ある教室の日常


 

 



 昼休み。
 2年1組の教室は、世間の例に漏れず生徒たちの談笑で盛り上がっていた。アイドルのゴシップの話題に花を咲かせる女子たち。TVゲームの進行具合を自慢しあう男子たち。あるいは男女関係なく、授業で分からなかった内容を相談しあう一部の真面目な生徒たち。
 そんな中、教室の隅のほうに集まっている男女混合のグループは、少々変わった遊びに興じていた。

「――それじゃ、僕が手を叩くと、舞の右手は机から離れなくなっちゃうよ。3、2、1、はい!」

 そう口にしてぱんと手を叩いたのは、一人の少年だった。背丈は周囲の男子と比べて頭一つ分ほど低く、その面持ちもまだ少年特有の愛くるしさと悪戯っぽさを備えている。

「んっ……! あ、あれ? 嘘……!」

 舞、と呼ばれた少女は、左手で自分の右手首を掴み、うんうん唸りながら懸命に自分の掌を机から引き剥がそうとするが、まるで彼女自身の意思でそうしているかのように、その右手はしっかりと机に貼り付いたままだった。

「ね、どうしても離れないでしょ? でも、僕が舞の右手に触れると、すぐに離れるようになるからね……はい!」

 ぽん、と少年が舞の右手を軽く叩くように触れた、その直後。

「きゃあ!」

 ずっと机に張り付いていた右手が突然離れ、舞は勢い余ってどさりと後ろにしりもちをついてしまった。

「マジかよ……本当にこんなことできるもんなんだな」
「えー、でもあたしTVで見たけど催眠術なんて全部ヤラセなんじゃないの?」
「違うってば、本当に離れなかったの! 疑うならユキもかけてもらいなよ!」

 目の前で繰り広げられる、ややもするとファンタジーじみた光景にギャラリーの反応はまちまちだった。そんな反応を尻目に、少年は今度はユキと呼ばれた長髪の少女に向き直った。

「じゃあ今度はユキの番ね。ちょっと自分のスカートの裾を両手で握ってみせてくれる?」
「うー……こ、こう……?」

 ユキがおずおずと制服のプリーツスカートを軽く握ると、その瞬間を見計らったかのように少年は彼女の耳元で指を鳴らした。

「はい、もうユキの手はスカートを握ったまま開けない! まるで石になったように、開こうとすればするほど閉じてしまう!」
「え、えええ……!?」

 矢継ぎ早に言葉を投げかけられ、慌てて自分のスカートを離そうとするが、何故か手を開こうとすればするほど力を入れてスカートを握り締めてしまう。
 困惑するユキをよそに、少年は更に言葉を紡いでいく。

「もう、どうやってもユキの手は開かない……それだけじゃないよ、僕が指を鳴らすたびに風船が1個ずつ現れて、ユキの指にその紐がくくりつけられていくよ。ほら、1個目!」

 ぱちん、と少年が指を鳴らす音を耳にすると、ユキの表情が強張る。突然、自分の指が見えない糸によって上に引っ張られるような、そんな感覚に襲われてしまったのだ。

「え、えっと、待って待ってってば! 冗談でしょ?」

 頑張ってスカートを振りほどこうと腕に力を込めても、スカートを掴んだままひらひらと腕を振り、周囲の生徒たちに綺麗な脚を晒す結果にしかならなかった。

「2、3……冗談じゃないよ……ほら、もっと風船が現れて、どんどんユキの手は上に引っ張られていく……4、5、6……ほら、そろそろ腕が上がっていくのを止められなくなってきた……」

 ぱちん、ぱちん。

 少年が指を鳴らすたびに、ユキの表情に焦りの色が混じっていく。気のせいではない。どんどん自分の腕を引っ張る力が強く、抗いがたいものになっていく。
 既に手を離すのを諦めてスカートを抑えることに集中するが、そんなユキの努力をあざ笑うかのように、ゆっくりと彼女自身の両手はスカートの正面をギャラリーに向かってめくりあげていく。
 徐々に少女の白い太腿が露になっていく姿に、周囲がごくりとつばを飲む音が聞こえる。

