ビッチシステム


 

 



1日目・昼 悪夢の始まり


※エロはほとんどありませんのでご注意下さい。


「……ん……ぅっ」
 意識を失っていたことに気づいた鈴川 玲奈(すずかわ・れな)は、冷たい床から頭を持ち上げる。
 なぜ、こんなところで寝ていたのか。疑問に思う間もなく、
「お姉ちゃん」
「沙奈」
 聞き慣れた声がかかり、安心して顔を向ける。
 果たして、そこには確かに、肩までの黒髪を揺らした、双子の妹である鈴川 沙奈(すずかわ・さな)の顔があった。
「あたし達、どうして……?」
「わかんない。ここ、教室だけど……」
 言われて見回すと、そこは確かに玲奈達がいつも授業を受けている教室だった。
 しかし、おかしい。
 玲奈の記憶では、沙奈と連れだって登校しようとしていたところだったはずだ。だが、それから教室にたどり着くまでの記憶が全くなかった。ましてや、教室で倒れるようなことがあった覚えはない。
 それに、平日であるにもかかわらず、学校には全く人気が感じられない。いくら授業中の時刻とはいえ、数百人の生徒がいる学校の気配としてはあまりに静かすぎた。
「誰かいないの?」
「わかんない。私も今気づいたところ……私達、何で寝てたんだろう」
「あたしもわからないわ」
 正直に答える。全く理解不能なシチュエーションに混乱していたが、それでも、良く見知った顔が側にあるだけ、何となく安心することもできた。

 まず、誰かと連絡を取りたい。そう思ってポケットを探るが、
「あれ、ケータイがない!」
 制服のポケットに入っていたはずの携帯電話は、そこになかった。
「あっ……私のもない」
 玲奈の叫びに自分の携帯電話を探った沙奈も、同じ結論に至った。
 そして気づいた。携帯電話だけでなく、登校時に持っていたはずの鞄も、着ていたはずのコートもない。念のため自分達の机も調べたが、荷物は空っぽだった。それどころか、
「他の人の荷物もない……」
 玲奈達の席だけでなく、他の席にも荷物は何もなかった。
 人がいないだけなら、何かの事件があり、全員避難するようなことがあるかもしれない。しかし、荷物が一切無いというのは、さすがにあり得ないことだった。

「とりあえず、他の人がいないか、探しましょう」
 考えて数分、玲奈は沙奈にそう告げた。置かれている状況は明らかに異常だったが、自分達二人では、このまま考えてもどうにもならないのは明らかだった。
「うん」
 沙奈の声を聞いて、玲奈はナチュラルウェーブの髪を揺らし、教室の外に向かった。


「あっ」
 玲奈達と同じ2年生の教室を探して3番目、扉を開けたところに1人の女生徒が立っていた。
「留香ちゃん!」
 沙奈がその顔を識別した途端、留香と読んだ女性のもとに駆け寄る。
「沙奈さん! よかった……」
 ストレートの黒髪を頂いたその表情が破顔する。その声色から、玲奈達と同様、一人で心細かったのは明らかだった。

「沙奈、知ってるの?」
「え、うん。図書室にいつも来てくれる友達なんだ。ほら、私図書委員で」
「そうなの……あたし、鈴川玲奈といいます、妹がお世話になってるようで……」
「いえ……初めまして、高山 留香(たかやま・るか)です」
 玲奈の挨拶に、留香は沙奈にしたそれとは一変し、淡泊に応じる。
 細フレームの眼鏡の奥に覗く冷淡な瞳に、少しムッとした玲奈だが、そのようなことを今気にすべきではないと思い直し、
「高山さん、なぜこんなことになっているか、わかりますか?」
「いえ……全く分かりません。気づいたら一人でこんなところに。確か、学校に登校しようとしていたのですけれど……太陽の向きと時計を見る限り、お昼を完全に過ぎていますね」
 留香に言われて初めて、教室の時計に目が向いた。時計の針は確かに2時過ぎを指している。
「でも、安心しました。私一人では、どうしようもなくて」
「あたし達も、困っていました……状況があまりに異常すぎて」
「でも、留香ちゃんがいてくれて本当に良かったよー!」
 屈託無く笑う沙奈に、留香は硬い表情をあっさり崩して微笑む。
「高山さん、あたし達、他に生徒がいないか探し回ってるんですが、一緒に来て頂けませんか」
「はい、もちろん」
 玲奈の提案に、留香は即座に応じた。
「この状況なら、仲間は一人でも多い方が良いでしょう……でも、できればまず職員室に行きませんか。どなたか先生がいれば心強いですし」



