続The Galactic Chasing


 

 

後編


「ちょっとダニーボーイってばっ。聞こえてるんでしょ? 私、こんな計画、聞いてないよね? 聞いてたら賛同しないもんね? ……私をだましたの?」

 コックピットでミチル・ヒョードー特別公安調査官がヒステリーを起こしている。汎用サポート人格プログラム・ナヴィゲーターのダニーボーイは、操縦席のミチルに応対している余裕がないほど、戦闘支援にかかりきりになっていた。

「ごめん、ミチル。話は後でしよう。今は、ラドコフたちの後方支援で手一杯だよ。第3銀河治安当局に包囲された犯罪商社の船を援護するなんて、僕だって聞いてたら反対してたよ。こっちはミチル入れて6人。相手は政府治安当局の100人近い包囲網だよ?」

「だーかーらーっ。私を数に入れないでよっ。私は同盟の第2級特別公安調査官よっ。なんで政府の犯罪者捕獲作戦を妨害しなきゃいけないのっ。これ、絶対私、クビよーぉぉおおっ」

 育ちの良いお嬢様は、パニックになると手がつけられない。ダニーボーイは援護射撃に集中しながらも、ミチルがコックピットで暴走しないように目を光らせなければならなかった。

「お願い、ミチル。もうちょっとだけ待っててよ。僕も君が責任を問われないように必死でやってるんだから。死傷者が出ないように警邏船の動力システムだけを破壊するのって、凄く難しいんだから」

「お嬢さんら、お話し中にすまんが、もう少し派手な爆撃が欲しい。弾幕を張ってくれ。E11時の方角から潜入突破する」

 通信で入ってくる老人の声はいつもよりも張りがある。不愛想を装っているが、老中隊長は戦闘行為を楽しんでいるようだった。

「ラドコフさんっ。ミダル=エチェット犯罪商会なんて救出して、何の意味があるのか、教えてくださいっ。このままじゃ、私、クビどころか未婚のまま投獄されちゃいますっ」

 コンソールを両手で叩いたあとで、ミチルが綺麗な黒髪をグシャグシャに掻きまわす。

「お嬢さんは政府警邏船の射程からギリギリ外れた位置にホッパーキャリアーを維持していてくれ。失敗すると投獄どころか銀河の藻屑じゃぞ。ふはは」

 ダニーボーイは仮想空間の中で仮想の手で仮想の頭を抱えていた。ミチルとラドコフは相性の問題として良好なコンビネーションが難しい。そしてダニーボーイにも、この老獪な荒くれ中隊長を使いこなせていないという自己評価だった。ガルダ星まであと1.2光年という距離まで近づいておいて、急に無関係の犯罪者救出作戦を展開したのも、意味が不明だった。それでもダニーボーイはミチルほどのパニックには陥っていない。人工知能だからということもあるが、これまで仕えてきた主人が、ラドコフに勝るとも劣らない、いや確実に上回る無鉄砲さを、いつも見せていたからだ。

「ラドコフ中尉。あと25秒で弾幕を張ります。E11の方角からは中型警邏船4体以外にも無人掃討船が3体、戦闘態勢になっているので、注意してください」

「心得ておる」

「私の貯金をはたいて、非合法に入手した武器が……。政府の宇宙船に発砲されてる〜。誰か、夢だと言って〜」

 コンソールに突っ伏するミチル。ダニーはせめて空調を操作して、コックピットを少しクールダウンすることくらいしか出来なかった。

「ミチル。もうこうなったら、ラドコフに任せよう。……少なくとも、ティナよりは何か、策を持って行動してると思うから……」


。。。



 翌朝の目覚めも最悪の気分だった。重い鎖を引きずるような気持ちで、ティナがベッドから体を起こす。バスローブの生地が乳首にこすれると、思わずあられもない声を出してしまう。また自己嫌悪がティナを襲った。

 ティナの起床を感知して扉の前のランプシェードが点灯する。やがて扉が開いて、2体のサイボーグ、ルシエとペトルが部屋へと入ってきた。

「おっはよー。ティナちゃん。昨日はゼーゲルさんと、なかなかにラブラブのエッチ出来たみたいで良かったね。しっかり眠れた?」

「……・」

 ペトルの顔を見たが、無表情のまま口を開かない。仕方なく、ティナはルシエの朝からテンション高い問いかけに答える。

「寝覚めも、寝てる間の夢も、最っ悪。寝つきも悪かった。アンタらが毎晩、夕食に混入してる媚薬のせいで、深夜までオナニー止められなかった。発情期のサルみたいだったよっ。全部正直にお答えしましたっ。これで満足?」

「ふむふむ。発情期のサルみたいにオナニーっと。メモメモ。……ちなみに、お食事への媚薬混入は一昨日の夜までしかしてないよ。昨晩のティナちゃんの発情は、お薬カンケーなしっ。でも精力みなぎってるのはいいことだね。さすがは女賞金稼ぎ。体が勝負ってね。・・ま、乳首で感じまくって、日中には心の少し通ったセックスもあったみたいだから、その影響かな?」

 全部お見通しだと言わんばかりに、ルシエが看護師のように語り掛ける。ティナも顔では精一杯、平静を装ったが、首元まで赤く染まっていた。そして首輪のハートは例によって、「ショックと恥ずかしさ、みっともなさの混合」という心境をグラデーションと素早い点滅で表示する。ティナがペトルの方をもう一度、チラッと見る。ペトルは微動だにしなかった。

「ティナちゃんは、今日のスケジュールはなかなかハードだから、朝のうちはゆっくりしておいてねー。朝ご飯のあとは、お紅茶だそっか? お砂糖とミルクと蜂蜜があるけど、どうする?」

「……・」

 ティナがペトルの反応を伺っているのだが、まだ何も言いださない。短気なティナはついに我慢が出来なくなってしまった。

「ちょっと、私を嬲る気? ……いつも朝一番に、お辞儀しなさいとか、こう言いなさいとか、あれこれ命令するでしょ? ……さっさとしなさいよっ」

「……・」

 ペトルはまだ口を開かない。ティナがシビレを切らしたかのように、バスローブを脱ぎ捨てて、苛立ちまかせに全裸で土下座する。そのまま平伏して30秒も待っていたが、まだペトルは無言で立ち尽くしていた。

