ファンタジーシティー


 

 

ファーストミッション(中編)



−6−


 悪魔というのは教会などが主張するよりずっと義理堅い存在である。
 「契約」を根拠にこの世界に存在している悪魔にとって、契約の信頼性は、そのまま存在の強度に関わるからだ。
 イシュタが目下抱えている問題は、彼女を召還して早々、教会の連中に捕まったマヌケな悪魔教徒どもである。
 神社に一人で戻ってきたアレクから聞いたところ、彼らは南の教会に捕われているそうだ。しかも、高位聖職者を含めた市の幹部は、軒並み会議で拘束されているらしい。
「少し出かけてくる」
 鳥居をくぐって歩き出そうとした――神社には転送除けの結界が張ってある――イシュタのポニーテールを、アレクが無造作に引っ張る。
「ちょっと待て」
「うがっ」
 イシュタの頭が大きく仰け反る。
「馬鹿者っ、傷口が開いたらどうする」
「喉の傷? もう塞がってるじゃないか」
「治ったのは見かけだけに過ぎん。破魔の力はまだ残っている。左目の再生には、相当かかりそうだ」
 イシュタの左目は、眼帯(アイパッチ)の下にグロテスクな再生過程を隠している。
 情報の受容器たる“眼”は、悪魔にとって、人間以上に重要な意味を持つ器官だ。
 残った右目だけでは、ぐしゃぐしゃにされてしまったポニーテールの先端のリボンを結び直すのも覚束ない。
「ほら、貸してみな。直してやるから」
 アレクはイシュタの髪を何度か手で梳いたあと、意外と器用な手つきで、リボンを大きなチョウチョ結びにしてしまう。
「ただ縛ってくれるだけでよかったのだが」
「いいじゃないか、よく似合ってるぞ」
「むう。余はこれから一仕事してくるつもりなのだが……」
「リボンも結べないような状態で、“攻城戦”なんて無理だ」
「そうでもなかろう。火球あたりを使えば、命中精度は攻撃範囲で補える」
「おいおい、10人そこそこの黒ミサ勢を助けるために、問答無用の大量虐殺か? 割りに合わないことはするな」
「妙な理屈だな。一体何人までなら、殺して構わないんだ。ちなみに召喚儀式の参加者は13人だったが」
 イシュタの皮肉に近い問い掛けに、アレクは冷めた口調で応じる。
「目的を達成するために必要な最低の人数。ま、2・3人で済ませたいところだな」
「え……?」
 その口ぶりの意味するところに気づいて、イシュタは場違いなほど子供っぽい声を出す。
「小賢しく立ち回るのは得意なんだ。がきんちょ悪魔は素直に契約者の言うことに従っておけ」
「ありがと……」
 イシュタは顔を伏せて小さく呟いたが、アレクの耳には届かなかったようだ。
 一つ舌打ちし、意図的に胸を張り、イシュタは大声を張り上げた。
「誰ががきんちょだ、誰が。まあよい、魔術師(マジシャン)。今夜は貴様に使役されてやる」



−7−


 ノエルとレジェナの配置場所は、南の教会の角にあたる交差点だった。
 セアラからは、悪魔教徒たちの奪還作戦の可能性について注意を促されていたが、配置についてからの一刻弱の間にやったことは、夜間外出禁止の違反者たちに帰れと促すだけだった。
「無駄な犠牲と味方討ちを避けたいのです」
 そう言うだけでほとんどの人は素直に帰ったが、「オラも町のために戦うずら」だの「いったい何の権限でワシを」だのと言い出す輩には、レジェナの鉄拳の方が説得力があった。
「先輩、またです」
 ノエルが教会の建物の陰を指差す。
 こそこそと身をひそめる小柄な影が2つ、満月(フル・ムーン)を1日過ぎた昇りかけの十六夜月に照らし出されていた。
「止まれっ、何者だっ」
 レジェナに誰何されて、小柄な2人――アレクとイシュタは、小声で言葉を交わし合う。こいつらでいこうわかった。魔法言語だったせいもあり、自警団の2人には何を言っているかは聞き取れなかった。
「いったい何の用でうろついている。夜間外出禁止令を知らないのか」
 アレクは両手を開いて挙げた。イシュタは、その背中に小さな子供のように隠れて、こっそり呪文を唱えている。
「なんだあんたか。姓名・住所は言わなくていい。何をしている。うしろの子供は何者だ」
「あはははは」
 アレクは誤魔化し笑いのような笑い声をあげる。
「早く答えろ」
「この子を、うちに帰してやる途中なんだ。通り名はアン、本名不明。住所は南七番橋の下、製材屋跡」
 南七番橋の下、廃棄製材所。身寄りのない子供たちが雨風を凌ぐねぐらだ。眼帯(アイパッチ)をつけ、黒いマントに身を纏ったイシュタは、浮浪児に見えないこともない。
「通れ」
 アレクとイシュタが交差点の中央に差し掛かった時、イシュタのマントがめくれて、銀色の鎧が月光に光った。
 ノエルが目敏く見つけて叫ぶ。
「先輩っ。“それ”は悪魔です」
「ちぃっ」
 アレクが身を翻して、間合いを取ろうとする。
 イシュタは、既にほとんど唱え終わっている呪文を解き放つ。
全ては区なり、区こそ全てなり。地平は其処なり、其処こそ地平なり。
 道もなく、扉もなく、未来もなく。時さえも流れ出づるを能わず

