悪魔の流儀

〜堕天使たちの挽歌〜


 

 

第8話


Side:綾 大門の寝室 水曜日 早朝

 ん、誰?誰かいるの?
 薄笑いを浮かべて私の方を見ている男。あれはっ、あの男は、シトリー!
 私から、部隊のみんなを、そして、姉さまを奪い去った悪魔!
「貴様あああぁっ!」
 私は、剣を構えると、シトリーの方に駆け出す。
 しかし、シトリーは、悠然として薄笑いを浮かべたままだ。
「このおぉっ、隊長の!みんなの!仇いぃッ!」
 その、ふてぶてしいまでの態度に私は激昂して、剣を前に突き出し、勢いをつけてシトリーに向かっていく。
「なっ!?」
 私が、自分の体を相手にぶつけるようにして突きかかったその時。
 シトリーと私の間に割って入ったのは、銀色の髪の…。
「ねっ、姉さまっ?」
 私の剣は、シトリーをかばうように私の前に立ちはだかった姉さまの体を貫いていた。
 姉さまの胸に突き刺さった私の剣。そこから溢れる血が刃を伝い、私の手元にポタポタと垂れる。
「あ、アーヤ…」
 口許からも血を流しながら、姉さまが慈愛に満ちた目を私に向ける。ああ、姉さまのその眼差し、昔と変わらない。
「ね、姉さま、もしかして…」
 姉さまが戻ってきた。私の知っている姉さまが。でも、でも、私の剣は、姉さまを…。
「ふふ」
 その時、姉さまの口の端が醜く歪み、薄笑いを浮かべた。それは、あの男、シトリーと同じ薄ら笑い。
「姉さまっ?きゃッ!」
 危険を感じて、とっさに後ずさった私の脇腹に灼けるような感覚が走る。
 姉さまの手に握られている剣に付いているのは、私の血。あと少し反応が遅れていたら、私は姉さまに殺されていた。
「なっ、姉さま!どうして!?」
 私の傷口からはドクドクと血が流れ、気を失いそうなくらいの激痛が私の体中を駆けめぐる。
 しかし、私の声に姉さまは答えることなく。
「ねっ、姉さまっ!」
 気味の悪い薄笑いを浮かべながら、ゆっくりと姉さまの体が崩れ落ちていく。




