蟲の湧く星


 

 

前編


<船持久実のビジョン>



(学校サボっても、タモツもリツもキョーヤも遊べないんだったら、することないじゃん。リオたちも結局授業出ちゃうし………。使えない………。)

 不機嫌を隠そうともせずに、久実は頬杖をついたもう片方の手でスマホを弄りながら、足を組み替えた。私鉄の座席に陣取ってLineの応答に忙しい彼女は、前を腰の曲がったお婆さんが通り過ぎていくに気づかない振りをして、あえて視界をスマホの画面でガードした。

 目の前を、ゆっくりとお婆さんが歩き去ったのを視界の片隅で確認して、やっと久実はスマホを少し下ろす。相変わらず混んでいる車内の向かい側には、図鑑のような大きな本を広げた、少年らしい人の姿を見た。今時、電車の中で大きな本を広げている乗客は珍しい。カバーのされた文庫本などではなく、愛蔵版のような仰々しい装飾の本。久実はスマホのやり取りに少し飽きて、向かいの席の少年の様子を、暇つぶしとばかりに伺った。

 視線を感じ取ったのだろうか? 少年が大きな本を少しだけ傾けて、久実の方をチラ見する。その目がそのまま、数秒間止まる。驚いたような表情をしている。久実は鬱陶しそうに溜息をつく。サラリーマンのオッサンも、学校の教師も、今目の前にいる、中学生らしき少年も、男はみんな同じような反応をする。女子高生の久実の容姿は遊び仲間の中でも際立って秀でているようだ。彼氏や遊び相手も途切れたことはない。悪い遊びにハマりつつある久実に偉そうな説教を垂れようとする大人の男どもも、みんなどこかで久実の、小悪魔的な美形と早熟なプロポーションに、劣情を掻き立てられているようだった。船持久実が幼い頃から世間に嫌悪感や軽蔑感を持ってしまっている、大きな原因だった。久実が丈の短い制服の裾が擦りあがるのも気にせずに足を組み替えると、少年の視線もオドオドしながら、久実の足の動きを追いかける。

(学校サボって、小難しそうな本読んでるのって、どんな奴かと思ったけど、………結局、ムッツリのエロガキじゃん………。ウザ…………。…………晒すか。)

 ちょうどいい暇つぶしを思いついて、久実の唇が少し口角を上げる。スマホのカメラ機能をONにして、今までのようにLineを操作しているような素振りをしながら、シレっとカメラを構える。もう一度足を組み替えて、そこに釘付けになるアホ面を撮って、ネット上に「キモオタ中学生」として上げてやろう。千人以上いる久実のLine友が、喜んで拡散してくれるだろう。みんな久実の子分みたいな連中だ。その中に誰か、このエロ中学生と同じ学校のヤンキーでもいれば、ボコってくれるかもしれない。

(せいぜい炎上してね、ムッツリ君………。)

 久実がスマホのカメラを構えて、餌を撒くハンターのような気分でもう一度足を組み替えようとしたその時、彼女の視界が不意にグニャリと歪んだ。左耳から何か、奥に押し入ってきたような異物感。一瞬だが、吐き気を覚えた。

 グニュニュニュ。

 思わず両目を閉じて、不本意だが隣に座っていたオッサンに寄りかかる。

「レイナ、やめてよっ」

 向かいに座っていた少年が、重そうな本を車内の床に落として、立ち上がって叫んだ。……レイナ? 誰のことだろう、アタシは久実だ。ここは電車の中で、今から道玄坂に行こうとしていた。学校は今日はサボる。どうせあのエロ教師は久実を最後には、かばってくれるはずだ。船持久実は自分の頭の中にズリズリと入りこんでくるような異物感を無視したくて、必死に他事を考えようとしていた。違和感が脳内を這いまわる。それは身の毛もよだつような嫌悪感を伴う感覚のはずなのに、久実に突き上げて来る感触は、嫌なものではなかった。そのことが、かえって久実の頭を混乱させる。久実の耳から奥深く、脳の根元近くまで迫ってくるこの異物が這う感触がもたらしているのは、体を裏返しに反らせたくなるほどの、はっきりとした快感だった。

「うぅっ、やだっ…………なにこれっ」

 頭を抱え込むようにして隣のオッサンに寄りかかった久実に、周囲の乗客が心配そうな目を向ける。呼びかけてくれる香水臭いオバサンがいたが、久実は無視した。隣の50過ぎのオッサンの方が、よほど心地良い匂いがする。久実は寄りかかるようにして、オッサンにすがりつきながら、密かに自分の胸を押しつけて、その感触を楽しんだ。体が熱い。体の芯が熱を持って、掻きむしりたいような痒みを生んでいる。そして頭の奥深くでやっと動きを止めたように感じる異物が、ジュクジュクと久実の早熟な体に、甘いエキスを送り込んでくる感触が始まる。全身の毛細血管が、心臓の鼓動のたびに広がっていく感覚。血圧が激しく上下して、それが久実の考えを妨げていくような感覚。久実のボキャブラリーで言うとそれは、『ヘンになっちゃう感じ』としか、言葉にしようがなかった。

 向かいの席に座っていた少年は、落とした本を拾って、うろたえながらページを何枚も捲っていたが、電車がホームに近づいてきたのを確認して、バツの悪そうな表情で本を閉じると、両手に抱え、停車した電車から出ていった。久実は他の乗客たちに支えられるようにして、ホームへ降りる。つまらない。この男たちは、久実をその場で抱いてくれるつもりではないようだ。