 呪文が発動しても、具体的なことはなにも起こらなかった。

「ノエル、ここは任せて通信所に連絡を――」
 レジェナは銀粉をまぶしたバスタード・ソードを、背中の鞘から抜き放つ。
 重さが100オンス(2.8kg)ほどもある大剣を、準備運動でもするようにぶんぶんと振り回す。
 イシュタは全身を一つのバネにして、後方に跳び間合いを取ろうとする。
 しかし、レジェナはそれを許さず攻めかかる。
「やあああっ」
 一気呵成に繰り出される連撃を、身長の低さを活かしてやり過ごしつつ、イシュタは鎧に組み付けてある伸縮性の金属棒(バトン)を抜き、レジェナの剣の腹を叩く。
 レジェナはバランスを崩しつつも、払い除けられた剣を胸元に引き戻す。
 予告するような突きの態勢。
 レジェナが右足を大きく踏み出した。
――スパン
 再び剣をバトンで弾き飛ばそうとしたイシュタの右手首が、きれいさっぱり千切れ飛ぶ。
 肘と手首の回転で刺突から変化する、小手への薙ぎ払いだ。
 攻撃の軸となる腕、あるいは前足を狙うのは刃物での戦闘の常套戦術。ただし、対モンスター戦も想定した実戦剣術では、道場剣術の浅い小手と違って、完全に切断できるだけの斬撃を叩き込むことになっている。
「ふんっ、間合いを見誤ったな。しかし、次はない」
 不敵に笑いながら、レジェナは右手首からの出血を、レジェナの顔に吹きかける。
 レジェナが目に入った血を拭っているうちに、イシュタは2本目のバトンを左手に握る。バトンの先端から放った赤い火線は狙いが甘く、レジェナに容易くかわされた。

 一方、ノエルは完全にアレクに遊ばれていた。
 まず、レジェナに言われたとおり、最寄りの通信所に向かおうとしたのだが、交差点から出ようとすると、視界がぐにゃりと歪んでいくら走っても進めない。
「無駄だよ、無駄。そこは『世界の果て』だから」
 剣の間合いよりわずかに外から、アレクがノエルの方へ、銀貨を1枚、指で弾いた。
 軽く半歩だけ身体をずらして、ノエルがそれをかわすと、銀貨はちょうどノエルがいるあたりで、急にスピードダウンする。水平方向の速度だけなく、落下速度までが遅くなっていた。今が夜間でなければ、裏面に刻まれた四頭立ての馬車を駆る皇帝の図像まで、はっきりと見ることができただろう。
――カツン
 普通の場合より明らかに低い音を立て、銀貨はちょうど交差点の縁(へり)のところに落ちる。
「こういう結界なのか―― 小賢しい真似を」
 ノエルが剣に手をかけると、別の1枚の銀貨が鞘に当たる。
 その途端、剣を握った感じがなにか変わった。
 鞘から引き抜こうとしても、刀身と鞘が溶接でもしたかのように離れない。
「ん? くっ、このっ……」
LOCKLOCKLOCK〜〜」
 でたらめな、それゆえにやたらと腹立たしい節をつけ、アレクは次々と銀貨を放ってくる。さらに無様な目に合わされたくはないので、ノエルはたかが銀貨を必死で避ける。
 剣を抜くのは諦めて、ノエルは鞘の留め金を外した。
 鞘ごとの剣で撲りかかろうと一歩進むと、その足がぴたりと動かなくなった。たたらを踏んだ反対側の足も、なぜか地面に張りついてしまう。
 足元を見ると、靴と地面の間に1枚の銀貨。
「銀ってのは優秀な魔力の媒体だからねえ。“施錠(LOCK)”の魔法の改良版を篭めてみた。なかなか面白いだろう」
 表情にも口調にも、傲慢さがにじみ出ていた。
「せっかくだから、“解錠(UNLOCK)”の改良版も見せてあげよう」
 アレクは銀貨をもてあそびながら、「UNLOCK」と唱えた。
 その銀貨を下投げで、厭味ったらしく、ノエルの頭上、飛び跳ねなければ決して届かないあたりに投げる。
「調子に乗るな」
 ノエルは剣というか剣の鞘で、銀貨をはたき落とす。
 その瞬間、全身の留め金という留め金、結び目という結び目が、するすると緩み、ほどけ始めた。
 肩当て(ショルダーガード)と胸当て(ブレストプレート)を繋ぐ金具も、胸当てのサイドの紐やサイズ調整の金具も、全て外れてしまった結果、上半身を覆う鎧はバラバラになって地面に落ちる。アンダーシャツはなにもなくて済んだが、胸に巻いたサラシは結び目が解けて緩み出している。腰から太腿までを守る腰当て(スカート)も胸当てと同様に分解してしまい、掛け金が外れてずり下がったズボンの下の、下着までが露出してしまう。
「ピンクか、意外だなあ」
 ケタケタケタ。アレクはわざとらしく嘲笑する。
「くっ」
 ノエルは胸当てを拾い、投げつける。
 手で払おうとしたアレクは。胸当ての硬さと重量に左手首を痛めて顔をしかめる。
「ふんっ、いい気味……」
 腰当ての板、柄付きの羽根ペン、ナイフのケース。手当たり次第に投げていく。
 途中まで、アレクはあたふたと逃げ回っていたが、地面に4枚の銀貨を一列に並べ、小さな見えない壁を張ると、そのうしろに隠れてしゃがみ込んだ。
「卑怯者っ、姑息な策しか能のない下衆野郎め」
 ノエルが叫ぶ。手には、物を投げるのに紛れて拾った副武装(サブ・ウェポン)のナイフを隠し持っている。
 しかしアレクは、障壁の陰でにやにや笑うばかりだ。
「うるさいな。ちょっと黙ってろよ」
 アレクは顎で、イシュタとレジェナの戦闘の方を示す。
「キミの先輩、負けるぜ」

