悪魔の流儀

〜堕天使たちの挽歌〜


 

 



第6話


 大門邸  日曜日 PM6:20

「綾が帰ってこないって?」
「はい、買い物に行ったきり……」
 その日の夕方、俺は冴子から報告を受けた。買い物に出かけて、もうだいぶ経つのに、綾が帰ってこないというのだ。
「いったい、どうしたんでしょうか?」
 薫が、心配げな表情を俺に向けてくる。
「やっぱり、綾さんはここから出て行っちゃったんですか?」
 そう言う梨央の目は、今にも涙が溢れそうになっている。
「そんなことないわよ、梨央ちゃん。綾ちゃんは何も言わずにここから出ていくような子じゃないわ」
「そうだな」
 慰めるように、梨央の頭を優しく撫でる幸。その言葉に、俺も頷く。しかし……。
 今日の、俺とのやり取りのせいか?いや、それはないと信じたい。あのとき、綾はみんなのことが好きだと言った、今の生活が好きだとも。
 それに、時が来たら自分のことを俺に話すとも言っていた。俺は、あのときの綾の言葉を信じたい。
「また、何かゴタゴタに巻き込まれたのか?」
 俺は腕を組んだまま考え込む。
 綾がどこから何の目的で来たのかはわからないが、俺とのやり取りのせいで、あいつの立場が悪くなったのか?いや、あの時の綾の話し方からは、そんな雰囲気は感じなかった。
 それよりも、最近、俺たちのまわりでディー・フォンがらみの事件が続いているし、その手のトラブルに巻き込まれた可能性の方が高いか?なにしろ、初めて会ったときにディー・フォンを持った男に襲われていたようなやつだ。だいいち、綾のあの銀髪は目立ちすぎる。
「じゃあ、警察に知らせた方がいいんでしょうか?」
 気づけば、じっと考え込んでいる俺の顔を、幸がのぞき込んでいた。
「いや、綾の経歴を考えたら、それはやめておいた方がいいかもしれないな」
 というか、そもそも、うちの家族構成自体が、警察のやっかいになるには憚りがある。それに、綾の戦闘力を考えると、あいつをどうにかできる奴を日本の警察が相手にできるとはとても思えない。
「とりあえず、今日はもう少し待ってみて、もし、それでも綾が帰ってこなかったらだな。そうだな、明日、交渉が終わって、本社に報告を済ませたら、なるべく早く帰ってくる。それから綾を探そう」
「そう…ですね」
 幸が沈んだ表情で同意し、他のみんなも、黙りこくったまま頷く。家の中を、重苦しい空気が包み込んでいく。


 結局、その日、綾は帰ってこなかった。



* * *




 Side:綾  月曜日 PM1:15

「ん…あ?」
 私は目を覚ますと周りを見回す。もうお昼もだいぶ過ぎているわ。
 昨日は、あの後すぐにご主人様にたたき起こされた。そして、気を失ったペナルティーとして、夜遅くまでご主人様にご奉仕の練習をしたのだった。もちろん、それは私の望みでもあったのだけれど。
 私はまだ眠っているご主人様の方を見る。昨夜、そのまま寝てしまったので、私もご主人様も、裸のままだ。

