BLACK DESIRE


 

 



0.


 人類は最初から敗北していたのだ。

 戦いが始まり10年を過ぎた頃から、人々は終わり無き大戦に対して悟った。この戦いは、勝利するためのものではなく……ただ、絶滅を免れる為の時間稼ぎでしかなかったのだ。
 かつて地上は魔法を極めた人類のものであった。野も、河も、山も、海も、空すらその力の及ばぬ場所は存在しなかった。だが今はその大半を奪われ、人は僅かな命を絞り出すように抵抗を続ける、儚き弱者でしかない。

 人類を脅かす存在とは、可能性の海から『浮き出る者達』である。それは人の捨ててきた可能性の末裔であり、形を持った別の世界の有り様でもある。人はそれを影の眷属とか、魔獣とか、化け物とか、あるいは単に、敵(Enemy)と呼んだ。そして、どのような名前で呼ばれようと、それらの群を成す無数の獣達が、たった一つの存在によって成り立つ事に変わりなかった。

 それは、人類の天敵。鋼を超える頑健な筋肉と山のような体躯、そしてどのような獣よりも鋭い牙と爪を備え、種々の魔法的現象を自在に引き起こす、およそ天災にも匹敵する闇の獣。

 それを人は、「竜」と呼んだ。





 崖の中腹に、2体の巨人の姿があった。周囲の岩肌と巨人の背丈に並ぶ木立の色に紛れる様に塗り分けられた土色と緑の迷彩塗装。ようやく明るくなり始めた東の空を背に崖の作る影の中にすっぽりと収まって、およそ150m下の河を見下ろしている。
 その巨人は全身鎧をまとった騎士のようであり、大きな翼と尻尾を持った蜥蜴のようであり、あるいは精巧な魔動人形(ゴーレム)のようにも見える。光沢の消されたその表面は粘土のようにも、金属のようにも、皮膚のようにすら見ようによって印象を変えた。2人……あるいは2つ……2体の巨人は崖の中腹の狭いスペースに尖った肩をお互い突き合うように寄せ、片膝を付いた姿勢で張り付いている。空の色が徐々に薄まり、片方の巨人の肩に描かれた白抜きの文字が浮かび上がってきた。

『極東陸戦機隊 2142』

 それはその巨人が千年魔法王国の陸軍極東方面団・陸上戦闘機部隊に所属することを示す表示であった。

 2体の巨人が造り手たる人より与えられた名は、零式飛翔魔動戦闘機「ガゥルシュミット」。つい半年前から配備が始まったばかりの魔法王国最新鋭の飛翔翼付人型竜偽装魔動戦闘機――『翔竜機(しょうりゅうき)』である。

 ガゥルシュミット2142号機の胸郭内、翔竜機のメインフレームが納められたその場所に僅かに開いた空所、そこに1人分の操竜手用操縦席がしつらえてある。その席には現在、およそこのような猛々しい巨人を操るには不似合いな見目麗しい少女が、ほぼ半裸としか言いようのない恐ろしく過激な衣装を身にまとって存在していた。

 少女の髪は黒く、長く、背中の中程まで届いていて、そこですっぱりと鋭利に切りそろえられている。切れ長の目に黒いくっきりとした瞳を持つ、端正な顔つき。頬はすっきりとして色白、化粧っけは無いが唇は鮮やかな桃色で、艶めいている。その下は頸部を固定する目的か、肩から首を経由してすっぽりとその部分を覆う複雑で大げさな造りの顎当てが、少女の細い首筋を覆い隠していた。

 その顎当ては彼女の乗る巨人の装甲と似た素材で作られ、鈍く光沢を放っている。そこだけでなく、同じ素材の鎧のようなパーツが少女の頸、肩、肘、手首、わき腹、そして膝から足先までを覆い、シルエットだけを見れば兜を脱いだ完全武装の装甲騎士の様である。
 だがしかし、それ以外の部分に眼を向けたならば、多少の良識有るものなら思わず眼を逸らしてしまう事は間違いない。あるいは、自分の目を疑いまじまじと見直してしまうか。

 裸。

 と、形容したくなる扇情的なその姿。少女の本来隠されるべき胸や腹、腰や内腿はその凹凸が微細なところまで露出し、まるで形が隠匿されていない。胸の2つの突起や豊満な乳房が胴体に作る丸み、臍の窪みやその下のぴたりと閉じた無毛の陰部も丸見えであった。今は隠れているが、席から立って後ろを向けば、肩甲骨の下辺りから膝裏辺りまでほぼ隠されていない少女の丸みを帯びた肢体を余すことなく見ることができる。当然、女性らしく膨らんだ臀部も含めてである。

 もう少し度胸の有る者が近寄って詳細に観察したならば、丸出しと思えたそれらの部位がスモークがかったグレーの皮膜の様な物で覆われている事がわかっただろう。そして、それがうっすらと青い光を発している事も。
 更にその者が魔術装備に理解があったならば、その光が微細な魔術式の駆動による発光で、皮膜のようなものが複雑な機能を盛り込んだシールド魔法の作る膜状結界であることも察することができただろう。

 少女が身につけたそれは、耐衝撃、生命維持、代謝管理、機器間インターフェースなど様々な機能を詰め込まれた操竜手特殊戦闘服装である。
 何故、本来防護の役を持つはずのその装備がこの様な、いささか過剰とも言えるエコロジー形態であるのか。それについては後ほど語られるため、今は詳細の説明は避ける。その様相が必要とされる状況になった時点で、改めて紹介しよう。

 今現在、少女の口元はキリリと引き締まり、自分の格好を気にして恥じ入る様子は見られない。それは自分の責務に集中しているからでもあり、その服装を当然のものとして受け入れているからでもある。そして何より、そんな些末事を気にしていられる暇は、あと10分もすれば無くなるからだ。

 少女の名は、カノエ。機体と同じ陸戦機部隊所属の操竜手・桜院カノエ(おういんかのえ)である。彼女は自分に割り当てられた2142号機に搭乗し、僚機と共に作戦行動のため『あるもの』を監視任務中であった。



 2142号機が崖の端ギリギリから下方を見下ろしていると、その肩に後方に控えていたもう一機の右手が静かに乗せられた。肩への接触を知らせるマーカー表示と警告音、そして座席に僅かに伝わった振動にカノエが自分の肩越しに振り返ると、その首の動きをトレースして巨人もまた同じように首を捻る。すると、カノエの目の中に直接巨人の視界画像が焦点を結んだ。操縦席内部の光景に被さるように、巨人が焦点を合わせている僚機の姿が映し出される。僚機の腕を視線で追っていくと、肩に2141のマーキングが見えた。
 胸部メインユニットに封じられた人工精霊(オートマトン)による遠視魔法と、彼女の衣装に込められた視覚強化魔法による機体と操竜手の視覚同調機能である。他にも様々な感覚を操竜手は機体と同調させ、自らの身体のように造り上げられた巨躯を操るのだ。