 一見すると、優位にあるのはレジェナの方のようだった。
 イシュタは、あれから2回も死に体の右腕を盾にすることを強いられ、左足も傷つき引きずっている。対してレジェナは、左腕を1ヶ所、炎で軽く焼かれただけ。肌や防具を赤く染める血は、全てイシュタの返り血だ。
 攻撃をするのも、一方的にレジェナだ。イシュタは完全に防戦に徹しきっている。
 しかし、斬撃が決まることは、なくなっていた。
 動きを先読みしているかのように、イシュタはことごとく刃を受け流してしまっている。
「先輩、攻撃が単調になっています」
 ノエルは見兼ねて口を出した。
 レジェナの攻撃は、ほとんどが斜め上からの袈裟懸けと逆袈裟だけになってしまっている。イシュタのような小さい相手には、もっともかわしやすい太刀筋だ。
「悪魔は、脇も足元も空いています」
「あ……ああ」
 レジェナは口ではそう応えるが、相変わらず同じように上段ばかりを狙い続けている。同じでないのは、レジェナの顔と剣に動揺が見られること。
 イシュタがにやりと笑い、無造作にバトンを高く掲げた。当然、頭も腹も無防備になる。
――キンッ、キンッ、キンッ
 レジェナの剣は、それでもバトンを叩きつづけた。
「先輩?」
「なっ……」
 一旦飛び下がって、レジェナは正眼に構える。その手足は小刻みに震えている。
「身体が、思うように動かない……」
「血だよ。血は銀より強力な魔力の媒体だ。俺が銀貨を魔術の媒体にしたように、イシュタは自分の血を媒体にして、その女の身体を操っているのさ。戦闘中の剣士には身体が勝手に動くってのは当たり前のことだろうから、気づいた時には身体の主導権を完全に奪われていた、と」
 聞いてもいないのに、アレクが偉そうに解説する。
 ノエルにはその口調が不愉快だった。なにが『操っているのさ』だ。そんな語尾をつけて喋る男がどこにいる。
「そう簡単でもなかったがな。始めはわざと上手く攻めさせる必要もあった」
 イシュタは傷だらけの右腕を振って見せながら、レジェナのすぐ目の前に立つ。
「うっ……ぐうっ……、やあっ、やあっ、やあっ」
「無駄だ。今のおまえの身体は余の支配下にある」
 レジェナの腕がゆっくりと、剣を自分の首筋に当てる。
「殺すならさっさと殺せっ」
「そんなことはせん。おまえたちには、教会に捕われている者を助け出すのに協力してもらうつもりなのだ。余の右目を射抜いたマヤが、余に仕える巫女となったようにな」
 あの巫女も操られていたのか。
 信じていたこの外道に玩ばれ、姉のように慕っていたセアラを欺くことを強要されたのか。
 許さない、絶対に殺してやる。
 ノエルはナイフを強く握りながら呪詛を吐く。
「人倫に悖る鬼畜め、神罰が下ると知るがいい」
「神罰? はははっ、力を求めるなら実効のあるモノに願わなきゃ。悪魔とかな」
 優越感に満ちた視線がノエルをねめつけた。
「イシュタ、そっちの姉ちゃんを先にやってくれ。こいつに、その姉ちゃんが堕ちるところを見せつけたい」
「アレクサンドルの言うようにしてみよう。レジェナ・バルカ、準備はよいかな」
「やってみろよ。その代わり、ノエルに手を出すな。オレはぜってえてめえらになんか従わねえッ。身体を自由にしたからって、心まで自由にできると思うなよ」
「よい返事だ。それに、面白いことを言う。
 『身体を自由にしたからって、心までは自由にできると思うなよ』か。
 試してみるか? その肉体を操るだけで、貴様を屈服させてみせようじゃないか」
 イシュタは自信ありげに胸をそらした。

