ファンタジーシティー


 

 

ファーストミッション(後編)



−9−


 教会の入り口は、容易に制圧することができた。
 レジェナとノエルに対して取った作戦の焼き直し。レジェナが話しかけている間に、イシュタが眠れという念を送る。2人の自警団員はなにも気づかぬままに、易々と眠り込んでしまう。
「余はここに残ればよいのだな」
「ああ」
 人間は騙せても、意志を持たない結界は騙せない。警報など鳴らされぬように、イシュタは門前で待機だ。
「戦果をお待ちください」
 レジェナはイシュタに、額に手を当てる軍隊風の敬礼を行う。
 アレクも似たような仕草をしたが、これは単に手をかざしただけだ。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
 アレクは2人の下僕(しもべ)を先に立たせて、教会内に踏み込んだ。

 入ったところから見えたのは3人だった。
 通信魔術(テレパス)使いでもある神父、青年戦士、少し離れて斧使いのおっさん。
「バルカ、なにかあったか?」
 斧使いがレジェナに親しげに呼びかける。
「神父に用がある」
 レジェナは早足で神父に歩み寄り、何気なく装って手をのばす。
「どうしました?」
 全く無警戒の神父の首に、レジェナは普通の女性の太股ほどもある腕を回す。
「ぐうっ…… あ…ああ……」
 血管を止められ、たちまち神父の顔が鬱血する。気道を潰され、舌が口から飛び出す。しかし、レジェナの意図はそんなものではなかった。
――ごぎっ
 神父の首が、あり得ない方向に曲がる。即死だ。
「なっ――」
 やっと声をあげた斧使いが、全身から血を吹き出して倒れた。
 アレクの持つ唯一の正当派な攻撃呪文、かまいたち。手を使わなくてもロープが切れて便利、などといういい加減な意図で組んだ呪文だったが、悪魔と契約して魔力の底が上がったアレクが全力で唱えると、数十・数百の真空の刃が、対象をずたずたに切り刻んでしまった。本当は殺すつもりはなかったのだが。
「ノエル、そいつは生かしておけ」
「はい、御主人様」
 最後に残った青年戦士に、ノエルは教科書通りの正眼から、鋼の刃を振り下ろした。
 鎧越しに右の鎖骨を叩き折り、腰当て(スカート)と脛当て(グリーブ)の間から膝を薙ぐ。
「ぐうっ、ノエル、どうして……?」
 傷ついた脚では体重と鎧の重さを支えきれず、崩れ落ちた青年戦士が無意味に問う。
 ノエルは物でも見るような感情のない視線で応えた。
「おにーさん、仲間に裏切られたのがショックかな?」
 あっけらかんとした口調でアレクが言う。
「ショックなことは忘れちゃいましょう。レジェナもノエルもこの教会には来なかった。おにーさんたちを襲ったのは悪魔とモンスター。頚椎骨折に無数の創傷、両方できるとなると、キマイラか。よし、キマイラを連れてきたことにしよう」
「なにを…言っている?」
 アレクは青年戦士の額に指を突き付ける。
Sleep sleeps, dreem dreems
 青年戦士の瞳が、ぼうっと濁り霞んでいく。
 衝撃と混乱と失血で半ば朦朧とした彼の意識は、一瞬で術中に陥ちた。
「現実よりマシな悪夢なら、そっちにしがみ付くのが人間ってもの。
 ノエル、こいつに悪夢を吹き込んでやれ」
「承知いたしました」
 淡々と、ノエルは青年の耳元で言葉を繰り返す。
「襲ったのは悪魔とキマイラ、私たちのことは全て忘れる。襲ったのは悪魔とキマイラ、私たちのことは全て忘れる……」
「じゃ、レジェナ、地下牢へ行こうか。三人倒したから、あと一人のはずだな」
「はい、フィクス様。傭兵あがりの男です」

