超越医学研究所HML


 

 

武器よさらば(前編)


 東京湾岸の、人影もまばらな埠頭の一画に、一隻の船が停泊していた。全長20メートルほどの大型 クルーザーで、一見したところ、何の変哲もない民間の船舶である。
 しかし、その中では……。

「副官、作業は順調かね?」
 副官と呼ばれた男がコックピットの計器類を前にして、作業をしている。
 口髭をたくわえた、浅黒い肌でアラブ系の顔立ちの男である。

「必要な物資の積み込みは、夕刻までには終わります、大佐。明朝には出航できます」
「そうか」
 大佐――もう一人の男はそう呼ばれていた。
 軍服を思わせる暗色系のマオカラーのスーツ。彫りが深く、鼻が高い顔立ちで、髪をオールバックにまとめている。年の頃は、40歳から50歳ぐらいにも見えるが、実際はもっと年を取っているのかもしれない。
「これからどうするおつもりです? 大佐」
「キャシー竹橋の深層意識から、ドクターMに関する記憶を強制サルベージする」
「は……」
「これまでの私の研究にくわえ、ドクターMの開発した化学療法を導入すれば、完全なサイコマンダーを作り出すことができる。
 最強の兵士、最強の軍隊……それこそが私の究極の夢」
 やや間を置いて、副官が質問した。
「では、いずれキャシー竹橋にも化学療法を?」
「さて……それは未定だが、サルベージのあと、彼女が正気でいられるという保証はない。
 いずれにしても……」
「はい?」
「キャシー竹橋はサイコマンダーとしては優しすぎたのだ」


 大佐は、コックピットを後にすると、一人、船底へと続く階段を降りていった。そこには……。

「ん……はあ……うふん……ううん……」
 空気が淀んでいる薄暗い船底で、しかしはっきりと聞こえてくる怪しげな声。
 裸の女が喘ぎ声をあげている。
 身長180センチはあろうかという大柄な女である。髪は乱れ、汗まみれになって身体じゅうがてらてらひかっていた。

 女に群がるように裸の男が四人。いずれも女に負けないくらいの長身で、全身の筋肉が隆々としている。
「ああン……んぐッ、んんっ……」
 レイプされ、輪姦されている図だが、女の声は歓喜にふるえていた。
「いいッ……! いいのぉ……!」
 なかば呆れたように、男が腰を振った。
「すげえぜ、この女。まだしゃぶりついてきやがる」

 キャシー竹橋。
 都内の某ホテルから連れ出され、大佐とその一味の手に落ちた元女兵士の変わり果てた姿がそこにあった。

 誇り高かった女兵士のなれの果てとしては、あまりに淫乱であさましかった。
 今まさに一人が、四つんばいになった女の背後から、ペニスを挿入し、腰を動かしている。
 一人は口でくわえさせ、一人はヒップを抱えながら、指先でアヌスを刺激している。
 もう一人は女の身体を下から抱くようにして、彼女の巨大な乳房の感触を両手で愉しんでいる。

 男と女の流す汗、精液、あらゆる体液がまざりあって、艦底の薄暗い場所には異様な臭気が立ち込めていた。
 男女五人のもつれあった肉のかたまりは、ぐにゃぐにゃと軟体動物のように形を変える。
「うおッ……!」
 獣のような声をあげて、キャシーの中で男が果てた。
 腰の動きがゆるゆるとなり、射精直後のまだ半勃ちの固さを残したペニスを引き抜くと、キャシーの膣から大量のザーメンがどろーりと流れおちた。
「あふ……ぅん」
 女は感じている。

 いったいどれだけ、彼女の体内に男達の精液がそそぎこまれたのか?
 腫れあがったクリトリスが、白濁液にまみれててらてらとぬめっている。
 すると、待ってましたとばかりに、別の男がキャシーの腰をとらえ、勃起した巨大なペニスをぬるりと突き挿れた。
「ああうんッ……!」
 キャシーはのけぞり、だらしなくあいた口からはだら〜りとよだれが垂れた。

