黒い虚塔

〜その時、魔界が動いた〜


 

 



第6話 前編


 ――商品開発部
 製品事業部本部長の辞令は出ても、異動は来週だから、まだ少しの間は、このデスクでの仕事が続く。
 よく考えたら、このデスクでやっていたことって、ほとんどが、下からの企画を却下することだったような気もするが、そんなことはこの際おいておこう。
「あー、新型プランね……」
 もっとも、MCカードが発売されてから、その対応に追われているのがもっぱらなんだけど。
 人間界では、早速、カードにチャージされた魔力を使い切って、再チャージしてくる奴が続出している。
 たしかに、カードタッチによる操作と解除が簡単なのがウリとはいえ、いったん手に入れた相手を、そう簡単に解除する奴がいるわけないよな。
 あるとしたら、違うカードに換えてシチュエーションを変える、通称『乗り換え』の場合くらいか。
 でも、どっちにしても、相手を支配下におきっ放しだと、魔力を消費し続けるわけだから、そりゃすぐに使い切るよなぁ。
 で、できたプランが『操り放題コース』。
 カードひとつあたり、月々定額5万4600円で使い放題というコースだ。
 ICカードでいうなら、定期券のようなものにあたるだろう。
 月々の料金が高いという話もあるが、いちおう悪魔の商品だし。
 というか、人ひとり操り放題でこの値段なら安いくらいじゃないか?
 まあ、どのみち、死んだら魂も頂くんだけど。 
 苦労したのは、このコースの契約者が使った分だけ、スムーズに魔力を補充していくシステムの構築だった。
 まだ発売されて、1ヶ月もたっていないので、今契約している相手には、はじめの3ヶ月は半額というサービスで、このコースにやり替えることができるようにしてある。
 もちろん、大半の契約者が、『操り放題コース』に切り替えつつある。
 カード3枚以上で割り引きも効く。
 さらに、現時点で全28種類あるシチュエーションのカードの中から、好きなカード5つをセットにしたパックも売り出す予定だ。
 ディー・フォンのクレームを参考にして、売りつける相手はなるべく地理的に散らすようにしているが、それでも大都市圏に偏るのはしょうがないか……。
 そもそも、田舎でこんなモノ使ったら、すぐに噂になってしまうだろうし。
 それを言ったら、ディー・フォンも一緒か。