「なんか言いなさいよっ。気味が悪いわねっ。ああしろとか、こうしろとか、何か指示があるんでしょっ。早く私に指示してよっ」

 ペトルが何も言ってくれない。無視されていると、ティナは自分がまるでこの世に存在していないのではないかという恐怖に背筋が寒くなった。

「……お……お願い。何か、私に命令してっ。……何でもいいからっ。何でもするからっ」

 ペトルの足元にすがりつくティナ。ペトルの足のローラーが回転して、20センチほど体を後退させた。

「……イヌの遠吠えをしなさ」

「ワオーーーーーォォンッ。アオッ、アオォオオオオオオオオオンッ」

 まだペトルの命令が終わらないうちにティナが吠えた。四つん這いのまま背筋を弓なりに反らし、顔を天井に向けるようにして、大音量の遠吠えを部屋中に響かせる。サイドテーブルの上のグラスがビリビリと響くほどの声。何かつっかえが取れたような気持のよい遠吠えを終えると、ティナがすっきりとした表情で微笑む。

「ほら、やっぱり。どうせ、私に命令したくてしょうがなかったんでしょう。アンタたちのことなんてすべてお見通しよ。絶対に負けないんだから」

 勝ち誇ったように笑うティナの様子を、ルシエが丁寧に観察しながら、ノートに書き留めていた。


 ルシエの言った通り、昼過ぎまでティナは体のメンテナンスと休養を指示された。やがていつもよりも豪華な正装に身を包んだルシエとペトルが、ティナを起こしに来て、バスタブに浸からせる。人肌に優しいとされる高性能洗浄液を大きめのシリンダーに入れたルシエがティナを四つん這いにさせて、アナルに浣腸した。排便を10分も我慢させられる。その後、トイレですべて排出する。男性と機械の融合体であるペトルが目の前にいるが、ティナは生活のすべてを彼らから隠したりすることは出来ない。腸内洗浄が終わると、ルシエが香水をティナの体に振る。バトルスーツを模した、シースルーのボディスーツを身に着けさせると、ルシエはティナの首輪を大きな深紅のリボンで隠した。大きなリボンが首元を飾ると、女賞金稼ぎはラッピングされたギフトのような見た目になる。2体のサイボーグに付き添われて、ティナは長い廊下を移動した。


「お久しぶりね。ティナ。調教はおおむね順調に進んでいると、ルシエ様から聞いています。頑張っているわね」

 出迎えたのは、プラチナブロンドの髪を肩にかけた、女神のように美しい女性。ティナの調教初日に新しい生活のことを説明してくれた、オリフィアだ。ティナよりも年上のはずだが、その美貌は瑞々しく、ティナから見ても惚れ惚れするほどのものだった。

「子爵様の毎日のご寵愛だけじゃなくて、昨日からはゲストのアテンドもあるから、大変ね、オリフィア。でも、貴方って全然、疲れが顔に出ないわよね」

 ルシエはオリフィアの、宗教画のように見事な乳房を指で摘まむ。オリフィアは笑顔の中に、快感の色を見せた。ルシエの行動はきっと、成熟した女性への嫉妬からのものだろう。

「今日は、まだ調教中のティナもパーティーの余興に加わると伺って驚きました。子爵様はティナがお気に入りだと思いますよ。ルシエ様。……さ、ティナ。こちらへ起こしなさい。これから、お客様方を楽しませるために、私と貴方が何をするか説明しますね。きちんと準備して、皆様にお喜び頂きましょう」

 子爵は奴隷商人としても上級な客と取引を行っていくために、時折、パーティーを催すと聞いていた。それが今日ということか。ティナの脳裏に冷静な思考がわずかに蘇る。しかしその思考は、穏やかな笑顔でその日の余興を説明するオリフィアの言葉を聞いて、一緒のうちに、停止してしまった。くすみ一つない美貌の聖女が、屈託なく語るティナと自分自身の今夜の運命を聞くと、全身に鳥肌が立つような気がした。


 。。


「あー、あー……。こほん。……皆様、ご歓談中、失礼いたします。この宴の余興として、そして子爵のもつ技術や多様な装置、商品のショーケースとして、これよりウィストリア星人の希少な生き残りである、オリフィアとティナのステージをお楽しみ頂きます。オリフィアさん、ティナさん、どうぞ」

 ボールルームの中空に浮かんでいる司会席台に立ったルシエがアナウンスをすると、パラパラと拍手が響く。しかし姫君のようなドレスに身を包んだオリフィアとティナが舞台袖から現れると、拍手は一気に大きくなった。銀白のドレスがオリフィア。何度かオリフィアを見たことがある客、さらには一晩、夢のように甘美で熱烈な奉仕を受けたことのある上客でも、改めて正装している彼女を見ると、その美しさに目がくらむ。そして彼女に付き従うもう一人の美女。やや顔が青ざめ、歩き方がぎこちないようだが、彼女の美しさもオリフィアに負けず劣らず輝いている。オレンジのドレスに身を包んだその美女は、顔やプロポーションの造形美もさることながら、全身から沸き立つような生気、エネルギーに満ち溢れていた。

「おい、あれって、あのティナじゃないのか?」

「ティナ・ラ・ヴェスパ……。私の裏ビジネスを台無しにした、ティナか……」

「子爵が……まさか、拉致して調教中ということか?」

「買えるのか? ……何億チェントでも出すぞっ」

 口々に、奴隷ビジネスの上級顧客たちが囁きあう。会場全体がどよめいていた。第3銀河系の闇ビジネスに手を染める歴々で、ティナを知らないものはいない。彼女に痛い目に会わされた輩も、10人ではおさまらなかった。