「さて、まずはその剣を捨ててもらおうか」
――パチン
 イシュタが、見せつけるように指を弾く。
「くぅっ…… んんっ……」
 干渉に必死に抵抗しているのだろう、レジェナの両腕が筋肉の形を映し出し、ぶるぶると震える。口は真一文字に噛み締められ、額から頬にかけては脂汗がたれている。
 剣は戦士の命だ。捨てるわけにはいかない。
「先輩、頑張ってください」
 ノエルにできるのは声を張り上げることだけだ。
「ぐ…ん…むうぅ……… んはああっ」
 妙に色っぽい声をあげ、レジェナの身体から力が抜ける。
 剣は力なく放り投げられ、石の路面に当たって跳ねた。
「脇から腰にかけて性的快感を味わわせてやったのだが、気持ち良かったかな?」
「ひ、卑怯だぞっ」
「感覚神経も肉体のうちだろう。さあ、次は鎧だ」
 今度はろくに抵抗することなく、レジェナの手が各部の防具を外していく。手甲、小手、脛当て、そして鎧も、ベルトを緩めて頭や腕を通す。
 軽装のノエルと違い、レジェナは鎧の下にチェイン・メイルを着ていた。じゃらじゃらと音を立てるそれを、ゆっくりとめくり上げていく。
「くうっっ、胸にっ、胸にこすれるっ、んぐうっ」
 性的感覚を極限まで高められた豊満な胸を、下着越しにこすっていくざらざらの鉄の感触を、レジェナは堪えようとする。
「くくくくくっ」
 イシュタは何度も、同じ行為を繰り返させた。
「んんっ、んむっ、んあっ、ぁあっ、ああっ……」
 自分の手によってチェイン・メイルが上下するたびに、レジェナはだんだんと彼女らしくない甲高い声をあげるようになる。
「あぁんっ、ぁはっ、はっ、はあっ、はああんっ、はあ、はあ、はあ」
 ようやく往復運動から解放されたレジェナの褐色の肌は、赤く上気して、汗でぐっしょりと濡れていた。
 6フィート10インチ(177センチ)という身長と、戦士の証明である筋肉や傷痕のために、一見すると男性的な印象があるレジェナだが、現在(いま)は鎧を解かれて強烈に存在を主張しているはち切れんばかりの豊かな胸や、力強さとしなやかさを併せ持つ腰や脚のラインなど、見る者が見れば女らしい要素を見出すことはできる。
 顔も、左目の下から頬にかけて薄く刀傷の跡が入っているが、つくり自体は悪くない。蒼みがかった黒髪を視界に入らないように跳ね上げている焦茶色のバンダナは、濃い目に入れた紅茶の色の肌とよく合っている。意志の強さをうかがわせる、髪と同色の太い眉は、今は切なげにひそめられ、うるんだ漆黒の瞳とともに、崩れた強者特有の倒錯感をかもし出し、カタルシスのような感情を触発する。
「はあっ、はあっ、はあっ、次はなにをする気だ?」
 荒く息をつきながら、レジェナは言った。
「それは早くしろという催促かな?」
「馬鹿を言うな」
「下着の上からであれほど喘いでいたのだ、直接触ればどれほど感じることだろうな」
 レジェナの右手が、白い飾り気のない下着を剥ぎ取った。
 露出した胸は、日々の訓練に鍛えられた筋肉によって支えられ、垂れ下がることなく、勃起した乳首と大きく広がった乳輪を正面につんと突き出している。
「淫らな胸だな。まるで触られるのを待っているようだ」
 イシュタは、自分の顔と同じぐらいの高さにあるレジェナの胸に、ふうっと息を吹きかけた。
「ひあぁっ」
「切なかろう、もどかしかろう。
 だが、余はおまえの身体を操りはせん。おまえが胸に触れる時は、おまえの意志で触るのだ」
「するものかっ、そんなこと……」
 レジェナは両手を堅く握って、腕を真下に下ろした。
 意志を強く持ち直して、イシュタをキッとにらみつける。
「ほう、立て直したか、たいしたものだ。が、何分持つかな」
――コツコツコツコツ
 イシュタは足で、きっかり分あたり60回のリズムを刻む。
「……………30秒……………1分………」
 1分を過ぎたあたりで、レジェナの身体がふらふらと揺れ出す。
 視線がときどき、胸や手にいくようになる。
「……90秒………………2分……」
 両腕を少し前に出して、二の腕で疼く胸を挟み刺激するような仕草を示す。
 もはや顔は完全に伏せてしまい、辛そうに息を吐いている。
「………150秒………」
 レジェナの右手が、ゆっくりと上がっていく。
「違うっ、オレじゃないっ! あいつが、あいつがやっているんだっ」
「……3分」
 レジェナの右手が、ついに乳房に触れる。
「んっはあああっ」
 鼻にかかった喘ぎ声をあげ、レジェナの身体が大きく仰け反る。
 それからは、なんの抑制も効かなかった。
 左手も加わり、両手を交差させて、荒々しく胸を揉みしだく。
 指や掌が力を加えるままに、メロンほどある胸肉が、自在に形を変えていく。
「んああっ、ああっ、んっ、あっ、ああっ、いいっ、いいっ、あああっ」
 乳房をつかんで無理矢理に持ち上げ、自分の乳首を舐め、吸いつく。
「ちゅっ、ちゅぷっ、ちゅぱっ、れろれろれろれろ……」
「………450秒………………8分。5分も悶えれば満足だろう。そろそろイッてしまえ」
「ぁ…ぁ…ぁああああっ」
 レジェナの身体が激しく痙攣し、腰が抜けたみたいに崩れ落ちた。
「ああ………」
 胸を両腕で抱きながら、半ば虚ろな目をして、レジェナは膝をつく。
「さあ、レジェナ・バルカ。余のために働いてくれる気になったかな」
 その言葉に、呆然としていたノエルが先に正気に返る。
「先輩っ」
「……ノエル……」
「気持ちを強く持ってください、悪魔なんかに負けないで」
 レジェナの目に、多少なりとも光が戻ってくる。
「…オレは……悪魔なんかに屈しない…」
「なかなかしぶといな。立て」
 レジェナの身体が、意志に関わりなく立ち上がる。
「そろそろ全裸になってもらおう。どのみち、下着などもう役には立っておるまい」
 しとどに濡れた下着から溢れ出した愛液は、内股を伝って足元に大きな染みを作っている。
 レジェナの手はショーツを下ろすと、秘裂に指をかけ左右に開いた。
「外は結構使い込んでいるわりに、中はきれいなピンク色ではないか。自慰行為が好きなようだな。それとも、レズか?」
「オレに…釣り合う男がいなかっただけだ…… あんなガキとヤるのなんか絶対御免だぜ」
 ノエルは、レジェナが死んだ冒険者時代のパートナーに操を立てているという噂を、聞いたことがあった。それと同じぐらい、レズ説も有力だが。
「すぐにその言葉を後悔することになるぞ。
 まずはアレクサンドルに、おまえのヴァギナを存分に見てもらえ」
 レジェナは秘所を開いたまま、アレクの正面まで歩かされた。
「俺とやるのは絶対御免だって?」
 アレクはレジェナの秘所を覗き込みながら、中指をぐっと突き立てる。
「これでもか?」
――ずぶり
 開かれた秘所に、その指を奥まで差し入れる。
「ひあううっ……あっ……あっ……あっ……あっ……」
 アレクは中指をこれ見よがしに上下に動かす。
「これでも、俺のものが欲しくないか?」
「…あ……あ…い…いやだ……ああんっ…」
 拒絶の言葉を吐きながらも、身体は確かにアレクの責めを受け入れている。
 じゅっぽじゅっぽという卑猥な水音に合わせて、腰がくねくねとくねる。
「アレクサンドル、そのあたりにしてやれ。『身体を操るだけで』という条件なのだ」
「ああ。後で楽しませてもらうぜ」
 ノエルの方へ行くために振り向いたレジェナの尻を、アレクはぺしぺしと叩いた。
「ひいっ……」
 今のレジェナの身体は、その行為にも過敏に反応してしまう。
「……ノエル………」
 レジェナがノエルの正面に立つと、噎せ返るような女の匂いが、ノエルの嗅覚を刺激した。
 近くで見るレジェナは、疲労と消耗の色が濃い。
「先輩、負けないでください」
 ノエルは、手にしたナイフをレジェナにだけ見せる。
 まだ、チャンスはあります。耐えれば、あの外道魔術師を殺す機会はきっとあります。契約者を失えば、悪魔の力もずっと弱まるはずです。
 レジェナは小さく頷いた。
 イシュタもアレクも、ナイフには気づいていない。
「さあ、レジェナ・バルカ。おまえのだらしない姿を、その後輩に見せてやるのだ」
 レジェナの右手は、指で愛液を掬い取ると、それを尿道口に塗りたくるようにしてさすり始めた。