「やー、恥ずかしいよ、だめー! だめだってばー!」

 真っ赤になって懇願するユキだったが、その震える両手はやがて見えない力に屈するかのように腰の上まで持ち上がる。
 スカートの下に隠された領域が、衆人環視の元、徐々に白日の下に公開され――

「ちょっと浩一! あんた昼休みに何やってるのよ!」

 鋭い怒号がグループの輪の外から飛んで来る。

「やば――美沙だ。仕方ないな、ユキ……それじゃ、僕が右手に持った針で風船を突くと、風船は一つ残らず割れて、ユキの手も自由に動くようになるよ」

 右手の人差し指を針のように伸ばした浩一が見えない風船に向かって手を差し伸べ、「ぱん!」と声を上げると、今までの苦労が嘘のようにユキの両手にかかっていた力が消え、体が自由になる。慌てて両手でスカートを押さえていると、後ろから美沙が心配そうにユキの肩を抱いた。

「ユキ、大丈夫? ――とりあえず、こいつはもう二度とこんなふざけた真似ができないように、ぶん殴ってやるからね」
「え……ちょっと待ってよ美沙! 何もそこまでしなくても……」

 意気込んで浩一を睨みつけながら拳を鳴らす美沙を制止したのはユキだった。教室で暴力沙汰など起こされてはたまったものではない。

「止めないでよユキ! あんただってあんなことされて怒ってるでしょ!」
「そ、それはちょっと恥ずかしかったけど……でもちゃんとスカートの下だって穿いてるから大丈夫だよ」

 ばつが悪そうにスカートの横を少しめくり上げ、スパッツの裾らしきものを覗かせるユキ。

「下に穿いてるから大丈夫って問題じゃないでしょ! 第一、あんな子供だましに付き合うから浩一も付け上がるのよ。催眠術なんて、種さえ分かっていれば掛からないんだからね」
「う……じゃあ美沙は浩一の催眠術に抵抗できるっていうの?」

 不服そうにユキが言い返した。彼女とて、何もすすんで催眠術にかかったわけではない。それでも、浩一の命令を耳にした途端に、不思議と手が自分の意思で動かせなくなってしまったのだ。

「ふふん、当たり前でしょ? こう見えて、それなりに催眠術の知識は持ってるからね。例えば、さっきユキが掛けられた催眠は『驚愕法』と呼ばれる誘導方法の一種よ。突然耳元で指を鳴らすことで一瞬思考力を奪って、その隙に畳み掛けるように命令を与えるとそれを受け入れやすくなってしまうってわけ」

 得意げに美沙は鼻を鳴らした。

「へぇ、詳しいんだな。もしかして、催眠術で人を操るのに憧れて、調べてみたことがあるとか?」
「う、うるさいわね、どうだっていいでしょそんなこと! とにかく、こんなのはトリックが分かってれば掛からないってこと!」

 ギャラリーに図星を突かれ、慌てて美沙は話題を戻し、人差し指で浩一を指差した。だが、美沙の予想とは裏腹に、浩一は全く動じることなく返す。

「――だったらさ、試してみる? 美沙が僕の催眠術にかかるかどうか。もし美沙が抵抗できたら、単なる子供だましって認めて手を引くよ。
まあ……ユキと違ってスパッツとか穿いてないだろうし、恥ずかしい目に遭わされるのが怖いんだったら、やめておいたほうがいいけどね?」

「ふん、そうやって脅せば引き下がるとでも思った?望み通り、もし私が浩一なんかの催眠術にかかったら、パンツでもなんでも見せてやるわよ!」

 睨み合う二人の勝負の行く末を、クラスメイト達は固唾を飲んで見守っていた。



……
………

「それじゃ、僕が手をたたいたら目を覚ましていいよ。目を覚ますと、美沙は催眠状態で命令されたことを何一つ思い出せないけれど、しっかりと心の奥底に刻み込まれてるから、どんなに恥ずかしくても絶対に現実になるよ。3、2、1、はい!」

