあげながら、機械的に腰を動かしている。 「薫っ!おいっ、薫!」 「ん゛、ん゛、ん゛、ん゛、ん゛、ん゛」 無表情のまま腰を振りながらも、薫のアソコはぎゅうぎゅうと俺のモノを締め付けていく。 「か、薫っ、くうっ!」 「ん゛っ、ん゛っ、ん゛っ、ん゛ん゛ん゛ん゛ーッ!」 白目をむいて腰を振っていた薫の体が硬直し、ブルブルと小刻みに震える。 「ん゛ん゛……」 薫もそのまま倒れ込んで、全く動かなくなる。 「おいっ、薫っ!薫っ!」 「さあ、旦那様、まだまだお願いしますね」 「待てっ、待ってくれっ、冴子!うわっ!」 「ダメです、大門様」 起きあがろうとした俺を、綾が馬鹿力で押さえ込んでくる。 「こらっ、綾っ、離せっ」 「冴子さんの邪魔をしたらダメですよ、大門様。ちゅ、んふ」 綾の、淫靡に蕩けた顔が俺に近づいきて、俺の口を塞ぐ。 「おいっ、んっ、んぷ、むむむ!」 「んんっ、ああっ、旦那様っ、はああああっ!」 上半身を綾にがっちり押さえ込まれ、口を塞がれてもがいている俺の下半身のモノが、暖かいものに包まれる。 「はあっ、ああああっ!あんっ、はんっ、んんっ、あんっ!」 冴子は、幸や薫と同じく、挿れた途端に大きく腰を動かし始める。 これが、あの女の仕掛けた罠なのか?まさか、このままみんな幸や薫のようになってしまうんじゃ? そんな俺の不安をよそに。 「はんんんっ!んくうっ、だ、旦那様っ!お願いですっ、出してっ、出してくださいっ!」 「ぐあああっ!」 「ああっ、ああああああああっ!」 冴子の言葉に反応して俺が射精すると、大きく体を反らせて絶頂する冴子。 冴子には、幸たちのような異変は起きることはなかった。 そして。 「ふあんっ!ああんっ、ご主人様っ、すごいですぅっ!ひゃあんっ、あんっ!」 俺に跨り、大きな胸を揺らして体を跳ねさせる梨央。 「ふあああああっ!梨央はっ、もうイキそうですうっ!ごっ、ご主人様もイッてください」 「んくっ、くううっ!」 「ひゃあっ!ご主人さまあああああああぁっ!」 梨央に言われるままに俺は射精し、梨央の体がビクン、とひときわ大きく跳ねる。 冴子や梨央は、幸たちのように意識を失うことはなかったが、だからといって、今の状況が好転するわけじゃない。 綾の言葉が確かなら、こうなったこと自体、何かの罠にはめられたということだ。 ずっと勃ちっぱなしのモノも変だし、言われただけでスイッチが入ったように射精してしまうのもおかしい。だいいち、いくら俺が悪魔でも、これだけ連続して出していたら体が保たないはずだ。それなのに、全然疲れがないのはどういうことなんだ? 「く、あ、綾っ!」 無駄だとは思いつつも、俺はすがるような思いで綾に呼びかける。 「うふふ、わかってますよ、大門様。大門様のおちんちん、アヤの中に挿れてあげますね」 完全に男のモノを求める牝の顔で、俺の上に跨る綾。 やっぱりダメか。 「んっ、あふううんっ!だっ、大門様ぁ!もっと!もっとアヤの奥までっ!」 悩ましげに瞳を潤ませながら、綾は奥まで俺のモノを飲み込んでいく。 結局、その異様な狂宴は、空が白み始める頃にようやく俺のモノが鎮まるまで続いたのだった。 大門の寝室 日曜日 PM2:50 「ん、今何時だ?…うぷっ」 俺が目を覚ますと、昨夜の熱気の名残が残る部屋に立ちこめる、淫靡な臭気にむせ返りそうになる。 「もう3時前かよ」 夜明け近くまで何度も、あれだけ激しくやっただけに、まだ起きている者はいない。さすがの冴子も、裸のまま泥のように眠っている。 「そうだっ!幸と薫はっ!?」 寝ぼけていた頭がはっきりしてくると、昨夜の幸と薫の異常な様子を思い出して、俺は幸たちの方に近寄る。 「幸っ、おいっ、幸っ!薫っ、起きろっ、薫っ!」 俺は、並んで寝かされていたふたりの頬を叩きながら、大声で名前を呼ぶ。 