「あ…」
 ご主人様の体を眺めていた私の視線は、腰のあたりで釘付けになった。ご主人様の…おちんちん、少し大きくなってる。
 私は、ご主人様の股間に顔を寄せ、クン、と匂いを嗅ぐ。ああ、ご主人様の匂いがする。
 そう思うと私は我慢ができなくなり、ご主人様のおちんちんを口に含む。
「ん…んふ…んむ…ん…」
 すると、ご主人様の匂いと味が、私の口の中に広がっていく。やっぱり、ご主人様のおちんちん、美味しい。今、この世で一番美味しいものは、と訊かれると、私は、ご主人様のおちんちんと答えるだろう。
「ん…んん…ちゅ…ふん…」
 あ、ご主人様のおちんちん、さっきより大きくなってる。私は、眠っていても、私の奉仕でご主人様のおちんちんが大きくなったことがすっかり嬉しくなり、夢中でしゃぶり続けた。
「んふ…んむ…ん…?」
 いま、ご主人様の体が、ビクッ、て動いたような?
 私が、ご主人様のおちんちんを口に含んだまま窺うと、首だけ上げて私の方を見ているご主人様と目が合う。
「あ、お、おはようございます、ご主人様」
 私は、慌てて口を離し、ご主人様に挨拶をする。
「うん、おはよう」
「あ、あの…」
「構わない、続けるんだ、アヤ」
「は、はい!」
 その言葉に、私は、もう一度ご主人様のおちんちんを口に含む。
「ちゅる…ん…んふ…くちゅ…じゅ…」
 しゃぶりながら、私は上目遣いにご主人様の顔を窺う。仰向けのご主人様の口が軽く開き、喘ぐ息が漏れている。ん、私の口の中で、ご主人様のおちんちんが、ビクン、と跳ね、どんどん大きくなってきた。
 ああ、ご主人様も感じていらっしゃる。
「ん…ふん…ん、ん、んむ、ちゅ」
 私の、ご主人様への奉仕に熱が入っていく。
「ふ…ん…ん…ん…じゅる…んんんっ」
 私の口の中は、もう、ご主人様の味と匂いでいっぱいだ。それだけで、私のアソコは、じん、と熱くなってくる。
「むむむっ…んふう…んむうっ!」
 ビクンッ、ビクビクッ、と、ご主人様のおちんちんの震えが激しくなってきて、私の口の中に、ご主人様の熱い精液が注がれる。
「んんんっ!むむーッ!……ッ!」
 私の喉に注がれる、熱くてドロドロの、ご主人様の精液。それを私は、こぼさないように全部受けとめる。私の口の中が、ご主人様の味と匂いで満たされていく。
「こくん…んん…はあぁ…ん、じゅるる…ちゅる」
 たっぷりそそぎ込まれた、ご主人様の熱い精液をゆっくりと飲み込むと、私は再びご主人様のおちんちんに口をつけて、きれいに掃除する。
「んふ…んっ!んんんんんっ!」
 たっぷりとご主人様を味わって、それだけで私は軽くイってしまう。

「よくできたぞ、アヤ」
 そのまま、ベッドの上にへたり込んでしまった私の頭を、起きあがったご主人様が撫でる。
「ん…ふあぁ…ご主人さまぁ」
 もう、私のアソコは、熱くなって、ドクンドクンと脈打っているのが自分でもわかる。
「なんだ、アヤ?」
「あ…あの…あっ!ひゃうんっ!ああうっ!」
 私が、ふとももをすり合わせてもじもじしていると、ご主人様が、私のアソコに指を突き入れてくる。クチュ、と音を立てて、ご主人様の指が私の中をかき混ぜ、私は、思わず甲高い声を上げる。 
「なんだ、こんなに濡らしてるじゃないか。さあ、こういうときはどう言うんだったっけな、アヤ?」
 あ、昨日練習した、あの言葉を言わなくっちゃ。
「ア、アヤのいやらしいドロドロのおま○こに、ご主人様のおちんちんを、ん、挿れてください」
 そう、昨日の夜、何度も練習したんだもの。ご主人様にしてもらうときは、こう言わなくちゃいけないって。
「うん、よく言った、アヤ。それじゃ、手をついて、あっちを向くんだ」
「は、はい」
 私は、ご主人様の言葉通りに、よつん這いになってご主人様の方にお尻を向けた。昨日、あれだけしてもらったというのに、私のアソコはご主人様に挿れてもらえる期待と喜びで、ピクピクと震えている。