 ぱん。
 目の前で手をたたく音が聞こえ、美沙は意識を取り戻した。

「ん――あれ?」

 不思議そうにきょろきょろと辺りを見渡すと、一仕事終えたかのように息をつく浩一の姿と、固唾を飲んで見守るクラスメイト達が目に入った。
 そうだ、確か私は浩一の催眠術にかかるかどうか勝負することになって、指示されるままに椅子に座って、浩一の言葉を聞いていたんだっけ。

「さてと、美沙。これで美沙は僕の催眠術にかかったわけだけど……感想は?」
「はいはい。ごたくはいいから、ユキの時みたいにとっととスカートでもめくらせてみたら?」

 楽しそうに浩一が話しかけてくるが、美沙は馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻で笑った。
 何せ、単に椅子に座って浩一が催眠誘導とか称する言葉を聞いていただけで、催眠術などにかかっているはずもない。
 どんな言葉をかけられたのかは全く覚えていないが、不思議とそのことを疑問に感じることはなかった。

「ふふ、美沙は強気だね……じゃあさ、この場であっさり勝負がついてもつまらないし……賭けでもしてみる?
『美沙は、次の技術家庭の時間中に、自分の意思で僕にパンツの柄を報告して、クラスメイトの見ている前で喜んでスカートを捲り上げちゃうよ』。
僕の言うとおりになってしまったら、美沙の負け。これから卒業するまで、僕の好きなように催眠術で操らせてもらうよ」

「ふふん、好きにすれば? そんなバカみたいなことするわけないし。じゃあ、私が勝ったら駅前の『フルーツパーラー・パラディス』でパフェでもおごってもらおうかしら?あそこの新作気になってたんだけど、今月ちょっとお小遣いピンチだったのよね」

 浩一の突拍子もない提案をせせら笑う。
 「自分からパンツを見せてしまう」なんて聞かされれば尻込みして勝負を降りるとでも高をくくっているのだろうが、そうは問屋が卸さない。
 むしろ、これだけの大言壮語を吐いておきながら催眠が失敗したとなれば、浩一の催眠術を信じるクラスメイトはいなくなる。
 こんな結果の見えている勝負で一杯1000円もするフルーツパーラーのパフェを奢らせるのは少し申し訳ない気もするが、これで懲りれば浩一も少し大人しくなるだろう。



 そして、運命のゴングとも言える5時間目のチャイムが鳴った。

 ちなみにこの授業は班単位に分かれての選択制で、美沙と浩一の配属されているC班は今学期は裁縫を選んでいた。
 自慢ではないが、美沙は手先が器用な方だったので、この日も意気揚々と家庭科室で教師の説明する課題内容を聞いていた。
 その身に、どんないやらしい暗示を仕掛けられているのかも知らずに……。

 その日の実習内容は、学校側で用意した何種類かのハンドタオルとアップリケの中から自分の好きな組み合わせを選び縫い付ける、という内容だ。
 とはいえ、別に柄の組み合わせが成績に影響するといったことはない。そのため、大多数の生徒は特に色や柄など気にせず、手頃なものを選んでいた。
 美沙もその例にもれず、特にデザインなどには頓着しないタイプだ。大きな机に並べられた色とりどりのハンドタオルの中から、いつも通り自分の目の前にあった緑色のハンドタオルに手を伸ばしたのだが……。

 ――違う。

 ふと、強い違和感を覚えて美沙の手が止まった。
 自分が選ぶべきハンドタオルはこれじゃない。理由は分からないが、何故か美沙はそれを確信に近いレベルで感じていた。
 改めて、机の上に並べられたハンドタオルを見やる。
 白。紺色のチェック。ピンクと黒の縞模様。黄色。

「うーん……どれも、なんか違うんだよね……。」

 普段の彼女なら全く気にせずに選ぶのに、今日に限ってどれも好みではない気がして仕方がない。かといって、このまま選ばずにいても授業時間を無為にするだけだ。
 うんうん唸りながらふと机の端の方に目を向けると、他のハンドタオルに半分うずもれたような形で、白地に青のストライプのタオルが姿をのぞかせていた。

――これだ。

 まるで天啓を受けたかのように、美沙はそのハンドタオルを拾い上げる。
 間違いない。色合いと言い、柄と言い、今の美沙にとってこれ以上のものはないと断言できた。何せ、今日の美沙のデザインと全く同じ――

――あれ、何と同じなんだっけ?

