DEMON PERFUME


 

 

第四話


 亜美の小さな唇から白い液体が垂れた。
 目はトロンとしてきてるし、頬はうっすらと赤くなってる。
 メチャクチャ煽情的な光景だ。
 俺の分身が更に元気になるのも当然だと言える。
 よし、このまま押し倒して・・・
「陽介ー、亜美ー、ご飯よー」
 ・・・亜美の体を楽しむのはまた今度にしとこう。
「今行くよー」
 ぼおっとしてる亜美の代わりに返事をする。 
 待たせると母さんは怒るからな、急がないといけない。
 中途半端になったのは残念だけどな。
 分身をしまうと俺は亜美に声をかける。
「飯に行くか」
「うん・・・」
 やっぱりと言うか、亜美の声に力はない。
 まずいな、このまま行っても不審に思われるのは確実だ。
 ここは香水に頼るしかないだろう。
「手を叩くと頭がすっきりする、平常時に戻る」
 亜美の耳元でささやいて、祈るような気持ちで手をパンパンと叩いた。
「ん・・・」
 薄桃色の唇から色っぽい声が聞こえると、目に光が戻ってきた。
 それと同時に頬からも昂ぶりの証しが消えていく。
 ・・・本当に凄い力だ。
「亜美?」
「分かってる、先に行ってて」
 喋りにくそうに言うと、亜美は部屋を出て行った。
 多分、洗面台だろう。
 先に行って何とか母さんを誤魔化しておかないとな。
 階段を下りていくと、大きな穴と無数のひびがある壁が目に入ってきた。
 これって亜美の一撃で起こった現象だよな。
 ・・・避けてなかったら今頃手術されてたんじゃないのか?
 そう考えるとゾッとなる。
 亜美の凄まじさは十分に分かってたつもりなんだけどな。
 今後は気をつけよう・・・と言うか、亜美が原因を突き止めよう。
 一応予想はしてるけど、間違ってる可能性もあるし。
 それは取り敢えず置いておくとして。
「親父、いつまでのびてるんだ?」
 俺はグッタリと階段の側に転がってる親父に声をかけた。
 亜美に肘撃ちと金的を食らった挙句、ジャ○ア○トスイングされたんだから無理ないんだが・・・・・・
「無論、誰かに思い出されるまでだ」
 声をかけた瞬間、こうやって何事もなかったかのように立ち上がりやがるからな。
 きっと母さんも放っておいたんだろう。
 そのうち誰かが介抱する・・・なんて結局俺の希望でしかなかったってことだ。
 出来れば無視しておきたかったが、今回の原因は俺だからな。
 さすがに後ろめたさがある。
 でもピンピンしてる姿を見せられると何か言いたくなるのも人情だ。
「亜美の攻撃、効かなかったのか?」
「効いたとも。ただ、娘の愛で倒されるような俺ではなかっただけだ」
 聞いた俺が馬鹿だったかもしれない。
 腹を突き出して笑う親父を見て、ため息をつきたくなった。
 殴られようが家の壁に穴を開けようが笑ってすませる父親なんて、きっと他にはいない。
 そういう意味では親父は凄いんだろうし、俺や亜美は甘えてるんだろう。
 でも、隣にいる本人を見ればそんな考えは吹き飛んでしまう。
 凄いんじゃなくてただの馬鹿なんじゃないか?
 そう思ってしまうからだ。
「二人とも、何やってんの?」
 いつの間にか来ていた亜美がきょとんとした表情をしていた。
 当たり前だが、痕跡は綺麗さっぱりなくなっていてちょっとほっとした。
「おう、亜美か。今度は父さんのラブアタックだ!」
 言うやいなや親父は亜美に飛びかかる。
 思いっきり抱きしめようという魂胆だった違いないが、お相手はひょいと避けてしまった。
 おまけに足をひっかけたから、親父は壁と盛大な抱擁をすることになった。
 親父、普段は真面目にふざけたこと言うだけだけなのに、亜美が相手だと突然はじける。
 初めの頃はびっくりするだけだった亜美も、冷静に対処出来るようになっている。
 そりゃもう情け容赦がないって表現がぴったりなほど。
「お兄ちゃん、行こ」
 俺の思考は胸に当てられた柔らかい感触に中断を余儀なくされた。
 俺にはこうして甘えてくれる。
 それにしても親父を毛嫌いしてるとしか思えない言動はちょっと気になるな、尋ねてみるか。
「なあ、亜美」
「ん?どうしたの?」
「お前、親父にきつく当たりすぎじゃないか?」
 言い終わると同時に亜美の足は止まってしまった。
 更には腕にかかる負荷が大きくなったり、物騒な気配を感じる。
 失敗を悟ったけど、もう取り消しは出来ない。
「自業自得だよ?」
 有無を言わせぬ迫力に俺は必死に頷いた。
 親父、一体何をしでかしたんだろう?
「そんなことより、お母さんが待ってるから急ごうよ」
「あっ・・・」
 すっかり忘れてた。
 ヤバイな、怒ってなきゃ良いけど。



