BLACK DESIRE


 

 



0.


 数日前からニュースで騒がれていた台風もあっさりと日本海に抜け、首都圏は今日も平和であくせくとした朝を迎えた。予想進路をコーナーいっぱいに使って高速で列島を横断し、いつの間にか熱帯低気圧に変わっていたその台風の末路に、「お前には失望した」とかなりの数の学生や在宅警備員が嘆息し、それ以外の多くのニッポンのサラリーマンたちがホッと胸を撫で下ろす。僕としては、せっかくの学校が休みにならなくて万々歳だ。

 万歳といっても、僕は別に勉強大好きっ子ではないし、今通っている星漣学園に特別な愛着を持っているわけでもない。相変わらず授業ではトンチンカンな解答で良く先生の失笑を買っているし、テストでも末席から数えた方が断然早い。特に英語はダメダメで、ハルに言わせれば訛っているらしいアダムス先生のネイティヴイングリッシュは今だに3割も聞き取れない。
 では部活の方かというと、帰宅部・兼・探研部の暫定部員である僕に打ち込むべき部活動が有るはずもなく、相変わらず放課後は校内をワンダリングモンスターの如くランダム徘徊している有様である。

 しかしだからといって僕の学校生活が、4月に張り切って新年度の手帳を買ったのに結局ほとんど使わなかったスケジュールページの様にスカスカなのかというとさにあらず。それどころか、今現在の僕の毎日は世界中の男子学生と比較したって張り合えるくらい充実していると自負できる。
 試しに、今日の朝の充実した様子をご覧いただこう。



 朝の7時20分。星漣のホームルームは8時から始まるから、まだだいぶ早い時間だ。でも、充実した僕はいつもこの時間には登校するようにしている。

「おはよー」
「おっはよー」
「おはようございます!」
「おはよう!」

 校舎のそこかしこから聞こえてくる女子生徒たちの元気な声。僕も知り合いとにこやかに朝の挨拶を交わし、上履きに履き替えると2階の自分の教室へと中央階段を上っていく。途中の踊り場で折り返し、階段を上りきったら吹き抜けになっている通路を東側へ進み、そして最初に見える教室が3年椿組、つまり僕の教室だ。前側の扉の前に立ち、期待を胸にワクワクしながら取っ手に手をかけてスライドさせる。

「……あ、達巳君おはよー」
「うん、おはよう。和泉さん」
「おはよう、達巳君」
「成瀬さんも、おはよう」
「あら、達巳君。おはよう」
「おはよ、イインチョ」

 入り口付近から順に、僕は次々と挨拶していく。さわやかで、清々しい学生同士の和やかな交流風景。向けられた微笑みに対し、僕もにこやかな笑みを返しつつ、視線を「下」に向けた。

「……あ、和泉さん、それ、おニュー?」
「うふ。良かった、気がついてくれたんだ?」

 そう言いながら、和泉さんは薄いグリーンの下着の両サイドを摘んで少し引っ張ってみせる。股間に生地が食い込み、その中央の縦スジを浮かび上がらせた。そこを本来覆い隠しているはずの、スカートなる布切れは何処にも見あたらない。まるで下半身の衣服を着忘れたかのように、可愛い小さなおヘソがチャームポイントになっているお腹から下が丸見えだ。
 それは当然、和泉さんだけに限った話ではない。

「イインチョのそれ、ちょっと大人っぽくていいね」
「そ、そう? ありがと」
「成瀬さんも、レースの模様がいいね。うん、セクシーかも」
「良かった、達巳君が気に入ってくれて」

 いつも生真面目そうなクラス委員長は珍しく少し照れたように笑い、タレ目が可愛い成瀬さんはその目を細めて喜んでくれる。丸見えの下着を、同年代の男子にじろじろと観察されて評価されているのに、である。

 この光景は、教室の前側にいた3人だけが特別な訳ではない。すでに僕より先に来ていたクラスメートの女の子たちは、委員長らと同じく半袖の丈の短い上着だけを着てパンツ丸出しの状態で和気あいあいと立って挨拶したり座ってお喋りしてたりしている。
 そして、僕より後に来た娘たちは、クラスメートに挨拶しながら教室後方のロッカーの前に立ち、星漣の普通の夏制服を躊躇いもなく脱いでいく。じっとその様子に視線を送るが、どの生徒にも僕という男子生徒が見ている事による羞恥心は無い。一人の少女が僕の視線に気が付いたが、ちょっと小首を傾げただけ。恥ずかしがる様子もなく下着姿を晒し、そしてロッカー内から出した先ほどの上着だけの制服を取り出し、袖を通して首の前でリボンを結んで止めた。その少女はロッカー内の鏡でリボンの位置を直し、耳にかかった柔らかそうな髪をかきあげて何かを確認して、納得したのかそこを離れて僕の方まで歩いてきた。

「おはよう、達巳君」
「おはよう、鈴林さん」
「うんと……私の下着に、何かあった?」

 少し不安そうに問いかけてくる。下着を見られていることは認識している。しかし、それを異常とは認識できない。それどころか、自分の下着の評価を男子生徒である僕に求めてくる。本来、恋人にだって時が来るまでは絶対にそれを見せてはならないと躾されてきたお嬢様たちが。
 僕は、にこにこと表情を崩さないようにしながら彼女を喜ばすように答えてあげた。

「ううん。今日も鈴林さんのパンツは可愛いなって見てたんだ。もう一度良く見せてくれる?」
「あ……うん、いいよ」

 ぽっと頬に灯がともる。小さな声で「ありがとう」と呟くと、クルリとターンして前後左右からの姿を見せてくれた。さらに、後ろ向きで少し前屈みになり、僕の方に「……どう?」とお尻を突き出してくれる。当然、僕は「いいねぇ」と顔を近づけてじっくりと観察。ちょっとくすぐったそうにする鈴林さん。

 さてさて。では、種明かしをしよう。といっても、もう予想済みだろうが、当然これは僕の持つ魔法の本「ブラックデザイア」の力だ。

 第3の契約者、僕の幼なじみの源川春はブラックデザイア第5段階の能力「ドミネーション」に於いて、1クラス丸ごと認識改変を行うほど強力な支配力を持つ。おまけに、彼女は僕にどうやら強い好意を持っているらしく、それによって発動する第4段階の能力「リタルデーション」によって、その認識改変内容を永続的に保持しておけるんだ。

