ビッチシステム


 

 



2日目昼 仮想・非現実


※エロはありませんのでご注意下さい。

 気がつくと、玲奈達は音楽室にいた。そこは、昨夕に必死で逃げ込んだ場所だった。
 外は明るく、確かに朝だった。
「おはよー」
 恵が明るく声を上げる。それを合図に、それぞれがそれぞれの存在を確認して、
「あれ?」
「……」
 1人だけ、趣が異なる格好をしていることに、全員が気づいた。
 他の4人が冬の服装をする中……凜だけが、制服ではあるが、夏服を着ていたのだ。
「……『上着を用意しなくて良い』ということだったのですが……」
 半袖から伸びる腕をさすりながら、恥じるように、凜が答える。
 つまり凜は、メイアがアドバイスした「上着」を、コートなどではなく、冬服のブレザーのことであると解釈したようだった。
「リンちゃんはおマヌケちゃんだなあ」
「……済みません……」
「良いんだよ、今は校則とか問題じゃないし」
 そうフォローする沙奈の言葉を、
「しっ、誰か来る」
 留香が封じる。

 沙奈達が黙ると、確かに外を、複数の女子が歩いている気配がした。
 留香はドア横のカーテンを持ち上げ、外をうかがう。
 そこは、2人の女子生徒が体育館方面に歩いていた。後ろ姿だったので顔は確認できなかったが、1人は夏服で明らかにブラジャーが透けており、もう1人は下半身が裸だった。
 留香が4人に報告する。そして耳をすますと、吹奏楽器の音色が天井側から聞こえることに気づく。学校の吹奏楽部は音楽室で朝練をすることもあるが、大会が近い時期なので、より広い屋上を使っているようだった(この世界で大会があるのかは分からないが)。
 しかしそれは、玲奈達の危機感を煽った。吹奏楽部の朝練が終われば、彼女達は音楽準備室に戻ってくるはずだ。そうなれば、見つかる危険性は高い。そうでなくとも、屋外や廊下の様子を見る限り、昨日とは違って生徒達は普通に学校に集まってきているようだった。そしてその生徒達の中には、やはり全半裸の者が見受けられる。
「逃げないと」
 留香の言葉は、5人全員の思いを代弁していた。



 正門にはたくさんの生徒が通行し始めているので、玲奈達は渡り廊下から裏庭に回り、裏門を目指す。5人は昨日から上履きではなく下足を履いていたので、足下を気にする意味はなかった。
 正門とは異なり、裏門は住宅街に直結している。しかし、裏門は玄関へのアクセスが悪いため、利用する生徒は少ない。それでも数人の生徒とすれ違ったが、発症していると思しき生徒は幸運にも皆無だった。
「これからどうしましょう……」
 玲奈のつぶやきに答えたのは、沙奈だった。
「まず、あたし達のうちに行かない? ここから近いから」
「いいね」
 恵が即座に賛成する。続いて留香、凜も乗った。留香と凜は電車で通学しており、家が遠い。
 最初の目的地は、こうして決まった。



 周囲を警戒しながら目的地に向かうのは、想像以上に難しかった。交差点にさしかかるごとに発症者に遭遇し、長時間の足止めを食らってしまう。
 それでも、発症者の習性を理解するごとに、少しずつ目的地に近づいていく。発症者達は、別に非感染者を捜すためだけに歩いているわけではないようだった。発症者と目が合うと、全裸の完全発症者は必ず何かしらの反応を見せるが、一定の距離がある位置であれば、いきなり走って追いかけられることはないようだった。
 一方、建物の隙間や庭には発症者が「行為」に勤しんでいることがあり、その行為を終えた発症者と鉢合わせすることがあった。結果として、完全発症者――恵が言うには「エロゾンビ」――に2度追いかけられることになったが、しばらく逃げていると、2回ともあっさりと相手が諦めたようだった。どうやら感染者の足は早いわけではないようで、女性とはいえ健康で元気な5人であればそうそう捕まることはないようだった。それでも、そんな追いかけっこを何度も繰り返していたら体力が無くなってしまうので、警戒するに越したことはなかったのだが。

