|
21:30、晴海『Zton(ゼットン)』の周囲には動員された所轄捜査員と車両がビルや駐車場に隠れて配備されていた。 祐実の合図で一斉に周囲の道路を封鎖して『Zton(ゼットン)』そのものを完璧に一斉包囲する手はずが整っていた。 「ポートビル屋上班より報告。対象建物への車両・人の出入りがなくなって60分経過します。外部からの動きは一切確認できません」 「東都電力中継班より報告。対象建物の稼動消費電力が30分前から上がっています」 「本庁、電子鑑識班です。入場者の撮影画像のデジタル処理終了しました。まもなく伝送します。確認しただけで男性68名、女性29名、不明9名」 「車輌ナンバー確認。ほとんどが該当車のない偽造ナンバーと思われます」 各関係部署から続々と情報が届き始める。 「車両は倉庫型店舗の正面大型両開きゲートからすべて建物内部へ収納。すでに30台以上入っています」 「始まったようね・・・・・・・・・」 祐実が独り言のようにつぶやいた。 車内には涼子と小雪、奈津美がいた。 「路駐車両3号車。正面入口から黒服のガード2名のうち1名が中へ入りました。残り1名が依然入り口前に立っています」 「チーフ、入場者の画像処理と犯罪者ファイルとのマッチングリスト届きました」 小雪が本部から送られてきたリストをモニター越しに確認する。 「どう?」 「それがマッチングしたのは・・・その・・議員とか、会社役員とか贈収賄など微罪犯罪歴の持ち主4人だけです」 「ふふ、そう。あともう一方のファイルにもマッチングをかけてくれたはずよ、結果きてる?」 祐実は動じずに小雪に問いかける。 「・・・・政財学官紳士録とのマッチングですが・・・・」 「えぇ、どう?」 「大学教授、私大付属病院医局長、国会議員、大手IT代表取締役、ゼネコン副社長・・・・・・・・ヒット件数・・・・よ、47件・・・そ、そんな」 「思ったとおり、そういうことね。金と名誉を手に入れて、なお飽き足らない人の皮をかぶった魔物は、常識をはるかに超えた恐悦を味わえなければ欲望を満たされないケモノってわけよね」 祐実は自分の気持ちの高揚を抑えられずにいた。 大きなヤマになる、それを私が解決する。それがもたらす自分への賞賛を思わずにはいられない。 「まさか、そんな・・・・・・」 小雪は信じられないといった表情でリストを凝視する。 「フフ、今日の連中は今までの買春野郎とは毛並みが違うわ。最初で最後のビッグチャンス、一網打尽にしてやる。今までの中でも最高の功績になることは間違いない」 思わず祐実は思っていることを口にした。 「あなた・・・・まだそんなこと言ってるの?」 奈津美は呆れ顔だった。 祐実は奈津美の声を無視して続けた。 「女性を見なさい、画像から確認できる者はいない?CAT(美香)やTARGET(陣内瑠璃子)は?」 「システムによる映像照合進めています」 小雪と涼子が手分けして映像の解析結果に目を凝らす。 「病院から逃走した飛鳥井園美の捕捉の可能性もあるわ、しっかりしてよね!」 祐実は二人にきつく言い放つ。 飛鳥井園美の逃走は所轄すべてにすでに知れ渡っていた。 (フン、病院からの逃走なら責任は私には及ぶべくもない・・・) 祐実はそう考えていた。 涼子は車載パソコンで注意深く画像を注視する。 「あっ・・・・・西野巡査です。あと押収したDVD(2nd−day話内)にあったミサト・ヨシミの両名も確認できます。あとは・・・・ちょっと」 「なぜ?陣内瑠璃子は確認できないの?」 「・・・・できません。コートや帽子や人影にさえぎられたこの不明者の中ではないでしょうか。画像から判断しても女性だけは厳重にガードが入ってます」 祐実はヘッドセットのマイクを口元に寄せる。 「みんな、聞いたわね。あの中には200人近い人間がいる。私たちが追っていた組織売春の恐らく原因ともなるオークションが行なわれている。どんな罠が仕掛けてあるかもわからない。常にペア行動をするのよ、危険を察知したら迷わず武器を使いなさい」 そう言うと祐実は全員の復唱を確認した。 「さ・・・てと。包囲の号令といきますか」 所轄への合図をする無線マイクを掴みあげた。 無線マイクを口元に近づけたそのときだった。 「こちら築地署の晴海コンテナ事務所班佐藤です!通行人1人、まっすぐにポイントに向かって歩いています。職質かけますか?」 「待ちなさい。特徴を!男?女?」 「少女です。恐らく高校生・・・・制服姿の少女が1人で歩いています」 「JANE(樹里)よりANGEL(祐実)へ。こちらからの目視可能、TARGET(陣内瑠璃子)本人に間違いありません」 「馬鹿じゃない?人目もはばからずノコノコと歩いてくるなんて!」 祐実はいらついた。 (クっ!茶羅(5th−day Vol.1話内)のヤツ、瑠璃子の身柄確保に失敗したか) 祐実は唇を噛んだ。 彼女の元には茶羅のお台場での事件はまだ届いていなかった。 連絡は彼女の所轄のみにとどまっていたからだった。 「祐実、身柄を確保しよう。今回のキーを握る重要人物の1人なんだから、中に入ってしまう前に確保しましょう」 奈津美の声がヘッドセットから入る。 「監査官、黙っていてくれませんか。指揮権は私にあるんですから」 「そんなこと言ってる場合じゃない・・・・・・・・・・・・・」 「うるさいなぁ!あなたは黙って見ていて頂戴!」 奈津美は唇を噛んだ。 「TARGETに職質・身柄の確保は無用よ。全員、現置のまま待機。TARGETの入場を待って行動を開始する。FREE(弘美)とYun(雪乃)小雪(KJ)は東側非常口の侵入路を確保。EYE(瞳)とNANCY(奈名)とMILK(麻衣子)は正面の見張りを倒して正面から、JANE(樹里)とHEART(美穂)は南側非常口、私たちは機材搬入口から突入する。