(……それにしても。)
 僕は、向こうにある無人のデスクを見る。
 今朝から、部長の姿を見ないな……。

 結局、この日、部長は姿を見せないまま終業時間になった。


「倭文くん!」
 仕事を終え、会社を出てから、しばらく行ったところで呼び止められる。
 振り向くと、そこには部長が立っていた。
「あ、部長。今日は、いったいどうなさったんですか?」
「……倭文くん、本部長の辞令が出たわね、おめでとう」
「あ、ありがとうございます……」
 心なしか、部長の肩が小刻みに震えている気がする。
 なんか、やばい雰囲気?
「倭文くん……」
「ハ、ハイ、なんでしょうか?」
「やっぱり、私よりも常務の方を選んだのねッ!」
 ええーッ!?
「ちょ、ちょっと部長、いったい何を?」
「常務に心移りはしない、大丈夫だ、心配ないって言っていたのにッ!」
 え?え?なに?この展開?
「常務に取り入って、自分が出世して、それでもう私はお払い箱なんでしょ!」
 ええと……取り入ったというか、取り込まれたというか、いや、実際には取り込まれてはいないんですけど……。
 ていうか、あのプロジェクトチームのメンツだったら、業績僕のものになるでしょ。
 常務はチームのリーダーだし、そりゃ受けも良くなりますって。
 まあ、何もしてないといえばウソになるというか、たしかにナニはしてますけど、それは僕の本意ではないわけで……。
「そんな人だったなんて!ひどいわ!」
 あのー、なにひとりで盛り上がってるんですか、部長?
 ……道行く人の視線が痛い。
 というか、会社の人間(悪魔だけど)に見られると後々面倒だ。
 と、とりあえず人の少ないところに……。
 な、なにか使えないかな?
 そ、そうだ、この眼鏡で……ダメだ、現時点で、ものすごく好感度高い。
 そりゃそうだよなぁ、好きだから嫉妬するんだもんなぁ。
 くそ……、<反転のささやき>でも用意しておけばよかったかな。
 あれなら、こういう時効果は絶大なのに。
 いっそ、この玉で……。
 いや、これもダメだ……この玉は強化しすぎているから、下手するとセンサーが反応するかもしれない。
 ここまできて、あいつの二の舞はごめんだ。
 ここは、とりあえず説得を試みるか……。
「ぶ、部長!違うんですよ!」
「なにが違うっていうのよ!私は結局、ただの踏み台だったんでしょ!」
「そ、そんなことは……」
「あるでしょ!私の下について、取り入ったのも、ベッドに誘ったのも、全部自分のためだったのね!」
 あんただ!
 僕を直属の部下にしたのも、ベッドに誘ったのも、自分についてくればいいとか言ったのも、全部あんたでしょうが!
 ……無駄に好感度上げて、そうするようにさせたの僕だけど。
「そうよ!キミはそういう人だったのよ!」
「あの……僕の話聞いてもらえます?部長……」
 ああめんどくさい……道具も能力も使わずに人を説得するのってこんなにめんどくさいのか……。
「そして、私に用がなくなったら、次のお相手は常務なわけね!……もういいわ!」
「ちょッ!部長!?」
「この携帯の中にある、キミと私のメールのやり取りや、私とキミとの写真を全部常務に見せて……」
 うわ、完全にご乱心状態だ……て、いつの間にそんな写真撮ってたんですか!?
 これはまずい……いや、待てよ……。
「……ああ、別に構いませんよ」
「……え!?」
 僕が慌てて引きとめるとでも思っていたのか、面食らった表情で振り返る部長。
「実際、僕と常務の間には、何も怪しい関係はありませんから」
 いや、何もないわけじゃないけど……。
 でも、もし、僕が完全に常務の暗示の支配下にあれば、普段はナニしてる時の記憶はないわけで、そう答えても決してウソじゃないよな。
 て、誰に弁解してるんだろう、僕。
「……本当に?」
「本当ですって。今回のことは、別に、僕が常務に取り入ったわけじゃなくて、チームの他のメンバーが役に立たないから、僕の働きがずば抜けてただけですし」
 うんうん、これは本当だよな。
「それにですね……」
 そこまで言うと、僕はわざと声をひそめる。
「大きな声で言うのは憚られるんですが、実は、常務は社長の愛人なんですよ」
「え!?そうなの?」
「そうなんです」
 愛那の情報は間違いないだろうから、これもウソじゃないよな。
「だから、常務と僕との間に、何かあるわけがないじゃないですか」
「そ、そうだったの……」
 よしよし、部長もだいぶ落ち着いてきたぞ。
「それに、たとえ、会社内での僕の立場の方が上になったとしても、部長についていくと言ったのは変わりませんから」
 そう言うと、僕は部長の手を取って、グイ、と抱き寄せる。
 ……会社の人に見つかりませんように。
「し、倭文くん……」
 頬を染めて、僕を見つめる部長。
 よし、ここでもう一押し。
「取り乱した部長も、結構可愛かったですよ」
 そう言って、部長の頬に、チュ、と軽くキスをする。
「もう……バカ……」
 なんですか?この安物のドラマみたいなやりとりは?

 ♪倭文はレベルが上がった!はったり力が2ポイント、はぐらかし力が1ポイント、女ったらし力が2ポイントアップした!

 て、なに暢気にレベルアップしてるんだ!しかも、ろくでもない能力ばっかり!

「ごめんなさい、倭文くん……私ったら、すっかり取り乱しちゃって……」
部長がしおらしく頭を下げる。
 さっきまでの取り乱しっぷりがウソのようだ。
 ……この人の場合、演技という可能性もあるからな。
 結局、部長との関係は変わらないという言質を僕から引き出すために、この騒ぎ起こしたんじゃないか?
「いいんですよ。部長」
 まあ、僕の方も、とりあえず騒ぎが収まればそれでいい。
「ねぇ、倭文くん、なんか食べに行かない?このお詫びに私がおごるわよ」
 なんとか収まったか……。
 それにしても、なんだったんだ、この騒ぎは。
 ハァ……なんか、ドッと疲れが……。


