蒼い月の夜に


 

 

第一話


 透き通った湖の水面にきらきらと眩しく朝日が反射する。
 もう夏だというのにその水は冷たく、気持ちよかった。
 黒く短い髪を洗い、ゆったりと水面に浮く。
 私たちの復讐の帰り道。
 あの屋敷から三日ほど街道に沿って歩いた小さな湖で、一人久々の水浴びを楽しむ。
 私の使い魔――アルテは私の食料を調達しに行ってくれたはずだ。
 空に浮かんだ太陽が眩しくて私はそっと目を細めた。
 湖岸に上がると木に掛けておいた、黒いレースを丁寧にあしらった、まるで喪服のようなドレスに袖を通す。
 上品なシルクの滑らかな肌触りが気持ちいい。
 祖父の遺した屋敷にあった唯一の女物のこのドレスは母が私と同じ年頃に着ていたのだろうか?
 その問いに答えられる人はもういない。
「お嬢。相変わらずよう似合ってるで」
 その声にゆっくりと振り返る。
 黒い猫――アルテがちりんと首につけられた鈴を鳴らしてそこにいた。
 その彼においでおいでと手を振って抱き上げる。
「……覗くな」
 そのまま岩壁に投げつける。
 彼はいつものようにずりずりと器用に這って、ハアハアと身悶えしていた。
「変態ネコ悪魔」
 思わず口に出すと彼は悦んだようで、「もっともっと」とせがみだす。
 これが彼の性癖なのか、それともフリなのか。
 彼の本性はいまだにわからない。
 私は溜息をつき、頭を押さえた。
「……もう言わない」
「がーん」
 うなだれる彼の周りを見回して、私はふと浮かんだ疑問を口に出した。
「……ご飯は?」
 彼は明後日の方向を向いて器用に口笛を鳴らし、知らん顔をした。



