TEST


 

 



「は〜い、これからテストをします」
「えぇ〜、テストなんかキラーイっ!」


伏見 紀香:レディースワット(LS)統括本部局長
明智 祐実:レディースワット(LS)チーム6のチーフ
伊部 奈津美:同副長
松永 奈那:チーム6メンバー 副長補
中野 麻衣子:チーム6メンバー
黒川 樹里:チーム6メンバー
那智 瞳:チーム6メンバー
国井 涼子:チーム6メンバー
沢村 弘美:チーム6メンバー
不破 美穂:チーム6メンバー
飛鳥井 園美:チーム6メンバー
加納 美香:チーム6メンバー 新規配属者(元 国際犯罪取調室通訳官)
筒見 小雪:チーム6メンバー 新人 筒見京香の実妹
麻木 雪乃:チーム6メンバー 新人
筒見 京香:警視庁特務機関レディースワットを担当する医師・カウンセラー
陣内 瑠璃子:聖オスロー女学院2年生




************ INTRODUCTION *************


 東京・渋谷109(東急)前、クリスマスのデコレーションでにぎわう街中に制服姿で堂々とタバコをくゆらす女子校生が2人。

「ねぇ!ルッコ見て!見て!何?あの人たちカッコイー!何かの撮影?」
「バカ!ミサコ、何も知らないの?アレ、レディースワットって言うんだよ。見つかったらヤバイからタバコ消しな!」
「レディースワット?へぇーカッコイイ、それ何チャンでやってるの?誰が出てる?」
「あのねぇ、あの人たちは警察なの!オ・マ・ワ・リ!タバコ隠しなってば!」
「うっそー!まるでTVの子供向け番組の正義の味方みたい。あのピチッとしたユニフォームカッコいい」
「でもコワイんだよ。この間、私、池袋で補導されちゃったんだから。親と先生呼び出しー」
「ウッソー!なんで?」
「エンコー見つかった。こっぴどく叱られるし。オンナを守る警察なんだって、女の味方だって言うけど・・・だったら見逃せよって言いたい」
「オンナの味方、なにそれ?」
「知らない。あのお姉さん達に直接聞いてみたら?女の子が悪いやつに喰われない為に頑張ってんだって」
「ふーん」
「でもスタイル良くってキレイでカッコイイ。ミサコがいうのもうなずけるよね」
「ねえ、私たちもなれるかな?その・・・・なんだっけ?そのレディースワット!」
「あんた馬鹿ぁ?今からエンコーでこずかい稼ごうって私たちがどうしてあんなのにならなきゃいけないの?ホラ!あんた、ケータイ鳴ってるよ」
「あっ・・・・・はい、わたし現役の学生でぇす!えっ?ホントだってば、制服姿に学生証も見せてあげる。名前はミサー!」
「いいな、ミサコ。乱暴されないように気をつけなよ、最近コワイヤツ多いから」
「うん、行ってくる。終わったら寮に帰るから、明日、学校でね」
「今日2人目かぁ。私も今日はビトンの財布買い換えたいからお金ほしいんだけどなぁ・・・・・」
 彼女は美佐子の背中を羨ましげに見送った。



「稼がせてあげようか・・・・」
 しゃがみこむ彼女の頭越しにすっとんきょうな声がした。
「だれ?あんた、見ない顔。うざいから向こう行ってよ!」
「大丈夫、あなたのトモダチ」
「馴れ馴れしい!消えろよ」
「お金ならあるよ、ホラー」
「うわっ・・・い、いくらあるの。その束全部万札?あんたの?」
「全部あげてもいいよ。お願いきいてくれたら、フフフ」
「ヤバイのはいやだよ、それだって今出回ってる偽札じゃないの」
「ちがうよ、ほら番号も1枚1枚違うし、新札だもん」
「ホントだ・・・でも、わたしヤバイ系はパスしてるの」
「やばくないよ、あなたを貸して」
「えっ?何言ってんの、大丈夫?あんた」
「ふふん、じゃあ、コレ見てくれる?」
「なにそれ」
「これってね、こうやって叩くと、とっても魅力的なんだよ」
「えっ」


 ダークスーツの男が通りの向かいで遠巻きに様子を見ながら携帯を耳にあてる。
「オレです、『クラッカー』です。TEST開始を確認しました。時間、記録してください。『対象』が最初の献体とおぼしきモノと接触を開始しています」
 連絡を終えると男は口にしていたタバコを投げ捨てて駅の方へ足を進める。
 気になってふと振り返ると、『対象』はすでに男が『献体』と呼んだ女子校生と人気のない路地へと連れて歩き始めていた。
「・・・・・アイツにTESTなんて必要ない。いつか組織ごと食われちまうほど危険な匂いがしてるのを「上」はわかっちゃいない・・・・」
 男は雑踏の中でつぶやいた。





 都内では近年、犯罪多発が大きな社会問題となっていた。
 特に海外流入したマフィアと暴力団の抗争表面化もあり、犯罪はより巧妙多様化の一途をたどっていた。
 犯罪組織と警察機構とのいたちごっこの様相は長期化を呈し、検挙率は低迷。
 特に女性の犯罪被害率は若年層ほど高い伸び率を示していた。
 マスコミが連日批判報道をする中、警察PRのためのキャンペーンマスコットとして存在していた女性チーム・レディースワットは、彼女たちの自発的な発起により、女性を守るための特務機関として成立することとなった。
 女性を犯罪被害から守るためレディースワットはその犯罪類別ごとにチームとして分隊され、各チームの長としてチーフが、スワットチームの総指揮をとる長として局長が置かれた。





 遡ること8ヶ月・・・・4月25日午前1:50 渋谷センター街。
 救急車は深夜の都心を高らかにサイレンを鳴らして走り出した。
「吐血がひどい!挿管準備!気道を確保するんだ」
「い・・・や・・・いや・・・・・死・・たく・・ない・・・ゲフ」
 血まみれの手が宙をさまよう。
 チーフの伊部奈津美はその手を力強く握った。
「バカ!江梨子のバカ!なんで・・・どうしてあんな無茶したの?」
「・・・私・・な・・・撃・・・たれ」
 救急隊員の気管挿入を弱弱しく手で拒んで江梨子は必死に言葉を搾り出す。
「えっ何?なんて言ったの?」
「私・・・・ぜ・現場・・・・・・・・」
 江梨子の言葉は途切れに途切れて奈津美の耳に届かない。

「よくやったわ、江梨子先輩。先輩の手柄よ。だからもう黙りなさい」
 祐実は口封じでもするかのように、酸素マスクで江梨子の口をギュっと押さえつけた。
「祐実!そんな乱暴に押さえつけるなっ!しかもこんな時でも手柄だの功績だの言って!少しは後輩として先輩を気遣ったらどうなの!」
「チーフ、我々は警察官です。しかもレディスワットの一員。私は下手な同情より膠着した事件を終局に導いた江梨子先輩の行動を誉めてあげたい。それに私はチームの副長なんですよ。先輩だろうと江梨子先輩は部下。部下を褒めて何が悪いの」
「信じらんない、このコ・・・・なんて冷たいヤツ!」
「『冷たい』結構!チーフ、チーフこそ自分の身を案じた方がよくない?」
 フフンと祐実は鼻であざ笑う。
「何ですって?」
「事件を長期化させたこと、『グスタボ』をまた逃したこと、犠牲者を市民とチームから出したこと。問責対象だよね、査問委員会の」
「あなたは人をなんだと思ってるの?」
「別にぃ・・・・私『使われる人間』には似合わないんですぅ。早く『使う人間』になりたいの。今回グスタボを除く組織の他のバイヤー達を押さえたのは、わ・た・し。着任して8ヶ月にして目覚しい実績じゃないですか?コレ」
 祐実は誇らしげに言った。
「江梨子が無茶して突っ込んだ後にノコノコ飛び込んでいったクセに・・・・」
「だから感謝してますよ、江梨子先輩に。先輩だって成績あげたいから突っ込んだんでしょ?たまたまドジって撃たれただけで。あっと・・それにチーフにも感謝しなきゃね、江梨子先輩と一緒に組ませてくれたこと」
「バカ!なんてこと言うの?」
「バカはどっち?結果がすべてですよねーっ。ウフ」
 パシーンと大きな音が響く。
 奈津美は江梨子の血のついた手で思い切り祐実の頬を張った。
 祐実の頬は江梨子の血と奈津美に張られて紅く染まった。
「いったぁ〜い。忘れませんよ。チーフ・・・いえ奈津美先輩」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

「おい・・君たち仲間割れしてる場合か。今はケガ人のことが第一だろう!気管内挿入するから、キミらも資格があるならサポートしてくれ」
 救急隊員が見るに見かねて怒鳴った。
 自分の頬についた江梨子の血を拭うと祐実は妖しげに含み笑いを浮べ、舌をゆっくりと出すと手についた血を舐めた。舌が赤く染まる。
「美味しっ!」
「あなた、変わったわ。訓練生のときは、たとえ実戦で遅れをとっても守ってあげたいと思わせる不器用だけどひたむきなコだったのに」
「まぁ、それはどうも、伊部教官。懐かしいですね、2年前までは教官と訓練生、天と地ほど差のある存在だったのに、今では組織売春や青少年凶悪性犯罪を取りしまるチーフ6のチーフと副長」
「なにが言いたい!」
「私はあなたの上に立つ。すぐに!」
 奈津美は祐実の刺すような視線に背筋を凍らせた。
 江梨子の訃報が2人にもたらされたのはそれから3日後だった。

 査問委員会は事件を解決に導く決死の行動をとった長峰江梨子に通常の殉職2階級特進で警部補になるところを3階級特進の警部にする特段の評定を行なった。
 同時に隊員と市民の両方から犠牲者を出したチーフ伊部奈津美を謹慎・減給・降格の厳しい処置にすると発表、除隊は免れたものの隊内においてはチーフを補佐する副長に降格。
 新たなチーフとして、副長だった明智祐実が着任以来数々の勲功が評価され昇格となった。
 明智祐実は、査問委員の事件公聴会上、伊部奈津美の隊除名処分を主張したが他の多くの隊員からの減免嘆願により見送られた。

 委員会は伊部奈津美の指導力の劣りを糾弾しながらも、隊内での人望の厚さと過去の成績については一定の評価を示したと、各方面からは公正な裁定と受け止められた。
 ただひとり、明智祐実だけは人目もはばからず処分への不満を口にした。




*********** Prologue:1st−day ************


【12月16日(金)午後10:50 新宿歌舞伎町・ホテルTIME】


 小雨降る深夜の歓楽街、その通りをひとつはずれたラブホテルの立ちならぶ一角。

 路駐したシルバーのベンツ。助手席に座る女がボックスから引き抜いたタバコを咥えて火を点ける。
 ワイパーが思い出したように水滴を切った、ネオンの光が滲む。

「チーフ、またですか?もう灰皿一杯ですよ」
「悪い、美香の車だった。ごめんねー」
「いえ、私は別にかまわないんですけど、チーフは吸い過ぎですわ」

 運転席に座る部下の加納美香に謝る態度はどこか素っ気無かった。
 かれこれここに通いづめて10日間が過ぎている。
 チームの誰もが半ば諦めかけていた。マンネリ化ムードに士気の低下も懸念された。
 今日不発に終れば『ガセネタだ!』と口うるさい副長の奈津美が自分に食いつくにちがいない。

「この仕事がおわったら匂い消しのクリーニングして頂戴。経費でいいわよ、外車は都合がいいの。外車なら、まず滅多なことでは張り込みとはバレないから。美香のおかげ」
「それはどうも・・・・・チーフ、聞いてもいいですか?」
 自分より若い上司から名を呼び捨てにされることに若干の戸惑いを感じながら美香は切り出した。
「なに?」
「なんでこの仕事についたんです?チーフなら、もっといい仕事につけたんじゃないですか?」
「もっといい仕事って?」
「えぇっと・・・例えば、モデルとか、女優とか」
「2〜3度・・・いえ最近も広報を通じて仕事をした先方の会社から打診されたわ。でも客寄せパンダはイヤ」
「この間の『警視庁24時』の取材お礼の時、しつこくこぞってお願いにあがってたのってチーフへのスカウトだったんですか?私のトコなんか誰も来なかったのに・・・」
「見る目がない人たちよね」
 チーフは膨れっ面の美香をみて苦笑した、たしかに彼女だってまんざらではない。
 仕事を離れて目にする彼女の持ち物着る物全ては高価なもので、それに負けないカラダと美しさがあった。
「チーフなら秘書とか、通訳とか、キャリアウーマンだって十分できるのに」
「若いうちはキャリアウーマンにも憧れはしたけど・・・・、秘書はやったわ。でも好色なジジイの相手は疲れたの。朝来て新聞にアイロンかけるのが仕事よ、インク飛ばしてパリパリにした新聞渡して・・・・・あ〜思い出しただけで苛々する。つまらない時間を無駄にした」
「若いうちって・・・・・チーフ私より年下ですよね、秘書してたんですか?」
「某外資のね、2年もたずに辞めたわ。人生の浪費もいいとこ。結局は秘書って言ったって奴隷のようなものよ」
「この間の取り調べの時だってフランス語で容疑者と対等に渡り合ってたじゃないですか」

「今日の通訳は美香、あなたでしょ。私は英語とフランス語とドイツ語だけ、だから今回は無理にあなたを引っ張ったの」
「言うこと無くなっちゃいました・・・・・・、女の私でさえ惚れ惚れするほどのリーダーが実際はしがない1警察官だなんて・・・・・・・」
「ひどい言い方、私これでも『キャリア組』なんだけどなぁ」
「私だったら望んでこんな危険な仕事に首突っ込むようなマネ、しないな」
「ゴメン、あなたを無理やり引き抜いたのは私。伊部の影響を受けていない純粋な部下がほしかったから」
「いえ、光栄でしたよ。警視庁の華、今をときめくレディースワットのチーフからお呼びがかかったんですもの。二つ返事でOKしちゃいました。同僚に自慢しまくりですよ。だから何でも言って下さいね、精一杯頑張ります」
「あなたみたいなヒトばかりだったらチームもどれほど動かしやすいか・・・・」
「聞いてます。チーム配属以来、数々の事件解決の手腕を買われてチーフに抜擢されたって。同僚というか後輩隊員がいきなりチーフになってチーム内の雰囲気は非常に微妙なモノだって」
「当たらずとも遠からず。以前のチーフも副長でいるからやりにくいのは事実だし、部下として指示する隊員もほとんど先輩だから」
「やりにくそう・・・・・」

