TEST


 

 



**********BLACK X’mas  Before PartyVol.2**********




【メディカルサイエンスセンター 正面玄関ロータリー】




「心配いらない。命に別状はないそうだ。意識が戻った時点で事情聴取は受けるけどね」
 石原は携帯を片手に咥えタバコに火をつけ息を大きく吸った。
 病院の正面玄関のロータリーにあるベンチにどっかと腰掛ける。
 にゃんにゃんハウスの騒動で偶然助けた深田茶羅は奈津美の懇願通り石原と加藤の手でメディカルサイエンスセンターへ送られた。
 電話の相手は茶羅の身を案じながら署へ戻るタクシーの車中にいる奈津美だ。

「そう。まずはひと安心ね」
 タクシーの車窓から現場へ急行するパトカーを眺めながら奈津美は呟く。
 車内のラジオからは各地で発生しているパニックに警察はおろか報道までもが浮き足立っているようだった。
 上ずった声のアナウンサーは同時多発のパニックににゃんにゃんハウスを新たに加える報道を始めた。

「そうでもないよ。事情聴取は特公(警備局特殊公安課)が仕切るんだもの。我われ特務局の者でさえ病室へ近づくことも許されない」

 石原の鼻息が携帯から漏れる。奈津美は顔をしかめた。
「・・・・・特公・・が。それもそうよね」
 奈津美は言葉を失う。考えられないことではなかった。


「そりゃそうさ。最近の不可思議な事件、今日各地での同時多発パニック。その渦中の現場に所轄署員が女子校生姿で自爆可能なショック弾を胸につけて倒れてたんだから」

 石原は興奮してタバコをすぐに投げ捨てた。
 若い看護士に見咎められて気まずく頭を下げ、タバコを拾い上げる。
「でも、安心だわ。それなら茶羅を祐実が消しにかかることもない」
「伊部ちゃん、本当に祐実チーフを疑ってるの?」
 石原の声は失望感にトーンダウンする。

「外れてくれればとは思うけど茶羅の薬物検査はするはずだし、ショック弾の出元がわかればそれも手がかりになる」
 奈津美は口には出さないが恐らく茶羅は自由意志を祐実に奪われて人間爆弾と化してあの場にいたと思っている。
「まさか、伊部ちゃんの言うような、人を自由に操る薬があるもんか。ましてやそれを祐実さんが飲ませたって言う証拠もないでしょ」
 石原は奈津美の疑う祐実の暴走説には否定的だ。
「彼女は以前、涼子を人気のないジムプールで襲った(2nd−day)ことがある。それに折にふれ抗薬SE300を皆に勧めていたの(4th−day Vol.2)」

「SE300?聞いたことない。麻薬捜査の抗薬SD100(4th−day Vol.2)でしょ?」
 石原にはSE300の聞き覚えはなかった。
「調べてくれる?特務局ならあらゆる情報が集約されたデータベースがあると聞いたわ。試薬も含めて全部。もし該当するような薬がなければSE300は・・・・」
 奈津美の言葉が止まる。

「チョト・マテ・クダサーイ。伊部ちゃん、それじゃあまりにも話が現実離れしすぎだよ」
 石原が苦笑する。
 石原の思うところは十分奈津美にも伝わる。
 そんな薬があるわけがないのだと。
 でも奈津美に言わせれば存在しないからこそ、祐実は皆を騙して何かの薬物を飲ませようとしたに違いないのだ。

 石原に正直に話して応援を請うべきだろうか、奈津美は悩んでいた。
 数時間前、奈那は泣きながら奈津美に訴えた。

 奈那の搾り出すような声が奈津美の胸の中に響いている。
『・・抵抗できませんでした。祐実に、祐実に・・・・薬で、操られていたんです(5th−day Vol.3)』


「信じる、信じないはあなたの勝手だけど現実の話よ。江梨子だって、きっと・・・・」
 脳裏によぎるのは救急車で搬送されていたときの息も絶え絶えの江梨子(1st−day)、奈津美はそれを思い出して声を詰まらせた。

「江梨子って、殉職した長峰さんのこと?」
 石原も殉職した彼女のことは聞いていた。
「江梨子だって操られていたんだ、きっと。祐実の盛った悪魔の薬にっ!」
「いいかい伊部ちゃん。話を飛躍させるのはいいけど、俺も含めて他を納得させるには証拠があってのモンだぜぃ」

 石原が奈津美のしわがれ声にいたたまれなくなっておどけて言った。
「証拠はっ・・・・・証拠はあった。あったのにっ!」
 そう、証拠はあったのだと奈津美は唇を噛みしめた。
 つい数日前に筒見京香(メディカルサイエンスセンター医師)が持っていた江梨子の死の間際に採取された麻薬物質を含んだ血液の成分表。

