超越医学研究所HML


 

 

JINBO電撃作戦(前編)


 皆さ〜〜ん、私、超越医学研究所主任研究員・神保美紀で〜〜〜す!
 今回は、な、な、なんと海外出張ですの。
 
 それは、研究所の、平和な昼下がりのことでした。
 この時間、所長は所内のジムでトレーニング中です。床上据付け式のバイクをこいで健康的な汗を流していらっしゃいますわ。やはり医師たる者、日頃から自らの健康にも十分な気づかいをなさるというのはさすがでいらっしゃいますわ。
 たくましい筋肉が躍動していらっしゃって。肉感的と言いますか、なんと言いますか……。
 あの、トランクスのわきから何か見えているんですけど……。私、思わず頬を赤らめてしまいましたわ、……ポッ。
 
「神保君、先日話のあったエリノア財団のデータベースのことだがな」
「はいっ!」
「財団から返事があった。キャシー竹橋に関する記録の閲覧については、これを許可する、ということだ」
「ありがとうございます所長!」
「ついては、至急神保君にはエリノア財団本部のあるウィーンに飛んでもらうことにした」
「は?」
「明日の便の航空券が取れてたんだけど、言うの忘れてた。ゴメンね」
 「あの……直接ヨーロッパの本部まで足を運べと?」
「うむ、小川君と二人で行ってきたまえ。先方の財団理事長によろしくね」
 ……と、いうことですの。
 
 データベースの閲覧なら、パソコンの端末からでアクセスさせていただければよろしかったのに……あと、メールでとかって、誰だってそう思いますですわよ!
 しかも出発が、明日! 明日! 明日!
 きゃ―――っ、ぱたぱた! きゃ―――っ、ぱたぱた!
 私一気にパニック状態に陥ってしまいましたわ! 財団へのお土産はどうしましょう?!
 いえ、取りあえず荷づくりですわ、荷づくり! もと子ちゃん! 歯ブラシはともかく、ゴムひもをトランクに詰め込んでどうしますの?!
 こら、それは私の……!
 
 ……というわけで、あわただしい出発準備もそこそこに、私はオーストリアはウィーンへと向かう飛行機の機中の人となったのです。
 しかし、ひるがえって考えてみますと、所長に私を信頼していただいておればこそ、これまで研究所から誰も訪問したことのないエリノア財団本部への出張をお許しいただけたのですわ。
 そう、エリノア財団は超越医学研究所のスポンサーであり、実質的な上部団体の意味を持つのですが、その本部は欧州オーストリアの首都・ウィーンにあり、医療に関する何らかの研究開発を目的とするという以外、規模、構成員、存在意義、その他もろもろなどすべて不明。
 その実態は神秘のベールに包まれておりますわ。
 そのエリノア財団本部に直接足を踏み入れる……。これは所長のありがたいご配慮であるとともに、はばかりながらこの私に対しなみなみならぬご期待をおかけいただいているということに違いありませんわ!
 エリノア財団の実態をこの目で見届けてこいと。
 
 さながら私は医療の世界の謎に挑む美しきエージェントですわ!
 何だか興奮してきましたわ!
 がんばらなくっちゃ、ですわ!
 
「主任ってば……」
 隣のシートに座って私の袖を引いているのは、今回の出張に同行の看護婦兼研究助手の小川もと子ちゃんですわ。
「少し静かにしてくださいよぅ。まわりの乗客がおかしな目で見てますよぅ」
 
 さっきまで毛布をかぶって眠りこけていたはずなのに……。
 いけませんわ、私思わず声に出して話していたのですわ。
 
 とかなんとか言っているうちに、私達を乗せた飛行機は、日本から12時間をかけて、目的地であるウィーンへと到着したのです。
 
 到着ロビーに参りますというと、お出迎えの方ですわね、白衣を着た若い殿方がお一人、私ともと子ちゃんの方へよたよたと近づいていらっしゃいましたわ。なるほど、エリノア財団の研究員でいらっしゃるので白衣というわけですわね。
でも、だからといって往来で白衣を着用して歩かれることはないと思いますわ。
ちなみに私は白のジャケットに、タイトのスカートでビシっと決めていますわ。ビシっと……。
 こちらは寒いので、屋外ではオーバーをはおらなければならないのですが。
 
「エリノア財団・付属医科学研究所の研究員をしています、ニ、ニ……ニコライ・D・ケルセンブロックです」
「神保美紀です。初めましてですわ」
「小川もと子で〜〜〜す」
 白衣の人物――ニコライ・D・ケルセンブロック氏は、私ともと子ちゃんの二人連れを見て、明らかに意外といった表情をお見せになりましたわ。若い女性二人とはお聞きおよびでなかったのかもしれませんわね。急に襟を正したような態度をお取りになりました。
「実は理事長は国際会議に出席中でして、週末までには戻る予定にしていますので、それまでの間、私が対応させていただきます」
 ケルセンブロック氏に空港の駐車場まで案内された私ともと子ちゃんは、そこで待ち受けていらっしゃいました車に乗せていただいたのです。
「こちら、運転手のイワノフです」
「イワノフです。よろしくお願いします」
 運転席の男性が、鳥打帽を少し傾けて、会釈なさいました。40がらみといったところの、地味な格好をなさった、大柄でいかつい感じの運転手さんです。
「私は神保美紀、こっちが助手の小川もと子。こちらこそよろしくお願いしますわ」
 助手席にケルセンブロック氏、後部座席に私ともと子ちゃんを乗せて、車は駐車場をすべり出し、エリノア財団のある市街地へと向かったのです。
 