「それはそれとして、チーム6の特命は組織犯罪としての売春行為の取り締まりと組織壊滅、他のチーム1やチーム3から比べたら笑っちゃうような内容と思わなかった? 私だってからかわれたわ、そこかしこで・・・・でも危険なのは一緒なの。今追ってるグスタボだって売春組織のボスの1人だってことはわかってるけど、実際あいつが『セルコン』とつながってるかわからない」
「でもチーム1の麻薬密売も、チーム5の海外シンジケートと指定暴力団取り締まりにも手柄になったもとネタはみんなチーム6からの情報だって、チーフが伝えたものだって聞いてます。だからどのチームのチーフより明智チーフが偉いんだって思います」
「だれかさんの受け売りじゃない?」
「バレました?」美香は舌をぺロッと出して笑った。
 背後から近づいた小走りな足音がリヤドアの開閉の音とともに止んだ。スーツ姿の男がシートにドサッっともたれた。
「まいっちゃいますね、雨はいやだな。はい、コーヒー、煎れたてですよ。昨日その先にオープンした店のヤツ」
 男はまだあたたげなカップを二つ、前の座席の間にぬっと突き出した。
「あっ、ありがとうございます」
 美香が礼を言った。
「サンキュー、えぇーっと・・・・」
「い・し・は・らです、都知事と同じ名前のい・し・は・ら。チーフわざと言わせてるでしょう?まいっちゃうなぁ、でもいずれ首相と同じ名前の・・・・と変わるかも」
「石原君、聞いてないことまで喋らない!他の出入り口はどう?」
「だ、大丈夫です、今日は路駐も少なくて4台全部が持ち場のホテル出入り口最短距離に車の配置ができてますから異常があればすぐに踏み込めます」
「今夜で決着させたいわ、みんな疲れが溜まってきてる。あなたの仕切りのおかげでみんな無用の気遣いをしないで済んでる分だけ、今までよりまだまし。 石原君、あなたが使いやすいヒトで助かったわ、思った以上に動いてくれる。プライドばかり高い馬鹿ばっかりだったから辟易してたの。今度同じような馬鹿がお目付けで来たら蹴り倒して本庁に突き返してやろうと思っていたわ」

「チームのいわばお目付ですからね。なにもすき好んでこんな芸能人のマネージャーみたいにへばりついて本庁に逐次報告する役なんか
・・・と思うのもわかっていただけないですか?僕だって最初内示を聞いてヘコみましたモン、特務局捜査員なんて名ばかりの小間使い。この苦労わかってくれます?」
「わかりたくもないわ、もともとLSは警察のイメージアップのために結成されたPRが目的のマスコットチームだったってのも気に入らない。 私たちをコンパニオンやレースクイーンでも選考するかのように選抜した上層部も許せない。 そう考えた発足当時のメンバーが女性であることを逆手にとって捜査に踏み込んで成果を上げて、認めてもらった組織だものね。 だから人一倍我々はオンナである事を理由に第一線から疎外しようとする警察の機構そのものに不満を持っている。上層部としては腫れ物扱いだわ」

「・・・上司として仕えなければいけないチーフは自分より後輩、年下の20代のかわいい女の子ときてる。しかも『くん』づけでオレのこと呼ぶし、彼女募集中の自分にとってチーフは理想のヒトなんですけどね」
「石原君、それ以上言うとペナルティー、セクハラだわ」
「・・・・・ですか」
「チーフ!あれ、あの男!石原さん、写真!写真出して」
 美香の声が上ずった。
「間違いありません、グスタポです」
「全員聞いて!ターゲットがホテルに入る。突入はきっかり15分後。我々LSにとって、いえスワットチーム全てにいえる基本の「キ」、容疑者の身柄確保。司令室で話したとおりこのオペレーションでは作戦符牒(コードネーム)は使用しない。面割れもなく盗聴の恐れもない上、雪乃のデビュー戦だから間違えず名前で指示するからね」
 チーフの明智祐実の無線に各車から『了解』の復唱が入る。

 美香も緊張しながら祐実のとなりで時計を気にした。
「奈那、裏からの入場は何人?」
「4組8人です、潜入させた所轄の偽装ペアは3階の一室に陣取って指示待ち。それ以外の3組はいずれもクロと思われます。あと従業員が2名男女各1です」

 祐実の思考が冷静に人数をカウントする。
(正面から入った客と合わせて9組18人、従業員とグスタポ合わせて・・・・・)
「みんな聞いて!ホテル内は利用者男女18名、半分以上はグスタポの手ほどきによる売春婦と客。これらは潜入した所轄の2人とともに、人命を尊重しつつ身柄を確保、今日の従業員は身元確認のとれている正従業員、こちらの行動に対して抵抗はないと思う。グスタポは恐らく最上階VIPルームにいる。必ず捕まえるのよ。弘美、美穂、車で駐車場出入口を封鎖、その後の部屋への突入時は危険だから十分注意して・・・・」
「・・・・・了解」

「雪乃!いらぬ緊張はしない、初仕事なんだから。瞳しっかりフォローを」
「はい、麻木雪乃、5分前に先行。事務所通用口から突入し従業員2名の身柄を拘束、建物内の照明をすべて点灯させて客室のロックを強制解除します、解除後無線で連絡」
「同じく那智瞳、突入までの麻木巡査を援護、突入後は通用口を確保して開放します」
「奈津美さん、奈那、裏正面を固めて!以上、作戦開始するわよ」




【突入10分前 新宿歌舞伎町・ホテルTIME 通用口脇側道】


「馬鹿じゃないの!卒配してきたばかりの新人は斥候って決まってるのに、いきなり初仕事で先行突入させて。しくじってグスタボを逃したらどうするつもり」
 奈津美はレシーバーを思い切りダッシュボードに投げつけた。
「副長、壊さないでくださぁ〜い。また始末書ですよ」
「奈那!」
「はっ・・はい?」
「ごめんっ、いらついてた・・・・・私」
 ふっとため息をついて奈那は奈津美の横顔をしげしげと見た。
「センパイ、腐らないで下さいねぇ。センパイは今でも我々のチーフ、みんなそう思ってます」
「奈那、センパイはダメよ。『仕事中は職階を重んじろ!』・・でしょ、くだらないわ。祐実の能書きなんて」
「すいません、でも私はセンパ・・・いえ副長がチーフをやっていた頃のチームの方が好きでしたよ。とてもチームワーク良くって」
「結果は伴わなかった・・・・・・・」
「そんな・・・・・・・」
「たしかに彼女がチーフに昇格してから数ヶ月、結果はめざましいわ。この街に巣食っていた組織売春グループをあっというまに2つも潰して、あまつさえ小室組の武器庫とセンター街の外国人の麻薬グループのネタまでとった・・・・十分すぎる功績ね」
「でも売春グループの調べ込みは副長がチーフの頃に苦労して集めた情報を・・・・・・・・・」
「奈那、結局は結果がすべて、挙げたもんがちってトコ。私はリーダーの器じゃなかったのかなぁ?彼女みてると女の私でさえその指揮にはかなわないと思うモン。 グスタボのコトだって・・・実体の掴めない売春組織の元締をここまで絞り込んで出没情報までとった・・負けたわ」
「でも、チーフは江梨子を犠牲にして・・・・・」
「奈那、口が過ぎるわ。じゃあ聞くけど、みんなの命が大事に思えて犯罪組織を検挙できないでいるリーダーと、隊員から犠牲者を出しても犯罪を叩き潰していくリーダーとどちらが評価されると思う?」
「それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「『セルコン』、最初聞いた時は信じられなかった。組織売春が全貌を掴めないうちに、その売春のための女性たちのオークションがあるなんて」
「ホントにあるんですか?ただの噂が膨れ上がったものとしか思えないんですけど・・・」
「今まで検挙してきたのは、すべて末端の構成員であり売春婦。いくら問い詰めても出てくるのは調べ上げた事実だけ。真新しいものは何一つ出てこなかった」
「じゃあ、『グスタボ』は?」
「そう、あいつだけが組織に直結し、オークションのバイヤーの1人であることがわかった。それからはグスタボを掴まえて、組織を特定し、オークションをおさえて完全に壊滅することが目標となった。もう、これだけは至上命令、私自身の」
「江梨子先輩のこと、気にしてるんですね・・・・・・・」
「江梨子は素直なコだった。江梨子はよく私についてきてくれたの・・・・」
「自分を責めないで下さい」
「さ、それはそれ、これはこれ。雪乃が先行する時間よ。ヘッドセットをつけて私たちも突入に備えましょう!そして・・さっさと済まして飲みに行くのよ!」
 奈那に叫ぶ奈津美の顔は凛々しく一点の曇りもなかった。




【先行突入:麻木雪乃・那智瞳 ホテル事務所通用口】


 2人は敷地内へと入った。ホテル側が設置した来客を察知するための監視カメラは事務室通用口にはない。事務室にいる2人は全く事件を知らぬ一般人か知っていても抵抗すらしない程度にしか組織に関わりのないことは調べがついていた。通用口を開けるとリネン室に向かう廊下があり、事務室に行くには中のドアをもう1枚開けて入らねばならなかった。
「瞳センパイ、私・・・・行きます」
 ヘッドセットの口元のマイクを押えて雪乃が言った。音はクリヤーに入っている。外のドアの両脇に立った2人のうち、ノブに手を雪乃がかけた。
「焦らず落ち着いてね、銃は使用許可をとってあるんだから、思った時にはためらわずに引くのよ。私はここで待つからね、なにかあれば呼びなさい。あなたは初めてなんだから、助けを呼んでもいいのよ!」
「はい・・・頑張ります。交信止めます、回復は先行オプション終了後か・・・・・失策時」
「グッドラック!、雪乃」
 雪乃は瞳に頷くと拳に親指を立てて少し引きつった笑顔の後、静かにドアを開けて中に入っていった。
「瞳です、今雪乃が先行しました」
 全員のヘッドセットに瞳の声が入る。各ポイントにいるチームの全員が雪乃からのコールを息を呑んで待つことになった。
 暗い廊下の一角がほのかに明るい。扉から漏れる事務室の明かりだった。銃を持つ手が汗ばむ。明日、いやこの扉を開けた直後、私生きてるんだろうか・・・考えずにはいられなかった。
(限られた時間は5分、大丈夫きっとできる!中は従業員2人・・・GO!)
 雪乃は自らを奮い立たせて一気に扉を押し開いた。

「LS(レディースワット!)警察よ!、その場を動かないで!えっ・・・・」
(えっ・・・・ウソ!・・・・まさか・・・・・)
 目の前に映ったのは、ソファにふんぞりかえるあのグスタボとおぼしき男と制服姿の少女だった。
「グ、グスタボ!警察よ!その娘を放しなさい!両手を挙げて!抵抗すれば撃つわ!」

 焦りを悟られないように雪乃の声は自然と大きくなった、胸は早鐘のように鳴っている。
 苦々しい表情でグスタボはその場で両手を挙げた。少女が雪乃の銃口に立ちふさがるように解き放たれる。

「助けて!助けて下さい!」
 グスタボの元を離れて少女は一目散に雪乃にしがみついた。
「どうして!・・・・まだ子供じゃない!聞いてない。学生が入ったなんて・・・・」
(なんてイレギュラーなの!)雪乃は歯ぎしりをした。
「助けて!助けて!お姉さん、助けて」
「ちょっと・・・・ダメ、大丈夫だから。しがみつかないで!伏せなさい、伏せるの!」
 少女にしがみつかれてグスタボに向けた銃口が揺らぐ。
 その瞬間を待っていたかのようにグスタボは横っ飛びに部屋の収納庫の影に隠れるとエントランスホールへ通じるドアへとにじり寄って素早くホールへと飛び出していった。
「待ちなさい!待て!逃がすもんか!」
 グスタボを逃がすことは許されない。どれほどチームが苦労して来たか、ましてや自分のLS最初のオペレーションで先行突入に抜擢されてミスをすることは自分の気持ちが許さなかった。
 急く気持ちを抑えて少女の手をゆっくりとほどいた。グスタボが外に逃げ出せば張り込んだ仲間が抑える筈、彼もそれを読んで逃走経路を模索する、しばらくは建物の中を出ずに移動する。
 恐らくは屋上から隣に飛び移るに違いない。雪乃は自分自身を諭し冷静さを取り戻そうと懸命になりながら、少女のことに気持ちをむけた。
「いい、通用口から出れば私の仲間が外にいるから。もう大丈夫よ、さあ行きなさい。私はアイツを逃すわけには行かないの!わかって・・・・・」
「イヤ!行かないで!違うの、ダメなの」
「なに?」
「私が助けて欲しいのは・・・・・・・私が欲しいのはお姉さんの助けななんですっ!」
 彼女は動揺している−−−そう判断した雪乃には、もう彼女の話を聞く気はなかった。
 すでにグスタボが逃避した今、この部屋に彼女を1人で残しても危険はないと判断した。
「もう大丈夫だから、早くそちらから外へ逃げて!私はアイツを追うから!」
 飛び去るようにグスタボの逃げた扉に踏み込んで廊下へ出ようとした時、背後から聞こえた甲高いキーンという金属音に、はっと反応して振り返る。異音に対するとっさの条件反射だった。
「なに?何の音?」
 振り返りざま、少女の手元が光って一瞬目を奪われた。
「さっすがぁ〜、まるで背中にも目がみたいだね。敏捷性が高いのかなぁ、豹みたい」
「えっ・・・なに?」
「お姉さん、イヤよ。犯人より人質である私の安全確保が最優先でしょ」
 少女は微笑んだ。