 2体の巨人の視線が絡んだ。菱形のクリアグリーンの装甲板の奥に複数装備された偽竜眼に封じられた交信魔法が始動し、伝達経路が開く。
 竜族の交感能力を応用した竜眼通信。魔法による交話を封鎖した状況で使うことの出来る秘匿通信の一種である。映像の経路が接続され、カノエの視界に小さく四角い窓枠ができ、その中に長いロール金髪の少女の顔が入り込んできた。同時に押し込めたような口調の、しかし生来の涼やかな響きの声が耳元から聞こえてくる。

『――カノエ、少し出過ぎだ。肩に陽がかかってる』

 カノエに呼びかけたその少女も、同じ様な特殊な服装を身につけていた。くるくると巻いた髪の一房が首筋から胸元へと流れ落ち、むき出しの2つの膨らみの間に挟まるように垂れている。生真面目な形の眉の下の碧眼が、たしなめるように細められて通信越しのカノエに向けられていた。

「ご免なさい、シャルロット」

 カノエは謝罪の言葉と共に、操縦席の肘掛け部分の先端に設置されたレバーを握ったまま僅かに上体を引く。すると、彼女の意志を受け、2142号機もまたゆるりとその体躯を引いた。肩の先に伸びていた陽光が着地点を無くし、再び巨人の全身が影の中にすっぽりと収まる。しかし、2体の巨人の視線は全く揺らぐことなく崖下に向けられたままだ。崖下の河……幅40mほどの水流を塞き止めるように存在している、『影』に。

 それは巨大な影だった。
 河を横断するだけでは飽きたらず、僅かな川辺を切り裂き、さらにそこから続く切り立った崖を10m近くも駆け上っている。上から見渡せば、それこそ山ほどもある巨人がその河を分断する目的で筆を振るったかのような様相だ。

 だが、違和感がある。1つは、その影が余りに濃いということ。日が射し始めたとは言え、まだ東側の崖の作る影の中にある河に、その「影より濃い影」が存在している?
 2つ目は、その影の主である。影と言うなら、光を遮る大元がその上方に無くてはならない。だが、視線を上げてその出所を探ろうにもそれほどの影を作る飛行体は河の上空に存在しない。
 そして、3つ目の違和感。先ほど、その影は河の流れを塞き止めるように存在していると述べた。その通り。河の水は、水中の影に当たると流れが砕け、渦巻き、飛沫をあげながら勢いをつけて何とか乗り越えやっとのことで進んでいく。まるで大きな岩か段差にぶつかったかのように。

 そう。その『影』には、実体が在るのだ。
 そして、その影が今……不自然に揺らぎ始めていた。

 <ピィ――>

 再び、交信音。しかし、投影映像には先ほどより遙かに緊張した面もちのシャルロットが表示され、さらにその通りの声色で早口気味の用件を伝えてきた。

『観測員からの連絡。数値、変動あり』
「了解」

 カノエもまた、機体の眉間に設置されている望遠義眼を使って後方支援部隊が陣を張っている南方の様子を覗く。すぐに木々の間からチカチカと発光信号がこちらに送られている事を確認した。

「――モ・ク・ヒ・ヨ・ウ・ハ・ン・ノ・ウ・ア・リ・。・3・0・ヲ・モ・ツ・テ・タ・イ・キ・ヲ・ト・キ・、・コ・ウ・ド・ウ・ヲ・カ・イ・シ・セ・ヨ」
『カノエ、返信。了解、30をもって行動を開始する』
「了解」

 2142号機は身を屈めたまま静かにシャルロットの2141号機と位置を交代する。そして左肩に装備されている投光器の照準を最小まで絞り込むと、先ほどの発光のあった方向に向けてチカチカと返事を送り始めた。その後方で、しゅるるるるる……とマギアンプホイール(魔力増幅回転陣)の静かな駆動音がし始める。

『2号機もスタンバイ解除、駆動系レディ、武装固定解除・安全装置セーフティのまま。戦闘準備』
「了解」

 即座にカノエもレバーから右手を離し、座席の右横に設置された回転スイッチをガチンと捻った。パッと天井付近のステータスランプの1つが白から緑に変わり、座席の後ろの方から円盤状のものが回転し始める振動と音が聞こえ始める。武器ステータスが緑のままな事を確認し、続いて各武装の固定解除措置を行っていく。

「2号機ステータスレディ。セーフ・オン・アームズ……それと、返信完了」
『了解、ありがとう』

 2141号機の背中に、柄を下に逆さまに背負っていた太刀が90度方向転換、左腋下の抜刀可能な位置に移動する。その柄には雨露よけか布製の袋がかけられていたが、巨人はその巨大な指で器用に結び目を解いてカバーを捨てた。
 カノエも機体を操り、崖の僅かなスペースに置いて迷彩覆いをかけていた残りの武装を露出させる。その中から巨人サイズの盾と魔砲銃を僚機に分配し、残りの銃器は腰と腋下のマウントポイントに吊り下げた。

 慌ただしく戦闘の準備を行うその間にも2体の眼下では影に変化が起こり続けていた。ゆらゆらと揺れる黒い影は、煮立った湯が吹きこぼれるように溢れ出しながらその範囲を広げつつある。ときおり太陽のコロナの如く伸びた影の触手が川面を割り、かき混ぜられて白く濁った水に黒々と穴を穿つ。そして、まるでそれ自体が液体であるかのように弾けて四方八方に飛び散り、新たな影の領域をシミのごとく広げていくのだ。明らかに、自然の摂理を越えた『何か』がそこで起きつつある。

『――出てくるわよ』

 シャルロットの呟きのような言葉と共に、遂に、躍り上がった影の触手から何者かが切り離された。不定形の影から躍り出たのはのたうつ巨大な蛇、いや牛のような頭の1つ眼の巨人? 蝙蝠の羽を持った4つ腕の羊頭、家屋ほどのサイズの長い牙の黒豹、3つの首を持つ足付き大蛇、などなど、などなど。一つとして同じ形を持たない混沌とした獣達が、無数に後から後からその影の中より「上陸」を果たしていく。

