愛欲の鬼


 

 



 今は昔、東の方より、栄爵(えいじゃく)尋ねて買わむと思いて、京に上りたる者有けり。
 其の妻も、「かかるついでに京をも見ん」と云いて、夫に具して上りたりけるに、宿所の違いて無かりければ、忽ちに可行宿き(ゆきやどるべき)所無くて、川原の院の、人も無かりけるを、事の縁有りて、其の預(あずかり)の者に語らひて借りければ、借してければ、隠れの方の放出(はなちいで)の間に、幕など云ふ物を引き廻らして主は居ぬ。
 『今昔物語集』、巻第二十七、第十七話【東人、川原の院に宿りて妻を取られたる語】より


其の二


 ある裕福な東人(あずまびと)が、つてを尋ねて五位の爵位を買おうと、京の都に上って来ていた。
 その妻も、この機会に都見物でもしようと、夫について来ていたが、折から、宮中ではなにやらあったらしく、つての人に会うこともできず、手違いがあって宿をとることもできなかった。
 その時、口利きする者があって、六条坊門の南、かつて、さるやんごとなき人の屋敷であったというが、今では住む人のいない屋敷を借りることができた。
 そこで、その屋敷の奥の客間に、幕を引き巡らせて主人と妻が泊まり、従者には土間の周りにいさせて、夕餉を作らせて、ようやく一息ついたのであった。

 ――夕餉も済ませ、辺りもすっかり暗くなった時分。
「おい、殿の機嫌はどうだ?」
 土間では、後片付けをしながら、従者共が、昼に仕入れた噂話に花を咲かせていた。
「うむ、宿が決まるまでの不機嫌さが嘘のように、今は上機嫌でおられる」
「それは良かった。それにしても、ここは、名のある人の屋敷だったというが、立派な屋敷ではないか」
「それだがの、先程ちらっと耳に挟んだのだが、この屋敷には幽霊が出るという話だぞ」
「いやいや、それどころか、儂が聞いた話では、このところ、京の町に夜な夜な鬼が出るらしいぞ」
「なんと、さても物騒なことだて」
「まあ、あくまでも噂話であろう、そうそう鬼や幽霊が出てはたまらぬ」
「そうじゃそうじゃ」

 こちらは、東人とその妻がいた奥の間でのこと。
「一時はどうなるかと思ったが、良い宿がとれてよかったわい」
「本当に、ずいぶんと、立派なお屋敷でございますこと」
「うむ、かなり身分のある方のお屋敷であったそうじゃが。儂もあやかりたいものじゃ」
「さようでございますわね。……あら?今、何か物音がいたしませんでしたか?」
「そうか?儂には何も聞こえなんだが。……気のせいではないのか?」
「いえ、確かに、この妻戸(つまど)の方から……」
 と、東人の妻が、部屋の隅の妻戸の方に近付いたとき、

 ――バタンッ!

 いきなり妻戸が向こうから押し開けられたかと思うと、
「ああああ!あれ!」
 向こう側から、毛むくじゃらの黒い腕が伸びてきて、東人の妻を引き込んだのである。
「な、なんという事じゃ!おのれ!この!」
 東人は、再び閉まった妻戸に駆け寄り、開けようとするが、押しても引いてもびくともしない。
「おい!こら!皆の者!大変じゃ!奥がさらわれた!」
 東人は、慌てふためいて、従者達の所に走っていく。

「どうじゃ!いたか!」
「いえ、こちらにはおりませぬ!」
「こちらの方も、誰もおりませなんだ」
「ううむ、一体、どこに連れて行かれたものか?」
 主人と従者で屋敷の中をくまなく探したが、その妻は見つからない。
 そればかりか、
「なんと!表の戸が開きませぬぞ!」
「そんなことがあるものか!」
「いえ、押しても引いても、少しも動きませぬ!」
「この大きな屋敷じゃ、出口はいくらでも有ろうが!」
 ――半刻後。
「だめです!外へ出る戸は、全て固く閉じられて開きませぬ!」
「ならば打ち破るまでじゃ!」
「……無理です!薪を割る斧で叩いても破れませぬ!」
「なんと奇っ怪な!」