 現在、彼女に保持してもらっている改変内容は2つ。
 1個はキーワード「制服」に関する内容で、それによって改変された常識の1つが今の通り、すなわち「3年椿組の女子生徒は、教室内では男子生徒を喜ばす為に下着の見える『特別制服』に着替える」ということ。そう、彼女たちがわざわざ僕に意見を求めたのは、下着を見てもらって喜んでもらえているか確認するためだったんだ。

 スカートの無い、前を一カ所リボンで結ぶだけでお腹もわき腹も丸見えな『特別制服』は、僕に協力してくれる夢魔に創って貰った。夢魔の「夢から現世に取り出す」能力ってのは便利なもので、この制服に関する改変が発動している間だけ、まるで最初から用意してあったかのようにロッカー内にその衣装が出現する。だから、能力を解除しても、見たことも無い破廉恥な衣服の存在に騒ぎが起こる心配もないのだ。

 ちなみに、この能力の言わば発信アンテナとなっているハル自身は、このあとのちょっとした「仕事」が終わるまでジャマにならないよう「僕に話しかけられない」ことにしてある。ハルの縞パンはさすがにもう見飽きたからね。仕方ないね。

 さて、ちょうど僕の方に長身、ポニーテールの少女が近づいてきた。いいタイミングなので、ハルを中心に行っているもう1つの常識改変も紹介しようか。

「おっはよ!」
「やあ。おはよう、春原」

 健康的に日焼けしたその少女は元バスケットボール部主将、春原渚だ。アスリートらしい締まった身体ながら、しなやかで魅力的なスタイルの持ち主であることを僕は知っている。

「達巳君、最近早いね?」
「そういう春原も、朝練無いのに早いじゃないか」
「私はほら、今日、日直だから」
「あ、そうか。今日は春原が日直か」

 わざとらしくたった今気が付いたと言わんばかりに驚いてみせる。本当は、春原の日直当番日が楽しみで登校途中からウキウキしてたのにさ。

「えーと、昨日の日直は……」
「あ、私だよ」

 すぐ側にいた鈴林さんが可愛らしくちょこんと手を上げる。僕は「じゃ、今すぐやろうか」と頷き、キーワードを口にした。

「『日直』の交代、ね」
「うん」
「お願いします」

 2人はそれに素直に同意した。

 「じゃ、僕の席で」と2人を引き連れて窓際の席へと向かう。途中で隣の机のハルがちらりとこちらに目を向けたが、「日直の交代」が終わるまで声をかけられないのでそれだけだ。ヨシヨシ、そのまま大人しくしててくれ。

「……さってと、おーい、そこの君達!」

 場所に着き、椅子を下げた僕は教室内を見渡してめぼしい4、5人の女の子に目を付け、声をかけて手招きした。「はーい」「なになに」とパンツ丸出しの格好のまま寄ってきた娘たちに「『日直』の交代を手伝ってくれない?」と頼む。

「いいよ」
「わかりました」

 と頷いた少女たちは、僕が何も言わなくても了解してるのか、両手を腰にやって少しかがむとするすると下着を脱ぎだした。柔らかそうな少女たちの恥毛が教室の空気に晒される。が、それを恥ずかしい事とは認識できないのか、その表情は平静なままだ。更に彼女らは僕の机や隣のハルの席にお尻を乗せて座ると、膝に絡んだ下着から片足だけ抜き、上履きの踵を片足だけ机に乗せたり、両足とも乗せて僕にその間の部分が見えやすいようにする。

「はい、これでいいかな?」

 そうして、少女たちは指を使って自分の秘部の割れ目を開いて見せた。健康そうな色合いの内部が僕の目に飛び込んでくる。そこは、窓からの陽光に少し濡れたように輝いていた。少し首を傾げて了解を求める少女たちに、僕はグッドと親指のサインを送ってやった。

 机に座れなかった娘たちも、膝まで下着を下ろすと後ろを向いて身体を倒し、僕のためにお尻を突き出してくれる。

「これで見えますよね?」

 そして、同じように両手を使い、お尻を左右に開いて見せた。息を吐いて力を抜くと中心部の色付いた窄まりが口を開け、内部の粘膜がてらてらと光って見えている。その下の部分もお尻のお肉にひっぱられ、僅かに割れ目の内部を晒している。

 机に座った娘たちの片膝には丸まった下着が貞操観の残滓のようにまとわりつき、お尻を見せてる娘たちの下着は膝の間に彼女らの羞恥心の無駄な抵抗のような延びきった姿を見せている。単なる素裸ではなく、わざと脱ぎかけの下着を残すことによって湧き上がってくる淫靡さだ。素晴らしい! 僕は少女たち全員にグッドサインを送ってあげた。自然、その場の全員が笑顔になる。何という倒錯した状況!

 僕は痴態を見せる少女たちに激しい胸の高鳴りを覚えつつ、「オーケー」と春原と鈴林さんににっこり笑って見せた。

「それじゃ、交代、やっちゃおう」

 僕の言葉に2人は笑いを浮かべたまま「よろしくね」と頷き、交代の準備に取りかかる。春原は膝を開いた僕の脚と脚の間にスレンダーな身体を折り曲げるように潜り込み、鈴林さんは僕の身体の横にくっつくように立って、胸元に手をやってしゅるりとリボンを解いた。

「よっ……と」

 鈴林さんがパチンとブラのフロントホックを外すと、ただ肩に掛かっているだけの「特別制服」の隙間からポロンと形のいい胸がこぼれ出た。もちろんそれだけで済むはずもなく、彼女は自ら上着を肩からはだけ、その2つの膨らみや頭頂部のツンとした乳首を完全に露わにする。

「はい、達巳君」
「うん」
「日直の申し次ぎ、もらってね」
「オッケー……」

 そう言って目の前に突き出されたおっぱいに、僕は頷くと遠慮なく口を付けた。ちゅっちゅっとわざと音を立てて吸うと、その表面がじんわりと汗ばんでくる。

「あっ……」

 鈴林さんが悩ましげな吐息をつく。それと同時に、乳首を転がしている舌先に甘味を感じ始めた。すぐにそれは彼女の熱い体温と濃密な芳香を含んだ液体として口の中に充満する。僕は陶然とした快感を覚えつつ甘露の如くそれを嚥下した。

