キャッツ・アイ


 

 

第5章


AM6:00 某所:教育部屋――――――
「あああああっ!あっ、ああっ、ああああああっ!!」
 明美は十数回目の絶頂を迎えた。3時間前の、最初の絶頂から全く変わらない興奮が明美を襲う。明美の足元は明美が3時間放ち続けた愛液の海が広がっている。
 
 明美の上げる、興奮と快感に満ちた悲鳴に共鳴するように、他の少女達も次々と絶頂を迎え、「教育部屋」には調律の出来ていないソプラノ楽器たちの合奏が響き渡った。
「ストップ」
 しつけ猫が告げると、明美の絶頂はたちまち鎮まっていく。高ぶった興奮も、満ち溢れる快感も、すべてリセットされる。

「あ…あっ…ああ…」
 明美は消えていく快感を名残惜しむように、時折身体を、ヒクッ、と震わせながら、小さく喘いでいた。他の少女達も次第に絶頂を鎮められ、再び静かな空間が「教育部屋」に戻り始めた。
 
 そしてまた、新たに暗示をかけられ、また更なる絶頂を迎える。もう何度もこの流れを繰り返していた。
 明美はプロセス15を終え、現在、記憶削除率14%、自我抑制率11%だった。記憶を削除する暗示は全て完了し、後は、奴隷猫への「教育」の暗示が進行するのに伴って記
 憶削除も進行する予定だ。明美の「教育」はこれまでに類をみない程スムーズに進んでいた。
 
 しかし、次のプロセスは開始されず、しつけ猫はそのまま停止した。しつけ猫の目からは光が消え、明美は支配されていた眼差しから一時的に解放され、「大」の字に磔にされたまま、ぐったりと力なく視線を宙に漂わせていた。
 
 「教育部屋」の扉が開き、10人の奴隷猫たちが入ってきた。最近「仲間入り」を果たした10人だ。奴隷猫たちは皆揃いの器を持っている。その中にはミキもいた。
 ミキは明美の前を通り過ぎた。深い催眠に支配されている二人は、お互いを全く認識しなかった。ミキは明美の隣の少女の前に、少女と向き合うように立った。

 ミキだけでなく、奴隷猫たちは一人ずつ、教育中の少女達の前に直立した。
 明美の前に立った奴隷猫は、「51」の首輪をつけている。つまり、一番最近に「仲間入り」した少女だ。
 
 奴隷猫たちが持つ器には、野菜や肉が入った、しかしながら、とても料理とはいえない離乳食のようなホワイトスープが入っていた。
「次のプロセスへ移る前に、食事の時間です」
 ティーチャーが現れて言った。
「『猫のスープ』よ。全て食べなさい」

 ティーチャーが言うと、奴隷猫たちは腕を伸ばし、食事の入った器を少女達の口の前へ差し出した。少女達は、器のなかに顔を突っ込み、食事を口にほおばって食しはじめた。
 明美も、器に入った髪や、顔にスープがベタリと付くのも構わず、むしゃむしゃと食べ始めた。

 気品など微塵も無い、はしたない姿を少女達は晒す。しかし、少女達はそんなことも自覚することは無い。ただ、ティーチャーが「食べろ」と言うから、命令に従い、「食べる」だけだ。
 
 栄養の摂取と体力、疲労の回復のためと、長時間稼動する教育装置のメンテナンスのため、午前と午後、どちらも6時に「猫のスープ」と呼ばれる料理が与えられる。料理といっても、生の野菜と肉を細かくしたものを牛乳で混ぜただけの、おおよそ人の食べる物ではない。奴隷猫たちにもその1時間後に、同じ物を食べさせられる。(ティーチャーたちは違うものを食べている。)
 
 最も、彼女らは味も匂いも自覚せず、何を食べているのかもわからない。ただ、ご主人様が与えてくださるものを喜んで食すのみなのだ。
 「猫のスープ」を食べ終えると、顔や前髪、口から垂れて胸や太ももにまで、牛乳と肉の切れ端をベッタリと付けた明美は、再び人形のように前を向いて動かなくなった。他の少女達も、食事を終えると、待機状態になった。
 