「皆様、オリフィアとティナでございます。今夜は、心行くまでお楽しみくださいませ」

 オリフィアがうやうやしく頭を下げると、ティナも嫌々、同じ姿勢をとる。ルシエが司会者席台で操作をしているのだ。そのルシエが、パチンと指を鳴らす。舞台袖からペトルの6本の触手アームが伸びて、オリフィアとティナのドレスを掴み、左右に引っ張る。スルスルとドレスが抵抗なく解けて、2人の絶世の美女はステージ上で肌を晒す。オリフィアはコルセット型の下着姿。ティナはバトルスーツを模した、ハイレッグなボディスーツ。肩が露わになると、スズメバチのタトゥーが晒された。

 給仕やコンパニオンを務める美女、美少女の性奴隷たちの体を弄びながら、客人たちは舞台上のオリフィアとティナを食い入るように見つめている。まるで彼女たちの体の感触を想像しながら、手元にいる奴隷の体を揉みしだいているようだった。

 ステージ後ろの特大モニターからは聞き覚えのある声がする。

「ティナ・ラ・ヴェスパ……。みなさん、ご存知ですな。彼女はまだ調教中ですが、来月にはオークションに出品予定です。ただし出品するのは彼女の短期レンタルの権利のみ。基本的にこれからはオリフィアと2人で、私や屋敷の客人をもてなすことになります。今回皆さんには特別に、まだ調教途中の彼女を短時間ですが披露しましょう」

 モニターに大写しになったヴィアンデンシュタイン子爵の青白い顔。右手にはワイングラスが掲げられていた。ここでルシエがアナウンス。

「ご来場の皆さんは、全員、受付番号をお持ちですね。皆様の中のラッキーな方、数名に、ティナかオリフィアを、余興の中で犯して頂きます。どなたの番号が選ばれるか、オリフィア姫とティナ嬢が特別な演出で見せてくれます。オリフィア、ティナ。よろしくね」

 ルシエからのアイコンタクトを受けて、オリフィアは笑顔で頷いてコルセットをスルスルと脱いでいく。神々しいほどの可憐な体と豊かでたわわな乳房が、観客たちの前に惜しげもなく晒された。ティナは……というと、両手の動きを、必死で止めようとプルプル震えている。こめかみに血管が浮き出るほど抵抗したティナは、最後はルシエの操作する精神操作プログラムの電磁波指令には逆らうことが出来ずに、乱暴にボディスーツを真っ2つに破いてしまった。ダイナミックにオッパイが揺れる。

「ティナちゃんは調教中にオッパイがFカップまで成長しちゃったのよね。……ついでにサービスで、お客様にミルク出るところも見てもらおっか?」

 悔しそうなティナの表情は、そのオッパイが男たちの目の前で母乳をブピュピュッと放出した瞬間に、恍惚の表情へと変わってしまった。観客は積年の恨みを発散するように、ティナの屈辱の狂態に喝采を送る。

 2つの丸テーブル1つずつの上に、全裸のオリフィアとティナが、犬のように両手をついて上がる。テーブルがゆっくりと回転を始める。

「最初のラッキーゲストは……。オリフィア、よろしく」

 ルシエの呼びかけと同時に、ペトルが触手アームで、オリフィアの丸いお尻をペチンと叩く。叩かれたオリフィアは笑顔で四つん這いのまま、お尻を高く突き上げる。太腿の腱に力がこめられる。

 ポンッッ

 破裂音がして、回転中のオリフィアのお尻の穴から、拳の半分ほどの大きさのバウンスボールが弾き出され、警戒にステージの床を跳ねる。ペトルの手がボールを捕まえ、小型カメラを寄せると、大型モニターには、ボールに刻まれた番号が大写しになった。

「142番のお客様。ステージにお上がりください。聖女オリフィア、衰えを知らない美貌の淑女を、思う存分はめてもらいます。……次は、ティナね」

 ルシエが操作盤を弾く。ティナは四つん這いのままで全身の力をこめて抗ったのだが、直腸に詰められたボールが、ゆっくりと押し出されてくるのを止めることは出来ない。ペトルがカメラでティナの肛門をアップにすると、蛍光イエローのバウンスボールが少しずつピンクのアナルから顔を出す。黒く刻印された数字の一部が見えてくる。

「2百番台だな……218来いっ」

「いやっ、261だっ。頼むっ」

 ほろ酔いの客が自分の受付番号を手に握りしめ、ティナの肛門からジリジリと顔を出してくるボールに声をかける。

「はうっ……いやぁ〜」

 プポーンッ

 小さな破裂音をさせて、飛び出たボールが弧を描きステージの床を打つ。真っ赤な顔のティナは僅かに顔を緩めた。肛門の内側が敏感無比な性感帯だと、体に刷り込まれているのだった。

「267番でした。まだまだチャンスはありますよ」

 オリフィアはこの余興を何度もこなしてきたのだろう。テーブルの回転に合わせて、お尻を左右に振って挑発しながらも、お客さんの方に球が飛ぶように調整しながら、勢い良く弾き出す。一方のティナは、ぎこちなく、時折情けない破裂音を肛門から漏らしながら、何とかしてボールを飛ばしていく。5人ずつ選出する予定だったが、4つもボールに性感帯の肛門を通過させたティナは、すでに涎を垂らして朦朧とした表情を、カメラにとらえられていた。

「では、最後の1個。2人同時に、出してみよっか。お客様のところに届くくらい、ふんばって捻り出してください。どうぞっ」

 スポンッ。

 オリフィアが振り返って少し照れたような笑顔を見せながら、お尻から5つ目の球を飛ばす。

 プポン……ププププッ。ブシュッ。

 ティナはついに限界に達してしまったようだった。5つ目を出して終わりにすべきところを、エクスタシーに達してしまい、腸内に押し込まれた残りの球もすべて押し出してしまった。テーブルの上には、愛液の池を作ってしまう。その失態の全てを、旧敵ともいうべき悪党たちに見られてしまっていた。