「いくぞ、アヤ」
「お、お願いします、ご主人様…ん!あふううん!」
 ご主人様の手が私の腰に当てられて、太いものが私の中に挿し込まれる。まだ少し痛みを感じるけど、今はそれよりも快感と歓喜の方がはるかに大きい。
「あッ!はんッ!あんッ!あんッ!」
 ご主人様の腰が動き、私の体を貫くたびに、私の体は快感に打ち震えて、短い声が漏れる。
「んッ!はッ!はんッ!うんッ!」
 ご主人様が腰を打ち付けるたびに、パンッパンッパンッ、という乾いた音が響き、私の声とシンクロする。
 気づけば、私もご主人様に合わせて腰を前後に揺らしていた。
「どうしたんだ、アヤッ?ただ喘いでいるだけなのか?きっ、昨日練習したことができてないじゃないか。僕を喜ばせるには、んっ、どうしたらいいんだったかな?」
 ああ!嬉しさと快感のあまり忘れていたわ!ちゃ、ちゃんとご主人様を喜ばせないと!
「あッ!はんッ!ごッ!ご主人様のッ!おちんちんが!アヤのッ!おま○この奥を!ズンズン突いてッ!あんッ!気持ちッ!イイですッ!」
「んっ!いいぞ!アヤッ!その調子だ!」
「あんッ!は、はいいいッ!も、もっと、あっ、アヤを!無茶苦茶に!犯してください!はんッ!……ひゃあ!あふううんっ!」
 ご主人様の体が、私に覆いかぶさるような形になり、ご主人様の手が私の乳房をつかむ。
「あ!アヤのっ、おっぱいを!ご主人様の手がギュっと!ああ、気持ちイイですうッ!あふうッ!ひゃんッ!」
 ご主人様を喜ばせるため、感じたままを口にする私。それは、ご主人様のためなのに、でも、そうやって声に出していると、私もすごくいやらしい気持ちになって、どんどん気持ち良くなってきちゃう。
「もっと、アヤの!いやらしいおっぱいを!もっとグチャグチャに揉んでください!ああッ!あッ!あ゛ッ!あ゛ッ!あ゛ッ!」
 私の胸を揉みしだく体勢のまま、小刻みに腰を振るご主人様。それに合わせて短く喘ぐ私の意識が、ぼんやりとしてくる。快感で、頭の中が痺れるような、いつもの感覚。
「あ゛ッ!う゛ッ!ごひゅ!ひん、ひゃまの!おひん、ひんが!アヤの中で!おおひく!なっひぇ!あ゛ッ!あ゛ッ!あ゛ッ!」
 ご主人様が腰を振るスピードが早くなり、思うように息ができない。しかし、その息苦しさすら、今は快感に感じる。
「あ゛ッ!あ゛あ゛あ゛ッ!もう!アヤの中!ごひゅっひんひゃまで!いっぱいに!ひッ!あ゛う゛ッ!」
 ズンズンズン、と、小刻みに襲う快感に意識が飛ぶ。短い喘ぎ声の合間に、なんとか酸素を吸おうと、私の喉が、ヒュッ、と笛のような音をたてる。
「ひゃあッ!あ゛ッ!アヤは!も、もうらめれすッ!ご!ごひゅひんひゃま!は!はやぐっ!がッ!がッ!あ゛あ゛ッ!」
 ご主人様のおちんちんが、私の中でどんどん膨れ上がっていくのを感じる。全身を快感と幸福感で満たされていき、両腕で必死に体を支えながら、体をガクガクと揺らす私。
 そして、至福の瞬間が私に訪れる。
「あ゛ッ!あ゛ッ!あ゛ッ!はあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁッ!あ!あづいいいいぃっ!」
 ご主人様のおちんちんが、私の奥深く貫いて、私の中は熱いものに満たされていく。
「あ゛あ゛あ゛ッ!アヤのなひゃが、ごひゅひんひゃまのせーえぎでッ!いっぱいにッ!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーッ!……あッ!がッ!あくッ!」
 私の全身が歓喜にうち震えて、頭の中が真っ白になっていって…。
 私の体を支える両腕が、棒のように思いきり突っ張ったまま固まり、何かに引っぱられるように、頭が後ろに反りかえる。その体勢のまま体がこわばり、私のアソコだけがヒクヒクと痙攣して、ご主人様の精液を搾り取っていく。
「あ!あん!はあぁ……んん……」
 ご主人様の精液を全て受けとめると、今まガチガチに固まっていた腕の力が一気に抜けて、私の体が崩れ落ちる。

「ああぁ、ううぅん……はぁ、はぁ…」
「いつまでそうしているんだ、アヤ」
 私が、そのままベッドの上に伏せて喘いでいると、頭の上から、先にベッドを降りたご主人様の声が聞こえてきた。
「あ、ううん…ごしゅじんさま……」
 私は、まだぼんやりしたまま、ご主人様を見上げる。
「さっさと起きて服を着るんだ。ご飯を食べたら、狩りに出かけるよ」
 ご主人様は、そう言うと、ニッ、と笑った。