 まるで新しい餌でも与えられたかのように、マ×コに男根をくわえこんだキャシーはぶるるんとヒップをふり、汁をとばした。
 ぴちゃぴちゃと、ねばっこい液体が床にまきちらされるのを見て、いましがた射精したばかりの男が、呆れたような表情で大佐に声をかけた。
「まるでサカリのついたメス犬……いや、それ以上ですぜ、大佐。こっちがもちませんよ」
「何も考えさせず、頭の中を真っ白にさせておくのがいいのだ。一昼夜でもぶっつづけで抱いてやるがいい」
「うえッ」
 精力絶倫の男が、キャシーのグラマラスな肉体にくらいついても、さすがに食傷気味であるらしかった。
 男は床の上に足を投げ出したまま、首をまわして背後に視線を送った。

「そっちの女もやっちまっていいですかね? 大佐」

 男が好色そうな視線を向けた先には……。
 もう一人の女がいた。
 超越医学研究所主任研究員……神保美紀が、かたわらの座席にぐったりとして座っている。
 乱れた着衣で、胸の谷間が見えそうなほどに襟元が開いてしまっていた。
 意識はあるようだが、眼鏡の奥の目が虚ろである。まるで魂が抜けたかのように。
 湾岸のホテルからキャシー竹橋とともに、ここまで連れ去られてきたらしい。

「だめだ。ドクター神保は私の大事な客だ」
 大佐がきっぱりと言った。
 修羅場を目の当たりにしながら、美紀は感情の動きを示さなかった。
 大佐は美紀のあごをとらえ、自分の方へ、クイ、と上向かせた。

「ドクター神保、私の部屋に来たまえ」
 美紀の瞳を覗き込んで、大佐はニヤリと笑った。


「ん……あふん……うん……」

 クルーザーのキャビンに、水平線が見える大佐の個室があった。
 部屋の片隅には、真っ白なシーツに包まれたベッド。
 大佐は全裸の美紀をベッドの上に寝かせると、覆い被さるようにして性交を求めてきた。
 美紀は頭の片隅で、まるで他人事ででもあるかのようにぼんやりと考えていた。
 大佐に抱かれるのはこれで何度目だろう。
 ホテルの一室で、大佐の毒牙にかかり、処女を奪われ、数々の辱めを受けた。

 そして、今ここに、ショックで茫然自失のまま、人形のように抱かれるだけの自分がいる。

 まだ、最後の理性だけは失っていないと思っていた。しかし、大佐のテクニックは徹底していた。その愛撫は、的確に美紀の性感帯をついてきた。
 股間に顔を埋め、陰部をむさぼり、アヌスに口づけることさえ厭わなかった。
 口にふくんだ乳首を、舌先でてろてろところがされると、ゾクッとする感覚が背筋を走る。
「あ……ンッ!」
 つい反応して、声を出してしまう自分が、ひどく汚らわしく思えた。
 節くれだった手が荒々しく乳房を揉んだ。
 キスがむりやり口をふさぎ、舌が侵入してきた。
 大佐は美紀の股をM字にひらかせると、亀頭をワギナにあてがい、一気に腰を突き入れた。
「んん――――――ッ!」
 くぐもった叫び声を美紀があげた。
 子宮まで届いたかというような荒々しい挿入。
 大佐は女の身体をベッドに押さえつけるようにして、腰を突きげた。
 浅く、深く……激しく、ときに歯がゆいほどにゆっくりと、大佐の極太のペニスが美紀の膣を思うざまにえぐり、かき回す。

 まだまだ小さく、キツい美紀の膣口を、肉棒がこじあけて、突き上げると、男と女の粘膜どうしが激しくこすれ合うイヤらしい音が……。
 美紀が苦しそうに身をよじり、真っ白い裸身を火照らせる。

「君の肉体は素晴らしい。まるでとろけるようだ」
「いや……いやぁ……」
 荒い息づかいで、大佐が美紀の耳元にささやきかけた。
 さらに容赦なく腰を振る。腰の骨が砕けるかと思うほどの激しい動きだ。


「うおッ……!」大佐がもらした、絶頂に達する声。
 ドクドクッ……!
 堰を切ってあふれ出る。大佐の熱い体液が。

 ああ……中に出てる。
 大佐の精液が、膣内に注ぎ込まれていく。

 美紀はがっくりとベッドに突っ伏して、裸の背中を波打たせた。もう涙も枯れ果てていた。
 情事のあとのしばしの休息――。
 やがて大佐は、美紀の髪をなぜ、肩を抱き寄せ、キスをした。
 こうして見ると、年の離れた愛人との逢瀬のようであるが、美紀はまるで人形であるかのように無反応であった。
 大佐が美紀の瞳をのぞきこむ。
 ここで大佐の口から発せられたのは意外なひと言だった。
「ドクター神保、これまでの数々の非礼はお詫びする。ここで君を解放してあげよう」
 うつろな神保美紀の目に、かすかな光が宿った。
「ただし、私からのメッセージを、伝えてくれるのならね」