 台所の空気はとんでもなく冷たくて重々しかった。
 理由は言うまでもなくウチの真の支配者こと母さんにある。
「ちゃんと呼んだわよね?どうして来ないの?」
 怒気をたっぷり含んだ声に俺も亜美も親父も縮こまった。
 今の母さんに反論や言い訳をするのは自殺行為に等しい。
「作り立てが一番美味しいから、呼んだらすぐに来てっていつも言ってるでしょう?」
「「「はい」」」
 今度は頷く。
 大事なのはタイミングだ。
 母さんの説教は決して長くないが、その分気を遣わねばならない。
 上手く乗り切らないと恐ろしい事態が起こるのだ。
 他の二人も必死だ。
「分かったなら次から気をつけて・・・・・・同じことを何度も言わせないでね?」
「「「はい」」」
 俺が他に気をとられてるうちに説教は終わったらしい。
 慌てて返事をする。
 幸いなことに母さんは気付かなかったらしく、さっきとは違って柔和な笑顔になった。
「じゃ、ご飯にしましょうか」
「あ、私手伝う」
 母さんと亜美が忙しく食器を並べ出すと俺はゆっくりと息を吐き出した。
 何とか無事に乗り切れた。
 親父も母さんに気付かれないように汗を拭ってる。
 恐らく生きた心地がしなかったんだろう。
 俺もそうだったし。
 そのなごりか、せっかくの飯もあまり味が分からなかった。