 奴らこそが、彼女達の目標にして人類の敵、可能性の海から沸き出す破壊の坩堝、「浮き出る者達」である。

 沸き出した獣達は、次々と影より産み出される新しい魔獣に押し出されるように広がっていく。最初はゆっくりと、やがて勢いを持った激流のように。
 それらは川の流れに沿い、タールを溝にぶちまけた如く渓谷の南進を開始した。全てが黒く染まっていく。川も、崖も、岩肌に細々と咲く草花も、全てが黒い獣たちに蹂躙される。染まらないのは、影の中で爛々と輝く無数の赤い眼光のみである。

『――カノエ、通信封鎖解除。ランファに連絡。0530、ポイントアルファより敵発生確認。規模は小、種類はL系。想定通り、南進しポイントブラボーへ向かっている』
「了解。通信封鎖解除」
『……追加で、まだ目標は確認されていない』
「了解。……送った」

 カノエが別働隊との通信を終えて視線を上げると、同調した2142号機の視界の中で、低く片膝を付いた2141号機の右手が太刀の柄にかけられる様が見えた。ゆっくりと小指側から五指が閉じていき、がっちりと握り締められる。静かにシャルロットが命じた。

『――対竜戦闘用意』





『ストーム2より通信! ポイントアルファより敵発生を確認しました!』

 僚機のベルナット曹長からの知らせに、ランファ=ランカは望遠映像から目を離した。即座に「通信封鎖解除、作戦開始!」と自分の指揮する分隊へと通達する。

「ベルナット、詳細とターゲットの有無は?」
『規模は小、個体数100から500、陸行種、南進中。ターゲットはまだ発生していない模様です』
「了解。ストライカー射撃準備よし、送れ」
『了解!』

 ランファは手元のボタンを操作して透過表示器に周囲の地形情報を表示させた。通信解除されたことで2142号機からポイントアルファ付近の風向、風速情報が自動的に入力されている。指揮官機能を持つガゥルシュミットにはお互いの機体や本部との情報即時共有能力が備わっているのだ。射撃管制用オートマトンにその値を読みとらせ、修正処理を行わせる。

「各機、射撃修正を行え。右1!」
『了解、右1』

 ランファ機の前方の河原に展開した2機つづ3チーム6体の巨人達が一抱えもある迫撃砲の砲口を僅かにずらして射線を修正する。その向こうには75m幅の川と、それが流れ出す崖の出口が見える。

『ストーム2より、敵、ポイントブラボーまであと3分!』
「修正よし、対地支援射撃用意よし。弾頭飛行時間22秒、発砲タイミングはストームリーダーに委任する」
『了解。予定発砲時刻0536』
「0536射撃開始、了解」

 戦闘の僅かな空隙時間に、ランファはふうと息をついた。レバーから手を離し、特徴的な緑がかった色合いの髪を左右に撫でつける。
 彼女も先ほどの2人と同じく身体のラインも露わな衣装を身につけていたが、そのボリュームはいささか不足気味であった。もともと小柄な体つきに加え、胸部のでっぱりが圧倒的に足りない。腰つきは意外にしっかりとした安産型であるが、それでも色気と言うより可愛らしさが先に立つ容貌であった。ガゥルシュミット乗りの3人の尉官の中では一番年若く見えるが、実際のところ小隊の操竜手の中では一番の古手だ。だからこそ、ストライカー1としてこちらの隊の指揮を任されている。
 
 ストライカー隊に参加するユニットはランファの乗るガゥルシュミット2143号機、及びベルナット曹長以下7名の乗る99式陸上魔動戦闘機「フォーゼットII」の計8の人型竜偽装戦闘機、及び支援車両8である。ストーム隊の2機のガゥルシュミットと合わせて、これは彼女たちの小隊のほぼ全戦力であった。



 彼女たちの小隊は昨日1535、駐留する小隊基地より北北東へ110kmの地点に竜影を探知したとの報告を受け、取り急ぎ翔竜機ガゥルシュミット2機を緊急発進させた。報告されたポイントに到着したのは午後16時20分。付近に行動する敵の姿は見えなかったが、捜索の結果多数の重量級の獣が通行した跡を発見。この時点で後続に対竜戦闘装備の輸送を依頼した。
 日没後まで続いた追跡により、幸運にも最初の探知ポイントより150kmも南下した崖の間に捜索隊が月明かりに反射しない川面を発見し、そこに存在する巨大な影を竜影と断定した。この影を起点として翌日の日出より敵の行群が始まるのは明らかだった。

 発見場所の付近は、急峻な丘を北から西へとぐるりと回り込む河のほとりであった。河は北から南に進む間は僅かな岸を残して切り立った崖に挟まれて流れ、進路を西に変える地点の南側には比較的開けた平地と森林を抱えていた。

 司令部の予測では本日中に北から進入した敵群勢は、翌日の再発生後狭い崖の間を縦に伸びながら侵攻し、そのまま川に沿って西に通り過ぎるものと考えられた。

 そこで、まず竜影の存在する場所をポイントアルファと定め、そこから東の崖上の視界の通る場所に監視兼強襲任務を帯びたストーム隊を配置する。さらに、ポイントアルファより南に6kmの河が崖を抜けて西に向きを変えるポイントをブラボーと定め、その対岸に砲撃部隊として迫撃砲を装備したストライカー隊を配置した。

 ストライカー隊は南北に長く伸びた敵群勢がポイントブラボーに到着するタイミングで攻撃を開始、群勢を崖の中に足止めすると同時に、頃合いを見て接近戦に移行、敵の注意を引きつける。敵群を南側に殺到させる事に成功したならば、作戦の第1段階は終了である。

 ストーム隊は第1段階では崖に潜んだまま弾着観測を行い、ストライカー隊に修正指示を行う。そして影より竜の発生を確認したならば、作戦はいよいよ第2段階に進む。ストーム隊は崖を駆け下りて横っ面から突撃、最後部付近にいると思われる司令塔となる竜に奇襲をかけて殲滅するのだ。

 作戦第2段階のポイントとなるのは攻撃のタイミング、そしていかに素早く竜の首を取れるかにある。移動要塞とも言える竜を打ち倒せば指揮系統は乱れ、敵の統率は乱れる。そして竜影からの増援も無くなると人類側に有利な状況がなだれ込んでくる。故に、この戦争においてはいかに「竜殺し」までもっていくかが作戦の要となる。そしてそれは、対竜族戦闘兵器として開発された翔竜機とその乗り手たる操竜手の主任務でもあった。