 ゴクゴクとクラスメートの母乳を飲む僕を見て頃合いと見たのだろう。僕の股の間で待機していた春原が丁寧な手つきでズボンに手をやり、チャックを開く。

「そろそろ私の方にも申し次ぎしてよね」

 そう言うと、さんざん少女たちの姿や行為で張っていた僕の股間のモノを少しひんやりとした指で優しく押さえ、そっと唇の中にそれを含んだ。そして舌や唇や口の内壁、時には喉の付近まで使って僕のそれに熱心な刺激を与えていく。快感に「春原……っ」と僕が思わず呻くと、彼女は本当にうれしそうに目を細め、さらに熱意を込めて僕への奉仕を続けるのだった。

 いつも威勢が良く、朗らかで笑顔の素敵なスポーツ少女。汗を飛ばし、髪をなびかせながら長い脚で地面を蹴って高く跳んでシュートするバスケットボール部キャプテン。そんな、僕から見ても素晴らしくカッコいい春原が、今はそのポニーテールを揺らしながら一心不乱に僕のモノをしゃぶっている。そこから与えられる刺激と、その光景の倒錯感に僕の矮小な魂はいっぺんに天空へと吹き上げられてしまった。

「ああっ……!」
「むっ!? ……うぅうん……!」

 視界と思考を覆う白光と共に、爆発したかのような白濁液の放出が始まった。常人男性とは比較にならない、牛の乳搾りの様な勢いの射精がびゅるびゅると少女の口内で炸裂する。あっという間に口いっぱいに溜まった粘度の高いそれを、春原は目を瞑って懸命に喉奥へと送り飲み込んで胃の中へと落とし込んでいった。ああ、なんてすごい光景なんだ!
 僕の周囲では5人ものクラスメートが思い思いの格好で股間やお尻の穴を見せつけるように開き、そして側に侍らせた少女から乳を吸いつつ、別の少女の口から体内へと精液を迸らせている。男子学生の願望を凝縮したような夢の光景。だが、これこそが僕の現実、ブラックデザイアの叶える常識の壊れた日常の風景なのだ。

 1分以上連続で痙攣するように震えるモノから噴出する精液で春原の胃を満杯にし、ようやくそれは満足したのか勢いが衰えた。「ん……ふっ……」と鼻息を漏らしながら春原は1滴も漏らさないように尿道に残った汁を吸い上げる。そして手を使って裏すじの辺りをぬるぬるとしごきながら、僕の様子を伺うように上目で見つめてきた。

「……うん、もういいよ」

 僕がそう言うと柔らかくなり始めたモノをくわえたままちょこんと頷き、ちゅぱっと音を立ててそれから唇を離した。白濁液はすべて飲み干したのか、透明な唾液の糸の橋がかかって陽光にきらっと光った。

 さて、それじゃ最後の締めをしてしまおうか。
 僕は鈴林さんの腰にかけていた左手を離してズボンのポケットに突っ込み、中にあるジッパーを開けて指を差し込んだ。そしてその内にある黒い本の表紙に触れる。
 この内部ジッパーは僕の協力者のある悪魔からもらった、いわば四次元ポケットのようなものだ。張り付けた場所をジッパーで開くと、どこであろうとも魔法的な収納空間に繋がって道具を入れたり出したり出来る。こうやって、周囲の者に見られないように収納中の黒い本の表紙に触れるくらい簡単な事だ。

 ポケットから出した左手の人差し指の先に銀色の光が灯っている。僕はその指を、僕のモノを両手で握ったままぼおっとしている春原の額に軽く当てた。

「『受容せよ(アクセプト)』――」

 そして、契約の言葉を紡ぐ。

「『黒き本』の使用者、達巳郁太の名に於いて命ず。汝の名を述べよ」

 春原の胃の中に収まった濁液、それは精液のようで、その大半は僕が代行者の悪魔から受け取った魔力の擬態したものだ。それが今、その擬態を解いて元の姿に還元し、少女の思考を縛るためにその内を浸食していく。
 清浄な水に黒い絵の具を落としたように少女の内面を犯し尽くし、やがてその皮膚の表面から僅かに燐光が染み出し始める。静かに、抑揚も情動もなく操り人形のように、光を失った目つきで春原が呟いた。

「……春原……渚……」
「汝を我が従者とする」

 銀色の光を残し、春原の額から人差し指を離す。光はそれ自体が生きているように皮膚の表面を走り、複雑な文様を描き出した。僕と春原が繋がった証、「サーバント・クレスト」だ。これで契約は完成した。

「……はい、申し次ぎ終わり」
「……え?」

 僕が息をついてそう言うと、春原はパチパチと目を瞬かせた。すでにその額に光っていた紋章は見えなくなっている。

「当直の交代、終わったよ?」
「あ、うん……あれ?」

 僕がズボンのチャックを直しながら言うと、春原も首を傾げながら立ち上がった。若干、意識が飛んでいたからかな?

「みんなも、ありがとね。鈴林さんもお疲れさま」
「どういたしまして」
「はい、どうもー」

 周りの女の子たちも机から降り、下着を履き直した。鈴原さんもブラを直し、胸元のリボンを結び直す。少しだけ、乳首の周辺が赤くなっているようだけどそれもすぐに収まるでしょ。僕は首を傾げている春原に向き直った。

「じゃ、今日一日、日直がんばって」
「あ、うん。まかせて」

 それで彼女の中で収まりが付いたのだろう。にこっと笑って「じゃ」と言い残し、教室の前の方へ歩いていった。たぶん、黒板の「日直」のところに名前を書きに行ったのだろう。これで、朝の「お仕事」、終了である。

 椅子に座り直して1時間目の授業の教材を用意していると、隣のハルがようやく「毎日お疲れさま」と声をかけてきた。そこに浮かんでいるのはにこやかな笑み。ハルも、そしてクラスのみんなもたった今行われた日直交代の儀式にちらとも疑問を抱いていない。そういう風に、「男子生徒が前日の日直から母乳を貰い、女の子の恥部を見ながら次の当直に精液を出して飲ませるのが交代の申し次ぎである」と認識させているからだ。

 従来の僕の力では、契約の儀式は僕の体内の魔力の大半を消費してしまうために、1日に1回、それも以降に特に能力を使う必要の無い場面でしか行うことが出来なかった。しかし、現在は僕の左眼に宿った使い魔がパワーアップしたおかげで契約者に限り、24時間だけはその体内に魔力を保存しておくことが可能になっている。その為、僕が魔力のこもった精液を与えなくてもセルフで変換を行い、母乳として溜まった魔力を回収することができるのだ。