「あぁああっ……全部出ちゃうっ……と……、止まらないっ……ごめんなさいっ」

 四つん這いのまま背筋をそらして、エクスタシーに喘ぎ狂うティナが、ルシエに謝りながら、直腸内のボールを全て、テーブルの回転に合わせて順番にステージ上にまき散らす。酔った客人たちが腹を抱えて彼女の醜態を笑っている。ティナの思考はすでに細切れになりつつあった。


。。。



「ミダル=エチェット犯罪商会から会頭がお越しとは、驚いた。奴隷取引には興味がないと思っていたんだがな。息子の副会頭ではなく、御大とは……、顔も初めて見ますぜ」

 セキュリティを統括するゼーゲルの前には、1人の老人と、1人の若い女性が立っていた。女性は怪我を負ったのか、ヘルメット型マスクを装着したままだ。

「こちらこそ、名高い宇宙海賊がパーティーの警備隊長になっているとは思わなかったぞ。今日は孫娘が新規業種に手を伸ばしたいと言うので、勉強させに来た。手土産に第3銀河治安当局の分隊長以下、14名の身柄を持ってきた。人質交換の交渉材料にでも使えるだろう」

 ゼーゲルは老人の顔をまじまじと見つめる。深いしわと傷が刻まれた顔から醸し出されるオーラを見ても、歴戦のツワモノであることは伝わってくる。剃られたばかりのような顎は強固な意志を表すように2つに割れていた。

「ミダル=エチェット・シニア。……前言を撤回するようだが、どこかでお会いしたことがあるかね? あんたの顔、かすかに見覚えがあるような気がするんだが・・」

「知らんな」

 老人は眉毛一本動かさず、ゼーゲルの巨体を見据えている。ゼーゲルは肩をすくめた。

「いいだろう。子爵に繋ごう。……予算不足の治安当局に、捜査船に警邏船、計10隻も撃沈させるほどの芝居は打てんだろう。あんたらの包囲網突破の様子はレーダーで確認させてもらった。大した戦いぶりだったぜ」

 老人はまだ微動だにしないが、横の孫娘が頷く。彼女のメット型マスクのヘッドホン部分が緑に点灯した。


。。。



「いやいやっ。もうやだ〜。誰か、止めてっ。こんなことさせないでぇえええっ」

 ボールルームのステージでは、疲労困憊のティナが大粒の涙を左右に散らしながら、首をぶんぶんと振って許しを乞うていた。12人の犯罪者である乗客たちにあらゆる体位、あらゆる方法で犯され、体中を汚されて母乳と潮と尿を撒き散らしながらよがり狂ったティナに、立ち上がる体力が残されていたこと自体が驚きだった。しかしティナが聞かされていた最後の余興への恐怖が、今の彼女を、最後の抵抗へと走らせていた。ステージ上には2席の椅子が並んでいる。昨日彼女が座った(ことを忘れている)『エルフィーヌの回顧録』と少し似ているデザインだが、はるかに進化を遂げている、最新の装置を思わせる。その椅子に自らの動きで座り込もうとしながらも、ティナの首から上だけは、束の間、振り絞った気力で僅かな自由を取り戻して、泣きわめいている。しかし彼女が着座すると、ベルトが彼女の体中を固定した。隣の椅子には、ピンク色の豚が固定されている。小ぶりの豚。ダモレス星系で品種改良の進んだ、ダモレス豚だ。

「人格交換なんて、ありえないっ。研究開発も禁じられてるっ。絶対許されないだろうがっ」

 ティナが泣き叫ぶ。

「知らなかったか? ……俺たちは悪者だ」

 客の一人が声をあげると、どっと男たちは笑った。しかし、このなかの誰も、子爵のコレクションがここまで充実しているとは知らなかった。人格交換。確かにこの技術は、老境に差し掛かった有力者たちには喉から手が出るほど羨ましいものだ。しかしその夢の、いや悪夢の装置を、子爵は奴隷をいたぶることに使おうとしている。

「ティナ。20分の制限時間内に戻してあげるから、大丈夫。それ以上放置しておくと、人格と肉体の結合が強固になってしまって戻れないみたいだけれど、短時間なら、またもとの身体に戻ってこれるわ」

 かつて同胞のために立ち上がって蜂起したという聖淑女オリフィアは、一転の曇りもない笑顔で、戦慄しているティナを宥める。

「あんたっ。こんな非合法で不安定な技術っ。信用できるわけないだろっ。他人事だからって、笑顔でそんなこと言わないでよっ。私の同胞だろぉおお?」

 オリフィアは美しい笑顔を、号泣のティナに近づけて、さらに愛に満ちた笑みを見せて囁いた。

「他人事じゃ、ないわ。わたくし、週に1度は、子爵様にこの装置を使って、ご寵愛頂いているの。これまで、ありとあらゆる動物の雌に人格を転移して、遊んで頂いたわ。責められすぎて、転移先の雌の身体が壊されてしまっても、即死でなければ戻して頂ける。わたくしは・・、いいえ。わたくしたちは、これから永遠に、何百回も転生しながら子爵様にお尽くしして、贖罪のために虐待頂いて、あらゆる雌の喜びを知りながら、子爵様にお楽しみ頂くのよ。ティナ。うふふふふふ」

 モニターに映った子爵の薄ら笑いよりも、体を拘束する無機質な精神操作装置よりも、ティナは慈愛に満ちた同胞、オリフィアの笑顔を、恐ろしいと感じた。その視界が一瞬。不快な電磁音とともにブラックアウトする。

 少し焦げ臭い匂い。ティナが目を開けると、視界にはステージの天井が広がっている。顔を正面に向けようとするが、容易に出来ない。ティナが精一杯、顔をひねる。右横には、裸の美女が椅子に座っていた。見慣れた身体と顔。ティナだった。恐る恐る、ティナが自分の手を見る。なかなか見えない。……やっと、短い手、いや、薄ピンクの蹄が見えた。

「ブッ……・ブギィィイイイイイッ……ィアアアアアッ」

 ティナの悲鳴は、ダモレス豚の雄たけびになっている。会場が沸く。ティナの隣では、椅子から降ろされたティナの身体が、周囲を見回しながら、キョトンとした表情で鼻を鳴らしている。