「はっ!」
 私が目を開くと、そこは大門様のベッドの上。
 あれは、夢。でも、どうしてあの時の夢を?何でいまさら姉さまの、そして、あの男の夢なんか。
 私が、大門様のモノになってしまったから?
 私は、すぐ横にある、私のご主人様の寝顔を見る。そう、私は、昨日この人のモノになった。私のご主人様、大門様のモノに。
 かつて、姉さまがあの男のモノになったように。 
「ご主人様…」
 でも、この人は、あの男とは違う。あの男が姉さまにしたようなことを、私のご主人様は決してしない。
 大門様は、私たちをきっと守ってくれる。たぶん、自分の命に代えてでも。
「ん、なんだ、起きていたのか、綾?」
 私が、じっと寝顔を見つめていると、大門様の目がゆっくりと開く。
「はい」
 大門様が、穏やかな眼差しで私を見ている。それだけで、私の心がほぐれていく。
 この人は、決して自分の下僕を使い捨てるようなことはしない。私たちの想いを決して裏切らない。そして、私たちみんなに暖かい愛情を注いでくれる。
 でも、だからこそ、私は思う。
「あの、ご主人様」
「ん、なんだ?」
 何もせずに、ただ守られているなんて私にはできない。まして、大門様の命と引き替えに自分が生き残るなんて、絶対に嫌だ。
「私も、ご主人様のお役に立たせてください。もし、昨日みたいなことがまたあったら、私にも戦わせてください」
「だめだ」
 私の提案は、にべもなく大門様に却下される。
「で、でも!」
「あいつらの力は生半可なもんじゃない。お前の本当の力がどれほどのものかは俺は知らないが、簡単に倒せる奴らじゃない」
「そんなことはわかっています!しかしっ」
「それに、おまえたちを守るのは、俺の義務だ」
「そんな。ご主人様」
「まあ、そう心配するな、綾。昨日、あいつを倒した力をおまえも見ただろう?あれがあるから俺は大丈夫だって」
 そう、昨日、あの悪魔を一撃で消し去った大門様の力。…ああ、でも、あの力は。
「でも」
「ダメだと言ったらダメだ。ご主人様の言うことが聞けないのか?」
「…わかりました」
「すまないな、綾。おまえの好意を無駄にして。しかし、これも俺なりのケジメなんだ」
 少し表情を曇らせてそう言うと、大門様は私の目を見つめる。真っ直ぐな、迷いのない眼差しで。
「はい」
 そう、大門様はこういう人だ。だから、私たちは、みんなこの人に惹かれている。
 でも…でも、だからこそ、何かあったときには、私の力で大門様を守りたい。
 それに、もともと、私の任務はこの人の監視。
 人間界でこの人が人間に害をなさないか、そして、魔界から、この人の力を狙う者が来ないか、それを近くで見張るのが私の本来の役目。
 今の大門様は、人間に害をなすようなことは絶対にしない。それは確信を持って言える。ならば、大門様の側でお仕えして、大門様を守るのは、私の任務とほぼ重なる。
「なに深刻な顔してるんだ、綾。まあ、そう心配すんなって、俺はこれでもしぶといからな」
「あ、ご主人様…」
 大門様が、穏やかな笑みを浮かべて私の頭を軽く撫でる。
「ところで、綾」
「なんでしょうか?」
「ちょっと、幸を呼んできてくれるか?」




*  *  *




 Side:大門 大門の寝室 水曜日 AM8:42

 その朝、俺はベッドから起きあがることができなかった。
 それはそうだろう。昨日の晩の俺は、バティンの奴にボコボコにされてほぼ全身打撲状態。その上、バティンを消し去ったときに魔力をほとんど使い果たし、でもって、その後に綾を抱いたときたもんだ。
 すでに、体力、気力、魔力すべてが底をつきかけた状態だ。さっき、綾の前ではカッコつけてみたが、これで立ち上がれる方がどうかしている。
 とはいえ、全身あざだらけではあるが、まあ、骨が折れてるわけでもないから、怪我の方は起きあがれない程度でもない。綾を抱いたのも、普段やってることを考えたら軽いもんだ。つまり、俺が動けないのは、魔力を使い果たしたのが大きな原因だろう。
 とりあえず、とてもじゃないが会社には行けそうにないので、幸の方から、あいつの兄貴に直接電話させている。まあ、今日は特に重要な案件はないから問題はないだろう。



 俺の部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「おう、入ってこい」
 浮かない顔で入ってきたのは幸だ。
 昨日、俺が綾に支えられて家に帰ってきたときの俺のボロボロ具合ときたら、幸がすぐに救急車を呼ぼうとしたくらいだ。
 それで、とりあえず綾とふたりだけにしてくれ、と俺が言ってもなかなか聞き入れない幸と冴子を、俺の言うとおりにした方がいいと説得してくれたのは薫だった。
 それに、いつもなら一番大騒ぎをする梨央が、おとなしく薫の言うことを聞いたものだから、幸と冴子も渋々ながら従ってくれた。まあ、薫と梨央は、一昨日、あの現場にいたから、綾のことを優先させたい俺の気持ちを理解してくれたんだとは思う。
 だが、幸の中には、納得しきれない部分があるのもたしかだろう。
「大丈夫ですか、武彦さん?」
「ああ、この程度、一日休めば動けるようになる」
 まあ、実際、一日も休めば魔力もだいぶ回復するに違いない。
「今、会社にも電話を入れておきました。兄さんも、急がないから、ゆっくりと休んだらいいと言っていました」
「ああ、すまない。ところで、薫は?」
「事務的な連絡と、取りに行く書類があるとかで、会社に」
「で、綾は?」
「綾ちゃんなら、朝から冴子さんや梨央ちゃんを手伝っていますよ。もうすっかりいつもの綾ちゃんに戻ったみたいですよ」
「そうか」
「綾ちゃんが元気になってよかったですね、武彦さん」
「ああ、そうだな」
 幸たちには、いつかの時のように暴漢に襲われた綾を、俺がかばったと説明している。本来の綾の戦闘力を考えると、俺が綾をかばうというのもおかしな話だが、昨日の綾の様子をみんな知っているのでなんとかごまかすことができた。実際、昨日の綾の状態では、相手がただの人間だったとしてもまともに戦えなかっただろう。
 そんなわけだから、俺がこんな事になったのは綾のせいだと思ってもおかしくはない。しかし、幸はそんな素振りも見せないし、綾を責めるようなことも言わない。