 そして祐実に操られ、死すら恐れずに命令どおりに祐実の盾となりチームオペレーションを無視して銃撃の中に突っ込んだ江梨子と祐実の通信記録(2nd−day)。

 いま思えば自分が持っておくべきだったと奈津美は悔やんだ。
 その後、訪れた奈津美に京香はそんな話も、そんなモノも存在しないとあっさりと否定してしまった(4th−day Vol.2)。
 
有給をとっての急な旅行といえば聞こえはいいが、彼女もまたあの薬の犠牲者となり祐実の駒に成り果てたのだと奈津美は思った。
 
 ただ気にかかるのは那智瞳の妹と名乗り京香のそばにいた少女があの陣内瑠璃子ではなかったのかということだった。
 
 京香は陣内瑠璃子ともPTSDの問診で関わっていた。陣内瑠璃子に何らかの影響を受けていることも考えられた。


「あったって・・過去形?今はもうその証拠もないのかい」
 石原は素っ頓狂な上ずった声を出した。
「ある、あるわ。他にも薬で操られていたと証言する人間がチームの中にいる。そのコの血液検査なら信じてくれる?」

 ぎりぎりのところだった。
 今はまだ奈那の名を出すわけにはいかない。
 石原が祐実と通じていない確証がない以上、今すべてを話して助けを請うことは、やはり憚られた。
「証拠があるんなら見せてもらえば信じるよ。でも本当かいな、そんな人を操る薬なんて・・」
 石原は信じられずにいた。
「そう、私もそんな薬があるとは信じられなかった。でも、今日、それはあの店で真実味を帯びたの」
 奈津美は言葉に力が入る。
「店?、あの裏店でその薬が使われているとか疑ってんの?闇取引のヤクかい。チーム1(薬物犯罪担当)に聞く?」
 石原は呆れた口調だ。

「違うのよ。あの店からではないわ。私は彼女に会ったからそれを思い出したの」
「彼女って・・・・・・あーっ!ま、まさか、鷹野って言ったら・・・」
 石原の声が一段と携帯から大きく奈津美の耳をうつ。
 石原の脳裏にさっきのパニックの群衆の中で奈津美が引きとめようと必死だった人間、元チームメートの鷹野美夜子の顔を必死に思い出そうとした。

「思い当たった?ご推察のとおりよ。ID(ICE−DOLL)の存在よね」
「あ、あ、『ICE−DOLL!(1st−day)』あれがまだ出回ってるって言うの」
 石原の動揺が伝わる。
 強制自白剤試薬ICE−DOLLの薬効は尾ひれはひれがついて警察関係者の中でも自白剤以上の恐ろしい薬効があったと噂され続けていた。

 鷹野美夜子はそのIDを人質の身柄確保のためとはいえ、誘拐犯に自白剤として無許可のまま独断で使用した。
 そのことでチームを追われるどころか警察組織からも懲戒免職処分を受けてる(1st−day)。

「調べてくれる?」
 奈津美の声は切実だった。
「了解。ギブアンドテイクね。特務局の情報は特公にはかなわないけどね、調べるよ。見返りは?」
「我われレディスワットは殉職者も含めて墓の所在まで隊員経験者の現況情報の把握には努めているわ。例えそれが退職者や懲戒者であってもね、私は鷹野美夜子の現在をすぐに調べさせる。」
 特務局でも鷹野美夜子を今後この事件のキーパーソンと位置づけてくるに違いないと奈津美は読んだ。
「ご立派。でもね・・・・」
 石原は2本目のタバコに火をつけて言葉を続ける。
「あの現場にいた人間が間違いなく鷹野美夜子だったかどうかは、もうすでに伊部ちゃんの記憶だけでしかないんだよ。言い張ったところで立証するものはない」

 石原は冷静に分析した。
 あの群衆の中、半ばパニックの状態で鷹野に似たような人間を記憶も不確かなまま奈津美が見誤ってはいないだろうか。

「間違えるモンですか。あれは間違いなく鷹野美夜子本人に間違いない」
 奈津美は語気を強めた。
「俺達の記憶はアテにしないでよ。あとで過去の写真を見せられたって正確に覚えちゃいないからね」
 石原は奈津美が次に言葉にしそうな内容を思い描いて先にその言葉を制した。

「エンジェルって、また会おうエンジェル・・・って、彼女はそういったの」
 少し間をおいて奈津美はつぶやいた。

「エンジェル?なんだい、そのエンジェルって、それが鷹野とどう関係があるっていうの」
 石原には奈津美の言わんとしていることが理解できなかった。
「エンジェルは作戦符牒(コードネーム)の一つなの。作戦時、誰が誰だか敵に悟らせないため各チームが使用する」

「ふ〜ん、作戦符牒(コードネーム)ねぇ。で、エンジェルっていうのは?」
「エンジェルはチーム6のチーフだけが使うコード。彼女はそれを私に向かって言った」
 それが自分の確信にたる全てだと言わんばかりに奈津美の言葉に力がこもる。