(みんな、人目とか気にしてるの? ………絶対にアタシのこと、抱きたいと思ってるくせに………。ふふっ。いいもん。アタシ一人で楽しむから………。)

 オッサンに自分の胸を押しつけた時の、息を飲むような感触で、久実は本能的に理解していた。絶対に今、自分を慰めると、最高に気持ちいいはずだ。そのことを考えるだけで、久実は色んなことが、どうでも良くなっていた。ホームに降りるのを手伝ってくれた乗客たちの一人が、久実が落としたスマホを渡してくれる。久実はそれを受け取ると、駅員が介抱に向かってくるのを無視して、階段に向けて歩き出した。スマホがあった。そういえばついさっきまで、ムッツリスケベのガキを盗み撮りしてネットに晒すつもりだった。久実はいつの間にか声を出して笑いながら歩いている。それは今考えると、とても些細な悪戯に思える。笑えて仕方がなかった。そんなことをしなくたって、自分のオナニー姿をメル友、Line友やネット上の他人に曝け出した方が、よっぽど久実の周りやネットの世界は盛り上がるのではないだろうか? そう考えるだけでワクワク、ゾクゾクする。痛いほど体が締めつけられて熱くなる。考えているだけで濡れてしまったのだろうか、いや、久実はイってしまっていたのだろうか、足首まで股間からトロトロと熱い液が垂れていた。

 久実は思う存分自分を解放できる場所を探して改札口に向かう。その間も、足を動かすたびに、ドロドロになった股の間から、いやらしい汁が垂れている。我慢できない久実は、すでに歩きながら制服を脱ぎ始めていた。



<利岡正樹のビジョン>



「レイナっ。どうしてさっきの人に幼虫を植え付けさせたの? あの人、苦しそうだったじゃないか」

 自分でもどこに向かっているのかわからないが、正樹は本を両手で抱えたまま、逃げるように駆けていた。

『発端は私ではないわ。マサキがさっきのオンナを、エッチな目で見たからでしょう? 運搬係たちは貴方の興味が向かっている対象を常に意識して飛んでいるの。』

「………さっきの人、ちょっと怖そうだったけど、綺麗だったから。………僕、変かな? ………最近ずっとムラムラしてるんだ。君が入ってきてからかな」

『異性に興味を持つのは、人間の雄としての本能よね? 仕方のないことよ。だから私たちの本能的な反射行動も、許して欲しいの。あのロリビッチは、貴方に対して明確な悪意を持った。その脳波に反応して、運搬係が幼虫の1匹を彼女の耳から入れたの。これは種の生存本能というよりも防衛本能。さらに明確な攻撃の感情を感じていたら、護衛係まで反応していたはずよ。』

 ホームの端まで走っていた利岡正樹は、慣れない運動に疲れて、立ち止まって呼吸を整えた。近くに見つけたベンチに座ると、再び重そうな本を開いて、ページをめくる。

『せっかく学校を休んでまで大きな図書館に行って借りてきた本なのに、残念ながら私が伝えられる知識を越えるものはその本の中には見つけられなさそうね。貴方たち人間が霊素蜂と呼ぶ、私たちの生態。一昨日から私が説明している通りに理解してもらった方が、効率が良いのではないかしら?』

 溜息をついた正樹はホームの天井を見上げると、ぶ厚くて重い本を閉じた。


(………さっきの人、助けられなかったのかな?)

 正樹は独り言を口にするのをやめて、心の中で考える。

『さっきも言ったでしょ? 使役蜂たちの行動をスムーズに、宿主の生活への影響を最小限に保つためには、幼虫が植えつけられる前かその直後に、貴方がロールを授けてあげないと駄目なの。きちんと役割を与えて、可愛がってあげたなら、3週間くらいで幼虫は孵化して、宿主にはほとんど後遺症も与えずに出ていくわ。私たちも、種を安定して維持していくことを考えたら、宿主を滅ぼしたいなんて考えていないの。共存共栄が望みよ。けれどそのためには、女王である私の宿主、貴方が、強い心で、幼虫にロールを授け、宿主となった人間たちを導いていく必要があるの。』

 肩を落として俯いた正樹はもう一度、深い溜息をついた。

(なんで僕なんだよ。人を導いていくなんて、僕のキャラじゃないよ。)

『女王である私が貴方を選んだのだから、これは運命なのよ。………もっとも、ファーストコンタクトは、常に偶然の要素がほとんどだけどね。その偶然の要素が、種を環境に適応させていくの。これは人間の世界でも大して変わりはないはずよ。』


。。。



 正樹はつい3日前のことを思い出す。虫の生態の研究をしている叔父さんが、南米だか中米だか、あまり名前の聞いたこともない国から、珍しい虫の標本を送ってくれたのは、2ヶ月以上前のことだった。国際郵便はどこかの役所の検疫機関に1ヶ月以上放置されてから、やっと正樹のもとに届いた。昔から正順叔父さんと趣味の合った正樹が、喜んで珍しい蝶の標本を開けた時、不思議な光り方をする、小さな羽虫を見たような気がした。その羽虫は一瞬で正樹の視界から消えてしまったので、てっきり正樹は、埃が窓の光に反射したのだと思った。そして異変は、その夜に起こった。

『私はレイナ。霊素蜂とか半幻虫とか神霊蜂とか、人間たちに色んな呼ばれ方をしている生き物。長旅も疲れたから、貴方を宿主として、そろそろ落ち着かせてもらおうかと思っているの。よろしくね。』