 ――食事の後。
「はあん!んん……ああ、倭文くん……」
 で、結局こうなるのか。
「あん!はぁ!はッ!はッ!」
 僕の上に馬乗りになって喘ぐ部長の乳房を、両手でつかむ。
「ん!はん!あああん!」
 それだけで、部長は、頭を反らせ、鼻にかかったような甘ったるい声をあげる。
「ん!ん!ん!ああ!イイッ!んん!」
 僕が、下から突き上げる腰の動きを早めると、部長の喘ぎ声の間隔が短くなり、跳ねるように体が動く。
「あああッ!イイのッ!んんーッ!ああ!もうだめッ!」
 どんどん登りつめていく部長。
 ……そろそろいいか。
 僕は、部長の腰を両手で押さえ、奥まで突き上げる。
「あっ!あついっ!んん!わ!わたし!い!イっちゃう!ああああああッ!……はぁはぁ……ん……」
 部長は、体を反らせ、しばらく体を硬直させていたが、すぐに体を僕の方に倒し、僕の頭を抱きかかえて、はぁはぁと喘ぐ。
 僕の耳元で荒い息をしながら、そのままの体勢で、長い時間動かない部長……。
「あの……部長?」
 思わず、部長に声をかける僕。
「ん?なあに?倭文本部長?」
 部長は、僕の方に顔を向け、見てるだけでクラクラとなりそうな淫蕩な笑みを浮かべる。
 ……僕、そんな操作しましたっけ?
 いや、この人のこんな顔は、演技っていう線もあるからなぁ……。
 単に、僕の気を引きとめていたい女心なのか、それとも、他に何か狙っているのか。
 この人の場合、裏で何を考えているのかわからない分、常務よりタチが悪い。
 まあ、今日のところは、これにて一件落着ということで……。



 ――異動の日、氷毬常務の部屋。
 ……ボリボリボリ。
 うう、近頃は、この部屋の前に立っただけで全身がかゆくなってくるな。
 でも、しかたがないか、呼び出されたものは……。

 ――コンコン。
「どうぞ、入っていらっしゃい」
「失礼します。……お呼びでしょうか、常務?」
「ああ、よく来たわね、倭文くん。本部長就任おめでとう」
「ありがとうございます。これも常務が引き立ててくれたおかげです」
 そのおかげで、先日ひと波乱ありましたが……。
「じゃあ、倭文くん、右手を出してくれるかしら?」
「はい……なんでしょうか?」
「これはね、部長以上の役職に与えられる洗脳操作感知センサーよ」
 そう言って常務が取りだしたのは、小さなケースに入った、白いマイクロチップ状のもの。
 ……ついに来た!
 ていうか、何で常務がこれを手渡すんですか?製品事業部本部長って、常務の直属じゃないでしょ。
 まあ、そんなことはどうでもいい、とにかく、ここは知らなかったフリだ。
「洗脳操作感知センサー……ですか?」
「ええ、このくらいの役職になるとね、会社にとって重要な情報を持つことにもなるし、責務も大きくなるわ。まあ、こうやって人材を守ることが、会社を守ることになるの」
「はあ……」
「それに、うちの会社ってけっこう危ない社員が多いから」
 ああ、その件に関してはよく知ってます。
「このチップは、体内に取り込まれてから起動する事になっているの。私があなたの掌にこのチップを落とす。それで完了」
 だから、それって常務の仕事なんですか?
「わかった?じゃ、手を出してくれる」
「はい」
 僕は素直に右手を出す。
 常務は、ケースを傾け、僕の掌の上にマイクロチップを落とす。
「はい、これで終了と……。じゃあ、昇進祝いでもしましょうか?……『私のペットの倭文ちゃん』」
 結局それが目当てか……。
 まあいい、このセンサーが手に入った以上、もう少しの辛抱だ。
「さあ、服を脱いで、こっちにいらっしゃい……」
「はい、氷毬さま」
 ポリ……。
 服を脱ぎながら、こっそりとかゆいところを掻く。 
 自分ももう服を脱いでいる常務が、ファサ、とその金髪を掻き上げると、腕を広げる。
 僕は、フラ、と常務の方に歩み寄ると、常務の胸に顔を埋める。
「フフ、いい子ね」 
 常務は、広げていた腕を僕の背中に回し、ギュ、と抱きしめてくる。

 操られたフリも、これが最後だろう。
 このかゆみから解放されるのも……。

 
 


 

 

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