わかったわね、あの建物の間取りは単純、そのかわり遮蔽物は極端に少ない。各自間取りを思い出して留意を!」 「了解」 自ら出す命令に部下が口々に復唱するのを祐実は快感にさえ思った。 すでに部下達は祐実の命令ひとつで死すら恐れぬ行動を躊躇なく遂行する人形なのだ。 (あなた達を全員踏み台にしてでも私は今回の事件を解決し、もっと上に行く!) 祐実は含み笑いを浮かべた。 「はぁぁぁっぁ、もぉぉぉ、がまんできなぁい。亜弓のココ、もぉぐちょぐちょォ〜」 ファッションショーのような舞台の中央にある丸舞台の上で全裸の若い女は妖しく体をくねらせて濡れそぼった性器を手でゆっくりと広げてヴァギナを丸見えにした。 羞恥心からの萎縮も演技でもない狂態で周りのテーブルを囲む男達に媚びた。 胸には銀製の『Entry No2』のペンダントがスポットライトに照らされ、胸元に浮かんだ汗とともに照り映えていた。 壁面には大型液晶がかけられ、舞台から遠く離れた客席からも「商品」がよく見えるようになっている。 バイヤーの男達は、お気に入りのドールを自分好みのいでたちで脇にはべらせ、テーブルの上に置かれた液晶に映し出された亜弓の肢体と舞台の彼女を値踏みしながら、手元のリモコン形状のテンキーで落札価格を入力していく。画面に表示されたインジケータの数値はあるときはゆっくりと、またあるときはまるでストップウォッチのように急速に跳ね上がった。 場内は、さながらカジノのように活気に満ちていて、非合法のオークションとは思えない雰囲気をかもし出していた。 『No.2 AYUMI エントリー終了まであと1分30秒です』 場内アナウンスとともに、勝負をかけたバイヤー達の手で価格がどんどん競りあがっていった。 「うーん、迷うがなぁ・・・・・・」 加賀源内はテーブルの液晶に表示された亜弓のプロフィールを見ながら競りの金額を入れかねていた。 ドールに運ばせたサンドイッチとワインを口に頬張りながら液晶を注視する。 「迷った時には惜しまず手にお入れくださいませ。素材は2人と同じものはございませんことよ」 加賀の背後から優しい声がした。 「おお、おおお!ママか、今日の忘年会大いに結構!さすが、ママが主催する時は素材も場所もサービスも1ランクも2ランクも違うな」 「お褒めいただいて光栄ですわ、でも加賀様、せめてパーティーと、クリスマスパーティーとお呼びください。それより、1分、切りましたわ」 残り1分を知らせるベルが鳴る。 ベルは「商品」をより淫らにさせるキーワードにもなっていた。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁ、うずくのぉ、亜弓のお○コ熱いのぉ!いれてぇ、だれか私を・・・亜弓の・・・あぁぁぁぁぁぁぁ、が、我慢できな〜い」 亜弓はしゃがみこむと足を大きく広げると自らの指で肉弁を刺激し始めた。 「だめなのおぉーっ!こんなの、自分の指でなんか我慢できない!入れて、だれか、だれか亜弓にいれてくださあい!」 迷っていた客や獲得を狙った客が金額を指し始めると競り値は一気に上昇していく。 「いかがです、AYUMIは?激しいタイプはお嫌いですか」 「いやいや、そんなことはない。激しいタイプならホラ、さっき落したお目当てがいるからな」 加賀の流し目の先に黒服のホストに連れられた西野聡子が近づいていた。 「ママ、よろしいですか」 「いいわよ」 黒服は丁重な挨拶のあと、加賀の前に聡子を立たせた。 「加賀様、落札ありがとうございます。調整もすみましたのでSATOをお引渡しいたします」 「うん」 加賀は上から下へ、下から上へとSATOの肢体を舐めるように鑑賞した。 「SATO、おまえのご主人様だ」 焦点の定まらない夢遊病者のような聡子が黒服のその言葉に一瞬電気に触れたようにピクンと体を震わせる。 次の瞬間、瞬く間に意思のある眼差しになってSATOはその場にひざまづいた。 両腕を胸の前で十字に交差させ手で肩を押さえる、従属の誓いと言われるポーズだ。 「ご主人様、SATOと申します。SATOはご主人様のお言いつけあれば、どのようなことでも喜んで従わせていただきます。従順な聖なる奴隷、聖隷としてどうかSATOをご寵愛ください」 そういうとSATOは加賀の靴の先にキスをした。 「こっちに来い、ここへ座るんだ」 「はい。かしこまりました」 SATOは立ち上がると加賀の脇にしなだれかかるようにして座った。 「30秒前!」 場内アナウンスの声が響く。 「いやぁぁぁぁぁぁあl、いっくぅぅぅぅぅぅぅうぅぅ」 場内アナウンスのキーワードに反応して亜弓は潮吹きをして白眼をむいて全身を痙攣させ始めた。 「みなさま、最後の亜弓の姿をじっくりとご覧ください。間もなくタイムオークション、ラストとなります」 「加賀様、よろしいんですか?」 「うん、とりあえず今夜はこのSATOを手に入れられればな」 「まあ。いつもとは別人のようですわね、ブーイングがでるほど買い漁っていかれる加賀様が」 ママは含み笑いを浮かべる。 「ふ、そうか?」 「なにか魂胆がおありのようですわね」 「今夜のお目当ては・・・・もう1人いるんだ」 「まぁ!おかしいですわ、HPにアップしたコ達はすでに一通り内覧が終わりましたよ。今日はあのAYUMIでラストですのに」 オークションが佳境に入り照明が激しく明滅していくのをママは確認する。 「ふ、ママ、あるんだろう?これからエキジビションが!新しい使い手の採用を決める選考テスト、いつもながらゾクゾクするぞぃ」 加賀源内はそういってショットグラスを一気にあおった。 