「しかし驚きましたね、日本からわざわざお越しになるとは」
 ケルセンブロック氏が、助手席から後を振り返って、おっしゃいました。
「いえ、あの、超越医学研究所の研究員ということで、どんな方がいらっしゃるのか正直言って不安だったのですが……」
「あら、私たちの研究所は、そんなに不評でして?」
 
「と、とんでもない! ただ、以前お目にかかった水道橋博士はとても……」
「とても、立派な方ですわ」
「は?」
「私たちがわざわざうかがいましたのは、私どものクランケ(患者)に関する記録が、機密に属する事項とお伺いしていますので……」
 私は本題に切り込みました。
「キャシー竹橋さんのエリノア財団本部における治療データその他いっさいの記録……それらの閲覧が今回の私たちの目的です」
「あの気の毒な女兵士のことですか。私は主治医ではありませんでしたが、こちらの研究所でもずいぶんと話題になりました。彼女は、その後どうです?」
「すっかり元気になっております。ただ……」
 イワノフさんはハンドルを切り、カーブを曲がりました。
 私たちはその拍子に窓側に大きく倒れかかり、私は何とはなしに話の接ぎ穂を失ったのです。
 空港を出て、市街地まで車で30分ほどでしたでしょうか。ウィーンは申し上げるまでもなく、ヨーロッパ随一の名門王朝ハプスブルク家の都として栄えた美しい都市。モーツァルトやベートーヴェンをはじめ、数多くの著名な芸術家を生んだ、芸術の都。
 もと子ちゃんは珍しそうにウィンドウにへばりついて外の景色を眺めていますわ。
 ここが、古くからの町の中心部にあたるのでしょうか。
 
「ドナウ運河です」
 ケルセンブロック氏がおっしゃいました。
 車はいつの間にか、ドナウ運河に沿って走っていたのです。
 車から見るウィーン市街の、すでに暮色が濃くなった空に、寺院の尖塔がシルエットとなって浮かんでいるのが印象的でした。
「ドクター神保、もう日も暮れたし、ホテルに部屋を取ってあるんだ。せっかくだから、食事がてら君とミス・もと子を車で案内しようと思うんだけど……」
「申し訳ありません、ドクター・ケルセンブロック。私はすぐにも調査に取りかかりたいのです」
 
 ウィーンは、ハプスブルク家の王城の地としての伝統的な顔の他に、ヨーロッパでは、ジュネーヴと並ぶ国連都市としての側面を持っています。
 王宮や寺院を中心とした中世からの街を旧市街とすれば、ドナウ河畔の国連ビルを中心とした地域を新市街とでも言うのでしょうか。
 私達が目指すエリノア財団本部は、それらの国連ビルのある一画からも少し離れた場所にあるという、ドクター・ケルセンブロックのご説明でした。
 
 そして、車はついにエリノア財団本部に到着したのです。
 秘密基地みたいな所を想像していましたが、門をくぐりますというと普通の教育研究施設のように見えますわね。芝生まであったりして。2階建てから3階建て程度の低層の建物が、点々と立ち並ぶ敷地の中を、車は徐行しながら進んでいったのです。
 やがてイワノフさんは、ひときわ目を引く白い建物の正面に車を寄せて、停車なさいました。
「着きました。車は私が車庫にいれておきますので」
 私たちは、正面玄関前に降り立って、あらためて建物を見上げました。
 ここも普通の建物ですわね。入口に警備員の方が立たれているほかは。
 
「ここが財団本部事務局で、付属の医療研究所を兼ねています。
 財団本部に立入る場合、ここから先はIDが必要になります。ドクター・神保とミス・小川には仮IDを発行してありますので問題ありません。どうぞ私についていらしてください」
 ケルセンブロック氏が、IDカードをカードキーのスリットに通すと、金属製の扉がすうっと横にすべるように開きました。
 いよいよ私たちはエリノア財団本部の内部へと足を踏み入れたのです。
「先ほど申し上げましたとおり、理事長は不在ですので、直接データ管理を行っているデータ室にご案内します」
 扉から中に入ってからは、窓のない無機質な感じの廊下が続いていました。それに人の気配がなく、物音ひとつしない。なんとなく雰囲気が私たちの超越医学研究所に似ていますわ。
 
 階段を上り、さらに長い廊下を渡った突き当たりの部屋が、管理部門の部屋ということでした。大勢の職員が仕事をしている事務室を想像していたのですが、そこではたった一人の女性が、上品な調度のデスクに座って執務しているだけでした。
 この部屋の奥の扉の向こうが、データ室のようです。
 
「こちらは管理部長のミス・ダニエラ。財団本部の文書とデータベース管理を一手に引き受けてもらっています」
 ドクター・ケルセンブロックからご紹介いただいたのは、いかにも仕事ができそうという感じの30台くらいのご婦人ですわ。
「理事長から伺っております」
 ミス・ダニエラはにっこりと微笑んで……
「こちらの端末から、仮IDを使って、データベースにアクセスできます。あと、資料と書籍の方は自由にご覧になってけっこうです」
 
「感謝します、ミス・ダニエラ。ここからは私と助手の小川で作業させていただきますので、どうかお構いなく」
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 神保ともと子の二人がデータ室に姿を消すと、その後姿を見送っていたニコライ・D・ケルセンブロックは、それまで抑えていた感情を爆発させるように、その場で踊りあがった。
「あら、どうしたの? ドクター・ニコル」
 不審に思った管理部長のミス・ダニエラが、ニコライに声をかけた。
「神保美紀! あああ、なんてすばらしい女性なんだ! 美人で、慎み深く、聡明で!」
「あらお珍しい。ドクター・ニコルが女性の話だなんて」
 ダニエラはニコライ・D・ケルセンブロックを、愛称の「ニコル」を交えて呼んだ。
「だって、ミス・ダニエラ! あの眼鏡の奥の理知的な瞳!
 あんな女性が僕の妻になってくれたらどんなに素晴らしいだろう!」
 