 舞台は変わって、ここは東京湾岸の、工場、倉庫が建ち並ぶ一区画。
 その建物は、これといって目立たない外観で、付近にある倉庫街に溶け込んでしまっている。昼間でも人の出入りもそれほど多くはない。

 実はこの施設、地上部分のほとんどがダミーで、本体は地下にある。湾岸の地下50メートルを掘り下げた巨大な空洞に、人知れず建設された謎の医療研究機関。
 超越医学研究所〜HYPER MEDICAL LABO〜である。
 今日も今日とて怪しげな研究や、末期的な臨床治療に明け暮れる研究所の日々――。
 しかしこの日は、突如として勃発した大事件に、スタッフ一同は緊迫していた。
 地下にあるラボの内部に舞台を移してみるというとそこでは……。

「このどアホ!!」

 長い黒髪。真紅のチャイナドレスの上に白衣をはおったお馴染みのスタイルで、まるで周囲を威圧するかのように闊歩しながら、研究所の研究員で女医でもある江錦華が怒鳴りちらした。
 腕を振り回し、オーバーアクションに身体を動かすたびに、ドレスのスリットから、カモシカのようにスラリとした脚が見え隠れする。
 不規則で放埓な生活にもかかわらず、相変わらずスレンダーなボディを維持している。いったいどんなダイエットをこころがけているのかは謎である。

「神保主任が行方不明やて?! キャシー竹橋も後を追って出て行ったあ?!」
 美貌に似合わない激しい気性である。顔を真っ赤にして怒っている。

「だいたいおのれは何をしとったんや?! 猿楽!!」
「いや、その、あの、つまり、僕は……だから……」
 男性研究員の猿楽一郎は、錦華に襟首をつかまれ目を白黒させた。
「番犬……いや、番猿ぐらいの役にはたたんのかい?! このアホ! ボケ! カス!」

 ひどい……と、涙ながらに訴える猿楽一郎だが、錦華はいっこうにおさまる気配がない。
 しかし、殺気立つ江錦華とは対照的に、研究所長の水道橋正宗は腕組みをし、目をつむったまま無言であった。

 合衆国での学会に出席していた、超越医学研究所・水道橋正宗所長と、江錦華研究員は、つい先程、研究所へと戻ったところだった。
 留守を任された神保美紀主任研究員は、外部からの電話があったのち、外出したまま帰らず、キャシー竹橋もその後を追うようにして飛び出していったきりすでに一昼夜がたっていたのである。
 キャシー竹橋は、研究所の入院患者である。最近は病状が安定していたことから、これまでリハビリがわりに見習い介護士ということで、所内の臨床医療部門で手伝いのようなことをしていたが、主治医である神保美紀の許可がなければ外出はできない。
 もっとも居心地がいいのか、彼女も脱走するそぶりも見せなかったため、周囲も安心しきっていたということもあるのだが。
 もともとキャシー竹橋は、研究所をスポンサードするヨーロッパのエリノア財団本部からわざわざ移送されてきた経緯がある。と、いうことはいわゆるVIPなのであり、背後に複雑な事情があることについては暗黙の了解であった。

 とくに彼女の「価値」に気がついている江錦華が激昂するのも、当然といえば当然なのだが……。
「あのう……」
 その場の空気に似つかわしくない声が発せられた方向に、集まっていたメンバーがいっせいに振り向いた。

「あのう……神保主任がお戻りになりました」
 須田悦子ナースがおそるおそる告げた。
 皆がいっせいに見ると、ふらふらとした足取りで、須田悦子の背後から、彼女にすがりつくようにして現われたのは、まぎれもなく神保美紀主任研究員その人である。
 自力でここまで歩いてきたらしい。だが、顔色は青ざめ、目には生気がなく、研究所から出て行った時の服装そのままであるが、どこか乱れたような印象がある。
 あわてて駆け寄ったスタッフに助けられながら、ソファに腰をおろした。
「主任!」
「神保主任!」
「大丈夫ですか?!」
 一同は口々に美紀を気づかい、ある者は背中をさすり、ある者は水を飲ませようとした。
「船が……。キャシーさんを乗せた船が……」
 美紀は必死に訴える。だが、その言葉は混乱し、脈絡がなかった。
「所長はどこに……?」