「ご主人様、狩りって、いったい何をするんですか?」
 リュックを背負って前を歩くご主人様に、私は質問する。狩りに行くってご主人様に言われて出てきたけれど、私には、これから何をするのか全然わからない。
「決まっているだろ、アヤ。下僕を狩りに行くんだよ」
「下僕…ですか?」
「そうだ、アヤ。新しい下僕をね」
 ご主人様が、私の方を向いて笑みを浮かべる。
 でも、でも……。
「ん?どうしたんだ、アヤ?」
 いやだ、そんなのって絶対にいや。ご主人様の下僕は私だけ。新しい下僕なんていらない。
「な、なんでもないです、ご主人様」
「なんだ、嫉妬してるのか?」
「え、いや、嫉妬だなんて、そんな」
「ふん、顔にそう書いてあるぞ、アヤ」
「あ、ご、ご主人様」
 まるで、ご主人様に心の中の不満を見透かされているみたい。このままだと、またご主人様に叱られてしまう。そう思って、私は顔を伏せる。
「いいか、よく考えてみるんだ。これから僕の下僕になる奴は、みんなおまえの後輩だ。言ってみれば、そいつらは、アヤ、おまえの下僕ということにももなるんだよ」
 ご主人様に叱られる、そう思っていたのに、ご主人様は私を叱らなかった。それどころか…え?今、ご主人様はなんて言ったの?
「アヤの、下僕?」
「そうだとも。おまえと僕とで、新しい下僕を一人前に教育してやるんだ、僕たちの思い通りにね。だから、そいつらはおまえの下僕でもある。どうだ、アヤ、ゾクゾクしないか?僕たちで好きなようにできる下僕が増えるんだから」
 私と、ご主人様が好きなようにできる下僕。それを、ご主人様と一緒に教育する…。
 私は、ご主人様とふたりで、新しい下僕を教育している様を想像してみた。ベッドの上で前と後ろから女の子を抱いている私とご主人様。もしかしたら、昨日の私みたいに痛がるかもしれない。でも、大丈夫、すぐに気持ち良くなるから。いや、ご主人様と私で、気持ち良くしてあげる。
 ああ、それは、ちょっとステキかもしれない。
「は、はい、ご主人様。アヤに、ご主人様が下僕を狩るのを、そして、新しい下僕を教育するのを手伝わせてください」
「ああ、そのためにおまえを連れてきているんだからな。もちろん、おまえのこともたっぷり可愛がってやるぞ、アヤ。なにしろ、おまえは僕の一番の下僕なんだからな」
 ご主人様の、一番の下僕。ああ、なんて甘美な響き。その言葉だけで、もう私のアソコは、じん、と熱くなってくる。
「さあ、わかったらさっさと狩りを始めるよ、アヤ」
「あ、はい!ご主人様」
 ご主人様の後を追いかけて歩き出した私のふともものあたりから、クチュ、と湿った音が聞こえた。



* * *




 Side:大門  月曜日 PM4:25 

 綾が買い物から帰ってこなかった、その翌日。
 その日、交渉後の報告をさっさと終わらせると、俺は、いつもより早めに薫の運転する車に乗り込む。
「準備はよろしいですか、局長」
「ああ、出してくれ、薫」
 今日はこれから、綾を探さなくてはならないのだが。しかし、探す、とは言っても何も手がかりはない。
「くそ、あいつにも早く携帯を持たせておくんだったな」
「え?何かおっしゃいましたか、局長?」
「あ、いや、何でもない」
 とりあえずは、うちからスーパーまでのルートの間で何か手がかりを探すとするか。

 その時。
 ――プルルル、プルルル。

 俺の携帯が鳴る。見ると、梨央からだ。
「なんだ、梨央?」
「た!助けてください!ご主人様!」
 俺が電話に出ると、梨央の切迫した声が聞こえてきた。
「なっ!?どうした!?梨央!」
「きゃあっ!や!やめて!綾さんっ!」
「なにっ!?綾がそこにいるのか!?」
「いやああっ!」
 電話の向こうから梨央の悲鳴が響く。
「おい!梨央!どうしたんだっ!?梨央ッ!梨央ッ!」
 携帯に向かって何度も梨央の名を呼ぶ。しかし、携帯からは、もう梨央の返事は聞こえてこなかった。
「なっ!くそっ!」
「局長!何があったんですかっ!?」
「梨央が危ない!それにっ!綾もいるみたいだ!」
「綾ちゃんが!?」
 俺は、急いで携帯を操作する。うちの連中に持つように言われ、全員が持つならという条件で買ったGPS付き携帯。まさか、本当にこれが役に立つときが来るとはな。
 梨央の携帯の反応は、ここかっ!
「薫ッ!次の角を左折だ!急ぐぞ!」
「はい!」
 薫が真剣な顔で頷く。俺は、グンッと車が加速したのを感じた。




「薫!ここで停めてくれ!」
「はい、局長!」
 俺たちが車を停めた場所。そこは、会社が倒産して、建設途中のままうち捨てられたビル。
「あれは!」
 車を降りて、柵の向こうを覗きこんだ俺が見つけた物。ビルの入り口近くに落ちている、あれは、梨央の携帯。
「くそっ!」
「あっ!局長!」
 俺は、柵の隙間から潜り込み、ビルの中に駆け込む。
 まだ日も暮れてないというのに、ビルの中は薄暗く、コンクリートの打ちっ放しの空間に、俺の靴の音だけが響く。どこだ?梨央はどこにいるんだ?