 しかし、その楽観は、すぐに別の失望に上書きされることになった。

「そんな……」
 その場所を、玲奈達が勘違いするはずはない。だから、その場所には、玲奈達の自宅が存在するはずだった。
 だがそこにあったのはただの空き地――整地すらされておらず、雑草も生えていない、砂利の更地だった。
「あの」
 沙奈は思わず、側を通った男性に声をかける。沙奈はその顔に見覚えがあった。交差点の家に住む大学生のはずだ。
 しかしその男性は、沙奈の声かけには反応して足を止めたが、沙奈が「ここに私の家が……」と話し始めると目をそらし、無視して行ってしまった。
「やっぱり、男は役に立たないのね……」
 玲奈がつぶやく。5人とも、この空間に来る前にメイアから説明を受けていた。

「多分、あたし達の家はなくなってそうね。ここ以外にどこにも現実と違いがないってことなら」
 それが恵の出した結論だった。メイア(達?)にとっては、地の利がある自宅に隠れられては困るということなのだろう。
「一応、あたしの実家はもう少し歩けばあるけど、行ってみる?」
「あまり期待できない気がします……」
「そうね、あたしも正直そう思うわ」
 凜の悲観的な推測に同意し、恵はすぐに提案を取り下げた。
「沙奈、大丈夫?」
「うん」
 玲奈は沙奈の肩を抱く。この空間が現実ではないとはいえ、沙奈の顔には「自宅がない」というショックがありありと浮かんでいた。

「提案があるんですが」
 重い空気を破ったのは留香だった。
「確か駅に向かったところに、閉鎖した小さいショッピングセンターがありますよね。そこに行ってみるのはどうでしょう」
「ああ、あそこね。いいかもね。でも、そこに行くまでに大通りあるよね? 大丈夫かな」
「おそらく、先ほどのゾンビ達の動きからすれば、横断するだけならチャンスがあると思います。大通りにずっといるのは危険でしょうが」
 考え込む恵と、分析を語る留香。
「わたくしも賛成です。ここでゾンビに挟み撃ちにされたら、逃げ場がありません」
 凜が留香につく。確かに、玲奈達の家がある場所は区画の中程であり、また隣家の塀が立ち並んでいることから、隣家を経由して逃げるのも難しい。ここに立ちすくんでいるのは決して得策ではない。
「あたしはみんなが良いなら良いわ」
「私も……」
 凜の言葉を受けて玲奈が、そして沙奈が肯定する。二人としては、目の前の地から離れられればそれだけで十分だった。



 結果を言えば、大通りの交差点は無事突破できた。別の非発症者が襲われる隙を突いて、全速力で突っ切ったのだ。時間はかかったが、「非発症者の悲鳴が上がった時に、周りの発症者が釣られる」という学習結果は大きいものだった。
 だが――



「あれ?」
「……何で……」
 ショッピングセンターが「あった」はずの建物。その入口には、女性を中心とした多数の人の行き来があった。
 すなわち、閉鎖されたはずのショッピングセンターは盛況だった。その様子は、この街を昨春に離れた恵を含んだ、5人の記憶とは正反対の姿だ。
「そうか……仮想空間だから、現実と同じとは……」
 留香が即座に独り合点する――が、留香達が今考えるべきは、そんなことではなかった。
「きゃっ!」
「えっ!? リンちゃわぁあっ!」
 後ろから凜が。右から恵が。それぞれ、別の全裸のエロゾンビに抱きつかれた。5人が立ち尽くしていたのは交差点の曲がり角。四方から発症者に出くわす可能性があり、ぼうっとするにはリスクの高すぎる場所だった。
「凜ちゃん!」
「めぐ姉!」
「槙野先輩!」
 沙奈が凜に、玲奈と留香が恵に、それぞれとっさに助けに入る。
「うぐっ……ふざけんなっ!」
 数秒後、先に完全発症者の襲撃から抜け出したのは恵だった。恵を組み敷いた発症者を巴投げの要領で投げ飛ばす。そしてすぐに起き上がり、凜にしがみついている発症者に駆け寄る。先に駆け寄ったものの、救出の役には立っていなかった沙奈の横をすり抜け、発症者の顔面を蹴り飛ばした。
「逃げるわよ!」
 留香がそのタイミングで声を上げる。襲いかかってきた2人から逃げるのはもちろんだが、先ほどの大通りで、留香達は騒いだところに発症者が集まることを学習していた。全力で今の場所から離れる必要がある。
 留香は一目散に、それでも後ろの沙奈達を気にしながら、誰もいない路地の方角に走り出す。
 4人も留香の後をついて逃げる。別の完全発症者達が5人のいたところにたどり着いたのは、その僅か数秒後のことだった。