 光り輝く、妖精のような女王蜂は、神々しいような禍々しいような、鱗粉を振りまいて正樹の脳裏を飛び回っていた。

 翌朝、正樹はベッドに腰かけて着替えながら、昨日見た夢を思い返す。とてもお腹が空いていた。喉も乾いていた。そして痛いほどの立派な朝勃ちをしていた。

『夢ではないわよ。よく目をこらして御覧なさいよ。私のシモベたちが、今の貴方には見えるはずよ。』

 頭の中に響く、昨晩の声。正樹が注意深く周りを見回すと、光ったり消えたりする、羽虫が四匹ほど、部屋を飛び回っていた。それは正樹にとって、少し不気味な天国の到来を思わせるような、おぞましくも厳かに煌めく光景だった。


。。。



『あの時も言ったでしょ。使役蜂の中でも運搬係は常に、卵か幼虫を持って、植えつけられる先を探しているの。貴方が興味を覚えた相手、もしくは貴方が恐怖を覚えた相手に幼虫を植えつける。それ以外にも、貴方に対して悪意を示した相手にも、自衛的に子供たちを植えつけるわ。私の子供を脳内に取り入れた人間は、私たちの支配を受けるの。』

 本を読みながら、正樹は脳内に響く、レイナの言葉を聞く。地元の駅から歩いて近くの公園まで移動して、ベンチで本を読む。気がつくと、辺りは暗くなっていた。

『だからきちんと支配してあげないと駄目。なんのロールも与えずに放ったらかしたら、幼虫は生殖本能を暴走させて宿主を無軌道な色情狂に変えてしまうでしょ? ………もっとも、それが貴方の望むことなら、構わないのだけれど。』

「ロールっていったって、同じものじゃ駄目なんでしょ? すぐにネタが尽きちゃう気がするんだよ。そんな瞬時に、次々と違うロールを思いつかないと思う」

 クスっと微笑むように、正樹の脳内で息が漏れる。

『それなら、しっかりと準備しておくことね。支配者が君臨するためには、能天気であってはいけないわ。』

 歌うような声。まるで、今日は雨が降るから傘を持って行きなさいと言っているような、穏やかに諭す口調だった。

(準備っていったって、どんなことを考えておけばいいの? そんなに人にお願いしたいことなんかないんだけど………。どっちかっていうと、みんなにはそっとしておいて欲しい。………ずっと独りぼっちで、趣味とか掘っていく生活をするのが、夢なのに。)

 ボンヤリと自問自答する正樹。脳内で女王の微笑むかすかな音が聞こえたような気がした。


「あれっ。利岡君? ………利岡君だよね?」

 急に女性の声を聞く。慌てて本から顔を上げた正樹は、心臓が止まるような感覚を覚えた。前に立っていたのは、クラスメイトの稲生聖果。クラスで一番の美少女だった。

(もう下校時間? ………稲生さんの家、こっちの方だったんだ………。)

「あっ………い、稲生さん………」

「利岡君、今日はお休みだったよね? 体調が悪かったのかしら? 水川先生も、心配してたよ?」

 とっさに適切な言葉が思い浮かばずに、口ごもる正樹。顔だけが赤くなっていた。綺麗なだけでなく、優しくて性格も良い稲生聖果は皆に好かれていた。もちろん女性に縁のない生活をしている正樹にとっては、好きになるということすら、なんだかおこがましいようで、秘かに仰ぎ見る存在だった。

「もしかして、利岡君、ズル休みかな? ………駄目じゃない。元気なら、ちゃんと学校に………。ぅぅ………」

 正樹の座るベンチに近づきながら話していた聖果が、急に言葉を止める。一瞬だけ眉をひそめた彼女は完全な無表情になると、その場で立ち止まった。ユラユラと上体を揺らす。黒目だけが素早く僅かに震えた。彼女の右耳から、かすかに明滅する、蜂が一匹、飛び出てきた。運搬係だった。

「いっ………稲生さんっ。ゴメンっ。違うっ。………レイナ、駄目だっ」

『もう遅いわ、マサキ。貴方はこの子に欲望を感じた。それを運搬係が感じ取って、行動したの。早く彼女に侵入した子供に、ロールを授けてあげなさい。彼女をどう支配したいのか、決めるの。間に合わなかったら、この子もただの、コントロール不能な色情魔に成り果てるわよ。』

 レイナの言葉は、さっきまでと同じ、優しく諭すような口調だったが、厳然として冷酷な響きも含んでいた。正樹が急に突きつけられた問題に、思考を走らせて考えようとする。それでも考えは、容易にはまとまらない。クラス1の美少女。性格も良くて正樹のような男子生徒にも自然に話しかけてくれた稲生聖果ちゃん。実は美乳だと、男子生徒が噂しているのを聞いて、ドギマギしたことがある、正樹の憧れの相手………。

『マサキ、間に合わない。彼女の中に入った私の子が、ロールも授かることが出来ずに、暴れだすわよ。』

「か………彼女…………。うん………。僕の、恋人が、…………稲生さんのロールっ」

 クスッと脳内で音がしたような気がしたあと、正樹の脳が微細に震える。頭の中で、女王蜂が羽を震わせ、擦り合わせているのだとわかった。

 無表情でユラユラと立ち尽くしていた稲生さんが、ビクビクッ、ビクビクッと肩を断続的に震わせる。5秒くらいたって、やっと表情に正気が戻ってきた彼女が、何か言おうとして、口を開いた瞬間に、膝から崩れ落ちた。