「つまり、あそこにいた人間が元レディースワットの鷹野であることを疑うに足りる要素になるってことね」
 石原は相槌を打って自らの考えをめぐらす。
「彼女はレディスワットの内情を知っている。不承認薬ICE−DOLLを使った人間。作戦符牒(コードネーム)も在籍当時の仲間のものなら全て覚えているはず・・」

 彼女は言いながら唇を噛み締める。鷹野美夜子をあの場面で確保できなかった後悔。
「彼女がそれらの要素を持って今回の一連の事件に関係があると・・?」
「そう。私のことを、伊部奈津美のことをまだチーム6のチーフだと思ってるってことも含めてね」
「なるほど、了解。彼女が鷹野本人であり、伊部ちゃんと面識があり、レディースワットの存在を知ってる根拠がその言葉に凝縮されてるって言いたいのね」

「うん・・」
 奈津美は素直に頷いた。
「今は伊部ちゃんの推測信じましょうかね。じゃあ、また連絡するよ」
 石原は電話を切った。



 車寄せ横のベンチにどっかと腰を下ろした。
 加藤が先に座ってモバイルパソコンを叩いている。
「もう調べ終えてますよ、薬のコト。ありきたりな情報しかないっす。所轄レベルの公開域ではすべて焼却処分された・・とだけ」

「もう少しサービスしてやれよ。向こうは鷹野美夜子の現在情報があるんだぞ。我われには拾いきれない情報だ。下手をすれば今起こってるパニックも、今夜のパーティにも関わりあるかもしれない」
 石原は天に向かってタバコの煙を噴き上げる。
「じゃあ、特務局情報レベル1で彼女に提供、でいいっすね?局外への情報開示は服務規程違反ですけど。ちなみにSE300については該当なし」
 加藤は念を押す。
「ちょっと色つけてレベル上位の内容入れときな。ゴマすっとこうね。とりあえず査問会に呼び出されない程度で」

「レベル1なら焼却処分を免れた少量のタブレットが科捜研の特殊研究班に送られたとこまで。レベル2なら、そのICE−DOLLを基に自白剤新薬の開発計画が継続したこと。レベル3なら・・・・」

 加藤のパソコンの画面を追う目が止まった。
「どったの?加藤チャン」
「し、新薬は・・・新薬は自白剤の効能以上に被暗示性を異常なまでに高める効果をもつことが判明・・・・」
「教えろ。レベル4は?その薬は今どうなってる」
 石原の語気が荒くなる。

「試薬は・・・試薬は開発に携わった研究員の死亡と時期を同じくして不明。現在も研究所で捜索中・・・」

「・・・・・情報の提供元は?」
「研究所内の内部告発です。恐らくは特公もこの情報をもっています。告発者は担当セクト研究者数名。情報の信頼度は高いです」

「マジ?も、もしその薬が長峰江梨子や深田茶羅の異常行動に関係してるとしたら・・・・」
 石原の思考はすでに新薬の存在を肯定し始めていた。
「どうします?伊部さんに送る情報レベルは・・。内容によっては、バレたら俺らも査問会モンです」
「ぐぅぅぅ。いいのか、研究所はこんな大事なこと公表もせず解決してなくて」
 石原は即答できなかった。


 そのとき石原の隣に腰を下ろしたのは稲垣(初出2nd−day:メディカルサイエンスセンター内科医)だった。

「なに大の大人が2人でうなってんの。特務局ってのはヒマなんだな」
 稲垣には薬の話は聞かれなかったようだった。
「ありゃ?稲垣ちゃんじゃない。どったの?そのほっぺのミミズ腫れに引掻き傷。彼女にやられた?痴話げんかかな」

 頬に鮮明についた3本の長い引掻き傷を覗き込んで石原が平静を装って言った。
 加藤との会話が聞かれていい内容であるわけがない。
(しまった。まさか・・きかれてないよな、コイツに・・)
 うかつにも稲垣の接近にさえ気づかないほど興奮していた自分に石原は苛立った。

「ケンカ?それともベットインで激しく?クフフフ」
 そう言いながら石原はおどけた。
「実は治療のため隔離していたスワットの飛鳥井園美に今しがた暴れられた上、逃亡された・・・そのひっかきキズさ」

「ぶーっっ!」
 石原は吸っていたタバコを驚きのあまり吹上げた。
「まいったね、オレの方こそ懲罰委員会モンだよ。査問会とどっちがコワイ?」
 加藤に向かって稲垣は苦笑して肺に深く取り込んだタバコの煙を一気に吐き出した。
(ちっ、聞いてやがったかコイツ)石原は苦虫を潰す。