「ドクター・ニコルは研究研究で、今日も空港まで白衣を着たままいらっしゃって……。
 身だしなみというものも大切ですわよ。早く奥さんをおもらいになればよろしいのですわ」
「プロポーズしたら、受けてくれるかなあ?」
「……少し気が、早すぎませんこと?」
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「ぶぅ〜〜〜〜」
「どうしましたの? もと子ちゃん」
 さっきからもと子ちゃんがふくれっ面をしていますわ。
「せっかく街を案内してくれるって言ってるんですから、連れてってもらえばよかったのにぃ……。ウィーンまで来て書類とデータの山に囲まれているなんて、悲し過ぎますよぅ」
「何言ってるんですか。私達は仕事で来ていますのよ! 観光気分で浮かれていてはいけませんわ! もと子ちゃん、こちらのデータのコピーお願いしますわ!」
「はぁい……ですぅ」
 カタカタカタカタカタ……。
 ――キーボードを叩く音だけがひっきりなしに聞こえる。
 
「ねえねえ主任」
「………………」
 カタカタカタカタカタ……。
「ねえ主任ってばあ」
「何ですの? うるさいですわよ」
「さっきの男の先生、けっこう男前ですよぅ。ちょっと頼りなさそうだけど」
 神保美紀は思い切りため息をついて、
「もと子ちゃん、あなたはいつも二言目には男前だのハンサムだの言いますけれど、殿方は外見ではありませんのよ。思慮深さとか、教養とかが備わっていてこそ立派な男性と言えますの。
それにだいたいもと子ちゃんは見境というものがなさ過ぎますわ。この間も確か新しい彼氏とか言って……つべこべつべこべ……」
「ふにゅ〜〜〜」
「さあ、わかったら仕事ですわ」
 
 ――おっと、おしゃべりに気を取られて見落とすところでしたわ。
 大容量のファイルがひとつ、落ちてきました。
 ファイルを開いて……と、思いましたが開けませんわ。パスワードがけけられていますわね。
 たいへん申し訳ありませんが、パスを破らせていただきます。
 こうしてああしてこうして……って。
 
 ――ひえええええええええええっ!!
 
 これはハンパではない文書量ですわ! しかも全部ドイツ語……って、あたりまえですわね、ここはドイツ語圏ですから。
 とにかくひとつひとつの文書をあたって、必要な情報をチェックしなければ。
 
「今夜は泊り込みになりそうですわ」
「やだ! やだ! やだ! もう疲れた! 眠いぃ! ホテル行ってご飯食べた〜〜い!」
 このガキ! いいかげんにしてほしいものですわ! といって、このまま放っておいても仕事にさしさわるだけですし……。
 私は仕方なしに、財団のスタッフの方に、もと子ちゃんだけでも宿泊先に送っていただくことにしたのです。
 
 事務室ではミス・ダニエラが相変わらず机に向かい、かたわらでドクター・ケルセンブロックがスチール製のイスに座ってコーヒーを飲んでいらっしゃいますわ。私はおずおずとお二人に向かって切り出しました。
「この子を……もと子ちゃんをホテルの方に案内していただけたら……。あ、タクシーを呼んでいただければけっこうですので」
「ああ、僕が車でお送りしますよ」
「申し訳ありません、ドクター・ケルセンブロック」
「いいえ、どういたしまして。お役に立ててうれしいです」
 
 ――もと子ちゃんを送り出すと、私は再びデータ室の端末に向かったのです。
 まあ……正直なところ、ここから先はもと子ちゃんがいない方がむしろ好都合ですわ。データの中でも機密に属する部分を調べることになりますので。
 さて、このファイルのパスは、と……。
 ・
 ・
 ・
 ――ニコライの運転する車は、もと子を助手席に乗せ、研究施設を出た。
 首都の街の明かりが、目前に迫ってくる頃、ニコライはおもむろに口を開いた。
「ねえ、ミス・もと子」
「もと子ちゃんでいいですよぅ」
「もと子ちゃん……神保主任って、いつもああなの?」
「ああって?」
「いつもあんなに忙しそうにしているのかなあ?」
「そうですよぅ。うちの研究所でも、仕事仕事で毎日遅いし……。いつ家に帰っているのかわかりませんよぅ」
「じゃっ……じゃあ、かっ、かっ、彼氏なんて……できないんじゃないの……?! あはははははは……!」
「ふにゅ……?」
 この単純な男の下心を見逃す小川もと子ちゃんではなかった。
 わるだくみ……。これはオイシイ目を見られるかもしれないぞっ、と。
 
「あのぅ……ちょっと、食事に連れて行ってくれたりするとぉ、うれしいんですけどぉ。一人じゃ心細いしぃ」
「ルームサービスを頼めば……って、まあいいか。スナックで軽く食べていくかい?」
「そういえば神保主任が、オーストリア・ワインについて興味があるって言ってましたぁ。
 主任にオススメのワインを教えてあげたいですぅ」
「神保主任が? ……もと子ちゃん、ホテルのレストランでワインでも飲みながら、食事でもしようか?」
 (釣れた……ですぅ)
 
「まあ、ワインでも」
「どうもですぅ」
 ここは美紀ともと子が宿泊するウィーン市内のホテルの最上階にあるレストランである。
 テーブルクロスのかけられた窓際の席に、向かい合って座るニコルともと子。
 乾杯をすると、ワイングラスを傾けて、赤いワインに口をつける。芳醇な香りと味わいが、口いっぱいに広がった。
 ニコルはおもむろに切り出した。
 