『――射撃開始、30秒前ぇ!』

 ストーム2からの連絡にランファはレバーを握り直した。作戦第2段階のストライカー隊の役目は竜の目を引きつけるための囮である。その際の消耗を出来るだけ押さえるためには、この砲撃でありったけの敵勢力を削いでおきたい。

『――10秒前、8、7、6……』
「発射用ー意!」

 砲撃部隊のフォーゼットIIが一斉にトリガーに指をかける。ベルナット曹長の『0!』の報告と同時に、ランファは叫んだ。

「撃てーっ!!」

 ずずんと地震のような振動とともに、6門の迫撃砲より砲弾が打ち上げられた。排気ガスがぶほっと舞い上がり、あっという間に視界が悪くなる。即座に次弾装填のため砲の術室が解放され、弾が込められる。

「第2弾、発射用意! 撃てーっ!」

 もうもうと粉塵が舞う中、作業を繰り返す。4回目の発射の直後に、前方で閃光が走り、やや遅れてどーんという爆発音が届いた。かつては「火球(ファイアボール)」と呼ばれていた攻撃呪文を封じた炸裂弾である。びりびりと空気を振るわす振動に川面が荒々しく岸に打ち寄せる。

『ストーム2より弾着観測! ポイントオーバー12!』
「第5弾発射待て! 高角修正プラス3!」

 射撃管制オートマトンの予測よりも上空の風は北に流れていたようだ。1発目の弾丸は敵の先頭集団より後ろに落ちた。これを修正し手前に弾を落とすには角度を上げてやればいい。
 だが、初弾発射時より群はこちらに近づいている。群の進行速力を加味して修正したがうまく当たるだろうか。ランファはベルナット曹長の『全機修正よし』の報告と同時に第5弾を発射させた。とにかく、行動だ。行動しなければ結果が出ることは無いのだから。

 第6、第7、第8弾も発射。そろそろ第5弾分の弾着観測結果が出る頃だとランファが修正計算の用意を始めたところで、僚機から緊迫した連絡が届いた。

『ストーム2、敵増援及びターゲットの発生を確認!』





「繰り返す、敵増援を確認! 増援規模は小、およそ200、種類変わらずL。竜影の反応増大中!」

 カノエは報告しながら2142号機の装備した4門の長銃に弾丸を装填した。リーダーのシャルロットからセーフティ解除が令されたのだ。後は引き金を引くだけで発砲可能だ。

 眼下の影は、大きくその姿を変えていた。いや、黒い獣たちをその黒い沼から吐き出し続けているのは変わらない。違うのは、今はその影自体が形を持ち、何者かに変貌しようとしていた事である。

 崖の上まで駆け上がっていた細長い影は、うねり、のたうち、断末魔の蛇のように命を持って蠢いている。その中央部が膨れ上がり、そこから4つの黒い突起が突き出した。突起は途中で折れ曲がると、地面に向けて落ち込み、今度は弾けることなく地響きを立てて岩肌にめり込む。そしてそれは、見る間に実体を持ち、太く凶暴な4つの爪を持つ脚へと変化した。長く伸びた影の一端が打ち払われ、崖を深く抉る。それは剣のようなトゲが何百本も生えた尻尾に変化した。もう反対の影の端に、赤い1対の光が灯る。その先端から上下にグバリと割れ、その内に赤い舌と人間の胴を簡単に噛み千切れそうな鋭い歯が並んだ。

<<ギャァアアアアアアアアアオオオオオオッ!!!>>

 その口腔から、先ほどの炸裂弾の爆発すら霞むような圧倒的な圧力を秘めた叫びが放たれた。崖に木霊したその咆哮は巨木を仰け反らせ、巌にヒビを入れる。崖上に潜む巨人の周囲にも上からガラガラと砕けた岩が降ってくる。

 それは、人類の天敵にして、奴ら浮き出る者達を従える魔獣の王。

「『竜』、出現を確認!」

 発現した竜は、ゆっくりと南方に向きを変えた。その動きに、今度こそ地面の影は追従して動き始める。
 いや、逆なのだ。先ほどまでここに存在していた影は、こちらの世界の存在の影ではなかった。それは、事象の平面に映る、可能性の向こう側の存在である竜の影だったのだ。余りにも存在が強力なため、実体が無いのに影だけが映っていたのだ。

 竜は事象の平面の表と裏、同時に存在する希有な怪物である。奴らは、夜は裏に潜み活動を停止し、昼になると表のこの世界に現れて人間に対して牙を剥く。竜そのものが事象のトンネルのような物だから、そこから可能性の海の下の魔獣たちも溢れてくる。竜が一体いるだけで、その影から無限に「浮き出る者達」は涌いて出てくるのだ。これを止める手段は2つしかない。日没の竜の活動停止まで耐えるか、それとも日中に竜本体を討ち取るかだ。

『見ろ、首後ろに一本、折れたトゲがある。狙うならあそこだな』
「行きますか?」

 竜の出現に浮き足立つ事無く冷静に観察するシャルロット。尋ねるカノエのレバーに力が篭もる。

『まだだ。今降りてもブレスの餌食になるだけだ。作戦通り、慎重にチャンスを待つ』
「了解」

 返答の後、カノエも望遠にして出現した竜を観察した。確かにシャルロットが言うように首の後ろのトゲの一本が根本から折れている。背中側に翼は見あたらない。どうやら空を飛ばない「地竜」の一種のようだ。全長は70mくらいか。ガゥルシュミットが3体手を伸ばして並んだくらいのサイズである。竜としては小型の方だ。カノエは観察した情報を機体のデータベースと照合し、共有情報として司令部へ流した。





 2143号機にもその情報は共有されていた。ランファは発生した地竜の情報を通信でストライカー隊のメンバーに知らせてやる。そして、作戦を次の段階に進める決心をした。

「次弾発射後、ポイントブラボー付近まで前進。近接戦闘に移行する」
『了解』
「着弾に併せて突入する。前に出るな、我に続け!」

 最後の射撃が終了した。「ストライカー、近接戦闘用意」の令でそれぞれが背中に抱えた剣を抜刀する。着弾タイミングを知らせるタイマーをスタートさせ、ランファもガゥルシュミットに太刀を抜かせた。

「――突撃!!」

 河原を蹴って、8体の巨人が剣を手に駆けだした。75mの川幅を5歩で駆け抜け、対岸に雪崩れ込む。その前方で最後の弾頭が炸裂し、魔獣どもの身体を飛沫に変える。

「せぇええええええええええいっ!」

 先頭の巨大黒豹の首を、ランファのガゥルシュミットが切り飛ばした。
 引き続きフォーゼッツIIの軍団が突入し、一気に入り乱れての乱戦に突入する。

 浮き出る者達を相手にする場合、銃器はほとんどの場合で有効にはならない。彼らには臓器が無く、局所的な破壊は意味がないのである。動作を止めるならストッピングパワーに優れた大口径、または、先ほどの砲撃のように粉微塵にするくらいの火力が必要になる。