「あ、あの・・」
 加藤が引きつった顔を稲垣と石原に向ける。
「なんだいっ!まだなんか出てくるってのか?」
「ウチのデータベース上の鷹野美夜子の検索なんですけど・・・・」
 画面を指差しながら加藤の引きつったニヤけ顔ともったいぶった言葉に石原がじれる。
「どうせ辞めた人間の情報ってのは退職時の古すぎる情報しかないっての!だろっ?もったいぶんなよ!」

「ち、違いますよ。情報遮断っス。特務局でも警視以上の職階ID入れないと見れないようにプロテクトがかかってます」

「ゲゲゲゲ、なんかあるぞそれ!ウチでも上は鷹野についてワケありな何かを掴んでやがるな・・・」
 石原が渋い表情でつぶやいた。

「なんなんだよ、どこもかしこも狂ってる。パニックだね」
 稲垣はカラカラと他人事のように笑った。
「どこもかしこもって・・・・まさか」
 石原は隣でタバコをくゆらす稲垣に目を向ける。

「飛鳥井園美がいくらスワットだって言ったって拘束具で雁字搦めにされて独居房並みの隔離病室で逃亡はないっしょ」

「他にもなんか要素があったわけ?」
 石原が稲垣の顔を覗き込む。
「看護士の1人が飛鳥井の病室に乱入、止めに入った職員をことごとくなぎ倒して隔離格子の鍵を奪い、拘束具を外して飛鳥井の逃亡幇助」

「ま、まさか。男の看護士?」
「女も女、しかも20代のちょっと院内ルールにはうるさいけれど可愛いナースの陽子ちゃん。ほらこれ写真」

「なんでまた、こんなかわいいコが・・・」
 写真の中で微笑む彼女におよそ逃亡幇助などとは縁遠い印象しか受けない。

「しかも取り押さえられた陽子ちゃんにはたった今起きたばかりの逃亡幇助の記憶がない。数日前、院内の廊下で全裸のオナニーショーまでしでかしてる(2nd−day)のにこれまた記憶がない」

「なんか、やばくない?それ・・・」
 石原は眉をしかめて言った。
「だよね、ぜーんぶつながってそうな気がするよね。なにかが確実に起きつつある。知ってるんでしょ、教えてよ、そっちの情報」
 稲垣は指で石原のネクタイを突っついた。

「さ、さぁ・・・て」
 石原がはぐらかすように目を逸らす。
「お互いに助け合おうよ。俺達は今日中に飛鳥井園美の身柄を確保しなきゃいけないんだ」
 稲垣は真剣な眼差しで石原に顔を突きつけた。


「あのぅ・・・・」
 申し訳なさそうに加藤が2人の会話に割って入る。
「なんだよ、他にも何か情報があるってのか」
 石原は苛立ちを隠さない。

「気になったことが・・・」
 加藤のもったいぶった口調に石原は早く言えと促した。
「さっきの話、先日の別件と共通点があることに気づいたんですが・・・・」
「どんな共通点があったって!?」
 石原は加藤の言葉にぐっと唾を飲み込んだ。

「先日の加納美香の精神分析の面接( 3rd−day )時の逃亡劇で・・・・」
 加藤が言い終わらぬうちに石原が口を挟む。
「あぁ、加納美香にも今回の飛鳥井同様逃げられたっていう共通点か?」
「いえ、あの時、加納美香にはもう一つ五十嵐晴香とBLACKBOXとかいう別人格が埋め込まれていましたよね」
「あん?ああ、報告書では加納美香の肉体で組織の命令を遂行する五十嵐晴香という人格と、組織の機密が漏れるのを阻止するセーフティーロックがBLACKBOXだとかほざいたとある」

 石原はつい先日出されたばかりの報告書を思い出していた。

「加納に寄生した別人格・五十嵐晴香とBLACKBOXを埋め込んだのが組織の一員『ナイトホーク』であるとBLACKBOX自身が飛鳥井に語った、とあります」
 加藤は石原の確認をとるように一言ずつ言葉をつないでいく。

「うん。油断した彼女はBLACKBOXになった加納に人質として部屋から廊下まで羽交い絞めにされて引きずり出されたんだよな」
 石原はその話を伊部奈津美からも聞いていた。
 BLACKBOXに取って代わられた加納美香の肉体は祐実が銃で足を打ち抜いても走って逃亡し車を駆って新宿付近で足取りが途絶えていた(3rd−Day)。

「そうです。人質として盾にされた飛鳥井さんを解放するときにBLACKBOXが言った言葉が報告書に残ってます」
「なんて言ったんだ?そのBLACKBOXとかいうのは?」
 加藤の話に稲垣の方が身を乗り出して話の先をせっついた。
「石原さん、その時の言葉、報告書の終わりの方にあったの覚えていませんか」
「え、えーっと、な、なんだったっけ?」
「『エレン』、パーティーで会おう・・・です。そしてエレンというのは・・・」
「あーっ!飛鳥井園美の作戦符牒(コードネーム)かっ!それもとうの昔に使い捨てた古い作戦符牒(コードネーム)って言ってたな!」