 男は元々傭兵だった。
 栄達を夢見て村を出て、戦から戦へ渡り歩くうちに目的を見失い、辻強盗や村落の“接収”までするようになった。
 この街を訪れたのは、冒険者気取りの放浪騎士からせしめたサーベルを、歩兵戦に向いた曲刀(シミター)に誂(あつら)え直すためだった。上等の刃金は鋭さと輝きが並の剣とは段違いで、握りの加工も手に吸いつくようだった。鍛冶屋に珍しく言い値を支払って通りに出ると、民兵が捕り物をやっている最中だった。囲まれているのは、傭兵稼業の間に二度三度見かけた、若造の二人組。大した腕ではなかったが、それでも素人に毛の生えた程度の民兵を3人ほど倒していた。試し斬りがてら、報奨金目当てに、男はそいつらを斬った。
 男は、報奨金と少なからぬ手付け金を貰い、自警団と名乗る民兵隊に招かれた。給金自体かなりのものだった上に、盗賊の地下ギルドや非公認の私娼に金や身体を差し出させる副収入があった。なにより、街に雇われている限り、冬でも食い逸れない。最近小隊長になったガキは生意気で煩わしいが、そいつの実家が内々に差し出す金を思えば腹も立たない。むしろ上役は、世間を知らぬ小僧の方が都合がいいこともある。たとえば、捕らえた女を犯すような。
 黒ミサを摘発された13人の囚人のうち、女は2人だった。有力商家の夫人と、病弱そうな小娘。同じ牢に入れられ、互いの脚を鉄鎖で繋がれている。
「あんたも犯りに来たのかい?」
 牢の鍵を開けると、年増が問う。着せられた粗末な服には、精液がこびりついていた。
「先に来た奴がいたようだな」
「粗チンの司教様よ。駄目ね、宗教の連中は。技術(テク)はないし、早漏だし。あんたは違うんでしょう?」
 女は安淫売のような台詞を吐く。淫乱女を装っているが、何百という女を犯してきた男の前ではただの素人演技だ。
「その娘はおまえの子か?」
――こくん
 娘の方が首を縦に振る。
 己の身を犠牲に娘をかばうか。
「そこまで分かっているなら好きにしなさいよ」
 生意気を言う女の頬を、男は拳ではたく。
「ああ、好きにするさ」
「ぐうっ」
 鼻血を吹いた女の髪を掴んで持ち上げつつ、ナイフで麻の囚人服を剥ぐ。女が身をよじったせいで、背中に赤く血の線が走った。あらわになった熟れた身体は、確かに悪魔に願っても維持するだけの価値がある。
「お母さんっ」
 飛びついてきた娘を、腕の一振りで薙ぎ払う。
 娘の身体が一瞬宙に浮き、足かせがピンと張って地面に叩きつけられた。
 男は、前戯もなにもなく、バックから女に肉棒を突き立て、強引に膣穴を押し開く。
「ひ、ひいっ」
「いい締まり具合だ。開発したのは旦那か? そいつも捕らえられていたはずだな」
 男は激しく突き入れながら、下卑た叫び声をあげる。
「おいっ、この女のまんこは最高だぞ! 俺の逸物をぐいぐい締め付けてくらあっ。へっへっ、この女と最後にヤるのは俺様ってわけだ。おい、おっさん、聞こえてるか?」
――ぺしんっ、ぺしんっ
 音をあげて尻を叩く。
 主人の声は聞こえてはこない。
「何も言えないか。おまえの妻の声を聞かせてやるぞ」
 尻の穴を指で抉った。
「あがあっ、い、いやっ、ああっ、あぎゃああっ」
 女は見栄も外聞もなく濁った悲鳴をあげた。
 鎖で繋がれた小娘が、縮こまって耳を塞ぐ。
「やめろ……」
 ほかの牢から声がした。
「おい、旦那、シュルツ商会の大旦那。こいつが犯されてるのは全部おまえの馬鹿さ加減のせいだぜ。魔術師なんぞに引っかかってよぉ、金かけて、手当たり次第に人集めて。密告(サ)されるとは思わなかったのか?」
「ああ、わしが愚かだった、わしが悪かった。だから、妻と娘は助けてくれ。わしにできることならなんでもする」
「馬鹿野郎っ、金のねえ商人になにができる。てめえの汚い尻なんざ用はねえ。黙っててめえの女(スケ)の悲鳴でも聞いてろ」
 男が指を動かし、女が再び泣き叫ぶ。
「ひ、ひぎゃあっ。や…やめて…やめて………、あ、あがああぁっ」
 髪を引っつかんで顔を見る。鼻血を吹き、恐怖に怯えるそのサマは、実に男の好みだった。
 力ずくで女の身体を仰向けにし、柔らかい胸を握りつぶす。
「へっへっ」
 腰を女の股に叩き付けるたびに、女の頭や肩が床に打ち付けられる。
 女は後頭部に手を当てて頭蓋をかばうが、苦悶の色は明らかだ。
――ぱんぱんぱんぱん
「うっ、うっ、うっ、ううっ」
 女の意識が朦朧としてきたことは、膣の締め付けでわかった。手には擦り傷ができ、血が流れ出している。
 男は髪を掴んで女の身体を持ち上げ、駅弁の姿勢を作る。女自身の体重で、逸物が膣内に深く沈み込む。
 虚ろな顔が目の前にある。唇を奪い、舌で口腔内をねぶる。
 半ば失神状態にある女に、男はさらに歪んだ性癖を押しつけた。
 細い首筋に、骨ばった手をかけ、気道を潰す。
 女が口を開き白目を剥く。
 男は構わず、逸物を刺した腰と首に回した手で、女を上下に揺すった。
 1回、2回、3回。
 3回子宮の奥を突き、手を緩める。
「がはっ、げふっ、げふっ……」
 女は激しく噎せ返った。
 ある程度息が整って、怯えるような恨むような目を向けてくると、再び手に力を入れる。
「がはっ、げふっ、げふっ……」
 それを何度も繰り返し、ぐったりとした女の頬を、景気付けに叩いてみる。
――パンパンっ
「なにを……妻になにをしているんだ……!」
 夫の泣き叫ぶ声が聞こえる。
 男は女の身体を腰に抱えたまま、鎖を引いて娘を歩かせ、牢を出た。
 一歩歩くたびに、女がよがり声をあげる。
「くうっ、うぅっ、あぅっ」
 牢内の11人の野郎どもの視線が集まる。
 憎悪、軽蔑、羨望、欲情。その中で、牢の格子を強く握り、目を血走らせている固太りの中年が、女の旦那だろう。薄くなった頭と、型崩れした髭が、いかにも二流商家の旦那だ。
「へっへっ」
 男は再び女の首を絞める。
 舌を出し、無様に歪む女の顔を見て、中年親父がぼろぼろと涙を流す。
「やめてくれ。頼む、お願いだ」
「無様だな。はっはっはっ、はーっはっはっはっ」
 哄笑しながら膣内に射精し、女をボロクズのように投げ捨てた。
「お母さん、お母さん」
 娘が女の身体を揺する。
「がはっ」
 女が血の塊を吐く。
 生きてはいる。死なせるような真似はしない。なにしろ、男はどのぐらいで人が死ぬのかを熟知している。
「おい、小娘。次はおまえだ」
「や…いやぁ……」
 娘が逃げようとして、鎖がぴんと張る。
「やめてくれ。娘はずっと病弱で、ギルドの幼年学校にも上がれなんだ。わしらはあの子の成長だけが楽しみで……」
 親父が愚痴愚痴と呟く。
 他の男どもも、ガキを犯るのには反対らしい。敵意を向ける奴、罵倒する奴、色々だ。
 その中の一人が叫んだ。
「誰かっ、こいつを止めてくれっ、誰かっ!」
 無駄だ。民兵たちは男に対して“理解を示して”いる。あれこれ言ってくるのは、なぜか潔癖なシェルフとかいうじじいと、シスターのセアラ・ヴェルネぐらいのものだ。
 神父も、同様の行為に及んでいる司教を巻き込むことは望むまい。
 そんな予想に反して、声に応じるように、蛍に似た光源が地下牢に入り込んできた。
「俺が言えた義理じゃあないけど、いささかエレガントさに欠けると思いませんかねえ」
 男の聞いたことがない、ガキっぽい声が地下に響いた。