 玲奈達が所属する女子校高等部の校舎は、教室棟から正面玄関を経由することで、職員室を含む管理棟、そして専門教室棟の区画に入ることができる。玲奈達は玄関に向かおうとした。
 しかし。
「なに、これ……」
 2年生の教室がある教室棟2階。そこと玄関を繋ぐ部分は、重い扉でしっかりと閉ざされていた。
「防火扉ね、これ」
 そう気づいた玲奈は即座に、くぐり戸にとびついた。防火扉には、生徒が閉じ込められないよう、出口側に開く扉が付いている。だが、
「開か……ないっ!」
 押せば容易に開くはずのくぐり戸は、玲奈がいくら押しても、ぴくりともしなかった。
「どうしたんですかっ」
「開かないのよ!」
 玲奈の叫び声のような訴えを聞いた留香、そして沙奈が力を合わせてくぐり戸をこじ開けようとするが、結果は同じだった。



「閉じ込められた……?」
「そのようですね……」
 状況を悟った玲奈と留香が、順につぶやく。
 くぐり戸を開けられなかった3人は、恐ろしい予感と共に、廊下の窓に次々に手をかける。しかしどの窓も、鍵の部分がどうやっても動かなかった。

「ちょっと待って、お姉ちゃん、留香ちゃん」
 重い空気の中、黙っていた沙奈の声が響く。
「足音がする」
 その声に釣られ、玲奈達は奥の階段に目を向ける。
 それと同時に、
「っ!」
 徒歩でコーナーを曲がった途端に6つの瞳に射貫かれ、反射的に足を止める女子生徒。その顔を見た沙奈が、
「凜ちゃん!」
 とその生徒の名を叫ぶ。
「沙奈先輩っ」
 呼ばれた生徒は一拍後、早足で3人の輪に加わった。

「大島 凜(おおしま・りん)ちゃん。図書委員の後輩なの」
「大島さん、初めまして、沙奈の姉の玲奈です」
「お初にお目にかかります。凜とお呼び下さい」
 玲奈の呼びかけに、生真面目な言葉を返す凜。その言動は,さながら図書委員より「風紀委員」という言葉を連想させるものだった。それでも、玲奈にとっては、先ほど見受けられた誰かの冷淡な態度よりは遙かに好感を持てるものだったのだが。
「ほっとしました……わたくし一人ではどうして良いのか分からず、不安で」
「あたし達もよ、凜ちゃん。1階は他に誰もいなかった? あと、玄関に出られた?」
「いいえ、全ての教室を探しましたが、誰もいませんでしたし、玄関も防火戸が閉じていました。窓も非常出口も開かなかったので、2階に上がってきたのです」
 凜が即座に答える。この学校では、1年生の教室が1階に、3年生の教室が3階にある。
「そう。じゃああたし達と一緒に、2階の残りの教室と3階を調べましょう」
「はい、お供します」



 結局、2階の残りの教室からは誰も発見できず、玲奈達は3階に上った。
 一つ一つ教室の扉を開けるが、誰もいない。しかし、最後の教室の扉を開け、
「……いる! そこ!」
 沙奈が声を上げ、留香が駆け寄った。
 その服装は、玲奈達4人が身に纏うブレザー型の冬制服ではなく、明らかに私服であった。その雰囲気からは、学校の先生の誰かであるというより、大学生であるように思われた。
 しかし、確実なことはまだ分からない。その女性は、うつぶせで倒れ、気を失っていたままだったからだ。

「めぐ姉!」
 その女性を仰向けにした途端、声を上げたのは今度は玲奈だった。
「お知り合いですか」
「ええ、バレー部の2つ先輩の卒業生よ、今は首都の大学に進学してたはずだったけど……めぐ姉、めぐ姉っ」
 凜の質問に答えながら、玲奈はめぐ姉と呼ぶその女性を揺り動かす。
 頭を打っていないかという不安が玲奈の心に僅かによぎったが、果たして数秒の後、女性は無事に意識を取り戻した。