「まぁ、まさかTESTの課題作品をお手にとろうとでも?」 「偶然、入院中にその課題作品とやらを見つけてね」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 加賀の言葉にママの表情が変わる。 「どうしたママ?表情が暗いぞ」 「約束の時間に皆様のご判定を受けるべき『者』が来ていないのです。申し訳ありませんが、今日のエキジビションはいつもどおりドール達のエクスタシーダンスで差し替えられるようただ今手配しておりますの」 「何だって!わたしは・・わたしはそれを楽しみに来たといっても過言ではないぞ!」 「申し訳ございません。前代未聞のことです。パーティー終了後、『逃亡者』には粛清のためハンターを差し向けるべく準備が済んでおります。作品は届いているのですが・・」 ママはそういって加賀に一礼するとその場を去ろうとする。 「・・・なんだ。だったらその作品だけでも皆に見せたらどうかね」 「それが・・・・・・」 ママの表情はさらに曇った。 「それが・・どうした?課題作品の堕とし具合も判定のうちだろ、見事調教できているかどうかくらい構わんだろう」 「いいえ、課題すらまともにクリアしていないのです」 「何だって?」 真っ黒なレザースーツの屈強な男は目の前にいる制服姿の女子校生を睨みつけた。 「帰れ、ここは許可された者しか入れん。今日は貸切だ。お前のような子どもの来るところではない」 「入れてよ、お兄さん。わたし関係者だモン!陣内瑠璃子よ」 「・・・・・・・・・」 男は見下したような目でその女子校生を睨みつけた。 「おぉ!コワ!」 「関係者だというんならパスカードを見せろ、それともcyンダントを」 「パスかーどぉ?ペンダントぉ?聞いてないよ、そんなのあるなんて。いいから中に入れてよ、遅刻してんだから怒られちゃうよぉ」 瑠璃子は子供が駄々をこねるように地団駄を踏んだ。 「証明ができないなら入れるわけにはいかない。侵入するつもりなら不審者として排除する」 男は無表情のまま言い放つ。 「もう携帯も繋がらないんだモン!お兄さん連絡とってよ、ママ知ってるでしょ?電話中にある?」 瑠璃子はそう言って男の手を引き一緒に中へ入ろうとする。 男は瑠璃子の手を勢いよく払いのけた。 「不審者は排除する」 無表情のまま男は言った。 「イタタタタタア〜、痛い、放して。いたい・痛い・イターい!」 容赦のない男の大きな手が女子校生の肩を鷲掴みにした時だった。 「放してって言ってんだろぉーっ!」 女子校生は思い切り男の胸部を蹴り上げた。 あろうことか、少女の足蹴りで屈強なその男は背後の扉を打ち破るようにして店内へと吹っ飛ばされた。 少女は男を蹴りこんだ後、ゆっくりと揺れる押し戸に手をかけて中へと踏み込んでいった。 引き戸の奥は、本当の倉庫そのまま、まるで体育館のような高い天井に、何もない空間。黒塗りの車がひしめき合うように並んでいた。 腹に響くような重低音の音楽がコンクリート打ちっぱなしの床下から響いている。 ところどころに階下へと降りる穴のような螺旋階段が見えた。 車に乗り込んで待機していた同じような男達がゆっくりと車から様子をうかがうようにおりてきていた。 「・・・・・・・・・・・・・!!」 男は信じられないと言った表情で上半身を起こして首を激しく振った。 明らかに男にダメージを与えるには十分な蹴りだった。 「見たでしょ!」 「あっ?」 「今、見たでしょ!」 少女は不機嫌に片方の眉を吊り上げて怒っていた。 「な・・・・なにを・・だ」 男は早足で近づいてくる少女に対して体制を整えることができず正面の少女を見据えたまま這うように後ずさった。 「私のパンツ!今見たわよね!」 「なに言ってんだ、お前!」 騒ぎを聞きつけて男の背後からまるで湧いて出てくるように、同じような屈強な男達が騒ぎを聞きつけて集まってきた、マトリックスのMr.スミスのように。 「不審者は・・・・・排除する!」 男達は口々に同じ台詞を声高らかに叫んだ。 「来いっていうから来てやったのに!なんなの?この歓迎方法!気に入らないったらありゃしない!」 「不審者は排除する!」 男達が少女の前から後ろから飛び掛っていく。 「なめるな!でくの棒な人形ども!」 「識者会から出された今回のTEST題目は『現役LS(レディースワット)隊員の篭絡』でしたのよ」 その場を立ち去りかけたママは席に座る加賀を見下ろしながら表情を曇らせた。 「なんだ、なら課題はクリアしてるじゃないか」 「いいえ。先生、課題として提出されたのはLSではなくてLSの担当医でしたのよ、取り違えの拡大解釈もいいとこだわ」 ママは瑠璃子から託された筒見京香のことを話した。 「担当医?おかしいな、不破とかいう隊員ではないのかね」 「いいえ・・・・・・おかしいですわね、そんなコを手中にしているなんて報告受けていませんわ」 「でも、私が病院で出会ったそのコは間違いなくこのSATOと同じ音叉に反応していたよ。だからてっきり今日のエキシビションかと・・・・」 加賀も落胆の色を隠せない。 競り落とすべく今夜のために大金を用意して意気込んでいたのだから。 「いずれにせよ、時間までに課題が間に合わなければ容赦なく不合格として彼女を粛清します」 ママの言葉は冷酷にも事務的だった。 「それは手厳しい・・・・私はその今回の受験者を見てみたい。第一、出品予定だったMIKAはそいつが堕とした作品ではないのか?」 「いいえ、ちがいます。MIKAはTESTの舞台をあつらえるため我々があらかじめ調整してもぐりこませた操り人形ですのよ」 「ふーん」 「MIKAのブリードは『ナイトホーク』がいたしました」 舞台のほうが騒がしくなった。 