 一瞬、頭を疑問がよぎったが、きっと大したことじゃないと気に留めないことにした。そんなことよりも、このタオルに縫い付けるアップリケを探さないといけない。
 アップリケの山に手を伸ばすが、今回もやはりハンドタオルと同じ感覚に襲われてしまう。
 サッカーボールやハートマーク、あるいはアルファベットをかたどったアップリケなどに手を伸ばそうとするが、やはりどれも「違う」のだ。

「都ちゃん、うさぎのアップリケにするの? 可愛いね」

 そんな中、家庭科室の一角で既に素材を選び終えた班の会話が耳に入ってきた。

――「うさぎ」?

 その単語を聞いた瞬間に美沙は雷に打たれたかのように舞の方に駆け寄る。

「待って都ちゃん! その……お願いだからそのアップリケ、私にゆずってくれない? えっと……うまく言えないんだけど、どうしても、それじゃないとダメな気がするの……」
「ふぇ? で、でも私ももう縫い付けようと思ってるところなんだけど……」
「お願い! 今度宿題解くの手伝ってあげるから!」

 必死で頼み込んで、半ば奪い取るように都からうさぎのアップリケを受け取る。自分でも何故だか分からないが、都の手に持っているうさぎのアップリケをハンドタオルに縫い付けなくて仕方がないのだ。

――でも良かった、これで大丈夫。これさえ手に入れてしまえば、あとは縫うだけで『完成』だ。

 目当てのハンドタオルとアップリケが手に入ったことで上機嫌の美沙が自分の班のテーブルに戻ると、既に自分たちの素材を選び終わっていた浩一を含めたC班のメンバーたちが席について待っていた。

「ふふ、遅かったね美沙。もしかして、可愛い柄の素材がなかなか見つからなくて困ってたのかな?」

 何が可笑しいのか、くすくすと含み笑いを漏らしながら浩一が美沙に声をかけるが、美沙はその煽りなど意に介する様子もなく堂々と返した。

「ふふん、生憎だけど、ついさっき揃ったところよ。よく聞きなさい――今日の私の≪タオル≫の柄は、白と青のストライプに、うさぎのワンポイントなんだから!」

 ……ざわ。

 胸を張って答えた美沙の宣言を聞いて、C班のメンバーが信じられないとでも言うような目で美沙を見つめる。
 その奇妙な反応をいぶかしみ、美沙は怪訝な表情でメンバーに聞き返した。

「……ん、私なにか変なこと言った? それとも私の≪タオル≫選びのセンスに文句でもあるの?」
「あ、いや……えっと、文句があるってわけじゃないけど……」

 何故か顔を赤らめて言葉を濁すメンバーたちを、浩一が横からフォローする。

「まあまあ……きっと、みんな美沙の≪タオル≫が見たくて仕方ないんだよ。そうだ、せっかくだし裁縫が終わったらみんながいる前で見せてくれないかな?
――美沙の、自慢の≪タオル≫を、さ」

「ふふん、そんなに見たいって言うなら仕方ないわね。待ってなさい、私の可愛い≪タオル≫、しっかり見せてあげるからね!」

 自信たっぷりに宣言する美沙と、対照的に困惑した様子のメンバーたちの表情を交互に観察しながら、浩一は楽しそうにほくそ笑んでいた。

 席に着いた美沙は、意気込みながら『作業』に取り掛かる。なにせ、自分のハンドタオルをみんなに見てもらえるように、しっかり縫い付けないといけない。
 膝の上で制服のスカートを整えると先ほどのハンドタオルをその上に広げ、真ん中のあたりにアップリケの位置を定めるとソーイングセットを取り出した。慣れた手つきで玉結びを拵えるとアップリケの縁に針を通し、しっかりと裏地まで糸が通ったことを確認しながら縫い付けていく。
 今までの授業や家庭で何度も繰り返してきた作業……の、はずだった。
 だがその手順が普段と少しだけ異なっていること、そして作業に夢中になっている彼女を見つめる浩一のよこしまな視線に、美沙は気付いていなかった。