 ――その頃、屋敷の裏手では。
「ひいいいぃ!離せ!離してたもれ!」
 なにやら、真っ黒い、人とは思えぬ者の肩に担がれて、東人の妻は恐慌状態になっていた。
 やがて、ドサッ、と降ろされた東人の妻が見上げると、暗闇の中に、強烈に輝く二つの光るものが……。
「あああ!あ…あ……ああ……」
 東人の妻は、その光に魅入られたように動かなくなり……。


「はああぁ!ああん!」
 闇の中に、女の嬌声が響く。
「はう!あふうっ!あん!あああ!」
 かすかな月明かりの下、腕を相手の首に、足を腰に絡ませ、吊り下がるような格好で抱きかかえられながら喘ぐ女の影。
 抱きかかえる男の影は、漆黒の闇そのもののように、一際濃く、そして、その頭には一本の角が……。
「あううん!はぁ!はぁ!あうん!」
 男の影が腰を振り上げる度に、女のよがり声が響く。
「あん!あん!はうん!はあぁっ!」
 まるで、一体の物の怪のように、重なり合ったまま蠢く淫靡な影。
「は!がぁ!あああ!かはぁ!あん!ぐっ!」
 やがて、女の嬌声に、苦しげな呻きが混じるようになり、
「はぁ!くふうう!ん!むむ!むむう!」
 角を生やした男の頭の影が、女の頭の影と重なり……。
「ん!ぐむう!んんん……うう…ん……ぅぅ……ぅ……」
 男が腰を突き上げる度にガクガクと身体を跳ねさせる女の呻きが小さくなり、そして、何も聞こえなくなった。

 夜が明けて、ようやく屋敷から出ることができた東人の主従一行が、屋敷の裏手で見つけたのは、真っ白に変わり果てた、東人の妻の死体であった。



 このひと月ほど、京の町では、夜毎に、女が精気を抜かれて、蝋人形の如く白くなって死んでいる事件が続いている。
 その、最初の犠牲者が、侍医の当麻鴨継の娘であったこと、同時に、鴨継自身も殺されていたことから、それは、かの鬼の仕業であることは明らかであった。

 御所での事件以来、仮御所となっているさる門跡では、御所に居座った鬼をどうするか、毎日のように朝議が重ねられたが、これはという方策は見つからなかった。
「さてさて、どうしたものか……」
「あの鬼の恐ろしさたるや……」
 あれから、腕に覚えのある勇者が数人御所に向かったが、帰ってくる者はなかった。
 主だった寺院では、悪霊退散の加持祈祷がなされているが、夜毎の凶行は止むことはない。
 何より、瞬く間に、御所の衛士全てを打ち倒した鬼の力を目の当たりにしては、朝議に参加する貴人の多くは黙したままで、仮御所全体が、重く沈んでいるかの如くであった。

 その時、
「さて、私があの鬼めを封じて見せましょうぞ」
 二人の従者に支えられて入ってきた、白髪の老人は、時の陰陽頭(おんみょうのかみ)である、滋岳川人(しげおかのかわひと)であった。
「や、これは陰陽頭殿ではござらぬか。あの鬼を封じる手だてがお有りと申すか?」
「左様、我が得意の遁甲術(とんこうじゅつ)にて、あの鬼を封じて進ぜよう」
「しかし、川人殿の術の優れたることは存じておるが……、あの鬼めは、妖しげな業を使うのみではなく、多くの衛士共を一度に倒すほど、腕力にも優れておりますぞ。失礼な事を申すが、川人殿はすでに高齢であられる。術をかけるまでに、鬼にやられてはなんといたす」
「ホッホッホ、まあ、この老いぼれのこととて、皆の心配も当然であろう。しかし、それは無用のことにござる。すでに仕掛けはしてあるでの」
 そう言いながら、川人は己の髭をしごく。
「なんと、仕掛け、とな」
「左様、夜な夜な女性(にょしょう)が殺される、ということは、毎夜、鬼は御所から町に出ておる、という事じゃ。じゃから、夜の内に御所に忍び込み、鬼めを封じる術式を組んできたのじゃ」
「おお、左様な仕掛けをすでに施しておられたとは」
「しかし、御所には御后様もおられるが」
「心配は無用じゃて、巧く鬼だけ封じて進ぜるとするわい」
 歳に似合わぬ、不敵な光が、川人の瞳に宿っていた。