 当直として精液を与えた生徒はその場で黒い本を使って契約者としてしまい、1日の異常行動で得た魔力を貯めておいてもらう。そして翌日の日直交代の際には、契約で消費した魔力を補充するリザーブタンクの役目を担って貰うのだ。これなら、1日の最初に契約を行っても十分その日に動き回れるだけの魔力を確保することができる。
 この様にして、僕は毎日日直交代にかこつけて契約者を増やすことができる、という訳さ。

 教室のスピーカーからチャイムが流れる。ホームルーム開始5分前を知らせる予鈴だ。ジャストタイミングだね。僕は盛んに話しかけてきていたハルを促すとお喋りを中断し、前を向いた。こうして、僕の星漣学園での1日は始まるのだ。



 どうだい? 実に充実した内容だろう?
 もちろん、こんな事は学園生活のほんの一端に過ぎない。休み時間、昼食時、放課後、もちろん授業中だって、僕の毎日は充実していない時を探す方が難しいくらいスケジュールで一杯さ。

 これが、僕の力。
 魔女たちの協力を得た僕の、学園支配の新体制。

 新生・ブラックデザイアの支配力だ!





BLACK DESIRE


#18 「A CLOCKWORK GIRL 1」






1.


 話は1週間ほど前に遡る。僕が魔女の手から解放されてその翌日の事だ。
 「僕のことを監督する」とのたまった魔女は早速いちゃもんを付けるためか、放課後に僕を校舎の屋上に呼び出した。たった1日で何をしろってんだよ、まったく……。

 9月下旬の陽光は確かに真夏のそれよりかは和らいでいるが、それでも残暑の大気は「どくのぬま」の様に体に確実にダメージを与えてくる。屋上への階段をえっちらおっちらと登ってきた身にはなおさらだ。指定場所への鉄扉を開けたとたんむあっと吹き付けてきた熱風に、僕はうんざりとした顔で上空を見上げた。

 今日の空は晴れではあるが、ずいぶんと雲が多い。そのおかげで昼間はしばしば日が陰る事もあったが、それもつかの間のことで総じて言えば今日も暑い一日であったと断じて問題ない。雲の動きはやや早く、高空に吹く強い風を想像させる。そう言えば、台風なんちゃら号とかのけっこう大きな奴が日本に真っ直ぐ向かってくるとかでニュースになってたっけ。

 そんな風に僕がぼけっと空を見上げていると、後頭部の方から甲高い声が響いてきた。

「遅いぞ、馬鹿者」

 人を「来い」のメール1つで40段以上の階段登りが必要な場所に呼びつけておいて、最初の言葉が労いどころか罵倒かよ。僕は苛立ちのせいで多少ひきつった顔をしながら振り返り、今出てきた塔屋の上に目をやった。
 そこには、例の魔女がクソ暑い中おきまりの黒マント姿で縁に座り、ぶらぶらと両足を揺らしている。

「私が呼んでいるのだぞ? 次からは40秒以内にこなければオシオキだな」
「……無茶言うな。全力で走ったって3分はかかるわ」
「なら、飛んでくるんだな」

 魔女は「よっ」と空中に飛び出し、僕の隣にふわりと舞い降りた。まるでその周囲だけ重力が弱まっているかのような、羽毛のような着地。僅かに響いた足音だけがこの少女が僕と同じ地面に立っている事を主張する。放物線軌道を追いかけた金髪が、するりとマントの背中に広がった。

「ん? それとももう一度夢世界にさらって欲しいのか?」

 にいっと笑った口元に尖った犬歯がキラリ。大きな碧眼がいたずらっ子そのものの子供っぽい光をたたえ、僕に向けられている。
 言わずと知れた前回の騒動の黒幕、最後の魔法使い、エアリア=F=マクドゥガルである。

 少女らしい外見と表情に騙されてはいけない。こいつは本人の言うところの「大封印」という魔法世界の崩壊を生き残り、夢魔を操ってこの学園を裏から監視していたれっきとした魔女なのだ。
 エアリアのせいでこの僕は一時この学園から存在を抹消され、もう少しで黒い本を奪われるところだった。それを何とか僕の協力者たちと力を合わせて撃退し、今はこうして対等に顔を付き合わせて会話できるだけの関係を保っている。しかし、エアリアが本の力を欲しているのは今でも変わっていない。決して気を許してはならない存在なのだ。

「何だ、何か言いたいことでもあるのか、ボーヤ」
「……君もさ、夢の世界からコントロールすることは出来なくなったんだから教室に来ればいいじゃない。こんなところまで呼び出さないでさ」
「趣味じゃない」

 ばっさりと切って捨てる。なんじゃそりゃ?
 エアリアがこれまで隠れていた夢魔の創った夢世界は先ほどの騒動の中で崩壊してしまった。だから夢を通じて行っていた「エアリアが授業に参加している」という印象操作はもうできない。そのため、彼女と僕が所属する3年椿組のクラスメイトの何名かが「あれ? マクドゥガルさんは?」とその存在を思い出してきていた。本人はどこに今まで隠れていたのか、この場所で会うまでとんと姿を見かけなかったんだけど。

「なに、その内ラミアが力を取り戻せばまた元通り私の存在する日常風景を送り込んでやるさ。ボーヤの心配する事じゃない」

 そう言って自分の頼りにする夢魔の名前を口にする。……別に心配したんじゃなくて、単に君に僕の居るところまで降りてきて欲しいだけなんだけどなぁ。まあいいか、エアリアの学園生活までかまっている余裕は僕には無いんだから。

「それで? 何で僕を呼んだのさ」
「うむ、それは……なんだ、その娘も呼んだのか」
「え?」

 気勢を削がれた様に呟くエアリアにその視線を追ってみると、驚いたことに階段室へと続く扉の内に僕も良く知っている女子生徒がいつの間にか立っていた。
 切りそろえられた艶やかな髪、日本人形のような整った顔立ちと白い肌、そして内面の強い警戒心を伺わせるいつもの半眼。この学園で唯一完全なブラックデザイアへの抵抗力を持つ能力者、哉潟七魅だ。

「オレも居るぜぇ」

 そして、その両手には大柄な黒猫が抱えられていて、当たり前のように人語を喋っていた。

 この特異な黒猫はメッシュという。こんなナリだが、言葉を喋ることから分かる通りただの猫ではない。その正体はラミアと同じ、悪魔の眷属なのだ。
 このメッシュという悪魔猫は、僕に黒い本の使い方を教えたもう1人の悪魔の知り合いで、エアリアの起こした騒動の最中には七魅と協力してその解決に奔走してくれたらしい。味方の味方ということで、僕の味方と考えても良いんじゃないかな、今の内は。