 すでに雪乃の突入から5分。ヘッドセットのレシーバーには何の応答もなかった。
「どうしたっていうの?もう5分もオーバーしているわ」
 奈津美は一人いらついていた。
「副長、焦らないで下さい。5分はまだ作戦の理論上許容時間内ですってば!」
「馬鹿言わないでよ、敵がウヨウヨの突入じゃあるまいし、事前に建物の構造を熟知した上で突入してるのよ。机上の論理は現場には通用しない! ただのラブホテルの設備機能を抑えるのに許容時間があるもんですか!チーフ、明智チーフ!指示して下さい、ホシが入るのを確認したんでしょう。もう待てない、行くわよ!」

「待ちなさい!当初の作戦行動のシナリオを崩してはダメ!勝手な行動は許さないわ、私の指示に従いなさい!」
 祐実の厳しい刺すような指示。
「何言ってんのよ、事件は現場で起きてるのよ。臨機応変がチーム6のポリシー!文句があるなら後で言って・・・・私行くからね!奈那、GO!」
「は、はいっ!」
 車を飛び出した祐実と奈那の2人のヘッドセット、そして車に待機した全員にピッっと無線の着信コールが鳴った。
「ユキノです・・・・」
 奈津美と奈那は走りかけた足を止め、車によりかかって雪乃の声に耳を澄ます。
「建物の照明入れます、ドアーロックを全室解除・・・・・・・いま、完了です」
 一瞬にしてホテルの照明は煌煌と明るくなった。ふぅっと祐実はため息をついて言った。
「奈津美、私あなたを許さないわ・・・・・さあ、みんな行くわよ!!」
 一斉に車から飛び出したLSのメンバーは寸分の狂いのないマシンのように動き出した。
「石原さんは行かないんですか?」
「オレ?オレはただのお目付役、あった事実を上層部に報告するだけサ。下手に功名心に駆られて勝手に現場へ首を出せば、前任者の奴等のように巻き添えくらうよ。 銃も防弾チョッキも貸し出されてないしね。彼女たちのどのチームが扱う事件でも・・・売春だろうが窃盗だろうが、必ず前に『凶悪犯罪』の4文字がつく。前任の奴等はそれすら忘れて本庁に戻りたいがあまり、早計な功名心溢れる行動に走った・・・・・・その結果が殉職じゃねぇ〜」
 美香の問いに石原は素っ気なかった。
 その瞬間、大きな衝撃が2人を襲った。
「おっとぉぉぉぉ」
 めり込んできた屋根を見て石原が身を屈めた。
「きゃっ、なに?なんなの・・・・・一体」
「あ〜ぁ、1千万はする車もこうなっちゃねぇ〜」
 そう言ってため息をつくと石原はタバコに火をつけた。
「なに?石原さん、わたし・・・・わからない。なに、なんなの?」
「・・・・・表に出て車の屋根を見てごらんよ」
 意味の分からないまま美香は車外へと出た。
「キャー!」」
 恐る恐る車外へ出た美香が見たもの、それはホテルの上から落下してきたグスタボだった。
 美香はその場に気を失って倒れ込んだ。
「ふぅ、シロウトだな、このコ。所詮は通訳、内勤の人間じゃ現場はねぇ〜、おっ?助け起こすフリして乳でも揉ませてもらうかな、ハハ役得じゃん!」
 連絡を受けた所轄のパトカーの幾重にも重なったサイレンが遠くから近づいて来た。




【ホテル最上階客室 VIPルーム】


 VIPルームはごった返していた。祐実の表情は冴えない。
「了解、じゃあ拘束した男女を署へ・・・・・えぇ、その子たちは美香が直接話すから。日本人?グスタボの息のかかった日本人女性がいるって言うの?2人?わかった、そのコ達は戻って調べる。えぇ、えぇ、搬送は石原君に任せるわ。・・・・・・ふぅ」
「ダメだったんですか?」
 VIPルームに突入した1人、沢村弘美が残念そうに言った。
「病院に着く前に心肺停止が確認されたわ、クソっ!」
「すいません、もっと早くこの部屋についていればグスタボを・・・・・・・」
「・・・・・先に潜入させていた2人は何をしていたの?本隊突入までのロスタイムを読んで潜行させていたのにこの場にいないってどういうことよ!」
「チーフ!」
 裏から副長の奈津美とともに突入した1人、松永奈那が駆け込んで来た。
「奈那、あなたも!前もって言っておいたでしょ、奈津美先輩の・・いえ・・・副長の独断を抑えろと。何であなたまで突っ走るのよ!」
「すいません。・・・・・・・あの、来ていただけませんか3階に」
「3階?3階に何があるっていうの?」
 グスタボを取り逃がした以上に死なせてしまったことで報われない苦労が祐実を苛立たせた。




【ホテル 3階客室 307号室】


 3階のエレベータの扉が開いた瞬間、祐実の耳にしたのは女の悶える悩ましげな声だった。
 開け放された扉にもたれる副長の奈津美の呆れた表情と廊下に立ち尽くしている他のメンバーの凍てついた表情が対照的だった。廊下をまっすぐに進んでいく祐実に最初に気づいたのは樹里だった。
「チーフ・・・・・・」
「一体何だっていうの?何、なんなのよ、この声は」
「チーフから直接聞いてみて下さいよ、中の2人に」
 冷めた目で奈津美が言った。
「中って・・・・・・・・・・!!!!!!!!」
 廊下から覗き込んだ7号室の奥に見えるベットで繰り広げられていたのは、所轄の潜行させた偽装カップルの2人の捜査官が裸体で絡み合う正に真っ最中の姿だった。
 騎乗位でこちらを向いた婦警、西野聡子の上半身は汗ばみ、豊かな胸は上下に大きく揺れていた。
 下に組み敷かれた巡査の海老原はすでに気絶しているようだった。
 異常なまでに貪欲なほど女の方が求めている、誰もが目をそらした。

「ああっぁああ、いいいいいいぃぃぃい、あんんん、もっとぉ〜」
「何やってるの、あなたたち!一体なんのマネ?今すぐやめなさい!」
「あんんん、うるさいわねぇっ!ほっといてよ!邪魔しないで!あんん、もっとぉ!いやぁ!もっと硬くしてよぉ!かんじないじゃないぃぃぃ!」
「チーフ、言ったって聞きゃあしませんよ。さっきから・・・・いえ、突入して発見した時からずっとあの調子です。人が見ていようが忠告しようがお構いなしですから・・・」
「なんてコト・・・・・どうしたっていうのよ。任務をほったらかしにして」
「よほど好きあってたんでしょ、この2人。命の危険に晒されて一気に燃え上がった・・・・とかね。アハ、そんなわけないか。つきあってられないわ、超ダサな事件だこと」
 奈津美は自嘲気味にそう言って祐実の前を立ち去る。
「どこ行くの?」
「パドックへ戻る。連れてったヤツラ、事情聴取するんでしょ、私がやるわ。みんな日本語を流暢に話してるし。馬鹿みたいに通訳なんかチームに取り込まなくったって我々で十分!日本語が喋れなきゃ彼女たちだって商売なりたたないのは落ち着いて考えればわかることですモン!」
「副長、あなたはいいわ。今日はもうあがって」
「まぁ、どうして?」
 奈津美は冷めた目で祐実を睨みつけた。すでに彼女の言葉を予測しているようだった。
「謹慎よ!私の制止命令に逆らった規律違反、しばらく顔も見たくない。呼ぶまで任務に就かなくて結構よ」
 祐実の言葉が終らないうちに奈津美は手にしていた両手保護のためのコンバットグローブを床に叩き付けた。
「・・・・・・・・・・どうぞ、ご勝手に!みんな、お先にね」
 去り際に近くのドアをコブシで思い切り殴りつけて怒りあらわに奈津美は姿を消した。
 そっけない表情のまま祐実は部下たちに向き直った。
「樹里、医師の手で2人に鎮静剤かなにか適切な処置を!とにかくホテルから連れ出しなさい。報道の目には十分気をつけてね、いるかもしれないから。いいネタだわ」
「・・・・・・・・・・・」
「復唱はどうした!もっとシャキっとしてよね、私より年長のくせになにボーっと突っ立ってるのよ!経験豊富なんでしょ」
「は、はい、医師を呼び処置をして搬送します」
 樹里は慌てて復唱した。
「雪乃は?雪乃がさっきから見えないけど・・・・・」
 苛立ちの矛先を祐実は雪乃に向けようとしていた。
「そ、それが・・・・・」
 雪乃とともに先行行動した瞳が、今度は祐実を1階事務室へと案内した。




【ホテル1階 事務室】


「なに?この子・・・・・・・・・・・」
 目の前のソファに座ってふてぶてしくくつろいでいる制服姿の少女に祐実は驚いた。
「はろーっ!陣内瑠璃子です。あっ、この徽章、もしかしてお姉さんがチームのリーダーなの、かっこいいし美ジーン!」
「突入時に・・・事務所で発見しました」
 雪乃は自分に両手を廻ししがみついて離れない制服姿の少女のとなりで困惑したような、それでいて表情の薄い面持ちでソファに座っていた。
「コワイ・・・こわいのォ〜、ねぇお姉さん守って、私のこと守ってぇ〜、ウフフ」
「大丈夫、落ち着いて」
 雪乃はまるでまだ事件の最中にいるような真剣な表情だった。
「聞いてないわよ、いつホテルに入ったっていうの?しかもそんな・・・目立つ制服姿で」
 祐実は怒鳴った。
「それが本人も気が動転してしまっているようで要領を得ないんです」
 瞳が頭を掻いた。
「そうなんですうぅ〜。わたし気が動転してしまっていて、どうしてここにいるか自分でもよくわからないの」
 瑠璃子はまるでふざけているようにケラケラと笑った。
「どこが動転してるって言うのよ!ふてぶてしいくらいだわ。雪乃の行動が遅れたのも、このコが原因?」
「はい・・・・・申し訳ありません」
「まったく、あなたみたいなバカばっかりだからオトコどもが助長するんだわ。カラダ投げ出して金を稼ぐことばかり覚えないで、少しは社会に迷惑をかけない術を学んで欲しいものだわ」
「ひっど〜い!隊長さんだって休みの時にはカレシとSEXしてるくせに!外では見せないような甘ったるい猫なで声あげておねだりして・・・・・・痛!」
 祐実の平手が彼女の頬にあたる。
「あら、ごめんなさい。虫を払ってあげたつもりが・・・・加減できなかったわ」
「ヒドイ!親にも殴られたことないのに!!」
「いい経験よ、忘れずに覚えておきなさい。未成年だろうと今回の関係者であれば事情聴取しないわけにはいかないから、雪乃!あなたが連れて行きなさい」
「はい」
「隊長さん、あたし許さないからね!」
「そう?いいんじゃない、それでも。でも私、あなたの頬から虫を払いのけてあげただけなのよ」
「それって詭弁!警察に訴えてやる」
「まあ。一応知ってるじゃない、そんな難しい言葉。馬鹿じゃなさそうね、雪乃早く連れて行きなさい」
 雪乃につれられて瑠璃子は表のパトカーへと運ばれていく。
「まいったなぁ。なんて結末なの?事情聴取でどれだけ新事実が出るんだか・・・・・」
 祐実は髪をかきむしった。
「ふう・・・・やっぱり、私を支えてくれる忠実な部下が欲しい。江梨子・・・惜しいことしたかなぁ」
 独り言を言いながら祐実は目の前で事後処理に追われる隊員たちを見渡した。




【 護 送 :所轄パトカー51号 】


「結局、オレはパシリもいいとこだわな」
 助手席で短くなったタバコを揉み消して石原はつぶやいた。
「ちょっとぉ、ドコ連れてくのぉ?私たち忙しいんだけど!」
 ボヤく石原に後部座席に座る2人の若い女が絡んだ。パトカーは所轄の署員の運転でPDと呼ばれる全てのLSチームの拠点となっているビルへと向かっていた。
 ポリスデパートメントの略語から名づけられたPDはいつしかLSのメンバーからはパドックと愛称された。
「ったく!おタクらはね、これから事情聴取受けるの。客とってたでしょ、現場押えられてるんだから観念して正直に話してよ。そうすれば早く帰れるから・・・・」
「イヤだぁ、カレシとラブホにきて犯罪になるっていうのぉ?警察って横暴ぉ〜!」
「どこがカレシだよ。あんたら、2人とも相手してたの50は超えようかっていうのオジサンよ、しかもスペイン人!イイワケすんじゃないよ!」
「いやぁだ!自由恋愛よ、しかも国際恋愛。別にお金貰ってるわけじゃないしぃ〜」
「ネタは上がってんだ!イイワケ無用!身元からキッチリ調べさせてもらうからな」
 助手席で身を翻して石原は本気で怒鳴った。
「えぇ〜勘弁して!お兄さんにもイイコトしてあげるからっ」
 そう言って女の1人が石原の背後から頬に向かって乗り出すようにキスを始めた。石原の耳を舐めまわし始めた。
「わたしもぉーっ、ホラ見て。自慢なのぉDカップよ。しゃぶってぇ」
「たっ、やめっ、コラ!うひゃぁ、キ、気持ちい・・・って、ちょ、ちょっと」
 その時、女のバックの中から携帯が鳴って4〜5回で切れた。
「コラ!たっ、やめっ、やめっ・・・・・あれ?もう終り?」
 振り向いた後部座席で2人の女は怪訝な顔であたりを見回していた。オロオロとした態度は数秒前とはうって変わったように心細げで、ふてぶてしい態度さえ消えていた。
「おい、どうしたんだよ・・・・・・・・どうかしたか?」
「あの・・・・・・・・すいません、ここどこですか?」
 今まで胸を露に石原を誘惑していた女が神妙な面持ちで尋ねた。
「あのねぇ、なに言ってんの?パトカーの中に決まってんでしょ!」
「パトカー?えっ・・・・・・・な、なにかあったんですか?私たち・・・」
 2人はお互いに顔を見合わせている。
「はぁ?」
 石原がいぶかしげな表情を浮かべた途端、2人は自分達の恰好を見て悲鳴に近い声をあげた。
「キャー、なに?なにこの格好!いやぁーっ、私なんてカッコしてんのぉー!」
 まるでレースクイーンかコンパニオンかというボディーラインがくっきりと出たキツキツの服を隠して屈み込んだ。
 いままで胸をあらわにして『しゃぶって』と言っていた女とは思えなかった。
「何言ってんだ、今更お前・・・・・・」
「あの・・・・・刑事さんなんですか?」
「お?おぉ、石原だ、都知事と一緒の名前の」
「ここ、軽井沢ですか?私たち、どうしてこんな恥ずかしいカッコしてパトカーなんかに乗せられてるの?」
「軽井沢ぁ?・・・・どうなってんだ?」