AYUMIの落札価格が決定し、最後のオークションが終わりを告げたのだった。 「あら、もう時間ですわ。先生、それでは折角の先生のお言葉ですから提出された課題対象外の作品も参考出品として皆様にお披露目いたしますわ。そこで私から皆様にお詫び申し上げて、今回の失態の謝罪をすることにいたしましょう」 ママが加賀の席から立ちあがった。 「ママ、悪いが作品の出来具合がよかったら、私はその今回の『対象』の再TESTを提案するかも知れんぞ」 「まぁ。どういう風の吹き回し?」 「最近はめっきりブリーダーの入れ替えもなくマンネリ化してしまった感がある。新規の『対象』は本当のところ貴重な存在と思わねばならん」 「そうかもしれませんね。でも決定は先生ではなく識者の方々の総意に基づくものですから」 「ああ、あぁ、分かっているよ」 ママはゆっくりと舞台の袖に続く通路へと向かった。 通路脇でホストが足早にママに近づく。 「ママ、上の・・・1Fにいる『犬』からお電話が」 「そう、アリガト。貸して」 ママはハンディフォンを耳にあてた。 「ぜぇ〜、ぜぇ〜、ぜぇ〜。なんだってんだ!人のこと馬鹿にして、あん!スカート切れちゃってるぅ」 チェック柄の制服のミニスカートの裾が切れてるのを気にする瑠璃子の足元にはすでに倒された男達が横たわっていた。 全員がすでに戦闘力を失い気絶するもの、うめいて転げまわるもの、その全員が瑠璃子に敵わなかった。 「ふん!馬鹿、素直に入れてくれりゃいいのに、ぜぇーぜぇ〜」 そのとき1人だけのさびしい拍手が一帯に響き渡った。 「だ、誰!」 「いや、いや、いや大したもんだ。その華奢な体でねぇ」 車と車の間からスーツ姿の若い男が手を叩いていた。 「お兄さん、誰?もしかして・・」 「おや?君はオレのことお兄さんって呼んでくれるのかい?うれしいねぇ、最近は君みたいな女子校生からはオジンだとかオヤジとかおじさんとしかよばれないからなぁ、うれしいよ」 「オジサンも、ボクとやるの?」 「あら、褒めたら褒めたで結局はオジサンかい」 男は苦笑した。瑠璃子への敵意は顕わにしていない。 「やるならいいよ、でも結果はこいつらと一緒だよ」 「ちがうな」 そう言って男は笑っている。 「なんだって?」 瑠璃子の感情を逆なでしたのか眉がピクリと吊上がる。 「そいつらは全員都内のジムや組から集められた一流のガードだよ。オレなら君とやったら死んじまってるよ。オレはただの時間計測役」 おどけた男の表情に瑠璃子はクスッと笑ったが、すぐにまた怒りがこみ上げてきた。 「ボクは女子校生なんだぞ、なんでそんな格闘家みたいなやつらとケンカしなきゃいけないの?これもTESTなの?」 「たぶんそう。識者会が出した課題以外に君は試されている。過去のケースもそうだけど、人を操る能力が自分にも使えるかどうかを識者会は当然のこととして受験者に知らせずに試す。自己の運動能力支配ができることも試されたってワケだね。自己催眠の課題だったわけだ。キミは自分自身の能力を暗示によって高めていたわけだ」 「ひどい、ひどいよ!」 「泣かない、泣かない。君は立派に課題提出までの最初の難関を突破したわけだ、実は規定時間を2分ほどオーバーしたけど眼をつむるよ、合格さ」 男はそういって手にしていたストップウォッチの計測時間をリセットした。 「最初って・・・・まだあるの?」 「ないない、あとは持ってきた課題の成果を今日のお客様に見ていただいて判定を受けるんだ」 「どうすればいいの?」 「識者会の30人のうち、20人が君と君の作品を気に入れば合格だよ。課題とされる条件を満たす作品であることは最低条件だけどね」 「もし、20人に届かなかったら?」 「君はおそらくその場で抹殺される」 男は芝居がかったように悲しげに肩を落として落胆のポーズをとった。 「やだよ」 瑠璃子はさらにストレートに拒絶の意思表示をする。 「殺されるのか、記憶を奪われるのか、ドールに堕としめられるのか、オレは知らない」 「お兄さんはなぜそんなことボクに教えてくれるの?なぜオマケして合格にしてくれるの?」 「ふふん!お兄さんはね、今回のパーティー主催の裏方の1人なんだ。そして密かに君のファン」 「ふ〜ん」 瑠璃子は男を上から下へ、下から上へと値踏みするように見わたした。 「君の成功を祈ってる。ホラ、飴でも喰う?」 「お兄さんいいヒト?ボクわかるよ、やさしくしてくれるもの」 「ッ・ツ・ツ・ツツ!『ボク』はダメだろ、『わたし』じゃないと!君はママから課題で言われているはずだ。他人になりすますことをキツ〜くね」 その言葉だけでも男がママの息のかかった人間に間違いないと瑠璃子は納得する。 「あ、いけない、アハハハ」 「瑠璃子ちゃん、そこのシルバーのベンツの向こうに地下へ続く螺旋階段がある。そこから降りていけばママが待ってる」 「わかったよ。行かなきゃいけないんだね、地下に」 「本当は点々と6つある螺旋階段の中のいずれかを選択して、下りた先でまだ課題が立ちはだかっているんだけれど・・・・・、もう十分さ。キミの力は今まで見てきたボクが一番よく分かってる。もう無用な課題はいらない。まっすぐママに会わせてあげる」 「ありがとう、階段を下りていくのは違うけど昔流行った拳法映画みたい。下りた先でまたコイツらみたいなのとやりあうなんてまっぴら」 「大丈夫、君なら絶対大丈夫。『さぁお行きなさい!』」 『男』は颯爽と階段に向けて指をさした。 「アハハハ、お兄さんTVの見すぎじゃない?ねぇ、名前教えて、また会える?」 「会えるよ。君はきっと合格するから。でも合格したらきっと君は手の届かない存在になる。そうしたらこんなタメ口なんてきけやしない、ボクは裏方だから。