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《前回までのあらすじ》
 組織売春のシンジケート『セルコン』の大規模な人身売買オークションの情報を掴んだレディースワット チーム6は、いよいよ当夜の組織壊滅作戦に向けて着々と準備を進める。自身の昇進に固執するチーフの明智祐実は非合法な洗脳薬まで用いてチーム内の掌握を謀っていた。
 
 元・チーフであり、過去の事件で責任を取り降格となった伊部奈津美は祐実の不審な行動を察し、隊員たちを守りたいと考えていた。各チームの統括である局長の伏見紀香はそんな奈津美の意を汲んで彼女を作戦に帯同し一部始終を監察する監査官に任命する。
 
 祐実は科学警察研究所から呼び寄せた藍本を利用して、あるデジタルファイルを探していた。



********** 5th−day Vol.3  **********




【 レディースワットチーム6 チーフ室 】


「薬物耐性に特化した捜査員の育成と特殊班化?」
 祐実は想像がつかないと苦笑した。

「まさにね、誰もコカ(コカイン)やヘロ(ヘロイン)に耐性があるなんて特別な人間がいるわけない。レディースワット結成より前の話さ」

 満足そうな表情で藍本は服を整える。
 藍本はソファで半裸の放心状態で横たわる美穂の映像を携帯電話のカメラで収めている。

「それ本気で考えていたわけ?上は・・・」
 祐実はディスクから復活させたファイルを丹念に確認しながら藍本との会話を続ける。
「そう。ま、いうなれば「麻薬捜査スワット」ってとこかな。チーム1は女性被害だけどこの構想は東京拠点、特に新宿・渋谷・六本木の密輸密売の根絶が目的だたようだけど」

 藍本は祐実の問いかけにこたえながら美穂の顔や秘部の写真をせっせと撮っている。

「なぜ実現しなかったの?」
「薬物耐性なんてあると思う?」
「まさかね」
 自分で聞いておきながら、ありえない話に自嘲じみた乾いた笑みを祐実は浮かべた。

「そう、事件捜査がアングラになるほど捜査員のリスクは高いし、現に北方系グループの捜査の時には拉致された捜査員が薬物中毒で何人も斃れてる。米軍ルートや東南アジアルートより警察に敵対心がある分、始末が悪い」

「捕まって、打たれて、オダブツっってとこね」
「うわ、露骨。だからそのリスクを軽減するために薬物耐性の強い遺伝子をある特定の人間に持たせることにしたのさ」

「今ならチーム1が麻薬捜査の際に危険防止の為に服用している抗薬SD100(参照:4th−day Vol.2)でも十分じゃないの」

「時間的に効果に制約のある薬より、体質的に人間を作り変えた方がいいと考えたんじゃない?SD100の使用はまだ薬物犯罪の捜査の中じゃ最近の出来事だよ」
「まさか・・・・、まさか、その話を・・・草野さんが」

「そう。白羽の矢は薬の開発技術に優れた知識をもつ研究員らに付託された。勿論秘密裏のことだから製薬会社も1社専属、選考された捜査員は約30名、健康診断やDNA検査、体力測定などから抽出されたらしいよ」

「まさか本当にやったの?」
「そ、麻薬捜査の際に服用している抗薬SD100はその研究過程で偶発的に生まれたと記録では残ってる」

 藍本は疲れ果てて動けない美穂の乳房をまだ嘗め尽くしていた。

「レポートでは選考された薬物耐性力の強い人間に治験したが事故によりプロジェクトを中断したとある」

「つまりは勇み足なプロジェクトで人を死なせちゃったってワケね。ありえることだよね、ウチの組織」
 祐実はフンっと鼻で笑った。
「あとでレポート見てよ。草野のおっさんはその開発チームに抜擢されていた。そこで偶然、別の薬でも規格外品が作られたとある」

 祐実の表情が一気に固くなった。
「藍本さん、その先を知ってるの?」
「残念。SD100関連の報告のレポートファイルだからその先は触れられていない。気にはなったけど、それこそ砂丘の中から1粒の砂金を探すようなもんさ。薬種ファイルの多いこと・・・」