「ん?あ、おはようございます。武彦さん」 「んっ、んー。あれ、どうしたんですか局長、そんなに恐い顔して?」 ふたりの目が開き、何事かという様子で俺の顔を見上げる。 「ふたりともっ、大丈夫か!?」 「なんのことですか?大丈夫もなにも。あっ!」 「どうした、幸!?」 「私ったら、途中で眠っちゃって、もったいない!」 いや、もったいないって、そういう問題じゃない。 「そうね、幸。昨日の局長、本当にすごったものね」 どうやら、昨日の記憶はあるようだ。 「おまえたち、本当になんともないのか?」 「ええ、昨日は私も大満足ですし。たまには、ああいうのもいいものですね、武彦さん」 「本当、気分もスッキリして、いつもより元気なくらいですよ、局長」 「そ、そうか、それならいいんだ」 昨日のあの様子、絶対に何かあるはずなんだが、とりあえず目の前のふたりにおかしな所は見られない。 「ん、んん、あ、旦那様、おはようございます。奥様も薫ちゃんも起きていらっしゃったんですか」 そうしているうちに、ようやく冴子も目覚める。 「きゃっ、もうこんな時間!?ご飯の支度をしなくちゃ!ああっ、でもその前にこのお部屋を綺麗にしないと!梨央ちゃん!綾ちゃん!起きてちょうだい!」 時計を見た冴子が、慌てて梨央と綾を起こす。 「あふ、あ、冴子さん。あ、おはようございます、ご主人様」 「んん、旦那様、奥様、おはようございます」 「梨央ちゃん!綾ちゃん!ほら、こんな時間よっ」 「あふう、昨日のご主人様、すごすぎて寝過ぎちゃいました」 まだ寝ぼけ眼で、欠伸をしている梨央。 「本当、もうこんな時間ですね。昨日は…あっ、私ったら!」 綾の方は、反対に険しい表情になる。 昨晩の狂宴の事情を、綾は把握しているのだから当然と言うべきか。あの後の記憶もあるのならなおさらだろう。 「さあさあ、梨央ちゃん、綾ちゃん、この部屋をきれいにしてからご飯の支度をするわよ」 「まあ待て、冴子」 「旦那様?」 「とりあえずだな、全員シャワーを浴びてこい」 「え、きゃあ!」 自分の体を見て、顔を真っ赤にする冴子。 俺にとっては不本意だったが、昨日の晩どれだけやったと思ってるんだ。全員にその名残がはっきり残っている。 「まあ、そういうことだ。掃除と飯の準備はそれからだな」 「は、はい」 「綾、ちょっといいか?」 それぞれの服を持って部屋を出ていく幸たちの、一番後ろにいた綾に俺は声をかける。 「はい、大門様?」 「話があるから、飯の後にまたここに来てくれ」 俺の言いたいことを察したのか、綾は黙って頷く。 いちおうは全員元に戻ったみたいだし、とりあえず、俺もシャワーを浴びるとするか。考えるのはそれからだ。 ――大門の部屋 夕方 みんながシャワーを浴びた後、冴子たちが俺の部屋を片づける。そして、朝食兼昼食を夕方近い時間に食べ終えてから綾が俺の部屋に来る。 「申し訳ありません、大門様」 部屋に入ってくると、まずそう言って項垂れる綾。 「いや、別におまえは何も悪くはないさ。とりあえず、全員もとに戻ったんだからな」 そう、とりあえず今は、何事もなかったかのように平静を取り戻している。しかし、こんな事を仕掛けている以上、何かあるのは間違いない。 それにしても……。 「綾、あの時おまえは、俺のを見ていると、どうしようもなくいやらしい気分になったと言っていたな?」 「は、はい」 あの時のことを思い出したのか、顔を赤らめて綾は頷く。 「それが、あの女の細工だとも言っていたが。綾、知っているか?魔界の道具や術で操作を受けた者には、プロテクトがかかって、他の者の操作は受けつけなくなるんだ」 しかし、あいつは、倭文はそのプロテクトを解く方法を知っている。だから、それが絶対とは言えないが、あいつの手下までがそれができるかどうかはわからない。 