「初めまして、サナちゃん、ルカさん、リンちゃん。槙野 恵(まきの・めぐみ)っていいます。めぐ姉って呼んでね」
 玲奈を除く3人の自己紹介を受けてから、恵は威厳のかけらもない自己紹介を終える。
 沙奈達はそのあまりの軽さに一瞬ポカンとしてしまうが、玲奈の諦めと慣れに満ちた表情から見て、こういう人なのだろう、と理解した。
「で、何であたしがここにいるのよ、鈴川」
「あたしに聞かないで下さい」
 あっさり現状認識を玲奈に丸投げした恵と、呆れたと言わんばかりの言葉を返す玲奈。この場に鈴川姓は2人いるが、恵にとって「鈴川」と呼べば玲奈のことだったようだ。
 玲奈はとりあえず、これまでに分かっていることを恵に伝える。

「うーん…………なんか、夢の中みたいねえ」
 一通り話を聞いた恵は、自分の頬をつねる仕草をする。こなれた化粧を載いた表情は、その直後に僅かに歪んだ。
「痛い」
 それは、今が現実であることを示す非情な言葉だった。

 数秒の後、ぽんぽん、とジーンズを叩いてから、恵は立ち上がる。
「まずは、この校舎を脱出しなきゃいけないってことね」
 そうつぶやいて、外を見るために教室の窓側に歩を進め――

「………………えっ?」



 校舎の3階から見渡せる、校外の準幹線道路。
 玲奈達が駆け寄って見た風景は、(階が違うものの)見慣れた景色ではあったのだが、目を凝らし数秒、そこには明らかに異常な光景があった。



 道を歩く男性には、何も違和感はない。
 しかし、……女性の何割かは、遠目から見ても明らかに、全裸だった。



「何よ、これ!」
 その事実を理解した玲奈は、思わず声を上げる。
 さらに目を凝らすと、全裸でなくとも、ショーツ1枚の女性、上半身が裸の女性、晩冬いう今の時期に比しても明らかに薄着の女性が行き交っていた。
 よく見れば、通常の服装をしている女性も多かったのだが、最早5人の目には入らない。

「あれは……」
 その光景をじっと見つめていた留香が、とある場所を指さす。
 それは、準幹線道路の向かいにある小工場と、その塀との隙間。おそらく道路からのぞき込むことはできないが、校舎の3階からは塀越しに俯瞰できる位置だった。
 そこには、全裸の女性と、ズボンを下ろした男性が組み合っているように見えた。はっきりとは見えなかったが、そこで起きている行為は明らかだった。



 安易に外に出ようとしない方が良いみたいね、という恵の言葉に納得した5人は、教室にとどまって今後の対応を考えることにした。とはいえ、得られた情報が少ないままの会議は小田原評定にすらならず、無為な時間を過ごす羽目になった。
 むしろ、その間ずっと外を眺めていた留香の報告が最も有用な情報だった。

 留香曰く、
 異常な格好をしているのは女性だけであること。
 全裸や半裸の女性は、格好が正常な女性に抱きつこうとすることがあったこと。
 抱きつかれそうになった女性は、逃げ切ることもあったし、捕まって路上で押し倒されることもあったこと。
 押し倒された女性はそのまま、襲った女性の性的な餌食になることがあること。
 襲われた女性はそのうち何事もなかったかのように起き上がるが、なぜか着ていた洋服をその場に置いていくケースがあること。
 襲われた女性は全裸になることもあれば、1枚しか脱がないこともあること。ただ、襲われた時間が長いほど脱ぐ枚数が多そうなこと。
 このような状況であるにもかかわらず、パニックを起こしている様子ではないこと。
 男性が女性を襲ったり、誘うことは決してないこと。女性からも男性を襲わないが、全裸や半裸の女性が男性を誘い、それを男性が受けるケースはあること。その場合には、路上で行為に及ばず、どこかに隠れること。
 パトカーが2台通ったが、女性達の格好や行為を咎めることはなかったこと。
 そもそも、普段に比べて車の交通量が明らかに少ないこと。