 ――翌日
「あああああぁっ!ち、智泉様!」 
 智泉の精を受け、后は体を反らせて叫ぶ。
 しばらく身体を固めて、精を受けていた后の身体から力が抜け、智泉にもたれかかる。
「ん…んん……智泉様ぁ……くちゅ……」
 そのまま、后は智泉の口に吸い付いてくる。
 御所の中にいるのが、智泉と后だけになってから、后は、夜明けに、智泉が持ち帰る少しの食べ物しか口にしていない。
 その代わり、智泉が夜毎に吸い取ってくる女の精気を、交わる度に与えられていた。
 それによって、智泉は后の命を繋いでいた。
「ん…ちゅば……あ……智泉様……」
 智泉から精気を与えられ、その瘴気を身に受け続けたためか、一度や二度智泉と交わったくらいでは気を失うことはなくなっていた。
「んん!あ!ち、智泉様ぁ!」
 先程精を放ってから、未だ繋がったままの状態で、再び智泉に腰を突き上げられ、后が喘ぐ。
「ああ、后、后よ」
 今日だけで、もう何度交わったであろうか。腰を動かすたびに、接合部からクチュ、と湿った音が響く。
「んはあ!あああっ!ん!はあぁ!」
 すでに、何度も達しているにもかかわらず、后の腰が智泉に合わせて動き始める。
「んんん!はあぁ!智泉様のがっ!奥まで!」
 やがて、后は、我を忘れたように腰を振って乱れ始める。
「はあぁ!んん!あ゛あ゛あ゛っ!あがぁっ!はっ!はあぁ!」
 后の喘ぎに、苦しげな声が混じるようになり、時々意識が飛ぶのか、目から光が消える瞬間がある。
(……そろそろ限界か)
「さあ、いくぞ、后。我が精を思い切り注いでやろう」
 そう言うと智泉は、奥まで深く突き刺すように腰を突き上げる。
「あ!はあっ!はああああああぁっ!」
 后は、一際大きく仰け反り、身体を硬直させる。 しばらくそのままの体勢を保っていたが、やがて、糸が切れたように身体を倒し、意識を失う。