 なにが起こっていたのかは一目で分かった。
 下半身を隆々と屹立させた男、傷ついた全裸の女性、怯える少女。
 それらが、青みがかった魔術の光源に照らされている。
「おい、バルカ。そのガキはなにもんだ?
 おまえはまさかセアラお嬢様みたいな青臭いこと言わないよなあ」
 男はレジェナに呼びかける。
「この方はオレの主だ。2つ目の質問に関しては――」
 レジェナは剣を横にした、おそらくは天井の低いところ向きの構えを取る。
「オレはあんたに文句など言わん。主の命令に従って行動するだけだ」
「そのガキがおまえの主だと? その剣はなんだ? 血迷ったか?」
 男の手が剣を抜こう腰に動き――空を切る。
 下半身、裸。剣はどこだろう。股の間から、なにかぶら下がってはいるが。
「ぷっ」
 牢内のギャラリーから失笑が漏れた。
「殺っちゃえ」
 アレクが一声命じる。
 男は娘の身体をつかんで盾にしようとするが、予想外の抵抗に阻まれた。失神していたはずの母親が、鎖を掴んでいたのだ。
 男にとっては、致命的な判断ミスだった。
――斬ッ
 レジェナの刃が、男の首を跳ね飛ばした。
 生首が天井に当たって娘の近くに落ちる。
「きゃあああああっ」
 娘は目をつぶり悲鳴を上げた。
 アレクは男の頭を蹴っ飛ばし、母娘の足かせを“解錠”の呪文で外してから宣言する。
「やあ、どうもみなさん、こんばんわ。みなさんの召喚した悪魔の遣いの者です。
 このたびは、その悪魔――イシュティアって言うんですがね――の好意により、みなさんを救出するためにやって参りました」
「やったあ……」
「助かったんだあっ」
 地下牢の虜囚たちが歓喜の声をあげる。
「ありがとうございます」
 ぼろぼろに犯された夫人が、子供を抱いて礼を言った。