「ブゴッ……、ブゴゴッ」

 声はティナの声。それでも、恐ろしく知性の後退したような表情は、ティナ本人には、とても恐ろしいものだった。

「ティナ。頑張りましょう。いい子にしてたら、20分以内に戻してもらえるわよ。悪い子だったら、今夜のビュッフェの最後に、振る舞われちゃうかもしれないでしょ」

 穏やかに呼びかけながらオリフィアは、ペトルの助けを得つつ、自分の華奢な腰に、無骨極まりないディルドーを装着し始めていた。


 。。


「さて皆さん、混乱しないように頭を整理しながら見てくださいね。皆さんから見て右側が雌豚の身体に入ったティナ。左側が豚の意識を転移させたティナの身体です。今、オリフィアちゃんがズッコンバッコン犯してるのがティナの意識を宿した豚で、今、雄豚に犯されてブヒブヒ喜んでるのが、豚の意識を宿したティナの身体です。これから、犯す相手がスイッチされますよー」

 客人たちも確かにルシエの解説をきちんと聞いていないと、混乱しそうになる。豚の身体に閉じ込められて、涙を流しているのがティナの心。これも想像するとティナにかつて痛い目に会わされた悪党たちは胸がすく気分になれる。一方で、涎を垂らして発情した表情で雄豚に犯されているティナの身体。見て性的に興奮するのはこちらのテーブルかもしれない。躾けやすさと旺盛な生殖本能で有名なダモレス豚とオリフィアそしてティナの身体と魂とかバラバラに結合しあってまぐわっている。

「さー、装置に制限時間がありますから、クライマックスが早いよっ。雌豚ティナと、ティナの身体に、最後はハメちゃってもらいましょー。これは、獣姦? それとも一人の女のただのオナニー? もう、私にもわっかりっませーん」

 ルシエの目が加虐の喜びに輝いている。今度はくっつけられた2つのテーブルの上で、オリフィアが雄豚に犯される横で、雌豚の鼻がティナの肉体の女性器に押し込まさせられるという、獣姦ショーになる。ピンクの醜い豚の身体に転移されてもなお、ティナの精神は操作プログラムの支配下にあって、動きを操られていた。

「グフィーッ、アーワワ、フィーッ」

 人間の口と声帯の扱いに慣れていないのか、ティナの身体に入っている豚は、それでも快感を、涎と鼻水と緩み切った顔で見せる。豚の身体のティナの方は、涙を流しながら鼻づらを人間の性器に突っ込み、かつての自分の身体から流れる愛液をビチャビチャと舐めとった。

「はい、そろそろ、制限時間だよ。豚オンナとオンナ豚を『交換留学機』に載せて。……そっちは雄豚だよ。ペトル」

 放心状態で腰を振っていたオリフィアも慌てて身体を起こして、作業を手伝う。ティナの身体は手足をバタバタさせて抗う。雌豚の身体となったティナの方は、神妙な顔つきで装置に戻してもらっていた。

 ブラックアウト。そしてまた不快な機械音と焦げたような匂い。ティナが目を開くと、さっきの椅子に座っていた。左隣の椅子には、雌豚がキョロキョロと見まわしている。ティナの心が入ったティナの身体は、やっと安堵の涙を流した。これほどの恐怖を繰り返されるくらいなら、どんな命令にでも従うので、許しほしいとすら思った。

「アンコール、アンコール」

 酔った犯罪者たちが、恐ろしいことを口にする。ティナの顔が再び恐怖にゆがんだ。

「こんどは、ティナの身体に俺を入れてくれよ」

「どこまでの生き物と交換できるか、試したことはあるか? …両生類は? 爬虫類は? 昆虫は?」

「そうだ、昆虫だったら、スズメバチだろうっ」

 無慈悲な男たちの声を浴びて、ティナの精神力が最後の忍耐の限界に達した。

「あぁああああああああんっ。もうやだぁああああああああっ。何でもするから、何でも言うこと聞くから、もうやめてぇええええええええええ」

 赤ん坊のようにワアワア泣きながら、ティナは両手で頭を抱えて、椅子の上に身を縮めるようにしてうずくまった。リボンの解けた首元に、銀色の首輪が見える。ハートモニターが真っ白に点滅し、『完全屈服』という文字が右からスクロールしながら回転していた。


「ティナ……。おめでとう。……あなたは、ずっとここにいていいのよ」

 オリフィアがティナの涙をぬぐう。ルシエとペトルが拍手を始める。よくわからない酔客たちも、とりあえず拍手を始めてみた。

「このままお眠り、ティナ。今夜くるみ割り人形の最終章を見て、あなたは完全に生まれ変わるのよ。そのあとには、もう恐怖も悲しみも苦悩も無いわ。あなたは何も考えずに、ただご主人様に可愛がってもらうためだけに生きる、幸せな奴隷になるの」

 オリフィアに優しく抱き上げられるティナは、子供のようにオリフィアにしがみついた。そして自らの意志で、奴隷としての人生を受け入れようと心を固めていく……。


「そこまでっ。銀河同盟特別公安調査官ですっ。全員そこを動かないでっ。抵抗者は射殺しますっ」

 ボールルームに入ったばかりの、メット型マスクをつけた若い女性が叫んでいた。会場の全員が出入り口の樫のドアを見ると、マスクを外した清純そうな黒髪の美女、そして後ろに佇む老人の姿があった。老人は、下半身に作業用機械をつけた大男のこめかみに、銃口を当てている。

「この施設のいたるところに、リモコン対応の爆弾が仕掛けられました。全員、両手を上げなさい。僅かでも怪しい動きを見せたら、全員死ぬの」

「それは諸君たちも……ということかな?」

 モニターの中の子爵は、ワイングラスを右手で傾け、ゆっくり回転させていた。しかし、若き調査官はひるまない。

「私はクビどころか、人生めちゃくちゃになりかかってるのっ。なんだったら、どうぞ怪しい動きを見せてちょうだい。いますぐにでも、全てを吹き飛ばして、全部無に帰してやりたいわっ。自分ごとね」