「綺麗にしてあげなさい」
「はい、ティーチャー」
 ティーチャーの命令を受けると、奴隷猫たちは空になった器を床において、少女たちの顔に唇を寄せた。

 奴隷猫たちは、舌を這わせ、少女たちの口元から舐めていく。猫たちの妖艶なキスに、少女達は酔いしれるように体を預ける。
 顔から首、胸と少女たちの身体を舐め回していく。
「あ…あ…」
 小さな喘ぎ声。他の少女に比べ、自我の抑制がまだ弱い明美は、次第に紅潮し始めた。しかし感情を抑える催眠がまだ若干作用し、「教育」の時とは違い、静かに静かに興奮を募らせる。
 奴隷猫の舌が明美の太ももにまわる。敏感なアソコのすぐ近くをかすめ、右足、左足の付け根と何往復かすると、明美の中の奔流は、静かに溢れ出た。
「あ…ふぁ…ああっ…」
 トロトロトロトロトロ……。押さえ込まれたような喘ぎと共に、明美の性器から愛液が溢れ落ちた。


 同時刻 某所:大広間――――――
「ふっ……。アケミは可愛いな……」
 モニターに移る明美の恥行を見ながら、男は右手の親指で顎を撫でる。
「『教育』の進行状態もいいようだな、ユリナ」
「はい。現時点で、記憶削除率14%、自我抑制率11%です」
 

 男に聞かれ、隣に侍っていた奴隷猫、ユリナが応えた。その首輪には、「5」と書かれた金字が光る。
「かなり速いペースだ。ミキの時といい、最近は良質な奴隷に恵まれている。ククッ…なんと幸運な」
 そこで男は時計を見る。6:00を指している。男は数時間前の、自宅へ掛かってきた電話を思い出した。

(いきなり面会とは…。まさか、先日の事件で感づいたか…?さすがに1週間中に連続では目立ったか…)
 男は考えながら、立ち上がる。とにかく会いたいというのだから会わなければ。不自然の無いように。まだシラをきる必要がある。

「ユリナ、時間通り、『アンダー10(最近仲間入りした順に十人の奴隷猫のこと)』に、時間通りに『猫のスープ』を運ばせておけ。私は今から少し出てくる。明日までは戻らない」
「はい、かしこまりました。ご主人様」
 男の命令を承ると、ユリナは深々とお辞儀をする。ユリナのお辞儀を背に、男は出て行った。


AM7:00 B区:岡崎医院――――――

 山口は車を駐車場に停めた。岡崎医院のこじんまりとした駐車場には、他に白い軽自動車が一台停まっていた。所有者は恐らく……。
「岸田さん、本当にあの話をするんですか?」
 助手席から降りようとした岸田に、山口が言った。
「ああ。ここまで来て、他にどの話をするってんだ」
 岸田は言い放つと車から降りた。
「お前はまだ信じられないかも知れんが、俺はこの仮説に自信がある。それに……」

 岸田の目が山口を見つめた。まっすぐな目だ。
「焦ってるわけじゃないが、俺は、一刻も早く真実に近付きたいんだ。そしてここが、その真実への一歩へ繋がる」
 そう言う岸田に、山口は静かに頷いた。
 車の中で聞いた、岸田の立てたという驚くべき仮説には、まだ信じられないという感想が付いてくる。だが、真実への接近を急ぐ気持ちは、山口も同じだった。

 裏口……医師達が出入りするドアへ向う。備え付けられたインターホンを押すと、若い男の声が返ってきた。
「はい」
「あ、おはようございます。先ほどお電話しました、A県警の岸田です」
 カメラに向って愛想笑いを作って言う。こういう時、目的はともかく、やっていることは訪問販売のセールスマンと変わらないな、と岸田はつくづく思う。

「ああ、お待ちしていました。開いているので、どうぞ」
 若い男の声が言うと、二人は、おじゃまします。と言ってドアを開ける。
 靴を並べ、スリッパを履く。質素な感じの玄関を抜けると、鮮やかな暖色のカーペットと、柔らかなグリーンなどの壁に飾られた空間が広がる。子どもが緊張しないよう、優しい色合いが雰囲気を和らげている。薬品などの医者独特の匂いを緩和するためなのか、フローラルな香りのアロマが焚かれている。