「わっ、稲生さん。………大丈夫?」

 駆け寄って、彼女の両肩を掴んで起こす。貧血で倒れた女子生徒のように、力なく目を閉じていた聖果ちゃんは目を開けると、生気の無い目で、ボーっと正樹の顔を見ていた。正樹の鼻をくすぐる、シャンプーの匂い。柔らかくて清潔そうな香りの中から、わずかに甘酸っぱく若い匂いが漂ってきた。

「利岡………君………。…………あっ…………あれっ…………。私、ゴメンね。………大丈夫っ」

 正樹の体を遠ざけるようにわずかに手で押して、体を起こした聖果は、赤い顔を背けて、スカートについた砂を払った。

「とにかく、………ズル休みは駄目だからね………。明日は、ちゃんと学校に来てね」

 気まずそうな様子で目を反らした聖果。正樹がまだ返事もしないうちに、鞄を拾い上げて背を向ける。

「じゃっ………。私、塾の宿題もあるからっ」

 さっきまでの心配そうな様子から一転して、正樹と一度も目を合わせずに、稲生聖果が小走りに公園を出ていく。膝の内側を擦り合わせるような、少し内股になった走り方。正樹は声をかけるタイミングも見つけられなかった。

「聖果ちゃん………。大丈夫だったのかな? 幼虫は暴走してたり、しないかな?」

 不安そうに呟く、利岡正樹の頭の中で、クスッと吐息のような音が漏れた。

『心配要らないわ。脳幹の奥まで、ちゃんと私の子が入った様子が分かる。私は母親ですもの。………ウフフフ。』

 その口調は、母親らしいというよりは、悪戯を覚えたばかりの少女のような、含み笑いを秘めたもののように聞こえていた。



<稲生聖果のビジョン>



「うぅ………。ずっと変な音が………。もうっ………集中出来ない」

 机を叩くようにして教科書を閉じた聖果は、勉強を中断してベッドに飛び込むかたちで突っ伏する。いつもの落ち着いた聖果の振舞いとは、明らかに違う、焦燥感が見えていた。今日の夕方から断続的に、クチュクチュ、クニュクニュと異物が動き回るような音が、繰り返し頭の中に響いてくる。そのたびに、聖果はまるで自分の背筋を上から下に、下から上に撫でさすられているような、疼痛感を感じて、体をくねらせるのだった。

「なんなの? ………これ………。すっごく…………変な感じ」

 クチュクチュクチュクチュ…………、クニュクニュクニュクニュ………………。

 異物感であることは間違いない。しかし、不快感や嫌悪感とは少し違う、痺れのような疼痛感。皮膚の薄い部分を虫に刺されて、駄目だと分かっているけれど、掻かずにいられない。そんな危うげなもどかしさを、聖果は今、体の奥深くに抱えていた。

 クチュクチュクチュクチュ…………、クニュクニュクニュクニュ………………。

 音が大きくなったような気がする。いや、音が重なって来ている。痺れるような快感を理性で塞ぐようにして、聖果は左手で左の耳を覆った。

「…………やだ………。この感じ……………。このままだと…………駄目……」

 聖果が夕方のことを思い出す。クラスメイトを偶然見つけた小さな公園。クラスでは比較的目立たない、利岡君………。利岡……………、正樹君が、ベンチで本を読んでいた。

「ふんっ…………。ぁぁっ」

 聖果が体を縮めるように、ベッドの上で膝を胸元まであげる。クラスメイトの男子のことを考えた瞬間に、胸が、頭が、そして下腹部の奥が締め付けられるように、キュンッと引き付けを起こした感触が襲ってきたのだ。

「うぅぅ…………私…………。………変…………」

 クチュクチュクチュクチュ…………、クニュクニュクニュクニュ………………。

 頭の中の音をかき消そうと、自分で声を出した聖果。その響き方に少しだけ違和感を感じて、強くつむっていた目を開けた。熱くなった左手が、熱い左耳に触れている。右耳は塞がれていないので、聖果を包み込むような粘性の響きは右耳から入って来ていた。

 クチュクチュクチュクチュ…………、クニュクニュクニュクニュ………………。クチュクチュクチュクチュ…………。

 音が重なっている。その音は、頭の中から響いているだけではなかった。聖果はふと、自分の体に目を落として、さらに赤面する。なんの意識もしていないのに、自分の右手は部屋着のトレーナーのズボンの中に入りこんで、聖果の大切な部分をまさぐっていたのだった。

「ちょっ……と………。………ヤダッ…………」

 自分の手をとっさに、ショーツから、ズボンから引き抜こうとする。それでも、体が言うことを聞いてくれない。急にこの動きを止めてしまうには、気持ち良すぎた。そして聖果の体はもう、火がついてしまったかのように、熱くなってしまっていた。全身が、この動きを続けることを、求めてしまっていた。

「止まんない………よう……………。はぁぁああ……………」

 自分の行為を恥ずかしがる、理性を跳ねのけるかのように、聖果の右手の動きはさらに激しくなる。聖果は、はしたない自分を止められなくなって、息を荒げた。気がつくと、左耳を覆っていたはずの左手は、パーカーの上から、丸い胸をさするように包み込んで揉んでいる。右手は指先から手のひら、手首まで自分の恥ずかしい汁に浸っていた。尋常ではない量の液が分泌されていることがわかる。グレーのトレーナーパンツは股間の部分からお尻まで、グッショリと黒くなっていた。