「いやーッ!離して!綾さんっ!」

 奥の方から、甲高い悲鳴が響く。これは!?梨央の声だ!
「あっちか!?」
 声のした方に駆けていき、そこで俺が見たもの、それは。

「くそ!なんで!なんで!効かないんだよ?こいつ!こいつ!」
 コンクリートがむき出しのだだっ広い場所、わずかに外の光が洩れ入る中で、梨央の体に何かカードのような物を押しつけている男。あいつは!?この間の、リュックを背負った赤縁眼鏡の不審な男!!

 そして、梨央を羽交い締めにしているのは、メイド姿の…綾!

 な、なんて格好で外に出しやがる!ただでさえ、綾の銀髪は目立つってのに!しかも、なんだよ!その露出の大きなメイド服は!しかも、梨央を!よりにもよって綾に梨央を襲わせるだと!?
 俺の中に、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。

「こんのおぉ!野郎がああぁ!」

 眼鏡野郎に駆け寄りながら、俺は右手に魔力の弾を作り出す。
 なっ!この大きさは?この間までは、オレンジほどの大きさが精一杯だった俺の弾が、倍くらいに大きくなっている!
 しかし、今はそんなのは関係ねぇ!俺は、ようやくこっちに気づいた眼鏡野郎に向けて魔力弾を飛ばす。

「がはあああっ!」
 魔力弾をくらって、眼鏡野郎が吹っ飛ぶ。
 奴の手から、パラパラ、と、カードのような物が何枚か落ちた。

「「ご主人様!」」

 梨央と綾、ふたりの声が同時に聞こえる。
「大丈夫か!?梨央!……え?」

 俺が、ふたりの方を向くと。
「おまえっ!よくもご主人様をっ!」
 そこには、怒りに満ちた目で俺を睨む綾が立っていた。

「なっ!?あ、綾?」
「貴様ああぁッ!」
「うわあっ!」
 一気に間合いを詰めて繰り出された、綾の鋭い突きを俺は間一髪でかわす。
「待てっ!綾っ!俺だッ!」
「おまえなど知らないっ!」
 矢継ぎ早に出される綾の連続突きを、必死でかわしながら俺は綾に呼びかける。しかし、綾の瞳は怒りに燃え、殺気すら感じられる。くっ!やっぱり、あの野郎に操られてっ!
 しかし、あいつはディー・フォンを持っていなかった。なんだ?いったい何で綾を操ってるんだ!?
「このッ!」
「おわっと!」
 綾の回し蹴りを、しゃがみ込んで避ける俺。
「ん?ぶふーッ!」
 一瞬見えた綾のスカートの中…下着を着ていなかった!な、お、お父さんは、そんな娘に育てた覚えはないぞおぉっ!いや、綾は別に俺の娘じゃないが。
 憤慨した俺が、立ち上がろうと地面をついた手に、カサ、と何か薄っぺらいものが当たる。これは?あの男が持っていたカード?

「局長!」
 ようやく俺たちのところに駆け付けた薫の声が聞こえる。
「薫!梨央を頼むっ!ひゃっ!」
 薫に声をかけ、俺は、綾の攻撃をかわしながらカードを拾い集める。それは、全部で5枚。
 それにしても、綾のやつと肉弾戦をするなんて正気の沙汰じゃねぇぞ。まあ、操作の影響か、綾の攻撃に本来のスピードとキレがないのは幸運というべきか。
「くそっ!ちょこまかと逃げ回ってっ!」
「おっと!」 
 俺は、綾の左フックをかわし、カードを見る。カードの表面に大きな字で何か書いてある。これは?幼なじみ、巫女、家庭教師…。
「このッ!」
 綾は、パンチを空振りした勢いで体を回転させ、右のバックブローを入れてくる。
「ふう!あぶねぇ!」
 間違いない、綾を操っているのは、たぶんこのカードだ!
 ん?カードの隅の方にSaicaって書いてあるぞ?


 ※植春愛那の解説コーナー
 Saicaは、倭文さまが作ったカードタイプの道具、MCカードの商品名で、ICカードのように、このカードを相手の体に当てるだけで、相手をそのカードの情報通りに洗脳できるんです!
 詳しい理屈と使い方は、『黒い虚塔』第5話を見てね!
 それでは、場面が緊迫してるんで、私はこのへんで!


