ファンタジーシティー


 

 

ファーストミッション




−1−


 高床式の小屋がある。
 その小屋には、枠に植物を編み込んだ『タタミ』とかいうマットが3枚敷いてある。壁は粒の細かい泥で塗ってあって、明かりは蝋を燃やすのでなければ、紙を使った採光窓(障子窓)に頼っている。
 アレクは内部を初めて見るが、この小さくまとまった小屋が、宿場法の関係からこの町に設置を強要された、天孫教の神社の社殿である。
 その中央で、イシュタは横になってくつろいでいる。
「シュールな光景だな」
 西洋鎧と黒い眼帯(アイパッチ)をつけた赤毛の少女がジパング風の部屋で寝っ転がっているという構図は十分視覚的に奇妙であるし、その少女が実は悪魔で、部屋が神社の社殿だという事実は、その違和感に思想的背景まで付け加えている。
「よいではないか。なぜだか無性に居心地がよくて気に入ったのだ。
 マヤ、ひとつ訊ねるが神社というのは聖域ではないのか」
「もちろん、聖域ですよ」
 アレクの隣で、悪魔に蹂躙されたこの神社の巫女と神主代理と宮司代理を務めているマヤが、にこにこ笑いながら解説する。
「ジパングでの“カミ”というのは、“人ならざる偉大な存在”の総称なんです。これは 一神教的な絶対神、二神教的な善神とはまったく違うもので、聖十字教では悪魔と呼ばれるようなモノも、ジパングでは十分“カミ”を名乗る資格があるんです。そもそも、聖十字教の悪魔なんて、半分以上は貶められた国つ神ですし。
 それで、この神社を管理しているわたし――アヤノコージ・マヤは、今となっては神なんてなんとも思ってない破戒巫女で、信仰の対象と呼べそうなのはイシュティアさましかいませんから、いま、この神社で崇め奉られているのはイシュティアさまということになります。
 つまり、ここはイシュティアさまの聖域なんです」
「ほう、余は神として奉られる身となったのか。仲魔どもが羨ましがるだろう」
「下っ端信者のいないちゃちぃ神様だけどな。
 マヤちゃんは言うまでもなく巫女、俺は契約者だから神主ってとこかな」
「あ、アレクさん神主ですか? 
 えへへ…… 旦那さんが神主で、奥さんが巫女って、小さい神社だとよくあるんですよ」
「不信心な神主に恋愛ボケの巫女か。ろくでもない宗教だ。
 まあよい。巫女はともかく、この神社は得がたい拾い物だ。夕方まで余はここで昼寝をさせてもらおう」
「はい、イシュティアさま。存分にお休みください。
 恋愛ボケの巫女は“イシュティアさまを退治しに”街に出てしまいますから」
「マヤちゃんは悪魔狩りに協力しないと怪しまれちゃうか」
「はい。無理にとは言いませんけど、アレクさん、一緒に来てくれませんか?
 テレパス使える人を同伴しろと、市の方々から言われてますし。
 監視付きで午後を過ごすのは、ちょっと息苦しいかなって。
 でも、そんなことはどうでもよくって、アレクさんと一緒に街を歩きたいんです」
「夜勤明けだし、イシュタみたいに昼寝っつーのも魅力的なんだけど、まあいっか、偵察を兼ねて2人でお散歩にしよう」
 アレクが言うと、マヤはアレクの腕に飛びついてくる。
「きゃはっ。家族以外の男の人と女の人が、2人でお散歩する時は、それはデートっていうんですよ」
 マヤは『デート』って単語を、どんな役者を持ってしても再現できないほどに甘やかな声で発音した。
「それじゃ、ちょっと出かけてくる」
 社殿の中で黒い影がもぞもぞと動く。
「土産を期待して待ってるぞ」
「それは難しいと思います。今日はどこのお店も開いてません」
「店でなくても手に入るものはあるだろう。たとえば、アレクサンドルが新しいしもべなど拾ってきたら余は嬉しいな」
「新たなしもべって、別にマヤちゃんはそんなつもりじゃないんだけどなあ」
 アレクが言うと、マヤはきゅーっと腕にしがみついてきて、恥ずかしそうに小声で囁く。
「わたし、アレクさんと一緒にいられるなら、その、ど…奴隷でも、構いません」
「悪いなイシュタ、そういうのは、またの機会にしてくれないか?
 今日はこのかわいい恋人と2人でデートって決めたんだ」
「まあよかろう」
 イシュタは意味ありげに言う。
「悪魔の時間は、夜だからな。夜まで待っても、悪くはない」