「ああっ、そこはっ、違うっ」
「……違う? ならば、どこが正しいと思ったのだ? ここか? それともここか?」
 イシュタはレジェナの右手に、膣口と菊座を撫でさせた。
「そのどちらでもない。余は、おまえのそこに用がある」
 再び、右手が尿道口をなでる。
「…まさか……」
 レジェナの顔から血の気が引く。
「そのまさかだ。後輩の前で、はしたなく尿を漏らせ」
「……くそっ……汚ねえぞ………」
「なんだ、快感だけを与えてもられると思っていたのか?
 逆らう者には鞭をくれてやらねばなるまい。こうだ」
 イシュタがパチンと指を鳴らす。
「……うああっ……」
 せまる尿意を無理に堪えたせいで、レジェナの身体に鳥肌が立つ。
「…ん…ぐ……ノ…ノエル……よけてくれ……」
「だ、ダメなんです。靴が地面から離れなくて」
 ブーツを地面に固定されたノエルにできるのは、腰から上の位置ををずらすことだけだ。
「余には縁のないものだが、排出欲は人間のもっとも強力な欲求だそうだ。淫欲に耐えられなかった者に、耐えられるわけがない」
「…ううっ……ノエル……すまない…あぁぁぁ……」
 レジェナから迸る黄金色の液体が、ノエルの太腿から膝のあたりに振りかかった。
――じょぼじょぼじょぼじょぼじょぼー
 大部分は地面に湯気の立つ小さな池を作り、一部はノエルの細い脚を伝ってブーツにまで染み込む。ぐっしょりと生暖かい感触に、ノエルは顔をしかめた。
「せ…先輩………」
「ああ………あああ………」
 レジェナは、合わせる顔もないというように俯いてしまった。
「はははは。休む暇など与えんぞ。
 次はお待ちかねのヴァギナだ。胸の時と同じように、おまえの両手を自由にしてやる。存分に触って悶えるといい」
「あ…あれは……てめえが身体を操っただけ……じゃないか……」
 反論が、はじめとは比べ物にならないほど弱々しい。
――コツコツコツコツ
 イシュタは再び、足で分あたり60回のリズムを刻む。
 すぐに、レジェナは愛液にまみれた股を、もじもじと擦り合わせ始めた。愛液がくちゅくちゅといやらしい音を立てる。
「……先輩……悪魔などに…負けてしまうのですか?」
 ノエルの縋るような言葉にも、レジェナは応えることができない。
「……………30秒……」
「…手……手が…勝手に………」
 レジェナの手が、震えながら股間に近づいていく。
「先輩?」
「悪魔が…オレの手を操って………ひああっ」
 いきなり、レジェナは指を2本、深々と挿入した。
「……1分…いや、もう宣告する必要はないな」
 ――ぐちゅぐちゅぐちゅ
 レジェナは激しく膣内をまさぐる。
「あああっ、んあっ、あはんっ、はあっ、はぅんっ、あっ、あはぁっ、はぁっ………」
「耐えてください。身体を自由にしたからって、心までは自由にできないって言ったじゃないですか」
 呼びかけるノエルから、レジェナはやましげに目を背ける。
「あっ、あはっ、あんっ、はあんっ、はぇっ、あっ……」
「無駄だ、小娘。おまえに尿をかけた時点で、既にあの女の心は折れている。
 女陰に触れたのは、それにいま快楽を貪っているのも、あの女自身の意志によるものだ。胸の時は、余が干渉してやらせたのだがな」
 嘘だ、とはノエルにも言えなかった。
 レジェナは、完全に肉欲に溺れてしまっている。
 黒い瞳は意志の光を失い情欲に濁っている。絶えず喘ぎ声をあげる口からは、赤い舌がちらちらとのぞき、垂れ流された涎が顎から滴っている。膣の奥まで挿入された指が蠢くたびに、くびれた腰がいやらしくくねり、豊満な乳房がゆさゆさと揺れる。
「あはあんっ、いいっ、気持ちいいっ、気持ちいいのぉっ、胸も、胸もぉっ」
 レジェナの左手が胸に移る。掌いっぱいに溜まった蜜を、乳房をこねるようにしながら塗り付けていく。半透明の愛液をまとった巨大な褐色の胸が、形を変えるたびに月光にてらてらと光る。
「絶頂を味合わせてやろうか?」
「ぁあ、ぜ…絶頂? ぁ、ぃ、イク? イキたい、頼む、してくれっ、イカせてくれ」
――パチン
 イシュタが指を鳴らすと、レジェナの身体ががくがくと震えた。
「あうっ、ぁ、あ、あ、あ、あああああっ」
 叫び声とともに、潮吹きの白濁液がノエルの服にかかる。
「あうっ、いいっ、いいっ、もっと、もっとぉ……」
 イカされたッたばかりだというのに、レジェナは自慰の手を休めない。
――パチン、パチン、パチン
「あふうううううんっ、ぃいっ、ぃいいいっ、あはああああんっ」
 絶え間なく続く絶頂の快感に、レジェナはケダモノの様に吼え続ける。その顔に浮かんでいるのは、純然たる喜悦だ。
「そろそろ終わりにするか」
「ぁ…あ? ふぇ? な、なんで?」
 レジェナが、いきなり情けない声をあげ動揺を示す。両手は、今までより強く身体をかきむしっているが、快感を表わす反応はほとんどない。
「快楽の増幅を解いた。今、おまえが感じているのが、普通の人間にも感じられる、通り一遍の快感だ」
「や…やだ、足りねえ、ぜんぜん足りねえよ。元に、元に戻してくれようっ」
「悪魔に屈するというのか」
「ああ、そうだ、そうだっ」
「『身体を自由にしたからって、心までは自由にできると思うなよ』などと言っておったが」
「オレが間違ってたっ、正しいのはあんただ。斬りつけたことも謝る。オレが悪かった」
「神の教えはどうした?」
「か、神なんか知ったことか、は、早く、早く、早く戻してくれ」
「仲間が見てるぞ」
「ノエル? 構わねえ、構わねえよ、どうでもいいだろ、そんなことは……」
「そいつを殺せばイかせてやると言ったら?」
 イシュタは顎でノエルを指し示した。
「殺すッ。この疼きさえ収まるならなんでもするッ」
 すーっと、イシュタの目が細くなる。
「やってみろ」
「そ、そんな、やめてっ、やめてくださいっ、きゃあっ」
 レジェナは、地面に転がっていた、自分のバスタード・ソードを握る。
 胸元に構えて突きの態勢。躊躇うような影は欠片もなく、その目は殺気が篭もっていた。
 地面を踏み抜くほど、深く踏み込む。一瞬の後には、剣先が心臓のすぐ目の前で止まっていた。
 レジェナが止めたのではない。イシュタが身体に干渉して途中で止めさせたのだ。
 その証拠に、レジェナは、奥歯を噛み締め、顔を真っ赤にして、ノエルの心臓に剣を突き刺そうとしている。
「やめろ」
 イシュタが命じると、レジェナは剣を捨て、またすぐに胸と股を触り始める。
「余に従うか?」
「従うっ、従いますっ」
「誰にだ」
「あ…悪魔」
「違うっ」
 イシュタが大声を張り上げた。
「余の名はイシュティア。これから、おまえにとっては悪魔ではない。唯一絶対の神だ」
「はいっ。神様っ、オレは神様に従いますっ」
「よかろう」
 イシュタが背伸びにして、レジェナの額に左手を当てた。
 肉眼で見えるほどの魔力の流れが、レジェナの脳に伝っていく。
 それと同時に、レジェナの肉体が、これまでで最高のエクスタシーに悶える。
「あっ、あっ、神様、神様あああああぁぁぁっ」
 レジェナの口から溢れる、絶叫という表現の方が近い喘ぎ声は、まるで彼女の魂が壊れる音のようだった。
 腰から背中にかけてが弓を引き絞るように海老反りになり、開いた姿勢で固定されていた足がバランスを崩し転倒する。自身の汗や愛液や尿の池の上に仰向けに転がったまま、レジェナの身体はぴくぴくと震え、巨大な胸が激しく揺れる。
 イシュタは馬乗りになり、その胸を膝や大腿で玩びながら、レジェナに暗示を与える。
「おまえは今日から、余に従うことを最大の悦びとするがよい」
「は…はい…… 神様に従うことが最大の悦び……」
 レジェナは虚ろな声で答える。
「アレクサンドル・フィクスは余の契約者だ。神の名において、この者をおまえの主と定める」
「はい……、フィクス様は…神様の契約者……、オレの…主……」
「アレクサンドルの命を、余の命と心得、命ある限り隷属せよ」
「はい……、…フィクス様の…命…令は……神様の…命令と…同じ……、…命ある限り…隷属します……」
「さあ、目を醒ませ、そして生まれ変われ、レジェナ・バルカ」
 イシュタがレジェナの身体の上から下りると、レジェナはゆっくりと起き上がり始めた。