 俺は、本当に下僕に恵まれているな。

「あの、武彦さん」
「ん、なんだ?」
「あまり危ないことはしないで下さいね」
「ああ、わかってる」
 もとより、俺も危ないことをしようと思ったわけじゃない。そもそも、あんな化けもんが襲ってくるなんてのは想定外だ。俺はただ、綾とふたりで話をするため、ちょっと散歩に出ただけのつもりだったんだが。
 しかし、魔界の状況がどうなっているのかわからない以上、またああいうことがないとは言い切れない。というか、あんなのに何度も襲われたら、命がいくつあっても足りやしない。
「武彦さんにもしものことがあったら、私」
「大丈夫だ、幸。俺はおまえらを悲しませることはしない」
「……はい」
 幸たちにも、いずれ、本当のことを話した方がいいのかもしれない。俺の秘密を全部知っているのは綾だけだ。ただ、ちゃんとしたかたちでは話をしていないが、おそらく薫は、俺のしてきたことについて多少は気づいているだろう。
 誠意、という言葉が当てはまるのかどうかはわからない。なにしろ、幸たちを操って、俺のことを好きにさせたのは言い逃れのしようがない事実だし、それを解除しない限り、俺が何を話しても幸たちは受け入れるだろう、ということはわかっている。しかし、それでも俺が何者で、何をしてきたのか、それを全て話すべきなのではないか。昨日の綾を見ていると、そうも思える。
「心配かけてすまないな、幸」
「そんなこと。いいんですよ、武彦さん。私の方こそ、出すぎたことを言ってしまって」
 夜の、ベッドの上での積極的な態度とは反対に、普段は控えめで落ち着いた女主人として振る舞っている幸。その幸が、昨日はあれほど取り乱したんだから、傷ついた俺の姿がよほどショックだったんだろう。
「気にするな。俺の方こそ、おまえのおかげでずいぶん助かってる」
「そんな、武彦さん。……ゆっくり休んで、早く体を治して下さい」
 そう言って、部屋を出ていく幸。あいつ、今泣いてなかったか?
 うちの連中は、揃いも揃ってできたやつだ。それだけに、こいつらにとって良い主人でいるってのも大変だよな。




 幸が出て行った後、俺はベッドに横になる。しかしまあ、ただ寝てるってのも退屈なもんだな。
 俺は、時間を持て余してテレビのスイッチを入れる。すると、朝の情報番組が映し出される。