(さて、今日はどこで獲物を漁るか。……!)
 意識を失ったままの后に衾(ふすま)を掛けて、几帳の外に出た智泉は、廊下の向こうに人の気配を感じる。
 そこには、白髪に、胸元まである白髭の翁が一人立っていた。
「ホッホッホ、やはり、鬼というのはなかなかに絶倫なものじゃな」
 目を細めて笑う、その翁の口調には、どこか人を食ったような響きがある。
「なに奴?」
「いやいや、お初にお目にかかる。儂は陰陽師の滋岳川人という者じゃ」
「滋岳川人?……すると、陰陽頭の?」
「これはこれは、貴殿のような鬼にまで知られておるとは、光栄な事じゃて」
(……とぼけた奴め、滋岳川人といえば、隠れもなき大術者として、自分の出家前から名を知られておったではないか)
「さて、その陰陽頭殿が、何用でこちらまで参られた?」
「いやいや、ちとの、貴殿を封じようと思っての」
「陰陽頭殿の盛名は世に聞こえておるが、我を封じるには少しばかり歳を召し過ぎなのではないかな?」
「ふむ、身体は老いても、術は衰えてはおらぬ。貴殿を封じるには充分であろうよ」
 そう言うと、川人は手に持った扇を広げ、ホッホッホ、と嗤う。
(あくまでも自分を馬鹿にする気か。しかし、仮にも陰陽頭、何をしてくるかわからぬ。……ここは、速攻に攻めれば、あの老体では避けようもなかろう)
 先手必勝と、智泉が、川人に飛びかかろうとすると、
「……な!」
 智泉の足がよろめき、まっすぐに進むことが出来ない。
「おやおや、ふらついておるではないか。足許には気を付けなされよ」
(な、これは!?まさか、今の間に何か術をかけたのか!?)
 智泉は大きくよろめき、踏ん張ろうとするが、踏みとどまれず、たたらを踏むようにして、あらぬ方向に身体を運ばれる。
 と、その時、
「ぐっ!」
 床に五芒の形が浮かび、そこから、智泉の身体を囲むように光る柱が立ち上る。
「これはっ!結界かっ!」
「ホッホッホ、何も儂は、貴殿と正面からやり合うとは言うておらんでな。夜の間に細工をさせて貰ったわい」
「な!?このような大がかりな細工、気付かぬはずが!?」
「罠とは、気付かれぬように仕掛けるものに決まっておろう。霊気を感じさせぬ細工もちゃんとしておるでの」
「ぐ……しかし、これしきの結界など!」
「結界は、貴殿の動きを止めるためものにすぎん。本物の仕掛けは、ホレ、その足の下に」
 と、川人が智泉の足下を指すと。
 そこには、太極を中心に、八方位の門を描いた図が浮かび上がる。
「な、これは!?」
「さて、そろそろおさらばじゃの」
 その図から強烈な光が放たれ、
「ぐ、ぐわああぁ!」
 光が収まった時には、その図ごと智泉の姿は消えていた。



(く……ここは?)
 智泉が目を開けると……。
 そこは、薄明るい茫漠とした空間であった。
 全体に、幽かな靄がかかっている他には何もない。
(これは……幽界?いや、あの世とこの世の狭間の空間か……)
 智泉は下を見る。そこには、滋岳川人が仕掛けた図が、ほのかな光を放っていた。
(これが、遁甲の術式に使う遁甲盤という物か……滋岳川人め、やりおる)
 智泉は聞いたことがあった。遁甲術というのは、一般には占いの一方式と思われているが、それはあくまでも初歩的なものであると。
 真の遁甲術とは、占いを当てることではなく。占った方向に事象そのものを導く。
 すなわち、遁甲術を自在に使うことが出来れば、幻術のように相手を惑わせ、相手の動きを誘導することが出来る。そう、先程、川人の結界の中に、自分が誘導された様に。
 さらに、遁甲術の蘊奥(うんおう)を極めれば、空間を自在に操り、今、自分がここにこうしているように、異空間に相手を送り込むことすら出来る。
 そして、滋岳川人こそは、遁甲術を極め、自ら新たな術を作り出すほどの手練れであった。
(成る程、自分を封じる、か)
 智泉は、足許の遁甲盤に向かって手を伸ばそうとする。
「ぐあああっ!」
 遁甲盤が光を発し、智泉の全身に、雷を受けたような激痛が走る。
(そう簡単に破らせはせぬ、ということか。あの爺め……しかし……これなら……)
 この術式が完全なものならば、智泉は、体を動かすことすら叶わなかっただろう。
 しかし、激痛を感じながらも、身体を動かせる、ということは、術の発動が緩い、ということだ。
(大きな術を使うには、霊力や精神力だけではなく、それなりの体力も必要というもの。やはり、あの老体では、完全に術を発動させることは出来まい)
 智泉は身を屈め、遁甲盤に触れる。
「ぐっ!」
 智泉の身体の表面に光が走り、全身を覆う、剛毛の先が焦げる。
(さすがに、きついが……出来るやも知れぬ)
 智泉は、自分の指先を噛み切り、己の血で遁甲盤に、ゆっくりとではあるが、文字を綴っていく
 血でもって、逆さ文字で経文を書く……。邪なるものばかりか、聖なるものすら破るが故に、一部の山岳修験以外では禁術となっている秘法、いや、それはすでに呪詛といってもよい術であった。
 それは、葛城山に籠もったばかりの頃、山での修行について、あれこれ指導してくれた老修験者から聞いた呪法であった。
(仏教と遁甲術、どちらも大陸から渡来したもので、理を異にするが、根は一であるという……ならば)
 智泉は、歯を食いしばりながら、血の経文を綴り続けた。