 チーフ室の扉の前で奈那は深く息をついてインタフォンを押した。
 胸につけたID証で認証が行われ、扉はすぐに開いた。
「松永奈那、入ります」
「プロテクター外してくるのに何分かかってるの?座りなさい」
「失礼します(悪かったわね、遅くて!あんたにイチイチ言われたくないわ!)」
 チーフ室のチェアーにもたれて、子どもがふざけるようにくるくると回りながら祐実は奈那の表情を覗き込んだ。
「あなたには・・・・少し失望した」
 祐実の声に自然と奈那は眉間にしわがよる。
「・・・・・・・・・・・(ホラ、きた!)」
「あなたなら、暴走しがちな副長のいいお守り役になると思ったんだけど、そんな簡単なコトすらできないんだもの」
「お言葉ですけど・・暴走だなんて、それはあんまりです。副長だって最善策をとろうと・・・・」
「ちょっと、作戦上の指示はチーフが出すものよ。違って?」
 チーフ室の中に入った奈那は吸い込まれそうに柔らかいソファの一つに腰掛けた。
 直々に話がある、と奈那は作戦時のプロテクトスーツから着替えて部屋に来るよう祐実に言われていた。話はわかっていた、奈津美を制止できなかったことを詰問するのだと奈那は覚悟していた。
 奈那はジーンズにポロシャツ、出勤時のラフな格好だった。

 10畳ほどの広さのカーペット張りのチーフ室、その隅にあるコーヒーサーバーまで行くと祐実はカップを2つ取り出した。
「まあ、いいわ。ところで、取り調べは始まったの?・・・・・・ミルクと砂糖は?」
「すいません、ミルクだけ。取り調べの方は中野先輩が指示して始まりました。予想した通り新たな事実はなく、事態の進展はありません。状況把握だけで四苦八苦のようで」
 煎れたてのコーヒをカップに注ぎ、祐実は奈那の前に腰掛けた。カップの一つを奈那に手渡す。現場から戻ってきて安心したのか奈那は喉の渇きを思い出したようにカップに口をつけた。
 ふうっと一息ついて緊張からの疲労を思い出す。

 奈那がコーヒーに口をつけるのを待って祐実は話を始めた。
「彼女たちには無理にでも今日中に供述してもらうわ。調書は明日朝一番で提出よ」
「あまり期待はできないと思いますけどっ!(無理よ、あの様子じゃ)」
「だったら夜明けまでやってもらいましょうか、事件の真相にふれる供述を引き出した者から解放することにしましょう。どぉ?」
 子供っぽく祐実が笑った。でもその微笑みは冷徹だった。一瞬、視界を二分して横断するように奈那の両目に閃光が走った、そんな気がして奈那は一瞬目尻を押さえた。
「どうしたの?たかがあれだけの作戦で疲労困憊したかしら?上司がこき使うから部下も苦労するわね」
 年下の上司に年上の部下、先に配属された先輩隊員を飛び越しての後輩隊員のチーフ就任、軋轢がないほうが不思議だった。みな口に出さなくとも気ばかり使っていた。
「いえ・・・・そんなことない。ねえ、祐実、話ってなに?急ぎじゃないなら私も戻って取り調べを手伝うわ(どうしたんだろ、気だるい・・・・・早く戻って取調監視室で少し休ませてもらおうかな・・・)」
「大丈夫、取り調べの指示は私がさっき細かく出したから。あなたにはこれからの時間をゆっくりとこの部屋でくつろいでってもらわないと、フフ」
「マジ?勘弁してよ、あなたと2人きりなんて」
 奈那の正直な気持ちが思わず口からこぼれた。
「まぁ、随分じゃない、その言い方ってまるで私が配属された時の頃と一緒。ひどいわ、奈那センパイ。私あなたの上司なんだけど、フフフ」
 祐実は含み笑いを浮べた。うろたえたのは奈那だった、思った言葉が思いがけず口に出てしまった自分に驚いていた。
「はっ・・・・・ゴメン祐実。わたし、そんなつもりじゃ・・・・・」
「そんなつもりも、こんなつもりもないわ。チーフなのよ私、祐実、祐実って名前で呼ぶの遠慮してよね。ナニサマのつもり?まだ先輩気取りでいるわけだ、奈那先輩は」
 癪にさわる祐実の言い方に奈那の方もキレかけていた。
「だから・・・・・だからゴメンって言ってるでしょ!」
「上司に対して『ごめん』で謝るの?あなた」
「くっ・・・・・・失礼しました(なによ、この女狐!頭くる!)」
「実はあなたに折り入ってお願いがあるの」
「お願い?」
「1つは、この私が指揮するこのチーム6内で未だに私をチーフと認めずに伊部奈津美に肩入れする隊員を内偵し私に逐一報告して欲しいの。あと、伊部奈津美をいづれ事件に紛れて嵌めるのを手伝って欲しいわ。彼女が私のチームにいるかぎり、チーム6はいつまでたっても私のものにならない。 彼女には失脚もしくは進んで除隊するように失態を演じさせたいと思ってるの。あなたならあのバカとも親しいからきっと油断する。あなたの協力が必要よ」
「なんなの、それ?ムカツク!その考え!その態度!その言い方!奈津美先輩を追い落とすなんてよく平気でいえるわね!話がそれだけならこれで失礼するわ!私はあなたの言う事に従うつもりはない!」
 奈那は飲みかけのコーヒーカップをテーブルに乱暴に置く。
「あらまぁ?ますますヒドイ、それがチーフに向かっていう言葉使い?」
 奈那は声を荒げて食ってかかったが、はっとして我に返り暴走した口元を押えた。
「チーフだからといって、私は・・・・・・・・・・(どうしたんだろう、キレたとはいえ思ったことがこうも簡単に口から出るなんて)」
「何いまさら驚いてるの?それがあなたの私に対する本心じゃない?奈那センパイ」
 奈那の顔を下から嘲るように覗き込む。皆が毛嫌いする祐実のクセだった。
「うるさいわねぇ!だったら何だって言うの?祐実!あんたなんかチーフって器じゃないのよ。成績優秀だからって、犯罪発生率の最も多いこの新都心エリアで実戦経験の浅いあなたが、私たちを統率してリーダーとしてやっていけると思ってんの?そんなあなたに、年下のあなたに、私たちがついていくと思ってるの?」
 思わず立ち上がって食ってかからんばかりに祐実に一歩踏み出す。
「ふん、そ・う・い・う・こ・と・ね。だったら私も遠慮がいらないってコトか」
「祐実、いえ、チーフ。ち、違う!違うわ・・・えっ、なぜ・・どうして?私・・・・・」
 急に視界が揺れ出した。立っていると倒れてしまいそうなほどの立ち眩みに我慢できず、再びソファへ腰掛けた。。
「どうしたの?気分でも悪い?勝手なヒトね、部下に怒鳴られる私の方がもっと気分悪いわ。フフ、でもそれももうすぐ『おしまい』」
 祐実に食って掛かった奈那はソファで頭を抱えた。
「祐実・・・・・いえ、チーフ、悪いけどちょっと具合が悪くて・・らい・・つらいんです。だから・・・・・話は申し訳ないけど明日にして・・・・・して下さい」
「フフ、そんな取り乱さなくてもいいのよ、奈那センパイ。すぐに良くなるわ、安心して。大抵まずは本心が自制心を超えてでてくるの・・・・そして軽い酩酊状態・・・」
「なんの・・・・・コト?」
 奈那は額に手を押し当てて堪えているほど急激に気分が悪くなっていた。
「話を戻しましょうか。今いる売春容疑の邦人学生3人、大学生2人と高校生1人だっけ?彼女たちは徹底的に調べるわ・・・・いえ、無理にでも吐いてもらう、まあ今夜中とは言わないけれど。今まで私が落せなかった容疑者なんていないの。それが私の自慢なんだっ!フフフ、不思議でしょ。LSに来る前も色々な部署でベテランの人たちがお手上げの難攻不落の奴等を私は何人も落して来たわ。私の腕なら黙秘は無駄とまで賞賛してくれた上司もいる」
「なんなのよ〜もう!、自慢話・・・を聞かせるた・・めに私を呼んだわけぇ〜?」
 もう言葉づかいも口答えも気にしていられなかった、早くこの場から解放されて休養したい、奈那の気持ちはその一心だった。すでにソファに腰掛けるというより、もたれかかって全身を投げ出してしまっているほどだった。
「ひどい格好、上司の前で。ところで、奈那、IDって知ってる?」
「IDぃ〜?・・・・なんのIDよぉ〜?」
 すでに体調が悪いのは誰が見ても明らかなのに祐実は意に介さず話をしている。答える奈那はすでに朦朧としていた。
「あら、もうオツムが働かないのかな?00年の東京国際空港外交官誘拐殺人事件って言えば?まだわからない?」
「あっ!ま、まさか・・・・・ICE・・・・・」
「ピンポ〜ン。そう、正解!『ICE−DOLL』、史上初のLS不祥事事件にも発展した有名な事件だモン!知ってるわよね」
「・・・」
 奈那の鎮痛そうな表情など意に介すことなく祐実は多弁に仔細を口にする。
「秘密裏に画策された中東和平交渉の会場に選ばれた日本。来日した金持ち産油国外交官を成田で誘拐したアジア犯罪結社『スユア』。うち組織の1人である日本人傭兵の身柄を格闘の末、拘束したまでは良かったけど当時のチーム2では外交官の居場所を自白させることができずに、国際問題にまで発展することが懸念されていた。一刻の猶予もない窮地に立たされたチーム2、ネゴシエーターの資格をもった隊員の1人鷹野美夜子は、担当として極度の重圧に耐え切れず、拘束した犯人に科捜研から許可なく持ち出した『強制自白剤Ice−Doll』を使用した。それがIDよね」
「・・・・」
「おかげで外交官の居所は掴めたもののすでに殺害された後。しかも自白させた犯人がその鷹野の恋人だったことが発覚。鷹野は事件発生を招く情報漏洩の疑いから取り調べを逆に受ける始末。証拠不充分ながらもID不許可使用を責められ懲戒免職、幹部ほか数名が処分対象となる。LSの汚点として残る事件よね、でもそれで「ID」の存在が公のものとなり、人権問題から以後「ID」は廃棄処分、以後製造も中止。ふう、喋るだけで疲れちゃった。どう思い出した?」
「ま、まさか・・・あなた・それを使って自白を!」
「ピーンポーン!正解、廃棄処分になったID、実は科捜研にはサンプルとして100錠近く残っていた、それを研修で所内にいた私が貰い受けたの」
「な・・・なん・・・てこと・・・・・」
「スゴイ効き目よね、私びっくりしちゃった」
「あなた・・・・・許される・・・と思っ・・てるの?あの・・・IDには・・あの・・・」
「もちろん!副作用なんて私には関係ない、私に副作用があるわけじゃないものォ。しかも副作用が遅効性なら疑われる前にみんな塀の中よ。ホラ見て!私、こんなにイイ女じゃな〜い?あんな研究所なんてオタッキーなダサ男ばっかり、ちょっと私が擦り寄ればマチガイを起こす男も出るってもんでショ。話題に事欠いて『ID』見せたのを頂いちゃった。そのオジサンなぜか私が研修を終る頃に脳梗塞で突然死!人間の一生ってわからないものね」
「恐ろ・・・・しいコ・・・・」
「これは内緒なんだけど、『ID』の効果に着目した当局は密かに副作用のない安全な自白剤の開発を進めることとなったの。その開発途中でそのオジサン凄いシロモノ作り出しちゃったのよ!自白よりはむしろ被暗示性を異常なまでに高める効果をもつ薬剤が試薬として12錠できた。、体内にある女性ホルモンの成分と強く反応し意識レベルを低下させ、言語による暗示を行なうと従前の人格を上書きし、本人の価値判断・自己防衛・道徳心など全てを抑制し、殺人・自爆テロさえ容易にするほどの強い催眠力を生み出したトランス導入剤、俗称『LADY DOLL』、LD。これ初耳でしょ。組織内でも一部のセクトのスタッフしか知りえない禁断のク・ス・リ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「欠点は女性のみにしか絶大な効果がないとこかな。男性では、女性ホルモンとの相互作用が女性ほど顕著に顕われないクスリだったの。そのかわり副作用なく効果は数ヶ月に及ぶのは実証済み、江梨子ちゃんのおかげでね。『LD』Lady−Doll、いい名前でしょ。オジサン私に試すつもりだったのよ、ひどいでしょ失礼しちゃうわ。今日のようにホラ、コーヒーに混ぜて飲ませようとしたの。彼ったらやり方が下手だから私に見破られちゃって、素知らぬ振りしてカップをすり替えちゃったワケ。男性には合わなかったようね、結果は前述のとおり・・・と。ウフっ、私がなにを言いたいかわかってきたかなぁ」
「う・・・そ・・・・・・・・・・・・・そ・・んな」
「彼の死後、その試薬がないのに気づいた研究所は今でも秘密裏に錠剤のありかを必死になって捜してるんじゃないかしら?彼の墓まで掘り返してるかも・・・・・アハハハ。江梨子は本当に人が変わったように私に尽くすようになった。あれだけ私を蔑んで先輩風吹かせてたのがウソのようにかわいい人形になった。どんなに汚いことも、危険なことも私の言葉一つで従順な召し使いのように働いた。あのときの突入もね。彼女顔色も変えずに喜んで突っ込んでいったわ。彼女を失ったのは大きいけれど、そのおかげで私はまた昇任。でも私、それだけじゃ不満なの。もっと上に行きたいわ。今度はLSの都心エリア統括部局長のポストが欲しい。そのためにも、また江梨子のような操り人形が必要なのよ。それで奈那、あなたを選んだ。あなたなら奈津美も怪しまない。江梨子の次に奈津美と親しい存在よね・・・・・・・って、アハハハ、もう聞いちゃいないか」
 祐実は奈那の髪の毛を掴み上げて無理矢理顔を上げさせた。奈那はうつろな表情のまま沈黙したままだ。だらしなく口を半開きにポカンと開けて、目はうつろでどこにも焦点があっていないようだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「フン、イッたようね。どんな女だって、このクスリにかかればイチコロよ。自我の崩壊する最期によく見ておきなさい、これからあなたが命を懸けて隷従する主人の顔をね」
 奈那は目を虚ろに見開いたまま一点を見据えて動かなくなっていた。口元からよだれが糸を引き落ちていく。
「さぁ、始めるとするか。奈那、奈那、いいこと、あなたはこれから私の言うことをよく聞くのよ。なんの心配もいらない。私に従うことがあなたのためなのよ。さあ、まずカップに残ったLD入りコーヒー、全部飲み干しなさい」
 そう言いながら祐実は妖しげな笑みを浮べながら奈那の隣に擦り寄った。
「どう?『洗脳薬LD』の味は?ウフフフ」