 そのメッシュは七魅の手から抜け出すとするりと地面に降り立った。陽光が強いせいで影が動いているようにしか見えない。

「魔女とナイショの密会か? 小僧だけじゃどう丸め込まれるかわからんからな。あのメイドの代わりのお目付役さ」

 そう言って、尻尾を振る。猫に援護されて心強いのか、情けないのか微妙なところだな。まあ助けられたのは本当だし、「小僧」扱いも役に立ってくれる間は許しておこう。

 それにしても、七魅とメッシュはどうやって僕がここに来ていることを知ったのだろう? まさか、発信器か何か付けられているのだろうか。僕は思わず肩越しに自分の背中の方をのぞいてしまう。ま、見えるわけないけど。
 当の七魅は黒猫に続いてスタスタと陽光の下に出てくると、僕の前まで来てピタリと停止した。そして、じっと僕の顔を見つめてくる。

「…………」
「……な、何?」

 なんか……若干瞳が潤んでいるような? 頬も少し赤い。僕が何か言おうかと数秒悩んでいる間に、七魅はくっと顔を伏せてしまった。そしてすっと僕の脇に移動してぴたりと影の中に立つ。……光が眩しかったのかな。

「目付が2人か。大した信頼関係だな」
「君が信頼されてないんじゃないの?」
「それもそうだ」

 くっくと笑うエアリア。まるで堪えた様子もない。ついこないだ僕の策略に引っかかって冷や汗かいてたのになぁ。

「それより、早く用件を言ってよ。暑くてたまんない」
「ん……まあ、いいか……」

 エアリアは黒猫と七魅を一瞥し、聞かれても構わないと判断したのか何処からともなく自分の身長より長い真っ直ぐな杖を取り出し、屋上のコンクリートにトン、と突いた。しゅるり、とその杖に巻き付くように光が集まり、それは長く伸びて瞬きする間に細長い白銀色の獣の姿となった。……これは、ギンギツネ、なのかな? 銀色の獣はエアリアの足下に絡みつき、黒猫の方に警戒心の籠もった目つきを送っている。

「ご覧の通り、貴様等のせいでラミアは力を失い、夢世界も砕け散ってしまった。昼間じゃこんな小さな姿で出てくるのがやっとだ」

 え、このキツネが僕を捕らえたあの夢魔なの? ずいぶん可愛らしくなってしまったもんだ。警戒されている黒猫の方は飄々と髭を揺らし、涼しい顔をしながら口を開く。

「そりゃ、自業自得ってやつだ。負ければ失う。自然界の原理原則だろ?」

 自然界の法則に真っ向から対立している存在が何を言っているのか。だが、確かにエアリアが自分の敗北の責任と賠償を僕らにふっかけるのはお門違いだ。元はといえば、仕掛けてきたのはそっちの方なのだから。
 僕の考えを汲み取ったのか、それとも最初から考慮するつもりも無いのか。エアリアは笑みを崩さず僕の方を見た。

「まあ、そう言うな。ボーヤの方だって、お付きの悪魔がかなりの被害を受けたはずだ。しばらくは自分の領域から出てはこれまい?」
「……」

 僕はエアリアの言葉に黙ったままでいた。その言葉に間違いは無かったからだ。
 今現在、僕に仕えてくれている悪魔はほぼ半分ほど力を失い、僕の根城としている館から外に出ることすら出来なくなっている。それどころか、日の光に浴びるのも辛そうだった。自分の領域ではない夢の世界での戦いで、無茶をして力を損なってしまったのだ。しばらくは大人しくして回復を待つしかない。これは、僕にとって大きな痛手だ。

 僕は努めて平静を保ち、感情を見せないようにしていた。ただ、やはりエアリアの方が僕よりそこのところは上手のようだ。「難しい話じゃないんだ」と宥めるような口調で話を続けた。

「私たちとボーヤは協力できる。ボーヤの悪魔が回復するまで、私が手伝ってやろう。約束しただろう? ボーヤに憑いていた使い魔も改良して使いやすくしてやる」
「それで君にメリットは?」
「将来的に黒い本の発動が早まる……だけと言うわけにはいかないな。ふむ、話が早くて助かる」

 エアリアはマントの内から小さなガラスの破片のような物を取り出した。陽光に反射し、割れた縁の部分がキラキラと光っている。不思議なことに、それは半分ダブったように2重に重なって見えていた。その重なりの間にどこかの光景を閉じこめているような、不思議な光り方をしている。

「ボーヤの魔力の目玉なら見えるはずだ。ラミアの壊れた夢世界の一部……『世界の欠片』だ」

 言われて試しに左眼を閉じてみると、確かにその欠片は僕の正常な右眼には映らなかった。契約の代償として魔力の義眼と交換した左眼の視界だけにそれは存在している。

「それを探して来いっていうの?」
「そうだ。これはただのガラスの破片じゃない。ラミアの力の源である夢世界とこの世界を繋ぐ一種の扉なのだ。壊れた世界は元に戻すことは出来ないが、分散した力を取り戻すことは出来る」

 エアリアがピンと人差し指を立てると、その先に欠片がふわりと浮かんだ。そのままその指が僕を指し、欠片もすーっと空中を滑るように移動して僕の胸元まで移動してくる。手でそれを摘み、しげしげと裏表ひっくり返して観察した。

「不思議な色合いだね」

 試しにその欠片越しに先ほどの銀の獣を見てみると、確かにそこにはあの時見た捻れた角とコウモリの翼を持つ女が映っていた。へぇ……面白いな。
 エアリアは僕が欠片をこねくり回している間にも説明を続けている。

「欠片は、そのままだと夢魔としての性質が強いため日光に晒された瞬間に分解されてしまう。恐らく、ほとんどはそうなってしまった。だが、運良く影に落ちた物や分解前に近くを通った者に取り憑いたものは、性質が安定して崩壊しないで残っている可能性がある。それもそうした1枚だ」
「取り憑く?」
「夢の欠片だからな。意識のある人間に潜り込んで精神の隙間に寄生できれば分解を免れる事が出来る。脳の中に日光は差さないからな」