「ええ。だから、おそらく、大門様は媒体にされたのだと思います」 「媒体?」 「私たちは、みんな大門様の下僕です。ですから、大門様を通じた操作は受け入れやすくなっているはずです。あの女は、それを利用して大門様の体に細工を施したのではないでしょうか。大門様を通じて操作を受け入れる形になれば、私たちはその影響を受けずにはいられなくなるはずです」 「なるほど」 それであの女は俺に。 でも、ただハーレムの宴をさせるためにそんな事をしたわけじゃないだろう。こういう事をした以上、さらに仕掛けをしているはずだ、特に、幸と薫には。しかし、それがなんだか見当もつかない。 「綾、おまえ自身は、何か変わったことは感じないか?」 「はい、さっき、自分の体をくまなくチェックしてみましたが、何も変わったことは見つかりませんでしたし、魔力的なものを埋め込まれた形跡もありませんでした」 「そうか。それで、幸と薫は?」 「はい、怪しまれないように、簡単に調べただけですが、表向きは変わったことは見られません。ただ」 「ただ?」 「私が大門様を背負っているときや、大門様が眠っているときには、私はあんな仕掛けがあったなんて気づきませんでした。おそらく、大門様が目覚めたら発動する仕組みになっていたのでしょう。だから、奥様や薫さんにも、何らかのきっかけで、もしくは遠隔操作で発動する仕掛けが施されている可能性はあります」 「そうか。それにしても、どうして幸と薫だけ?」 「さあ、それは私にもわかりません。奥様と薫さんにだけ共通する何かがあるのか、それとも、何をしたいのかはわかりませんが、ふたり必要だったとかいう理由で、単に順番の問題で奥様と薫さんになってしまったのか」 「ふーむ、幸と薫にだけ共通するものか?」 「本当にすみません、大門様。私がもっとしっかりしていれば……」 「だから、おまえは悪くないって言ったろ」 「しかし」 「おまえたちを守るのは俺の責任だ。だから、俺たちを守れなかったことに、おまえが責任を感じることはない。そう自分ばかり責めるな」 「はい」 それでもなお浮かない表情の綾。 その時。 「ご主人様!大変です!」 かなり慌てた様子で梨央が部屋に飛び込んでくる。 「どうした、梨央?」 「奥様と薫さんがっ、急に家から出て行ってしまいましたっ」 「なんだと!?」 綾が、ハッとした表情で俺の方を見る。 「さっき、急に様子がおかしくなって、なんか、遠くを見るような目をして動かなくなったかと思ったらいきなり。今、冴子さんが追いかけています!どうしましょう、ご主人様?」 「決まってる、追いかけるぞ!」 「はいっ」 俺が部屋を飛び出すと、綾と梨央も後に続く。 「梨央、どっちだ?」 「えーと、こっちのはずですけど」 俺たちが家から出て、幸達を追いかけようとしても、もうその姿は見えない。 その時、俺の携帯が鳴った。 「冴子か!?今どこだっ?」 「駅の方に向かっています!奥様も薫ちゃんもすごい駆け足でっ」 「駅の方だなっ!わかった、すぐそっちに向かうっ」 俺は、電話を切ると全力で走り出す。 「あっ、大門様っ」 「やっ、梨央を置いていかないでくださいようっ」 すぐ後ろから綾が、少し遅れて梨央がついてくる。 「あっ、旦那様!こちらです!」 「冴子っ、ふたりは!?」 「少し前に、この公園の中に入っていきました」 そこは、綾と初めて会ったあの公園。 「これは!?」 公園の中に入ったとき、俺は、魔力の膜のようなものを突き抜けたのを感じた。 「綾っ!」 「はいっ、私も感じました。おそらく、結界に入り込んだんだと思います!」 「油断するなよ、綾。ここからは何があるかわからないからな」 「はい!」 俺は、周囲に注意を払いながら、幸と薫の姿を探す。 