悪魔の流儀

〜堕天使たちの挽歌〜


 

 

第9話 後編


 ……早くっ!大門様のところに!
 夜の街を走りながら、私は携帯を取り出す。
 それは昨日、大門様から渡されたもの。
 私は、携帯を操作し、GPSで大門様のいる場所を探す。

「なによっ!結構遠いじゃない!」

 GPSの示す場所は、私たちの家のある住宅街からかなり離れた、駅の向こうの繁華街のあたり。
 でも、急がないと!私が大門様を助けなければ!



* * *




 ――その頃、某ホテルの一室

「うはあんっ、あんっ、イイわよッ!」
「あっ、はあっ、ヒマリ様!」
「あああっ、きてっ!またきてちょうだいっ、大門くん!」
「はいっ!ヒマリ様!くうっ、ああああっ!」
 ヒマリ様の中に射精するのは、もう何度目になるだろうか。

「んあああっ、イイっ、イイわよっ、んんんっ、はぁ、なかなかいいじゃないの、大門くん。後森はあんなこと言ってたけど、私は気に入ったわよ」
 ご…もり?それもどこかで聞いたような?ああでも、今の俺には関係ないことだ。
「うふん、まだまだできるわね、大門くん」
「はい、もちろんです。ヒマリ様」
 ヒマリ様のおかげで、俺のモノは何度射精しても萎えることなく、ギンギンに勃ち続けるようになっている。
 これで、俺はずっとヒマリ様を悦ばせてあげることができる。

「じゃあ、今度は後ろからきてちょうだい」
「はい、ヒマリ様」
 俺は、背後からヒマリ様の体を抱え込み、勃ちっぱなしのモノを挿し込む。
「んくうっ、くはあっ、ああっ、大きいっ、大きくてっ、それに、なんて固いのっ!まだ固くなるなんてっ。これはっ、想像以上だわっ」
「褒めていただいてありがとうございます。しかし、これもヒマリ様のおかげです」
 そう、こうして、俺のモノが大きくて固い状態を保っていられるのもヒマリ様がそうしてくれたからだ。
「んはあっ、どうやら、仕込みは上々のようねっ。倭文様の命令さえなければっ、あなたを私のオモチャにしてあげてもいいんだけどっ」
 仕込み?何の仕込みだろう?いや、余計なことは考えなくていい。俺は、ただヒマリ様を悦ばせることだけを考えたらいいんだ。
「俺はもう、ヒマリ様のオモチャみたいなものですよ。俺は、ヒマリ様を悦ばせるためのマシーンなんですから」
「んんっ、はあっ、ふっ、可愛いことをいうじゃないの。いいわ、別に、倭文様は、仕込みが終わったらすぐ戻れとはいってなかったし。もうちょっとあなたで遊んでいてもいいかしらね。んんんっ」
「どうぞ、俺でたっぷりと遊んで下さい」
「あああっ!そ、そこよっ。もっとっ、もっと奥まできてちょうだいっ」
「は、はいっ、ヒマリ様っ」
 ヒマリ様の命令だ。俺は、ヒマリ様の腰をおさえ、深々と突き挿していく。
「あくうっ、ああっ、ズンズンと頭の奥まで響くみたいっ。いいわよっ、大門くん」
 俺のひと突きごとにヒマリ様が、その金髪を振り乱して喘ぐ。
「くああっ、ヒマリ様!」
 俺に突き上げられながらヒマリ様が登りつめていいくほどに、俺の快感も高まっていく。
「んんっ!大門くんもイキそうなのねっ。いいわよっ、きてっ、大門くんっ。んっ、んはああああっ!」
 ヒマリ様に言われるまま、俺はまたヒマリ様の中に精を放つ。ヒマリ様は、背後から抱きかかえられた格好のままで、俺の方に体を反らせて俺の精を受けとめる。