「神保君、私はここだ」
「ああ……所長」
 神保美紀はおもむろにソファから立ち上がり、水道橋正宗に向かって一歩、二歩と踏み出した。周囲が道をあけ、正宗が美紀の真正面に立つかたちになる。
 神保の足取りはフラフラしており、ひどく危なっかしかった。
 おや? と、周囲の者はこの時妙な感覚にとらわれた。

 今にも泣きそうな顔の神保は、いやいやをするように首を左右に振った。
 そして、まるでスローモーションのように、上着の内ポケットに手を入れ、「何か」を取り出す。
 神保の腕が空中で円を描いたかと思うと、真正面に立つ水道橋に狙いをつけて、ピタリと止まった。
 その一連の動作を、一同はただぼう然としたまま見つめているだけだった。
 水道橋正宗がくわっと目を見開いた。
 美紀の右手に握られていたものは……凶銃スチェッキンAPS――。

「危ない!!!!!」

 江錦華が絶叫し、駆け寄ろうとしたまさにその瞬間、轟音をあげて拳銃が火を噴いた!

 ズドン!!

 錦華がとっさに拳銃をたたき落とし、返す刀でみぞおちに当て身を入れると、神保美紀は「うッ!」と、うめき声を残して床に崩れ落ちた。
 周囲で悲鳴があがり、その場が凍りついた。
 錦華は水道橋を振り返った。
「所長!」
「ん、生きてるよ」
 水道橋所長の右の頬にわずかに血がにじんでいる。が、ダメージを受けたような様子はなく、平然としている。
 至近距離からの発砲を、超人的な反射神経で間一髪かわしたらしかった。

「主任!」「神保主任!」
 みんなの注意は倒れたままの神保美紀に向けられた。
「暗示をかけられとったんや……! おそらく所長に会ったら発砲するようにな」
 青ざめた表情で江錦華が言った。
「無事で何よりでしたな、所長」
 錦華はハンカチで水道橋所長の血をぬぐった。
「私はだいじょうぶだ。神保君を手当てしてやりなさい」

 江錦華は、みなが騒ぎに気を取られている隙に、床に落ちたスチェッキンをさりげなく拾い上げると、自分の懐にすべり込ませた。
 アブないとこや……証拠隠滅、と。

「所長……申し訳ありません……所長」
 美紀はうわ言のように繰り返した。その瞳からは涙があふれていた。
「今は何も言わなくていい」
 なぐさめるような口調で、水道橋が美紀に言葉をかけた。

「キャシーさんが……。大佐が……」
 美紀に意識はあるのだが、かなり混乱している。
 しきりに空をつかむような動作を繰り返した。
 看護婦の小川もと子が心配そうにのぞきこむ。
「キャシーさんがどうかしたんですかぁ?」
 だが、美紀ははっきりした答を与えることはできなかった。

 じきに担架が運び込まれ、複数の人間の手を借りて、美紀が乗せられる。

 水道橋正宗は事態の持つ意味を察したようであった。
 そしてもう一人、事態のあらましを察しているらしい人物が――。

 水道橋所長は、江錦華を振り返り、誰にも気づかれないように声をかけた。
「錦華君、一緒に所長室まで来てもらえるかね」
 錦華はうなずいた。


 彼女にしてみれば、あまり足を踏み入れたことのない所長室である。
 マニアックな器材、得体の知れない標本類、本棚には洋の東西を問わない医学書ばかりでなく、山のようなサブカル本、トンデモ本の数々。
 ――まあ、自分の研究室だって人のことが言えるようなところじゃないし……。
 これらはいいとして、壁にはグラマーな水着美女のポスターとか、誰が着るのかわからんがフリルのついたナース服とか、一見すると人体模型のようにも見えるが、よく見ると萌えアニメキャラのお色気フィギュアとかがさりげなく飾られているのは見なかったことにしよう、と錦華は思った。
 水道橋正宗は江錦華の方にくるりと向き直ると、おもむろに口を開いた。

「錦華くん、君は中国の諜報員だね?」

 ずで――――――――ん!(錦華がズッコける音)