「はぁああ………マサキ君…………。マサキ君? ………」

 自分で、不意に呟いた言葉に、自分で疑問を投げかける。聖果はこれまで、クラスメイトという以外に特定の感情を持っていなかった、夕方に会ったばかりの、目立たない男子の顔を思い浮かべる。キュンッとまた、胸の奥や股間の奥が締め付けられる。右手に熱い液体が噴きかけられる感触。聖果は利岡正樹のことを考えた瞬間にイってしまった自分に驚く。

「うそ……………。正樹君……………」

 声に名前を出すだけで、体温が1度上がるような気がする。彼の顔を思い浮かべるだけで、全身に鳥肌が立って、わずかな刺激でも果ててしまいそうなくらい、敏感になる。熱に浮かされたような表情で、正樹のことを考えて、自分のありのままの気持ちが口から洩れていくのを、許してしまう。

「正樹君………。好き………。……………大好き………」

 エスカレートする自分を抑えられずに、聖果は右手の動きをさらに激しくする。小さな突起のようだった自分のクリトリスが、さっきまでよりも一回り、大きくなっているのがわかる。変わっていく自分の身体と心を、恍惚の快感の中で、聖果は受け入れていった。



<利岡正樹のビジョン>


 自分の部屋で昆虫図鑑を捲っていた正樹の手がふと、動きを止める。携帯が机の上を這うように、震えていた。Lineの着信ではない。電話だ。正樹の友達が夜に、メッセージでなくて電話をかけてくることは珍しかったので、少し手間どいながら、「応答」を選択した。相手の番号は表示されていたが、正樹の携帯には登録されていない番号だった。

「はい…………」

 名前を名乗るのは控えて、相手が話すのを待つ。

「……………ふぅ……………………ふぅ…………………」

 相手も、何かを迷っているのか、なかなか名乗らなかった。

「あの………、悪戯ですか? ………切りますよ」

 正樹が言うと、頭の中で、レイナがクスリと笑った。

『誰の悪戯かしらね。』

 その、意味ありげな言い方が気になって、正樹は電話を切るのを少し待った。電話の向こう側で、唾を飲むような音がして、女の子の声がした。

「利岡君…………。稲生です。………ごめんね。遅い時間に急に………」

 正樹の胸が急に鼓動のペースを上げる。クラス1の美少女、稲生聖果から突然電話を受けた。しかもさっきまで、昆虫図鑑を眺めながら、聖果のことをボンヤリ思っていた時に………。正樹は夕方のことを思い出して、心の奥で密かな期待が高まっていくのを感じていた。

「稲生さんが………僕の番号を?」

 正樹の声が、少し不自然に上擦る。

「………あの、友達を何人か辿って、…………近藤君に教えてもらったの…………」

 多分、時間がかかったことだろう。稲生聖果の人望があればクラスの主要な人脈は簡単にたどれるだろうが、利岡正樹はイケてるグループには一切属していない。それでも、何人かを経由して近藤エイタまで辿りついたのだから、よっぽど重大な用事なのではないだろうか。

「その…………。ちょっと大事なお話があって………」

 聖果の声は、正樹以上に不自然に上擦っていた。

「………はぁ………。何かな?」

「…………あの…………、利岡君って…………、その、‥‥今、…………お付き合いしてる人とか…………いるの?」

 正樹がこれまで、聞かれたことがない質問だった。正樹の数少ない友人はみんな、いないという前提で話してくる。正樹もそれで時間が省けるので、気にしたことすらなかった。

「い………いや………。今、いないよ」

 なぜ自分が「今、いない」と答えたのか、自分でも謎だった。今どころか、生まれてこのかた、ずっといない。自分でも気がつかずにいた、妙なプライドの存在を、正樹は改めて意識した。

 深いため息が電話口に聞こえる。まるで美少女、聖果の吐息を耳元に当てられたような気がして、正樹はドギマギしてしまった。

「あの、………利岡君………。…………私、………迷惑かなって思ったんだけど…………、実は……………」

 迷いながら言葉を繋ぐ聖果。正樹も緊張と期待とでこめかみまで血管をピクピクさせながら、次の言葉を待った。

「迷惑かもしれないって思ったんだけど………、実は私…………。今、利岡君のお家の前まで来てるの」

「…………はい? …………稲生さん………。…………え、………ホントに?」

 期待していた言葉とは少し違う言葉が投げかけられて、正樹は戸惑いながらカーテンを開ける。2階の自分の部屋の窓から見下ろすと、玄関先でこちらを見上げながらスマホを耳に当てている、クラスのアイドルの姿が見えた。

「ちょっと………待ってて。…………すぐ降りるよ」

 携帯で話しながら、階段をドカドカと降りる正樹。リビングでくつろぐ両親の存在を意識して、1階を歩く時はソーっと歩いた。玄関のドアを開けると、ヒンヤリとした空気が家の中に入って来る。ポーチの向こう側に、白いダッフルコートを着た稲生聖果が立っていた。

「稲生さんっ。来てるんなら、言ってくれればいいのに………」

 銅製のポーチを開けて、応対する正樹。門灯に照らされる聖果の顔は、色の白さが際立って、学校で見るよりもさらに美しかった。整った顔立ちと大きい目、涙袋のせいで、その美貌に可愛らしさが加えられている。いや、個別のパーツの集合体として可愛い子ではなくて、生まれながらの完全体としての美少女といった雰囲気を、稲生聖果は持っていた。