 加藤がうなずく。石原は意外な共通点に気づかされて低くうめいた。
 奈津美がさっき電話で話したケースとまったくといっていいほど類似している。
 ということは数時間前のパニックの中での奈津美に話しかけた人間とBLACKBOX逃亡劇の共通性が洗い出される。

「このときも署内の情報漏えい者の存在と「仔猫」というスパイの存在を疑う報告が書かれてました」
「・・・・・・・・今現在の作戦符牒(コードネーム)を知らずに自分の知る過去の作戦符牒(コードネーム)で相手を呼べる者・・か」
 石原は表情を強張らせた。


「まだ決定的とも思えるのがあります。石原さん、『ナイトホーク』を直訳すると何になります?」
「ん?ナイトホーク・・・夜と鷲、いや鷹か?夜鷹か、ふざけた名だね」
 石原は聞いたままをストレートに訳した。
 その言葉を引き出して加藤は苦虫を潰したような渋い表情で最後の言葉をつぶやく。
「伊部ちゃんは気づいたんですよ。それで情報をくれと強く言ってるんです。そして俺達は深田巡査の救護やあのパニック現場からの脱出より最優先してあそこで伊部ちゃんをフォローしなくちゃいけなかったんです」

「伊部ちゃんのフォローって・・・・・あああああああーっ!」
 石原の頭の中で別々の事件が一つにつながる。
「ま、ま、まさかナイトホークって・・・・」
「です。石原さん、加納美香を操って、今また俺達のすぐ近くでパニックを起こしたのも恐らくは・・・・」
 加藤は全てを言わなかった。言わなくても次に石原が口にすることが容易に想像できた。
「・・ナイト・ホーク・・・『鷹』野美『夜』子か」
 こじ付けだと一笑に付して気にも留めないでおくことはできる。
 だが石原はそれ以上何も言えなかった。

「しかも鷹野美夜子に関する情報が局内でも職階上位のIDでプロテクトされてるってことは・・・」
「すでに俺達ペーペーより上は何かを知ってやがるな」
 石原も加藤も渋い表情で唇を噛んだ。
 彼の脳裏に奈津美の言葉がよぎる。
(彼女はレディスワットの内情を知っている。不承認薬ICE−DOLLを使った人間。作戦符牒(コードネーム)も在籍当時の仲間のものなら全て覚えているはず・・)


「加藤、もう一回現場に戻って手がかりを探してくれないか。もう鑑識も入ってるはずだから」
 石原は立ち上がって腕時計に目をやった。
「石原さんは?」
「俺は心当たりを当たる。車はお前が使っていいよ」
 加藤は頷いて車へとむかう。
 稲垣が無言のまま石原を見ている。
「わかってる、飛鳥井さんもついでに探すよ」
「おおきに」
 石原の言葉に稲垣は初めて微笑んだ。





【新宿 会員制BAR エリオット本店となり 会員制喫茶SEA-BOSE】



「いらっしゃいませ、ご主人様。IDカードをご提示くださいませ」
 ゴシロリ調のメイド服に身を包んだ女子校生ほどの少女が、丁寧な挨拶の後、微笑みながら男の前に手のひらを見せるように両手を並べて差し出した。
 胸元に銀細工の「779」をかたどった数字のペンダントが光る。

「なんだ、入り口で蝶野みたいな黒服に見せたばかりだぞ。またか」

「申し訳ありません」
 少女は男から表裏真っ黒で何の柄も文字もないカードを受け取った。
「そこの壁にお立ち頂き、壁のアイリスチェックスコープに目をお当てください。また、スコープ右壁のスクリーン部分に右手の平をお当てください」

 少女はそう言いながら、ハンディリーダーにカードをひと通しする。
 ピッと電子音を鳴らしてカードが読み込まれた。
 同時にスコープと手のひらを置いたスクリーン部分がスキャニングされる。
 カウンターに置かれたプロンプター状の透明なボードに人物の写真と詳細なデータが表示される。
 店と外界とをつなぐ小さなブースにいる少女は、与えられた人物チェックの命令を的確にこなしていた。
 プロンプター状の透明なスクリーンが緑色に明滅した。
「宗像十郎さま、ようこそ『セルコン』へ。ただいま、宗像様の指紋・静脈・声紋・網膜のチェックが終了し、正規会員様として照合が完了いたしました。お席の方へご案内申し上げます。しかる後、お車の手配が整いましたら、本会場へお送りいたします」