「ん、はあぁ、すごいわ、大門くん。ん、ちゅ」
 大きく喘ぎながら、ヒマリ様が俺の唇に吸いついてくる。
「でも、まだまだこんなものじゃないわよね、大門くん」
 ヒマリ様が、俺の目を見て妖しく微笑む。その笑顔を見ていると、俺は何も考えられなくなっていく。
「じゃあ、もう一度よ、大門くん」
「はい、ヒマリ様のご命令とあらば何度でも」
 そう答えると、俺はまたヒマリ様の体に被さり、その豊満な胸を吸う。そう、俺の全てはヒマリ様のものだ。俺は、ヒマリ様の命令に従うだけの存在。
「んっ、くっ、そうよっ、大門くんっ。あなたは私に従っていればいいのっ」
 部屋の中に再びヒマリ様の艶めかしい声が響いていく。
「まあ、もう少しの間だけだけど」
 ヒマリ様がぼそりとなにか仰ったが、俺には聞き取れなかった。



* * *




 Side:綾 ホテル街の一角。

「近いっ。この辺りねっ!」

 ここは、盛り場から少しはずれた場所にあるホテル街。GPSは、大門様の携帯がこの近くにあることを示している。
 こんな時間にメイド姿で走る私を、道行く人が怪訝そうに見ているけど、今はそんなことに構っていられない。

 ヒマリ・リリス。
 私の情報だと、それは、あの男、倭文の幹部のひとりで、人を操る能力に長けた悪魔。
 そんなのが出てくるなんて!

「え?これはっ!?」

 携帯を頼りに、ホテル街の路地を駆けていた私は、一瞬、強い魔力を感じたような気がした。

「さっきの感じ、たしかこっちの方ね」
 私は、魔力を感じた方向に向かって行く。
 この先は何があるかわからない。感覚を研ぎ澄ませ、私は慎重に歩みを進める。

「間違いない、ここだわ」
 私は、一軒のホテルの前で足を止める。その上の方から、強い魔力が漂ってくる。
 その魔力の持ち主がこの中にいるのは間違いない。そして、おそらくそこに大門様も。

 私は、意を決してホテルの中に入っていく。



* * *




「んはあっ、ホントに凄いわっ、あなたっ。はんっ、あんっ、はあぁっ」
 ヒマリ様の体を抱きかかえて腰を動かしながら、俺は、ヒマリ様の胸を揉み、体を舐め回す。
「くうっ、ひっ、ヒマリ様の中もっ、とても気持ちいいですっ」
 ベッドの上で絡み合う俺とヒマリ様の影が、薄暗い部屋の壁に映って淫らに動いている。
「んっ、いい子ねっ。んはあっ、さあっ、またちょうだいっ、大門くんの熱くて濃いのをっ」
「はい、ヒマリ様っ」
 また、俺のモノがヒマリ様の中で弾ける。
「んんんっ、来てるっ、熱いのがまたっ、ああっ、すごいいいいいっ」
 ヒマリ様の体がブルブル震えて俺の精液を搾り取っていく。

「はぁはぁ、困ったわね、やればやるほどまたしたくなって、あなたを手放すのが惜しくなるじゃない」
 俺を手放す?ヒマリ様は何を仰っているんだ?
「何を仰るんですか。俺は、ずっとヒマリ様の側でお仕えする身ですよ」
「うふふ、私もそうしたいんだけど、そうはいかないのよね」
「どういうことですか、ヒマリ様?」
 俺が、首を傾げてヒマリ様に尋ねたその時。

 ――バタンッ!
 大きな音と共に部屋のドアが開けられる。

 俺がドアの方を見ると、銀色の髪のメイドが、息を弾ませて立っていた。

「だ、大門様っ!」
 部屋の中に飛び込んできた少女が、裸で抱き合った俺とヒマリ様の姿を見て叫び声をあげる。
 誰だ?彼女はなぜ俺の名前を知っているんだ?
「大門様?あら、どうやらあなたの下僕みたいね、大門くん」
「俺の、下僕?」
「あらら、自分の下僕のことがわからないの?冷たいご主人様ね。まあ、そうさせたのは私だけど」
 俺が、ご主人様?違う。俺はヒマリ様を悦ばせるためのセックスマシーンだ。
「まあいいわ。じゃあ、あの子を捕まえてくれるかしら、大門くん?」
「かしこまりました、ヒマリ様」
 俺は、ヒマリ様に命じられるまま、彼女を捕まえにかかる。