 立ち上がったレジェナは、もはやノエルの知っている“先輩”ではなかった。
 外見はなにも変わっていないはずなのに、突き出した胸が、くびれた腰が、しなやかな足が、匂い立つような雌の空気をかもし出している。虚ろだった瞳には新たに狂信と忠誠の光が宿り、顔に媚びを浮かべたまま、ピンク色の唇を時折艶かしく舐めている。
 馴れない口調に手間取りながら、レジェナは従属の台詞を口にする。
「神様、フィクス様、オレ…私は、ああ、御二方に服従します…いたします。どうぞなんでも命令してください」
「余はもう十分楽しんだ。レジェナ、おまえの強い意志に感謝するぞ。並の女なら、余は存分に楽しめなかっただろうからな」
「あ…ああ……、…うれしい……」
 イシュタに褒められ、レジェナはうっとりと喜びに浸る。
「レジェナ、俺になにか言うことはないか」
 アレクはノエルの方をちらりと見てから、レジェナに声を掛ける。
 レジェナを支配したことを見せつけようとしているのだ。
 キミもすぐにそうなるよ。
 なんという傲慢さ、なんという陰湿さ。
 ノエルは怒りと憎しみで湧き上がる恐怖を抑え込みつつ。隠したナイフの感触を確かめる。今は好きなだけ思い上がるがいい。調子に乗って近づいてきたら、確実に殺してやる。
 アレクが意図した通り、レジェナは跪き床に額をついて忠誠を示す。
「フィクス様…… さっきの身の程知らずな暴言、たいへん申し訳ありませんでした。どうか許してください」
「『あのガキとヤるのは絶対御免』だっけか? 今はどう思っている?」
「セックスしたいです。あらゆる命令、あらゆる行為を、心から待ち望んでいます」
 アレクはレジェナを立たせ、その胸を両手でこね回した。愛撫とも言えない、一方的に感触を楽しむだけの手つきにも、レジェナは歓喜に打ち震える。
「でかい胸だな」
「あぁっ、はい……、鎧の…採寸の時は……、あっ、42インチ(107cm)っ、でした」
「42インチの爆乳が、俺のモノになるわけだ」
「はいっ…… 胸も、おまんこも、全てフィクス様のものですっ……」
「パイズリって、知っているか」
「はい」
「やってみろ」
「失礼します」
 レジェナはアレクの足元にかがみ込み、ズボンからそそり立ったペニスを取り出した。
「ああっ……」
 感極まって声をあげ、先端に荒々しく口づける。
 はじめから極限まで勃起していたように見えたそれが、口での愛撫にさらに高々と屹立する。
――ちゅっ、ちゅぷっ、ちゅくっ
 レジェナは、激しくむしゃぶりつきながら、内股に溢れている愛液を、ペニスと自身の胸に塗りたくっていく。
 その両方が油のようにつやめく液体に包まれると、レジェナは両の胸を左右からつかんで持ち上げた。
 愛液を潤滑油代わりにして、アレクのペニスがレジェナの胸の間に呑み込まれていく。
――じゅる、じゅるじゅる
 レジェナは、胸をペニスにこすりつけながら、褐色の胸の間からのぞく毒々しい黒ずんだピンク色の亀頭に舌を絡める。
「はむんっ。いいっ、フィクス様のちんぽ、おいしい…」
 全身を大きく動かし献身的に奉仕するレジェナを、アレクは胸をそらしたまま冷然と見下ろす。
「満足していますか?」
 レジェナの不安げな問いにも、「ああ」と低い声で答えるだけだ。
 くっ。
 ノエルには、それがレジェナに一層の行為を強い、ノエルを挑発する演技であるとわかっている。なのに、2人とも、みすみすその手の上で踊らされている。
 レジェナの息が大きく荒くなってきた頃、ようやくアレクは腰を動かしだした。
 始めはゆっくりと、けれどすぐにレジェナの頭を押さえて大きく深く。
「あっ、ぐぅっ、フィクス様、すごい、はげしいっ」
 喉の奥にペニスを突き立てられ、レジェナは喘ぐ。
「出すぞ」
 アレクは宣言して、ペニスを口の中から引き抜いた。
――どぴゅっ、どぴゅっ、どぴゅっ
 白く濁った液体が、レジェナの顔面を汚していく。胸や髪にも、少なからぬ量の精液がこびりつく。それと、卵の腐ったような臭い。
「フィクス様……、後始末を、させてください」
 レジェナは自分のことは全く気にかけず、アレクのペニスについた精液を、ぴちゃぴちゃと音を立てて舐め取る。
 アレクはノエルの方を向き、陽気な口調で「次はキミだよ」と言った。