 ――滋岳川人が、御所を騒がした鬼を封じてから、四ヶ月程が過ぎた。
 その後、后は憑き物に憑かれたかの様に錯乱していたが、やがて、力尽きたのか、昏睡状態に陥り……。
 ようやく后が目を覚ましたのは、十日程前のことであった。
 その間に、帝および、大臣をはじめとする百官は御所に戻り、宮中の秩序は旧に復していた。
 目覚めた後の后は、ここ半年ほどの記憶を失っており、しばしば、呆、とする時もあったが、帝の言葉に微笑んで応えるところなどは、もとの后に戻ったかのようで、周囲の者を安堵させた。
 そして、この日は、内裏に安寧が戻ったことを言祝(ことほ)ぐ祝宴が開かれることとなり、后の宮である常寧殿(じょうねいでん)に、帝の行幸が有ることとなった。
 普段は、一部の者をのぞき、廷臣は入れない奥向きでのことではあるが、殊さら特別の祝宴ということで、文武の百官も付き従っていた。
 祝宴は、滞りなく進められ、それも酣(たけなわ)となった頃。
 突然、宮の隅の空間が、捻じ曲がるように見えたかと思うと……。
「グワアアアアァッ!」
 凄まじい雄叫びと共に、封じた筈の鬼が姿を現す。
「あ、あれは!」
「おお!な、なんということ……」
 怖れおののく百官には目もくれず、鬼は御帳の中、帝の横に座している后を呼ぶ。
「后、后よ。智泉が戻って参ったぞ!」
 智泉は、目を輝かせてはいない。ただ、后を呼んだだけである。
 それにも関わらず、それだけで后は、蕩けた目で、ふらり…、と立ち上がり……。
「ああ!后!待たれよ!行くでない!」
 帝が、后を呼び止める声が虚しく響く中……。
「后よ、すっかり待たせてしまったな。会いたかったぞ」
「ああ、智泉様……」
 うっとりとした表情で、腕を広げる智泉の胸に后は飛び込む。
 そのまま、智泉は后を抱きしめ、口を吸う。