「……昨日の夕方、上空に向かって伸びていく閃光を多数の人が目撃しました。専門家の話によりますと、この現象は……」

 うん、テレビを見るのはやめにしよう。精神衛生上よろしくない。

 すみませんすみません、その犯人はワタクシめでございますっ。
 いや、そもそも、正直に言ったからって、頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。あれは普通の人間ができる芸当じゃない。だいたい、専門家って、あんなのいったい何の専門家が説明するんだよ。そんなことできるんなら俺が聞きたいくらいだ。
 それにしても、街に被害が出なくてよかった。いや、ホント。
 あの閃光自体は見られていたみたいだが、あれが出る現場を近くで目撃した者がいないのも幸いだ。まあ、おそらく、周囲に結界のような細工がしてあったんだろうが。
 だいたい、ありゃなんだ?やった俺自身わけがわからない。上級悪魔を一撃で消し去るだと?そもそも、そんなマネ、中級悪魔の俺にできるわけがない。


 ん?
 また、ノックの音がした。

「誰だ?鍵はかけてないぞ」
 ゆっくりと開いたドアの隙間から、銀色の髪がのぞく。そして、おずおずと顔を出したのは、綾だった。
 こいつも、幸に負けず劣らず浮かない顔をしている。
「どうした?入ってこい」
 俺に促されて、ようやく部屋に入ってきたメイド姿の綾。もちろん、あいつに着せられていたものではなくて、うち仕様の丈のあるメイド服だ。
「あの、ご主人様…」
「ん、どうした、綾?」
「やっぱり、私のせいでこんなことに」
「あー、別に、怪我自体は大したことはない。ちょっと痛むが、動けないほどじゃない」
「でも」
「まあ、おまえには俺のこと全部ぶっちゃけたから正直に言うが、昨日あいつを消し飛ばしたときのあれで魔力を使い果たしてな。それで動けないってのがホントのところだ」
「じゃあ、やっぱり、私のせいで!私を守ろうとしたから、ご主人様は!?」
「だから、それも昨日言ったろうが。あいつが狙ってたのは俺だ。おまえが悪いわけじゃない。だから、そう自分を責めるな。だいいち、このくらい、一日ゆっくり休めば回復する」
「ご主人様…」
 俺がそう言っても、綾の表情は晴れない。

「それよりも、綾。ちょっとこっちへ来い」
「なんですか?」
 俺の枕元に寄ってきた綾の方に俺は手を伸ばし、顎をクイ、とつまみ上げる。
「どうだ、俺のモノになった気分は?」
「え?あ、あの、それはっ」
 顔を真っ赤に染めてうろたえる綾。
「冗談だ。真面目に答えなくてもいい」
「もう、意地が悪いです、ご主人様」
 そう言うと、綾は照れたように笑う。その笑顔が、俺の問いへの答えになっているような気がした。
「うん、まあ、冗談はおいといてだな。これは確認だが、昨日言ったとおり、おまえが話したくなければ、おまえのことは俺に話さなくてもいいし、空いた時間は自由に行動しても構わない。ただ、危ないマネだけはするな」
「はい」
「うん、いい返事だ。じゃあ、俺はもう一眠りするから、おまえも仕事に戻れ」
「わかりました」
 ペコリと頭を下げると、綾は部屋から出ていく。
 こいつの正体はわからないが、こんなところで俺の下僕なんかしてていいものなのか?と、我ながら余計な心配をしてしまう。
 ま、本人が幸せそうならそれでいいか。

 綾が出ていった後、俺は、ベッドに横になったまま、昨日のこと、そしてこれからのことについて思いを巡らす。
 まったく、単にアイテムを持っただけのただの人間ならまだしも、まさかあんなのが出てくるとはな。
 昨日俺たちを襲ったバティンの、感情のない虚ろな目が脳裏から離れない。上級悪魔相手に、俺はいつまで凌ぎきれるものだろうか?そもそも、魔界ではいったい今何が起きているんだ?
 だいいち、あのクラスの悪魔がこっちで本性を現したら、天界が黙っちゃいないはずだ。しかし、昨日は、そんな動きは何もなかった。以前から目撃されていたのがバティンだったとすると、奴はかなり前からこっちにいたはずなのに。天界はいったいなにをやっているんだよ。
 ん?ひょっとして綾が?いや待てよ、仮に綾が天界の者だったとしても、ひとりだけか?上級悪魔が人間界に出てくる状況で、天界から遣わされたのがたったひとりだけってのは、いくらなんでも無茶だろ。しかも、肝心の綾はただの人間に洗脳されてたんだぞ?
 うう、考えれば考えるほどよくわからん状況だ。
 それに、わからないといえば、バティンを倒したあの力。本当にあれは俺の力なのか?
「ああ、もう、わけわかんねえよ」
 考えるのをあきらめて、俺は頭から布団を被る。今あれこれ考えても、混乱するだけだ。だいいち、情報が少なすぎる。
 とりあえず今できることは、体を休めて魔力を回復することだけだ。