 久方ぶりの水浴びは終わり、いつもどおりの虐待も終わった私達は会話もなくゆっくりと街道を歩きつづける。
 木陰に時折顔を出す太陽が暖かくて気持ちいい。
 人影はほとんどなく、私は前を歩くアルテの後をただついていく。
「お嬢。つけられてるで」
 まるで世間話のように前を向いたまま彼は呟いた。
「え?」
「振り返るなや。気付いてるんがばれるやろ」
 その声に振り返ろうとする私を彼はやんわりと諌めた。
「三人……ってとこか、お嬢のその服はちょっとした高級品や。それに加えてお嬢は可愛いからな人買いにでも売るつもりやろ」
「……盗賊?」
「たぶんな。お嬢の力試しにちょうどいいんちゃうか?」
 きゅっと胸元を押さえてふるふると首を振る。
 私はまだこの力を試したことは無い。
 私の力は復讐のためだけに使うものだ。
 たとえ、相手が私に関係ない人でも使いたくない。
「そんなんゆうてる暇ないやろ。気配が止まったし、くるで」
 目を瞑り、ゆっくりと息を吐いた。
 仕方が無いのかもしれない。
 自分の身に降りかかる火の粉は払い落とし、踏み潰す。
 そうしなければこのさき生きていけないかもしれない。
「まぁ、フォローはするし。あんま気張らんとがんばれ」
「……わかった」
 心強い相棒の声を聞いて目を開け、足を止める。
 それを待っていたかのようにがさり、と藪からみるからな屈強そうな男。
 ただでさえ醜い顔をさらに醜く歪め、私の体を嘗め回すように見ていた。
「……なにか用?」
 まっすぐに見据えたまま油断なく呟く。
 後二人いるのだ。
 周囲に注意を巡らせる。
「お嬢ちゃんどこ行くのかな? おじちゃんが連れてってやるよ」
 ぐへぐへと薄気味悪い笑いを浮かべて男がにじり寄ってくる。
 普通の私ぐらいの娘ならそれだけで怯えて動けないのかもしれない。
「三下……」
 ぽそりと呟く。
 あいにくだけれど私は普通の娘ではない。
 悪魔と契約した女。
 すなわち『魔女』。
 それを知らない男は大して臆した風もなく無表情の私に得体の知れないものを感じたのかもしれない。
 ぴくりと肩を震わせ、やがて獰猛に襲い掛かる。
 腕を伸ばし、私の肩を掴もうとするそれをいなし、右足を軸にして半回転する。
 男は狐につままれたような顔をして私の背後にいた。
「き、きさまっ……」
 我に返ったのだろう。
 顔を赤くして再び襲い掛かってくる。
 つかまれば私の細い体では骨が軋むのではないかと思うほど乱暴に腕を振り上げ、振り下ろす。
 男は気付いていない。
 最初から私の力に囚われていることに。
 男の動きは力こそみなぎっているものの緩慢で彼の思っているスピードの半分も出ていないことに。
 アルテが『精神支配』といっていたその力で彼の本来の能力を出させないようにしていることに。
「ぐっ……! このっ、このっ!」
 何度も何度も振り下ろし、その度に私は半身をずらして避けきる。
 ぜえぜえと息を切らし、叫ぶように言葉を紡ぐ。
 とん、とやがて私の背中に大きな岩が当たった。
「もう逃げられないぜっ! くらえっ!!」
 彼は当初の目的を忘れているのか私を殺すつもりで拳を放った。
 くすくすと笑ってそれを避けると彼の体を開放する。
「ぐあぁあぁああああぁぁぁっっっ!!」
 拳は勢い良く岩にあたり、男は絶叫した。
 これで一人。
 男はありえない方向に曲がった手首を抑えうずくまった。
「後二人。……いるんでしょう?」
 決して大きくは無い声。
 けれどもそれは相手に届いたようでやがてもう一人やせ細った男が現れた。
「貴様……何をした?」
 無口そうな男。
 もともと無口な私にどこか似ているのかもしれない。
(いいえ……違う)
 頭に浮かんだ考えをすぐに振り払う。
 ……私はこんな盗賊のような下衆とは似ても似つかない。
「まぁ、いい……私はあんな力だけの男とは一味違うぞ」
 何も答えない私に痺れを切らしたのか、彼は羽織った外套からナイフを取り出した。
 ギラリと木漏れ日に反射したそれはとてつもなく不気味で使い込まれた投げナイフ。
「くっ……」
 予備動作を見せずナイフは私の顔をめがけて鋭く飛んできた。
 慌ててかわす。
 私の力は精神を持たない無機物には反応しない。
 頬を掠めたそれは私の背後で腕を抑えうずくまっていた男の喉を突き刺していた。
「よく……かわしたな。だが、投げナイフにはその得体の知れない力は効力が無いようだ……。怪我をしないうちに降参した方が身のためだぞ……」
 くすりと笑う。
 この男はまだわかってないのだろうか?
 いくら予備動作が無いといえど投げるのは彼自身だ。
 彼にナイフを自由に投げさせない術などいくらでもある。
 私は力に反応して緋く輝く瞳で彼を見据えていた。
「もう一回……やってみなさい」
 男は私が諦めたとでも思ったのかニヤリと笑ってその腕を振るった。
 ひゅっと軽い音がして白刃が木漏れ日にきらめく。
 私はくすくすと笑ったままそれを見ていた。
 ザシュッと突き刺さる音は私の左に逸れていた。
 ゆっくりと歩き、木に刺さったそれを引き抜く。
 しばらく弄び、それに飽きると私はナイフを男の足元に投げ返した。
「もう一回……やる?」
「ば、馬鹿にするなっ!」
 何度も何度も懐からナイフを取り出し私を狙って投げつづける。
 その度にそれは左右に逸れ、私には傷一つつかなかった。
「ぐっ……」
 男の動きが止まった。
 懐を何かを探すかのようにまさぐっている。
「ナイフ……拾えば?」
 くすくすと笑いながら愚弄するように言葉を漏らす私に戦意を喪失したのか、男は背中を向け逃げ去っていった。
 恐らく彼はもう二度とこの森を抜けることはできないだろう。
 彼の方向感覚はすでに狂っているから。
 襲う相手を間違えた男を哀れみ、私はくすくすと笑いつづけた。