「なら教えてあげる。私が必要なのはその「別の薬」の成分表よ。私はその薬を手に入れたいと思っている」

「やばい薬じゃないの?美穂ちゃんにも関係するような・・・」
「それ以上は知らないほうが身のためよ。『協力者』であるあなたには教えておくわ、これはサービス」

「・・・・協力者ねぇ。社会的に抹殺されるようなネタ握られてる僕にとっては奴隷もいいトコだわな」

 自虐的に、皮肉を込めて藍本が吐き捨てた。

「あら?『奴隷』が研究所の薄暗い中に引きこもってスワットの隊員とセックスできるチャンスがあると思ってるの?しかもこんな可愛いコにリードしてもらってまっとうなSEXさせてもらって」

「か、感謝してます。これマジで。本当は祐実ちゃんのカラダを触らせてもらってメシでも一緒に喰ってくれれば御の字だったんだけどね」

「まぁ?それじゃ期待以上のものモノを私はプレゼントしたわけね」
「良くも悪くもね」

 藍本はまた皮肉を繰り返す。
 祐実の片方の眉が吊りあがる。

「私の機嫌を損ねたり、裏切ったりしなければ、またいいメを見させてあげるわ、『奴隷』さん」

(ケッ、いつか僕に関わる証拠を探し出して隠滅したら、きっと復讐してやるっ!)
 藍本は笑顔とは裏腹に憎悪の炎を祐実に燃やし始めた。

 そのとき、祐実の表情がにわかに明るくなった。
「あった。これよ、このファイルに間違いないわ。フフフ、これがあれば、これからはいつでも有能な手駒を手に入れられる」

 思わず口に出たであろう祐実の言葉に藍本は少なからず恐怖を覚えていた。
 ただ、今は祐実の歓心をとりつけておかねば自分の身が危ない。
 藍本はいずれ自分に関する情報のすべてを祐実から奪還することをすでに考え始めていた。

(いまは我慢、いまは我慢。美味しいいとこだけはもらっとくけどね。まずはゴマすりか・・・・)

「ただレポートには祐実ちゃんに関係したことが1点だけある」
 藍本は祐実の機嫌をうかがいながら話を続ける。
「・・・なに?」

「治験で事なきを得た選考者は24名、うち男性1名、女性2名のあわせて3人に極めて高い薬物耐性に変異したとある」

「ふうん、プロジェクトもまんざら命と金を捨てただけではないと?」
「うち1名はチーム1の草凪礼子、知ってるよね。今じゃチームのエース。そして、なんともう1人は祐実ちゃんのチームにいるんだよ」
「えっ・・・・・・」
「おそらくチーム1はその事実を草凪礼子から知らされていたんだろう。だから喉から手が出るほど彼女を何度も欲しがっていた(参照:3rd−day)」

「ま、まさか・・・見せて!そのファイルをすぐにココで開けて!」
「これさ」
 祐実は急いで藍本を呼んでファイルを見つけさせた。




【 PD(通称:パドック)5階職員専用通路 喫煙ブース】



 奈津美の頬に触れた冷たい数滴の雫。奈津美はそれで我に返った。
 間違いなくサイレンサーからの発砲音は聞こえていた。
 なすすべなく奈津美は最期のときを迎えたはずだったのに、視界にはフロアのカーペットが広がっている。

 体は熱くほってってはいるものの痛みや出血は認められない。
「わ、わたし・・・・・死んで・・・ない」
 思わず自分のおかれた状況も忘れて、言葉が表に出てしまった。
 組み敷かれ、顔をカーペットに押し付けられて、狭い視界の中、数センチ目の前のカーペットがわずかにへこんでくすぶっていた。
 
「も・・・模擬弾です。外して撃ち・・ま・・・し・・た。う、うぅっ、うぅぅぅぅl」
 
 上からしゃくり上げ、消え入りそうなしわがれた声がそう言った。
「な、奈那!」
 勢いよく体を起こすと、さっきまで押しつぶされそうに組み伏せられていたのがウソのように上半身が起き上がる。
 奈津美の上から崩れ落ちるように奈那は奈津美の脇に力なく座り込んで肩を震わせている。