奴隷なみな扱いさ」 「名前は・・・・・」 「あぁ、ごめんよ。『犬』だよ、みんなからは奴隷のポチとかシロとかクロとか呼ばれるんだワン」 「『犬』さん、ありがとう。わたしにできることない?なんでも聞いてあげるよ、親切にしてくれたお礼」 「・・・・・・・・・彼女がいないから」 「ウフ、彼女が欲しいのね、いいよ瑠璃子、彼女になってあげる」 「い、いや、それはダメだ。キミはまだ高校生だし、きっと近づけないアイドルのような存在になっちゃうし・・・奴隷がブリーダーに仕えることはあっても逆は許されない」 「なんか、堅苦しいことばかりだね、組織って。わたし。『犬』さんでもぜんぜんいいのに」 「『セルコン』、セルフコントロールそれが組織の名だよ。キミはこれから、われら『セルコン』のトップブリーダーとして強固な地位に就くことになる」 「いいの!私は私自身を変えるつもりはない。約束するわ、『犬』さんには絶対瑠璃子がステキな彼女を紹介してあげる!」 瑠璃子はこのおどけた芝居がかった態度の男に妙な親近感を持っていた。 「すごく都合のいい・・・?」 「えっ?」 男は急にもじもじしながら瑠璃子に擦り寄るような猫なで声に変わる。 「いつもオレのいうこと何でも聞いてくれて、Hもさせてくれて、金をくれて・・・・」 「フフ、『犬』さんも男のヒトなんだね、いいよ、まかせて。『犬』さんのステキな彼女は瑠璃子が責任をもって作ってアゲル!」 「うん、ありがとう」 「ウフフフ、素直な『犬』さん、前にも会ってるよね、新宿で。そのときも『犬』さんだけは親切だったし」 「なんだ、覚えてたの?」 「フフフフ、私1度会った人のことは結構忘れないんだ!どこで会っててもね。行くよ!」 瑠璃子は言われたとおり螺旋階段を下りていった。 犬と呼ばれた男は携帯を取り出して耳にあてた。 「『犬』です。いま「対象」が課題をクリアして降りていきます。ママにつないでください、制限時間ギリギリですが課題クリアしましたから、はい、9分48秒。残りわずか10秒足らずでクリアーです(ホントは11分だったけど)」 「ANGEL(祐実)よりチームへ。全員配置はよいか」 『OK』の言葉が口々に返る。 「各ポイントに変化あるか」 「変化なし」の答えが全て出揃う。 「了解、総員予定通り各出入り口から一斉に突入。場内にいる全ての身柄を確保せよ。抵抗者は制圧、電磁手錠で拘束すること」 「了解」の声が緊張気味に飛ぶ。 「祐実。気をつけなさい、今まで見張りが1人もいなくなるなんてありえなかった。きっと何かあるわ」 「SPY(奈津美)さん、あなたに指揮権はないのよ。黙っていてくれる?SPYなんだから」 「あなたのそのひねくれさには呆れてモノも言えないわ」 「いいじゃないスパイで、あなたらしいコードネームでしょ」 奈津美のコードネームは祐実が勝手に決めつけた。あてつけだった。 誰も祐実に逆らえなかった。 「全員で一斉突入、全ての出入り口を封鎖すれば一網打尽よ、それで終わりだわ」 祐実は笑った。 東側非常口の侵入路:FREE(弘美)とYun(雪乃) 正面ゲート:EYE(瞳)とNANCY(奈那)とMILK(麻衣子) 南側非常口:JANE(樹里)とHEART(美穂)、KJ(小雪) 機材搬入口:ANGEL(祐実)とRISE(涼子)とSPY(奈津美) 「3分前、各自再度時計確認!」 祐実がヘッドセットのマイク越しに喋る。 「2分前、装備確認。全員車外へ出てそのまま車を影に潜行待機」 闇にまぎれて車から全員が静かに飛び出した。 ナイロン地にも似た夜行用強化服の影が闇に紛れていく。 「1分前!各自目標ポイントへ移動!」 銃を片手に扉の左右に全員が配置につく。 「30秒・・・・・・・」 それを合図に各グループの先行役が絶縁グローブの手でゆっくりとノブを回す。 「GO!」 祐実の声を合図に全員が一斉に開け放った扉から銃を構えて中になだれ込んだ。 スポットライトにだけ照らされた薄暗い鉄製の螺旋階段をもうどれくらい進んだろうか。 下りるにつれて聞こえてくるアップテンポのユーロビートが聞こえなければとっくに瑠璃子は帰ろうと思っていた。 「一体、どこまで下りればいいのサ」 引き裂かれたスカートからはみ出す腿を気にして押さえながらやっと足元に照らし出されたコンクリート打放しのフロアを見つけた。 だんだんとフロアに近づくと階段のたもとに暗闇から真っ赤なドレスの女が現れた。 「遅かったのね?」 「ふざけんな」 瑠璃子は怒りをあらわにママに凄んだ。 「あら、怒ってるの」 「ほかにテストがあるなんて聞いてないよ」 「まぁ、抜き打ちテストって学校でもあるんじゃない?」 ママは平気な顔で瑠璃子の怒りをはぐらかす。 「話をすりかえないで!怒ってるんだぞ」 瑠璃子は腕組みをして怒りのポーズをして見せた。 「でもココまで無事にたどり着いた。まずは第1関門をクリアしたのよ、おめでとう」 ママはお義理の拍手をした。 「フン!祝福なんかしてないくせに!勝手にやってよ」 「そうは行かないわ。あなたは我々の仲間になれるか、これから審判を受けるのよ」 「それだって、結局は遊びのクセに!」 「そうよぉ〜遊びよォ、私達にはね。でもあなたはその『遊び』に命を握られてるのよ」 ママはそういいながら瑠璃子の肩をつかんで揉みあげる。 「やなこった!不合格にした途端、暴れてやる!」 「かなうならどうぞご自由に。あなたのようなブリーダー(能力者)がココには今20人もいるのよ。そのうち7人はハンターと呼ばれる裏切り者ブリーダー抹殺のための『超』がつくほどの能力者よ。抗えるものならやってみなさいよ、ナイトホークもあなたの敵になる」 ママは瑠璃子の身勝手さを毛嫌いするように凄んで見せた。 