 Saica!?そういえば、たしか、さっきあの野郎は、何かを梨央の体に押しつけていたっけか!?それは、このカードか!
 すると、綾を操っているカードは?って、なんだよ?メイドA、メイドBって!?

「はっ!このっ!」
「とっ!うわ!」
 体を沈めて、ローキックを一発入れてきた後、綾は、低い体勢から、顔面めがけて鋭く蹴り上げてくる。
 綾の攻撃パターンがだんだんハイレベルになってないか?こんな攻撃、いつまで避けられるかわからねえぞ。
 ん?待てよ!?ICカードは、当てたら改札に入って、もう一度当てると改札から出ることができる。ひょっとして、これも?
 一か八か、やってみる価値はあるか?
「これでッ!」
 綾が、足を高々と上げて、かかと落としを見舞ってくる。しかしそれはっ、スカートの中が丸見えだぞっ!
「うわっ!」
 俺は、危ういところで綾のかかと落としをかわす。うーむ、そのかかと落としは、いろんな意味で危険な攻撃だな。
 それにしても問題は、綾を操っているのが、メイドAとメイドB、どっちのカードかってことだ。まあ、普通に考えたら、ひとりしか連れていないんだから、Aの方だろう。しかし、こんなことをする野郎のことだ。普通の基準じゃ判断できないだろうな。
 だったら、勘に頼るか。どうせ、綾のことを信じたのも俺の勘だ。
「よくもご主人様をっ!」
「これでだめならっ!いっけえぇ!…ぐはあっ!」
「あ!局長!」
「ご主人様ッ!」
 綾の、強烈な突きが俺のみぞおちに決まり、薫と梨央が悲鳴をあげた。
 だが、それは相討ち。俺の選んだカード、メイドBも綾の体に当たっている。

「だ、大門様!?え?私、なんで大門様と?」
 綾が、俺の名を呼ぶのが聞こえた。その瞳からは、さっきまでの怒りに満ちた殺気は消えている。いつもの、綾の表情。ふう…勝った。
「きゃあ!大門様!」
 安堵感と、綾の突きのダメージで足許がふらつき、膝をつく俺の体を綾が支える。
「げほっ!だ、大丈夫だ、綾。すまんが、ちょっと、そこで待っててくれ」
 そう、ひとこと綾に言うと、俺は、倒れたままの眼鏡野郎の方に歩いていく。




「ぐうう!い、痛い!痛いよ!アヤ!」
 近づくと、男が呻く声が聞こえてくる。どうやら、息はあるようだな。
 俺は、右手を伸ばすと、赤い糸を使って、零距離で男の魂を縛る。
(なんなんだよ!あいつはっ!ア、アヤ!早く助けてくれぇ!)
 糸を繋ぐと、さっそく男の思考が流れ込んでくる。こいつ!綾はうちのメイドだ!それを勝手に奪い取って、なにぬかしてやがる!しかも、あんな格好で連れ回したうえに、梨央まで襲わせやがって!
 この男、絶対に許さねぇ。
 俺の中で、梨央を羽交い締めにする綾の姿を見たときの怒りが甦り、膨れ上がっていく。しかし、その前にこいつからは、聞いておかなければいけないことがある。
{このカードはいつ、どこから手に入れたんだったっけ?}
 俺は、糸を使って男に思念を送り込む。
(くそう!このカード!1ヶ月半ほど前に、マジック・クラフト・エンジニアリングってとこから買ったのに!くそう!)
 やっぱりあの会社か!俺が見たことがないって事は、最近の新製品だな。腹立たしいが、コンパクトで怪しまれにくいし、使い方も簡単だし、たしかによくできた商品だ。あの会社でこんな道具を作るのは…たぶん倭文だ。こんなのを考える奴は、あいつしかいない。
(くそう!くそう!結構高かったんだぞ、これ!女の体に当てれば、一発で堕ちるって言ってたのに!あいつには全然効かなかったじゃないか!)
 考え込んでいる俺に、男の思考がどんどん流れ込んでくる。
 それは、梨央のことか。あいつにはプロテクトがかかっているからな。
(何をしているんだよ!アヤ!下僕なら、ちゃんとご主人様を守れよぉっ!)
 違う!下僕が主人を守るんじゃない。自分の下僕に愛情を持っているんなら、主人が下僕を守るのがスジだろうが!
(そんな使えない下僕は、また教育し直してやる!いや、それよりも、帰ったらみっちりとお仕置きだ、アヤ!)
「ふざけるなぁっ!!」
 コンクリートだけの殺風景な空間に、俺の怒鳴り声がこだましていく。
 こんな奴、いっそこのまま再起不能にッ!そう思って、俺が、糸を繋げた右手に力を込めようとした、その瞬間。