 5時間目の授業時間も残り数分に差し掛かり、担当の教師も後片付けを命じて職員室へと戻ったころ。

「できたっ!」

 膝に乗せたハンドタオルに最後の一針を通し終え、美沙は喜びの声を上げた。
 改めて、完成した自分の作品を見下ろす。タータンチェックのスカートの上に、白と青のストライプのハンドタオルが置かれ、その中央にうさぎのアップリケが縫い付けられている。
 普段授業で縫っているものとそう変わらないはずなのに、美沙にはそれが特別なものに感じられた。
 今すぐこの完成品を浩一に――いや、周りにいる全員に見せつけたい。
 無性にそう感じた美沙は、迷うことなく立ち上がり、スカートの前でハンドタオルを両手で抑えながら目の前の班のメンバーたちに声をかけた。

「ねえみんな……そろそろ、私の≪タオル≫、見せてあげよっか?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて美沙が問いかけると、皆がぎょっとした表情で顔を上げる。
 男子たちは「おいおいマジかよ……!」と興味津々に乗り出し、もしくは逆に努めて興味がなさそうなそぶりを見せつつもちらちらと美沙の方に視線を向け、女子のメンバーは「ちょっと美沙、何ふざけてるのよ……」と少し呆れたように窘めつつも、美沙の行動を少し心配そうに見守っていた。
 自分が周囲の注目を受けていることに気を良くし、美沙はハンドタオルを握りしめる両手の力を強めた。

「それじゃあいくよー! はい、注目ーっ!」

 メンバー全員の見ている前で、ハンドタオルを握りしめた両手を大きく引き、臍のあたりまで持ち上げる。
 美沙の手によってハンドタオルが持ち上げられていくとともに、男子たちの間で歓声にも似た声が上がり、女子も制止することを忘れてその光景に見入る。

「うおおっ……!」
「すげー、あの美沙が……」
「嘘でしょ……」
「ふふん、どう、びっくりしたでしょ? 私のしましま≪タオル≫、しっかりと目に焼き付けなさいよね!」

 メンバー達が揃って自分のハンドタオルに釘付けになり、称賛の声を投げかけている。
 その事実が何故か心地よくてたまらない美沙が得意げな表情で胸を張っていると、その様子を楽しそうに眺めていた浩一が声をかける。

「くすくす……ねえ美沙。もう先生も教室から出て行ったところだし、せっかくだから教壇の上で、クラスの他のみんなにも美沙の可愛い≪タオル≫を見せてあげようよ。きっとみんな喜んでくれるんじゃないかな?」

 そう浩一が提案すると、美沙の中で更なる感情が芽生え始める。

 そうだ。
 見せたい。
 私のタオルを、みんなに見てもらいたい。
 自慢のしましまタオルを、できるだけ多くの人に、しっかりと目に焼き付くまで見せつけたい。

「ふん……たまには浩一も、気の利いた事言ってくれるじゃない。確かにクラス全員に平等に見せてあげないと、見られなかった人が可哀相よね!」

 自分の中で沸き起こる強烈な衝動に突き動かされるように、美沙は握っていたハンドタオルを一度太もものあたりまで下ろすと、C班の男子たちの名残惜しむ視線に見送られながら教室の正面へと歩みを進めていった。