 夕焼けで赤くなった空をバックにした留香の報告。一通り聞いた玲奈達の反応は様々だったが、共通する一つの感想があった。

「男が襲うんじゃないんですね……」
 凜が漏らしたその言葉が、女子校育ちの彼女達の気持ちを代弁していた。「ええ、1時間見ていたけれど、男性はみんな無関心なようだったわ。女性から誘われた場合を除いて」
「本当……?」
 玲奈がつぶやいたその一言は、明らかに留香への不信を含んだものだった。
 玲奈は、数年前にバレー部の大会に出場した際に感じた、相手の学校の男子生徒から受けた視線を思い起こす。男子生徒が留香の顔や身体を見る視線には、明らかに性的な意図によるものだった。
 それ以来、玲奈は男というものを、性欲しか頭にない生き物と決めつける傾向が強くなった。その後、双子の妹である沙奈が男に騙されかけたことが、その偏見に拍車をかけた。沙奈は沙奈で、そのような経験から男性への恐怖感をあらわにするようになってしまったのだが。
「そんなに信じられないなら、自分で見たら?」
 留香はそんな玲奈をあっさり突き放した。何よ、と思いながら玲奈は、窓際に忍び寄る。数秒しか目を向けなかったが、男性が無関心そうなのは確かそうだった。
「汚らしい、そんな破廉恥な」
 そうつぶやいたのは凜。
「そうね、……あたしもそれだけ開放的なら、男に幻滅しなかったかもね」
 何か思い当たる節があるのか、恵がその言葉に、皮肉っぽく応じた。

「でも、ここまで変な状況だったら、ニュースとかになりそうだけどねえ」
 空気を変えるように、恵が言葉を発する。現実にこのような光景があれば、ニュースにならないはずがない。玲奈達がいる非現実的な空間でそうなっている保障はなかったが、テレビのニュースを見ることができれば、何かしらのヒントを得られそうな気がした。時間的にも、夕方のニュースが始まる頃合いだった。

「テレビ……というと、やっぱり職員室ね。でも……!?」
 閉じ込められたままじゃ、と恵が言いかけた途端、どん、と響く音が耳に届く。
「下よね」
「うん」
 沙奈の答えを合図に、玲奈達は教室を飛び出した。



「開いてる……」
 玄関への入口にたどり着いた5人の目の前にある防火扉は、普段通りの位置に戻っていた。
 ふと留香が隣の窓に手をかける。鍵はあっさり開き、何事もなかったかのように外気が吹き込んできた。
「とにかく、これなら職員室に行けますね」
 疑問は尽きなかったが、凜の言葉に気を取り直した玲奈達は、そのまま歩を進めた。



 職員室は無人だった。
 だが、入口のスイッチを押すと蛍光灯が光る。通電していることは間違いなかった。これなら、テレビはつくはずだ。
 留香は窓側にある、ブラウン管型の古いテレビに近づき、手動でスイッチを入れる。合わせて、付属のチューナーのスイッチを入れ、リモコンのチャンネルボタンをいくつか押す。

 果たして、望み通り、夕方のニュース番組が画面に映し出された。そして幸運にも、その番組は玲奈達の求める内容を特集していた。



 『新型進行性女性淫乱化症』

 そう紹介された病気は、留香が校舎から見たという光景と合致するものだった。
 新型ウイルスが原因と推定されており、接触感染が主。全国的に流行が確認されている。発症者は全国で数十万人と見られ、保菌者を含めた感染者は推定で2百万を優に超える。
 発症するのは妊娠可能な女性のみで、それ以外の女性や男性は発症しない一方、妊娠可能な女性は感染するとほぼ確実に発症する。発症した女性は性欲が昂進するほか、貞操観念が低下し、完全に発症した場合には見境無く男性を性的行為に誘うようになる。この際女性は、避妊を嫌がることがほとんどである。加えて、中程度以上に感染が進行した女性は他の女性にも接触し、感染の拡大を図るケースがある。
 また、病状が進行するごとに薄着になりたがり、完全に発症すると恥ずかしげもなく全裸になることが報告されている。
 特効薬は開発されていない。静養すれば多くの場合は自然回復するが、運悪く完全に発症してしまった感染者は体内からのウイルスの排除に時間がかかり、また、快復しても貞操観念が元に戻らず、性行為にふける生活が避けられなくなるという。脳構造が変異するためではないかとも言われているが、メカニズムは未解明である。
 また、回復した際にできた免疫は却ってアナフィラキシー・ショックの原因となり、再感染の進行が早くなりやすい。従って、予防接種が有効でない――。