「いつも思うが慎重すぎるくらい慎重だ、辟易する。不愉快だとさえ思うぞ」
「ごもっともですが、組織上のルールでございます。我々、商品はいくらでも代わりを調達できますが、会員様とテクニカルスタッフには十分安全なご配慮をと考えております。夜会自体があくまで非合法であることを十分ご認識ください」

「わかってるよ」
 宗像と呼ばれた男も商品として自我をなくし人形に堕とされた少女に何を言っても無駄だと思い直した。

「No.779、君が私のドールかね。トリプルナンバーグレードの、しかも使いっ走りの700番台がエスコートか?ん」
 不機嫌な顔を隠しもせずに怒りすらあらわにして少女の肩を鷲づかみして引き寄せる。
 フリルスカートの中に思い切り手を突っ込んでパンティの上から彼女のヒップを掴んだ。
「ひゃ、ひゃんっ!」
 彼女は目を潤ませて無言のまま宗像に目で訴える。

「私ほどの、金づるの上得意な客の接待に、こんな小便くさいガキをあてがうのか」
 宗像は不機嫌そうにメイド服の上から少女のふくらみを掴んで揉み始めた。

「あっ・・・きゃふん・・い、いいえ。クラスAであられますご主人様にはエスコートが参ります。あん・・・・ああ・・」
 快感なのか、痛みなのか、No.779と呼ばれた少女は、宗像の横暴な振る舞いに喘ぎ声をあげるが、抵抗を一切せずに受け入れていた。
「フフン、そうか、そうだろう。巨額の金を落してやってるんだ、剣呑に扱われては困る。せめて2桁グレードの人形にしてほしいものだ」
「あふん・・・・はあぁぁ・・・・資料を、今夜のオークションの・・・・プログラムを・・・・・・」
 山と積まれた写真集のようなグラビアカタログを渡さねばとNo.779は震える手を伸ばした。

「No.779 いいわよ。ご主人様には私があとのご案内をして差し上げます」
 奥から黒いボディーストッキングの女が現れた。

 乳首はおろか乳輪の輪郭、下の毛の生え具合まで透けて見えていた。
 部分部分がデザイン的に編みタイツ地で彼女の肌の白さを浮き立たせている。
「フフン、私の趣味をわかっているじゃないか。なかなかいい、目の保養だぞ」
 メッシュ上の生地から全裸の素晴らしいプロポーションが浮き彫りになっている。
「お褒めいただき、ありがとうございます。宗像十郎ご主人様、本日の会場出発までのお時間をお仕えさせていただきます、ドールの1人サトと申します」
 そういって宗像の前まで歩み寄るとひざまづいて靴のつま先にキスをした。

「私が資料をお持ちしますので、ご主人様、ラウンジの方へどうぞ。お飲み物のご用意をさせていただきます」
「ん、悪くない、悪くないぞ。なかなかのもんだ、凛々しさの上、鍛えられていいカラダつきをしている。素材はなんだ、どこかのスポーツ選手か、お前は」

「警察官ですわ。宗像先生」
 奥から声をかけて現れたのは『FOREST』・『エリオット』にいた、あのママだった。
「おぉ、ママ、ママじゃないか。わしは今日を待ち焦がれて仕方なかったぞ」
 宗像の顔がママを見てほころんだ。

「どうぞ、今日のこのコも十分ご吟味ください。今日のオークションでニューフェースとして出るコの1人なんですから」
 サトの顎を無造作に掴んで横を向かせるとチョーカーに光り輝く『Entry No5』と銀細工が施してあった。
 今回のオークションの出品であることは通いつめた宗像にはわかっていた。
「高値の争いになりそうだな。さだめし、『ダブル』クラス(2桁台グレード)か」
「ホホホ、宗像先生もかなり目が肥えていらっしゃる。サトはおそらく20’s(トゥエンティーズ:20番台)ランクです」

「ママの人選にはまったく恐れ入るよ、よくもまあこれだけの素材を仕入れるもんだ」
「お褒めに預かり光栄ですわ。先生には今日、ご審査の方もお願いしたいと思いましてご挨拶方々伺いましたの」
 ママはそう言ってしなやかに体を屈ませて礼をとった。
「審査?ほう、と、言うことはキンちゃんの仮装大賞のような『光る目盛り』がしばらくぶりに出てくるわけだ」
「ホホホ、『のような』ではありませんわ、先生。あれ本モノをお借りしてるんですのよ」

「ほぉ、そらぁ初耳だ。今回のパーティーには新手のブリーダーがTESTを受けに来るのだね」
「このサトも、その審査『対象』が堕とした1人なんですのよ」
「ほほ、じゃあ、よく堕としっぷりも吟味せんといかんの」
「ウフフ、すでに加賀様がテイスターとしてお試しになったのですが、無調整だったもので、あまりに激しすぎてお体にさわりました(2nd−day話内)」
「あっははははは、そうか!加賀のヤツ、急病で入院した(3rd−day1話内)と聞いたが、あの馬鹿、年甲斐もなくテイスティングの初物にあたったワケだ。ガハハハハ、これは愉快!」