 不意をつかれてひっくり返った錦華は、机にすがりつくようにして、何とか身体を起こして立ち上がった。
「あ……あ……そんなあっさり! なんちゅう大雑把な……!」
「だって、時間をかけてもしょうがなかろう」
「せやかて、スパイ物といえば、手に汗握るアクションシーンとか、任務と私情の板ばさみになる女スパイの苦悩とか、描かんといてええんですか?! みんなすっとばしてもうて……」
「非常事態なんでな。それに君はそんなキャラじゃないだろう」
「そりゃ、まあ、そうですがね」
 錦華は少しふてくされたような顔をした。

「事態は緊急を要する。君に協力してもらいたい」
「はあ……まあ、うちにできることやったら何なりと」
「神保君はどうやら船に監禁されていたらしい。敵の移動手段は船舶だ。海上ルートでおそらく東シナ海方面へ抜けるつもりだろう。日本の沿岸を離れる前に、海上を封鎖する。そのために中国の力を借りたい」
「簡単に言いますが、どうやって海上封鎖しますのん?」
「ちょっと耳を貸したまえ」
 錦華は耳にかぶさる長い黒髪をかきわけるようにして、水道橋所長に顔を近づけた。
 水道橋は、何事かをささやきかける……と見せかけて、彼女の耳たぶに、
 フッ……! と、息を吹きかけた。
「ひゃあッ!!」
 錦華が跳びあがった。
「な、な、な、何をしまんねん?! いきなり!」
「あ、ゴメン、つい。だいじょうぶ、もうしないから」
 と、言いながら、別に反省している様子もない。
「まったく緊迫感がないっちゅうか……」
 ブツブツ言いながら、あらためて耳を寄せる。
「ボソボソボソ…………」
 所長がふた言、三言ささやいたそのとたん、錦華は目玉をむき、先ほどにも増した驚きで跳びあがった。

「ようそんなこと思いつきよりますな!!」
 しかし、当の水道橋はいたって平然としている。
 錦華はコホン、と咳払いをひとつすると平静を装って……。
「しかし、現在日本政府と中国とは微妙な状況にあります。中国側にもそれなりのメリットがないと、よう手は貸しませんで」
 さもありなんと水道橋はうなずいた。
「キャシー竹橋の身柄は……どうやら敵の手に落ちた」
「の、ようですな」
「彼らがキャシー竹橋の身柄にこだわるのには理由がある。君も気づいているとは思うが、彼女の握る秘密は、軍事の面で大きなメリットをもたらすものだ」
「ふんふん」
「そして、彼らはそのメリットを独占しようとしている。そうすれば現在の軍事上のパワーバランスが大きく崩れることになる。
 それは中国にとっても歓迎すべき事態ではあるまい」
「なるほど、するどいですな。さすが所長」
 江錦華はポン! と、手を打った。

「わかりました。中国政府にはうちから働きかけてみましょう。しかし……や」
 彼女はひと呼吸おいて続けた。
「ここはひとつ、うちへの報酬というもんもお考えいただきたいですわあ」
「何が望みだね?」
 錦華はニヤリと笑った。この人は話が早いから助かる。

「まあ、うちも医学者の端くれですさかい……この研究所にお世話になってからこの方、個人的な興味っちゅうもんで、いろいろなデータも調べさせてもらいました。まあ、それをスパイと言われるんやったらしょうのないことですわ」
 錦華はシナをつくりながら、上目遣いに水道橋の顔を覗き込んだ。
「教えてもらいたいことがありまんねや。まあ、情報というか……秘伝っちゅうか」
 なんだね? というように水道橋は首を動かした。