「あの、ちょっといいですか? この近くに、閉鎖した大型ショップとかありませんか?」
 留香は、通りすがりの女性に声をかける。女性は見た目30代前半で、コートとマフラーを装備していた。
 その女性は留香に、この先にある大型電機店が2年前に潰れ、今も空いていると教えてくれた。
「ありがとうございます」
 留香は律儀に頭を下げる。女性が去った後、留香は建物の影に隠れていた4人の元に駆け寄った。



「この世界では、こっちの方が廃墟だったのね……」
 玲奈がつぶやく。玲奈達は2階建ての「元」大型電機店の建物内にいた。この電機店は現実世界では現存しており、未だに盛況だったはずだ。
「この世界は、女の人に聞き込みをしなきゃ、うまく逃げられないようになってるんですね……きっと、わざと、現実世界と変えてあるところがあるんでしょう……昼頃に見たやつ以外にも」
 そう言ったのは凜。「みんなの家がない」という具体的事例を発するのは、それを目の当たりにしてた玲奈の前では憚られた。
「そだね。んで、こっちは誰もいないのに、入口が開いていた……とっても都合良く」
 応じたのは恵。電機店の正面入口は自動ドアで、その電源は切れていたが、数十センチほどの隙間があった。
「きっと、あのバケモノがわざわざ隠れ場所を作ったんでしょう、……悪趣味な」
 吐き捨てる玲奈。メイアのことを名前で呼ぶ気はなかった。

「お姉ちゃん、みんな、裏口が開けられたよ」
 建物内を調べていた沙奈と留香が帰ってくる。二人は留香の発案で、入口から完全発症者が押し寄せてきた場合、逃げ道が確保できるかを調べていたのだ。幸い、裏口の鍵は物理的に機能しており、しかも外側から開けるのに必要な電子錠は電源が落ちているので、扉は内側からしか開けることはできない。裏口で待ち伏せをされない限り、逃走は可能ということだ。
「じゃあ、とりあえずここに隠れようか。……っつっ」
 恵が顔をしかめる。沙奈が慌てて恵に駆け寄ると、恵の右手側面に大きな擦り傷があった。
「さっき襲われたときだ」
「どうしよう、救急箱とか、無いかな」
 電機店の販売区画だったその場所には最早何もおかれておらず、完全な伽藍堂だった。
「……そういえば、従業員室に……」



「これで大丈夫」
「ありがとー、サナちゃん」
 従業員室と思われるその部屋には、救急用具はなかったが、綺麗な布があった。沙奈はそれを恵の手首に巻き付ける。消毒液もない応急処置だが、恵にはそれで十分だった。
「持ってきました」
 留香が外から持ってきたのは、大きい地図。それは、従業員室の入口付近に張ってあった、周囲の系列店案内の地図だった。
 留香は少し悩んで、入口を開け放したまま部屋に入ってきた。ここからは、建物の正面入口が目に入る。閉めていた方が気持ちは楽になるが、忍び寄られるよりはマシだと思った。
「これで、逃走先の候補を考えましょう。ここもいつまで安全か分からないし」



 囲むようにして、5人で地図をのぞき込む。
「この辺から一気に離れる方法はないかしら?」
 真っ先に提案したのは玲奈。しかし、
「電車……は絶対ダメ。ゾンビと鉢合わせたら逃げ場がない」
「というか、お金がないから交通機関は基本的に全部ダメね」
 留香と恵の言葉で、手段は大きく制限される。そこで凜が発言する。
「ヒッチハイクとかはどうですかね?」
「うーん……この世界は車が極端に少ないし、しかも運転手が女の人じゃないとダメだよね」
 それにこっちは5人もいるし、全員乗れるとは限らない。そう恵は思ったが、口には出さなかった。その言葉は、5人の関係に深刻な亀裂を生む可能性がある。恵は少し方向性を変えることにした。
「ドラマとかだと、トラックの荷台に勝手に乗り込むとかあるよね」
「それは……行き先にゾンビが少ない保証がありません。それよりは地の利を生かした方が良いと思います。多少現実と異なるとはいえ、この辺の土地勘はあるわけですし」
 恵の提案を、留香はやんわりと否定する。
「そうかもね、さすがルカちゃん頭が切れる」
「茶化さないで下さい、槙野先輩」
「めぐ姉って呼んで、ルカちゃん」
「じゃあ、やっぱりこの辺で避難できそうな場所を考えましょう」
 じゃれ合っている(ように見える)恵と留香を無視し、玲奈は咲希の提案を撤回した。