「そんな、大声でお笑いになって。加賀様も今日、お越しになってます。滅法、このコが気に入ったそうですの。それで、是非、今回はこのコを手に入れて、なおかつ、次のご自分が目をかけている獲物も『TEST対象』のブリーダーに調教してもらうんだと大張り切りですわ」

「そうかぁ、あの毒舌の加賀がゾッコンとわな。こりゃ、こっちも気合を入れて審査せんとな」
「パーティーオークションの最後に、『対象』が課題をもって合否判定にくるよう伝えてありますの。楽しみにしていてくださいね」
「あぁ、それとオークションも楽しみなんだよ。今回は金も潤沢に用意させてもらっているからね、秘書の守屋が預けているはずだな」

「すでに確認いたしました。3千万、こちらがそのポイントカードです。後ほど会場の端末にお挿し込みください。サト!」
「はい、ママ」
 ママの声にサトは膝を折ってかしずくと胸に手を添えて奴隷のように畏まって控えた。

「宗像先生をラウンジにお連れして。粗相のないようにね、たっぷりと可愛がってもらいなさい」
「はい、ママ。ご主人様、ラウンジへご案内いたします」
 サトは「こちらへ・・」と体をそらせて手で宗像をいざなう。
「ん!だがその前に少しはスキンシップなサービスも欲しいもんだな」
 意気揚々と宗像はサトの全身タイツの透けた肢体を食い入るように見入った。
「お席に着きましたならゆっくりとご奉仕させていただきますが・・・・ご主人様のお言葉とあれば」

 そう言いながらサトは宗像の頭部を抱くようにして淫猥なディープキスをし始めた。
 体をくねらせ、スケスケのボディーストキングの胸と股間を宗像に摺り寄せた。
「まだご満足いただけませんか?」
 そう言ってサトは宗像の右手を自分の股間の濡れた温かい奥へとその指をなぞらせる。
「ふ、ふ〜ぅぅん、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ〜〜〜っ」
 サトはあえて宗像の耳元を舐める様に口を寄せてヨガリ声を上げた。
「はぁうん、ご主人様。さ、お席へご案内いたします」
「ククク、あぁ。行こう、行こうか!」
 促されるまま、宗像は下卑た含み笑いを浮かべラウンジへと導かれていった。
 サトと呼ばれた女は、あの失踪した所轄署員の西野聡子(1st−day・2nd−day・3rd−day1に登場)だった。

 2人がラウンジへと向かうのを見届けながらママはNo.779へと歩を進める。
「No.779」
「はい、ママ」
 ママの問いかけにNo.779は素直に返事をする。
「これで全員揃ったわね」
「はい。欠席はクラスCのカルロス宮里様・・・・」
「あぁ、グスタボね。あれはいいのよ。前回の出席より多い、みんな今夜の出品作品に期待してるのね」
「・・・・・・・・・・・・・」
「No.779、あなたの役目は終わりよ。はい、お駄賃。荷物を持ってお店から出てお行きなさい。店を出たら、今日ここでのことは全て忘れる」
 ママは彼女のバックに無造作に二つ折りにした札を突っ込み、暗示を施しながら「779」のチョーカーを外す。
「・・・・・はい、忘れます」
 抑揚のない声で彼女は復唱した。
「さ、お行き」
「・・・は・・い」
 フラフラと夢遊病者のようにNo.779と呼ばれた少女はママに背を向けて店を後にした。
「フフフ、ココに近づかないように・・・近づきたくもなくなるようにあなたには恥ずかしい思いをしてもらおうかしらね。あなたの心へ楔を打たせてもらうわ」
 不敵な笑みを浮かべて彼女の後姿を見送るママの携帯が鳴った。

 No.779と呼ばれていたゴシロリ少女が店を出て、小路を一歩踏み出すと、すぐに歌舞伎町の雑踏に飲み込まれた。
 呆然と立ち尽くしている彼女は雑踏の中ですぐに人とぶつかる。
 それが覚醒のきっかけだった。
「あれっ?」
 流れの中に立ち止まって周囲を見渡す少女。
「わたし・・・・・・あれぇ?わたし、今まで何してたんだっけ?」
 独り言をつぶやいてしばらくは呆然と立ち尽くしていたが、やがて雑踏の中に紛れる。
 先を急ぐ通行人にぶつかって彼女のカバンに下がった可愛い猫キャラの鈴がチリーンと鳴った。