 何それこわい。

「そんなの、どうやって回収するのさ」
「落ちている物はそのまま拾えばいい。誰かの心に潜んだ物は、ボーヤに貸している本を使え」
「ブラックデザイアを?」
「ブラックデザイアの精神探索能力は支配下にある人間から異物を回収する事にも使えるのさ。なに、難しいことはない。通常通りボーヤは本の力で誰かをコントロールして、そいつが『欠片』持ちだったらその際に弾き出されてくるから、それを回収すればいい」
「ふーん……ただ力を使うだけでいいのか……」
「だからこそ、ボーヤに任せたいのさ」

 確かにそれなら、現在黒い本を使用している僕が回収するのが手っ取り早い。

「欠片を回収してきたとして、どんな便宜を図ってくれるのさ?」
「先ほども言った通り、ボーヤの使い魔を便利になるように改造してやろう。それ以外にも、ラミアが回復したなら夢魔としての能力を使わせてやる。現実に存在しない物品を黒い本の能力発動の間だけ具現化する事が出来るぞ。使い方次第で役に立つはずだ」

 それは、なかなか夢が広がるな。今までは特殊な物品が必要な書き換えはあらかじめ準備が必要で、後始末もちゃんとしなければならなかった。それがいつでも取り出せて、用が済んだらすぐに処分できるなら色々とやれる事が増えてくる。是非ともお願いしたいものだ。

 だが、本当にそれでいいのだろうか?
 エアリアに世界の欠片を渡すということは、せっかく削がれた魔女の力を回復させてやるって事だ。一抹の不安が残る。
 その懸念が見透かされたのか、エアリアは事更に笑みを深くして言い募った。

「ボーヤ、心配するな。私の現在の目的はボーヤの手助けをし、黒い本の発動を早める事だけだ。ラミアが回復したとしても、ボーヤから無理矢理ブラックデザイアを奪う事によるメリットは少ないからな」
「うーん……」

 どうしよう? 僕はエアリアを信用するべきなのだろうか?
 確かに僕がこの欠片を持っていても使い道は無いのだし、エアリアに返すのが最も有効そうな気がする。しかし……なんだか、僕は彼女が全てを語っているようにも思えないのだ。

 僕の悩みを見て取り、エアリアがさらに説得を重ねようと口を開きかける。その時、横合いから「くっくっくっく……」と笑い声が聞こえてきた。そちらに目をやると、黒猫が髭を震わせて笑いを噛み殺している。

「魔女のお嬢ちゃん、ダメだぜ。この小僧は馬鹿な阿呆ではあるが、お人好しでは無いからな。そんなに言葉を重ねたって裏を疑われるだけだぜ?」
「言い過ぎじゃないかな、傷つくよ」

 僕の抗議も何処吹く風、メッシュは得意げに尻尾をふりふり僕の周囲を歩き出す。

「夢世界の欠片はこの世界に定着したときに夢魔の性質を失っている。つまるところ、何も馬鹿正直に夢魔に渡さなくても恩恵を受けることは出来るのさ」
「へえ?」

 僕は黒猫から視線を上げてエアリアを見た。何か苦い物を噛み潰したような顔をしている。これは、どうやら本当のことらしいな。黒猫がそれを知っていたのは予想外だったのか。迂闊だなぁ。

「それなら、君ならどんな事が出来るの?」
「そうだな……便利な能力ってわけにはいかないが」

 そう言うと、黒猫はピタッと僕の正面で停止し、したっと片方の前足を床に伸ばした。

「……便利な道具をいくつか貸してやることはできるぜ」

 ジジジジ……とジッパーが開く音がして黒猫の足先から地面に裂け目が広がった。その部分だけ柔らかい布のようにたわみ、コンクリートの地面に15センチくらいのポケットができる。その光景に、「宝具(アーティファクト)か……」とエアリアが呻くように呟いた。

「四次元ポケットさ。この『つまみ』を何処でもいいから張り付けて、動かすとそこから魔法的な倉庫に繋がる。中に収納している間は重さも大きさも関係なし。その欠片を集めてとりあえず放り込んでおくのにも使えるぜ」

 メッシュは元通りに地面の裂け目を閉じ、ジッパーのタグみたいな物を器用に爪の間で摘んで掲げた。へえ……これは便利だな。確かに、ガラスの破片みたいな欠片をガシャガシャ持ち歩かなくていいのは助かる。でも……。

「でも……それ、君も使えるんじゃないの?」
「ネコババを心配してるのか? 大丈夫だ。俺にとっては道具の貸し借りは悪魔の契約の一部だからな。そんなセコいことしたら俺の存在が危ない。ま、それもそこのお嬢ちゃんと同じく信じろとしか言えんがね」

 そして、メッシュは相変わらず髭を震わせながら「最初はサービス特価だ。魔法のジッパー1つ、欠片1枚と交換でいいぜ」と言った。慌ててエアリアが口を挟む。

「それは私の欠片だ!」
「なら、この1枚はお嬢ちゃんの夢魔に使えばいいさ。だが、小僧がこれ以降見つけた欠片を誰に渡そうと、それは恨みっこ無しだぜ?」
「……!」

 おお、悔しそうな表情だ。エアリアってこういう顔がホント似合うなぁ。って感じるのも僕がS気質だからなのかな? 折角だから、僕もこの流れに便乗するか。

「うん、確かにいろんな物を隠して持ち歩けるのは便利だね。次に欠片を見つけたらメッシュにお願いしようかな」
「……なら、その1枚は私が出します」

 突然の申し出に、僕もエアリアも「えっ」と首を向ける。その視線の先で、七魅はごそごそとポケットから黒いフレームのメガネを取り出すとツルを開いてそれをかける。は、初めて見た、メガネの七魅……。

 七魅は僕の驚きを余所に、反対のポケットからキラキラと光る『世界の欠片』を取り出して見せた。しかも、3枚も! いつの間に集めたんだ? それに……。

「七魅、それ見えるの?」

 こくんと頷き、メガネに軽く手をやる。その側でニヤニヤと耳をピクピクさせている黒猫。なるほど、メッシュの入れ知恵とアイテムか。

「七魅もそれ、集めてるんだ?」
「いいえ。私には必要の無い物です」

 そう言いながら、何故か七魅はエアリアの方をちらりと見た。

「……でも、達巳君が集めた『欠片』を私に預けてくれるなら、私の方からも少しお手伝いができるかも知れません」
「?」

 七魅は再度ポケットを漁り、そこからスマートフォンを取り出した。液晶画面の大きい、最新式の奴だ。

「あれ? 七魅携帯代えた?」
「はい」

 返事をしながら、七魅はスマホを操作して何かのアプリを立ち上げる。そしてそれをひっくり返し、僕たちに見えるように画面を掲げた。

『掃き終わり?』
『いいよー』
『じゃ、机戻しちゃおう』

 どこかの教室を後方やや上から俯瞰した光景。スマホのスピーカーからどっかで聞いたような声のやり取りが聞こえてくる。
 って、これは3年椿組じゃないか! 聞こえてくるのも僕のクラスメートが教室掃除しているやり取りだ。何てこった、七魅は椿組で何が行われているのか、いつでも知ることが出来たのか!