結界が張ってあるのだから当然だが、まだ日も暮れたばかりだというのに、俺たちの他には人の気配がしない。 「あっ!」 俺は、広場の方に、幸たちの姿を見つけた。 「おいっ、幸!薫!」 「あ、武彦さん!私どうしてこんな所に?」 「局長、私ったら、いつの間に?」 「待ってろ。すぐそっちに行く!」 向こうでも俺の姿を認め、戸惑った表情でこっちを見る幸たちに俺が駆け寄ろうとしたとき。 「うわっ!」 「え?きゃあああああっ!」 幸たちと俺との間に立ちはだかったもの。 20、いや、30体は超しているだろうか。中級悪魔と、下等な妖魔の群れ。この間のバティンのような化け物はいないが、この数はやっかいだ。 「いやあああっ!武彦さん!」 「きょ、局長!」 突然姿を現した異形の者を目にして、幸と薫が悲鳴を上げる。 「旦那様っ!これはいったい!?」 「いやっ、こんなこと!こ、これはきっと夢ですよね、ご主人様!?」 混乱した様子の冴子と梨央。当たり前だ、こんなの、とても普通の人間に理解できる状況じゃない。 「くそっ!綾っ、冴子と梨央を頼む!」 「はい!」 綾にひとこと声をかけると、俺は魔力の弾を作り、目の前に立つ悪魔にぶつける。 「どけえええっ!」 「グゲッ」 魔力弾をくらって、悪魔の体が吹っ飛ぶ。 しかし、その穴を塞ぐかのように、すぐに別の悪魔が立ちはだかる。 「このっ!邪魔をするな!」 俺は、次々と魔力弾を作っては悪魔どもにぶつけていく。 「ゲッ」 「ガハッ」 しかし、吹き飛ばす端から別の悪魔が新たに割って入ってくる。それに、一度倒れた悪魔もすぐに立ち上がってくるので、俺と幸たちとの距離はいっこうに縮まらない。 くそ、人間相手ならともかく、悪魔相手では魔力弾だけでは分が悪いか。 俺は、綾たちの方をちらっと窺う。 なんとか持ちこたえてはいるが、10体を越える悪魔に囲まれ、冴子と梨央を庇いながらでは、綾もだいぶ苦戦しているようだ。 特殊警棒を構えている綾は、肩で大きく息をしていた。 もし、あの力が使えたなら、一気に片を付けることができるんだが、こんな大事なときに限って力が発動しそうな気配が感じられない。 仕方ないな。 俺は、魔力弾を圧縮し、薄く三日月状にしていく。 魔力弾そのものを飛ばすよりも消耗は激しくなるが、これなら。 「ギャアッ」 魔力の刃をまともに受けた一体の悪魔が、真っ二つになって消滅する。 よしっ、これならいける! 「グエッ」 もう一体の悪魔に、俺は魔力の刃を飛ばして消滅させる。 人間相手には危険すぎて使えないが、こいつら相手には丁度いい。俺の魔力が大きくなっているのも、この際好都合だ。 「ひああああ!」 突然、辺りを切り裂くような鋭い悲鳴が聞こえた。あれは、幸の声!? 「なっ!」 幸たちの方を見た俺は、思わず言葉を失う。 いつの間に現れたのか、そこにいたのは、ヒキガエルのような外見をした一体の巨大な悪魔。 その大きくふくらんだ腹にめり込むように、幸と薫の体がはまり込み、顔だけが出ている。 「み、幸!薫!」 俺は、一体、また一体と目の前の悪魔を倒して、幸たちに近づこうとする。 「グガッ」 「きゃああああ!」 「ゲゲッ」 「くううううううっ!」 なにっ、これは!? 俺が、悪魔を一体倒すたびに、ふたりの顔が苦痛に歪んでないか? 「ギャッ」 「くああああっ!」 やっぱり! ……そうか、人質ということか。 俺が目の前の悪魔を倒すと、幸たちを捕らえているあの巨大悪魔が、ふたりに苦痛を与えるということなのだろう。 ふたりを苦しめたくなかったら、俺におとなしくしていろというのか。 俺には、どうすることもできないのか? 仮にあの力が発動したとしても、力をコントロールし切れていない今の俺では、幸たちを守りながらあのデカブツを消すなんてことはできないだろう。 いったい、どうすれば? 