「確か、ここは森林公園ですよね。隠れやすそうな気がします」
「こっちは大橋しかないし、通らない方がよさそう……かな」
「そだね、挟み撃ちにされたら危ないし」
「でも、橋の下や堤防の下だったら、一時避難所くらいにはなるかしら」
「駐車がたくさんがあるなら、駐車場も場合によっては選択肢だと思う」
 5人でわいわいと、候補地をあげていく。

「よっし、じゃあ……」
 恵は身を乗り出して、地図を上からのぞき込む。
「ん……と。ここがダメになったら、まず森林公園。そこもダメだったら北に向かって、陸上競技場に行ってみよう。ここもダメなら、こっちの川の堤防下を通っていこうか。この先はでっかいショッピングモールだから潜り込めれば良いし、無理でもここよりは田舎のはずだから、逃げやすそうだね。こっちはルカちゃんの地元だし」
 恵はパーカーを脱ぎながら、経路を組み立てる。身を乗り出すとパーカーの首から伸びる紐が邪魔だ。
「賛成よ」
「いいですね」
 玲奈と凜が応じる。
「よし、賛成3票。サナちゃんとルカちゃんもいい?」
「はい」
「はい……」
「じゃあ、作戦会議おっしまーい。あー疲れた」
 意見をとりまとめた恵は、パイプ椅子にどっかりと腰掛けた。