 だが、奴らにも弱点はある。臓器が無いとは言え、さすがに獣の姿をしているだけあって、頭部またはそれに類する機能中枢を身体と切り離せば、活動を停止させることができるのだ。もちろん、脚を切断したり胴を真っ二つにして動きを止めても良い。物理的に切り離された部位は、そのまま機能低下を引き起こすことが出来る。

 つまり、影の魔獣を殺すには、斬撃が最も有効なのである。これは、第3次大戦以降の魔動戦闘機の主流が人型である大きな理由となっている。武器を手に取り、戦う形にこれ以上優れた形態は無い。

 フォーゼッツIIは飛翔翼を持たない人型竜偽装魔動戦闘機(通称「人竜機」)であり、陸軍のカテゴライズとしては陸上魔動戦闘機となる。人竜機の中でもこの機体は接近戦能力の向上に特化しており、斬撃に使用される背部、胸部、腰部の駆動部品が大きく盛り上がったシルエットをしており、その分重く高速走行時の最高速力も高くない。
 だが、さすが接近戦能力特化を謳うだけあって重心の安定度、水平反転速度、Mサイズの魔獣の胴を易々と切断する膂力と他機種に比べても光る物を多数持っていたため、2年前から各部隊で機種転換が進んできた。安定性重視で同一メーカーの共通部品の使用箇所が多く、整備性が良いと現場の評価も高い。

 ランファ達の小隊はこのフォーゼットIIを機種転換訓練用の非武装予備機も含めて8機配備されていた。そして、各機には同一メーカーが製造した直刃の鋼製合板大剣を装備させている。この直刀は突き刺すという用途を捨てる代わりに切断に特化させており、長い両刃の先端部はT字型に「返し」が付いている。また、この返しの分トップヘビーとなり振り回した時の威力も高い。ガゥルシュミットの装備する曲がった太刀のように「切り裂く」事は出来ないが、力に任せて「叩き切り」「引き裂く」のには最適な形状であった。

「えぇえええええいっ!」

 と、その大剣を袈裟懸けに切り下ろした衝撃で羊の様な首を持つ魔獣の上半身が、地面にゴム鞠のように跳ねた。回転しながら黒い血飛沫をまき散らし、機体の表面に斜めに返り血を付ける。その後ろに、どん、と軽く僚機の背中が当たった。

『マルー、今ので何匹?』
「私は7匹、リュカは?」
『同じく……おっと!』

 蜘蛛のように長い足を持つ、40mはある蜂の様な化け物がその足で突き刺してきた。2機は前後に散開し、振り向きざまに太刀を振り回してその足を切断する。バランスを崩し、胴体が地面に向けて傾いたところでその頭に同時に刃を振り上げる。

『「8匹!」』

 ずずぅん、と崩れる蜂の化け物。その時、2機の操縦席内でアラートが鳴り響いた。

「ブレス!」
『下から来るぞ!』

 ごおん!

 突き上げるような衝撃とともに地面が揺れる。巨大なモグラが地面の下を疾走しているかの如く、岩や土砂が弾けるように次々と地下から飛び出してくる。それはまるで土の間欠泉のような光景。地竜の咆哮で地脈のエネルギーが暴走し、連続的に吹き上がる「地殻ブレス」である。噴き上がる土砂や岩などによる物理的な破壊しかもたらさないが、この場所のように複雑な地形では二次被害を引き起こすこともありその脅威は倍増する。

 ブレスの通過を予測し素早く散開した2機の間を、岩で出来た剣のような岩盤の突き上げが通り過ぎた。そのままポイントブラボー付近の崖を掠めるように直進し、味方であるはずの魔獣と土砂を一緒くたにミキサーにかける。続いて、10mは掘り抉られた大地に向かって今度は土砂混じりの水が川から一気に流れ込んできた。 

『足が! 踏ん張れない!』
「リュカ!?」

 崖側に回避したフォーゼッツIIがその流れに足を取られた。いかに安定度が高いこの機体と言えど、腰まで土石流に浸かって流されてはひとたまりもない。為す術もなく押し流されていく。

 その光景は最前衛で太刀を振るうランファもモニターしていた。「ベルナット!」と声をかけると同時に目の前の怪物の首を両断し、残った胴体を足で転がして押し除ける。

「ここは頼んだ!」

 1歩目の足捌きで反転し、2歩目で加速して3歩目で飛翔翼を展開する。翔竜機の性能要目にもある180度反転飛翔機動のお手本のようなターンを決め、ガゥルシュミット2143号機は超低空飛行で加速した。その後方では意図を了解していたベルナット曹長のフォーゼッツIIが素早く前進してランファの位置と交代する。

「リュカ軍曹、手を伸ばせ!」
『少尉!?』

 吹き飛んだ岩が雨のように降り注ぐ中、片手をかざして視覚機能が集中している頭部を守る。そして、そのまますくい上げる様に反対の手でフォーゼッツIIの手首を掴んだ。急制動をかけてその手を中心にグルリと回り込み、岩場に爪先の固定用ハーケンを打つ。

『少尉、崩れてきます!』
「わかっている! ありったけの推進剤を吹かせ!」
『はい!』

 ぐいっとガゥルシュミットが引っ張ると腰まで埋まった巨人の体がずるりと抜けた。噴射機関が止まりきれずにそのまま2体とももつれるように転がる。その直後、崩れてきた土砂が木々や岩ごと雪崩落ち、ついさっきまで2体がいた場所を押し潰していった。

『あ、ありがとうございます』
「体に異常はないか? 無ければ機体のチェックを行い、状況を報告しろ! 今すぐ!」
『は、はい!』

 ガゥルシュミットが立ち上がる。ランファの見たところ、外観上はフォーゼッツIIの下半身は泥にまみれている以外に異常は見られない。むしろ、持ち上げるときに無理矢理引っ張ったせいかガゥルシュミットの左手首の方が出力オーバーで異常点灯していた。こちらの手では出来るだけ武器を扱わない方が良いだろう。