「くっ!ぐわっ!」 動きの止まった俺に、悪魔どもが襲いかかってきて、俺は咄嗟に腕で防御する。 「くそっ!ぐふっ!」 一斉に攻撃を受け、堪らず俺は膝をつく。 このままじゃまずい! 俺は、両腕でガードを固めながら、綾たちの方を見る。 綾の方も、服はあちこち切り裂かれ、ところどころ血が滲んで、だいぶ苦しそうだった。 悪魔を何体か減らしてはいるが、それでもまだ10体近い数の敵に囲まれている。 その時。 正面の敵の攻撃を特殊警棒で受けとめた綾の背後から、別の悪魔の放った魔力弾が襲いかかる。 「綾ーッ!」 「げほっ!」 魔力弾をまともに受けて、綾の両膝が折れる。両手を地面について、這うような姿勢になった綾の口許から、ポタリ、と血が滴り落ちる。 「綾ちゃん!」 「あ、綾さんっ!」 綾の名を叫ぶ冴子と梨央の顔からはすっかり血の気が失せ、ふたりとも足がガクガクと震えている。 だめだ。このままでは全員やられてしまう。なら、せめてあの3人だけでも。 「もういい、綾っ!おまえは冴子と梨央を連れてここから逃げろ!」 俺は、精一杯声を張り上げて、綾に向かって叫ぶ。俺の声が届いたのか、綾の体がビクッと震えたような気がした。 「逃げる、私が?大門様や奥様、薫さんを見捨てて?」 片膝を立て、特殊警棒をついてゆっくりと立ち上がろうとしていた綾の表情が歪む。 「そんなこと……」 俯いたまま、ふらり、と綾が立ち上がる。 「そんなことっ!私にはできない!」 顔を上げて、綾がそう叫んだ瞬間。綾の体が光に包まれ、その周囲の空気が渦を巻いた。 綾の体を中心にして、風が砂塵や落ち葉を巻き上げていく。 「あ、綾!?」 徐々に、綾を包んでいた光と風が頭の方から収まっていき、目を閉じて立っている綾の姿が、少しずつ見えるようになる。 一見、その姿には、変化があるようには見えない。家を飛び出したときのままのメイド服は、悪魔どもの攻撃を受けて切り裂かれ、ボロボロになっている。 しかし、完全に光が収まり、全身を現した綾を見て俺は思わず息を呑む。 綾の手に握られていたのは、いつもの特殊警棒ではなく、一振りの大剣。綾は、胸の前で剣の柄を掴み、静かに目を閉じたまま、大剣を地面に突き立てていた。 日の暮れた公園の中で、綾の体がかすかな光りに包まれている感じがして、風を受けてなびいている綾のその銀髪は、いつにも増して光り輝いているように見える。穏やかな表情ながら、犯しがたいほどに神々しい雰囲気を漂わせる綾の姿は、とてもこの世の人間とは思えない。 天使。 あれで綾に翼が生えていたら、天使そのものだと俺は思った。 「私の愛する人たちを、これ以上おまえたち悪魔のいいようにさせはしない」 静かに、しかし、周囲を圧するほどに力強く言い放つと、綾は閉じていた目を開く。 その瞳は、闘志と怒り、そして強い意志の力を宿し、射殺すように鋭い視線を悪魔どもに向ける。 その威圧感にひるんだのか、綾の周囲を取り囲んでいた悪魔が後ずさる。 「もうっ、もう私の大切な人が目の前でいなくなるのなんて見たくないのよっ!」 そう叫ぶと、綾の体が一回転し、その体格には不釣り合いなほどに大きな剣を、まるで重さなど無いかのように一閃させる。 すると、綾を取り囲んでいた悪魔たちは瞬時にして消滅していた。 綾は、間髪おかずに地面を強く蹴ると、飛ぶようにしてこちらに向かってくる。 「大門様っ!」 凄まじい速さで駆けてきた綾が、瞬く間に数体の悪魔を切り伏せる。綾が剣を振るたびに、吹き飛ばされそうなほどの剣風が巻き起こる。 これが…これが綾の力なのか? もともとスピードはあったが、今までとは桁が違う。もしかしたら、この間のバティンよりも速いかもしれない。 茫然として見ているうちに、俺を取り囲んでいた悪魔を全て切り払うと、綾は幸たちの方に向かっていく。 