 俺がもう一度目を覚ましたとき、部屋の中はもう暗くなりかけていた。
「ん、大丈夫だな」
 俺はベッドから降りて立ち上がる。まだ少しフラフラするが、動いても大丈夫そうだ。魔力も、完全回復にはほど遠いが、普通に動く程度なら問題はない。

「あ、武彦さん」
「ご主人様」
「局長…」
 俺が下に降りると、その場にいた全員が気遣わしげな視線を俺に向けてくる。
「旦那様、もう起きても大丈夫なんですか?」
 俺が席に着くと、冴子が俺の前に暖かいお茶を淹れたカップを置く。
「ああ、それよりも腹が減った。なにか食べるものはあるか、冴子?」
 よく考えたら、あんなこんなで昨日の晩飯も食いそびれたから、ほぼ丸一日何も食っていないことになる。俺の体は、傷が治るのも体力が回復するのも普通の人間よりは早いはずだが、魔力の回復との並行ではさすがに消費するエネルギーもバカにならない。さっきから、俺の腹はペコペコだ。
「もちろん、用意してありますよ。消化が良くて栄養があるものをと思って、ブイヨンでお野菜を煮込んだスープです。梨央ちゃん、これを旦那様のところに持っていってくれるかしら」
「はい!さあ、ご主人様どうぞ。スプーンもこっちに」
「お、サンキュ」
 梨央がスープの入った椀を俺の前に置く。スプーンを受け取ると、俺はスープを一口啜る。
「うん、旨い」
 胃の腑にしみる、とはこういうのを言うんだろう。本当に旨い。
「ふう。冴子、おかわり」
 俺は、あっという間にスープを平らげると、冴子に椀を差し出す。
「急にそんなに食べて大丈夫ですか、武彦さん?」
「いいんだいいんだ、食欲があるときは、たっぷり食べた方が回復も早いってもんだ」
 俺は、椀を持った手で冴子を促す。
「はい、かしこまりました、旦那様」
 冴子が笑顔で椀を受け取り、スープを入れる。
「はふ、ずっ、うん、ホントに旨い」
 汗をかきながらスープを啜る俺を、幸も、薫も、冴子も梨央も、そして綾も、みんな笑みを浮かべて眺めている。