 盗賊は三人いる。
 そうアルテが言っていた。
 私は二人の男を倒し、油断していたのかもしれない。
 いまだに姿をあらわさない三人目はアルテが処理してくれたのだろう。
 そう思い、最初の男の攻撃をかわしながらだいぶ逸れてしまった街道へ戻ろうとした瞬間。
 私は勢い良く空に投げ飛ばされた。
「っ!」
 地面に当たると思った瞬間、それは訪れず足首が痛む。
 私は罠にかかったようだ。
 反動で軋んだ足首を我慢して見回す。
 私の力の効果範囲である視界には罠を仕掛けた人影は無かった。
「ふふっ、可愛いお尻……」
「ふぇっ!?」
 女の声がした。
 細い指で私のお尻をなぞるような感触がして、私は思わず情けない声を上げてしまう。
 指は私の下着越しに谷間を何度も往復して、やがて止まる。
 そこは誰にも触らせたことの無いお尻の穴。
「……っ。はなして……」
「まさかこんな可愛い女の子があの二人を倒すなんて、どうやったのかしら? まぁ、どうでもいいけど……」
 女の指は私のそこを動いてはくれなかった。
 それどころか下着越しに力を込めて侵入してこようとする。
 いくら身を捩って避けようとしても執拗に指は追いかけてくる。
(このままじゃ、あのときのお母様のように……)
 あの夜、お母様が犯される様を思い出してぞくりと身体が震えた。
「あっ、アルテっ! ……助けて、助けてっ!!」
 いつも隣にいてくれた黒猫を思い出し、叫ぶ。
(フォローしてくれるって言ったのに……)
 いつものように彼はそこにはいてくれなかった。
「ふふっ、アルテって恋人かしら? 残念だけどもう諦めたら?」
 ぐりぐりと指を押し当てながら、残酷な声が私の耳に届く。
「私、可愛い女の子大好きよ?」
「わっ、私は……大嫌い……」
「ふふっ……、残念ね」
 大して残念といった風も無く笑うと女はショーツをずらし、指をさっきまで隠されていたそこに這わせる。
「あらあら可愛いオマンコね。まだ毛も生えてないじゃない」
 侮蔑の声。
 私の顔は羞恥に赤く染まる。
「でも、こっちは売り物だからまだお預けね……」
 残念そうな女の声がしておぞましく蠢いた指は、私の意思を無視してゆっくりと私のお尻を執拗に弄ぶ。
「やぁっ、やだ……汚いっ……」
 唐突につぷりと指が入り込んだ感触がして身を捩る。
「ふふ……その反応。可愛いわ」
 やがてその指は抜き取られ、ぺろりと嫌な音を立てた。
「美味しい……」
「や、やだ……何してるの……」
 知りたくない。
 けれど知らないのも嫌でつい聞いてしまう。
 自分から見えないところでおかしな気配を感じるのは不幸かもしれない。
「指を舐めただけよ。……あなたのお尻の穴に入っていた指を」
 愉しそうな女の笑い声がした。
「い、いや……やだぁっ……」
 拒絶の声を力なく漏らす。
「もっといっぱい虐めてあげるわね?」
 私の拒絶など意にも介さず、女は言い放つとさらに私のお尻に指を深く入れる。
「ひっ……あうぅっ! や、やめ―――」
 ――――ドクン。
 力なく拒絶の声を上げつづける。
 そのとき鼓動が大きく鳴ったような気がして私の体に痺れるように甘い感覚が広がった。
(な、なに……これ? ま、まさか……なんで、こんなときにっ……)
 私は嫌な予感に思い当たってしまった。
 悪魔を使用する度に降りかかる『呪い』。
 それは個人差があってどのようなものになるかはわからない。
 たいていは使用者の精神に働きかける。
 そういまだに姿を見せない黒猫が言っていた。
(これが……呪い……)
 どくんどくんと心臓が早鐘を打ち、私の体はどんどんと熱くなっていった。
「やっ、くっ……ぅんん……」
 はぁはぁと息を切らし、上気しだした頬がだらしなく緩み、私はいやらしい声を上げ始めていた。
 とろりと何かが私の股間から溢れ、こぼれ落ちるのがわかる。
「ひぅっ……んっ、んんぅっ……」
 ただでさえ吊るされて血が上っている頭にその音が響き、私は真っ赤になって力なく首を振るばかりで喘ぐ声は次第に大きくなっていく。
「んっ……いっ、やぁ……くふぅっ……」
 呪いの所為でどんなに我慢しても甲高い、まるで私のものとは違う甘えた声が洩れてしまった。
 熱くなった体の奥底から甘い痺れが湧き出して、それに飲み込まれてしまいそうで恐い。
「思ったより感度がいいのね。普段も弄ってるのかしら?」
 女の呟く屈辱的な恥ずかしい事実。
 私の体はそれすらも甘い疼きに変えてしまう。
「うんんぅっ……はぁっ……」
 どさりと地面に打ち付けられた。
 女は私の抵抗がほとんど無くなったので本格的にいたぶるつもりらしい。
 快楽に流されかけて、靄がかかったような視界に女が入る。
「はな……れな、さい……」
 ぼんやりとする頭を振り、その瞳を見据えながら命令する。
「ふふ……、可愛い。そんなもったいないことするわけ……えっ? な、なんで……」
 近寄ろうとする女の意思に関係なく体は動いていた。
 私は近くの木に捕まってふらふらと立ち上がる。
「アルテ……いるんでしょう……?」
 黒猫はがさり、と音を立てて小さな茂みからその身を躍らせた。
「……何してたの?」
「いやぁ、お嬢がぴんちになったら出ようかとすたんばってたんや」
 アルテはだらしなく頬をゆがめて悪びれもなく言い放った。
 私の足元に寄ってきたその尻尾をぐりぐりと踏み付ける。
 静かな森に大きく木霊する快楽とも悲鳴とも付かない叫び声が聞こえた。