「これは、私たちが使っている校内の監視システムと連携するアプリです。欠片を預けてくれるなら、これを達巳君にあげます」

 なるほど。これが有ったから七魅は僕が屋上に呼び出された事をすぐ察知できたのか。これはスゴい! 哉潟姉妹の学園支配システムの威力は折り紙付きだ。是非とも使ってみたいぞ。……ん?

「あれ? この屋上って電波入らないはずじゃ……」
「そうでしたので、アンテナを増やして貰いました」

 しれっと何でもないことのように言う七魅。やはり、哉潟家の力は恐ろしい。でも、七魅が欠片を欲しがるなんて不思議だな。何かの実験にでも使うの?
 僕の疑問は、悔しそうにエアリアが「バランサーのつもりか……」と呟くことで氷解した。相変わらず楽しそうにメッシュは尻尾を振っているし、つまりはそういう事か。僕と七魅とメッシュ、3人の連合軍でエアリアより多数の欠片を確保しておくことで、魔女を牽制しようという意図か。なかなかの軍師っぷりじゃないか、メッシュ。

 納得したところで七魅は恨めしそうなエアリアに背を向け、僕の方へその3枚を「どうぞ」と差し出した。

「え? いいの?」
「……復帰祝いだと、思ってください」

 くれると言うなら、遠慮なく貰いますけどね。でも、3枚か。1つはメッシュからジッパーを貰うとして、あと2枚はどうしよう? やっぱり哉潟家製監視システムかな。

「そのアプリ、1枚でいいの?」
「インストールと基本機能だけなら」

 欠片を預ける毎に機能制限を解除してくれるって事か。ま、とりあえずはお試しだ。

「じゃ、1枚返すよ」
「はい。ではアプリを達巳君のアドレスに送っておきます」

 七魅がポケットに欠片を戻すか戻さないかのタイミングで僕の携帯がメール着信を知らせる振動を開始した。早いなぁ。

 七魅からのメールを確認し、アプリ本体のダウンロードが開始されたことを確認したところで顔を上げる。さて、欠片は残り1枚。
 ふと思いつき、メッシュの方に顔を向けた。

「この欠片……悪魔なら誰でも使い方はわかるの?」
「まあな。人間にしてみればそこらの石ころの持ち上げ方を聞くようなもんだぜ」
「そうか……」

 なら、最後の1枚の預け先は決まったな。

 結局僕はその放課後、1枚をエアリアの夢魔に、1枚を黒猫に、1枚を七魅に、そして残りの1枚を魔法のジッパーの中に仕舞って帰途についた。エアリアはかなりぶうたれてたけどね。



 夕食後、片づけが終わったら来るようにと僕のメイドに伝えておき、居間のソファでくつろいでいた。本当は彼女の体調も完全ではないし、コンビニ弁当でも構わないから休んでてもらいたかったのだが、結局ガンとして首を縦に振らなかった。相変わらず、こういうところには堅いなぁ。

 待っている間、もらったジッパーをあちこちにくっつけて開けたり閉めたり、ブラックデザイアのページを1枚だけ放り込んで実験してみたり、きらきら光る欠片を眺めたりして時間を潰した。やがて、音も立てず影が落ちるように部屋の扉から黒ずくめのメイドが姿をあらわす。黒い本の魔力供給代行者の悪魔メイド、幎(とばり)だ。相変わらず、存在感は皆無なのに身に纏う異質な雰囲気だけは際だっている。

 幎と僕が出会って、もう4ヶ月が経つ。5月の連休明け、行方不明となった親父の手掛かりを探すためにここ、高原別邸を訪れた僕は、その際に僕の双子の妹、高原那由美の不慮の死を知った。その事実は、僕の心に潜む特別な願望――世界の破滅と引き替えにしたって構わない『黒い欲望』を引き出した。

「高原那由美を生き返らせる」
 そして、その命まですべて僕の物とする。

 その願いは、普通であれば叶うはずのない世の理の外の行いだ。だが、黒い欲望の悪魔は僕に手を差し伸べてくれた。それが、「ブラック・デザイア」……人を意のままに操り、世界に混沌をもたらす魔法の本だ。この本が最終段階の能力を発動させたならば、人の死すらひっくり返す神の領域の力を発揮する。

 そして、魔法の本を操る魔力を持たない僕に代わり魔力を供給し、本と僕を繋げてくれた存在……それが、メイドの姿をした悪魔・幎だったのだ。

 僕と契約した幎はその格好の通り、ただ僕に代わって本に力を与えるだけではなく身の回りの仕事までしてくれた。それが契約に付随するサービスなのだという。お陰で那由美の死の謎を追って潜入した星漣女学園に慣れるまでの間、いや慣れた今も彼女に大分お世話になっている。

 幎は言う。

「郁太さまの身の回りを快適に維持するのも、私の勤めです」

 その言葉に、僕は甘えてしまっている。悪魔の幎による契約と人間の僕の利害、その2つの接点に成り立つ奇妙で不揃いな生活に僕は安らぎを覚えているからだ。実家から捨てられた半端物の僕と、契約が無ければ存在すら出来ない幎。違っているのに、似てるような、そうでないような。僕の、勝手な思いだけど。

「……お待たせしました、郁太さま」

 幎が両手を前で重ねたいつもの待機ポーズのまま近づいて僕の側に立った。決して僕の真っ正面には立たず、常に半歩横に引いている。僕はそんな幎に軽く微笑むと、ちょいちょいともっと近寄るように手招きした。先ほどからいじくり回していた破片を持ち上げてみせる。