「おなかすいた……」
 沙奈がつぶやく。差し迫る危険や考えることがなくなったせいか、急に空腹を自覚する。
「そうねえ……」
 玲奈は正面入口に目配せする。だいぶ日が傾いてきたようだが、日没まではもう少し時間がありそうに見える。むしろ、ここまでお腹がもった方が驚きだ。それだけ緊張していたのだろうが。
「じゃ、無駄話しよう」
 恵が提案する。この建物内に食べ物があるとは全く期待できなかった。
「あの、無駄話ではないのですが……」
「ん? どったの」
 凜が割り込む。
「先ほどは、助けて頂いてありがとうございました。昨日も含めて、2回も」
「あー、そんなこと。気にしちゃやーよ」
 丁寧に頭を下げる凜に、恵は「どうということはない」といった表情で答える。
「あたし一応、ちょっとした護身術程度は使えるから。能力ある人がみんなを守るのは当然のことよ」
「それはそうですが……」
「それにね、あたしは自分の友達が襲われてて見捨てられるほど、神経図太くないの。……ましてや、本人の意思に関係なく男好きにさせられるなんて、あり得ない」
 最後の言葉には、力が入っていた。引き続く沈黙には、玲奈達の無言の同意が込められていた。
 しばらくして、
「みんな、男嫌いなの?」
「はい」
 恵のぶしつけな問いに、玲奈は即答する。
「あたしは男の視線が嫌いです。あのいやらしい視線を感じるだけで、虫酸が走るわ。それに……」
 玲奈は、沙奈の方をちらりと見る。それに釣られたかのように、沙奈は話し出す。
「私は……男の人が、嫌いっていうより……苦手、かも。
 前に、1回だけ、年上の男の人と付き合ったことがあるんですけれど……」
「うんうん」
「そうなんだ」
 恵と留香が相づちを打つ。沙奈が話しやすいように。
「……最初は大丈夫だったんですけど……だんだん、相手の人が、その、普段と違う雰囲気になることがあって……そうしたらある日、突然その人にのしかかられたんです」
 玲奈を除く3人が、息を呑む。玲奈はそのエピソードを知っている。
「大声を上げたら、それ以上は何もされなかったんですけど……それ以来、男の人苦手なんです。……さっきみたいに、道ばたで話を聞くくらいだったら、大丈夫だけど」
「男は本当に獣だわ」
 玲奈が吐き捨てる。大切な家族である沙奈を簡単に傷つける男など、許せるわけがなかった。
「まあまあ」
 恵がなだめる。玲奈が別学通いの女学生特有の潔癖であることを、恵はよくわかっている。
「ルカちゃんは?」
「私は……男性が嫌いとか苦手とかじゃないんですけど、……正直、あんまり興味がないんです、そういうの」
「そうなの」
「ええ、男性と付き合ったことはあるんですけど……そんなに楽しいって感じがしなくて」
「へえ、確かにルカちゃん、知的なことの方が好きそう」
「留香ちゃんは図書室に良くいるんですよー、だから私と友達になったし」
 沙奈が恵の予想を肯定する。
「んで、リンちゃんは? なんとなく、『不純異性交遊は許しません!』って感じに見えるけど」
「え? あ、あの、それはそうなんですけど……」
 凜は口ごもる。恵はめざとく反応した。
「お、その様子だと、好きな人がいそうな感じね」
「え、本当? 誰?」
 沙奈が驚きの声を上げる。自らは男性が苦手だが、他人のコイバナには人並みに興味があるようだった。
「……この近くに通ってる子で……この前、告白されたんです。でも、受けて良いものか……」
「ほほぅ、迷ってるんだ。良かったらお姉さん、相談乗るよ?」
 恵はお節介を焼こうとする。しかし、
「ありがとうございます。でも、私一人で考えたいので……」
 凜は応じなかった。校則はともかくとして、もう一つの問題はこんなところで話せる内容ではない。
「そっか」
「はい。ごめんなさい、槙野先輩」
「めぐ姉って呼んで、リンちゃんも」
「いえ、そういうわけには……ところで、槙野先輩はどうなんですか?」
「め、ぐ、姉。……まあいいや。あたし? うーん」
「めぐ姉さんは、ずっと女子校通いなんですか?」
 一瞬口ごもった恵に対し、斜向かいに座っている留香が話を向ける。気のせいか、心持ち表情が硬かったが。
「うん。今の大学も女子校だし、その前はずっとあの学校だし。ルカちゃんは違うの?」
「ええ、私は高等部からなので」
「そうなんだ。あたし、そんなに女子校育ちに見える?」
「いえ、そういうわけでは。ただ、姉貴分らしい感じだったので、何となく女子校でみんなを引っ張り続けてきたのかな、と」
「ルカちゃん、正解。おかげで男との付き合いに慣れてなくってさー」
 あはは、と乾いた笑いを浮かべる恵。
「……おかげで男から迫られたらてんでダメ。カッチコチ」
「……そうなんですか。あのめぐ姉が」
 驚きとも、呆れとも付かない声を上げたのは、玲奈。「あの」めぐ姉が男を前におどおどしているというのが意外でもあるし、めぐ姉ですら男に歯が立たないという事実が悲しくもあり、まためぐ姉ですら男に興味自体はある、ということの失望も少なからずあった。
「……だから正直、『あんな風』とは言わなくても、ほんのちょっとでも男への苦手意識が小さかったら、って思うね」
「わたくしも、正直……」
 凜が言葉を繋ぐ。
「絶対に『ああ』はなりたくないですが、もっと気楽に男に関われるようになったら、と思います。性的なことにも興味はありますし」



 違和感があった。
 図書館仲間なので、留香は凜のことを知っているし、話したこともかなりある。
 しかし、その印象からは、凜が「性的なこと」という言葉ですらさらりと口に出せるというタイプだとは思えなかった。

 やっぱり。

 留香が朝から抱いていた疑念は、確信に変わりつつあった。

 そして。

 留香が見つめる先で凜が次に起こした行動は、その確信を裏付けるものだった。

「……大島さん、何をしているの?」
 留香の声に反応し、他の3人の視線が凜に向き――息を呑む音が聞こえた。
 凜は、シャツのボタンを全て外し――それを脱ぐところだった。
 シャツの下は、薄手の白いブラウス。胸元には、ピンク色のフルカップのブラジャーが透けて見えた。

 向かいに座っていた玲奈は、その意味に気づき、席から飛び退いた。

「え、あの……」

 それぞれの凜を避ける行動を見た凜は、言葉を失う。何故シャツを脱いだのかといえば、「何となく」としか言えなかったのだが、それよりも――玲奈達が何を騒いでいるのか、理解できていなかった。凜に浮かぶのは、ただ上着を1枚脱いだだけではないか、と言わんばかりの表情。

 何よりもそれこそが、凜がウイルスに犯され始めているという確かな証拠だった。



 玲奈達がパニックに陥る、まさに5秒前。
 しかし幸運にも――日没はそこに訪れた。

 
 


 

 

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