「アルテ……この人、どうしよう?」
 ようやく火照りが収まり、呼吸が整ってきた私はずきずきと痛む足首を押さえて、動けない女を見上げる。
 赤みがかった短めの髪に薄い茶褐色の瞳をした女。
 自分の体が思うように動かない恐怖を押さえているのだろうその瞳は私を睨んでいた。
 私は自分の身に降りかかった火の粉は払い落として踏み潰す、そう決めたのだ。
 彼女をこのまま逃がすつもりは無かった。
「どっかの法典にある『目には目を』とかどやろ?」
「私は他人のお尻弄る趣味無い……」
「感じてたくせに……」
 ぼそりと女が呟いた。
「そ、それは……呪いのせい」
「ふふん、強がっちゃって……」
 思い出して顔が少し熱くなる。
 いやらしく笑う女に私はそれ以上なにも言えずに押し黙った。
「じゃあ、こんなんどうや?」
 アルテが私の耳元に口を近づける。
「ひゃっ!」
 ふーっと息を吹きかけられて私は思わず変な声を上げた。
 収まりかけた疼きがまた再燃しそうになり、ゆっくりと息を吐く。
 私は器用にお腹を押さえてけたけたと笑う頭を壁に打ち据えた。
「……で、どうするの?」
「お嬢の後学のためにオナニーでもしてもらおか」
「おなにー?」
 聞きなれない言葉に私が思わず聞き返すと黒猫はニヤリといやらしく口の端をゆがめた。
「まぁ、お嬢もはじめて力使ったんやし疲れてるやろ。俺がやるわ」
 私の頭に浮かんだ疑問符に答えずに彼はそう言って女にゆっくりと近づいていった。
 こういうときの彼は何を考えてるのかわからない。
「ちょ、こっちこないでよっ! ってか、何で猫が喋るのよっ!?」
 人語を解する得体の知れない黒猫に今更恐怖を感じたのか動けない体で叫んだ。
 女の瞳が彼の銀の眼に見つめられる。
 やがて、とろんとその瞳に力はなくなっていった。
「名前は?」
「み……てぃあ……」
 黒猫の問いに抵抗なくぼんやりと答えたその横顔は美しかった。
「ミティアか。ミティアはオナニーくらいするやろ」
 ぼんやりとした瞳はこくりと頷く。
「ミティアは今すぐオナニーがしたくなるんや。我慢できんくらいにな」
「お、なにー……した……い……」
 従順にその単語を復唱するミティア。
「ミティアはいつもやってるのよりずっとずっと感じるんや。イケるまで体の疼きが止まらん。でも、絶対イケへん。お嬢が許してくれるまでな」
 そう言って私をチラッと見た。
 何か嫌な予感が私をよぎる。
「じゃあ、目ぇ覚ましてええで」
 ゆっくりと彼女の奥深い瞳の焦点が合ってくる。
「……なにしたの?」
 尋ねる私に黒い悪魔はいやらしく笑い、「みてりゃわかるやろ」と囁いた。
 意識を取り戻したミティアの指は奇病にかかったかのように震え、麻でできた服の胸元と足元を行ったり来たりせわしなく動く。
 熱っぽい息を漏らし、どこを見ているのか定かではない瞳はさっきまでの私に似ている気がした。
「……どうしたの?」
 私は彼女の動きの意図がつかめずに尋ねる。
 その問いに答えずに倒れるように前のめりになると彼女の指はついに動き出した。
「んっ……ふぅっ、く、くふぅっ……」