「すみ・・・ません・・・チーフ・・・すみません」
 すでに銃からも手を離し、奈那はポロポロと子どものように泣いていた。

「な、奈那・・・・・・・・」
「抵抗できませんでした。祐実に、祐実に・・・・薬で、操られていたんです」

「いつから・・・」
「新宿の事件の、あの事件の日です・・・。被害者の女性を保護してPDに戻ったときに・・・・チーフ室に呼ばれて。コーヒーに、混ぜて合ったんです」

「奈那・・・・・・・・」
 肩を震わせて奈那は奈津美にしがみついた。
 嗚咽が漏れる。

「さっき、さっき、自分を取り戻したんです。でも、でも、誰を信じて頼っていいのかわからなくって」

「他にもいるの?祐実の手に落ちたコは?」
「わかりません。記憶が断片的で・・・自分でも何をしていたのかよく覚えていないんです。まだ整理できなくて・・・」


「体は、体は大丈夫なの」
「はい。ようやく動けるようになって。真っ先にチーフに、奈津美さんに助けを。でも、でももし奈津美さんまで薬にやられていたら・・・・・。そう思うとこうするしか方法が見つからなかったんです」

 奈津美を殺そうと銃口を向け、祐実の命令だと口にして隷従するように諭してもなお抵抗する奈津美に、奈那はようやく奈津美にはまだ自分の意志があると判断したのだろう。

「祐実に命令されると、自分の中では必死に抵抗するのに、祐実の指示を実行せずにはいられなくなって。実行すると全身に幸福感が沸き立って罪悪感や道徳感を押しつぶしてしまうんです。それ以上抗っても頭が真っ白になってなにも思い出せなくなって・・・・」

 そういうと奈那は再び泣き崩れた。

「どうやってその薬から逃れたの?」
「おそらく・・・・おそらくは私がL−2の生き残りだからかも。奈津美さん、L−2プロジェクトって知っていますか?」
「L−2?」

 事情を聞いて奈津美は愕然とした。
 奈那は過去の忌まわしい治験で薬物耐性を操作された生き残りだったのだ。

「あなたは今から局長のところへ行って匿ってもらいなさい」
「イヤです。今日の作戦では他のみんなにも絶対危険が及びます。私自身だけ逃げるつもりはありません。そんなにまでして1人助かりたくないんです。祐実の、祐実を断じて許しちゃいけないんです」


「わかったわ。それほど言うなら、危険だけどあなたはこのまま「操られているフリ」を続けられる?今は私たちが祐実に対抗できる手段が見あたらない。彼女の行動と目的を的確に掴む手段が必要なの」

「・・・・やってみます」
「特務局の捜査協力は2時間だけ。それから戻ったら、すぐにあなたのところへ行くから。それまでは今までと態度を変えずにお芝居しているのよ。いいわね」

「はい・・・・」
「無理をして祐実との無用の接触をしてはだめよ。命令あるまでは自室で今までの記憶の整理に努めること、いい?」

「はい。気をつけます」
「すぐ戻るから」

 奈那を部屋まで送ったあと奈津美はあらためて特殊用度課への通路を走り始めていた。 



【 東京・台場 国際展示場駅前 】



 靴音を鳴らし、ハザードをつけた車道脇のBMWに近づく。
 周囲の人通りや視線を気にするのは培ってきた経験から癖になった動作だ。
 中を窺い知ることのできないほど暗く作られたUVカットガラスはそれが特殊車輌であることを物語る。

 BMWの脇で立ち止まると携帯を手にして与えられた番号を発信する。
 3コールもしないうちに車のサイドウィンドウが開いた。

 左ハンドルの運転席から顔を出した男の指だけの指図に促されて後部座席のドアを開く。

「11:00 伊部奈津美、本庁特務局の動員要請により合流します」
 マニュアルどおりに奈津美は後部座席に座ると前に座る二人の男達に点呼代わりに言った。
「あれまぁ、見違えちゃったよ、伊部ちゃん。まるで、コナ○かアオ○のカジュアルウェアのモデルみたいだ」
 茶化したのは動員要請をした特務局の石原だった。