−10−


 そこまで話して、アレクは一旦台詞を切った。
 マヤは、彼女らしくない沈んだ口調で呟く。
「教会や自警団って、私が思っていたのと違って、立派なところじゃないみたいですね。
 抵抗できない囚人を襲ったり、それを見てみぬフリしたり、それって、最低じゃないですか」
「あの男は、最悪の例だろうから、それを基準にするのはアンフェアだろうけど」
「クビにすることはできたはずでしょう。今回が初めてっていうのじゃなければ」
「ノエル、そこらへんはどうなんだ?」
「あの男の素行に関しては、団内の一部士官には問題視されていました。ヴェルネ隊長など何名かが連名で、解雇を求めたこともあります」
 ノエルは淡々と資料でも読み上げるように答える。
「でも、現にまだ自警団にいたってことは――」
「はい。その提案は却下されました」
「どうして? 犯罪者じゃないですか」
「問題にならない相手を選んでたんだろう。囚人とか、娼婦とか」
「法や正義は、相手によって変わっていいものじゃないと思います」
「ところがこの世界の法や正義は公正じゃないんだ。
 だから、俺は俺の法(LAW)に従い、黒ミサの実行者たちを釈放した」
「悪い人と戦ってるからって、正しいということにはなりません」
 マヤは巫女装束の襟元を整える。
「アレクさん。ノエルさんたちを洗脳したのと、3人の死者を出したのは、避けられないことだったんですか?」
「ん? 一応、配慮はしたつもりだが――」
 軽い調子で答えたアレクは、マヤのさっきまでよりいっそう真剣な視線に射抜かれて口篭もる。
「わたしの目を見て、誓ってください。
 そうしてくれれば、アレクさんは正しいって、信じられますから。
 世界中、敵に回しても、アレクさんのこと好きでいられますから」
 マヤは、アレクが自分の心を好き勝手に弄くれることを知っている。
 アレクは、今すぐにでも、マヤに絶対服従を誓わせることができる。
 それなのに、マヤの意志はアレクを圧倒していた。
 昼、破魔矢を突きつけられた時でさえ、アレクには余裕があったのに、だ。
「ひとつひとつ、説明していくよ」
 アレクはマヤと正面から目を合わせる。
「レジェナとノエルを洗脳したのは、作戦のために必要だったからだ。人選は、趣味に走ったと言われても仕方ないが。
 神父は、殺さなければならなかった。通信魔術(テレパス)で連絡をつけられるわけにはいかなかったから。
 斧使いのおっさんは、殺すつもりはなかった。呪文の威力を読み損ねた俺の手違いだ。
 地下牢の強姦魔については、生かしておく価値があるとは思わなかった」
「わかりました。アレクさんは、最善を尽くしたと思います。真剣に答えてくれて、ありがとうございました」
 マヤはにこりと笑った。
「不安だったんですよ。アレクさん、ちゃんと答えてくれるかなって。都合が悪くなったら、わたしも、ノエルさんみたいな、意志を持たない奴隷にされちゃうんじゃないかなんて、ちょっと疑っちゃいました」
「そんなことしないよ。マヤちゃんは、大事な恋人だって言っただろ」
「……その言葉は嬉しいですけど、ノエルさんや、レジェナさんも、大切にしてあげてください」
 マヤの好意は、他ならぬノエルによって拒絶された。
「私は御主人様にお仕えできるだけで本望です。私などのために、御主人様の貴重なお時間を割いてくださる必要はございません」
「対価を求めず、ただ仕えるのが信仰だって、わたしも教えられました。
 けど、応えてくれない神に仕えるより、アレクさんと一緒にいたいな、褒めてくれたら嬉しいな、なんて思ってる今の方が、ずっと充実してるように思います」
「私などには、勿体無いことです」
 ノエルの口調からは、その本心――そういうものがあるとして、だが――はわからない。
 けれど、マヤはアレクに言った。
「責任取ってくださいね」