 もぞり、と右手が動いてその豊かな胸を服越しにまさぐる。
「オマンコも触ってええんやで?」
 悪魔の囁き――とでも言うのだろうか?
 その声に反応するように彼女の体は動いて、もどかしそうにズボンを脱ぐと、すでに濡れそぼった下着を掻き分けそこを弄りだす。
「ん、あぁあっ……」
 やがてぐちゅぐちゅと湿った音を立て始め、彼女は切なげな声を漏らした。
「はあ……んんっ……」
 淫猥な喘ぎ声が私の耳を蕩かせる。
 ようやく収まった私の体が熱くなりかけて、ふるふると首を振る。
「こんなの……私に見せてどうするつもり?」
 にやにやと笑ったままの黒猫に視線を移し、尋ねる。
「お嬢も呪いで性欲増強されるみたいやから、覚えといた方が何かと便利やろ」
「……覗きたいだけでしょ」
「ぎくっ。そ、そんなことあるわけないやろ。あは、あはは……」
 あからさまに動揺したその様に溜息をつく。
 ……この変態エロ猫を誰かどうにかして。
「んんっ……んふぅっ、やあっ……やだっ……なっ、なんでっ……」
 淫靡で悩ましいミティアの声。
 その声は苦しげで、もどかしそうに日の落ちた森に響いていた。
「……どうしたの?」
 少し前にミティアにした言葉を今度は黒猫をみてこぼす。
「イケないんやろ?」
 私を見ずにミティアに呟いたその顔はどこか遠い存在に見えた。
「……イクって何?」
 さっきも出てきた良くわからない単語。
 逝く、行く、良く、往く。
 疑問符を頭に浮かべているとアルテは私を見てニヤリと笑う。
「お嬢。知りたいか?」
 すごく嫌な予感。
 ぶんぶんと大きく頭を横に振る。
「まぁ、お嬢。こういうのは慣れや実際やってみたらわかるわ」
「ぜ、絶対やだ」
 断って逃げようとする私の瞳を彼はその美しい銀の眼で覗き込んだ。
 慌てて逸らそうとした私の視界はぼんやりと歪んでいく。
 何もかんがえられ―――。
「イケないっ! イケないのぉ……いっ、イカせてっ……イカせてぇっ!!」
 狂ったような喘ぎ声が大きくして彼の注意がそれ、私は助かった。
 ほっと胸をなで上げると悪魔はちっと小さく舌打ちする。
 その彼の首を掴みぎりぎりと締め上げ、悶えつづけるミティアに視線を移した。
 ミティアのだらしなく開かれた唇から一筋唾液がこぼれた。
 その瞳からはとめどなく涙が溢れ、苦しそうにそして妖艶で美しく見える。
「イキたいんか?」
 いつの間に私の手から抜け出したのか悪魔の囁きがミティアを襲った。
「いっ、イキた、んっ……イキたいのぉっ! い、イカせてぇっ!!」
 彼女はぶんぶんと首を縦に振り狂ったように声を上げ、叫んだ。
 美しいその顔を体液でぐちゃぐちゃに染め上げ、砂にまみれた姿は普通なら狂人にしか見えないのかもしれない。
 私はいつのまにかその淫蕩な表情に見とれていた。
「お嬢が『イッていい』って言ったらイケるで」
 その一言にハッと我に返る。
 ミティアは私の顔を哀願するかのように見ていた。
「お、おねがっ、ん……くふぅ……。イカせてぇ……」
 その視線に、その声に私の中の歯車が大きく狂いだす。
 私の中になんともいえない衝動が生まれた。