「さっき、事務室でドクター・神保と目が合ったんだけど……僕の目をじいっと見つめてくるようで、何かこう、運命的な出会いみたいなものを感じたっていうか、その……」
「あ、そういえばぁ、さっきデータ室で主任はニコライ先生のこと思慮深そうな男性って言ってましたよぅ(主任は近視だから人の顔をじっと見て話す癖があるんですよぅ……。けけけっ!)」
「ええっ、それって僕に好意を持ってもらえたってことかなあ?! もと子ちゃん、ローストビーフなんかどう?」
「うわぁい、ごちそうさまですぅ!」
 
「オーストリア・ワインってねえ、一世紀以上の歴史があるんだ。とくに近年では、ヨーロッパを代表する銘柄も育ちつつあるしね」
「おいしいですぅ。神保主任もきっと喜びますぅ(主任は新潟出身の日本酒党ですよぅ。ワインは赤とロゼの区別もつきませんよぅ……)」
 
 さて、すっかりもと子ちゃんの口車に乗せられたケルセンブロック医師、白だ赤だとついつい調子に乗ってワイングラスを傾けているうちに、二人ともすっかり酔いが回り、夜もふけてきた……。
 
「もと子、ちょっと酔っちゃったですぅ……。部屋まで送って行ってくれると嬉しいなあっと……」
「しかたないなあ……。ほら、肩を貸してあげるから、つかまって」
「ありがとさんですぅ……」
 あぶなっかしい足取りで、最上階のレストランからエレベーターを下って、たどり着いたのは神保ともと子が宿泊するツイン・ルーム。
 ドアを開けて中に入ると、カーテンを閉ざした薄暗い部屋の中に、真っ白なシーツが敷かれたふたつのベッドが目を引いた。
 明かりのスイッチがどこにあるかわからない。
 ニコライは、もと子をベッドに寝かせようとしたが、もと子は彼の首根っこにしがみついて放さない。
「ちょっ……! ちょっと、もと子ちゃん?!」
「ああっ……胸が苦しいですぅ。もと子は病気ですぅ
 そのまま、彼女に抱きしめられるようにして、ベッドにどさりと倒れこんだ。
 
「こ、困ったな……どのへんが苦しいんだい?」
「脇のあたりですぅ」
「ここかい?」
「あっ……もっと前の方」
「変だなあ? こんなところが苦しいのかい?」
 
「あのぅ……背中のジッパーおろしてくれると助かるんですけどぉ……」
「こ、こうかい?」
 思ってもみなかった展開に、心なしかニコライの指先が震えている。
「くすくすくす……」
 
 突然、もと子がビクッと身体をふるわせた。
 つられてニコルが死ぬほど驚いて飛び上がった。
「いやあぁん! 脱げちゃったですぅ!」
 ジッパーをおろしかけたワンピースは、もと子が器用に身をよじると、するするすとんと脱げてしまった。まるで、ニコライが脱がしたかのように。
「び、び、びっくりした! もと子ちゃん、おどかさないでよ!」
「くすくす……。先生に襲われるですぅ」
「お、襲われるって……! もと子ちゃん、人聞きが悪いよ!」
「あっ、苦しい! 胸が苦しいですぅ」
「えっ! だっ、だいじょうぶ?! もと子ちゃん!」
 ベッドに突っ伏したもと子の背中ごしに、あわててニコルが手を伸ばすと、もと子は器用にその手をつかまえて、自分の胸のところに押し当てた。
 ちょうど、もと子を後から抱きすくめたような形になった。もと子は下着しかつけていない。
 下着ごしの、もと子の小ぶりなバストの感触が、ニコルの両手の中にあった。
 冷や汗がたら〜〜りと流れてきた。
「ブラがきつくいんですよぅ……。先生にはずしてもらいたいですぅ」
「ブ、ブ、ブ、ブ、ブ、ブラがっ……?!」
 理性が吹っ飛ぶ一歩手前。
 ――ホックをはずせということだよな?
 でも、もと子はニコルの両手を、自分の胸に抱きしめて、離す気配がない。
「こういう時は、口でホックをはずすんですよぅ。先生」
 もと子が悪戯っぽい目で、振り返ってニコルの方を盗み見た。
 く、く、く、く、く、口でえ? そ、それはもしかすると……?!
 心臓がバクバクいっている。
 ニコルはもと子の背中に顔を近づけて、唇で彼女の肌に触れた。
「やんッ……!」
 しかし、もと子に嫌がる様子はなかった。じっと息を殺して、されるがままになっている。
 ニコルは、器用に口と、歯と、舌を使って、ホックをはずそうとする。
 意外と、きつい。
 ニコルが、ブラのひもを噛んで、顔を振るたびに、唇がもと子の背中を舐めまわすように動いた。
「いやン……。感じる。感じちゃうですぅ」
「うむッ……。んんぐッ……。はむッ……」
 もどかしくなったニコルが、やや乱暴に口を使うと、とうとう、ぷうつんッ……と、ブラジャーのホックがはじけとんだ。
「きゃあ〜〜〜〜んッ」
 それと同時に、もと子が嬉しそうにニコルに抱きついて、ベッドに「ばふっ」と倒れこんだ。
「くすくすくす……」
 もと子の上になったニコルが、マウントで決めた体勢。
 といっても、攻撃するわけではなく、半裸のもと子に、首っ玉を抱きしめられたまま、ニコルは彼女の目を、じいっと見下ろしている。
「もう一枚、脱がせてくださいよぅ」