「……若い、優等生が自暴自棄になった時のヒステリーは、気をつけて扱った方がよいぞ」

 老人が一言添える。その間も彼は、片時も大男から目を離していなかった。一番警戒するべき敵と見ているようだ。

「特別公安調査官……。その紋章は、……ルポニア星系かね? ……はるばる、ご苦労なことだ」

 モニターの中の子爵が、僅かに左手を動かす。

「動かないでって言ってるでしょう? 何を回ってるのよっ……え? ……私? ……私が、回ってるの?」

 会場に、オルゴールのような金属音が優美な旋律を奏で始めると、ミチル・ヒョードー2級調査官は、両手をピョコンっと上にあげて、バレリーナのトワールのような回転を始めた。

「我々は誰も、怪しい動きなど見せておらぬ。おかしいのは君だよ。調査官」

 ヴィアンデンシュタイン子爵がひきつったような薄笑いを浮かべる。ミチルのヘッドセットではダニーボーイが悲鳴を上げていた。

『ミチルっ名前と所属を明かすなーっ!』

「え……でも、……だって私……。あ、え? ・・これ渡しちゃ駄目……。なのに……」

 足のローラーを動かして接近してきたペトルに、ミチルは手に持った爆弾の送信機をぎこちない動きで手渡し、ピョコリと両手を左右に開き、手のひらを床に向けて伸ばしてお辞儀を見せる。そのまま彼女はオルゴールの音色に合わせ、バレイを披露しながらボディスーツを脱ぎ始める。

「いやっ。イヤイヤッ。見ちゃ駄目っ。私っ。裸になっちゃうっ」

 悲鳴を上げながらも会場を跳ねまわり、衣服を一枚ずつ脱ぎ捨てていくミチル。とても小さな胸が曝け出されてしまうと、ギャーギャー言いつつも、ポロポロと涙を零してしまった。それでも体は踊りを止めてくれない。足を高く後方に突き上げて、胸を反らしてポーズを取る。

「ルポニア星域は刑部省。15年前からD8タイプの抗洗脳プログラムを調査官全員に施しているであろう。……2周遅れだな。どうしてどこの政府も、時代遅れの、逆に脆弱性を晒したようなプログラムを使い続けるのだ。そこからハッキングをして、操作してくれと、言わんばかりではないか。……なあ? そちらのご老体。貴兄の所属する国家と組織は何かね? ……私の最新のプログラムコレクションが対応するだろう。言いたくないか? それではそちらのバレリーナに聞くとしようか」

「無駄じゃな」

 表情を変えずにラドコフ・ルカチェンコが口を開いた。

「お互いにとって残念なことじゃが、儂には、属する国家も組織もない」

 ラドコフがゼーゲルに向けていた銃口を巨大なモニターに向け、旧式のレーザーライフルを構える。モニターに映る主人の部屋。笑みを歪ませるヴィアンデンシュタインの後ろに、忍び寄る影が見えた。

「子爵様っ!」

 ルシエが叫ぶ。即座に胸元に手を入れたヴィアンデンシュタイン子爵だったが、同じタイミングで、後頭部を撃ち抜かれた。

「彼はユーリ。同じく国も属する軍隊も持たない男だ。かつての私の副官だが、今は、若い戦友とでも紹介しておこうか」

 ラドコフが銃口をゼーゲルに向け直す。機械の足に手をかけていた大男は、隠しサーベルの柄から手を離して、溜息をつきながら両手を挙げた。

『ティナァアアアアアアッ。僕だ、ダニーボーイだよっ。聞こえる? ……目を覚ましてっ。』

 ミチルの投げ捨てたヘッドセットから近くのスピーカー、また近くのスピーカーへと、音が移りながら、ダニーボーイがステージへ近づいていく。オリフィアに抱き起されていたオレンジの髪のイイ女は、ゆっくりと、右目だけを開けた。


「……ったく・・遅いわよ……。ダニーボーイ。いつまで待たせる気? そろそろ、私1人での脱出計画に切り替えようかと思ってたんだから」

 洗脳完了、ほぼしかかっていたという状態のティナが、息も絶え絶えになりながら、それでもなお、減らず口を叩く。人工知能が『くすり』と笑みを漏らしたように聞こえた。

 スピーカーが全て撃ち抜かれると、やっとオルゴールの音色は止まり、ミチル・ヒョードーが非常に小ぶりな胸を押さえてその場にうずくまる。

「お前ら、受け取れっ」

 野太い声を出してレーザーライフルと伸縮性鋼鉄ウィップを投げたのは、機械の下半身を持った大男、ゼーゲルだった。

 ミチルとティナ。2人の全裸の美女は、それぞれライフルと鞭を受け取る。ショットガンを構えて駆け寄る警備兵に対して、ミチルは左腕で薄い胸を隠しながら右手のライフルを正確に連射する。

「侵入者。殺す。子爵様の仇討ちよ」

 ルシエが単調なトーンでそれだけつぶやくと、両手を手首から床に落とす。肘まで残った腕にはマシンガンが装着されていた。が、それをミチルとラドコフの方角に向ける前に、肩からすっぱり、腕型機関銃が切り落とされる。鋼鉄ウィップを手にしていたのは、ティナ・ラ・ヴェスパだった。

「ガキはすっこんでなさい」

 ティナに言われて、ルシエは心底悔しそうに唇を噛む。腹部からミサイルを出そうとしたところで、伸縮自在の鞭が股間に絡みつく。ルシエの電撃ペニス以上の電圧の電撃ショックを逆に浴びせられて、美少女サイボーグは無表情になると、頭頂部に見える脳脊髄液を泡立てながら、ゆっくり崩れ落ちた。