「ふん、怯えて泣き叫んだりしないんだな。ヴェルネもいい部下持ってる」
 魔術で作った壁の陰から、アレクはひょいひょいと出てきた。
 ようやく来たか。今まで溜め込んできた怒りと憎しみを視線に込めて、ノエルはアレクをにらみつける。
「そんなににらまなくてもいいのに。後で謝るのが辛いだけだぜ」
 もう勝ったつもりでいるらしい。無造作な足取りで近づいてくる。
 既に狙うところはシミュレートしてあった。ナイフの刃を横にして、肋骨の間から心臓か肺を一突き。脳と心肺の損傷は魔術でもまず治せない。悪魔や、あのかわいそうな巫女の子が、なにをしたとしても。
「危ないっ」
 レジェナがノエルとアレクの間に割り込んできた。
「この女はナイフを隠し持っています」
 レジェナの目はノエルを敵として見ていた。力強い手で手首をつかむと、きりきりと背中側に締め上げてくる。
「レジェナ、助かったよ」
「いいえ。すみません、フィクス様を危険な目に合わせてしまいました」
 レジェナはノエルの背後に回り込んで、両腕の関節を極めた。
 精液に塗れた胸が、背中に強く押し付けられる。
 ナイフだけは必死につかんでいたが、アレクが呪文を唱えると、急に手から力が抜けて、奪い取られてしまう。
「例の、『解錠』の呪文だ」
 鬱陶しい解説に、毒づく気力も湧いてこない。
 ……これまでか。
 ノエルは前歯で舌を噛み切ろうとした。
 口の中に唐突な異物感。
「ああ、畜生。今日は俺の左手、厄日だ」
 左手の指を2本、ノエルの口の中に押し込んで、アレクがぼやいていた。
「自殺なんてさせないぜ。キミは俺のモノになるんだ。マヤちゃんみたいにかわいくて霊力持ってるわけでも、レジェナみたいにグラマーで剣の腕が立つわけでもないから、捕まえて役に立つかはわからないけどね」
 こんな奴の手に落ちるものか。
 ノエルは全身全霊を込め、アレクの指を噛み千切ろうとした。
 しかし、咄嗟に指を2本入れてきたところがアレクの狡猾さだ。血が流れ、肉は裂けても、骨を断ち切るところまではいかない。
 口の中が、血の味でいっぱいになる。
「血は銀よりも有効な魔力の媒体だと言ったはずだ」
 ノエルは口の中の血を吐き出そうとした。
 けれど、手足を束縛され、口に指を突っ込まれていては、それも思うに任せられない。
 アレクは痛みに顔をしかめながら、右手で呪文書を開き、詠み上げる。
反転
 詠唱の最後、呪文名の宣告が耳に響いた。
 身体から力が抜ける。全身の拘束が解かれ、ノエルはその場に崩れ落ちた。
「あ……ああ……うう…… な、なにをっ」
 アレクを見上げる。その視線には精一杯の敵意を篭めたつもりだったが、すぐにそれは薄らいで、瞳は熱っぽく潤んでいくのが自分でもわかる。
「キミの感情を逆転させてもらった。俺への憎しみは愛に、敵意は忠誠に変わる。今は混乱しているようだが、じきに新しい自分になれるだろう」
 さっきまでのふざけたものとは違う、重みのある口調でアレクが語りかける。
「愛……、これが愛だと……」
 ノエルは目をそらして、床を叩く。
 これまでのアレクのバカにするような態度を思い出し、怒りを呼び起こそうとする。けれど、湧き上がってくるのは、なぜだか分からない喜び。
 違う、私に被虐趣味などない。だいいち、あれは、反転の魔術のための演技じゃないか。あいつの……あの人の、本意ではない。
 いつのまにか、アレクを弁護するようなことを考えていることにはっとする。
「こんな魔術など。私は、街の護り手。団長、隊長……」
 ノエルは部隊のことを思い出そうとした。
 自警団の団長は、兵卒から帝国の連隊副司令官(Lieutenant-colonel)まで出世した歴戦の勇士だ。軍を退いた今は適切な指揮で自警団を支えている。けれど、鎧を脱げば、ただの腹の出た中年親父だ。金遣いが荒く、妾を囲い、愛人を持ち――ああ、考えるのはやめにしよう。
 小隊長――セアラ・ヴェルネ。頭の回転が早く、いつも部下が安全に効率よく仕事ができるよう知恵を巡らせている。重傷を負って仕事を休んでいた時には、毎日、夜勤明けであっても、病室に癒しの呪文を唱えに来てくれた。隊長の役目は指揮を取ることなのだから、剣術や弓術の訓練に参加しないことに、不満などは持たない――つもりだ。能無しの司教がいらぬ仕事を押しつけてきた時に、そうされると私たちが逆らえないのを承知で、済まなそうにしながら「お願いします」と言うことも。
 先輩――レジェナ・バルカ。剣の腕では男女合わせてもこの街で五指に入る、優秀な戦士(ファイター)だ。戦闘時には常に先頭で戦い、訓練時には厳しいが適確な指導をしてくれる、頼れる先輩剣士。そんな彼女が、悪魔の力と肉欲に屈して、さっきはアレクに娼婦のように身体を差し出し、今もノエルを堕とすためことに協力している。嫌悪など欠片も無く、どんな任務よりも熱心に、献身的に、まるで真に仕えるべき相手を見出したかのように――
 羨ま…しい。私も、同じように…… え? 私はなにを考えている?
「ノエル、無駄な抵抗はやめろ。おとなしくフィクス様に従え」
 混乱してしまったノエルは、頭のどこかでおかしいと思いながらも、レジェナの言葉を受け入れてしまう。
「はい、先輩……」
「心をフィクス様に明け渡せ。なにも考えなくていい。支配される悦びに身を任せるんだ」
 抵抗を止めると、心が急に軽くなった。
 再び、アレクを見上げる。
 怒りから変わった喜びが、憎しみから変わった愛が、軽蔑から変わった敬意が、敵意から変わった忠誠が、胸の中に溢れる。同時に、今までの生意気な言動に、指に怪我までさせてしまったことに、耐え難いほどの罪悪感を感じた。なんて畏れ多いことを。あの方は、なにを仰るだろうか。
「ノエル」
 名前を呼ばれただけで、胸が震えた。
「はい」
 上ずった声でノエルは返答する。言い訳はしない、できない。何を言われようとも受け入れるだけだ。
「フルネームは?」
「ノエル・ランフォールといいます」
「俺に忠誠を誓ってくれるな?」
「誓います。お許しさえいただければ、私は貴方様に一生お仕えいたします」
「いいだろう。キミ……いや、おまえは俺の下僕(しもべ)だ。命令には絶対服従し、命令が無い時でも常に俺の利益のみを考えて行動しろ。そうしている限り、おまえは完全な心の平安と、最高の充実感を得ることができる」
「ありがとうございます、御主人様」
 絶対服従、常に御主人様の利益のみを考えて――
 その言葉のために、ノエルは忠誠以外の全てのものを捨て去った。自分には、巫女(マヤ)や先輩(レジェナ)のような魅力や能力はなく、忠誠を尽くすことでしか、御主人様の役に立つことはできないのだから。
「御主人様。よろしければ、左手の御怪我の手当てをさせていただけないでしょうか」
 差し出された手に、ノエルは丹念に傷薬を塗り包帯を巻いていく。
 応急処置を受けながら、アレクは2人のしもべに命令する。
「レジェナ、顔を拭って鎧をつけておけ。ノエルも終わり次第すぐに装備を整えろ。
 二人とも、さっそく働いてもらうぞ。相手は、おまえたちのさっきまでのお仲間だ」
「了解です、フィクス様」
「御主人様の仰せのままに」
 アレクにかしずく2人の女を眺めながら、イシュタは満足げに呟く。
「奴隷はやはりこうでなくては」
「まあな。道具に使うならこういう方が便利でいい」
 アレクはそっけなく答えた。