 俺の守りたいもの、そして、守らなければならないもの全てが、今、ここにある。

「ふう」
 3杯のスープを平らげ、ようやく俺は一息つく。

「ところで、薫。会社の方でなんか変わったことは?」
「いえ、特には。あ、そういえば、これは、来週のスケジュールですが」
 と、薫が差し出した書類に俺は目を通す。

「ん?こんな予定あったか?」
 俺の目にとまったのは、来週の木曜日に、アメリカの企業から新たな契約の下交渉に来るという予定。いや、こんな予定はこの間まで無かったはずだ。
「はい、私も記憶にありません。急遽入ったものでしょうか?」
 いや、海外の企業との交渉なら、普通はもっと早い時期にわかるもんだが。
 それに、この相手の会社の名前。マステマ・シティ・エンタープライズ?
 聞いたことない名前だな。いや、新しくうちと契約を結びたい会社からのアポなんてよくあることだ。そんなのいちいち気にもしていられない。
 しかし、なんだ?この嫌な予感は?
 そうか、この会社の頭文字、あそこと一緒だ。ひょっとして、魔界がらみの?
 いや、まさかな。
 単なる偶然の一致だろう。だいいち、頭文字が一緒なだけなら、アメリカの企業にはそんなのいくらでもあるだろう。
「どうしました、局長?」
「いや、なんでもない。急な話だったんで、ちょっと気になっただけだ。まあ、気のせいだろう。それにしても、この分なら明日は仕事に行けそうだな」
「大丈夫ですか?」
「ああ、もう大丈夫だ。この程度なら問題はない。貧乏性だからな、俺は。動けるのに休むのはサボってるみたいで落ち着かないんだ、ハハハハ」
 まだ、不安げな視線を俺に向けてくるみんなを安心させるように、俺はことさら明るく振る舞う。こいつらを幸せにするためなら何だってしてやる。いつも通り元気に振る舞うことで、みんなが元気になるのなら、みんなの前では痛いとかしんどいとか言いたくない。俺の中に芽生えたその気持ち、それは、覚悟といってもよかった。




 その晩。

「体の方は本当に大丈夫なんですか?」
 ベッドの中で、まだ不安そうな顔で聞いてくる幸。
「大丈夫だって、何なら、これから俺とやるか?」
「いえ、今日は。武彦さんの体に障るといけませんから」
 いつもならこっちが閉口するくらいに自分の方から求めてくる幸が、俺の体を慮っている。
「俺ならもう大丈夫だぞ」
「いや、やっぱり今日は。でも、あの、武彦さん?」
「なんだ、幸?」
「少しの間、抱きしめていてくれませんか?」
「あ、ああ」
 俺は、幸の華奢な体を抱きしめてやる。俺の腕に、幸の体がかすかに震えているのが伝わってくる。
「幸、不安な思いをさせて本当にすまない」
「大丈夫です。武彦さんにこうしてもらっていると、心が安らぎます」
 それは、昨日、俺と腕を組みながら綾が言っていたのと同じセリフ。
 
 それなら、せめてこれくらいは。
 幸の背後に回した右手の先から、俺は赤い糸を出してみる。うん、もうこれが出せるくらいには魔力が回復しているな。
 俺が幸の体の中に糸を忍び込ませ、俺に強く抱きしめられると快感に感じるように思念を送る。昔、この糸を何度も受けているから、幸の体は、このくらい緩く繋いだだけで反応するだろう。

「あっ」
 案の定、幸の体がビクン、と跳ねる。 
 俺は、続けて思念を送り、体を密着させればさせるほど快感が強まるようにさせていく。
「ひゃんっ」
 幸が短い叫び声をあげて、ギュッと俺の体を抱きしめてくる。
「んっ、あああああっ!」
 しかし、それでより体が密着したため、俺に抱きついたまま快感に身をよじる幸。
「どうした、幸?」
「んん、はぁ、武彦さんに抱きしめてもらうと、はんっ、とても、あっ、気持ち良くて」
 わかっていて俺がわざと尋ねると、幸は荒く呼吸しながら囁くように答える。その合間に、暗い部屋の中でも幸の蕩けた表情がわかるほどに甘ったるい喘ぎが混じっているのを俺は感じた。
「そうか、それなら、もっときつく抱きしめてやる」
「ああっ、んんんっ、たっ、武彦さんっ、はああっ」
 幸を強く抱きしめてやると、俺の腕の中で、線の細い体がビクビクと震えるのがわかる。
「んくうっ、ああっ、武彦さんにっ、抱きしめてもらうだけでっ、こんなにっ、あっ、気持ちイイっ」
 俺の体に巻き付けた腕に力を込め、快感に体を仰け反らせる幸。しかし、その体勢だと、かえって下半身を俺の方にすりつける形になってしまう。
「あああっ、すっ、すごく気持ちイイっ、あっ、たっ、武彦さんっ、んくうっ、はあっ、ああああああっ!ん、はあぁ」
 体を反らせたまま、快感にビクビク震えていた幸の体から力が抜けた。
「んん、ふあぁ」