 ――さ・そ・っ・て・い・る・ん・だ・よ・な、これは。

 世間知らずの二コルにも、もう事情は飲み込めた。
 こうなると男の生理は哀しいもので、下半身に血液が集まって、にっちもさっちもいかなくなった。ムラムラも最高潮に達してしまって、今さらあとには引けないぞ、と。
「ぬ、脱がせるって……(ゴクリ)」
「もと子のぱんつ、くるくるくるんっと脱がしちゃってほしいですぅ」
「くるくるくるんっと?」
「くるくるくるんっとですぅ」
 
 もと子ちゃんのおっぱいは、小ぶりだけれど、手のひらサイズの可愛らしいおっぱいだった。ピンク色の乳首がツンと上を向いているし……。
 あとは最後に残った一枚。淡いブルーのぱんつのサイドに手を入れて、下に引き下ろせば、ぱんつはくるくるくるんっと、丸まってしまうんだろうなあ。
 
 もと子が、脱がせてぇ、脱がせてぇというように腰をくねらせる。
 誘われるままに、ニコルがもと子の下着に手を伸ばした……。
 
 バタンッ!!
 
 まさに一線を越えようか、どうしようかというその時、背後のドアが勢いよく開いて、姿を現したのは、誰あろうエリノア財団本部のデータ室で仕事に没頭しているはずの神保美紀!
「何をしていらっしゃいますの? おふた方……」
「しゅ……主任? 今夜は泊り込みではなかったですかぁ?」
 
 サ――――――ッ(血の気が引く音、もと子&ニコル)
 
「ちょうどひと区切りつきましたので、もと子ちゃんのことも心配でしたし……ホテルに来てみたのですが……このザマですわ」
 暗がりにもかかわらず、眼鏡のレンズが一瞬ギラリと光ったような。
 口元がひくひくとひきつっている。
「主任……! これは、なりゆきってゆうかあ……。ほんの出来心ってゆうかあ……」
「もと子ちゃん……あとでじっくりお説教ですわね」
「ふええええ〜〜〜ん! やっぱりいいいい〜〜〜!」
 
「ドクター神保、ごっ、ごっ、誤解です! ぼっ、僕は」
「ドクター・ケルセンブロック。もう遅いのでお引取りいただけますこと。ここは女性の部屋でしてよ……!」
 口元には微笑さえ浮かべているのだが、有無を言わせない強い調子……こういうのがいちばんコ・ワ・イ!!
「は……はいいっ!!」
 たまらず退散するドクター・ケルセンブロック。
 
 ――それから私は、もと子ちゃんにたっぷりとお灸をすえてあげたのですわ。
 ・
 ・
 ・
 ――おはようございます皆さん。神保美紀です。
 さわやかなウィーンの朝を迎え……と言いたいところですが、もと子ちゃんのおかげで初日からとんだ不祥事……。むかむかすることおびただしいですわ。
 さて、昨夜のつづきです。
 私は、エリノア財団本部の資料から、キャシー竹橋さんの過去に関する重要な秘密を発見したのですわ。
 え? 聞いてらっしゃらない? そういえば今初めてお話するんでしたわ。
 今日はさらにデータの分析を進めて、キャシーさんの症例について、新たな見地からの検討を加えたく思いますわ。
 
 一方こちらは、一夜明けてのエリノア財団本部。出勤してきたニコライ・D・ケルセンブロック、昨夜のショックからは立ち直れないご様子で……。
「お早うドクター・ニコル。あら、どうしましたの? 目が真っ赤よ」
「あっ、ミス・ダニエラ……! 僕はもうダメだあ! ドクター・神保にケイベツされてしまったあ〜〜〜〜〜っ!! ウワアァン!!」
 
 ミス・ダニエラがニコライをなだめたり、すかしたりしているその時、事務室の扉が開いて、神保美紀が入ってきた。ホテルから直行してきたらしい。
 ニコライ・D・ケルセンブロックの方に向かって、何やら思いつめた表情で、つかつかと歩み寄ってきた。
「あ、ドクター・神保……! 昨夜はとんだ失礼を……ムニャムニャムニャ」
 神保はいきなりニコライの鼻先に、ぐいと顔を突き出した。
「ドクター・ケルセンブロック、折り入ってお願いがありますの」
「は……はいっ!」
 ――眼鏡の奥の黒い瞳、その目でみつめられると、僕は、やっぱり、弱い……。
 彼女は、ニコライの目の前に、書類の束を突きつけた。
「これをご覧になってください」
「はあ?」
「『戦地における兵士の恐怖体験に伴う症候群について』これは、ドクターMと呼ばれた医学者の、現在閲覧が可能な唯一の医学論文ですわ」
 ドクターM……。その名前を聞いて、ニコライは、ついに来たか、というようにため息をついた。
 
「ドクターMについて詳しく教えていただきたいのです」
「その名前、キャシー竹橋から聞いたのですか?」
 
 ドクターM……キャシー竹橋が所属する第999歩兵遊撃隊、通称サイコマンダー部隊が、タニア・シティで軍事行動を起こしたのは、当時反政府ゲリラに身を投じ、リーダー的立場におさまっていたと言われる医学者・ドクターMの身柄を確保することが目的であった。
 しかし、ゲリラの包囲網を破って、キャシーがドクターMの自室に突入した時、すでに彼はピストルで頭を撃ち抜き、自らの命を絶ったあとであった……ということになっている。
 