「ヒマリ様って、そんなっ、大門様!しっかりしてくださいっ!」
 銀髪のメイドが、俺に向かってなにやら叫ぶ。その目は驚いたように見開かれ、唇は小刻みに震えている。
「大門様!大門様はあの女に操られているんです!どうかっ、どうか正気に戻って下さい!」
 何を言ってるんだ?俺は正気だ、操られてなんかいない。
「私のことがわからないんですかっ?」
 ああ、おまえのことなんか知らない。
 それにしても、なんてすばしっこい奴なんだ。うまく捕まえられないじゃないか。
「あらあら、また逃げられちゃった。なにしてるの大門くん?そんな子、さっさと捕まえちゃいなさい」
「はい、ヒマリ様」
「大門様っ!」
 捕まえようとして手を伸ばすと、少女は飛び退いて避ける。

「ほら、また逃げられた〜。それにしても、裸で鬼ごっこなんて、大門くんもエッチね〜」
「あなたっ!あなたが大門様をこんな風にっ!」
「あらあら〜、元気なお嬢さんね〜。でも、よそ見をしてると捕まっちゃうわよ〜」
「くっ!」
 もう少しで捕まえられそうだったのに、少女は体を開いてかわす。く、こんなに狭い部屋の中なのに、相手がちょこまかと動き回ってなかなか捉えられない。
「ほらほら〜、頑張りなさい、大門くん。早くその子を捕まえたら、またあなたの相手をしてあげるわよ〜」
「はい、ヒマリ様」
「大門様っ!?」
 くそっ、また逃げられた。なんて素早い動きだ。小刻みにステップを切り替え、体を入れ替えてかわし続ける少女を、俺はうまくつかまえることができない。
「これはなかなか、そうやって、おちんちんをギンギンに勃てて女の子を追いかけているのって、端から見てると完全に変態ね、大門くん。私、恥ずかしくて見ていられないわ〜」
「許さないっ!あなただけは絶対に許さないから!」
「おやおや、許さなかったらいったいどうするというのかしら?言うことだけは一人前ね、お嬢ちゃん。そういうことを言うくらいなら、自分のご主人様をどうにかしてあげたらどうなの?」
「そっ、そんなことあなたに言われなくても!大門様っ!」

 少女が、正面に立って俺を見据える。なんて力強い、そして、哀しげな目をしているんだ、こいつは。
 しかし、この瞳、どこかで見たような気が……。

「思い出して下さいっ、大門様!大門様は、あの男に操られていた私を助けてくれたじゃないですかっ」
「なっ!?」

 今、一瞬俺の頭の中に浮かんできた光景。
 廃ビルの中のらしい、コンクリート打ちっ放しの場所で泣きじゃくっている銀髪のメイド。
 それは、今、俺の目の前にいる少女だ。
 なぜだ?なぜ俺はそんなことを知っているんだ?

「どうしたの?手が止まっているわよ、大門くん」
 ヒマリ様の声で俺は我に返る。そうだ、この少女を捕まえなければ。
 しかし、俺はなにか大切なことを忘れているような?

「大門様っ。大門様は私たちを守ってくれると仰ったじゃないですか。私だけじゃなくて、奥様や、薫さんや、冴子さんや、梨央ちゃんのことを守るって仰ってくれたじゃないですか!」
 どうしてだ?この少女の口から出てきた名前を聞いただけで、なんでこんなに胸が苦しくなるんだ?

「思い出して下さい。お願いします、大門様」
 目に涙をいっぱいに溜めて、哀願するように俺に呼びかける少女。
 ひと筋、そしてもうひと筋と、その頬を涙が伝う。


「あ…や?」
 なんてこった、もうつらい思いをさせないって言ったはずなのに、俺はまた下僕を泣かせちまったじゃないか。


 ん?
 なんだ、今のは?何で俺はそんなことを考えた?俺には下僕はいない。俺はヒマリ様の下僕だ。
 それに、アヤって?この少女のことか?
「大門様?」
「くっ、俺は?ヒマリ様!?」
「大門様っ!?もしかしたら、今ならっ」
 銀髪の少女が体を沈ませ、俺の視界から一瞬その姿が消える。
「失礼しますっ、大門様!」
 素早い身のこなしで俺の懐に潜り込んできた少女が、俺の胸に掌底を当ててくる。
「なっ!ぐああああっ!」
 少女の掌が俺の胸に当たった、その瞬間。なにかが俺の体の中に流れ込んできて、体中を駆けめぐる。
 なにか、もの凄い熱量を持ったものが、体中の神経を伝って行くような感覚。やがて、それが頭の中に駆け上がってきて、俺の頭の中が真っ白にスパークする。

「少しだけ、我慢して下さい。大門様」

 気を失う瞬間、少女の囁く声が聞こえたような気がした。



* * *




「生身で私とやり合うなんて、あなた、いったい何者なのっ、お嬢ちゃん?」

 ん、何か周りが騒がしいな。いったいなんなんだ?