【錯綜:取調室6〜瑠璃子】


「ちょっと!あなたいい加減にしないと私許さないからねっ!」
 進展しない取り調べに業を煮やして取り調べ担当の中野麻衣子は制服姿の彼女を睨んだ。
「コワっ!ちょっとまってよ、被害者である女子校生をつかまえて『いい加減にしないと許さない』なんて言い方ある?オバサン!」
「オバっ・・・・・・!!!!!!!!!」
 麻衣子は渋い顔で斜に構えると肩で息をして自分を押し殺した。
「ふ〜ん、えらいね。自尊心高そうだけど、自制心も相当なもんだね、オバサン。30くらい?学生と比べちゃ30ってもう十分オバサンだよね。カレシいる?独身でしょ、遊ばないの」
「いいから、もう一回聞くわよ。正直に答えなさい、あなたはどうしてあんな場所にいたの?何をしていたの?」
「・・・・・・・・・知りたい?お姉さんも知りたい?」
 彼女は麻衣子の脇で供述内容をメモする雪乃にも話を振った。麻衣子が平手で机を叩く。
「どういうつもり?私たちをからかってるワケ?」
「あれ?まだわからなかったの?トロイね、オバサン・・・・・あぅっ」
 彼女は麻衣子にシャツの襟元を思いっきりきつく締め上げられてのけぞった。
「いい加減にしなよ、アンタ!人権だとか未成年だとか言われなきゃ、こっちだってよっぽど実力でつるし上げたっていいと思ってるんだから。チョットくらいアンタみたいなコ痛い目見た方がいい薬よ。私だって処分が恐くて仕事やってられるか!って気持ちぐらい持ち合わせてるの!どうっ!殴られてみる?どうなのよ!」
 咳き込む彼女を麻衣子は机に叩きつけた。
「く、苦しい・・・・お姉さん、助けて!私を助けて」
「中野先輩!」
 麻衣子の背後で脇の下から肩へと雪乃が抑えて荒れる麻衣子を制止した。
「わかってるわよっ!わかったから・・・・放して雪乃。放しなさい!」
「・・・・・・・・・」
 雪乃は押し黙ったまま、力を込めて麻衣子を抑え続けていた。
「ケホ・・ケホ。いいよ、お姉さん、放して。放してあげて」
「はい・・・・」
 雪乃は彼女の声にしたがって麻衣子の手を放した。
「なに、あんた雪乃に指図してるのよ。さぁ、早く座りなさいよ」
「オバサン、麻衣子さんっていうの?忘れないよ、今のこと、絶対」
「いいわよ。告訴でもなんでもするがいいわ!でも今はっ」
「わかったよ、喋る、喋るから。お金くれるっていうからついてっただけ、あの外人に会ったのも今日が始めてだし」
「・・・・・・いつからあのホテルにいたの?私たちあのホテルで張り込んでいたのよ。あの外国人を掴まえるために。あなたは誰にも目撃されてないわ」
「・・・・昼からかな?」
「ウソ言ってる、私たちはずっとその前から昼夜問わず交代で張り込んでる」
「じゃあ、その前よ」
「ふ〜ん、だったらあなた10日もあのホテルにいたっていうの?」
「え〜っ!オバサン10日も馬鹿なマネしてたの?超ヒマーっ!」
「殴られたい?」
「こわっ!・・・・・車よ。友達の車に乗っけてきてもらったの、私がラブホ見たいっていったら3Pしようって彼女と一緒に乗せてくれたわ。友達っていってもゲーセンで知り合った名前知らない友達だけどね」
「いつ何時に入ったの・・・・・・・・・・・・・あなた学校は?」
「時間は覚えてない、学校はサボった」
「失礼します、石原です。身分証から確認とれました、その子は陣内瑠璃子。聖オスロー女学院の2年生。全寮制の私立校ですね、深夜だったんですが管理人の寮母と連絡がとれました。間違いなく学院の生徒だそうです」
 彼女のカバンと学生証を麻衣子に手渡した。
「ひどい!人のカバンの中、勝手に覗いていいと思ってるの?しかも寮に電話もして!ひっどぉ〜い!信じらんなーい!」
「あと身元確認ができたら今日はいいそうですよ、あと明朝彼女にはPTSDのカウンセリングを受けにメディカルラボへ案内するようにチーフが言ってました」
「ありがとう、石原さん。身元さえ掴めればいくらでも時間は取れるし、最後には少し協力してくれたようだから今日は帰してあげるわ、瑠璃子さん!あなたがPTSDだなんてあるわけないじゃない、こんなふてぶてしい態度の子が!罪悪感のかけらもありゃしない」
「なにそれ!ひどい言い方、まだ呼び出すつもり?いい加減にしてよね〜っ!これでまた懲罰になっちゃうよ。しばらく遊びに出れない、やだやだやだ〜っ!」
「あなたにはいい薬よ、る・り・子ちゃん。あははははは、送ってあげるわ寮まで」
「いいよ、また新宿で」
「ダーメ、寮まで私が連れて行くわ。寮母さんにしっかりと引き渡さなくちゃね」
「ヤダ!だったらお姉さんに送って欲しい。私を危険から救ってくれたこのお姉さんに」
「えっ?」
「ねぇ、お姉さん。送って、学校の寮まで私を送って」
「・・・・・・はい・・・・・・先輩、私が送ります」
「そう、じゃあ雪乃に頼むわ。明日ラボにもあなたが送って」
「やったぁ!お姉さんともう少し一緒にいられるね」
 瑠璃子は喜んだ。麻衣子は雪乃の瑠璃子に対する態度がどうも腑に落ちない、理由をうまく説明づけられない不安のようなものが胸中に渦巻いていた。




【錯綜:取調室4〜大倉由貴子】


「涼子、ゴメン。今までの要点をまとめて」
「はい」
 部屋の隅で容疑者の取り調べ状況を速記していた国井涼子が、取り調べ担当の樹里から促されて今までの状況を簡単に説明した。容疑者の氏名、年齢から身柄を確保されるまでの経緯を読み上げる。
「・・・・・・くどいようだけど、今確認したこと間違いないわね、大倉由貴子さん」
「・・・・・はい」
 彼女は神妙な面持ちで静かにうなづいた。
「住所、氏名は免許証と学生証で信じてあげられるけど・・・・・・・、どうしてもあなたの言う、それ以上のことは正直言って理解に苦しむわ。今日び援交の女子校生だってもっとまともなウソをつくもの」
「お願い!信じて下さい!わからないんです、覚えてないんです。どうして私たちがそのホテルにいて、どうして・・・どうして・・・・男の人と寝てたなんて・・・・・わたし、わたし・・・・そんな女じゃ・・・・・」
 彼女は涙目になって肩を震わせた。
「隣の部屋で事情聴取を受けてるのは、同じ大学の友達で稲田佳美さんよね。彼女の話では2人は2日前から大学の軽井沢の寮に旅行へ行くことになっていたのよね」
「・・・・・・はい。間違いありません、そのとおりです」
「その2人がどうして新宿の歌舞伎町のホテルにいたのかしら?」
「わかりません・・・・本当にわからないんです。本当に・・・うぅぅぅ」
 彼女は机に伏せて号泣した。取り調べを命じられた樹里も由貴子がウソをついているようには思えなかった。その時、石原が入って来た。
「同じです、稲田佳美の方も記憶が欠落しているか、共謀して芝居をしているのか窺いしれないんですが、全くさっきまでの記憶がないそうです。もう取り調べてる瞳さんもお手あげですよ」
「もう・・・・どうしろっていうのよ。チーフは!」
「身元の確認ができたら再出頭させるので今日は帰宅させていいそうです。オレが2人を大学の寮まで送るよう言われてますから。あと2人には明日ラボでPTSDのカウンセリングを受けるようにとの事です。自分が送迎しますから」
「肝心のチーフは何やってんのよ、いつもは真っ先に自分からでしゃばってくるのに」
「ホラ、松永さんが副長をとめられなかったのが気に入らなかったらしくて、部屋に呼び出してるんですよ。結構、コレ入ってます」
 石原は両手で頭にツノを作った。
「まったく、奈那もとんだトバッチリね。大倉さん、申し訳ないけど、お願いしたら、また協力してもらえるかしら?」
「え、えぇ。私でよければ・・・・・・・」
「ありがとう。じゃあ今日のところはこれで。あなたと稲田さんは一緒に彼が送るから」
「あの・・・・・・・」
 部屋を出ようとする樹里に向かって、遠慮がちに大倉由紀子が呼び止めた。
「なに?なにか思い出した?」
「すいません、なにか・・・・・なにか着る物を貸して頂けないでしょうか。これじゃあ、寮母さんに怒られてしまいます。それに・・・さっきから恥ずかしくて仕方ないんです」
(こんなコがなんで売春なんてするかなぁ・・・・)
 樹里と石原、2人とも同じ思いを抱いていた。
「LSチームのトレーニングウエアでいい?涼子、お願い。隣の部屋のコの分もね」
「はい、了解しました。大倉さん、一緒に来てくれる?サイズ合わさないとね」
「はい」
 大倉由貴子は席を立ちあがって、樹里に深々と頭を下げた。
「あの・・・・・・・」
「ほかに、なにか?なんでも聞いて」
「このことは・・・・・学校や家族にも知れてしまうのでしょうか?」
 彼女の不安げな表情の理由はここにあるんだと樹里は理解した。
「・・・・・心配しないで、大丈夫よ。さぁ、お行きなさい」
「はい。・・・・・・お世話になりました」
 涼子に連れられて由貴子は部屋を出ていった。
「石原さん、どう思う?彼女、ウソをついているようにはみえないんだけど。でも覚えていないってどういう事、隠そうとするならもっとマシな嘘をつくわ」
「同感っすね。ただ、現場で話をした時とはまるで別人ですよ。あんな節操のいいカンジは微塵もなくってイマドキのワカモノってカンジだったし。あ、そうだ、取り調べ済んだら今日のオペ(レーション)はとりあえずエンドでいいそうですよ。外国人女性の方は加納さんがやってましたけど、ほぼ終りです。不法入国者がほとんどだったんで入管にまわすそうです。大した情報はとれなかったみたいです、高校生の女の子も。ただ・・・」
「ただ・・・何?」
「全員同じ学校なんです。聖オスロー女学院、学制が別なので寮も離れているようですが」
「ホント?面識は?」
「いえ、なさそうです。女子校生の方は雪乃さんが送るそうです」
「あっそ、ヤレヤレだわ。石原さん、どう2人を送ってきたら飲みにいかない?」
 樹里はくいっと杯を空ける仕草を見せた。石倉の顔はすぐにほころんだ。
「えっ、それって2人っきりでいいんですか?」
「まさか、張り込みが一段落したんで有志一同ってとこかな、上司ぬきで」
「な〜んだ、でも呼んでもらえるなら喜んで!」
 石原はおどけて敬礼して見せた。
「可哀相に、奈那先輩は欠席かな・・・・」
「あぁ・・・チーフはかなりのおかんむりでした」
 それを聞いて樹里は深いため息をつく。
「あのヒト、きっと私たちのこと自分の道具ぐらいにしか思ってないんだろうな・・・」
「あのヒトってチーフのことですか?」
「あっ!ナシ、ナシね、今の言葉。聞かなかったことにして!オフレコってことで!」
「何も聞こえなかったっすよ。でも・・・・・伊部さんがチーフの頃にメンバーだった人はことごとく、祐実チーフには抵抗あるみたいですね、チーフが誰よりも年下だから?」
「違うわ、使われ方がね・・・・・・気に入らないのよ、正直言って」
 樹里は再びため息をついた。