「意図を聞かせてください。この私への男装命令」
「なんで?」
 石原はおどけて聞く。
「任務上の納得のいく説明がなかったら・・・・ぶん殴る!」

 奈津美は後部座席から助手席に座る石原の背をシート越しに革靴で蹴り上げた。
「やめろよ!汚すな、壊すな。このBM、配車されたての官品なんだから叱られるだろ」
「随分・・・・・口の利き方変わるんですね、石原さん」
「ハハ、こっちが「素」かな。なんたって、これは特務局、俺たちが主の捜査だから」
 石原は自慢げに胸を張った。

 振り返りながら石原の相棒で運転役の同僚、加藤が奈津美の姿を舐めるように見る。
「本当に、宝塚かジャニーズかってところ。特殊用度課のメーク担当者も気合入ったんだろうね。素材がいいから」

 加藤がにやけた。
「石原さん!作戦同行時間は限定2時間だ。早く本題の説明に入れっ!私はすぐにでも、とって返して今夜の作戦の準備にかかりたいの!」

 不機嫌にむくれた奈津美はその表情を隠そうとしない。


「はい、はい。本題っすね。せっかくお台場に来たんですから、オレらとお茶でもしません・・・・・か、うっ」

 侘びの代わりにと雰囲気を変えを試みた石原の言葉はやぶへびだった。
 石原がが言い終わらぬうちに奈津美の右手が石原のネクタイを掴みあげ顔と顔をつき合わす。

 助手席から石原の上体は後部座席へ引っ張られた。
「殴られたいっ?それともこのまま絞め落そうか」
「い、いいね、できればそれはラブホのベット上でででででで、わ、わ、わ、わかりましたよう。説明します、言いますからぁ。く、く、苦じ〜ぃ」

 石原の言葉に奈津美はやっとネクタイの腕を解いた。
 奈津美の不機嫌は直るどころかさらに危機的レベルにまで高まっている。


「ふぅ〜。『命令に説明はない』、我われ組織の鉄則です。以上、説明おわり・・・ぶぎゃっ!」
 いけしゃあしゃあと言ってのけた石原の後頭部に奈津美の拳が飛んだ。

「痛ってぇ〜。まさかホントに殴るなんて」
「あんたのいる特務局と我われレディースワットを一緒にするなっ!私たちは生半可な気持ちでは任務にあたらん!」

「まいった、伊部ちゃん、あなたも祐実(レディースワットのチーム6チーフ)さんと同じこと言うんだな」
「祐実と・・・」
 石原から言われて奈津美の動きがとまる。
「でもこれからお茶しに行くのは本当だよ」
 車は静かにお台場のもっともにぎやかなビルの一角を横切る。

「石原さん、そんなこと言ってる間に着いちゃいましたよ」
 加藤がアミューズメントパークの立体駐車場に車を入れた。
「一体なにをするの」

「先月のこと、特務局から所轄の台場署に内偵依頼した喫茶店がある。今日はそこを特務局が直接内偵の現地調査だよん」

「それ・・・聞いたことある。事件性無し、異常無しの報告をした所轄の副署長が特務局から戒告処分を受けたって」
 奈津美は自分のうろ覚えな記憶を紐解いた。

「ホント、噂って早いね。でも処分はそれだけじゃないよ、次の大異動で副署長は間違いなく左遷(とば)される。処分理由の噂も聞いてる?」

「所轄の懸命な捜査に難癖つける特務局の横暴、エゴ、わがまま、策謀、陰湿な現場いじめ・・・・それから・・・」
 奈津美の言いかけた言葉を石原は渋い表情で首を振りつつ指で制した。

「もう、いい。全く嫌われたもんだね、我われ特務局も。理由は副署長の指示命令違反。慎重性に欠けた所轄の捜査人選ミスが処分の原因」

「人選ミス?命令に非協力的な捜査員だったっていうの?」
「ブっブー!はずれ。捜査に人選されたのはこの3人」
 石原は写真を奈津美に渡した。
 写真には若い制服姿の婦警が写っている。
 三人ともカジュアルな恰好をさせれば喫茶店の内偵には別に不都合があるとは見受けられない。大学生か若いOLといってもいい可愛い印象の三人だった。