「他に、今のブレス攻撃で損害を受けた者はいないか!? 報告急げ!」

 新しい太刀を背中から抜きながらランファは叫んだ。




「すごい……あんな動きが出来るなんて!」

 戦闘の最中にも関わらず、マルーティア軍曹は喝采をあげた。目の前を矢の様に通り過ぎたガゥルシュミットが同僚の命を救い出すのを、目の当たりにしたのだ。
 いったいどんな神業的な操縦をすればあの様なアクロバティックな機動ができるのだろう? それに一瞬の迷いも見せずに仲間を救うために危険に飛び込むあの勇敢さ! 一瞬であったが、マルーティアは翼を広げたガゥルシュミットの姿に見惚れていた。

『聞こえないのか、マルーティア軍曹! 異常の有無を報告せよ!』
「は、はい!……2106号機、異常ありません!」
『よし! ストライカー隊、全機異常なし!』

 ほっ、と息を吐く。同僚も無事みたいだし、私もがんばらなくちゃ、と剣を構え直す。
 その際、若干の気の隙が有ったのかもしれない。

「あれ? ブレス警ほ――」

 次の瞬間、首が胴にめり込むのではないかというくらいの真下からの突き上げに、一瞬でマルーティアの意識は奪われていた。




 急激なG(加速)が身体に及ぼす影響は様々である。頭部への血流が落ちて意識障害が起きたり、視力を失うブラックアウトが起きたり、脳が押しつけられる事による目眩や混濁を起こしたり、舌が落ちて呼吸困難になることもある。単純に頭部に掛かる負担で首を痛めることもある。マルーティアの場合、見た目はともかく特殊戦闘服の面目躍如か、首だけはしっかり保護されてそこへのダメージは回避されていた。だが、衝撃による一瞬の意識の途絶が、彼女の判断に大きなミスを生じさせることになる。

(あ……れ……? 私、何やってんだっけ?)

 回転する機体内で、交互に空と大地の光景が明滅する表示をぼんやりとした頭で見つめながら、マルーティアは考える。

(そうだ……機体を……立て直さなきゃ……)

 マルーティアの中で、今は実戦中で、しかも敵の攻撃で空に弾き飛ばされているところという状況はすっぽりと抜けている。彼女にあるのは、初期教育で刷り込まれたり、シミュレーターで嫌と言うほどやらされた人型魔動戦闘機の操縦訓練の記憶である。彼女は遠心力で振り回される身体の重みをおっくうに感じながら、教範通りに機体制御オートマトンに推進噴射機関を使って機体制御を行うよう指示を出す。ぼんやりと、操縦席内に流れる警告音と誰かの声を聞きながら……。




 それは、まるで泥の海から巨大な岩の鯨が飛び出してきたかのような光景であった。地竜の地殻ブレス第2波は、第1波よりもずっと深い地層に眠っていた岩々を呼び起こした。その結果、地中で加速した岩石は弾丸の様に地上に飛び出し、不運にもその真上に立っていたマルーティア軍曹のフォーゼッツIIを、運動量保存の法則通りに中空へと打ち上げたのだった。

 最初の衝撃で膝間接が負荷に耐えきれなかったのか、マルーティアのフォーゼットIIは横倒しになりながら腰の辺りから突き上げられるように吹き飛ばされていた。異なる軸回転が重なった複雑な挙動で空に舞い上がる。それを何とかしようと、フォーゼットIIは腕を振り、噴射器を吹かして回転を止めようとした。マルーティアに呼びかけていたランファは、はっとして叫ぶ。

「噴射を使うなっ!」

 次の瞬間、ガゥルシュミットの操縦席内に、先ほどのブレス警報よりも遙かに鋭く大きな音でアラートが鳴った。天井の警告灯が灯り操縦席内部が真っ赤に染まる。

<皇竜警報>
<エリアがターゲッティングされました>
<約7秒で光刃ブレスが到達します>
<最低5km待避するか、十分な強度の遮蔽物に隠れてください>

 画面の真ん中に表示されたそれは、人から空を奪った存在がこの地点に狙いを付けたことを知らせる警鐘である。閉ざされた空をなお飛ぼうとする不遜な者に、間もなく裁きの雷が落ちるのだ。

「待避! 待避だっ! 動ける者は出来るだけ離れろ! 遮蔽物を探せっ!」

 リュカ軍曹の機体を引きずり起こしながらランファが叫ぶ。駆け寄ってきたベルナット曹長機が肩を貸す。3機で移動しながら、ランファはもう一度だけ空を見上げた。

「……マルー軍曹!」

 一瞬の出来事だった。
 白い光の筋が空とマルーティアのフォーゼッツIIを貫いた瞬間、虹色のエーテル発光と共にその機体が泥人形のように崩れ、崩壊し……そして、圧倒的な光が周囲の全てを飲み込んでいった。





『皇竜の光刃ブレス、ポイントブラボー付近に着弾!』
「被害は?」
『通信、返ってきません。ただ、虹色の分解光は観測されました』
「……」

 カノエからの報告にシャルロットは嘆息した。こちらからでは詳細は解らないが、なんらかの事故で皇竜の監視高度まで飛び上がってしまった者がいたようだ。まともに食らえばそのブレスに魔法分解されて機体はバラバラ、操竜手も生きてはいまい。

 飛行を視野に入れた翔竜機に比べ、人竜機はせいぜい高度300m程度のジャンプ機動が出来れば十分な性能と竜偽装しか与えられていない。その高度を越えれば当然、皇竜の目を誤魔化せずにブレスの餌食になることは予想されていた。最も、だからこそ人竜機のジャンプシステムや姿勢制御用噴射器はその高度までしか働かないように調整されているのだが。しかし、戦闘においては物事が予測通りに進むことの方が希である。今回も、偶然の魔の手が気まぐれなダイスを振ったのだろう。

 ストーム隊が潜んでいる位置からでも皇竜のブレスの影響は見えている。ポイントブラボー付近は数kmに渡り地面が抉られ、魔法分解によるエーテル残光が地面から立ち上っている。あの辺りは数分は安定して魔法を使うことは出来まい。今通信が通じないのはその影響によるものだと、信じよう。

「無事を祈るしかない……だが、隙が出来たのは向こうも一緒だ」
『はい』
「フォーメーション1、後衛は5度ずれて援護射撃、いいな?」
『了解!』

 皇竜の攻撃の余波は、魔獣側にも現れていた。行群が止まり、地竜も様子を窺うように南方に首を伸ばしている。こちらには全く注意を払わず、無防備に背中をさらしている。若干計画とは違うが、十分な注意を南方へと引きつけることに成功した。このチャンスを逃す手はない。