 どうしようもなくおかしくなってくすくすと笑う。
「……なんでそんなこと言わないといけないの?」
 やんわりと言い放つ。
 彼女にとっては残酷な台詞。
 私にとってそれは愉悦の台詞。
「ごめ、んんっ……なさ、い。さ、さっきの……ことぉっ、あやぁ、まるからぁ……」
 甘ったるい女の蕩けた声。
「どうしようかしら……ねぇ? 言って欲しいの?」
 くすくすと笑いながら、無様に地面に転がったミティアを見下ろす。
「お、おねがっ、ん……いしますぅっ」
「そうね……。『オナニー狂いのミティアをどうかイカせてください』とでも言ったらイカせてあげる」
 哀れに声を上げる彼女を少し見て考え、私はその耳元に小さく囁いた。
 私はいまだに良くわかっていないその恥辱の台詞。
 彼女はその言葉を信じたようにぶんぶんと大きく首を振り頷いた。
「お、おなにぃ、んっ……ぐる、い、のぉ……み、みてぃあをぉっ!! どっ、どうか、イ――――」
「……やっぱりやめた」
 言い始めた台詞を遮って私は笑いながら前言を撤回する。
「んふぅっ……そっ、そん、なぁっ……」
 悲しげに眉を潜めるミティア。
 その顔は私より大人なのにまるで親に捨てられた子供のように歪んでいた。
 私はゾクゾクと背筋に込み上げるものを感じて熱い吐息を漏らす。
「お嬢。すごく楽しそうやで……」
「……わかる?」
 呆れたようなその声にくすくすと笑う。
「じゃあ、今度はお尻の穴でイケたらイッても良いわ……」
 やがてそれに飽き、意地の悪い矛盾した台詞を吐く。
 彼女はその矛盾にも気付かないのか、ぬぽぬぽと激しくいやらしい音を立ててそこを弄り、やがて落胆した。
「……ごめんなさい。そういえばイケないんだっけ?」
「あ……ううぅあぁあぁぁぁ……。……うわあぁああぁぁっ!」
 狂ったように泣き続ける彼女をみてまたくすりと笑う。
「……お嬢。そろそろイカせてやらんと狂うかもしれへんで……」
 私は復讐に関係のない他人を狂わせて愉しむ趣味は無い。
 そのことをわかっている彼はぽそりと私の足元で呟いた。
「そう、残念……」
「お嬢はやっぱりドSや……」
 本当に残念そうな私の顔を見てぽつりと呟く。
 その悪魔の呟きを無視して、枯葉を拾い上げた。
「じゃぁ、この枯葉が地面に落ちたらイッていいわ」
 泣きじゃくるミティアの耳元で囁いて手を離す。
 彼女の目はゆっくりと落ちるそれに釘付けになり、それが地面に近づくに連れその指は激しく動いていった。
「もっ、らめっ! ……ら、らめぇっ! イクっ! イっちゃうぅぅぅっ!!!!」
 やがてそれは地面に落ち、彼女はびくびくと体を痙攣させて泡を吹いてくずおれた。
 私はゆっくりと熱い息を吐いて、足元の黒猫を見ると彼は私を真剣な顔で見上げていた。
「……どうしたの?」
 優しく抱き上げて尋ねる。
「下着。濡れてるで、お嬢」
 胸元の彼は幸せそうにだらしなくにやけた表情で呟いた。

 
 
< 続く >


 

 

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