−11−


 魔術師を除く12人を、イシュタは鳥に変化させて空に放った。
 アレクは、頭頂部の禿げた鳩の首に、今朝イシュタから貰った金貨をかけてやった。それなりに意義のある偽善ではあるだろう。禿げた鳩と、傷ついた雌鳩と、か弱げな白い子鳩は、よたよたと頼りなげな編隊を組んで、市壁の方へ飛んでいく。
 他の鳥も三々五々と散っていく。
 金・権力・義理・好奇心、それぞれの目的のために黒ミサなんぞに参加したようだが、夢破れたからにはおとなしく退場してもらおう。
 最後に残ったのが、事の発端となった魔術師だ。
 外見年齢は30ほどだが、手や首元の皺の付き具合からして、魔術で延命している長生者(エルダー)の類だろう。普通はローブや手袋で隠せるのだが、麻の囚人服を着せられているせいで見えてしまっている。
 その顔には、魔術師にありがちな倣岸さがにじみ出ていた。少なくとも、自分の失敗を恥じているようには見えない。
「ちょっと外そうか?」
 アレクが言うと、魔術師はこいつはバカかとでも言い出しそうな視線を向けてきた。
「繋ぎにされるとわかっているのか」
「ん? そうなっても仕方ないんじゃない? あんたの方が、魔力や知識は上だろうし」
 魔術師の瞳には、いっそうの軽蔑の念が透けて見える。
 どうやら、勘違いしているようだ。
 アレクは別に年上の魔術師にへつらっているわけではない。問題にしているのはイシュタの意志だ。歴の長い術師の方が、最初に召喚した術師の方がいいと言うなら、大人しく契約の破棄に応じるつもりだ。助けてやったからって、恩着せがましくいつまでも拘束するような真似はカッコ悪すぎじゃないか。
「ま、イシュタが決めることさ」
「悪魔殿、物分かりのいい坊やはこう言っていますが」
 魔術師は慇懃な口調で言う。
「ならば余の結論は決まっておる。余は数年か数十年か、アレクサンドルと遊ぶつもりだ」
「こんな小僧と?」
 魔術師は信じられないというような顔をした。
 混血でも、特別な血筋でもない二十歳そこそこの見習い魔術師など、魔術師業界では丁稚か皿洗いのようなもの。自分と比較され、まして負けるなどとは思ってもみなかったのだろう。
「相手が幾つだろうが、盟約は尊重されねばならん。貴様はアレクサンドルのことを、“繋ぎ”だと言ったな。貴様自身が、余をもっと高位の悪魔と契約するための“繋ぎ”だと思っているから、そのような下司(げす)の勘繰りをするのであろう。余を召喚した時、『外れを引いた』と思いよったのが透けて見えたぞ」
 どうやら魔術師は、どの悪魔を召喚するか指定しなかったらしい。
 高位の悪魔を召喚できたら儲け物。ダメなら召喚した下級悪魔を道具に使って、次のための条件を整えるつもりだったのだろう。
「そのような輩の道具になってやるほど余は寛大ではない。
 余の名はイシュティア。仮にもアシュタロス直系の眷属なのだ」
「なら、なぜ俺を助けにきた」
「プライドというものがあるからだ。余を召喚した術師を、教会などの手にかけさせるわけにはいかん。おまえは、この手でみずから――」
 イシュタの意図に気づいて、男は防御の呪文を唱える。
 しかし、遅い。イシュタの左手が張りかけの魔術障壁を突き破り、男の額に突き刺さる。
「――死体の残らぬよう処分してやる」
 男の身体が、その本来の年齢を取り戻し始める。
 肌に皺が寄り、腰が曲がり、瞳が白く濁っていく。それが実際の年齢だったのだろう、70か80か、そのあたりで一度止まったのち、さらに干乾びたミイラのようになっていく。枯れ木のように乾ききった魔術師の身体は、表面から風化して粉と化した。
 親指と人差し指を丸めたほどの大きさの透明な宝石が、床に転がった。
 魂晶石(ソウルクリスタル)
 その名の通り、結晶化した人間の魂。製法が見ての通りなので、滅多に市場に流れることのないマジック・アイテムだ。効果は、術を永続化させること。通常は降雨や幸運(ラック)などの術を篭めるが、大きなものに地震や毒化(ポイズン)などの攻撃呪文を篭めると凶悪無比な戦略兵器と化す。1インチ級のこの石では、そこまでは期待できないが。
 イシュタは魂晶石をひょいと摘み上げる。
「貴様にやろう。付き合わせた礼だ。ついでに術も篭めてやる、何がよい?」
「じゃあ、魅了(チャーム)で」
「……貴様は女にしか興味がないのか」
「世界征服など美女を手に入れることに較べればなんの意味があろうか」
 アレクは言い切った。
「好きにしろ」
 イシュタが魔力を篭めると、魂晶石は内側から赤い光を発し出す。
「チャームの相手は貴様で指定、自動的に貴様自身は効果範囲から排除。それでよいな」
「ああ」
 放り投げられた石を、アレクは胸ポケットに入れる。
 チェインに繋ぐか、指輪にするか。それは明日考えよう。