 その時彼女の歩みかけた足が止まった。
「いけない。私、喉渇いてたんだっけ」
 そういうや否や、目に留まったカップルの男の胸倉を思いっきり掴んだ。
「な、何すんだ。放せ・・・うわあぁ」
「きゃ、きゃーっ」
 男に連れ添っていた女が悲鳴を上げる。
 まるで猛獣が襲い掛かるように少女は男を抱きかかえて倒れこむ。
 少女はあっという間に男にのしかかると自分の尻を男の顔に乗せ組みふすように男のズボンのチャックを開けてイチモツを咥えこんだ。

「頂戴、頂戴!ちょうだーい。喉が渇いたんだから!私、喉が渇いたんだから精液飲みたいの!」
 そう叫ぶと深々と男のモノをくわえ込んではアイスキャンディーのごとく貪欲に舐めあげ始めた。
「ひっ、ひぃぃーっ、な、なんだお前っ!」
「出して、出して、せぇーえき出してよう。私のおま○こに何してもいからぁーっ」
 いうやいなや少女は右手で男のモノをしっかり掴んだまま、左手でパンティーを剥ぎ取る。
 男の視界いっぱいに、周囲の人だかりからも彼女の局部が丸見えになる。
 異常な光景に人だかりが一瞬で3人を囲んだ。

「誰でもいいのよ!私に精液のっませてくれる人ぉー。私を好きにしてぇーっ。お兄ちゃんももっともっと固くしてよぉーっ、もっと勃たせてくれなきゃイヤっ」
 やがて近くの交番から警官が慌てて走りよってきた。

「一体何がどうなってるんだ。都内どこもかしこも奇行の事件ばかり・・・」
 警官は管内各所で起こる奇怪な事件に思わずその言葉を口にした。

 一方、店内。
 携帯の相手が瑠璃子からだと確認してママは呼び出しに応じた。
「もしもし・・・・あぁ、あなたね。さっきは無様だったわね。呆れちゃうわ、今までさんざんでかい態度とってたクセに。店内カメラで見てたのよ」

 ママがそう言うやいなや電話口から耳をつんざくばかりの反論がまくし立てられる。
 あまりの煩さにママは携帯を耳から遠ざけた。
「はいはい、それほど言うんだったら、今日しっかり結果を出してくることね。遅刻やドタキャンならあなたを殺すわよ」

 ママの「殺す」という言い回しには冗談など微塵も感じられない。
 携帯の向こうから再びまくし立てるような声が響く。
「課題の提出が今夜のパーティーの絶対条件、わかってる?冗談抜きで逃げたら失格よ、殺すわ。これはTESTなんだから」

 携帯の向こうからキャンキャンと怒鳴る声が漏れる。
「自分ひとりならすぐ来れるって何ヨ、それ。馬鹿じゃない?TESTは課題を持って会場入りし、バイヤーの方々に審査をしていただくのよ。提出時間も縛るなってわがままもイイとこだわ。そんな注文つけるコはたった今、ここで失格にしてあげる!馬鹿いってないで、園美を連れてくればいいのよ。恐らくはそれで十分合格圏内だわ」

 携帯の向こう側から漏れ聞こえる声は怒りを帯びているようだった。

「いいこと?あなたが素直にTESTに来なければ、あなたは推薦者である私の責任も問われることになるのよ。自由でいたい、死にたくないと思うのなら結果を出しなさい」

 ママはそれだけ言うと時間と場所を言い捨てて怒鳴り声の漏れる携帯を切った。
「まったく、瑠璃子とナイトホークとレディースワットとのニアミスなんて一歩間違ったらせっかくの舞台装置が台無し。今回だけは『犬』の下手糞な割り込み芝居で救われたのかもしれない・・・」
 ママは深い溜息を一つついた。




【 お台場 海浜公園 】


「ふざけんなよ、クソババぁ!」
 周囲を気にすることもなく瑠璃子は大声で携帯の相手であるママをなじった。
「まったく、なにがTESTだよ。好き勝手にいっちゃってサっ!」
 にゃんにゃんハウスで人の濁流に飲みこまれた瑠璃子はナイトホークたちともはぐれて公園までたどり着いていた。

 自分が琥南のコピーに篭絡されかけていたのをママがすでに知っていて一部始終を見られていたことに憤りを感じていた。

 まさか、自分が・・という思いは今も拭いきれない。
「あーっ何か腹立つなぁ、モォ!」
 しばらく東京湾を行きかう船を見ながら瑠璃子は急に肩で笑い始めた。

「ククク、アハハハハハ、課題の提出なんてのを私がしなければ、そうか、ママも責任を問われるってワケ?なら、決めた、ママにもひとあわ吹かせてやる。思い知ればいいんだ、クソババぁ!」

 瑠璃子はそう言って自分の考え出した答えに笑いを押し殺した。

「園美ちゃん?瑠璃子だよ、予定変更。あなたは来なくていい。その場で眠りなさい。いいこと、何があっても何をされてもあなたは今から24時間眠りから覚めない」
 ほくそ笑んで瑠璃子は携帯を閉じた。

 
 


 

 

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