【チーム6チーフ室】


 デスクの上に長くスタイルのいい足を投げ出して、深々と椅子にもたれる祐実は、目の前で直立不動の姿勢で無表情に立つ奈那に話しかけた。
「奈那、私は誰?」
「・・・LS6チーフ 明・智・・・祐・実・さ・・・ま、私の・・・大切なご主人様であり・・私の尊敬・・・する上司です」
 奈那の外見からの態度とは裏腹に言葉はたどたどしい。
「言い直し。ココロから尊敬しているんでしょ」
「はい。LS6チーフ 明智祐実さま、私の大切なご主人様であり・・私が心から尊敬・・・する上司です」
「そうね。ならば、あなたは、だあれ?」
「わたし・・・・・わたしは松永奈那。LS6隊員、明智祐実チーフの直属の部下です」
「そうね。あなたの使命は?」
「わたしの使命は・・・・・祐実チーフの命令に忠実に従うこと」
「そう、私の命令はあなたにとって絶対よ。誰の言う事よりも最優先に考えなさい」
「はい、祐実チーフの命令は他の誰の命令より優先です」
 言葉を発する奈那の表情には先ほどまでの自我の意識は微塵も感じられない。まるでロボットのようだった。
「あなたが信じるのは私のいうことだけよ。いい?」
「はい・・・・祐実チーフだけ・・・」
「フフフ、その虚ろな目、とっても好きよ。さっきまでの反抗的な目つきがウソみたい」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 奈那は相変わらず直立不動のまま無言だった。
「いいこと、もう私があなたの後輩だったということは忘れなさい。それがチームに悪い影響を与えているんだわ。良くないことよ!」
「はい、忘れます、チーフが後輩だったということを」
「私があなたの主人であり、上司だということを決して忘れないこと、いい?」
「はい、忘れません」
「私の命令には絶対従いなさい、いい?」
「はい、絶対従います」
「では命令よ、松永奈那。あなたは以後チーム内の不穏分子の行動を監視し逐一私に報告しなさい。私のやり方に不満を唱える者、命令に従わない者を見極めるの」
「はい、チーム内の不穏分子の行動を監視し、チーフに報告します」
「あなたは皆といる時は今までどおりの松永奈那を装いなさい」
「はい、今までどおりの自分でいます」
「私に歯向かう者はチームメートであってもあなたの敵よ」
「はい、私の敵です」
「特に伊部奈津美は汚い手を使って私をチームから追い出そうとしている。憎みなさい、奈那、私は奈津美が憎い。だからあなたも奈津美を憎むの。憎め!伊部奈津美を!」
「憎い・・・・・憎い・・・・・伊部奈津美が憎い・・・・・」
「奈那、仲間の中にいる時は今までどおりの奈那でいなさい。怪しまれてはダメよ」
「はい、注意します」
「フフフ、そ・れ・じゃ・あ!ご褒美あげるわ」
 祐実はいきなり奈那の両頬を押さえると唇を重ねた。
「!!!!!!!!!!」
 最初は背筋を堅く強ばらせた奈那は祐実に背中を優しく撫でられるとゆっくりと体から力を抜いた。祐実は口移しに錠剤を奈那の口に入れる。
「飲み込みなさい」
「・・は・・い」
 奈那は濡れた目でうなづいた。
「フフ、その濡れきった目、さっきよりもいい表情よ。その固定剤を飲んだ時点でこの世から松永奈那は消滅したわ。これであなたはただの人形よ」
「・・・・・・・・・・」
「行きなさい。今日は薬のせいできっと体がだるくなるだろうから真っ直ぐ帰宅してすぐに体を休めるのよ、いいわね」
「はい、失礼します」
 奈那はまるで能面のような凍った表情で平然と部屋を出ていった。
「あはっははは、ちょろいもんね。奈那先輩。これからは昔のあなただったら決してしなかったような汚いことや私が功績をあげるための捨石として私のために働いてもらうわ。しかも自ら快くね」
 祐実はカップに残った最後のコーヒーを飲み干した。
「効力導入錠と暗示固定錠、別々でなくて1錠で済むんだったら、もっと使いやすい薬なのにね」
 祐実はあと数錠残ったタブレットを机の上に放り投げた。




【PD〜地下駐車場】


 すでに制服から着替えたラフな格好で職員通路からチーム6の面々が歩いていた。深夜は地下駐車場からの出入りになっていた。
「やれやれ、やっと張り込みから解放さえる。少しは突っ込んだ捜査に移れるのかな?」
 樹里が腕を伸ばして大きく息をつく。
「どうする?飲むんだったら誰かの車に便乗しないとね」
 麻衣子が樹里の顔を覗き込む。
「すいませ〜ん、私出してもよかったんですけど車が・・・車が・・」
 美香が半泣き。
「ほんと、アンラッキーよね。修理廻せるのかな?ベンツの修理、予算出るんです?」
 涼子が興味ありげに聞いた。
「どうかな、多分無理ね。でも今日の送迎車は安心して!運転手雇ったから!」
 樹里が自信ありげにドンと胸を叩いておどけた。
「あっ!わかった!樹里先輩、だから石原さんを誘ったんでショ!」
「ピンポーン!二つ返事でOK、大学生を送ってから『ルークス』に来るわ。しかもオデッセイ!だから雪乃を見送ったら私たちは車を置いて歩いていけばいいのよ」
「うわっ、樹里、残酷ーっ!それじゃ使いっぱしりもいいとこじゃない」
 麻衣子が半分笑いを殺しきれずに吹き出した。メンバーの目の前に北通路から瑠璃子を連れた雪乃が自分の青いインプレッサに乗せているのが目に入った。エンジンの始動音が地下に響く。
「雪乃!雪乃!」
 瞳の声に気づいて雪乃が窓を開ける。
「今日はお疲れ、初出動であれなら、もう上出来よ。これからもしっかりね。これからこの子送っていくのね」
「・・・・・・はい」
 樹里・涼子・麻衣子もそろって立っていた。
「私たちルークスにいるから、その子送ったらあなたもいらっしゃい。2時間もあれば帰ってこれるでしょ。帰りは石原君が送ってくれるから車はここにおいておけばいいわ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 麻衣子が優しく声をかける、雪乃はその返事に躊躇しているのか返事がなかなか返ってこない。助手席に座る瑠璃子の瞳が刺すような冷たい視線で麻衣子を見据えた。
「ね、麻衣子さんも言ってるんだし来なよ。今日の感想を私聞きたいな!」
 瞳が仕事の疲れも忘れ、まるで学生のようにはしゃいだ声で誘う。
「・・・・・・・・・・・」
 助手席に座る瑠璃子が体を反らすように雪乃の方へ寄りかかると雪乃の左の耳元で囁いた。
 エンジン音と室内に流れる雪乃の好きな浜崎あゆみの声がその言葉をかき消した。その仕草に麻衣子は顔をしかめた。
「わたし・・・きょうは・・疲れたので・・・・・帰ります・・」
 雪乃は虚空を見つめるような心無い疲れた表情でそう言った。
「そう、まっ無理もないか!じゃあ気をつけて帰るんだよ。その子送るまではいつものようにすっ飛ばしちゃダメだからね!もうあなたはLSの一員なんだから、違反は厳禁!わかった?」
 樹里が先輩ぶって注意する。
「・・・・・はい。失礼します」
 インプレッサはゆっくりと地上へのスロープを上がっていく。助手席の瑠璃子が勝ち誇ったように笑いながら手を振った。
「やれやれ、最近の女子校生ってなんなんだろうね。罪悪感のかけらもないの?」
 瞳がこぼした。
「さ、行きましょう!癒しを求めてルークスに!」
「おーっ」
 涼子の言葉に瞳は元気一杯に答えた、樹里がそれに続く。なぜか麻衣子だけはさっきの瑠璃子の仕草が気になってならなかった。メンバーの中でも麻衣子は読唇術に長けていた。メンバーの中で最も高いランクAを持つのは麻衣子だけだった。
(たしかにあの子は雪乃の耳元でこう囁いた。『「わたし きょうは つかれたので かえります」って さあ、言ってごらん』、そしてあの雪乃の言葉・・・・・・そう言えば雪乃は取調室でもあの子の言う事をきいていたような・・・・・、なんだろう、なんなんだろう?)
 麻衣子は1人で自問自答を繰り返す。ルークスの看板が見えて来た時、みんなの後を歩いて来た麻衣子はとうとう立ち止まった。
「ごめん、ちょっと用事思い出したから悪いけど私やっぱり帰るね、ごめん!」
「えっ、麻衣子センパーイ・・・・・・!」
 涼子の声を背中で聞き流しながら麻衣子は自分の車のキーを握り締めてPDに向かって走り出していた。




【首都高速〜インプレッサ車内】


「CD消して。私この子の曲キライ!」
「・・・・・・はい・・・・・・・・」
 雪乃は黙って左手でカーステのCDを止めた。
「どこに向かってるの?」
「あなたを寮に送ります。そう指令を受けています」
 セットされたナビが郊外の学院寮へと指示案内していた。あと30分足らずでの到着予定時刻が表示されている。首都高速は深夜にさしかかり、行き交う車も少なく順調に流れていた。
「お姉さんの名前、年齢教えて。家はどこ?一人暮らし?」
「わたしの名は・・・麻木雪乃。24歳、家はお台場のパームタワーに1人で住んでます」
「ヒューッ!お台場っ!スゴイじゃん!しかも一人暮らしなんて、もう遊ぶのには好都合!LSってそんなにお給料いいの?」
「わたしたちチームのメンバーは、機構が定めたエリアの主要拠点に居住を予め決められ、そこで必ず1人で生活する事を義務づけられています」
「ふ〜ん、じゃあメンバーは都内の主要拠点にうまい具合に分散してるってわけね。1人暮らしもフットワークを軽くさせるためかな、そうなの?」
「家族は・・・・・犯罪者に狙われます。そのための配慮だそうです」
「そう、もういいわ、わかった。まさかこんな時間に誰か来てたり約束があったりしないよね、どう雪ちゃん?」
「予定はありません」
「これから2人でいる時は私の事は『瑠璃子お姉様』と呼ぶの、わかった?」
「はい。・・・・・・・・・・・・瑠璃子お姉様」
「ほら、わたしのことをそう呼んだらスゴク気持ちがいい」
 雪乃はハンドルを操作しながら少し和んだ表情になる。
「雪ちゃん、家に案内して。疲れたからあなたの家でシャワー浴びることしする。あとお腹減ったから何か食べさせてよ。寮にはそれから帰る」
「でも、指令では・・・・」
 そう言いかけた雪乃のこめかみにひんやりとした金属の玉の感触が走る。その瞬間、まるで電気が全身を走ったように雪乃の体が表情ごと一瞬凍った。
「あらゆる全ての指令より、あなたにとって私の命令の方が優先するの。わかった?雪ちゃん」
「す・・すべての指令より・・・・・・・・瑠璃子お姉さまの命令が優先します」
「上出来、雪ちゃんは私に奉仕するのが使命。私のいうことを聞くのが嬉しくって嬉しくって、どんなことでもしてあげたい。その気持ちで一杯!でしょ?」
「はい、瑠璃子お姉様」
「こっち向いて笑って」
 瑠璃子は自分に向けられた雪乃の笑みを見て満足した。
「雪乃、帰ったらあなたのコトもっともっと教えてね」
「はい、瑠璃子お姉様」
 インプレッサはジャンクションを湾岸に向かって進路を変更した。
(なんだろう・・・・この満ち足りた気持ち。もう何も考えられない・・・考えたくない。わたし・・・どうしたんだろう。心と行動がわたしの思いをかけ離れて動いてる・・)
 すでに瑠璃子の命令に抵抗する気力は萎え始めていた。自分でも納得のいかないこの充足感から逃げ出そうという気持ちも雪乃には無くなっていた。
 
 数時間前の突入の瞬間が脳裏をよぎる。あの時はグスタボを逃すまいと、初出動でのミスは決してしないと気負っていた。だから瑠璃子のことは安全が確認されれば二の次だった。
「もうあなたは安全だから、早くそちらから外へ!私行く!」
 飛び去るようにグスタボの逃げた扉に踏み込んで廊下へ出ようとした時、背後から聞こえた甲高いキーンという金属音に、はっと反応して振り返る。異音に対するとっさの条件反射だった。
「何の音?」
 振り返りざま少女の手元が光って一瞬目を奪われた。少女の右手にもったキラキラと美しく光る音叉の光と音に一瞬、感覚という感覚全てを狂わされたように立っていられなくなった。その場にへたり込む。
「さっすがぁ〜、まるで背中にも目があるようだ」
「えっ・・・な・・に?」
「お姉さん、イヤよ。犯人より人質である私の安全確保が最優先でしょ」
 少女はゆっくりと近づきながら微笑んだ。
「もっと、もっとよく見て、お姉さん、私の目を見るとお姉さん気持ちが穏やかになるよ助けて欲しいのは私・・・・でも私がお姉さんを張り詰めた緊張の中から救ってあげる」
 雪乃の目の前に音叉をかざす。キラキラと光に当てられた音叉が雪乃の目を釘付けにする。音叉独特のキーンという研ぎ澄まされた音が耳をつき、周囲への注意が薄れ彼女の声だけに集中するようになっていた。
(・・わたし・・・・・いま・・・・・なに・・を・・・・・・)
「忘れちゃえ!お姉さん、いいのよ、私の目を見ていれば他のこと全部忘れちゃっていいの。ねっ?すごく気分が楽になってきたでしょ、フフフお姉さんはもう自分で何にも考えられないよ!お姉さんは、瑠璃子の言・う・と・お・りっ!」
 少女がツンっと雪乃の額に音叉をつけた。振動と共鳴音が全身を包み込んで、少女にしなだれかかるように倒れ込んだ。瑠璃子と言った少女は気を失った雪乃をソファに座らせた。
 それからのことを雪乃はよく覚えていない。さっきPDを出て車に乗り込むまではまるで夢うつつのようで、もう1人の自分が自分を支配している、そんな感覚だった。雪乃自身それに抵抗する気などまったく湧き起こらなかった。
「フフフ、雪ちゃんしっかり運転してよ!今が一番不安定なんだから、今は運転だけに集中するの。それ以外は考えてはダメ。頬や瞼が小刻みに痙攣してる。今までの事を回想して自分で事態を必死に判断しようと私の力から抵抗を試みているようだけど。ムダよ、今日から私のおもちゃになるんだから」
「・・・・・・・・・・・・」