「いけません!局長!」

 駆け寄ってきた薫が、俺の右手にしがみつく。
「薫!おまえ?」
「私はっ!あの時の記憶は、はっきりとは残っていません。でも、局長が何をしようとしているのか、なんとなくわかるような気がします。今、局長がやろうとしていること、それをしてはダメなんです!」
 あの時…あの、ディー・フォンを持ったうちの次長に薫が操られかけたあの時、俺のこの糸で薫は一度魂を縛られている。あの時、俺は、この糸について、本当のことは言わなかったが、おそらく薫は、これがどういうものなのかうすうす気づいているのかもしれない。
 でも、なんで薫はこんな奴をかばうような真似を?
「しかし薫!こんな奴なんかっ!」
「この男が、どれだけ最低の人間でも!怒りにまかせてこの人を壊してしまうと、局長が、局長でなくなってしまう。私にはそんな気がするんです!」
 今にも泣きそうな顔で大きくかぶりを振る薫。
 そうか、薫がかばっているのはこいつじゃなくて、俺……。怒りに我を忘れ、ためらいもなく人ひとりを壊そうとしている俺の心。
「薫……」
「だから、だからこの男を壊したらダメなんです。それに、そんな事をしても、綾ちゃんが喜ぶとは思えません」

 薫の目から涙が溢れ、ひと筋、そしてふた筋、頬を伝っていく。

 その涙を見ているうちに、怒りに震えていた俺の右手から力が抜けていく。
 もちろん、この男を許すことはできないし、こいつが綾や梨央にやったことに対する憤りもある。それに、悪魔の道具を持っていたとはいえ、こいつはただの人間だ。道具さえなければ、俺の力でどうにでもできる。
 だが、こいつらは、俺の下僕たちは俺がそうすることを望んじゃいない。
「……いい主人でいるってのも、結構面倒なもんだな」
「え?」
「いや、なんでもない、こっちの話だ。すまないな、薫。もう、こいつを壊すようなことはしないから安心しろ」
 俺は、左手で薫の涙を拭う。
「局長…」
「でも、やらなければいけないこともある。少し待ってろ、薫」
 俺の右手をつかむ薫をどかせると、俺はいつも通り、眼鏡野郎のカードに関する記憶と、それを使ってやったことの記憶を消し、俺たちへ近づかないよう操作する。
「よし、これでもう大丈夫だ、薫。さあ、綾と梨央のところに行こう」
 俺は、薫の手を取ると、綾たちのもとに歩き出す。


「終わったぞ。これでもう大丈夫だ、綾」
「あ、大門様。あの、私?」
 自分の置かれた状況が把握できず、俺のしていたことを、呆然としたまま眺めていた綾に近寄って俺が声をかけると、綾は、俺の方を向いて首を傾げる。何も覚えていないのか?このまま、このカードが、解除されると洗脳されていた時の記憶が消えるタイプの道具だといいんだが。
「いったい、私、こんなところで何を?それに、あの人は?」
 綾の視線が、ゆっくりと眼鏡野郎の方に向けられ、そのまま綾は、寝転がっている男の顔をぼんやりと見る。しばらく綾は、そうやって突っ立ったまま、首を傾げて男の顔を眺め続けていた。
「あ、あの男…あ、ああ」
 眼鏡野郎の方に視線が釘付けになったまま、綾の瞳孔が開き、体が小刻みに震え出す。

「ああああッ!わ、わたしっ!いやあああああッ!」

 目を見開いたまま悲鳴をあげ、頭を抱えてしゃがみ込む綾。
 ちっ!最悪のパターンか!
「うわああああっ!わたし!わたしいいぃっ!あああああっ!」
 頭を抱えたまま、肩をわなわなと震わせ、綾は声を張り上げて泣き続ける。
「綾ちゃん……」
「綾さん……」
 薫と梨央は、泣き叫ぶ綾を見守ることしかできない。