 ――と、その時、

「あいや、しばし待たれよ」
 聞き覚えのある声に、后の口を吸うのを止め、智泉がその方を向くと、
「まさか、あの術を破るとはの」
 そこには、陰陽頭・滋岳川人が立っていた。
「やはり、その老体には我を封じるのは無理であったな。そなたが、あと二十年、いや、十年若ければ我を永久に封印できたものを」
 そう言いながら、油断なく川人の方を見つつ、智泉は后を己の背後に下がらせる。
「ならば、もう一度封じてくれるわ」
「できるのか?今回は仕掛けもあるまい?」
「仕掛けなどなくとも、こういうことが出来るわ!」
 と、川人は懐から呪符を数枚出し、智泉の方に投げると、それが数羽の怪鳥(けちょう)と化して智泉を襲う。
「ふ、これしきの式神など!」
 智泉が腕で払うと、怪鳥はかき消え、床には破れた呪符が散らばっているのみであった。
「やりおるな、しかし、まだまだじゃ!」
 川人は、うっすらと笑みを浮かべる。だが、それは、見方によっては、顔をしかめているようにも見える。
 なにより、その言葉の端々に、前回の時のような余裕が感じられない。
(やはり、仕掛けがなければ、大きな術はかけられぬか。とはいえ、こやつに時間を与えるのは危険だ)
 そう判断した智泉は、
「ハアアアアァッ!」
 気合いと共に両手を川人に向けて突き出す。
「ぐはあああぁっ!」
 何か、目に見えない、巨大なもので殴られたかの様に、川人の身体が吹き飛び、
「かはっ!」
 柱に身体を叩きつけられた川人は、口から血を吐いて意識を失う。
「おお!陰陽頭殿!」
「おのれ!」
 数人の者が川人に駆け寄り、外に連れ出す。
 また、数人の衛士と殿上人が、太刀を抜き、智泉に向かっていくが、
「ガアァッ!」
「うわあああぁ!」
 智泉が腕を一閃させて生じた、その烈風だけで、触れてもいないのに全員吹き飛ばされる。
 他には、智泉に立ち向かおうとする者もなく、皆で遠巻きにするばかり……。

 そうして、智泉と后は、突然のことに狼狽するのみの帝と廷臣達が見ている中で。

「さて、后よ、我とそなたの仲がいかに睦まじきものか、皆の者に見せつけてやろうぞ」
「はい、智泉様……」
 智泉は、再び后を抱き寄せる。
「ああ、后よ、そなたのこの乳は、誰の物だ?」
「ん……は…い、智泉様の物にございます」
 胸をはだけられ、乳房を揉みしだかれながら、表情を蕩けさせて后は智泉の問いに応える。
「では、后よ、そなたの女陰(ほと)は誰の物だ?」
「ああ……、もちろん智泉様の物でございます」
 后の表情に羞恥はなく、完全に淫蕩なものになっている。
「では、その証を皆の者に見せてやれ」
「はい……」
 すると后は、自ら衣装を脱ぎ捨て、智泉に抱き寄り、片手でそそり立つ智泉の肉棒を、押し頂くように握ると……。
「んん!はあああぁ!」
 自分から智泉の肉棒を招き入れる。
「あああ!はう!はあっ!ああん!」
 そのまま、自ら激しく腰を動かす。早くも、クチュ、クチュ、と淫靡な音が響く。
「ああ、后よ、やはりそなたの女陰は良いな」
「はああん!わたくし!わたくしもっ!あああああ!」
 盛んに腰を振り、喘ぎ声をあげる后。
「おお……なんということじゃ……」 
「実にあさましいことよ」
「ああ……后…后よ…」
 淫らに乱れる后の姿を見て、帝をはじめ百官の者は呆然とし、ただただ嘆息するばかりであった。
「はあああぁ!ああ!はぁ!ち、智泉様っ!」
 后は、智泉の首に腕を巻き付け、貪るように腰を振り続ける。
「んん!后よ!そろそろ我が精を受けるが良い!」
「あ!お願いいたします!はぁ!は!はうん!はあああっ!ああああああああぁっ!」
 智泉に抱きつく后の腕に力が入り、身体をビクンと震わせて絶叫する。
「ああああぁぁぁ……はぁ、はぁ……ああ、智泉様……」
 愛おしそうに、智泉に抱きついたままの后の身体を、軽く撫でながら、智泉は舐るように周りを見回す。
「さて、これで后が我の物であることがわかったであろう。では、そろそろ退場して頂くとするか。それとも、いつぞやのように血の雨を降らせたいかな?」
 
 帝をはじめとして、皆の者は、項垂れてそこから立ち去る他になかった。

 意識を失ったままの陰陽頭・滋岳川人が息を引き取ったのは、それから七日後のことであった。

 
 


 

 

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