−12−


「すーぴー、すーぴー」
 アレクの腕の中で、マヤは規則正しく寝息を立てていた。
「おー、寝とる。いろいろあったからなあ」
 朝から走り通し、昼はアレクの部屋で一戦、別な意味でさらに一戦。午後は二人で街中を歩いて、セアラと会って神経すり減らす。夜は会議に出て、最後に一事件。
 怠惰なアレクなら、一週間かけてやってもいい仕事量だ。
「よしよし、おつかれさま」
 頭を撫でると、マヤは寝ぼけて生返事をする。
「うん? なにしゅるれすかー」
「おやすみ、マヤちゃん」
「はぇ、おやしゅみー」
 アレクは、傍らに秘書か護衛のように控えているノエルに声をかけた。
「着替えさせて、寝かせてあげてくれ。俺がやると、悪戯したい衝動を押さえられそうにないんで」
「承知いたしました」
 マヤの身体を、ノエルは両腕で抱え上げる。
 軽装とはいえ鎧をつけて、人を一人抱えるのだから、小柄に見えてもさすがは戦士だ。

「マヤというのは、面白い娘だな」
 ノエルの、というよりマヤの姿が消えるのを待って、イシュタが神社の社殿から顔を出した。
 相変わらずの眼帯に加え、ボロボロになった右腕は、肩から巾で吊ってある。
 神社に戻ったマヤは、イシュタの怪我を見るなり3分とかけずに処置を済ませ、怪我人は寝ててくださいと、神社の社殿に押し込めたのだ。
「恋愛感情を植えつけられたただの人形だと思っていたら、主人(マスター)を正面から問い詰めるとは。
 操られた者が肉体的に強くなることは珍しくないが、精神的に強くなるというのは稀有な例だと思うぞ」
「ああ。あんな風に迫られたら、こんな玩具に頼るわけにはいかないじゃないか」
 アレクは胸ポケットから魂晶石(ソウルクリスタル)を取り出した。
 もしもマヤが、アレクの言い分も聞かず一方的に怒鳴り付けてきたり、良心と恋愛感情の間で心を痛めて泣き出したりするようなことがあったら、アレクは即座に魅了(チャーム)の魔力にものを言わせるつもりでいた。
 けれど、マヤは堕ちてからも、強い心を持っているところを見せてくれた。
 釈明要求。わたしのことが好きならちゃんと答えてください、という暗黙の脅迫付き。
「もしも、マヤが“許せない”などと言い出したら、貴様はどうするつもりだった?」
 マヤの良心は、元のままで残っているから、そう言われていた可能性はある。
「真剣に説得して、それでも納得してくれないようなら、完全に手詰まりだな。
 良心も倫理観も潰しちゃったら、そこから先は“恋人ごっこ”にしかならないだろうし。
 せいぜい、土下座して謝るぐらいしか思いつかない」
「なんということだ。洗脳したはずの相手に完敗ではないか」
 イシュタはさもおかしそうに笑う。
「結局、生身の人間がいちばん手ごわいってことだろ」
 アレクは魔石を指先でもてあそんだ。



−13−


「御主人様。マヤ様はお休みになりました」
 ノエルが戻ってきて報告した。
「ご苦労。じゃあ、ノエルは帰っていいぞ」
「それは…帰れとの…御命令でしょうか……」
 珍しく、ノエルが口澱む。
 振り向くと、ノエルは頬を赤く染め、上目遣いにアレクを見ている。茶色い瞳は、魂晶石の朱(あけ)の光を映してきらきらと輝き、赤く色づいた唇は小さく開いている。呼吸が、わずかに荒い。
「チャームの効果か。抱いてやったらどうだ。この娘にはまだなにもしていないだろう」
 イシュタの言葉に、ノエルは口元を綻ばせ目を細めた。
 自警団員としての張り詰めた表情とも、アレクの命令に従う時の無表情と違う、とても新鮮な表情だ。胸の前で両手を組んだ仕草はたおやかで女らしい。
「御主人様、夜伽の御用はございませんか」
 変化に乏しい声に、感情の昂ぶりがあらわれていた。
「そうだな。ないこともない」
「私でよろしければ…どうぞお申し付けください……」
 ただの道具と思っていたが、こういう態度を示されると心が動く。
 強引に抱き寄せて、唇を重ねる。
――ちゅっ。くちゅくちゅくちゅ……
 舌先でノエルの口の中をかき回す。
 ノエルが、懸命に舌を絡ませ合おうとしてくる。奥歯や歯茎までが激しく舐められる。上あごの裏側を舌先で突つかれるのがこんなに気持ちいいとは思わなかった。
 いつのまにか攻守が逆転して、情熱的なノエルの舌に口の中を犯されていた。
「申し訳ありません、少々我を忘れてしまいました」
「いや、とてもよかった。
 おまえを抱きたい。部屋は、離れを借りよう」
「承知いたしました」
「よい夜を。my partner」
 社殿の障子戸がすっと閉まった。
「さっさと寝とけ。夜更かしするなよ」
「おやすみなさいませ」
 アレクはノエルの肩を抱いて、神社の外れの小屋に向かった。