「はい……いえ、正確には催眠療法による催眠状態時に彼女の口から出たんですの。キャシーさんはあまり多くを語ってはくれませんし」
「そうでしょうね。彼女にとってタニア・シティでの軍事行動は忘れたい記憶だったと思います」
「ドクターMは、主にヨーロッパの研究機関で仕事をしていたという記録があります。ドクター・ケルセンブロックは彼について何かご存知では?」
「ドクター・神保……申し訳ないが、これ以上深入りすることはお勧めできない」
 ――あら、そうですの? それではこちらにも考えが……。
「ゆうべ、ホテルで……」
「うわああああ……!」
 ニコライの素っ頓狂な声に、何事かとミス・ダニエラが書類から目を上げた。
 
 いかんいかん、ここは冷静をよそおわなければならない。
「コホン……。ドクターMは、タニア・シティでの反政府ゲリラ掃討戦に際して、死亡したとされています」
「そして、その対ゲリラ戦に深く関与していたのが、キャシーさんの部隊ですわね」
「ええ、まあ。ただ、キャシーの所属していた部隊は、公式な記録にはいっさい残っていない。政府側が雇った傭兵なのか、まったく関係のない第三の勢力なのか……」
「もともとドクターMは、どのような研究に携わっていらっしゃいましたの?」
「ドクターMは、大脳生理学と脳神経外科の権威でした。
 戦争時に、野戦病院に勤務し、数多くの負傷兵の治療に当たったと言われています。それ以上は僕の口からは……」
 
 ――もうひと押しですわね。

「ドクター・ケルセンブロック……。今夜は、ぜひウィーンの夜を案内していただきたく思いますわ。邪魔の入らないように二人っきりで」
「二人っきりで?」
「ええ、二人っきりですわ」
「もと子ちゃんは? そういえば今日は姿を見ないけど」
「彼女は時差ボケで元気がなくて……。今日はホテルに置いてきましたわ」
「そ……それは残念、せっかくの機会ですのに」
「場所はドクター・ケルセンブロックにおまかせいたしますわ。OKしていただけますわね?」
「は、はい……。それはもちろん」
 ニコライの声はうわずってしまっている。
「それでは私、データの整理がありますのでとりあえず失礼します」
 
 どきどき……! 二人っきり! ドクター神保と二人っきり!
 思いのほかの展開に、期待とおそれおののきで、昨夜の失態のダメージも忘れてすっかり舞い上がってしまったニコライ・D・ケルセンブロック。
 
「ミス・ダニエラ! 今夜はドクター神保とデートだよ! 服は何を着ていこうかなあ! 僕は今にも天にも昇る心地さ」
「知っていますよ。ずっとここで聞いていましたからね。私はあなたの単純さが少し心配ですけどね」
 ため息をつくミス・ダニエラであった。
 
 ――その頃……。宿泊先のホテルの一室では、バスルームに閉じ込められたもと子ちゃんが、ひとり助けを求めていた。
「うわ〜〜〜ん! 主任〜〜〜! もう悪いことしないから、ここから出してぇ〜〜〜っ! あたしも連れてってぇ〜〜〜っ!」
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 その夜、ニコライ・D・ケルセンブロックのエスコートにより、案内されたのは、ウィーン市街地にある、とある古式ゆかしきレストラン。
 ディナーのメニューは子羊の肉料理に、季節の野菜を取り合わせた、なかなか趣味のいい店とメニューの選択であるが、これはもちろんミス・ダニエラのアドバイスである。
 出がけにミス・ダニエラは、ニコライの曲がっているネクタイを直してくれたりと、何くれとなく世話を焼いてくれたのである。
 
「ワインをどうぞ、ドクター神保。ワインはお好きだとうかがっていますが」
「……? え……ええ、そうですわね。いただきますわ」
「オーストリア・ワインといえば、最近では国産の白ぶどうから造られたものが有名ですが……。ドクター神保は何かご希望がおありですか?」
「おまかせいたしますわ。ドクター・ケルセンブロック」
「ああ、僕のことはニコルと呼んでいただいて結構ですよ」
「わかりましたわ。ドクター・二コル」
 
 ソムリエが二人のためのチョイスしたワインは、なかなかに極上のものであったらしいが、美紀の心は別のところにあったようである。
「昼間のお話なのですが……」
「ドクターMのことですか?」
「はい」
「残念ながら人種、国籍ともに不明、詳しい経歴もほとんどわかっていません」
「キャシーさんと、彼女の所属した部隊は、どうしてドクターMの身柄確保のために行動を起こしたのでしょう? ゲリラ勢力の鎮圧のためというより、ドクターM自身、つまり彼の研究成果が目的だったのではないのでしょうか?」
「おそらくそのとおりだと思われます。これはあくまでも噂ですが、彼の研究は、命令に対して従順な人間をつくる化学物質の開発にあったと言われています。
「それはいったい?」
「つまり、人間の反抗的な意志の力を麻痺させ、従順な人間に変えてしまうことが可能になると言われています」
「そんな……いったい何のために?」
「たとえば、戦場において、上官の命令に絶対服従の兵隊をつくることだってできます」
「まあ……」
「これなどは軍事利用の目的があります。しかし、それ以外の分野への応用も十分可能かと」
「それ以外の分野といいますと……たとえばどんな?」
「たとえば……そうですね……」
 ――その時、僕、ニコライ・D・ケルセンブロックの脳裏に浮かんだ悪魔的な考えとは……。
 もし、ドクター・神保にそういった種類の薬を服用していただくと……。
 いただくとすると……。
 
 とたんに妄想モードに入ってしまったドクター・ケルセンブロック。
 それでは話の進行上、しばらくの間、ニコライ・D・ケルセンブロックの脳内妄想劇場をお送りさせていただきます。
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「あ、あの……ドクター神保」
「美紀って呼んでいただいてけっこうですわ」
「でっ、では……僕のことも二コルと呼んでください」
「ニコル……」
「は、は、はい……って、そうじゃない! あの、美紀さん、僕のお願いを聞いていただけますか?」
「はい……何なりと」
 ニコライは、少しためらっていたが、やがて意を決したように、
「ぼっ、僕は、美紀さんの産まれたままの姿が見たい……!」
「………」
 ――しばし、気まずい沈黙が……。