「秘伝・恵神孔……。所長はご存知でっしゃろな?
 東洋医術の謎のひとつと噂され、不老長寿の奥義のひとつであるとも、また、他人を思いのままに操る術とも聞いとりますが……これがどうして秘伝中の秘伝。
 この研究所の文献もかたっぱしから漁りましたが、これだけはわからんかった。
 奇門遁甲の流れを汲むとの説もあるし、中国伝来の秘奥義とする説もありよります。
 そこはそれ、蛇の道はヘビ。所長やったら詳しくご存知やないかと思いましてな」
「ふむ」
 秘伝について教えてくれろということである。交換条件に。
 なに、それならばたやすいこととばかりに、所長はおもむろに語り始めた。
「恵神孔……は、中国道教と甲賀流忍術の流れを汲む導引術の一種」
「はぁ」
「気を発し、相手の神経経絡を刺激することにより、心的現象面を操るともいう。また一方で、人間の生命力を活性化し、潜在能力を引き出す。触感、音感、性感しかり、第六感しかり……」
「はぁ、はぁ」
「錦華君、ここにまっすぐ立ってみたまえ」
「はいな」
 錦華は背筋を伸ばした。チャイナドレスには身体の線がはっきりと出て、ぷりんとしたヒップが上を向いた。
 水道橋はおもむろに、錦華の背中、お尻より少し上の背骨のあたりに手をあてた。
「…………?」
「ではまず、下腹部にある丹田にハンドパワーをもってして波動を送る」
 なにやらごたくを並べながら、水道橋は全身の筋肉を緊張させ……。
「ふんッ……!」
 気合をこめると、錦華は自分の背中から下腹にかけて、ズンッ!……と何かが通り抜けたように感じた。
「ひッ……?!」
 所長は、手のひらを密着させたまま、錦華の肌の上をずずず……と這わせた。
 腰から背中へ、さらに前の方へと。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと……!」
 錦華は抵抗しようとしたが、相手は有無を言わさない。
「女性の経絡は一段と複雑なのでな。山あり谷あり、思わぬ落とし穴がないとも限らん……」
 無遠慮に下半身をまさぐっているようにしか見えない。
「これやったら、ただのセクハラ親爺やん……。ひッ……!! ひいいッ!!」
 急に江錦華は叫び声をあげた。所長の手のひらから発せられる気が、快感のツボにはまった。
「むむむ、ここだな」
 ちょうど下腹のあたりにあてがっている手のひらから、何か熱いものが身体の中に流れ込んでくるような……そんな感じがした。
 急に頭のてっぺんから、足のつま先まで電流が走った。
「あひッ……!」
 ずどん、ずどんと突き上げてくるような衝撃があった。しかし、水道橋の手は動いていない。手のひらから発せられる謎の「気」が、錦華の肉体に作用しているのである。

「な、な、な、なんのこっちゃ―――――ッ!」

 錦華はもう自力では立っていられなかった。かろうじて机の角にしがみつくようにして身体をささえている。
 内またに折れ曲がった膝がガクガクブルブルと震えていた。

「どうやら第一段階は成功したようだ! 引き続き、子宮口付近の交感神経のアドレナリン分泌を増幅し、快楽電流に変換する。これで錦華君の感度は通常の3倍に……!」
「あの……ちょっ、ちょっ、ちょっと!」
 まだ心の準備が……と言おうとしたのだが、水道橋は身構える暇も与えずにツボを押さえた。

「ひ――――――――――――ッ!!」

 何かが一気に解き放たれた。
 電気を帯びたヘビが、うなじ、乳房、胸の谷間、わきの下、お尻、内腿と、全身の性感帯を這いずり回っているような、味わったことのない快感!
 何かが所長の手から、身体の中に何かが流れ込んでくるような怪しい感覚!
 ああああああああああ!!

 たちまち絶頂に達する。
 がっくり……。
 床に膝をついてしまった。
 唇がぽかんとあき、ヨダレがつ――と流れ落ちた。

「どうだね、錦華君。恵神孔を体感した感想は?」
 すぐには声が出なかった。
 熱い息を吐いて、錦華は長い髪をぶるぶるとふるわせていた。チャイナドレスの裾がまくれ上がり、かもしかのようなスラリとした脚を、つけ根まで露出させている。

「……めんといて……。やめんといて……。そこ、も……もっとぉ」
 甘えるような声を出した。
 潤んだ瞳で水道橋のことを見上げている。

 あかん、垂れてきよった……。内腿をオ×コ汁がつたっとる。
 ああ……タマらんわぁ、この背徳感……。

 などと思っているうちに、あうんの呼吸で、水道橋が背後から撫で上げる

「ああッ! はあああ〜〜〜ん……!」

 錦華のドレスの布地一枚下はノーパン。しかし、けっしてそのものズバリの陰部とかをまさぐっているわけではない。
 にもかかわらず、水道橋の掌中から発しられているかのような熱が、子宮の奥にまでとどいてくるようで。
 まるで、バックから挿入されて突きまくられているようなこのキモチ。
 いや、SEXなんか問題じゃないこの快感!
 錦華はいつのまにか自分で自分の胸を揉みしだいていた。もみもみ……あっはぁん。

 脳天突きぬけるうううううう!
 もっと、もっとイヤらしいことしてええ―――――――――――!!!!!