「逆ギレすんなよ。からかっただけだろ、オバサン」 瑠璃子は急に軟化してママの肩をポンっと叩いた。 「な、なんですって!まあーっなんて言い草!せっかく目をかけてあげたのに、引き抜いてあげたのは私よ」 「だったら少しぐらい手加減するとか、種明かしするとかしてよね!」 「組織は非情よ。そんなコトしたら私がタダじゃすまないわ。いいこと、自分の実力の全てをお客様の前でお見せするのよ」 会話に見え隠れする棘のある言葉に周囲にいる裏方たちは二人と距離を置く。 「・・・・・勝手なんだ、ママは」 瑠璃子は呆れ返ったようにため息をついた。 ママはそんな瑠璃子の言葉を意にも介さない。 「ところで、あなた、課題の商品はドコ?一緒に連れてきたんじゃないの」 「一緒じゃないよ。先に来てるんじゃないの、フフフ」 瑠璃子は含み笑いを浮かべた。 「誰のこと?」 「あれ!」 暗がりに目が慣れた瑠璃子の目にママの背後の壁際に人形のように無表情で立つ女の中から1人を指差した。 「あれって・・・・何言ってるの!あのコはLSの隊員じゃないわ。ただの女医でしょ、調べはついてる『筒見 京香』は課題の商品にはならない」 「ここ、舞台のそでだったんだね。やっと目が慣れてきた、幕の合わせ目から客席がチラッと見えた」 瑠璃子は意に介さず勝手な言葉を口にした。 「ちょっと!まさか、まさかあなた課題をクリアしてないの?忘れたわけじゃないでしょ、『現役LS隊員を堕としてオークションに出品』しなければあなた失格よ。そんな・・・・・もしそうだったら私もタダじゃすまない」 「焦らない、焦らない。本物の陣内瑠璃子から『術感染』したのがママの所に行ったでしょ」 瑠璃子は飛鳥井園美のことをほのめかす。 「えっ・・・・だって、アレあなたが好きに使っていいって」 「でも、捨てろなんて一言も言ってないよ。あっ、ヤダ、もしかして連れてきてないの?」 「そ、そんなぁ〜」 ママは取り乱し始めていた。 「あぁ〜あ、それじゃダメだわ。自分もママも一巻の終わりだね、キャハハハ」 本当は園美には暗示を与えて時間までにはこの会場にたどり着くように瑠璃子は用意していた。 だが、ママのあまりにも高飛車な態度に後催眠暗示で行動中の園美を携帯で操ってその場に昏睡させていた。 全ては自分の怒りから。ママを貶めるために。 「どうすんのよ!どーすんのヨぉーっ!いや、いやよ!私死にたくない!」 「ハハハ、いい気味!私を甘く見た罰よ!一緒に地獄に落ちようよ!ママ」 「イヤーっ!」 ママは腰砕けにその場にぺたんとへたり込んだ。 「時間です。TEST受験者はどなたですか?」 タキシードにピエロのようなマスクをした素性の分からぬ司会者の男がママの元に歩み寄った。 「はい、は〜い、私です」 先ほどまでの怒りに満ちた不機嫌な表情はドコへやら、おどけた表情で瑠璃子は手を上げた。 「んふふ、ママ、『覚悟』・・決めようよ。瑠璃子のせっかくの作品を破棄したのはママだよね」 瑠璃子はママに向かって冷めた微笑を見せた。 (このガキ。やってくれるじゃない!) ママは恨めしく瑠璃子をにらみつけた。 「チーフ・・・・・」 全員が祐実の指示を待っていた。 戸惑いは隠せなかった。 「なんてコト、情報とまるで・・違う。倉庫を改装したクラブのはずなのに・・」 見通しのよい店内一杯に車が所狭しと置かれていた。 まるで、というよりはまさに倉庫、モータープールといった様相だった。 事前情報とまるで違う店内のつくり、想定した一斉検挙どころか客一人いない。 「アレだけの人間が一体どこへ行ったというの」 祐実はそれ以上言葉が出なかった。 しかも、彼女達はさっきまで見張りとして立っていた男達が完膚なきまでに倒されていて、もはや彼女達が手をかける必要もないほどだった。 「一体、何があったの・・・・・・・・・とりあえずこの男達に手錠を。拘束して」 「チーフ!階段が!階段があります」 「階段?」 「チーフ、こちらにも!」 広いスペースの中に点在する6つの階段を発見した。 階段はすべて薄暗い階下へとつながっている。 「ウソでしょ?階下に何があるって言うの?入手した図面は地上2層構造の倉庫を改造したタダのクラブのはずなのに」 「SPY(奈津美)が話してもいいかしら?」 祐実の脇に黙って事態を見ていた奈津美が話しかける。 「黙ってて!作戦中の干渉は越権行為よ!」 奈津美の問いかけに祐実は怒鳴りあげた。 「いいえ、一言だけ言わせてもらうわ。この『Zton(ゼットン)』の敷地は、もともと瀬戸内造船(株)の2万トンクラスの船をつくる通称『Zドック』と呼ばれた巨大ドックの跡地なのよ」 「それぐらい調べてあるわ!でもそれは十年も前の話よ」 「ドックは取り壊されていないとしたら?」 えっ・・・・と全員の視線が奈津美に注がれた。 「もし、そのドックを何らかの理由で埋め立てずに地下を塞ぐようにこのクラブが建築されているのだとしたら・・・・・・」 奈津美は言いかけて祐実のキツイ視線に言葉を詰まらせた。 「最後まで言いなさいよ!聞いてあげるから・・・・・・・・」 「だとすると・・・この地下には、あと下に20メートル近い大空間があるはずよ」 チーム全員が声を失った。 「なんだ。なにかと思えば、それだけのこと。なら話は早いわ、オペレーションを継続する。各自、銃にサイレンサー装填!」 「待ちなさい、祐実。待機中の所轄の協力を得るか、他チームの応援を要請しなさい。すでに予想外の展開になっているのに・・・・。地下の構造がどうなっているにせよ、外の応援との通信は確実につながりにくくなるわ」 祐実は奈津美の言葉を無視して指示を出す。 