「だめ……でしょうか?」
「裸になれと、いうことですのね? よろしいですわ」
「あの、無理にとはいわないのですが……」
「いえ、すべてニコルのおっしゃるままに、ですわ」
 
 彼女は目を伏せ、ほんのりと頬を染めながら、ジャケットを脱ぎ、ブラウスのボタンをはずし始めた。
 肩口から、か細い二の腕があらわになり、さらにレース地のブラが剥き出しになった。
 淡い光の下で、神々しいまでに輝く純白の下着と、雪のような肌。
「あまり見つめられると、恥ずかしいですわ」
 
 ドキン!
 
 美紀の恥じらいの表情に、思わずコーフンしてしまった。
 さらに彼女は、背中に手を回して、純白のブラのホックをはずす。
 美紀の頬が羞恥のあまり紅潮し、手がかすかに震えている。
「ニコルのおっしゃるままに……」
 肩ひもを肩口から抜いて、ブラジャーを取り去ると、美紀の豊かな乳房が目の前に現れた。
 緊張のせいか、少し汗ばんでいる。
「すごい! 僕が思っていたとおり、あなたはすばらしい……!」
「そうでしょうか……?」
「あ、あの……つまりその、巨乳というか、美乳というか……。あっ! す、すいません……!」
「着やせする方だと言われます……」
「まるで……葡萄の房のように豊穣で、いや……! さながらミューズのような、気高い美しさです!!」
「恐縮ですわ」
「あのぅ、美紀さん。それで……下の方も、脱いでいただけると……」
 ああ、やっぱり、というように、美紀は目を閉じた。
 美紀はまだ最後の一枚をつけたままだった。
 恥ずかしい……。でも、嬉しい……? すべてをさらけ出して、ありのままの自分を見てもらえることが。
 ああ……見られてる。見られてる。ニコルの視線を感じる。
 美紀はするするっと、下着をおろした。
 ――お風呂に入るのと違う。男の人の目の前で、裸になることがこんなに快感に思えるなんて。
 ニコルは声もなかった。
 ただ、目の前に立った美紀の、神々しいまでの裸身に、目をみはるばかりだった。
 
 思い切って、手を伸ばすと、乳房をそっと揉みしだいた。
「ああっ……」
 美紀がせつないため息をもらす。
 生き生きとした白い肉の弾力が、ニコルの手の中にあった。
 ニコルが、腰をかがめ、ふるえる手を美紀のバストからウェスト・ラインにかけて、すべらせていくと、美紀が全身をびくっと震わせた。
 
「もっとよく見せてください。美紀さんの女性の部分を」
「いや、恥ずかしい」
 と、彼女は顔をおおった。
 しかし、二コルは見た。美紀の秘部から、内腿をつたってしたたってくる・・・
「まるで泉のようにあふれ出してくる……。あなたの愛の証が!」
「いや! おっしゃらないで! 恥ずかしい!」
 
 ニコルは越えられない一線を越えるかのように、一歩を踏み出すと、裸の美紀を抱きしめた。
「あっ……」
 やや強引な二コルの態度に、美紀は我を忘れてしまいそうになったが、このまま流されてしまうのではなく、愛を確かめ合うための、手順を踏まなければ……。そう思った。
「キス……して」
「は……はい」
 ニコルは、美紀に口づけた。おごそかに、そして情熱的に。
 唇の柔らかさを確かめるような、たどたどしいキス――。
 
 ふいに美紀が驚いたように目を見開き、視線を落とした。
「あの……固いモノがあたって……」
「美紀さんと、ひとつになりたい……」
「え……?」
「いいでしょうか……?」
「それが……ニコルの、お気持ちなら……」
 お互いの心臓の音が聞こえるような、激しい高まりを感じる。
 
「あの……私、初めてですので……優しくしてくださる?」
「……! じ、実は僕も……女性経験は、初めてなんです……!」
「まあ、うれしい。私たち、清らかな身体のまま、お会いできたのですね」
 
 全裸で向き合う二人。
 そして、美紀はゆったりと横臥し、その上にニコライが覆いかぶさるように身体を重ねる。
 ニコルは、美紀の膝を押さえると、ぱかあ……と脚を開いた。
 見られてる……! 見られてる……!
 
「僕で……いいんですか? 美紀さん」
 美紀は真っ赤になって、
「はい……」
「後悔、しませんね?」
「後悔なんて……! 男性器と女性器の結合は、生殖のための神聖な行為ですわ!」
「……。あの、いれますけど」
 ニコルは、美紀に体重をかけすぎないように気をつけながら、おのれの男根で美紀の股間をまさぐった。
「もう少し……下ですわ」
 からみ合う肌と肌。お互いに男女の営みの深さを知らない、ぎこちない触れ合い。
 ニコルはここは男性の自分がリードしなければと、美紀のウェストに手をまわし、彼女の腰を抱きしめるようにした。
 自分の身体の下に、美紀の身体がある。
 美紀の潤んだ瞳が自分を見上げていた。
「あっ……そこ」
「んっ……!」
 湿った、柔らかい感覚を、自分の肉棒の先端に感じた。
 ニコルの首に回した美紀の腕がこわばった。さらに美紀の身体の奥に向かって、腰をぐんと突き出すと、
「ああっ……!」と美紀が、短い叫び声をあげた。
 入ってくる……! 入ってくる……! 美紀は唇を噛んで耐えた。
 ニコルは二人の結合部分に生あたたかいものを感じた。
 それは美紀の処女のしるし。
「だいじょうぶ……ですか?」
「痛い……でも、いいの」
 