 ぜえぜえはあはあ荒い息をしながら、錦華が顔を上げた。
 耳たぶまで真っ赤にして、精も根も尽き果てたという顔つきである。

「……今日はこのくらいにしておこう」
「ううん、イケズやわあ」



 ――その日の午後。

 それは突然飛び込んできた事件であった。
 東京湾沖の海中において、日本領海内を領海侵犯の潜水艦が航行しているのが確認されたのである。潜水艦の国籍は不明。
 スクリュー音などから、近年周辺の海域で活動を活発化させていた、中国の漢(ハン)級原子力潜水艦の可能性が高いとされ、確認を急いだが、謎の潜水艦は海中深く潜行したまま浮上せず、まるで日本近海の警備網をあざ笑うかのように悠然と航行を続けた。
 日本政府は緊急に海上警備行動を発令し、海上自衛隊の護衛艦2隻と搭載ヘリ、P3C哨戒機などを進発させ、追尾を行った。

 政府官房長官は緊急の記者会見を行い、情況をマスコミを通じて発表した。しかし、官邸での会見では、国籍不明の潜水艦の領海侵犯を許したという厳然たる事実について、政府への批判が集中した。

「官房長官! これは責任問題にもなりかねないのでは?! 総理はどこで何をなさっているんですか?!」
「首都に近い東京湾沖に、こうもやすやすと戦闘用の艦船の侵入を許すとは、沿岸警備体制に根本的な問題があるのではないですか?!」
「現在、護衛艦2隻とP3C哨戒機などで追尾させるとともに、領海内、沿岸の警備を強化しています」
「潜水艦の国籍は不明ですか?」
 マスコミの鋭い追及が矢継ぎ早に繰り出される。

「浮上しない限り国籍特定は困難です」

 マスコミを通じての事態の公表まで時間がかかったことから、官邸に釈明が求められたが、日本政府は潜水艦発見の第一報から、警備行動の発令は迅速に行っていた。

 海上自衛隊は護衛艦2隻と搭載ヘリ、P3C哨戒機などを発信させ、潜水艦の艦影を補足、同日夕刻に至るも追尾を継続した。
 防衛庁によると、国籍不明の潜水艦は小笠原諸島の近海を、時速50キロで潜水航行。南下して領海外に出る見通しであるが、なお予断を許さない状況にあるとのことだった。
 すわ、有事か! という緊張状態の中、時間だけが経過していった。



「大佐、日本政府が自衛隊による海上警備行動を発令しました。もはや蟻の這い出る隙もありません」
 副官が無念そうに言った。
 ここは大佐が日本脱出の準備を進めていた、艦艇の艦内である。
「沖縄洋上から東シナ海を抜け、マニラまでの船の旅を楽しむつもりが……無粋なことをする」
 大佐はギリ……と歯噛みをした。しばし深く考え込んでいる。
「一般の船舶なら航行は可能ですが、この船はヤバイ装備が多すぎます。とくに……」
「わかっている。キャシー竹橋を置いていくわけにはいかない」
 額にしわを寄せながら大佐が言った。
「どうします? 自衛隊の警戒態勢が解除されるまで、東京湾岸で待機しますか? しばらくかかるとは思いますが」
「事態は緊急を要する。マサムネがこの船の位置を嗅ぎつけるのは時間の問題だ」
「では、どのように?」
「マニラ秘密基地の実験設備が使えないのなら、キャシー竹橋のマインド・サルベージは、日本国内で行う」
「しかし大佐、この国にサルベージに必要な設備があるでしょうか?」
「ある!」
 大佐はきっぱりと断言した。
「水道橋正宗……われわれを封じ込めたつもりかもしれんが、次の一手、どうするか見ておれ」
 そして大佐はニヤリと笑うと、
「神保美紀に取りつけておいた発信装置のシグナルはチェックしてあるかね?」
「はい、Aの712で消失しました」
 計器を覗き込んで、大佐は笑った。
「予想したとおりだ。奴の本拠は湾岸の、ここからさほど遠くない地点にある」
「はい」
「よし、至近距離で上陸して一気に勝負をつける! 副官! 今すぐ乗組員全員に武装させろ! 戦闘の準備だ!」
「はッ!!」
 艇は、海面をゆっくりとすべり出した。
 すでに夜の闇が東京湾に落ちていた。
 大佐は、闇の向こうにあるはずの目標地点に向かって、まっすぐに指をさし示した。

「攻撃目標は、超越医学研究所!」

 
 


 

 

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