【お台場のパームタワー2207号室】


 思いっきり勢いよくカーテンを開けると目の前に東京湾の夜景が広がった。
「キャーっ!すっごーい!こんな風景が自分の部屋から見れるなんて贅沢ぅ!私の寮室とは大違い!ね、このふっかふかのソファ、外向いてるのはカレシと夜景見てHするためでしょ?」
 瑠璃子は雪乃の部屋へ入るなり大はしゃぎだった。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「雪乃、答えて。カレシいるの?」
「はい、瑠璃子お姉様」
「ふ〜ん、どんな関係?Hした?」
「大学の・・先輩でした。いまは商社に勤めています」
「いつ会ってるの?Hしてる?」
「今は彼も海外出張が多くて」
「雪、話をはぐらかすのね。あなたまだ私に抵抗する気?・・・・・答えなさいHは?」
「・・・・・します。彼が求めてくる時に」
「へぇ、素直だね。雪ちゃんはおねだりしないの?」
「・・・・・・・・・・・・しません」
「どうして?」
「・・・・・・・・・・・わたし、恥ずかしい・・・から・・」
「アハハハ、うっそー!そうなのォ!こんな仕事してて結構、雪はウブーっ!」
「・・・・・・・・・・・」
「でも、それも今日まで!今日から雪は私のものになったの」
「・・・・・・・・・・・・・」
「雪乃、あなたは私のものよ」
「私は・・・・・瑠璃子お姉様のものです」
「それを今からわからせてあげる。もう四六時中私のこのしとしか考えられない、私と体を重ねて可愛がってもらいたくて仕方がないと思う女の子に改造してあげる。Hで、淫乱な女に変わるのよ。カレシの事は忘れなさい。これから連絡があってもカレと会っちゃダメよ」
「・・・・・・・・・・・」
「さて、あなたをもっともっと深い底から絡めとるために、もっともっと深い催眠に堕してあげる。事件現場では時間もなかったしね、きっと今は催眠が浅いから抵抗できるのね」
「・・・・・・・・・・・」
「あなたはSEX好き?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「フフフ、まだ抵抗する?だったらわからせてあげる、とても感じるよ」
 瑠璃子はソファに座った雪乃の隣に腰掛けると手を彼女の胸と下半身にはわせた。
「あぅっ・・・・・・・・・・・」
 雪乃から声が漏れる。折り重なるように体を密着させて雪乃のうなじに舌をはわせる。
「我慢しなくていいよ、すぐにヨクなる。私の言葉はあなたを支配する」
「きゃぅっ・・・・・あん・・・・ああん・・・・・」
 雪乃の体が瑠璃子の言葉が終らぬうちにピクピクからガクガクと大きく震える。
「フフフ、カレシの百倍感じさせてあげよっか、どこもかしこもすごく敏感になってるよ」
「ふん・・あふん・・・あん・・・・ああん・・・・・」
「雪乃、あなたはSEXが好き、さぁ言うのよ」
「あぁん、私はSEXが好き」
「あなたが自分で言った言葉はあなたの頭に刻み込まれる。雪乃、あなたはSEXが好き」
「あふ〜ぁん、私はSEXが好きぃ〜」
「感じることは大好き、Hしか考えられない。いつでもHが好き」
「感じる・・・コト、あん!いぃぃぃ〜・・大好きぃ。H好きぃ〜、Hすきぃぃぃぃ」
 すでに横たわった雪乃の体はビクン・ビクンと波打つ。両手を大きく広げて瑠璃子を抱き寄せる。
「自分で言ったことは全部本当のことになる、全部よ。したい・したい・Hしたい」
「ふ、ふ〜ん。イヤン、感じ・・・感じちゃうぅぅぅ!したい・・・した〜い。Hしたいーっ!Hしたいぃぃぃぃ」
「ホラ、おねだりしてごらん。雪には私しかいない、私のことしか考えられない」
「あ〜んんんん、瑠璃子お姉様ぁ〜抱いて!雪乃を気持ちよくしてぇ」
「もっと言ってごらんなさい、あなたの言葉はあなたのココロの鏡、自分で言ったことは全部本当のことになる、全部よ!したいんでショ?」
「したい、したいの」
「そうやって自分からおねだりしないコは私キライだからね」
 瑠璃子から言われた瞬間、雪乃は激しい悪寒と焦燥感に襲われた。
「イヤ、イヤ。キライにならないで!嫌いになちゃいやーぁっ!」
「ウフ、ならシャワー行こうか」
「はい、瑠璃子お姉様」
「フフフ、楽しみマショっ!雪ちゃん!そこで急いで脱いで気をつけ!」
 瑠璃子は真剣な表情で慌てて、はだけた服を脱ぎ捨てた。虚ろな目が妖しく濡れている。
「ホラ、またジンジンと感じて来たわ」
 ポケットから取り出した音叉をテーブルの角にあてて、金属音の共鳴する音叉を雪乃の耳元に近づける。それだけで雪乃は全身をビクビクと震わせて下半身から愛液を滴らせ始めた。すでに異常なまでに発情した体がなお一層狂おしげな娼婦の表情に雪乃を変えた。突入当時の凛々しいスワットチームの表情など微塵も残っていなかった。
「この音叉の音、あなたはとても気に入っている、感じちゃう。もっと聞いていたい、ずっと聞いていたい。この音だけであなたはイってしまいそうになる」
「フン、フ〜ン、アン、ンンンン〜」
「音叉の響きはあなたを狂わせる。音叉の震えであなたはカレシとのSEXとは比べものにならないほどの快感に体を支配されて快楽の海に溺れてしまう。その快感を雪乃は忘れられなくなる。わたしがその快感をあなたにあげたことをあなたは決して忘れない。そしてあなたはその快感を欲しくて欲しくて仕方なくなる。そして雪乃は私のもの」
 再び音叉を叩いて耳元に近づけると今度は音叉の珠の部分を雪乃のコメカミにすばやく着けた。
「イーっ!いく、いっちゃ〜ううぅぅぅぅぅっ」
「音は再び強く響き、あなたの体の芯からより一層の快感を引き起こす」
 再び音叉を叩きならして雪乃の乳首に当てる。
「きゃうーっ!いいいいいいいいいいい・・だめぇ・・・だめぇーっ!」
 まるで電気ショックを浴びせられたように、小刻みに、しかも物凄い快感が雪乃を襲う。彼のSEXなど比べようもなかった。津波のように一瞬にして快感に飲み込まれる。
「あなたは私の大事なおもちゃ、おもちゃは主人を裏切らない」
 キーンっとならした音叉を今度は脇腹にあてる。
「あーっ、あう・・・・・うぅぅ」
 全身は波を打ってビクンビクンとまるで宙に舞い上がるかと思うほど打ち震える。
「・・私の、瑠璃子のために尽くしなさい!」
「ひゃぅ・・・・・・・あーっあうっ!もうだめぇぇぇぇ〜、イクのぉぉっ」
 強く震わせた音叉を持つ手が両足の間に入っていく。目から涙が、口からは涎が、内股に接した絨毯は愛液がふきこぼれ、ほの暗いリビングのスポットに照り映え濡れてキラキラと輝いていた。
「さぁ、感じるの、体は今までの倍感じるようになった!絶頂を向かえなさい、今までのは、まだ序章、クライマックスで弾けるの!カレシとのSEXなんて稚拙でもう相手にしてられない!雪乃はもっと高貴でゴージャスなSEXが好き!その相手は陣内瑠璃子しかいないのよ!ホラっ!」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!」
「麻木雪乃、お前は変わる!淫乱な女に変わるのよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 叫ぶような声も重圧なサッシにかき消され室内に響くだけ、雪乃は全裸のまま脱ぎ散らかした洋服と絨毯の上にあっというまに崩れ去った。
「・・5分後・・・・・・雪乃は目覚める。私に気にすることなくあなたはシャワーを浴びにいく。全裸であることも全然気にならない。でも私の催眠にあなたはまだ支配されたままよ。ウフッ!」




【PD〜地下駐車場】


 言葉に言い表わせない異様な胸騒ぎ、今の麻衣子を駆り立てるものはあの瑠璃子という女子校生に向けられた説明のつかない妖しい印象だった。走って地下駐車場に戻って来たのも雪乃を追って瑠璃子の帰宅を見届けるためだった。取り越し苦労の心配ならそれでいい、麻衣子はそう思った。スロープを降りてきたところで下から昇って来た奈那と出くわした。
「奈那!大丈夫だった?」
「別に・・・・」
「なんとなく気分冴えないようね、察するわ。みんなルークスにいるわよ」
「そう・・・・・ルークスにね・・・・」
「私悪いけど今日は帰る、あなた行く?」
「えぇ、行ってみようかしら」
「大丈夫?祐実に何か言われたの、あまり気にしちゃだめよ。彼女に何言われたって聞き流してりゃいいのよ」
「えぇ、そうね」
「・・・・・・・・・・・じゃあね」
「おつかれさま」
 元気のない奈那に少し怪訝な感じを覚えたものの、雪乃のことが気になってさっさと別れてスロープを降りた。愛車のインテグラのシートに腰を落す。キーを廻すと小気味よいエンジン音が駐車場内に響く。LS専用のナビゲーションシステムが稼動する。「航跡」モードを選択し、登録してある雪乃のインプレッサのナンバーを入力する。画面上に過去60分の軌跡と現在位置が地図に重ねて表示される。
「なっ、何考えてるの!あのコ!どうして寮に行かず方向変えて自宅に帰ってるのよ!」
(寮に送れない、いえ送り届けられない何かがあった・・・・・きっとそう!)
 そう考えて携帯を取り出してキー操作を始めたが、思い立って助手席に携帯を投げて勢いよくアクセルを踏んだ。インテグラは反応よく国道へ飛び出した。
(何が起きたか確認するまでは雪乃に電話して、なにかあってもマズイ。直接乗りこんで雪乃と彼女の無事を確認する方が得策だわ)
 ハンドルを握る手に汗が滲んだ。
(誰かに知らせる?樹里?涼子?・・・・・・・いいえ、私のただの思い過ごしなら折角緊張から解放されたあのコ達に申し訳ないし、あぁ、江梨子、あなたがいてくれたら・・・・・・)
「確認してからでも遅くはないわね」
 インテグラは湾岸に向けて首都高入り口に突っ込んでいく。