「んん。ええっ、なっ?」
 俺が目を開けると、激しく渡り合う、銀髪と金髪の女の姿が目に飛び込んできた。

 あれは?
 綾と、ヒマリさん!?
 なんで綾がこんな所にいるんだ?それに、ヒマリさんのあの姿、何で裸なんだよ!?つうか、よく見たら俺も裸じゃないか!

「綾、どうしておまえが?それに、この状況はいったい?」
「大門様?良かった!気がつかれたんですねっ!」
「な?どうして正気に戻ってるのよ!?さては、あなたね?いったいどうやって!?」
 俺が声をかけると、ふたりの視線が一瞬こっちを向く。
「綾、何でおまえがヒマリさんとやりあっているんだ?それに、なんでヒマリさんは裸なんだよ?」
「説明は後ですっ、大門様!」
「そうね、あなたの相手はまた後でゆっくりしてあげるわ、大門くん。だから、もう少しの間そこでじっとしていてちょうだいね」

 そう言うと、ヒマリさんは俺に向かって右手を向ける。
「危ない!大門様!」
 綾が、俺を庇おうとこっちに向かってくる。しかし、その右手からは何も出てこない。
「え?きゃああっ」
 その代わり、いつの間にか長く伸びていたヒマリさんの金髪が、綾の体を絡め取っていた。

「あ、綾っ!」
「はははははっ、甘い甘い!こんなちゃちなフェイントに引っ掛かるなんて、とんだ甘ちゃんね、お嬢ちゃん」
「くううっ、こんなもの!」
「ダメダメ、私の髪は、ちょっとやそっとの力じゃ切れないわよ〜」
 長く伸びた金髪が、綾の四肢を縛り上げて、綾の体ごと空中に持ち上げる。その周囲を、残りの髪が、まるで金色の蛇かなにかのように動き回っている。 

「ヒマリさん!あんた、人間じゃないな!」
 たしか、今日はアメリカの会社から人が来るはずだったんだ。いかにも怪しい会社だったんで、注意していたつもりだったのに。それが、何でこんなことに?
「あら、気づくのが遅いわね。まあ、あなたには、会った瞬間に術をかけたからそれも仕方ないわね」
「なんだと?」
 そうだ、朝、会社で紹介されて…それから後のことはあまり覚えていない。
「さてと、後で使うからあなたの下僕たちには手を出すなって倭文様に言われているんだけどね」
 ヒマリの口から出てきたのは、かつて、俺が魔界にいた頃の部下の名前。
「しっ、倭文だとっ!?」
「あら、それも言ったはずなんだけど。まあ、もちろん覚えてはいないでしょうけど」
「なんで倭文が俺を狙うんだ?もしかして、バティンを差し向けたのもあいつなのか!?」
「さあ、どうかしら?それよりも、あなたの下僕の心配をした方がいいんじゃない?」

 綾の足首を縛る髪が動いて、両足を大きく広げる格好にさせていく。
「なっ!くうっ!や、やめなさいったら!」
「あーら、私に命令できる立場だと思ってるの、お嬢ちゃん?」
 意志を持った生き物のように、ヒマリの髪が綾のスカートの中に潜り込む。
「なっ!いやあああっ」
「まだまだ、お楽しみはこんなものじゃないわよ」
 金髪がさらに、胸元の辺りから服の中に忍び込んでいき、残りの髪が綾の首筋をワサワサとくすぐるように蠢く。
「いやっ!やめてええええっ!」
 綾は、首を激しく振って逃れようとするが、柔らかい髪の毛の束が相手では、うまく振りほどくことができない。
「綾っ!くそっ、やめろぉっ!」
「あなたは動かない方がいいわよ、大門くん、このお嬢ちゃんがどうなってもいいのならね」
「なんだと!?」