「どうも。こちらへどうぞ」
 奥から、白衣を着た男が現れると、手を差し出して促した。男に従って、二人は応接室に入った。

 応接室の中央にある、大きな長方形の木製のテーブルを挟んで向かい合うように並べられたソファに二人が腰掛ると、先ほどの医師がどこかへ消え、しばらくしてまた戻ってきた。三人分のティーカップの乗った、ネイビーの盆を両の手に乗せていた。

「失礼、まだ私以外のスタッフは来ていないものですから」
 医師はそう言いながら、ティーカップを二人の手元と、向かいの、自分が座るソファに置いた。
「どうもすみません。頂きます」
 岸田はそう言うと、カップの中の紅茶を一口すすった。甘すぎず、濃すぎず。山口の淹れたコーヒーよりも美味い。

「改めまして、私は警視庁の岸田といいます」
「山口です」
 カップを置いて一息吐くと、岸田は警察手帳を取り出して開いて見せた。隣で山口も習った。
 本物の警察手帳を見て、さすがに威圧されたのか、医師は少したじろいだが、すぐに2
 枚の名刺を二人に差し出した。
―――岡崎医院 院長 精神科・心理内科 岡崎 直紀
「この医院の院長で、主に診察医やっております、岡崎と申します」

 岸田はどうも、と軽く会釈し、名刺をスーツにしまった。
「それで、警察の方がこの私に何のお話を?」
 岸田が言う前に、岡崎が切り出した。
「はい、実は、捜査のことで、あなたにお話をお伺いしたいのです」
 岸田はゆっくりと、穏やかに話し始めた。相手に警戒心や恐怖心を抱かせないよう、まずは緩やかに話を進める。口頭試問の基本だ。

「どんなお話でしょうか」
 言って、岡崎は紅茶を一口すすった。
「最近、県内で起きている、連続少女失踪事件をご存知でしょうか?」
「ええ。ニュースで見ていますよ」
「実は、我々はそれについて捜査していましてね」

 岸田は捜査上の手がかりや要点を説明した。少女が失踪するのは、決まって夜中ということ。自室の窓からと思われ、何者かが侵入した形跡は全く残っておらず、まるで少女が自分で部屋から抜け出したかのようであること……。しかし、これらは基本的にニュースでも繰り返し報道されている事実であった。

「知っていますよ。故に奇妙な事件で、捜査が難航していることも。あくまでニュースの情報で、ですが。でも、そのことと私に話を聞くことに何の関係があるんですか」
 岡崎は少し声に苛立ちを表した。開院時間が迫って焦っているのか。岸田は一度大きく息を吐き、気持ちを整えた。牽制球は終わりだ。

「岡崎さんは、精神科の専門ですよね?」
「ええ、そうです。大学時代は精神医療を専攻していました。けれど、心理医療も学びましたので、心理内科も診ています。名刺にも書いてあるでしょう」
 意図の見えない岸田の話の持って行き方に、岡崎の苛立ちがわずかに顔にも表れた。恐らく、早く帰ってほしいと思い始めているのだろう。

「ということは、『催眠術治療』というのも、行っていらっしゃるんですか?」
 岡崎は、予想していない言葉を聞き、すこし不意を突かれたようだ。
「ええ、精神的に不安定な方や、トラウマの克服にいらっしゃる患者さんも、たまに来られますので。そういう時には」

「じゃあ、催眠の技術には優れていらっしゃるわけですね」
「まあ、素人の人間よりはね」
 と言って、岡崎は、ふん、と鼻を鳴らして岸田を見た。岸田の言わんとすることを読み取ったようだ。
「まさか、あなたは私が少女達に催眠術をかけて夜中に一人で外へ出した、と言いたいんですか?」

「いえ、あなたを疑っているわけではありません。が、要点は当たりです」
 岸田は真剣な顔で言った。ここからは直球勝負だ。
「私は、この事件に催眠術が絡んでいると思っています」

 
 


 

 

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