 ティナは後ろからバスタオルを手渡される。ティナが振り返ると、そこにはかつて同胞たちのために蜂起を指揮した、伝説のジャンヌダルクが立っていた。

「ティナさん。皆さん。この施設は爆薬が張り巡らされていますね。私が秘密の緊急避難路を知っています。ついてきてください」

 賞金稼ぎは瞬時に判断する。

「ミチル、ダニーっ。あとのオジンたちっ。彼女の案内に従ってっ!」

 ティナがバスタオルを体に巻きながら叫ぶ。ミチルはまだ服を着るのに手間取っていた。

「私、嫁入り前なのにっ。こんな格好で、逃げられないってばっ」

「まどろっこしい。全員。俺につかまれや」

 大男、ゼーゲルが作業用義足の裏から火を噴く。巨体が浮かび上がると、ラドコフ、ミチルを背中の上に、オリフィアとティナと床に転がったヘッドセットを両腕に抱きかかえて一気にジェット噴射。ボールルームの隠し扉を頭突きで貫こうとする。

「ちょっと待って、ゼーゲルっ。私、あの子も、連れてくわっ」

 ティナがかつての宿敵。宇宙海賊の親玉に指図をしてステージに降りると、パニック状態でステージを駆け回っていた雌の豚を抱きかかえる。短気な宇宙海賊は呆れ顔を見せながら、再び腕に抱えたティナと豚も一緒に、隠れ避難通路を低空飛行で飛び抜ける。ラドコフの部下たちが巧みに仕掛けた爆弾が、連鎖的に炸裂し、阿鼻叫喚のボールルームを火の海にする。そしてヴィアンデンシュタインの基地の構造的な急所を的確に破壊して、巨大な施設を足元から崩壊させていく。その荒れ狂う爆発炎上の火の手の、数十センチ先を、ゼーゲルのジェット噴射が突き進む。

「熱い〜っ。焼け死ぬーっ。ティナの馬鹿のせいでーっ」

「私、ミチルに助けてって言ってないわよっ。いっつも人のせいにばっか」

『僕も高熱には弱いんだから、フォロー出来ないよ。こんな時に、喧嘩しないでよっ。』

 ティナとミチルの恒例の口喧嘩が始まるとダニーボーイも悲鳴を上げる。ラドコフが炎に照らされながら、目を見開いた。

「炎の奥から、何か来るぞっ。追手か?」

 ティナが振り返る。見覚えのある触手アーム。限界まで伸びる腕が抱えているのは、火傷を負った少女の個体だった。ティナは一瞬で、サイボーグ御者の意図を悟った。

「ルシエっ。来なさいっ」

「いやーぁあああっ。パパと一緒に死ぬのーっ」

 美少女サイボーグが泣き叫ぶ。両手を失ったルシエの体を、肩に豚を抱えたティナがもう片方の手で受け取る。そのティナの体はゼーゲルの太い腕が支えている。ルシエを手渡したあとで、手袋をした機械の伸縮義手は、ルシエの鼻先にチョンと僅かに触れて、業火の中へと収縮していった。

「パパーッ、パパーッ。1人にしないでぇえええっ」

 泣きわめき、足をばたつかせるルシエを抑え込んで、ティナが豚とルシエをしっかり抱きかかえる。ルシエの、一部焼け焦げた髪を、オリフィアが撫でる。ゼーゲルは、ジェット噴射をもう一段加速させた。避難用の隠し通路を突き抜けて、ティナたち一味が地上へ飛び出した。間一髪、吹き出す炎の追及を交わし、地上に倒れ込む。地上ではラドコフのかつての部下たちがプラネットホッパーを起動させ、出発の時を待っていた。


 。。

「人質にしていた治安当局関係者と、救出できる範囲の洗脳被害者は、まとめて捜査船に押し込みました」

 細面の副官が、ラドコフに報告をする。頷くラドコフの横から、その老人の肘をつついてくる指がある。

「ラドコフさんっ。あの、ユーリ准尉さんって、おいくつなんですか? ……美男子ですよね? ……あの、お付き合いされている方とか、いらっしゃるのかしら?」

 ミチル・ヒョードー公安調査官が、急にラドコフに色々と質問をしているが、ガルダ星からの脱出手配に忙しいラドコフは無言。ただ困った顔だけ見せている。ミチルはラドコフの困惑ぶりをよそに、急に手鏡を出して、化粧直しに勤しみ始める。ダニーボーイの文句も耳に入っていないようだった。

 ゼーゲルはダニーボーイにどちらの味方なのかと問い詰められても、「強い方だ」とあっけらかんと開き直って、当然のような態度でプラネットホッパーに乗り込む。相変わらず、もみあげだけではなく、心臓にも剛毛が生え揃っているような男だった。ホッパーの収納口からティナが手を伸ばす。まだ泣き止まないルシエを、オリフィアが押し上げて、ティナと協力してホッパーに乗り込ませる。次にピンクのダモレス豚。ティナはすっかり感情移入してしまった様子で、小型の雌豚を抱きかかえる。

 そして最後に、オリフィアがティナの手を取ろうと、その華奢な腕を伸ばす。しかしその手は、ティナの手に拒絶された。

「あんたは駄目。……悪いけどね」

 やっとバトルスーツを身に着けることのできた、ティナの掲げるレーザーライフルが、驚きの表情を見せる聖女の眉間に標準を絞った。

「わたくしには……死ね・・と?」

 プラチナブロンドの聖女が目を潤ませて、同胞の生き残りであるティナを見上げる。そのオリフィアに対して、女賞金稼ぎは冷徹な目を向けていた。ホッパーの収納口から一度飛び降りて、地上にティナがもう一度降り立つ。

「もしかしたら、あんたは、私の思い違いで死ぬことになるかもしれない。だから、今、謝っておくね。……ゴメンね……。ただの勘なの。勘だけど、私の勘は時々冴えるんだ。正直、それだけ頼って、あとはダニーボーイたちに助けられて、生き延びてきた。その私の第六感がね、さっきの『人格転移装置』を見た時、心底ヤバいって思ったの。だから私は泣きわめいた」