「ごめんなさい、急に………。電話番号だけじゃなくて、住所まで調べて、勝手に来ちゃって。…………ご迷惑だと思ったんだけど…………。でも、我慢できなくて…………」

 稲生聖果はポーチが開いた途端に、喋りながら一歩、二歩と正樹に近づいてくる。そのまま正樹にぶつかりそうなほどの至近距離まで来て、少しだけ背の高い正樹の顔を見上げた。

「あの………私のお話を、聞いてもらえるかな? ………実は……その……」

『マサキ。この子に、散歩しようって言ってみなさい。』

 大事な聖果の話を遮って、レイナが正樹に囁いてくる。正樹は無視しようかと迷ったが、この状況の緊張感を少し解きほぐしてくれそうな予感がして、レイナの提案に従ってみることにした。

「あの………、稲生さん………。ちょっと一緒に、歩かない?」

「あっ………はい。…………お願いします」

 正樹が歩き出すと、聖果が慌ててついて来てくれる。女の子と一緒に歩くことが少ない正樹は、歩くペースも歩幅も少しぎこちなくなっていた。正樹の真横に並んで歩いてくれる聖果。彼女の顔を見ると、聖果もはにかんだように微笑んでくれた。

『霊素蜂の力はわかっているわね。思い切って、無言で手をつなごうとしてみなさい。』

 女王蜂の威厳だろうか、臆病な正樹を奮い立たせるような力が、レイナの言葉にはあった。クラス1の美少女と家の近所を並んで歩いているという、胸が締め付けられるような非現実的なシチュエーションに酔ってしまったかのように、正樹の冷静な判断力も鈍っていた。場の雰囲気に流されて、正樹は手を伸ばして、そっと聖果の手に触れた。温かくて柔らかい聖果の手は、一瞬だけ躊躇した後で、ゆっくりと正樹の指を握り返してきた。

 正樹が聖果の顔をもう一度見る。潤んだ目をクシュッと閉じるように微笑んで、口元をモゾモゾとさせて、はにかんで見せた。

「利岡君の手………冷たいんだね………」

 手を繋いで歩いていく。稲生さんは正樹の伸ばした手を、拒まなかった。それどころかしっかりと、握り返してくれた。そして10メートルも歩いているうちに、その手を一度離したかと思うと、腕を絡めて体を寄せるかたちで握り返してくる。正樹の二の腕に、聖果の柔らかい胸の感触が当たっていた。

「稲生さん…………、その………。どうして僕に、彼女がいるか、聞いたの?」

 腕を絡めて歩いているというこの状況に乗っかって、正樹がさらに勇気を振り絞って聞いてみる。

「………だって、…………もし、良かったら…………。私が………って、思ったの」

 俯いた聖果が、顔を赤らめながら答える。

「稲生さん、すっごくモテるでしょ? なんで、僕なの? …………こんな………僕なんかで………いいの?」

 生来の卑屈さを出してしまった後で、正樹は少し後悔した。民家の合間に空き地のような小さな公園が見えてきたところで、稲生聖果が立ち止まった。

「なんで利岡君かなんて、私もわからないよっ。…………でも、私こそ、………こんな私でいいのか、きちんと利岡君に見てもらって、全部を知ってもらって、そして出来れば、私を利岡君の恋人にしてもらいたいの。…………お願い、利岡君。………私の、全部を見てっ」

 急に小さな公園に引っ張り込まれる正樹。時計とベンチ、小型の滑り台があるだけの公園の、隅まで駆けて行った聖果は、ダッフルコートのボタンに手をかけていく。

「ちょっ…………、稲生さん」

 慌てて駆け寄った正樹の目の前で、聖果がガバっとコートを捲りひらくと、その下にはネグリジェのような薄い素材のスリップしか着ていなかった。体の線が、肌が透けて見える、いつもの清楚な聖果の私服とは思えなかった。

『うふふふ。クローゼットにあるお洋服の中で一番セクシーな服装をって考えたら、思い当たるのが薄手のスリップだけだったのね。季節外れも良いところだけど、これもマサキの気を引くための、セイカちゃんの全力なのよ。』

 真っ赤な顔でスリップの裾に手をかけた聖果は、そのまま薄い布をまくり上げて、頭を抜き取った。その下には下着もつけていない。月明りと街灯の下で、稲生聖果は生まれたままの姿を晒していた。

「私、胸もそんなに大きくないし、足も長くないし………。ここの毛が薄いのも、コンプレックスなんだけど………。それでも利岡君が大好きなの。利岡君のものになりたいの。………全部見て…………、もし、嫌じゃなかったら、私を恋人にしてください………」

 顔から耳、指先まで赤くなりながら、直立不動になる聖果。もうモジモジと恥ずかしがってはいなかった。女性は根性を決めたら、ここまで大胆になれるのか、と、正樹は圧倒されていた。薄いと彼女が自分で言っていた、アンダーヘアに目を落とす。淡く生え揃っている毛は、股間にペッタリと貼りついていた。彼女の愛液のせいだ。膝の内側まで垂れている。ずっと聖果は、正樹と手を繋いで歩きながら、恥ずかしい汁を股間から垂らしていたのだった。

『………セイカちゃんをこのままにしておくのかしら? 彼女、生殺しよ。』

 頭に響くレイナの声に導かれるようにして、正樹は聖果に「そこに座って」と言おうとした。その時、聖果は正樹が口を開く前に、芝の上にお尻をついていた。

(膝を開いてくれる?)