「なんだ、幸、抱きしめただけでイったのか?」
「ん、はいぃ」
 俺が耳元で囁くと、幸の、蕩けた声の返事が帰ってくる。幸のこんな可愛らしい声は久しぶりに聞いた気がするな。
「普段は落ち着いた奥様ぶりがすっかり板に付いてるけど、やっぱり、おまえもまだまだ25歳の女の子だな。可愛らしいぞ、幸」
「ん、もう、武彦さんのばか」
 幸が、俺の頭に腕を回し、少し拗ねたように囁き返す。
「いいんじゃないのか、ふたりだけの時くらい年相応の女の子になっても。ほら」
「あっ、ふあっ」
 寝間着の上から、形の整った胸に手を当てると、幸の口から甘い吐息が漏れる。
「んふっ、あはぁっ」
 糸を使って、幸の胸の感度を上げていくと、ただ胸に手を当てているだけなのに幸の吐息がどんどんせつなげになってくる。
「あっ、きゃうんっ、ひああっ」
 服の上からでもそれとわかるくらいに固くなった乳首を指で弾くと、幸の声が一気に跳ね上がった。
「んんっ、はぁはぁ、あっ、武彦さんっ」
 俺の耳元に、せつなげに喘ぐ幸の熱い吐息がかかる。
「どうした、幸?」
「今日のわたしっ、なんかっ、変ですっ」
 ああ、それはわかってる。
「こうやって、武彦さんに抱きしめてもらって、胸を触られるだけで、すごくっ、気持ちイイんですっ」
 それはそうだろう。だって、俺がそういう風になるようにしているんだから。
「変じゃないさ」
「あっ、んんっ、えっ?」
「好きな相手と体を触れ合ってるんだから、気持ち良くて当然だろう?」
「あ、武彦さん?」
「こうして抱き合ってるだけで、俺もいい気持ちだ」
 俺はそう言うと、糸を出している右手で幸を抱きしめてやる。
「んふうっ、あああっ、嬉しい、武彦さんっ」
 さっき送った思念がまだ効いているので、抱きしめられた快感に幸は悶える。微かな光の中で、幸の目に涙が光った気がした。
 その涙は、体を重ねる快感と幸福感のもたらしたもの。でも、きっとそれだけじゃない。
 そう、それは、体を重ね合うだけではなく、心を重ね合うからこそ得られるもの。
 その証拠に、幸の快感を操っているはずの俺の方も、心地よい幸福感に満たされている。
「だから幸。もっと気持ち良くなっていいんだ」
 俺が、寝間着の中に手を入れて幸の乳房をつかむ。
「んくうっ、ああっ、そんなっ、武彦さんっ」
「まるで初めての女の子みたいだな、幸」
「いやあっ、そんなことっ、でもっ、ふわあっ、本当にっ、なんか変なんですぅっ、ひゃんっ」
 幸の胸をつかんだまま指先で乳首をつまむと、幸の体が跳ねる。
「んああっ、たっ、武彦さんっ、はううっ」
 幸が両足で俺の足を挟み込み、股間を俺のふとももにこすり付けるように動かす。幸の体がビクビク震えだし、俺は、幸がまたイキそうなのを悟る。
「イキそうなのか、幸。何回イってもいいんだぞ」
 俺も幸に足を絡ませて下半身を擦り合わせ、胸を強く揉む。
「くはああああっ、んんんんんっ、武彦さんっ、ひあああああああっ!」
 幸の足が俺の体をがっしりと挟み込み、首を仰向かせて幸は絶頂に達する。