 綾の首筋あたりをくすぐっていた髪が、次第に綾の首に巻き付いていく。
「くううっ!」
 首を締めつけられていく苦痛に、綾の表情が歪む。
「綾ーッ!」
 ヒマリの髪は、綾の首を絞めながらも、陵辱を止めない。
「首を絞められながらやるのって、天にも昇るくらい気持ちいいっていうけど、本当かしら、お嬢ちゃん?」
「ぐっ、がはっ、がああああっ!」
「はははっ!いい声出すじゃないの!どう?泣いて許しを請うなら、許してあげてもいいわよ?」
「ぐううっ!だ、誰がっ!」
「あら、そう。じゃあ許してあげない。倭文様の命令に背くことになるけど、まあ、他にも下僕がいるみたいだし、ひとりくらい潰しちゃっていいわよね」
 綾の首に巻き付く髪の量をヒマリが少しずつ増やしていく。
「貴様っ、やめろおおおっ!」

「待って!に、逃げて下さいっ、だ、大門様!」
「なんだと!?」
 ヒマリに向かって行こうとした俺を、綾が止める。
「わ、私は、だ、大丈夫ですから!どうかっ、大門様は逃げてっ!くうっ!」!
 苦しげに息をしながら綾が叫ぶ。どこが大丈夫なんだよっ!全然そうは見えねえじゃないか!
「あらあら、健気ねぇ。そういう子は嫌いじゃないわよ。もっといじめたくなっちゃうから」
「ぐああああああっ」
 首を絞められたまま、綾の縛られた四肢が引っ張られていく。
 その喉から、かすれた叫びが上がる。
「くくく、ホントにいい声。そうねえ、お嬢ちゃん。あなた、私のオモチャにならない?私の前に跪いて、どうかヒマリ様のオモチャにして下さいって言ったら、考えないこともなくてよ」
「いや、だ!わたし、は、もう、大門様、以外の、誰かのモノに、なりたく、ないっ!」
 苦痛に顔を歪めながらも、ヒマリを拒絶する綾。首を絞められて顔が赤く染まっていき、反対に、その唇は、酸欠のために真っ青になっている。
「そう、残念だわ。それじゃあ、あなたの命が尽きるまでの短い間に、もう少し苦しむ声を聞かせてちょうだい」

「くそっ!今助けるぞ、綾っ!」
 どのみちあいつは綾をやる気じゃないか!そんなの黙って見ていられるか!
「だめ、ですっ、大門さまっ、は、はやくっ、逃げてっ!」 
 もう、声を出すのもきついだろうというのに、綾が大声で俺を止める。
「あらあら、麗しい主従愛ねぇ!でも、そういうの見ると、ますます壊したくなるのよねぇ」
「があっ!ぐはああっ!」
「綾ーッ!」

 苦しんでいる綾の姿を見る俺の中に、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
 俺の言いつけにも関わらず、助けに来ただけならまだしも、自分を犠牲にして俺を逃がそうとしている綾に対する怒り。その綾を、俺の目の前でいたぶっているヒマリに対する怒り。それを命じたと思われる倭文に対する怒り。そして何より、注意していたにもかかわらず、あっさりと相手の罠にはまってしまった俺自身に対する怒りが。

「バカなこと言ってるんじゃねえっ!」
 そう叫んで立ち上がった俺を、頭痛が襲う。
「ぐっ」
 またこれだ。心の中でなにかが割れていく感覚。しかし、今回のは、そんな生やさしいものじゃない。なにか、破片のような物が剥がれ落ちていくような……。
 それに、心なしか、これまでよりも頭痛が軽い気がする。
 それよりも、この感覚と頭痛が俺を襲うということは、きっと、あの力を使えるようになるということだ。

「え?これはっ?」
 顔を押さえて、心の中でなにか砕ける感覚に耐えていた俺が目を開くと、俺の全身から、白っぽいオーラのようなものが溢れ出していた。
 俺の体から噴き出し、周囲に漂っているオーラ。どうやら、あのバティンを吹き飛ばした魔力と同じもので構成されているみたいだ。

「は…やく、にげ…て、く…だ…さい」
 綾の声がどんどん弱々しくなっていく。それでも、俺に逃げろって言うのか!?