「……攻撃開始っ!」

 シャルロットの合図で2体の巨人が崖から跳び出した。脚部の補助噴射器を断続的に吹かして垂直に近い傾斜を滑り降りる。同時に2141号機から右手の1門、2142号機から両手と両腰の4門、計5門の魔砲が火を噴いた。こちらはもう最初から位置を秘匿する必要はないため、威力強化呪文を込めた特殊弾頭を使う。空中に呪文発動の光陣を残しながら殺到した魔弾は敵列の真横で炸裂、無数の散弾となってその横腹をえぐり取った。粉のような独特の黒血飛沫が吹き上がる。

 崖下に降りた2141号機はそのまま銃を投げ捨てた。一歩で河を跳び越し、二歩目で背中の飛翔翼を展開して左手の大型シールドで半身を覆いながら肩口から群に突っ込むように加速する。それより一瞬早く翼を展開した2142号機は落下を遅らせ、僚機からずれながら再度射撃を行った。南方に気を取られていた群れは、今だにこちらに向き直る事も出来ず側面に銃弾を再び食らう。
 吹き上がった黒い霧の中に、オーロラのような白い残光を残して空飛ぶ巨人が突っ込んだ。真っ直ぐに先ほどの地殻ブレスを放った竜の首を狙う。

 脇からの攻撃に気が付いた大型の角付き魔獣に対して、振り上げた盾の一振りで頭部を叩き潰し、その反動も使って一気に高度を上げる。高く舞い上がった巨人の影に竜が首をもたげた。人が潜り込めそうなほど巨大な瞳が迫る敵の姿を収める。ぐわっと口が開き、乱杙歯が露わになった。竜の周囲の地面が発光を始め、その上の魔獣どもがひび割れる地面に押し倒される。

 その時、突如竜の目玉が破裂した。2142号機が持ち替えた遠距離砲により竜の頭部を狙撃したのだ。弾丸は命中の瞬間に硬化呪文を発動し、一瞬の内に竜の顔面から後頭部へと貫通した。恐ろしい叫びが顎門(あぎと)からもれ、その衝撃に河を挟む崖に亀裂が走る。
 2141号機はその衝撃波を宙で螺旋を描くように回転していなした。それだけではなく、身体の捻りを利用して腋の下からその体長にも匹敵する長さの太刀を抜く。そのまま円心力を利用して刃にたっぷりスピードを乗せ、竜の首筋めがけて刃を打ち下ろす。

『――打った斬れろっっ!!』

 肉厚の刀身が、竜の延髄に食い込んだ。






 王歴977年。月食の影より突如として誕生した無数の皇竜は、瞬く間に全世界の衛星軌道を占拠した。皇竜はさらに、その影がかかった大地から次々と眷属の竜を産み出し、その竜もまた影より魔の群団を産み出した。そして世界各所同時に侵攻を開始したのである。第3次人魔大戦の開始であった。

 初戦で高々度を奪われたものの、人類の対応は早かった。最大の力を持ってその対処にあたるため、各種戦力を集結させ反攻作戦を開始し……そして人類史上最大の敗北を喫した。人類側の航空戦力に対してその遙か上空、衛星軌道からの正確無比かつ圧倒的性能の皇竜の光刃ブレスを防ぐ手段を持っていなかったからである。人類は制空権を失い、次々と敗走を続けた。
 都市は放棄され、逃げ遅れた人々や最後まで戦った戦闘員はことごとく敵の物量にすり潰される。その勢いは圧倒的であり、開戦後わずか3ヶ月で人類は生活圏の50パーセントと3割の人口、そして残った都市の防衛部隊を除きほぼ全ての戦闘力を失った。

 2年後、王歴979年。後退を続けた人類はようやく反撃の糸口を掴む。竜偽装魔動戦闘機と呼ばれるそれは、竜に擬態する翼と尻尾、そしてゴーレムの技術から転用した手足を持つ戦闘兵器である。操縦者や魔力回路を内に隠し、竜に似た外観を持つその魔動機械によって、ついに人は空を飛ぶ可能性を取り戻した。
 翌980年、改良を重ねた戦闘機部隊の戦術的運用により、ついに人類は初めて地上で魔の勢力の侵攻をくい止めることに成功する。この時点で、人類の総人口は開戦前の僅か16パーセントにまで減少。これより人は僅かな希望に縋りながら、絶望的な反撃を続けることになる。



 そして、開戦より30年、王歴1007年。
 戦争は、まだ続いていた。








BLACK DESIRE


#17 達巳郁太の消失 V








1.


 ぷに


 ぷにぷにぷに

 ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに
 ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに
 ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに

(………………?)

 頬をつっつく心地よい弾力に、幎はパチリと右目を開いた。ぼんやりと薄暗い視界の中、ゆっくりと超至近距離の黒い「ふわふわ」に視点が合う。

「……ようやくお目覚めか、眠り姫さんよぉ」

 ぴんぴんと尖った髭の間の口がもごもごと動いて皮肉っぽく歪む。その上には瞳孔がめいっぱい開いて黒い穴が空いているような金色の目が2つ、くりくりと幎を見つめていた。

「…………」

 幎が無言のまま体を起こすと黒いふわふわ……黒猫のメッシュはひょいとその上から退いた。そのまま幎のいる場所から飛び降り、眼帯で塞がれた左側に回り込んで見えなくなる。

 どうやら幎が横になっていたのは、豪勢な天蓋付きのベッドのようであった。黒っぽい木製で、あまり趣味がいいとは思えないが黒地に金の刺繍の施されたカバーが覆っている。幎はその布団の上に横たわっていたのだった。
 ゆるゆると頭を巡らせると周囲の様子が目に入ってくる。ベッドの周りもそれに負けず劣らず豪華な部屋であった。天井は高く、調度類も大きく威風堂々とした造りで、なおかつ精細な模様が刻み込まれている。ほとんどの家具は黒と金でカラーが統一されていたが、天井と絨毯、そしてその間を繋ぐカーテンは眼が冴えるような赤であった。
 一カ所窓が開いているのか、天井から床まで伸びている広いカーテンの一つが緩やかにたなびいている。そこから差す陽の光を反射して、絨毯に織り込まれた金糸がきらきらと光沢を放っていた。

 幎が体をずらしてベッドから降り立つと、小さな靴が絨毯の毛に埋もれる。それをじっと見つめていると、メッシュは不機嫌そうに首を曲げて金色の瞳で睨んできた。

「悪魔のクセに器用に寝ぼけやがって……これじゃあ立場がアベコベじゃないか」
「……ここはどこですか?」
「見たところ、どこぞのお偉いさんの寝室だな」

 「まったく、趣味が悪い」とぶつぶつ言いながら、それでもメッシュは尻尾を立てて家具のひとつひとつに歩み寄って見上げている。幎はその後ろ姿を目で追い、静かに声をかけた。