【お台場パームタワー2207号室】


 ソファにどかっと体をまかせてテーブルに足を投げ出す。ペットボトルの紅茶をぐっと口に流し込む。テーブルに無造作に置かれたお菓子やケーキの類はマンション近くのコンビニで雪乃に買わせたものだ。
「ったく、お腹減っちゃって減っちゃって」
 食い散らかすように、あちこちの封を開けては瑠璃子は手をつけていく。思い出したように雪乃のバックをひっくり返して中の物を物色した。
「さすがに拳銃が出てくるわけないか・・・・・おっと、これ伸縮式警棒?わぁお、これマンガで見たことあるぅ!これスタンガンだよね、いいの?こんな武器もってて。スゴイやっぱりこのコ警察官なんだね、あっ警察手帳だ」
 その時、雪乃がまるで時計で測ったように5分経過して起き上がった。全裸でいることも、目の前で瑠璃子がニタニタ笑いながら自分の反応を見ていることなど気にすることもなく立ちあがるとバスルームへとゆっくりと歩き出した。
「雪ちゃん、あとから行くからね〜」
 瑠璃子の声も雪乃には聞こえていない。すべて瑠璃子の暗示のままだった。シャワーの小気味良い音が聞こえる。曇りガラスに雪乃の姿が映ってる。
「ンフフ〜、創造主は仕上がり具合を確認しなくちゃね。あなたの変わり様、楽しみだなぁ」
 ゆっくりとバスルームの扉のノブに手をかけて押し開く。中からもうもうと湯煙が立ち込めた。一瞬、部外者の侵入にたじろいだ雪乃は腰をねじって下半身を隠し両手で胸を覆った。
「フフフ、だ〜れだっ!」
「あっ・・・・・・・・・・る・・瑠璃子おねぇさまぁ〜」
 シャワーを投げ捨てて濡れた全裸のまま制服姿の瑠璃子に甘えるように抱きついた。
「来てくれたの?おねぇさまぁ〜。雪乃、雪乃ね、さみしくてさみしくて仕方なかったの。かわいがって、ねぇはやくぅぅ瑠璃子お姉様の指で雪乃をい・じ・め・て」
「(フフフ、仕上げは万全!H改造完了!)ちょ、ちょっと濡れちゃうでしょ!服濡れちゃうでしょ!離れなさい、離れてったら!」
「あん、イヤ!イヤイヤ!気持ちよくして、ぴくぴくさせて!おねぇさまぁ〜、雪乃はHなコなのぉ、いつも、いつもHしたいのぉ」
 雪乃は秘部を瑠璃子の腿に摺り寄せてすでに感じ始めていた。濡れているのはシャワーのせいだけではなかった。
「フフフ、じゃあ2人でシャワーしようか?」
「あん!うれしーっ」
 その時、リビングからドアホンの鳴る音が響いた。
「ウソでしょ!」
 興ざめた厳しい表情で雪乃を突き放すと瑠璃子はさっさとリビングに戻った。雪乃がバスタオルを巻いて慌てて後を追う。
「なんで!何しに来たのよ、あのオバサン!」
 1Fのエントランスホールが映し出されたインタフォンの液晶画面には瑠璃子にも見覚えのある麻衣子の姿があった。再びインタフォンが押される。
「雪乃、あいつが来る予定あったの?」
「いいえ、ありません」
「なら、どうして来たと思う?」
「・・・・・・・・・私たちの車はLS専用のナビで走行先が記録されます。恐らく瑠璃子お姉様を寮へ送らずに帰宅したのを不審に思ったのだと思います」
「フン!おせっかいな機械におせっかいな女!いいわ、折角来たんだもの、もう少し雪乃と併せて遊んであげようか」
 瑠璃子は、モニターごしに麻衣子を見つめる。応答のないインターホンに不安を募らせたのか、麻衣子は周囲をうかがい、別の場所から潜入を思索する行動を取り始めた。
「雪、出なよ」
 雪乃はインタホンのボタンを押した。
「はい」
 雪乃の声を聞いて麻衣子は慌ててエントランスのインターホンに駆け寄った。
「雪乃!雪乃なの?どうしたのよ、なにかあったの?あの子を寮まで送ってないでしょ。説明して!それともー」
(雪乃、こちらに上がってくるように言いなよ)瑠璃子が雪乃に顔を近づけて耳打ちする。
「・・・・・麻衣子先輩、どうぞ中へ」
 麻衣子が言い終わる前に雪乃に喋らせた。雪乃はエントランスホール入り口の扉の解錠キーを押した。自動ドアがゆっくりと開かれた。
「待ちなさい、あなた1人?それともそこにあのコがいるの?」
(『1人です。事情は部屋で話します。どうぞ上がってきて下さい。それとも迎えに出ましょうか?』雪乃、言いな!)
「1人です。事情は部屋で話します。部屋に来て下さい。それとも迎えに出ましょうか?」
「・・・・・・・・・・・・いいわ、わかった。行くわよ、今すぐ!」
 迷った末、麻衣子はエレベータホールの方へ液晶画面から消えた。
「フフフ、いいこと思いついちゃった。雪、その椅子に腰掛けて」
「はい、瑠璃子お姉様」
 無表情で雪乃は椅子に歩み寄る。
「これは・・・要らない!」
 瑠璃子は椅子に向かって歩く雪乃のバスタオルを剥ぐ。雪乃は剥ぎ取られたバスタオルを気にも留めず裸のまま椅子に座る。
「あなたに、ほんの少しだけ『今までの自分』を返してあげる」
 ポケットから音叉を取り出すと椅子の角で共鳴させた。
「はぅっ・・・・・アフ・・ふ〜んんん・」
 すでに瑠璃子の暗示は雪乃を瞬時に深層の催眠状態へとに導入する。満ち足りた悦楽の表情を浮かべ雪乃は体を身悶えさせながら瑠璃子を濡れた目で凝視する。
「雪乃、あの女の名は?」
「な・・・・中野麻衣子先輩・・・・・」
「そう、わかったわ。雪乃、聞いて。これからすぐに麻衣子が訪ねてくる。あなたはそのままの格好で玄関へと彼女を迎えに行くの」
「はい、私は麻衣子先輩を迎えに行きます」
「扉が開いて麻衣子の顔を見た瞬間、雪は私と出会う前の雪に戻る。今までの雪に戻るの」
「はい、麻衣子先輩を見たら・・・・わたしは・・もどる」
「でも、あなたは私のかわいいペット。わたしの言葉やこの音叉の音であなたはいつでも私に従順ないやらしい、Hな雪乃に戻るのよ」
「はい・・」
「雪はずっと私の奴隷」
「・・・・・・・・・・」
 ゆっくりと雪乃は微笑みながらうなずいた。その時、玄関先のチャイムが鳴った。
「さぁ、行きな。そのままの格好でネ!雪も麻衣子もどんな顔するか楽しみだな」
 雪乃は瑠璃子に促され全裸のままゆっくりと玄関へと歩いていった。




【お台場パームタワー2207号室 玄関ポーチ】


 玄関のロックが外れる音がする。麻衣子は気持ちを臨戦態勢にまで高めていた。
(絶対、雪乃になにかあったんだ!)
 その思いは消えなかった。右手に嵌めたカイザーナックルもスリットスカートの奥、腿のベルトに装着した小型ナイフも同僚の家に訪問するには無用と思ったが、今この瞬間は持っていて良かったと本当に思っている。扉はゆっくりと開けられた。押し出されたドアを背負う形で盾にしながらしばらくは開いたドアの奥からの出方を待った。突然の襲撃のような気配はなかった。
「あれ・・・だれも・・いない」
 代わりに聞こえた雪乃の声に、麻衣子はゆっくりと扉から体をずらして中を窺った。最初に目に入ったのは紛れもない雪乃の姿だった。
「雪乃!」
「あっ・・・・・・・・・先輩、どうしたんですか?あれ・・・私、今まで・・・?」
「ゆっ、雪乃!あなた何て格好してるのよ!!!!!!!!」
「えっ」
 麻衣子に言われて雪乃は怪訝な顔をしながら、やがてゆっくりと視線を下げた。
「きっ、キャーっ、なんなのぉ!どうして私、裸なの?先輩、何があったんです!どうして私の家なんですかっ!!!!!」
 我に返った雪乃は慌ててその場にしゃがみこんでしまった。
「ちょっと、入るわよ!」
「ドア、先輩!ドア早く閉めてーっ!」
 ヒステリックに雪乃が叫んだ。長い廊下の奥に間接照明のほの暗いリビング、物音と気配を感じて慌てて麻衣子は視線を奥へなげた。
「ヤッホー!ヨロレイヒ〜、オバサン!また会ったね」
 椅子にだらしなく腰掛けてビスケットをパクつく瑠璃子が麻衣子の目に飛び込んだ。
「あんた!一体!なにしてんのよ!」
「先輩、誰なんです、あのコ!どうして私の家にいるんです?」
「なに寝ぼけた事言ってるの!あの子は今日あなたが保護したんじゃない」
「わたし・・・・が?」
「陣内瑠璃子さん、訳を説明してもらうわよ!事と次第によっちゃタダじゃおかないわ!」
 しゃがみこむ雪乃をそのままに麻衣子はズンズンと奥へと進む。掴みかからんばかりの勢いだった。
「先輩!シャツ!なんか着るもの私にくださーい!」
 雪乃がヒステリックに叫ぶ。迫る麻衣子に不敵な笑みを浮べながら、瑠璃子はテーブルの縁で音叉を叩いた。
「雪乃、この女を押さえつけて」
 瑠璃子にあとわずかといったところで麻衣子に背後からヒトが覆い被さるようにのしかかった。
「くっ、誰か隠れてたのね!な、なめるなーぁっ!」
 麻衣子は勢い任せに背後にのしかかったヒトを投げ飛ばした。目の前の床に倒れたのはあろうことか全裸の雪乃だった。
「雪乃!あんた一体どういうつもり!」
 むっくりとおきあがった全裸の雪乃は無表情で再び麻衣子に組み合おうとしていた。
「雪、麻衣子先輩にしっかりとしがみついて離れないで」
「ちょ、や・・やめて、雪乃!・・陣内さん、あなた何のつもり!雪乃に何をしたっ!」
 雪乃は麻衣子の手を逃れて膝下にしがみついた。足を押さえられて動きが鈍った麻衣子にゆっくりと瑠璃子が近づく。
「麻衣子さん、言葉遊びをしようか?」
「あんた、何言ってるの?」
「今から私の言う言葉はあなたにとって本当になる。麻衣子さん、そしてあなたが言う言葉もあなたにとって本当になる」
「ちょっと!聞こえてるの!答えなさい!雪乃になにをしたのっ!」
「雪乃とは姉妹になったの。もちろんお姉さんは私、彼女は妹」
「どういう意味?」
「その前に、コレ試してみようかな」
 レベルを低く設定したスタンガンをこれ見よがしにゆっくりと近づけた。
「ーっ!」
 瑠璃子が突き出したスタンガンをよける間もなく短い悲鳴を残して麻衣子はのけぞった。
「困るなぁ、用心にしても気合入れ過ぎじゃない?コレ」
 あらわになった太腿の隠しナイフを見つけて瑠璃子は苦笑した。
「持ってきてよかったと思ってるわ。案の定、あなたがいた」
「フフン、そう。でも持ってきて失敗したと思うよ。自分が責められるんだから・・・・」
「きゃっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 雪乃に押さえつけられて苦悶にもがくことさえできない麻衣子は、瑠璃子のスタンガン攻撃に必死に耐えていた。
「でも・・・・・・・私がいてよかったと思うようにはなるんだろうな。麻衣子さんと私、姉妹になるんだから」
「なに言ってるの、あなた」
 瑠璃子は麻衣子のガーターベルトからナイフを引き抜いて、スタンガンと一緒にソファへ放り投げた。
「こんな危なっかしいモノ身に着けてるより、もっと趣味のイイもの持とうヨ。麻衣」
「なんですって!」
「ホラ、見て。キレイでしょ、部屋のライトに反射して」
「なによ!ただの音叉じゃない。楽器のチューニングでもしようっていうの。ハンっ!笑わせるわ」
「そう。でも、もっとよく見て、この音叉、外の夜景を映してとてもキレイでしょ」
「夜景?」
「もっとよく見てよ、それにホラ、叩くと響くこの共鳴音、なんの濁りもない澄み切った音なんだよ」
「・・・・・・・音・・・・?」
 麻衣子の耳に音叉の音が響く。音叉は部屋の薄明るいライトに照らされて、端々がキラ、キラっと輝きを放って麻衣子の目を刺激する。
「とても気持ちのいい音だよね。そしてとてもココロが和む輝き。今自分がどういった状況下に置かれているかなんて何も気にならなくなる」
「・・音・・・・・・・・・・・・・」
「音が遠のいていく。でも麻衣子の耳の奥底にこの音叉の音が気持ちよく響いてる、響いてる、響いてる。とても気持ちがリラックスしてきた」
「・・音・・・・・・・・・・・・・」
「今から私の言う言葉はあなたにとって本当になる。麻衣子、そしてあなたが言う言葉もあなたにとって本当になる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「体から力が抜けていくよ。不安なことは何もない、とても気持ちがいい、体中に音叉の音が響いて共鳴している。麻衣子、君のココロと同じようにとても澄んだ音」
 瑠璃子は顎で雪乃に麻衣子から離れるよう指図した。瑠璃子の拘束を逃れた麻衣子はすでにその場から逃れようとはしなかった。瑠璃子は音叉をもう一度鳴らして麻衣子の耳元にかざす。
「音、聞こえる?」
 そう言って瑠璃子は優しく麻衣子の頬を撫でた。麻衣子は恍惚な表情さえ浮かべていた。
「聞こえる・・・・・・」
「とても澄んだ純粋な音、聞いていてとても気持ちがいいよね」
「・・・・とても気持ちいい」
「音はもっともっと響いていくよ。麻衣子の心のずっと底まで・・・・・もっと底まで・・・・・ココロの奥まで響いているよ、聞こえる?麻衣子」
「き・・・・こえる・・」
「ココロの奥の奥まで響く。麻衣子の澄んだココロの音色、麻衣子はこの音がとてもスキ、麻衣子はこの音がとてもスキ、そうだよね、麻衣子」
「わたし・・・この音が・・とても・・・・・・・・スキ・・・・」
「音が麻衣子の体の隅々にまで響いていくよ。音は体の感覚を研ぎ澄まさせる、気持ちよくなるよね、音に感じてしまうよ。気持ちいい?」
「気持ち・・・・いい・・・・・・・」
「雪乃、麻衣子のカラダを優しくさわってあげて。私にするつもりで心を込めてね」
「はい」
 人形のように動かなかった雪乃が麻衣子の服を剥ぎながらゆっくりと愛撫を始めた。
「はぁっ・・・・・・・や・・・・・・あん・・・・・・・・んん・・・・・」
「感じるでしょ、感じていいんだよ、麻衣子。音叉に共鳴したあなたの体は少しの刺激でとても敏感に感じるようになるの」
「あん・・・・・か・・・・感じちゃう・・・・」
「音にさわられているのよ。音があなたを感じさせている。気持ちいい、あなたはそれをとても気に入る」
「あ・・・・・ふん・・・・あぅ・・・・・い・・いぃ・・・・・」
「フフ・・麻衣子、あなたは今チューニングされているのよ。音叉を見たでしょ、キレイに輝いて・・・そしてキレイな音を放つ音叉」
「はぁ・・・・・んんん・・・音叉・・・・・・」
「あなたはチューニングされている。とても気持ちいい、この気持ち、今までに味わったことのない快感になる、2倍に、3倍に、4倍に・・・」
「あん・・・・・あふ〜ん・・・・・い・・いいいい・・・・」
「音叉の輝き、音叉の音色・・・・そして音叉には響きがあるのよ。その響きがカラダに触れた瞬間、麻衣子は今までにどんなSEXでも体感したことのない強烈で甘い快感に襲われる。そして今までの自分を捨てて生まれ変わる。まさしくチューニングされて、フフフ。そして、音叉を持つものがあなたの従うべきご主人様、あなたに快感をもたらしてくれる大事なヒトになるの、音をお聞き、カラダがこれから襲ってくる快感を予感してピクピク感じちゃうわ」
 そういって瑠璃子は音叉を立て続けに鳴らし始めた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっぁぁっぁっぁぁぁぁあっ、あっ・・あっ・・・・ダメ・・・・かんじちゃう・・・感じすぎちゃうぅぅぅ・・・ダメェーっ」
 振動する音叉をゆっくりと濡れて光る陰唇へと近づけた。
「十倍、百倍、千倍。さあ、麻衣子、これであなたも私の『いもうと』よ」
 振動した音叉の玉が最も敏感な部分に触れる。
「きゃうっ!ああああああああああああああぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁあぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ・・・あっ・・・・・・・」
 全身を痙攣させて麻衣子はぐったりとその場に倒れこんだ。
「フフフ、私の兵隊が2人」
 瑠璃子は麻衣子を見下ろしながら不敵な笑みを浮かべた。

 
 


 

 

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