 ホッパーは浮上を始める。ゼーゲルがティナを呼ぶ声がする。それでもティナはオリフィアから目を離さなかった。

「もしもこの人格転移装置。人の心を移し替えて交換するだけじゃなかったら……。そう思ったら、心底ブルッたの。もしもこの装置が、奴隷の体と心を移し替えて弄ぶだけじゃなくて、ご主人様の心の一部を潜ませて1つの体に2つの人格を同居させたり、あるいは人格を融合させて、完全に1人の人間のダブルを作っちゃったり出来たら、私はそれこそ死ぬまでご主人様から離れられなくなる……。奴隷と主人という関係だけじゃない。1体の人間として融合してしまう。……オリフィア。あなた、もしかして、ヴィアンデンシュタインをあなたの中に潜ませていない?」

 オリフィアの瞳が大きく震える。清らかな涙が頬を伝った。そして次の瞬間。その頬は、ひきつるように、僅かに歪んだ。

「さすがはティナ・ラ・ヴェスパ。私が惚れた奴隷だ。私の心を、にくいほど読みとってくれる」

 そう言って笑ったオリフィアの眉間を、レーザーライフルが撃ち抜いた。神々しいほどの輝きを放つプラチナブロンドの聖女が地に仰向けに倒れる。空虚な瞳は空中、そしてその先の銀河系。果てには、いつか失われた星を見上げる。

「さようなら、私の同胞」

 宝石のような瞳が最後に移したものは、寂しそうに立つオレンジの髪の、女バウンティ・ハンター。そしてその上で待つ、スズメバチのマークを機体に描いた、プラネットホッパーだった。



「ティナ、置いてくぞ」

 ゼーゲルが足から炎を出しながら、ティナの許まで降りてきて、彼女の体を持ち上げる。ティナは調子のいい、気安い大男のこめかみを、ライフルの銃口で殴ってやった。

「イテッ。……仕返しかよ」

「……こんなの、仕返しのうちに入るか。あんた、ドでかい借りを作ったって、覚えておきなさいよ」

 ティナが宇宙海賊をののしる。言い訳しようとした男の口を、体を寄せて、唇でふさいだ。ゼーゲルの体がホッパーに乗り込むまでの5秒ほどの短いキス。それでもキスはキスだったので、拍子抜けした海賊はジェットの出力を間違えそうになった。

「うぉほんっ……私、ファーストキスの思い出が超異常だったことを最近、思い出したから。ほんの、ちょっとした口直しよ。勘違いしないでね」

 女賞金稼ぎは目をそらしてそれだけ告げると、勝手にゼーゲルの体を突き放して、一人でホッパーの収納口に飛び降りた。


 。。


「さて、ラドコフの一味は独立系の小っちゃい星に、バラバラに下ろしていくっていうのでいいの? ……みんな一緒に暮らすとか言い出すかと思ったけど・・」

「各員にはそれぞれ、まだ未来があろう。老人に付き合うことはない。それに儂らが徒党を組んでおると、紛争でもあればすぐに顔を出したくなってしまうわ」

 ラドコフが告げると、アレクセイ、ヨージェフ、ドミトリィが敬礼する。ユーリ准尉も敬礼をしようとしたのだが、その腕にミチル・ヒョードー調査官が絡みついていて離さない。

「ユーリさんには第1銀河系をお勧めしたいんです。パパにお願いすれば、どこかで働き口が見つかると思いますから……」

「ミチルは勝手な口を挟まないでいいの。ラドコフ特務中隊の生き残りの就職の世話なんて、あんたのオヤジの、政府高官って立場で、出来るわけないでしょっ」

「ティナこそ黙っててよっ。さっさと私の出費分、返してよね。結婚資金なんだから」

「あんた、結婚なんて当分ないでしょ? もうちょっと胸が成長してからでもいいんじゃないの? ……私の隠し口座なんて、ギャンブルでほとんどスッちゃってんだから、気長に待ってよ」

「結婚資金……。もしかしたら、すぐ要るかもしれないでしょっ。そんなの、誰もわかんないじゃん。ねぇ、ユーリさんっ」

「……私には、何とも……。あの、腕を……」

 ユーリ准尉はこういった展開にはまったく不慣れらしく、困惑して帽子を深々と下げている。

「ペチャパイに結婚は無理よ。私より小っちゃいくせに。アハハハハ」

 両腕の義手を失っていても、自分より発育の進んでない年上女性をいたぶる時には、ルシエの表情が一瞬だけ明るくなる。天性のサディストは、少しだけ元気を取り戻しているようだった。


「もうっ。ティナの馬鹿なんかに頼らないっ・・。私もパパに色々揉み消してもらえるまで、休職しなきゃいけないから、賞金稼ぎでもなんでもして、自分の力で結婚資金を取り戻してやるから……」

 貧乳を笑われたミチルが、目に涙をためながら、モニターに賞金稼ぎのターゲット情報を検索して映し出す。

「脱獄囚ラドコフ・ルカチェンコ Aクラス。7千万チェント。宇宙海賊ゼーゲル船長 Bクラス、1千500万チェント……。デッド・オア・アライブって、死体でもいいってことよね? ……むぅ……」

 ユーリの肩に頬を寄せたまま、真剣な顔でモニターを見つめて考え込む、ミチルの後姿を見て、ラドコフとゼーゲルが顔を見合わせる。2人とも、予定よりもホッパーを降りる予定を繰り上げることを考えているようだった。

「ミチルは放っておいて、みんな、恒星間ワープに備えて。ひっさびさに飛ばすわよっ。ダニーボーイ、ピギーガールっ。みんな準備はいいわねっ」

 ティナがコンソールのレバーを力強く掴む。

「いっけぇー。ホッパー。ぶっ飛ばせぇえええっ」

 ティナたち一行のホッパーが、青い光に包まれる。第3銀河系の名物太陽、『ナーガ』が名高いフレアを吐いている。そのナーガに飛び込むような方角で流星の尾を伸ばしたホッパーが、まばゆい光に包まれたまま姿を消した。

 
 
< THE END for now >


 

 

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