 美紀の身体の中は、あたたかく、せまく、そしてやわらかかった。
 いきなり、きゅっと絞めつけるような感覚があり、ニコルは危なくイキそうになった。
 
 これからどうするのか……?
 腰を動かせばいいのだが、彼女は痛くないだろうか?
 そんなニコルの心のうちを察したかのように、美紀は言った。
「動いて……! 動いて、二コル! もっとあなたを感じていたい」
「ぼ……僕も、美紀を……!」
「ああんっ!」
 そのあとはただ、理性も、慎しみも、学問と医療への誠実な態度も、すべてを忘れて、ただ狂ったように腰を振る、獣のような交わりがあるばかりだった。
 
 お互いの性器からあふれる体液と、美紀の鮮血が混じりあい、肉と肉とがこすり合わさって、ヌプリッ……ジュプリッ……と、淫猥な音が聞こえてくる。
 そのことが、さらに二人の陶酔感を盛り上げた。
 
「ああ、美紀……! 愛してる、美紀!」
「ニコル! 好きよ! ニコル!」
「美紀! 美紀! 好きだ!」
「ニコル! ドクター・ニコル! ……ケルセンブロック……!」
「…………」
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「ドクター・ニコル……。どうしましたの?」
「はっ……!」
「口元から唾液が垂れていますわ」
「すっ……すみませんっ! つい、ボーッとしてしまって! 失礼しました!(ドキドキ)」
「お疲れなんですわ……無理におつきあいいただいてしまって……」
「いえ……だ、だいじょうぶです! ご心配なく」
 
 目の前に出された料理も、あらかた食べつくされてしまっている。
 ニコライは、ワインを追加注文し、話を続けた。
 
「そうですね、いずれにしてもドクターMの研究は、戦争の落とし子のようなもの」
「こんな平和な世の中ですのに……」
「ドクター・神保、世界のどこかでは、今でも常に戦争が行われている。それが悲しい現実なのです。
 実は、ドクター・神保も感づいていらっしゃるかもしれませんが、エリノア財団のスタッフには旧軍関係者が少なからずいます。もともと財団は戦場での医療技術と切っても切れない関係にあります」
 軍関係者……神保には思い当たることがあった。
「キャシーさんは、水道橋所長が以前軍隊にいたのではないかと言っていましたわ」
「おそらく……彼女の指摘は正しいでしょう。人道的な立場から、野戦病院での医療に身を投じた医師は数多くいます。水道橋博士とエリノア財団の接点は、そのあたりにあったのかもしれません」
「それではドクターMとの接点も?」
 ニコライが、それはわからないというように首を振った。
 
 ――私がエリノア財団のデータにこだわったのは、キャシーさんの病状が気になったことももちろんありますが、実は水道橋所長の秘密をうかがい知る何かを、見つけることができるような気がしたからですわ。
 
 この人はこれ以上詳しくは知らない。ドクターMのことも……。そして、水道橋所長の過去についても……。神保はそう思った。
 しかし、ドクター・ニコライは、信頼するに足る、誠実な人物であるように思われた。
 誠意をもって相談すれば、一緒になって考えてくれるに違いないという気がした。
「こちら――エリノア財団のデータを見せていただいて、いろいろなことがわかりました。
 キャシーさんが保護されるまでの……つまりタニア・シティにおける彼女の行動ですとか、事実関係がずいぶん明らかになりました」
「はあ……しかしそれは本人の口から聞いたことが一番間違いないのではないですか?」
 神保は眉を曇らせた。
「はい……ただ、ドクターMに関するキャシーさんの記憶はまるで霧がかかったように曖昧としていますの」
「それが、キャシー竹橋の症例と何か関係が?」
「戦地における精神的外傷(トラウマ)が彼女の精神状態に大きな影響を及ぼしているのは間違いありませんわ。それに、キャシーさんには強力なマインド・コントロールがかけられていた形跡があります」
「それは、どういうことです?」
「キャシーさんが私に語ってくれた体験談、催眠療法により深層意識下からあらわれた記憶の断片、そして、こちらの財団本部の記録に残された事実……。これらはなぜか肝心なところで食い違っていますの。ついにはドクターMに関する部分でデッド・ロックに乗り上げたのです」
「はあ……」
 
 ――このとき神保が語った内容に、ニコライは特段の関心を払わなかった。
 しかし、その話に敏感に反応した人物が一人いた。
 ニコライのスーツに本人も知らないうちに、巧妙に仕掛けられた盗聴マイク……。
 エリノア財団本部で、二人の会話を傍受していたその人物は、すぐさま内線を使って忠実な運転手を呼んだ。

「お呼びでございますか? ミス・ダニエラ」
「私達はドクター神保を甘く見すぎました!
 これほど早くキャシー竹橋の核心に近づくことができるとは……。
 イワノフ、明日、彼女を『森』にお連れしてください。データベースから遠ざけるのです」
「かしこまりました、ミス・ダニエラ」
「ドクター神保がどこまで知っているのか確認しておく必要があります。
 何よりも、時間をかせぐのです。ミス・エリノアがお戻りになるまで……!」
 
 ――ミス・ダニエラの非情な断は下った!
 彼女の意を含んだイワノフは、深々と頭を下げた。
 果たしてエリノア財団が牙をむくのか?!
 神保美紀に魔の手が伸びる?!
 謎の人物、ミス・エリノアとは何者か?!
 そして、ホテルの部屋に閉じ込められたもと子ちゃんの運命やいかに?!(←どうでもよい)

 
 


 

 

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