「ふざけるなぁっ!おまえたちを守るのが俺の務めだと、そう俺は言っただろうが!」

 吼えるように俺が叫んだ瞬間、俺の体から大量のオーラが噴き出す。
 それが次第にまとまって帯のような形を成していき、うねりながら、綾を縛り上げているヒマリに殺到する。

「ひっ!」
「うくっ!かはっ!」
 綾に巻き付いていた金髪が解け、綾の体がベッドの上に落ち、綾が短く呻く。
 そしてヒマリは、咄嗟に髪を盾のようにして防ごうとする。
「なっ!」
 しかし、魔力の帯は、簡単にその盾を突き破った。
「なんですって!これがっ、倭文様の言っていた例の力なの!?」
 ヒマリが避けようとして後ずさるが、魔力の帯の方が一瞬早くヒマリの体を捉える。
 その、見方によっては白とも黒ともとれる魔力の帯は、ヒマリに巻き付くと、まるで実体でもあるかのようにその体を締め上げていく。
 どうやら、これは俺の感情や意志、例えば、今ならヒマリを攻撃するという意志に従って動くようだ。

「くうっ!もうこれ程までになっているなんて!は、はははははっ、いよいよその時が近いのねっ」
 しかし、俺の体から溢れ出る魔力の帯に締め付けられているというのに、ヒマリは面白そうに笑っている。
 その時だと?いったい何のことだ?
「それに、こんなことで力を解放するなんてっ、ふふっ、これは倭文様に報告しないと!」
 そう言うと、ヒマリは不敵に微笑み、フッと、その姿がかき消える。

「く、逃げられたか」
 攻撃対象を失った魔力の帯は、形を崩してまたオーラ状になり、しばらく俺の周りを漂っていたが、俺の怒りが収まるとともに、ゆっくりと消えていった。
 それにしても、こんな使い方もあったのか。
 エネルギー波にして飛ばすよりも、周囲を気にすることなく使えそうだが、逃げられてしまうのでは意味がない。もっと、一瞬で相手を縛り上げるようでないと。
 なんとなく、感覚をつかんだような気はするが、まだまだ思い通りに使いこなすというにはほど遠いみたいだな、この力は。
 それに、この力。いったいどういう力なのか、なぜ俺がこれを扱えるのか、全く見当もつかない。

「かはっ、ごほっごほっ、はあっ、げほっ」
 考え込んでいた俺は、綾のせき込む声で我に返る。
「大丈夫か、綾?」
「はぁはぁ、だ、大丈夫です、大門様」
 ベッドの上にへたり込んで、首筋をさすりながら答える綾の両手首と両足首は、締め付けられていたところが内出血して赤黒くなり、首にも絞められた跡がくっきりと残っていた。
「無茶をしやがって、このバカが。だいいち、俺を逃がすためにおまえが犠牲になって、それで俺が喜ぶとでも思ったのか?」
「も、申し訳ありません」
 一言それだけ答えて、項垂れる綾。
「でも、どうやらおまえに助けられたみたいだな。ありがとう、綾」
 俺は、座り込んだままの綾に近寄り、頭を撫でてやる。
「あ、大門様…」
 何があったかは覚えていないが、あの、ヒマリに何かされていた俺を助けてくれたのは綾に違いない。
「どうだ、動けるか?」
「はい。もうだいぶ楽になりました。本当にもう大丈夫です」
「そうか」
 もう一度大きく深呼吸して、綾は立ち上がる。

「よし、みんなが心配してるだろうな。さあ、家に帰るぞ、綾。」
「はい、大門様」
 でも、とりあえず服を着ないとな。
 そう思って、自分の服を拾い上げようとした俺の視界が、グニャリとねじ曲がる。
「大門様!どうされたんですか!?大門様!大門様!」

 綾が俺の名前を叫ぶ声が、まるで、はるか遠くで聞こえるようだ。

「大門様!?しっかりしてください、大門様!」

 遠のいていく意識の中、俺は、綾が俺の名前を呼びなら体を揺さぶるのを感じていた。

 
 


 

 

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