 マヤの家の離れというのは、宗教施設に付き物の貧乏旅行者収容所だ。
 神社ができる前からあった古い建物で、アレクはマヤに頼まれて腐った壁板を取り替えたことがある。
「お待たせいたしました。床(とこ)の用意が済みました」
 ノエルが扉を開けてアレクを招き入れた。
 彼女は鎧ではなく、サイズの少し小さい――おそらくマヤの私物の、紺の浴衣を着ている。鳶色のつややかなストレートヘアと、浴衣はよく合っていた。
UNLOCK
 呪文を唱えると、浴衣の前が開いて、ピンク色の下着が見えた。
 ブラジャーの結び目もほどけて、形の整った胸がこぼれる。
 紺の浴衣と、ピンクのショーツのミスマッチも悪くない。
 ノエルは頬を朱に染めるだけで、胸も下着も隠そうとしなかった。
「御主人様、コートを」
 ノエルはアレクのコートを脱がせて壁にかける。床に膝をつき、ベルトも外してくれる。
 甲斐甲斐しい働きは、戦士というよりメイドのようだ。
「どうぞ横になってください」
 小屋中からかき集めた布地で、その寝台だけは多少なりともクッションの効いたものとなっていた。
 仰向けに寝ると、ノエルはアレクの脚の上にまたがる。
「失礼します……」
 ズボンが下ろされ、上向いた男性器がさらけ出された。
 ノエルはそっとアレクのものに触れる。
 ひんやりとした感触が伝わってくる。
 剣を握り、今日も一人の男を倒した手が、今は優しく竿を扱く。
 アレクの反応をうかがいながら、だんだんと力を入れていく。
 ノエルは左手で竿をこすりながら、右手の指先で亀頭に触れた。
 爪が鈴口のそばに触れ、びくんとアレクのものが震える。
 ノエルの手が止まり、怯えたような目でアレクを見る。
「御主人様、ご不快…だったでしょうか?」
「いや。ノエルのやりたいようにやってくれ。嫌だったら俺が止めるから」
「はい。ありがとうございます」
 ノエルは、先走りの汁に濡れる先端を、右手の指の腹で柔らかく刺激し始めた。
 はじめは全然稚拙だった手つきが、アレクの反応を学習して少しずつ上手くなっていく。
 強く、弱く、揉み潰し、擦り回すたびに、指先に絡み付いた粘液が、くちゅりくちゅりと卑猥な音を立てる。
 左手は、笠の部分が引っかかるまで、大きく強く扱いていく。
 鼻息がかかるほど顔を近づけ、肉棒と自分の手を一心に見つめている。
 ノエルの白い手が、醜い肉棒に奉仕している。従順に、懸命に、献身的に。
 アレクは征服感に浸りながら命じた。
「そろそろやらせろ。俺の上にまたがって、自分で挿入(い)れるんだ」
「はい。御主人様」
 ノエルはショーツの左足を抜き、右足を抜くのももどかしいと言うように、ピンク色のショーツを膝にかけたままアレクの上にまたがる。
 愛液をまとわりつかせた深い茶色の恥毛と、あまり使われた様子のないきれいな陰部が、白い肌に映える。
 ノエルの手が、アレクのものを握って、自分の股のあたりを探るように滑らせた。
「あっ……」
 亀頭が膣口に触れ、ノエルが甲高く鳴く。
 ぬるぬるの愛液に導かれ、アレクのものはノエルの膣内に軽く差し入る。
「ん…、う…うんん………」
 処女ではないようだが、ノエルの膣は狭くきつい。
 その膣壁を、ノエル自身が腰を落として切り開いていく。
 ずぶずぶと、肉の中に肉が沈み込んでいく快感。女の身体に包み込まれる暖かさ。
 日々鍛えているだけあって、締まりの良さは今までに経験した誰よりも上だ。
「ん…ううん……ああっ」
 肉棒が半ばほどまで入ったところで、ノエルの膣内から力が抜けた。
「なんだ? それで終わりか?」
 アレクは一気に腰を振り上げ、膣内を子宮口まで刺し貫いた。
「ああああっ」
 ノエルの身体が大きくのけぞる。
 茶色の髪が扇のように広がり、胸がぷるんと震えた。
「おい、全然物足りないぞ。セックスってのはここまで突っ込むんだよ」
 ノエルがさほどセックスを知らないのを承知で、罵りながら膣内を抉る。
「ん…くぅっ…、は、はい、申し訳ありませんっ」
 痛みに顔をしかめながら、ノエルは激しい運動に腰を合わせようとする。
「もっと、もっとだ」
 命じれば命じるほど、ノエルは懸命に腰を振る。
「どうか、御主人様は、楽になさってください」
「おまえが上手くできたらな」
「はいっ。どうか、御主人様に満足していただけるよう、私にご指導をお願いいたします」
 ご指導って、なんだよ。アレクは笑ってしまった。
「なにか、失礼なことを申し上げたでしょうか」
「いいや」
 ようするに、欲望を言葉にして吐き出せばいいだけじゃないか。
「上下だけでなく、角度もつけて、腰を振れ」
「はい」
 言われたとおりに、前に、後ろに、ノエルは全身をくねらせる。
 長い髪が、その動きに合わせて開いて跳ねる。
「いいぞ。感じているなら、声をあげろ」
「はいっ。ん…ん、んっ、あっ、あっ、あっ、ああっ……」
 感じているのか、わざとやっているのか、判別のつきかねる微妙な声だ。
「御主人様、これで、よろしいでしょうか?」
「よろしいでしょうかって、声はわざと出すもんじゃない」
「申し訳ありません。私には、はっきりとは、理解できません」
 喘ぎ声とはどういうものなのか、一発で教育してやろう。
 アレクはノエルの柔らかい下腹部に手を当て、快感を増幅させる魔術を使った。
「ああっ、あんっ、これがっ、あっ、かん、感じる…とっ、いう…ことっ、なのですっ、ねっ、
 あっ、あんっ、、あ…ありっ、ありがとう…ございますっ。ああっ」
 声だけでなく、ノエルの全身が、快感を求めてよがりだす。
 膣内もいい感じにこなれてきて、襞が柔らかく包み込んでくる。
 アレクは、腰を動かすのをやめ、抽送をノエルに任せた。
「あん、んっ、他より、も…もっとっ、か、感じる、ところがっ、あります」
「気持ちいいか? なら、しばらく、そこをこすってていいぞ」
「はいっ、あっ、あぁっ、あんっ、あふっ、あぁっ、ああんっ、あはあっ、あはああっ」
 ノエルは膣内の1ヶ所を刺激するように、上半身を前に倒したまま、腰を激しく使い出した。
 目の前で揺れる胸に、手を差し出してみる。
 張りのある胸が、手の平に、押しつけられてこすれる。
 こりこりとした乳首が触れるのが、よくわかって面白い。
「ああっ、ああああっ、いいっ、いいですっ、あっ、ああっ、あああああんっ」
 ノエルの膣が震えて、体重が一気に手にかかった。
「イッたか」
「はい……、そのようです」
 絶頂の後の、敏感な、力の入らない身体で、ノエルは再び騎乗位で腰を振り始める。
「あふっ、ああっ、ああっ……」
 苦しげに喘ぐノエルの声と表情や、愛液でぐちゃぐちゃになった接合箇所がたてる水音と衝突音が、卑猥で扇情的だ。
 さすがにさっきまでほど激しい動きはできていないが、その分はアレク自身が動くことで補うことができる。
「ひああっ、ご、御主人様っ、ぁ、ぁ、ぁあっ」
 力の抜けたノエルの身体を、下からずんずんと突き上げる。
「あ、あっ、ああっ、あはあっ、ご、御主人様ぁ、御主人様ぁ」
 しもべ相手に、射精を堪える必要はなにもない。
 精を受け入れようと蠕動を繰り返すノエルの膣に、アレクは今日4度目の射精をした。