 1人の顔に奈津美は見覚えがあった。
「・・・熊田巡査」
「ほう、見覚えがあるようだね、伊部ちゃん」
「彼女、以前ウチの予科訓練に所轄長推薦で来てた。あと20ヶ月の所轄経験を重ねて成績次第でウチへの異動を認められるB+ランクの優秀なコだったはず」

「ありゃりゃ、外見どころか実務も優秀だったわけだ。熊田友子ちゃんは、オレはこっちの小椋優子ちゃんのが好みだな。あと、この星野ってコもイケてない?」

 加藤は写真を指ではじいた。
「加藤さん、女だからって軽く見てる!?」
 奈津美の声は刺々しい。
 加藤は慌てて「と、と、とんでもない」と首を横に振った。


「この三人の素行に何か問題でも?妥当な人選かどうかは別にして処分されるべきほどの落ち度があるとは思えない。熊田に関して言わせてもらえば技能に優れた真面目な人物だわ」

 奈津美は写真を返しながら石原に問いかける。
「またまたハズレ。伊部ちゃん、特務局の命令ではその喫茶店の内偵には『ブス』で年増の『オバサン』婦警を使えという大切な指示が出・・・うわっイテテテテテ」

 首根っこを思い切り後ろから絞め込めれた石原は思いっきり悲鳴を上げる。
「女を愚弄するような命令を出すのね、特務局ってトコは」
「いたい、イタタタタタタタ、放して苦しい死んじゃう!違う、これは重要な指示だったんだよー!内偵に行って獲物にされてしまうような捜査員ではあとあと支障が生じることが予想されてた。あのこの間の新宿のホテル売春とケースが酷似してるんだ」

 『獲物』という、その石原の言葉に奈津美の腕は緩んだ。
「ま、まさか・・・・それって」

「売春組織『セルコン』の根は深いんだよ、さあ三人の顔を覚えてもらったところでお茶しに行こうか」

 石原と加藤はさっと車を降りる。
 奈津美も慌てて車を飛び出した。
「石原さん、まさかこのコ達が行方不明とか・・」
「ハズすね、伊部ちゃん。三人とも本件捜査後の勤務態度も変化なし。毎日元気に出勤し良好な勤務態度を保ってるよ」

 石原はそう言いながらサングラスをかけて言葉を続ける。
「彼女たちからの報告は『極めて正常で健全な普通の喫茶店。趣向を凝らした店ではあるが従業員、経営等において異常な点は見受けられない』・・・だったかな」


「ならば、捜査報告が期待通りの結果が得られずに特務局自ら再捜査ってトコ?」
 奈津美は話を続けた。
「期待通りの結果が得られなかったと言われればそのとおり。一つは報告が異常なまでに「普通」の報告だったこと。そしてもう一つは彼女たちの行動」

「行動?」
 奈津美は不安な気持ちに顔を曇らせる。
 石原は続けた。
「『セルコン』の捜査に当たった協力捜査員にはその後1ヶ月は行動監視がつく」
「どういうこと?」
「それを見せてあげたいから御指名の応援要請したんじゃないか。捜査後、三人の非番・休日に関する行動に不審な点が見受けられている」

「まったく!特務局ってトコは、非番・休日にまでヒトを監視してるって言うの?それくらい自由であるべきだわ」

「その言葉、不問にしてあげるけど、公の場だったら、それ、特務局への軽度の『批判・職務干渉』で処分対象だかんね」

「よく言うわ、あなただって私情で私に応援要請したってバレれたら処分じゃないの?」
「それだけ見せる価値があるってことだろ。そっちにもコードネーム『子猫』がチーム内に潜ってるか心配してるくらいなんだから」

「ま、まさか、彼女たち・・・・」

「さぁ、行こうか!伊部ちゃんもグラサンしてね。万一にも女であることがばれたらマズイから・・・なりきってくれないと困る」
 3人はアミューズメントパークの中にある1軒の喫茶店に向かう。