「FREE(弘美)ととHEART(美穂)は中央のそれぞれ両端、EYE(瞳)とNANCY(奈那)は南側両端、MILK(麻衣子)は北側左、JANE(樹里)とYun(雪乃)KJ(小雪)は北側の奥の階段から地下へ侵入する。位置について」 全員が祐実の指示にうなづいて散ろうとする。 「ちょっと待って!話を聞きなさい!祐実、危険だということがまだわからないの!」 「私(ANGEL(祐実))とRISE(涼子)はここに踏みとどまり、あなた達からのいずれかからの指示を受けて突入する。行きなさい!」 奈津美の声にそむくことに皆一様に心苦しげな表情を浮かべつつ階段の袂の位置についた。 祐実は全員が所定の位置についたことを確認すると口笛で合図した。 合図と同時に全員が地下へと降りて言った。 祐実を睨みつける奈津美の表情は険しかった。 「なにかあったらタダじゃおかない・・・・SPY(奈津美)殿、あなたの顔は言葉に出さずともそう私に訴えてるわ」 「分かっているなら、あなたは作戦を変更すべきよ」 奈津美は声を荒げた。 祐実は奈津美の言葉には答えずに涼子の肩を叩く。 「RISE(涼子)!用意を」 それだけ言うと祐実は周囲を窺うために少し離れた。 「はい」 涼子も祐実の命令に逆らえず、一度ホルダーに戻した銃を抜いた。 「すべて報告させてもらうわ、見たままの経緯をね!」 奈津美は祐実の背中に向かってつぶやいた。 「副長、どうか気をお静めになってください。私達も心苦しいんです、でもオペレーションでの命令権はチーフ、そして命令は絶対」 涼子は奈津美を諫めながら、手際よく銃パーツを組み立てていく。 「・・・・分かってるわ。みなが苦しんでるのも十分わかる」 涼子の言葉に奈津美はかつての部下たちの苦しい胸のうちを理解していた。 「本当に心が痛みます。副長のことを誰も悪くは思っていません。そして、副長のことをとてもお慕いしています・・・・」 涼子は精一杯微笑んで見せた。 「ありがとう」 涼子の優しい言葉に奈津美は心を落ち着かせた。が、次の瞬間、涼子がセットアップしていた銃を見て目を疑った。 「―ちょっと、涼子!あなた、それストロー(造語:ボーガン銃)じゃない!なんであなたがそんな特殊装備を・・・・いやぁーっ!」 乾いた気流のような発射音が7回、そして声にならない悲鳴が漏れる。 奈津美が言いかけたせつな、涼子は微笑みながらストローと呼ばれる特殊銃をためらいもなく奈津美に向かって撃ち込んだ。 『ストロー』・・・・ボーガン銃としてLSチームに装備されている特殊銃で、ボーガンのように金属製の矢が8弾装填されている。 切っ先はまるでストローのように管状に成型されており、アルミを含む軽金属が相手の肉体に突き刺さった瞬間に花のように体内で先割れして体外への流血を図る。戦闘意欲を萎えさせ、失血による正常行動の抑制を目的としたテロ対策銃として使用は限定されている。 「さすがに連発モードで使用すると手首にきますね、すごい反動」 そう言って涼子は祐実に微笑みかけるとさらに新たな矢をセットする。 すでに涼子は血まみれで横たわる尊敬すべき上司だった奈津美を見てもなんの動揺もない。 「これだけ近くから射られれば外れるわけもないですよね、副長。まだ死んじゃだめですよ」 涼子は奈津美に笑顔を見せた。 「うっ・・・うぅぅぅ・・・・・・」 まるで地に打ちつけられた杭ように7本の矢を体につきたててもがく奈津美の脇に無造作に落された彼女の銃を涼子が拾い上げる。 奈津美の腕や腿、肩、腹部、右足に痛々しく突き刺さったストローの矢はまるで獅子おどしのように真っ赤な血をチロチロと体外へ流し続けていた。 倒れこんだ奈津美の周囲はまるで血の池のように赤く縁取られていた。 「りょ・・・・涼子、あなた・・・ま、まさか・・・・・・・・」 苦悶の表情で奈津美は涼子を見上げた。 涼子は取り乱すこともなく平然と拾い上げた奈津美の銃の銃口を血まみれの奈津美に向けて微動だにしなかった。 乾いた足音が奈津美に近づいてきた。 「涼子、どう?すんだの?」 「はい。祐実さま、ご命令どおり急所をわずかに外してストローを7発、副長に撃ち込みました」 祐実は気持ちのこもらないしらけた拍手をして微笑んだ。 「上出来よ。褒めてあげる、助かるの?」 「このくらいの出血量だと2時間以内に処置が必要です」 祐実に肩を優しく叩かれて涼子は銃口を奈津美に向けたまま微笑む。 「あら?まだ意識があるようね。矢ガモならぬ矢ビトってとこかしら?アハハハハ」 「祐実!あなた・・・・・・・・」 苦痛に顔を歪めて奈津美は祐実を睨みつける。 「涼子、今日の作戦終了後、局長に報告することがあるわね。今それを言ってごらんなさい」 奈津美の視線を無視して祐実は涼子に命令した。 涼子はスイッチの入った玩具のようにゆっくりと喋りだす。 「はい、祐実さま。セルコン掃討オペレーションにおいてチーム6は総力をもってこれを壊滅。組織売春を目的としたシンジケートを本日、明智祐実チーフ指揮もとで首謀者を全員逮捕しました。残念ながら、シンジケートとの激しい交戦は免れず、多数が負傷するも、副長の伊部奈津美が身を挺して我々のオペレーションを補佐し、重傷を負いました。副長は自ら勝手に隊から持ち出したストローガンを奪われたうえ、取り戻そうとして被弾し残念ながら命を落しました」 まるで人形のように無表情のまま涼子は「セリフ」を棒読みした。 「はぁーい、よくできました。いい子ね、どう奈津美、せっかくだからあなたに聞かせてあげたの。涼子が語ったとおりになる、あと数時間後にはね」 「あなた・・・・あなた、涼子に・・・なにを・・・」 奈津美は唇を噛み締める。 動こうにも出血は確実に奈津美の体力を奪っていく。 