「やっぱりおかしい……」
 考え込んでいた留香がつぶやく。
「え?」
 沙奈が応じ、つられて玲奈達が留香の言葉を待つ。
「いくら病気のニュースだからって、表現が直截的すぎる」
 留香の言葉は端的だった。
 さすがに局部を見せる場面はなかったが、明らかに性的な行為に及んでいることが分かる映像が何度か挟まれていた。いくらニュースのためとはいえ、そのような画像を入れる必要は無いはずだし、社会的に許容されるとも思えなかった。

 5人の中でふくれあがる、先ほどとはまた異なる違和感。
 そんな中、特集の映像が終わり、画面がスタジオを映し出す。

 そこには……

「ひっ」

 映し出された20代半ばの女性アナウンサー、その上半身は、黒を基調とした派手なブラジャー一枚のみだった。Dカップはあるかと思しき胸の谷間や、綺麗なへそ、くびれた腰がはっきりと画面に映し出される。
「私も、かかっちゃったみたいですからねー」
 その有名なアナウンサーはしかし、その格好を気にする様子でもなく、あっけらかんと答える。
「絵里ちゃん、でもそのブラ可愛いじゃない。そういう格好も似合うわよ」
 隣にいる、齢50を越えた女性は、身なりはしっかりしているもののその異常性を気にする様子はない。そして、
「えーそうですか、ありがとうございます……じゃあ武田アナウンサー、このあとホテル行きませんか?」
「分かりました、行きましょう。では、次のニュースです」
 絵里ちゃんと呼ばれたアナウンサーは、返す刀で武田と呼ぶ若い男性アナウンサーを誘い、武田はあっさりと誘いに乗ったのだった。



「どういうこと……」
 何事も無かったかのように次の話題に移ったテレビ画面を気にする者は、もう誰もいなかった。
「病気に関係なく、『この世界』は性的なことに対する倫理的観念が低いんだと思う。だから、外もパニックになっていなかったんだ、……多分」
 留香の主張。留香は既に、この世界が「日常の世界とは似て非なる何か」だという確信を得たようだった。
 まさか、と思う玲奈。しかし、そう考えないと、意識が回復してから見たものを説明できないことは理解せざるを得なかった。

 5人は、留香の言葉を最後に考え込む。

 だから、反応が遅れた。

 がたん。
「きゃっ!」
 机が動く音。5人が顔を向けると、職員室奥の非常口から、10人近くの全裸の女性が進入し、5人に近づいていた。
 玲奈達は彼女達の表情を捉える。据わった目を見て即座に、察した。
「逃げるわよ!」
 誰によるともわからぬ合図と同時に、5人は出口に殺到する。
 しかし、動きが一拍遅れた凜が、進入してきた女性の一人に腕を掴まれた。「わっ!」
「凜ちゃん!」
 女性に押し倒された凜。しかし、その瞬間、凜は女性に頭突きを加え、女性を引きはがす。
「こん、の!」
「リンちゃん!」
 とって返した恵がその女性に膝蹴りを食らわせ、
「大丈夫!?」
「はい!」
 凜を救い出した。そのまま、出口から職員室を飛び出す。

「上に!」
 玲奈のとっさの判断で、2階に駆け上がる。外に出たら、うろつく感染者の女性に襲われるかもしれない、という直感だった。
 そのまま、2階の渡り廊下から専門校舎棟に移り、3階に上がって、音楽室に避難する。
 音楽室の鍵は開いていた。最後尾の凜と恵が室内に入ったことを確認し、内側から鍵をかける。



「はぁ、はぁ……」
 5人の呼吸音のみが響く。ちょうど日が落ちるところなのか、音楽室はゆっくり暗くなる。
「ぁ……?」
 ふぅっ、と、意識が遠くなる感覚を覚えた。玲奈は何とか堪えようとするが、その目に映ったのは、バタバタと倒れていく残りの4人。
 その光景を最後に、玲奈は意識を完全に失った。

 
 


 

 

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