「え?あ?…ああ…あああっ!り、り…お…ちゃん?」
 ふたりの声に反応して顔を上げ、宙を泳いでいた綾の視線が、梨央を捉える。
「うああああっ!わ!わたしっ!なんてっ!なんてことをっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ、梨央ちゃん!」
 梨央にすがりつき、謝罪の言葉を繰り返して泣きじゃくる綾……。
「いいの!梨央は全然怒ってないから!だから、もう泣かないで、綾さん!」
 梨央は、まるで、大人が子どもをあやすように、優しく綾を抱きかかえる。
「うううっ!ごめんなさい!ごめんなさい!あああっ!うああああっ!」
 しかし、綾は泣きやみそうにない。
「綾さんは何も悪くないの。悪いのはあの男の人なんだから。だから、梨央は綾さんのこと怒ってない。だから、だから泣かないで、綾さん」
 綾を抱きしめて、優しく諭すように囁く梨央。いつもはガキっぽく見える梨央の姿が、今はやけに大人びて見える。

「綾ちゃん……」
 ふたりの傍らに立ち、沈鬱とした表情で綾を見守る薫。ああ、この間の事件があったから、薫には、今の綾の気持ちが少しわかるんだな。
 くそ!あの野郎!やっぱり再起不能に!いや、今、ここでそんなことをしても意味はないか。
 それよりも、今は綾の方が心配だ。

「綾…」
「あああ…だ、大門様……わたし…わたしっ!」
 俺が、綾に歩み寄りながら声をかけると、こちらに振り向いた綾の顔は、涙でグシャグシャになっていた。
 梨央に抱きかかえられたままの綾の肩に、俺はそっと手を置き、ポン、と軽く叩く。
「泣くな、綾。おまえに何があったか、俺にはだいたいの想像はつく。俺は別にそのことでおまえを責めやしない。おまえは、いつも買い物から帰って来たときのように、うちに帰ってくればいいんだ。だから、俺たちの家に帰ろう、綾」
 綾の心を苦しめているのは、俺たちへの負い目だけじゃない。それだけなら、俺たちが綾を許し、受け入れることが多少の救いにはなる。

 今、こいつが苦しんでいる一番の原因は、あいつに洗脳されている間、自分がした行為に対する激しい自己嫌悪。しかし、それは綾自身が乗り越えることで、俺たちにはどうすることもできない。
 いや、ふたつだけ手はある。
 ひとつは、綾の記憶を操作して、あいつに洗脳されていた間の綾の記憶を消すこと。
 そして、もうひとつは、そんなことも関係ないくらいに俺が綾を完全に洗脳すること。
 そうすることが、はたして綾のためになるんだろうか?
「ううう…でも…大門様あぁ……」
 綾は、まだしゃがみ込んだまま、立ち上がろうとしない。
「さあ、立つんだ、綾。幸も冴子も、お前が帰ってくるのを待ってるぞ」
 俺は、綾の手を取って立ち上がらせる。梨央と薫も、黙ったまま綾を支える。
 そうして、3人で綾を抱えるようにしながら、ゆっくりと出口の方に歩いていく。




 車の後部座席に、梨央と俺で綾を挟むようにして乗り込む。
「えっく、ひくっ、ううっ、んくっ」
 俺たちの家へ向かって走る車の中に、小さくしゃくり上げる綾の嗚咽が響く。
 何も言わず、黙々とハンドルを操作する薫。ルームミラーに映る薫は唇を噛み、沈んだ表情で前だけを見据えている。
 梨央は、車に乗ってからずっと綾の手を握り続けていた。綾も、梨央の手をギュッと握りかえしているのがわかる。重ね合ったふたりの手に、綾の顔から涙の滴が落ち続けている。
 やはり、無言のまま綾の肩を抱きかかえている俺の腕に、綾がしゃくり上げるたびに小さな振動が伝わってくる。
 俺たちを乗せた車は、すっかり日の暮れた街を走っていく。
 家に着くまで、みんな押し黙ったまま、誰も、ひとことも話すことはなかった。




「旦那様、お帰りなさいませ。あ…」
「お帰りなさい、武彦さん。あら、お帰り、綾ちゃ…」
 家に帰ると、幸と冴子が、俺たちを出迎える。しかし、沈んだ空気を察知して、ふたりとも口をつぐむ。
「ただいま…戻りました。奥様…冴子さん、心配をおかけして……すみません」
 絞り出すようにそれだけ言うと、綾は、ヨロヨロと、自分の部屋に向かって歩いていく。
「綾……」
「すみません…大門様。少しの間……ひとりにさせてくれませんか?」
「あ、ああ」


 そして、そのまま、次の日の朝になっても、綾は部屋から出てくることはなかった。

 
 


 

 

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