「心当たりがあるんですか?」
「待て。小僧の影から出来た通路の先にここがあったってことは、夢魔の作った夢世界であることは間違いないはずだ。だが、この場所、見覚えがある……?」

 黒猫が足を止め、ぴくぴくと耳を動かす。首を窓の反対側の壁……そちらにはやはり豪勢な造りの両開きの扉がある……に向け、威嚇するように鋭く呼気を吐いた。

「隠れろ! 誰か入ってくるぞ!」
「……!」

 扉から控えめに聞こえたノックの音に、幎が身を翻してベッドの下の隙間に潜り込む。メッシュも黒い弾丸のように部屋の中を駆け、幎の顔の横に滑り込んだところでちょうど扉が開いた。窓から吹き込む風が強まり、少女の黒髪をふわっと揺らす。

「――さま、お早うございます。朝食をお持ちしました」

 扉を開け、うやうやしく礼をしたのは幎と似たようなメイド服装の女であった。たっぷり5秒は頭を下げたままにし、ようやく顔を上げると食事を運んできたのであろうワゴンを静かに室内に入れる。
 扉を閉めようとして、そのメイドは異変に気が付いたようだった。吹き寄せる風と布のはためく音に「あら?」とカーテンの方に向き直る。

 ワゴンをそのままに、メイドは急ぎ足で窓辺に向かった。カーテンを少し開き、そこから顔を出して様子を伺う。隙間が広がって強い陽光が室内に差し込み、ベッドの影から飛び出ていた黒猫の尻尾が慌ててしゅるっと引っ込んだ。

(ふむ……外はテラスになっているみたいだな……)
(……陽が沈んですぐだったはずですが?)
(おそらく、現実の世界の夜がここの昼なんだろう。時刻が逆転してるのさ……しっ!)

 先ほどのメイドがカーテンから離れてベッドに近寄ってきた。メッシュが体を堅くする。
 だが、それは杞憂であった。メイドはベッドの上に誰もいないことを見て取ると、慌てたように扉へ駆けだしたのだ。ワゴンをうっちゃったまま、扉の外へ叫ぶ。

「誰か! 誰か! 王様がまた……!」

 そして、そのまま扉の外に走って行ってしまった。「王様だと……?」と呟き、素早く黒猫が影の中から踊り出す。

「……あっ! そう言うことかよっ!?」

 メッシュは室内を見渡しながらフゥーッと毛を逆立たせた。

「ちっくしょう! 俺か!? 俺のせいかよ!? こんな所に『繋がっちまう』なんてさ!! あり得るかっ!?」
「……知っているのですか?」

 興奮してぐるぐる回っているメッシュに、隙間から這い出てきた幎が静かに問う。黒猫はむふぅーっと鼻息荒く頷いた。

「ここは魔法王国だ! それも、第3次大戦末期のな! よりにもよって、そこの一番やっかいな場所に着いちまった!!」
「……どうしますか?」
「とりあえず……そうだなっ! 今は逃げるぞっ!」

 「こっちだ!」と黒猫は大きな書棚の側に駆け寄る。幎もそれに従った。

「そこの本だ! 上から2段目、左から3冊目の黒い表紙のやつ!」
「これですか?」
「それ! そいつを手前に倒して、奥まで押し込め!」

 こくりと頷いて言われたように本を押すと、棚の後ろでカチリとロックが外れる音がした。メッシュは待ちきれないようにカリカリと側板を引っかく。幎が手を添えて押すと、驚くほどスムーズに書棚はスライドし、そこに人が体を横にしてやっと通れるくらいの暗闇が姿を現す。

「これだ!」

 メッシュが現れた通路に素早く身を踊らせる。幎も横を向いてその隙間に体を滑り込ませた。不思議なことに、数歩進んだところで後ろで書棚がひとりでに動き、元通りに通路を塞ぐ。周囲が闇に包まれた。

「隠し通路ってやつさ」
「……どこに続いているんですか?」
「この城の地下だったはず」
「……城?」
「…………」

 通路はなだらかに下っていて、20mほど進んだところでようやく一息つけるほどの正方形のスペースに繋がっていた。そこで折り返して今度は下りの階段に続いている。

「……城……ですか?」

 天井付近に設置された円盤を片目で見上げながら、もう一度幎は呟いた。その円盤は照明魔法が封じられているのか、縁に沿って円形の魔法陣が描かれ、それが発光してこの踊り場のつるっとした金属のような壁と床に反射していた。

「ああ、城さ」

 メッシュが頷く。その瞳にも天井の文様が反射して不思議な光を放っていた。

「魔法王国の始祖にしてそれに終止符を打った唯一の王……魔法王の王城だ」
「さきほどの部屋は、その方の……?」
「ああ、寝室だ……おっと、そんなことよりお前さん、小僧の居場所はわからないか?」

 メッシュの慌てた口調に幎は小首を傾げて少し考え込んだが、やがてふるふると首を振った。

「ダメか。まあ、城の周囲は陸・空・海、全部強力な結界の内にあるし、ここじゃ無理だな」
「…………」
「ちっ、面倒だな。急ぐぞ」

 メッシュはそう言うと、幎に近寄ってその靴をカリカリと軽く掻く。少女が膝を曲げてやると、その肩に黒猫は飛び乗った。

「先に進むんだ」
「……この先に何が?」

 尋ねながら黒猫を乗せて階段を下り始める。それにメッシュはすぐには答えなかった。

「……この世界の時間は昼夜が逆転している」
「…………」
「つまり、外の世界の夜明け、この世界の日没が、小僧を取り戻すタイムリミットってこった」
「……はい……」

 カツカツと幎の靴が階段を叩く音が響いている。天井付近には先ほどの照明円盤が定期的に設置しており、足下に惑うことは無い。数回折れ曲がってそろそろ時間感覚が無くなりそうなほど下ったところで、階段が途切れ、正面に金属の扉が見えてきた。中央に不可思議な円と三角の組み合わされた紋章が刻み込まれている。すたっと黒猫は飛び降りた。

「ここを脱出するにも、小僧を捜すにも『アシ』は要る」
「この先に、それが?」
「ああ。一つ、心当たりがある」

 黒猫がくるりと振り返って幎を見上げる。首輪に付けられた金色のプレートがチャリンと小さな音を立てた。
 その表面には、正面に見える扉と同じ文様が描かれていた。

 
 


 

 

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