 飯が終わった後、俺は亜美の部屋に向かった。
 亜美の部屋にちゃんと入るのは本当に久しぶりだ。
 前に入った時は夜這いだったしな。
 改めて見てみると、亜美の部屋はあまり女の子っぽくない。
 ベッドカバーは赤って以外は俺の部屋と変わらないし。
 ・・・俺の部屋より片付いてるけど。
「きょろきょろしてどうしたの?」
 突然真後ろから声が聞こえて思わず飛び上がりそうになった。
「あ、亜美、いきなり声かけるなよ!」
 反射的に出た言葉に、亜美は眉を寄せた。
「お兄ちゃんが私の部屋で不審な行動してるからでしょ」
 もっともな意見だが、変質者扱いされてるみたいでちょっとショックだ。
「そういう言い方はないんじゃないか?仮にも俺は兄貴だぞ」
「お兄ちゃんじゃなかったらとっくにぶっ飛ばしてるんだけど」
 その光景を思わず想像してしまい、背筋が寒くなった。
 そんな俺に追い討ちをかけるかのように亜美は言葉を続ける。
「それに一度夜這いされたんだし、警戒しても良いんじゃない?」
「うっ・・・」
 そ、それを言われると非常に厳しい。
 いくら本人が気にしてなくても事実は消えないのだ。
「ご、ごめんな」
「良いよ、許してあげる」
 亜美は実にあっさりと許してくれた。
 もしかしたら最初からそのつもりだったのかもしれない。
 何かどんどん亜美に勝てなくなってる気がする・・・原因は自分にあるのは分かってるけど。
「で、どうしたの?」
「え?あ、ああ」
 拍子抜けした所為か、一瞬亜美の言ってることが分からなかった。
「ちょっと質問したくてな」
「え?何?」
「お前、俺に怒ってただろ?」
「え?ああ、そうだったね」
 何だか乗り気じゃなさそうだ。
 蒸し返されるとは思ってなかったのかもしれない。
 でも、俺としてはかなり気になってるんだ。
 怒りを全部忘れさせた所為で、理由も分からなくなったんだろう。
 何とかして理由だけ思い出してもらわないとな。
「亜美、怒らずに理由だけを教えてくれ」
「ただの焼餅だよ」
 ・・・・・・え?
 予想はしてた、でもありえないと思ってた答え。
 焼餅ってことは少なからず相手の女性、この場合はしのぶ先生に嫉妬してたってことで・・・
「な、何で・・・?」
「だってお、お兄ちゃんが・・・」
 亜美は口をモゴモゴさせながら俯いてしまった。
 それで分かった、分かってしまった。
 ・・・・・・・・・そうか、そうだったのか。
 俺は思わず亜美を抱きしめていた。
「もう良い、もう何も言わなくても良いよ」
 亜美は抵抗するそぶりを見せなかった。
 俺は筆舌に尽くすことが出来ないほどの大馬鹿だ。
 セックスフレンドで良いなんて亜美がどんな想いで言ったのか考えようとしなかった。
 軽い気持ちでセックス出来る奴じゃないことくらい知っていたのに。
 まして血の繋がった兄とセックスして平然としてる筈がない。
 俺は舞い上がっててそんなことすら忘れてた。
 亜美は自分達が血の繋がってないことを知ってて、俺を一人の男として見てたんだ。
 セックスしてたのをきっかけに自分をアピールしようとしたんだろう、あくまでもさりげなさを装って。
 今までの違和感が一気に消えていく。
 そしてどうしようもなく悲しくて、どうしようもなく腹が立つ。
「お兄ちゃん?」
 黙って抱きしめる俺を変に思ったんだろう、亜美は怪訝そうな声をだした。
「亜美、ごめんな。本当にごめん」
 どう謝れば良いのか分からない。
 俺はひたすら簡単な言葉を繰り返してた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
 亜美の声に我に返ると、ほっそりした体は腕の中から出ていた。
「私、気にしてないよ。嫌味じゃなくて期待してなかったから」
 微笑む顔はいつもの明るさはなく、どこか寂しそうだった。
 そんな亜美を見ると何だか胸が苦しくなる。
「でも謝るってことは脈ありって思って良いの?」
「いや、それは・・・」
 贖罪したいなら肯定し、恋人にするって言えば良いかもしれない。
 けどそれは亜美を更に貶めることになる気がした。
 現に俺は亜美を恋人にしたいと思ったことはなかった。
 その癖欲望に任せて襲った・・・・・・俺って呆れるくらい自分勝手だったんだな。
 俺の心を見透かすかのように亜美は見つめてくる。
「お兄ちゃん、あんまり自分を責めないでね?」
「え?」
 またしても図星だった。
「お兄ちゃんくらいの年ならおかしくないんじゃない?あまり気にしないで良いよ」
「いや、それはいくら何でも物分りが良すぎないか?」
「だってお兄ちゃんが大好きだから」
「っっっっ!!!」
 ふ、不意打ちだった。
 音が聞こえそうなくらい今、血行が良くなってるだろう。
「あ、照れてるんだ、可愛いー」
 亜美はくすくすと笑う。
 ま、まさかからかわれたのか!?
 そうは思っても反撃する気にはなれなかった。
 少しの間笑っていたかと思うと、不意に真顔になった。
「ね、今は恋人はいないよね?」
「ああ」
 三ヶ月ほど前に分かれたばかりだ。
「じゃ、私が立候補しても良い?」
 さっきの質問で予測出来たことだった。
 でも俺の気持ちを踏まえた上で訊いてくる理由が分からない。
 なんて考えを読んだかのように亜美は続ける。
「難しいことじゃないよ。今までみたいにベタベタするのを我慢しなくなるだけだから」
 あれで我慢してたのか?
 いや、だからこそあの時の暴れっぷりは凄まじかったのか?
「どうしても駄目なら諦めるから、ね?」
 魅力的な提案ではあるけど、受け入れてしまって良いのか?
 俺に亜美の恋人になる資格はあるのか?
「責任を取る気があるなら良いでしょ?」
 ・・・・・・どうやら俺に拒否権はないらしい。
 当たり前ではあるけど、嬉しいやら申し訳ないやら、複雑な気分だ。
 俺は頷いた。
 途端に柔らかな感触に包まれる。
「良かった」
 可愛い脅迫者は心から安堵したらしい。
 あんなこと言われたら普通は断れないんだが・・・いや、つべこべ言える立場じゃないか。
「じゃあ今日から早速イチャついて良い?」
「ああ、でも先に風呂に入って来いよ」
「え?うん」
 素直に準備を始めた亜美を尻目に俺は部屋を出る。
 亜美が風呂に入ってる間にあの香水を処分しておこう。
 自分の部屋に戻ると、机の引き出しの奥から香水の瓶を引っ張り出した。
 おかしなことに香水の色は青くなっていた。
 どういう仕組みで色が変わったりするのか?
 まあ、今の俺には関係ないか。
 思えばこんな物の為に金を無駄にしたな。
 ・・・いや、本来なら気付かなかったかもしれないこともあったから、完全に無駄じゃなかったかもしれない。
 何にせよ香水に頼るのはもう終わりだ。
 不燃ゴミとして捨てて来よう。
 ゴミ捨て場は家のすぐ近くにあるからパジャマのままでも大丈夫だろうし。
 川に流すともしかしたら誰かが拾うかもしれないしな。
 不燃ゴミはなんて誰もあさったりしないだろう。
 出来れば馬鹿な自分ともオサラバしたい。
 なんて考えながら俺は香水を他の不燃ゴミの中に紛れ込ませた。