「みんな、ちゅうもーく! 今からみんなのために、私の可愛い≪タオル≫を見せちゃいまーす!」

 教壇に立った美沙が大声で呼びかけると、後片付けもあらかた終えて雑談に興じていたクラスメイトたちの声がぴたりと止み、全員の視線が美沙に注がれた。

「……え?」
「今の声って、美沙だよな……?」
「今、≪タオル≫をみんなに見せるって……聞き間違いじゃ、ないよな……?」

 一瞬の静寂の後、家庭科室の中がざわめきが巻き起こる。
 自分がタオルを見せると宣言しただけで、クラスメイト全員がこれだけ驚いてくれているのだ。
 この場でハンドタオルを思いっきり持ち上げてみんなにたっぷりと見せつけたら、一体どんな反応をしてくれるのだろう。想像しただけで美沙は楽しみでたまらなくなってきた。

「あら、聞こえなかったならもう一度はっきり言ってあげようか? 私の自慢の≪タオル≫を、この場でみんなに見せてあげる、って言ったの。ほら、一世一代の大サービス、みんな見逃さないように、しっかりと見ててよね?」

 じりじりと、ハンドタオルを握ったまま両手を腰の当たりまで持ち上げていくと、どよめきと共にクラスメイトたち(主に男子)が食い入るように前のめりになって美沙のハンドタオルの辺りをのぞき込んでくるのが分かる。

「おおおおお! もうちょっと……!」
「ちょっ……前の奴どけよ、見えないだろ!」
「み、美沙、ちょっと冗談でしょ!?」

 我先にと教壇の近くの席へと移動する男子たちと、その様子に困惑する女子たちとで、家庭科室は上を下への大騒ぎだ。
 自分のハンドタオルを見たいがために、クラス中がこれだけの反応を見せている。その異常な状況を不思議と何の疑問にも思うことなく、美沙は満足そうな笑みを浮かべながら脚を肩幅程度に広げた。

「くす、あんまり焦らしちゃうのも可哀相かな? それじゃ……はい、ごかいちょうー!」

 先ほど班のメンバーの前で見せつけたのとちょうど同じように、美沙はハンドタオルの端を握りながら両手を高く掲げる。
 ただし、今回は臍のあたりで手を止めることはせずに、クラス全員によく見えるように、自分の胸の辺りまで思いっきり。
 これだけ高く持ち上げれば、青色のストライプの一本一本、そしてそこに縫い付けられたうさぎのアップリケまでしっかりと全員が認識できるだろう。

「すげえ、本物のしましまの≪タオル≫だ……」
「俺、この光景一生目に焼き付けておく……!」

 既に美沙から1メートル程度まで迫っていた男子たちの集団から口々に賞賛の声が上がる。
 中には感涙を流す者や何故かもじもじと中腰になっている者など、人によって様々な反応を見せていたが、誰もが美沙の晒している布地に目が釘付けになっているという点に関しては同じだった。

 ――見られている。
 みんなが自分のしましまタオルから目が離せないくらいに夢中になってくれている。
 どうして今まで気づかなかったのだろう。裁縫の課題で縫ったタオルをみんなに見てもらうことが、こんなに気持ちいいなんて。

 体の奥からゾクゾクと、今までに味わったことのない恍惚感がこみ上げる。
 残りの授業時間は十数秒。その間、心行くまでみんなにこのタオルを見てもらいたい。
 いや、授業が終わっても、これから先毎日だって自分のハンドタオルを大勢の人に見せつけて、細かい柄までしっかりと脳裏に刻みつけてあげたい。

 気が付けば美沙は全身を小刻みに震わせて目尻を潤ませながら、ハンドタオルを力の限り持ち上げ、大勢の男子たちに向かって叫んでいた。

「――お願い、みんな、もっと、もっと見てぇっ! しましまにうさぎのワンポイントがついた、私の≪……」

 キーン、コーン、カーン、コーン……
 目の前にいるクラスメイトたちに自分の心の奥からとめどなく溢れる願望を訴えている最中に、5時限目の終業を告げるチャイムの音が美沙の耳に入った、その瞬間。
 美沙は、自分の中でずれていた何かがカチリと戻るような感覚を覚えた。

「……『パンツ』を、いっぱい見てっ!