「はあっ、はあぁ、ん、武彦さん、ん、ちゅ」
 荒く息をする幸に、俺は軽くキスをする。いつもの、濃厚なくちづけではなく、初めての恋人同士がするような、優しくて軽いキス。
「なぁ、幸、やっぱり俺のが欲しいんじゃないのか?」
「ん、はい、本当はとても。でも、やっぱり今日は、武彦さんの体に障るといけませんし。だから、今日は我慢します。」
 蕩けた声で、喘ぎ喘ぎながらも、きっぱりと幸は断る。
「俺はもう大丈夫だぞ」
「んん、でも、私、武彦さんのことが心配で。だから、だから」
 完全に俺の負けだな。俺の手でいやらしい体にされ、完全に欲情しているはずなのに、幸は俺の体を気遣ってくる。
 しかし、だからこそ、幸がそれほどまでに俺のことを想い、心配してくれることが嬉しかった。

「わかったよ、幸。俺の負けだ」
 そう言うと、俺は幸の股間に手を滑り込ませ、アソコを指先でなぞる。
「ん、武彦さん?きゃああっ、たっ、武彦さんっ、なにをっ?ひゃうんっ」
「なにって、挿れてやる代わりだ」
「やっ、でもっ、そこはダメですっ」
「ダメっつうても、こんなにぐっしょり濡らしてるじゃないか」
「いやっ、それはっ、んんっ」
「まあ、いつもは俺が気持ちよくしてもらってるからな。今日は、俺がおまえを気持ちよくしてやる」
 俺は、幸のアソコの中に指を突き入れる。
「かはあああっ、そっ、それはっ!たっ、武彦さんっ」
「今夜は、おまえが気持ちよくなる為だけに、そうだな、俺がおまえに奉仕してやる」
「そっ、そんなっ、んくううううっ、きゃああっ」
 俺が幸のアソコの中をかき混ぜてやると、幸は、戸惑いながらも甲高い嬌声をあげる。
「ほら、これなんかはどうだ?」
 俺は、すぐにそれとわかるほどにコリコリに勃った幸の肉芽をつまむ。
「ひゃっ、ひゃあああっ、あくうっ、んんんっ」
 俺にしがみつき、幸が体を反らす。
「どうだ?気持ちいいか、幸?」
「ふあんっ、はっ、はいっ、気持ちイイですっ。武彦さんの指がっ、私の中でっ、くんんっ、動きまわってっ」
「じゃあ、もっと気持ちよくしてやる」
「はあっ、わたしっ、もう2回もイってるのにっ、ああっ、武彦さんにこんなにしてもらって、わたしっ、いまっ、とっても幸せですっ」
 昨日の薫や綾とのやりとりでわかったこと。それは、操作されてそうなったものであっても、俺と一緒にいることが、こいつらにとっても幸せなのだということ。
 なら、こいつらを幸せにするために、俺はこの力を使おう。
 俺は、糸を使って幸の感度をどんどん高めていく。
「あ゛あ゛っ、ひああああっ」
 俺に抱きついたままの幸の体がビクンビクンと跳ねる。
「どうだっ、幸?」 
「あふゅ、ふぁいっ、きもひイイれすぅっ」
 もう2回絶頂させられた上に、さらに登りつめようとしている幸の返事は、完全に呂律が回っていない。
「幸、いつでもイっていいんだぞっ」
 俺は、指を幸の奥深く突っ込んでかき混ぜる。
「ひいぃあぁっ、らめっ、わらしっ、もうイキますっ、んくっ、ふああああああああっ!」
 俺に抱きついている幸の腕に、ギュッと力が入り、幸は体をガクガク震わせる。
「んっ、んんっ、はぁはぁ、ん、ああ、はあぁ……」
 数回体を震わせた後、クタッと力が抜けて、幸は意識を失う。
「幸…」
 俺の胸の中で気を失っている幸の体を、俺は優しく抱きしめる。
 腕の中で、幸の体がピクンと震えたような気がした。

 
 


 

 

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