楽しくてたまらない、そういった表情で祐実は話を続ける。 「涼子、このあいだ練習した台詞、言ってごらん」 「・・・・・・・はい・・・・チームの全員は仕方なく明智チーフに従っているに過ぎません。チーフはこのオペレーション後、局長に昇格すると確信しています。そのためにもオペレーションを成功させなくてはならない。我々の協力が不可欠なんです。自分が私達から信任されていないことを知っているチーフは私達に交換条件を提示してきました。私達がチーフの指示通りにオペレーションを遂行し、成功のうちに成果をあげることができたら、自分の昇格後、チーム6の次期チーフに伊部監査官を任命すると・・・・・・・・・・・私達全員がもう一度伊部チーフの下で仕事をしたい・・・・・これがチーム全員の希望なんです」 凍りついた無表情な涼子の口からもれる抑揚のない言葉は、彼女がPDで奈津美や紀香に祐実の横暴を訴えたあの台詞(5th−day Vol.1)だった。 すでにあのときには涼子は祐実の手の内にあったことを奈津美は理解した。 「残念だったわね。1度はこのコを私のもとから救い出して、私がいかに危険かを諭して注意するように言ったらしいけど、それも無駄な努力」 祐実はそういって見下ろした奈津美を鼻で笑った。 「涼子!どうしたの涼子!返事をして!」 奈津美は自由にならない体を涼子に向けようと必死になりながら呼びかける。 「フン!無駄よ、このコは私の命令にしか従わない完全な操り人形。私の指示さえあれば迷うことなくあなたを残りの1発で仕留めることもできる」 祐実は冷たく言い放つ。 「一体涼子になにをしたの!」 「せっかくだから、お別れに教えてあげるわ。クスリよ、クスリ。でも非合法じゃないわよ、我々の機関で調合開発された・・・・」 「ま、まさか自白剤Ice−Doll!」 「ハズレ、『ID』のあとに極秘開発されたものの試作品「LD」、「Lady−Doll」っていうのよ」 「ま、まさか!それを・・・・・江梨子にも・・・・」 「ピンポーン!正解!江梨子どころか奈那もこのコも私の忠実な部下、いいえ下僕といってもいいわ、ウフフLDのおかげ」 「やっぱり・・・・・」 奈津美の最悪の想像は的中していた。 祐実は自分のために部下の人間性を奪いただの人形に貶めていた。 「なによ!言いたいことがあるのならいったらどう?」 「祐実、あなたはいつから組織を裏切っていたの・・・」 「裏切る?聞き捨てならないわね。私は裏切ってなんかない。今でも任務をしっかりと遂行しているわ」 「あなたの行為は人として許されることじゃないっ!」 奈津美は力を込めて祐実に怒鳴りつけた。 「言いたいことはそれだけ?涼子、コイツの装備品を全て抜き取りなさい。特に通信機器は全て破壊するの」 「はい、祐実さま。ご命令のとおりに」 すでに力なく横たわる奈津美の腕や腰に装備された武器や機器が涼子の左手によって抜き取られていく。 無表情の涼子の手に握られた奈津美の愛用の銃は眉間に照準を合わせたままだ。 「さて、名残惜しいけどあなたとは、さよならよ。私はこの作戦を上々のうちに完遂して局長に昇進するんだ」 「く・・・くだらない、あなたの、その上昇志向が・・・江梨子や・・奈那や涼子の人格まで・・抹殺して・・・」 奈津美は唇を噛み締める。 悔しさが涙になって頬をつたった。 「人聞きの悪いこと言わないでよね!涼子、答えなさい、私といるのはイヤ?」 「いいえ。祐実さまの命令を遂行することが私の生きがいでありシアワセです。わたしは祐実さまのためならどんなことも喜んで遂行します」 涼子は無表情で祐実から刷り込まれた暗示を復唱する。 「フフフフ、ほら!このコは喜んであなたを殺すこともいとわないってよ。エーリッヒ・フロム((Erich Fromm)ユダヤ系ドイツ人心理学者)のいう破壊性を表出させた人間なんてこんなもの。自分の従うべき者の前では常識や感情は欠落するわ、抵抗できると思う?あなたからもらった入隊訓辞の一節よね、くだらない」 「・・・・・・ひとでなし!」 朦朧としてきた意識の中で奈津美は必死に言葉をつなぐ。 「もうあまり喋らないほうがいいわよ。1分でも長く生きていたかったらね」 「・・・・・・・・・」 「最後の最後まであなたには何をされるか分からないけど、殺してしまうのも心苦しいから静かにゆっくりと死なせてア・ゲ・ル。でもココに這いつくばったままでいてもらうわ。涼子、ストローのパワーを最大にして最後の1発で奈津美をこの汚らしい店の床に串刺しになさい」 「はい、祐実さま・・・」 シュっと乾いた発射音とともに最後の1発のストローが奈津美のプロテクトスーツの隙間を突き破り脇腹を貫通してコンクリート打ちっぱなしの床にめり込んだ。 「最後の1発は貫通弾、最近開発されたのよ。国産車くらいなら簡単に突き破れるの、まして生身のあなたじゃ、串刺しにされてもうそこから動けない」 「あぅっぅっっ」 奈津美は苦悶に顔をゆがめる。 祐実のヘッドセットに無線が入る。 『NANCY(奈那)よりANGEL(祐実)、NANCY(奈那)よりANGEL(祐実)。潜行できました、ガード11人を拘束。地下に巨大な、巨大な・・劇場と多人数の存在を確認しています。まだ、気づかれていません!」 「了解、今からそちらへ向かう。合流まで待機。涼子!行くわよ」 「はい、祐実さま」 2人の姿が奈津美の視界から消えていく。 「ち・・・・・チクショウ、し、死ぬもん・・か・・みん・・なを・・みんな・・を・・祐実から、ゆ・・みから・・救・・うまで」 奈津美の言葉は誰もいなくなったフロアの片隅に虚しくこだまする。 奈津美は力なく天井を見上げていた。 < To Be Continued. >
|