「OK。捜査である以上は力を抜くつもりはない」
「ほおっ、声色うまいね、そんな太い声がよく出せたもんだ」

「褒めたってなにも出やしないぜ。それよりその喫茶店の名前は?」
「店の名は『にゃんにゃんハウス』・・・・・っって!痛っってぇな!なぜ殴んだよ!」
 今度は殴られた石原が本気モードで怒った。

「ふざけんな!なにが喫茶店だ、今どき田舎のいかがわしい店だってそんな名前をつけるもんか」
 奈津美は表情一つ変えずに石原の頬を張った。

「ふざけちゃいないよ。世界のネコを眺めてお茶ができる、ネコ好き人間のあいだで話題の人気スポットなんだ。お台場くらいデートで一度や二度は来て知ってんだろ!ガイドブックでチェックしてんじゃないの?」

 石原のセリフに奈津美は自分の空回りに赤面して、恥ずかしそうにサングラスをかけなおす。

「・・・・・・すまない。仕事一本やりで人気スポットなんかにプライベートでは行ったことがないし、興味も湧かない」

「あっりゃまぁ〜、もったいない。ほんじゃ、行きましょうか。なにがあってもうろたえない、これ鉄則ね」
 3人は駐車場のエレベータに乗りこんだ。
「それから、捜査上の会話は極力しない。店内の各シートには隠しマイクがあるとも考えられるから」
「了解」
「それと、店内で何があっても素性がばれる行動はしないこと。露見すれば我われも無事では済まされない」
「重ねて了解」
「伊部ちゃん・・・いや、今からは会社の後輩・阿部ちゃんと呼ぼう。男になりきれよ、Hで卑猥なことがあっても受け入れろ」

「Hで卑猥?一体何を言う?『石山先輩』、喫茶店でしょ・・いや、喫茶店・・ですよね」」
 奈津美は石原を偽名で呼んだ。
「そう、表向きはね・・・。そうそう、ネコは好き?」
「?・・・大丈夫です」

「セックスの経験は?・・・ぐぅっ、ぐぇぇぇっぇぇ」
 石原がそう言い終わらないうちに奈津美から無表情のまま鳩尾に蹴りが入った。
 石原はその場で痛さのあまり屈みこんだ。
 レディースワット第一線の奈津美の蹴りでは男であろうともひとたまりもない。
「手加減はしましたよ、石原さん。防刃プロテクターをつけていてよかったですね。痛みもじき薄れるはずです。が、私への理不尽な質問は許しません」

 冷ややかな目で奈津美は脂汗を受かべる石原を蔑むように見下ろした。
 いつしか喋り言葉も偽装を忘れている。

「べ、別に興味本位で聞いたわけじゃないのに・・・。痛ってぇぇ」
「明らかにセクハラ。任務遂行外の逸脱行為」
「わかった、わかったから。でもこれだけは言っとくぞ、男として行動しろ。オスとしてイヤらしい欲求を満たす目的で来た客として行動しろ。いいね」
「承知」
 奈津美は怒りの収まらぬまま視線を合わそうともせずに言葉すくなに頷いた。
 すでに売春組織『セルコン』の名が出た以上は察しがつく。

 エレベータが開くとそこには平日とはいえ多くの人でごった返す店内の風景が飛び込んできた。
 三人は場の雰囲気に合わせて『遊びに来た客』に混ざる。

「ね、先輩。入るんじゃなかったんすか?」
 奈津美は『にゃんにゃんハウス』の入り口をさっさと通り過ぎる二人を制した。
 立ち止まる奈津美を石原と加藤は顎をしゃくりあげるだけで声も出さずに『ついて来いい』とばかりに先を急いだ。

 3人が足を止めたのは店舗脇の従業員通用口前だった。
 表裏前面が真っ黒のカードを扉の脇にあるリーダーにくぐらせ、さらに暗証キーを打ち込んでいく。
 化粧っけのない扉が開くと、中からおよそ店の名前からは風体のそぐわない屈強そうな男が「お入りください」と促した。

 
 


 

 

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