 一つの影がゴミ捨て場の前に立っていた。
 陽介に香水を売りつけた、謎の男である。
 男が手をかざすと、青色の香水の瓶が掌の上に出現した。
「ん〜失敗か。ちょいと脅かしすぎたかな?年頃の男だから簡単に女に夢中になると思ったんだけどねぇ」
 男の手がふると、香水は黒い光に包まれて消えてしまった。
 その背後に一つ、影が増えた。
 陽介が見たなら驚いただろう。
 しのぶの隣にいた、金髪美女である。
「オー失敗デスカー。ベリー残念デース」
「そのふざけた言葉遣いは止めてくれないかい?アシュタロスちゃん」
「ユーこそストップ下サーイ、悪魔王サタン様」
「そうかい?割と気に入ってるんだけどなあ」
「私もベリー気に入ってマース」
 二人、いや二匹の悪魔の間に微妙な空気が流れる。
「止めるか」
「御意」
 互いに咳払いをすると、先程とは打って変わって真剣な表情になる。
「それでお前の首尾は?」
「五名が堕落済みです。まもなく上質な魂が転がり込む手筈です」
 アシュタロスは、真っ黒になった五つの香水を見せた。
「そうか、順調だな」
「御意、今しばらくのご辛抱です」
「分かっておる。忌々しい封印さえ解ければこんな世界なぞたちどころに支配出来よう。そして、神と神を崇める人間どもを滅ぼしてくれるわッ!クックックック、ハァーッハッハッハッハッ!」

 
 
< つづく >


 

 

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