「もういいぞ」
 アレクは言って、快感の増幅を解いた。
 繋がったまま、ノエルの身体を横に倒して、側位の体勢に移る。
 身体を撫でたり、髪を梳いたり、ときどき膣内を突いたりしながら時間を過ごす。
 チャームの効果と、セックスでの興奮状態が解け、また無感情な顔つきに戻ったノエルが、アレクに問わずもがなのことを問う。
「御主人様。私はなにをしたらいいのでしょうか」
「何もしなくていい。このまま好きなようにさせとけ」
「承知いたしました」
 ノエルの身体をもてあそびながら、アレクはだんだん眠りに入っていく。
 その耳に、ノエルの例の落ち付いた声が聞こえた。
「御主人様、私は、御主人様のしもべです。御主人様にお仕えするためだけに、私は存在しています」
「ん? それがどうした?」
「いえ。御主人様に、聞いていただきたかっただけです」
「わかった。もう一度言ってみろ」
「はい。私は、御主人様のしもべです。御主人様にお仕えするためだけに、私は存在しています」
 アレクはノエルの顎を持ち上げて、その唇に口付ける。
――ちゅっ
「今のおまえは最高だよ」
 賞賛を受けて、ノエルの顔がかすかに綻ぶ。
「おやすみ、ノエル」
「はい、御主人様。おやすみなさいませ」
 差し出された腕を枕にして、ノエルが片手でどうにか布団をかけようとしているのを夢うつつに感じながら、アレクは慌しい一日を閉じた。

 
 


 

 

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