−8−


 神社へ帰る途中、護衛という名目でついてきたノエルから、マヤはその話を聞いた。
「やな人モード全開ですね」
 アレクの所業について、マヤは呆れを隠さず言い切る。
「御主人様に評価を加えるような発言はいたしかねます」
「あはは、それは言ってるのと同じですよぉ」
「失礼ですが、アヤノコージ様。その認識には誤りがあります。
 私は御主人様のお言葉・お振る舞いに対して、否定的な認識を持つことはありません。
 御主人様は、私に憎悪と軽蔑の感情を持たせるために、そうされたのではないでしょうか」
 ノエルは回想を語る間と同じように、一切の感情を消し去った、軍人と奴隷の中間のような口調で話している。
「そうかなぁ? アレクさん、きっとああいうの好きだと思いますよ。
 わたしの前では、あまり、そういうところ見せてくれませんけど」
「それは御主人様が、アヤノコージ様を大切にされているためだと考えられますが」
「わかってます。でも、そういうふうに大切にされるのは、ちょっとイヤです」
 マヤは唇を尖らせた。
「それから、そのアヤノコージ様っての、止めにしません? 響きがあまりよくないですし、なんだかこそばゆいです」
「では、マヤ様でよろしいでしょうか」
「呼び捨て、ちゃん付け、せめてさん付け。……それだとノエルさんが気まずいですよね。なら、マヤ様で、いいです」
 マヤ様と呼ばれることに抵抗はあまりなかった。
 救貧事業に努める彼女は、本人の固辞にも関わらず、一部でそう呼ばれている。正直、誇らしくないこともない。
 それに、“マヤさん”を強要して、なにか言われたらかわいそうだ。心を操られて、仲間を裏切って、もうアレクの下僕(しもべ)として生きるしかないのに。
「話の続きは、アレクさんから聞きますね。ノエルさんも、話しにくいでしょうし」
「御主人様の御命令を果たしたこと、御主人様の敵を倒したこと、いずれも私にとって誇らしく喜ばしいことであり、お話しすることを厭う理由など何もありません」
 ノエルの表情や声色には、その言葉には反する要素はなにもなかった。
「わたしが、気にします」
 マヤには、それしか言えなかった。
 ノエルは、なにも答えなかった。




 
 


 

 

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