 正樹がそう言おうとした瞬間に、聖果がジリジリと両足を離していく。自分の取っている姿勢のはしたなさに、決心していたはずの聖果も思わず、両手で顔を隠す。正樹は両手を地面につけて、顔を聖果の股間の間近まで寄せていた。

(…………ここに………、キスしちゃおうかな?)

 正樹がそう思っただけで、察したように聖果が両足に力を入れて、腰を浮かすようにして正樹の顔に自分の大切な部分を近づける。2人は完全に以心伝心の恋人になっていたようだった。正樹の脳の奥深くで、女王蜂が羽を擦り合わせ、蠕動しているのを感じていた。

 聖果の薄いアンダーヘアの隙間から、サーモンピンクの粘膜がヒクヒクと動いているのが見えた。収縮のたびに、恥ずかしい割れ目からトゥプトゥプと、濃い愛液が溢れ出て来る。すでに1時間もこの状態にあったかのように、粘膜全体が腫れぼったくなっていた。クラスのアイドル、清楚な美少女、稲生聖果は今、発情している。どんなにすまして優等生的な発言をしようとしても、聖果は脳に侵入してしまった霊素蜂の幼虫のせいで、強制的に発情させられ、正樹に対して抗えない、絶対的な恋愛感情を注入されている。彼女の可憐な性器が、全力でオスを、正樹を求めて打ち震えているのだと、正樹は理解した。

 秘かな罪悪感と、圧倒的な征服欲の充足。性的高揚と、清純なクラスメイトへの愛おしさの入り混じった思いで、正樹は聖果のヴァギナにキスをした。甘酸っぱい匂いと味が鼻孔をくすぐった。

 プピュッ………、ププシュッ

 破裂音のようなものがして、熱い液体が正樹の額から耳、顎にまでかかる。

「あぁあっ…………はぁああっ…………、ご…………、ごめんなさいっ…………」

「潮…………、噴いた? 聖果ちゃん………」

「………な……の……かな? …………わからないの………。初めて…………だから………」

 恥ずかしさに身をくねらせる聖果。正樹は自分の股間のモノがズボンに押し込められたままでいるせいで、痛みまで感じていた。

「聖果ちゃん、可愛いよ。………エッチな君も好きだな」

「はうぅっ…………」

 ビシャッ…………

 正樹に褒められるだけで、聖果はまた潮を噴いてしまう。今度は正樹の手でしぶきは遮られた。

 好きだと言われるだけで、身を跳ね、反り返らせてエクスタシーに達する聖果。思い通りに悶え狂う彼女をしばらく弄んで、やっと自信と確信を持った正樹は、遠慮を無くして聖果の胸に手を伸ばした。彼女は「大きくない」と言っていたが、正樹の手にギリギリ収まる、充分と思えるボリューム。何より形が良くて、柔らかい。優しい曲線のオッパイだった。乳首は桃色の乳輪の真ん中で、ツンッと反り返っている。痛そうなほど、固くなっている。きっと正樹のせいだ。そしてレイナのせい。右のオッパイを揉みしだきながら、左のオッパイを口に含んでみた。舌に乳首の脈動が伝わって来る。

「綺麗なオッパイ。………乳首は、今はエッチなかたちになってるね」

「い………言わないで………」

 聖果の両手が胸を隠そうとする。

(隠しちゃ駄目。全部見せてよ。)

 正樹が頭で考えると、聖果の手が止まる。おずおずと腰の後ろに手が回って、体を支えるように地面に着く。胸を反らすように、正樹に近づける。まるでもっと見てくださいと言っているようだった。その華奢な背中に手を回して、正樹が聖果を抱き寄せる。もう片方の手で、もどかしそうにズボンを降ろし、トランクスも下げた。

「………ゴムとか、持ってきてないや………」

 言い訳がましく口にした正樹を遮るように、聖果が顔を近づけてきて、唇を重ねた。2人ともぎこちなく、舌を入れ合う。息が続かなくなってやっと、唇が離れる。

「どうなってもいいの………。私を好きにして欲しいの。正樹君の恋人になれるんだったら、私、どんなことでもするから」

 その言葉を聞くと、もう膨れ上がった正樹のモノは我慢の限界に達した。慌てて正樹が聖果の足を開かせて、初めての行為に挑む。太腿を持ちあげ、限界まで開いて、ベタベタに濡れた聖果の割れ目にモノを押し込む。角度の確認に少しだけ手間取ったが、グッと押し込むと、中の抵抗が裂けるようにして、正樹のモノが咥えこまれた。熱くてヌルヌルしていて、心地の良い締めつけ。少し気を抜くと、正樹はすぐにでも暴発してしまいそうになっていた。その我慢の限界スレスレのさらに先を急ぐかのように、腰を引いたり押したりして、性器を擦り合わせる。挿入のたびに、聖果の内部は咥えこむようにして正樹のモノを迎え入れた。

 ピストン運動を繰り返すうちに、正樹は我慢の限界のはるか先までいっていたようだった。本当だったら、愛しい聖果の一番奥の部分まで突き入れた瞬間に、弾けるように射精をしたいところだったのだが、腰を引いた妙なタイミングで、思わず最初の精を放ってしまう。

「あっ」

 しまったと声を出したが、ペニスはその場で頷きを繰り返すようにビクビクと反って、精液を断続的に放出した。聖果の膣は正樹がナカで射精したことを感じ取った後で、さらに精液を搾りとるかのように収縮する。ダクダクと溢れ出る愛液。彼女も昇天していた。