「グエッ」 あまりに一瞬の出来事に何もできないでいた巨大悪魔が、ようやく我に返ったかのように、自分が捕らえている幸と薫の頭に手を伸ばしていく。 しかし、綾のスピードは、巨大悪魔のそれをはるかに凌駕していた。 「よくもっ、奥様と薫さんをっ!くらえっ!」 気合いとともに大剣を一閃すると、幸たちを捕らえていた巨大悪魔の首が飛ぶ。 「グエエエエエッ!」 気味の悪い叫び声とともに、巨大悪魔の体が消滅していく。 「奥様!薫さん!」 巨大悪魔の体が完全に消え去り、戒めを解かれて地面に投げ出された幸と薫を綾が抱え起こす。 冴子と梨央も、慌てて幸たちの方に駆け寄っていく。 綾のやつ、あれ程の力を秘めていたとは。 中級悪魔と、使い魔程度の妖魔だけとはいえ、20体を越える悪魔をあっという間に。 あんなの、とてもじゃないが人間にできる戦い方じゃない。あれを目にして、綾をただの元傭兵だと信じる奴がいるわけがない。 ただ、あれはきっと、簡単に人前で見せてはいけない姿なのだろう。それでも、綾は俺たちの目の前でそれをやって見せた。 その姿に、俺は綾の覚悟を見たと思った。 ――バサッ。 綾たちの方を眺めて突っ立ったまま、そんなことを考えていた俺の耳に、何かが羽ばたくような音が聞こえた。 まさかっ、上にも!? 上を見上げた俺の目に、20体ほどの悪魔がいるのが見えた。 まだあんなにいやがったのか! しかも、その中の一体が、今まさに魔力を槍のような形にして投げようとしていた。 奴が狙っているのは、綾だ! 「上だっ、綾!避けろ!」 俺は、綾に向かって力一杯叫ぶ。 「え?」 幸たちを助けて気が緩んでいたのか、綾の反応が少し遅れる。 だめだっ、間に合わない! 「危ないっ、綾ちゃん!」 その瞬間、綾の体を突き飛ばしたのは冴子だった。 その冴子の肩に、魔力の槍が突き刺さる。 「なっ、さ、冴子!」 「ああああああっ!」 「「冴子さん!」」 悲鳴をあげた冴子が倒れると、幸たちも叫んで冴子のもとに駆け寄る。 冴子の肩に刺さっていた魔力の槍は消滅したが、かえって、その傷口から血が噴き出してくる。 「くっ、なんてことをっ」 一瞬茫然としていたが、ようやく目の前で起きたことを理解した俺のはらわたが煮えくり返ってくる。 かみしめた唇から、鉄臭い味がじわっと滲んでくる。 「きっ、貴様らあああぁっ!」 そう叫んだ瞬間、俺の心の中で何かが完全に砕け散った。 「くそおおおおおっ!」 雄叫びをあげる俺の体から、凄まじい量の魔力がオーラになって噴き出す。 それは、今まで何度も感じた感覚。しかし、今までのような頭痛は全く感じない。今はもう、この魔力の奔流を遮るものは何もない。 俺から噴き出していく大量の魔力は、帯のような形になって、空中に浮かぶ悪魔どもに向かって伸びていく。 「よくもっ!よくもおおおおっ!」 俺が、怒りにまかせて突き出した右手を払うと、その動きに合わせて魔力の帯が悪魔どもを薙ぎ払う。 20体はいた悪魔を、俺は一回薙いだだけで全て消滅させる。 「はあっ、はあっ」 興奮の収まらない俺の周りに、噴き出した魔力がまとわりつくように漂っている。 これまでのような脱力感や、気が遠くなるような感じはしない。 なんだか、魔力が無限に湧き上がってくるような感覚。 「そうだっ、冴子は!?」 見れば、綾が自分の服を裂いて冴子の止血をしようとしていた。 俺は、みんなのいる方に駆けていく。 しかし、俺がもっとしっかりしていれば、冴子はこんなことにはならなかったはずだ。 俺は走りながら唇を噛む。 悄然と頭を垂れた俺の周りから、急速に魔力のオーラが消えていったことに俺は気がつかなかった。
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