「これ、なんだか分かる?」

 幎は僕の手にあるそれに視線を注いだまま黙って小首を傾げた。ややあって、ぽつりと呟く。

「……凝結した魔力投射体の様に思えます」
「使用法は知ってる? 幎が使えるかって意味で」
「はい」

 なら、オッケーだね。黒猫の言葉に嘘は無かったわけだ。

「じゃ、これ、幎にあげる」
「?」
「これで早く良くなってってこと」

 僕は幎の右腕に視線を送りながら言った。白磁のような幎の肌は、見える範囲では手首から手のひらの半分まで、そして右側の首筋の辺りがアザとも違う黒い痕が覆い尽くしていた。多分、メイド服の下は右腕全体がそうなっているのだろう。これが、僕を魔女から取り返す際に代償として幎が受けることになった傷だ。
 いつも通り無表情に平気そうな顔をしているが、陽光を浴びた時にその痕から一斉に黒い煤のような煙が立ち上った時は肝を冷やした。以来、決して館のカーテンを開けないよう、僕の下校時も迎えに出てこないよう厳命してある。

 幎は自分の手に乗せられた欠片を、小首を傾げて見つめている。あれ? どうしたのかな? 早く使えばいいのに。やっぱり本当は使えないとか……無いな。幎が僕に嘘を付くはずがない。
 しばらくそのまま幎は停止していたが、1分もしたころ、ようやく眼を上げて僕を見つめた。

「郁太さま」
「うん」
「この投射体は、このままでは私の体の復元には使用できません」
「あ? え? そうなの?」
「はい」

 幎の説明を僕なりに解釈したところによると、この投射体という物は、設計図の様なものを用意し、それをその通りに魔力で組み立てる3Dプリンターの様な機能を持っているらしい。確かに便利なんだけど、それは僕の魔力の義眼を造ったときのように確固たる出来上がり図が存在する場合。

「私の右腕は、より高位の存在によって根拠希薄になっているため、影となっています。ですから、投射体での再投影は出来ません」

 なるほど。その設計図自体がぼやけてしまっているのか……。腕まくりしてくれた幎の右腕が、人工の光の中で不自然に黒く沈んでいる。確かに、黒く色づいているというより『影になっている』といった方が正解だ。

「じゃあ、これは幎のためには使えないのか……」
「いいえ、郁太さま」

 珍しく、帳が首を横に振って否定した。

「投射体は一度何かを映して固定してしまえばそれは魔力を汲み上げる窓の様に働きます。魔力は可能性の力ですから、それを持つことで私も希薄になった存在を再構成する事が出来ます」
「なんだ、そんな手があったのか。それを早く言ってよ」
「申し訳有りません、郁太さま」
「あ、いや。謝らなくていいんだけど……」

 簡単な話だった。前みたいに幎に何か魔力の物質を造ってもらえば良いわけだ。この欠片を使ってね。なら、何を造ってもらおうかな?

 僕がすぐに思いついたのは、エアリアが言っていた以前僕の左眼に憑いていた使い魔の事だ。あれは、使い勝手はそれほど良くないけど幎の手助け無しで魔力補給が出来るから便利と言えば便利なんだよな。前のはエアリアに捕まったときに壊されてしまったから、そうだな、あれをもう一回造ってもらおうか。それなら設計図もすでにあるだろうし、すぐだろう。

 しかし、僕のその要望に幎はまたも首を振った。

「郁太さま、その必要は有りません」
「え?」
「グレイン・カリストはすでに郁太さまの新しい左眼に憑かせてあります」
「あら、そうだったの?」
「はい」

 なんだ、そうだったのか……じゃあ、この案は無しだな。では、プランBだ。

「それじゃ、この、カリスト? この使い魔をパワーアップさせることはできる? できれば1日に何度か契約ができるよう、第3の力を使うときに魔力を使い果たさないようにして欲しいんだけど……」

 幎は僕の発案に小首を傾げて停止する。が、今度はすぐに視線が戻った。

「では、グレイン・カリストを補助する使い魔を造りましょう」

 幎が左の手のひらを上にして腕を持ち上げ、その上に欠片をかざす。すると、その中に白い小さな光が舞い始めた。不思議なことに、それは透明なはずの欠片に映った映像の様なもので、頭をずらして欠片を通さないで見ると幎の手には何もないのだ。

「……」

 無言で幎は欠片を摘む右手に力を入れた。指先に尖った縁が突き刺さり、ぷくっと黒い色の液体が指先に膨れてくる。それが欠片の表面を滑り、ぽたっと左手に落ちたとき……いつの間にか、欠片は消え失せ、光はそれ単体で存在していた。手品のような一瞬の変化に僕は目を瞬かせる。

「グレイン・アルカスです。グレイン・カリストは魔力の供給を受けて郁太さまが視線を合わせた女性に発生した混沌を母乳に擬態した魔力に変換する事ができますが、このグレイン・アルカスは母乳に変換する前の魔力を一定時間、保管することができます」
「えっと……それはつまり、僕から魔力を与えなくても回収ができるって事?」
「はい、郁太さま。ただし、この保管能力は郁太さまが契約した相手にしか働きません。また、保管の期限も24時間程度です。それを過ぎると再び郁太さまから魔力を供給しなければ働きませんのでご注意ください」

 なるほどなるほど。つまりあらかじめ魔力チャージしておいた契約者を用意しておけば、契約で魔力がゼロになってもそいつから燃料補給できるってことか。

 これまでの使い魔1匹体制だと女の子に精液を飲ませて魔力を与えた場合、契約するか魔力回収するかのどちらかしか選べなかった。契約したら魔力を使い果たしてしまうし、回収したら与えた魔力の余分も含めて全部戻ってきてしまっていたからね。
 だけど、一時的にしろ魔力の状態で保管してくれるなら、例えば「契約後に余った魔力を回収する」パターン、「チャージした娘から魔力回収後、さらに契約までする」パターン、「魔力回収後にそのまま一部を残し、次回の回収に利用する」パターン等々、やれる事が大幅に増える。これなら確かに1日に何度も契約することができるな。問題は、まだそれほど自由に使える契約者の数が揃っていないことだけど。

 これがエアリアが考えていた改造計画と同じものかは分からないけど、僕はこのパワーアップに大いに満足した。さすが幎だ、頼りになるね!

 僕は先ほど傷ついた幎の手を握り、持ち上げた。指先を子細に観察するが、欠片が突き刺さった痕はない。もう直っちゃったのかな? それに、気のせいか中程まで浸食していた『影』が、ホンの少しだけ薄まったような気がする。
 僕がしげしげと手を見つめているのを、幎がいつものように小首を傾げて眺めている。苦笑して、その手を握手の形に握り直した。

「これからもよろしく、幎」

 幎は繋がった僕たちの右手をしばらく見つめた後、反対の手もそこにそっと重ねて、目を上げた。

「……はい、郁太さま」

 
 


 

 

戻る