 ――え?」

 力の限りその叫びを発した後、一瞬、美沙の思考が止まった。
 自分の口から出たその単語と、自分の叫んだ文章の意味。それは、にわかに受け止めるにはあまりにも衝撃的なものだった。

 ――今、私はなんて言葉を発した?

 いや、今に限った話ではない。更に記憶を辿ってみれば……

 ――私はこの授業の間ずっと、『タオル』という意味のつもりで何という単語を使っていた?

 残酷なことに、正常に戻った美沙の意識は、すでにそれをはっきりと認識していた。そして、それがどんないやらしいことを意味するかも。

 ――嘘だ。

 私が自分からパンツを見てほしいと叫ぶなんて、そんなこと、ありえない。何かの間違いに決まっている。
 救いを求めるように、美沙は縋るような目で家庭科室にいるクラスメイトたちを見渡した。
 今ならば、はっきりと認識できる。男子たちの……いや、女子たちも含めて、全員の視線は、美沙が掲げているはずのハンドタオルの方ではなく――もっと下、美沙の下半身に向けられていた。

「あ……ぁ……」

 ――確認したら、ダメだ。

 美沙の本能が全力で警鐘を鳴らす。しかし、クラスメイト達の視線の先を追うように、美沙は少しずつ自分の体を見下ろしてしまう。
 最初に目に入ったのは、肩ほどの高さまで掲げられた自分の両手。その両手には、確かに美沙が先ほど編んだ、縞模様のハンドタオルが握りしめられていた。
 そのハンドタオルの真ん中に縫い付けられているのは、美沙が記憶している通りの、可愛いうさぎのアップリケ。

 そして、もう一つ。
 美沙が全く編み込んだ記憶のない、タータンチェックの布地――

 ……制服のスカートの裾が、アップリケとともに、しっかりとハンドタオルに縫い付けられていた。
 当然、ハンドタオルに引っ張られてスカートは限界まで大きくめくれ上がり、本来ならば隠されているはずの自分のブラウスの裾や白いお腹の真ん中にたたずむ小さな臍が完全に丸見えになっていた。
 そして、その下には……

 白地に、青い縞模様の布。そして真ん中には可愛いうさぎのワンポイント。

 先ほど美沙が自分自身の口で、クラスメイト達に見せると自信たっぷりに宣言した……

 可愛い『パンツ』が、まさに全員の視線に対して完全に晒されていた。

「……っ!」

 何故、なぜ。

 自分の置かれたあまりに荒唐無稽な状況に、無数の疑問符が頭の中でぐるぐる回るが、全く答えが出てこない。
 ただひとつはっきりと言えることは、大勢のクラスメイト達に自らの手でスカートの正面を大きくめくり上げ、下着を見せつけてしまったという事実だった。

 ハンドタオルから手を離すことすら忘れて茫然自失としている美沙の耳に、いつの間にかギャラリーの最前列で眺めていた浩一の声が届く。

「くすくす……これで賭けは僕の勝ちかな? それじゃ約束通り、美沙のことは卒業まで好きにさせてもらうね。
もちろん、抵抗したければ好きにしていいよ……無駄だと思うけど、ね」



 それからというもの、美沙の学園生活は、散々の一言だった。
 なにせ、毎日のように浩一が、美沙に対して次にような『予告』をしてくるのだ。

「美沙は次の体育の時間の後、男子更衣室で着替えてしまうよ」
「美沙は明日、上半身にブラウス以外何も着用せずに登校してしまうよ」
「美沙は今夜、お風呂上りにバスタオル一枚の姿の写メを撮影して、クラスの男子全員に送ってしまうよ」

 不思議なことに、さんざん浩一に恥ずかしい目に遭わされているにもかかわらず、何故かそれらの『予告』を耳にするたびに美沙は催眠術のことをすっかり忘れてしまい一笑に付してしまうのだ。
 しかし、考えられない『ミス』や『勘違い』が連発した結果、必ず浩一の予告通りに男子たちに大いに目の保養を与えてしまうのだった……。

 
 
< おわり >


 

 

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