 しばらく放心したように、正樹は聖果の顔を見下ろしていた。力尽きたように夜空を見上げている聖果の顔は、涙と涎と鼻水とでグシャグシャになってしまっていたが、それでもなお、美しかった。人目を一切気にせずに、陶酔するような満足感をたたえているその表情は、まるで赤ん坊が安心して眠っているような、屈託のないピュアさを感じさせていた。


「…………あ…………、ゴメンね………。利岡君、グチャグチャになっちゃって………。私、自分がこんなになっちゃう体質だって、全然知らなくって………」

 正樹の視線にやっと気がついて、少し正気を取り戻した聖果が、起き上がってコートからハンカチを取り出して、正樹の体を拭いてくれる。スリップで自分の体を隠すようにしながら、なお、正樹の体を綺麗にすることを優先してくれているのが、健気に見えた。

『マサキ。セイカちゃんの中の幼虫が定着したことを確認しましょう。何か、普段の彼女だったら、しないようなことを、指示してみて。』

 半裸の状態で正樹の身体から精液と愛液の混合体を綺麗に拭ってくれている。今の聖果ちゃんの行動も、普段通りとはとても思えないが、正樹はレイナの言葉に促されて、何か稲生聖果らしくない行動を考えてみた。

「……………。正樹君。………ちょっと見ててね。…………ほら、お尻ペンペンっ」

 スリップを放り投げてしまった聖果が、ピョンと一跳ねして正樹に背を向けると、おどけたようにして丸いお尻を突き出して、ペシペシと自分の手で叩いて見せた。

「聖果ちゃん…………あはっ………。何してるの?」

 聞かれて聖果の顔が真っ赤に染まる。誤魔化そうとしてか、ぎこちない照れ笑いを浮かべた。

「え? …………あの、違うの………。その、正樹君が、喜んでくれるかと思って…………。やだ………。ゴメンなさい」

(聖果ちゃん、もうちょっと面白いこと、考えて見せてみて。聖果ちゃんオリジナルの一発ギャグだよ。)

 正樹の脳内で羽音のようなものが聞こえると、うずくまるようにして頭を抱えた聖果が、ビクッと立ち上がる。慌てて駆けだした裸のままの聖果は、公園の木の下で落ち葉を拾い上げた。

「………げ………原始人ですっ」

 落ち葉をオッパイの先端と股間に貼り付けて、優等生の美少女が必死の一発ギャグを見せる。すぐに落ち葉はヒラヒラとその場に舞い落ちて、ただ愉快なポーズをとった全裸の女の子が残された。すぐに悲鳴と恥ずかしさに悶える唸り声が小さな公園に響く。

 普段、優雅な物腰で皆の羨望を集めてきた美貌の優等生が、夜の公園で裸のまま、正樹に一生懸命、ギャグを考えて披露してくれる。その様子が可愛らしくて、正樹の悪戯心はさらに煽られてしまった。最後にもう一つ………と、頭の中で要求をしてしまう。口に出す必要すらない分、思考は歯止めをかけるのが難しかった。

 困った表情で周りを見回して、落ちていた小枝を拾い上げた聖果は、閉じた両足の間にその枝を挟んで、両腕でボディビルダーのようなポーズを取った。

「お………男の人ですっ…………。ほら、これ、……お………おチンチン…………」

 しばらく正樹が見ていると、我に返った聖果が、地面に膝から崩れ落ちて両手をついた。

「もうヤダ〜ッ。………なんで、私、こんな……………。正樹君に嫌われちゃう……………」

 ポロポロと涙をこぼし始めた聖果の姿を見て、正樹は慌てて駆け寄る。拾い上げたダッフルコートも持って行って、彼女の体にかけてあげた。

「聖果ちゃん。大丈夫。エッチな聖果ちゃんも、ひょうきんな聖果ちゃんも、大好きだよ。君みたいな可愛い恋人が出来て、すっごく嬉しいよ」

 正樹がそう告げると、聖果はさらにボロボロと涙を流して、腰が抜けたかのように正樹の体にすがりついてきた。お互いを温め合うようにして抱き合う。正樹は、色々と順番がおかしい展開となっていたことに、改めて気がついた。

「良かった………。正樹君…………。私、断られたらどうしようって、さっきからずっと不安で………。正樹君の恋人じゃない自分を想像するだけで、爆発しちゃいそうに辛い思いがしてて…………。本当に良かった」

 鼻声でベソをかくようにして、途切れ途切れで話す聖果ちゃんは、本当に可愛らしく、健気で、愛くるしい存在だった。正樹は彼女の細い肩をギュッと抱きしめてあげた。

「例えば………、正樹君にもう、彼女がいて、…………そのせいで私が恋人になれないって言われていたら………、私、その人をどうしちゃってたんだろうって、………そう考えるだけで、怖くて…………。もう私、自分が自分じゃない感じなの…………。どんなことでも、しちゃうの…………。…………だから、ずっと私の傍にいて。どうせ、おかしくなっちゃうんなら、最後まで、正樹君が、傍で見ていて…………。お願い…………」

 安堵するように正樹への愛を語り続ける聖果。その目を見ると、嘘は1%も含まれていないように見える。純度100%の混じりっ気のない愛。聖果の美貌と多幸感に酔いきったような純粋な目をみていると、少しだけ正樹の背中は、外気に冷やされたような感触になっていた。

 正樹の脳内で霊素蜂の女王、レイナが囁く

『王様の権力は絶大だけど、責任も重大よ。迷える子羊ちゃんたちを、ちゃんと導いてあげてね。』

 
 
< つづく >


 

 

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