−2−


 非常時の街というのは、デートコースにするには殺伐としすぎている。
 食事をするような店はどこも開いてなかったから、2人の昼食は、町内会のおばちゃんたちが配っている、やたら堅いパンと塩味のスープになってしまった。
「はあぁ、せっかくのデートなんだから、ちゃんとしたお昼御飯が食べたかったです」
 食べ終わったマヤはしょぼんと呟き、何気なく白衣の袖で口元を拭う。
「……それ、いいの?」
「あ。いいんですよ、こんなものは敵を欺くためのコスチュームに過ぎませんから」
 今朝までは彼女の誇りだった巫女装束も、今のマヤにとってはその程度のものだ。
「本当は、こんな格好、もうしたくないんです。
 せっかく、2人でデートなんだから、もっと女の子らしくおしゃれがしたいです」
「わかった。じゃあ、俺が新しい服を買ってあげよう」
「いいんですか?」
「遠慮しなくていいって。俺も洋装のマヤちゃん、見てみたいから」
「はぇー、なんだか、照れちゃいます。
 ねえねえ、アレクさん、わたしにはどんな服が似合うと思いますか?」
「原色は避けたいな。ピンク、水色、オレンジ、うん、黄色かオレンジがいい。デザインは、よくわからない。俺の知り合い、服装に無頓着なのばっかりだから」
「すいません、服装に無頓着なお知り合いその1です。
 洋服屋さんとか、いろいろ行ってみたいんですけど、閉まっちゃってますね」
「約束するよ。町が普段通りに戻ったら、一日潰して買い物に行こう」
「はい。その時は、いろんなお店に行って、いろんな服を試着しちゃいましょう。歩き疲れたらカフェにでも入って、夕御飯はもちろんワイン付きの豪華なディナー、最後はアレクさんの部屋にお邪魔して……一緒のお布団で眠るんです」
 彼女の拙い知識で想像できる限りの『楽しいデートコース』を語るマヤの目は、楽しげにきらきら輝いていた。



−3−


 それから日が傾くまで、2人は一緒に街中を歩いた。
 初めは腕を組んで歩いていたが、アレクの古びたコートはすぐに腕のところがへろへろになってしまい、今はギルド運営の初等学校の生徒同士のように手を繋いで歩いている。
 マヤの手は小さな子供のように柔らかくて暖かく、洗脳されてアレクと同調(シンクロ)しやすくなっているものだから、好意がパルスの形を取って伝わってくる。
 素直で健気なマヤの心を、魔術の力で純化した、混じりけのない100%の好意。惜しげもなく向けられる最高の笑顔と併さって、アレクを初恋のようにどきどきさせる。
「あ」
 マヤがぴたりと足を止める。
「どうしたの?」
 軽い口調で訊ねながら、アレクは周囲の状況を手早く確認する。
 前方、交差点に女性の自警団員2名、武装はともに剣。鎧を着ているから、走れば振り切れる。問題は、角の向こうにまだ1人、2人いるかもしれないこと。
「ちょっと会うのは気が重いかな、と」
 マヤはよくわからないことを言う。巫女の危険感知が発動したにしては、表情は切迫したものではない。
「セアラ、巫女の子がいたぞ」
 自警団員の片方、褐色の肌の女性が、交差点の陰に向かって声をあげる。
 すぐに建物の陰から、紺色のシスター服を着た金髪の女性が出てきた。
 自警団の白魔術師兼従軍シスターで、2つしかない女子小隊の小隊長も務めているセアラ・ヴェルネ、マヤにとっては聖職者としての敬愛する先輩だ。かつての先輩というべきかもしれないが。
「マヤ、なにをしていたの。
 正午頃から姿が見えないから、わたくし、心配していましたのよ」
 セアラは流麗な西方共通語でマヤに言う。
「悪魔に立ち向かえる高位聖職者は少ないのですから、居場所を確かにしておくように言われたでしょう」
「ごめんなさい」
 伝わってくる不安の感情を打ち消そうと、アレクはマヤの手を強く握る。
「フィクス君、あなたが原因なのでしょう?」
 長い睫毛を纏う緑がかった蒼眼が、アレクを視線で射抜く。
 アレクに対してフィクス君などという呼び方をする同世代の知人は、街中捜してもセアラだけである。
 歳はセアラの方が1つ上だが、互いの間柄は同窓(クラスメイト)のようなもの。この町の各種教育機関は一部の講座を共有(シェア)していて、たとえばセアラは解呪の法に不可欠な呪術基礎論の講座を魔術師ギルドで取っているし、アレクは神学校の天界史や名義論の講義に潜り込んでいる。
「あなたが悪魔退治に興味がないのは分かりますわ。でも、マヤの邪魔まではしないでいただけません?」
 セアラは、間違いなく美人である。なめらかなウェーブがかかった、腰まである長い金髪(ブロンド)と、雪のように白い肌はつややかで輝きを帯びているようにも見える。くっきりとした鼻や顎のラインや切れ長の目は戦乙女(ヴァルキューレ)の彫刻のようだ。
 澄んだ翡翠の宝玉のような瞳と、細い眉と、なにも塗っていないのに薄く濡れた唇に、わずかに不快の念をにじませるだけで、セアラは王女様のような威圧感を放っている。
 そのプレッシャーを、アレクは慣れと生来のいい加減さで受け流して言う。
「あのさ、ヴェルネ。俺は一応、マヤちゃんの手伝いをしてるってことになってるんだけど」
「本当なの? マヤ」
「は、はいっ。そうです、アレクさんはわたしと付き合ってくれてるんです」
 「わたし“に”だよなあ」と、自警団員の年上の方――大柄で褐色の肌の人が、年下の方に囁く。彼女――鳶色の髪の小柄な女は、「巫女の自覚はないのでしょうか」と呟く。その苦々しげな視線はむしろアレクに向けられていて、アレクは「俺、なんかやったかなあ」と首を傾げる。
 マヤは自分の言い間違いに気づいて、かーっと顔を赤らめていた。
 セアラは一連の言動を醒めた目で俯瞰し、口元に手をやって小さくため息をつく。
「動機はどうあれ、賢明な判断ですわ。悪魔が何者かと契約を行ったのは知っているかしら? あなたが相手ではないかという指摘もありましたのよ」
 びくっ。マヤが全身を硬直させた。
「ほう、そりゃまたなんで」
 わざと大きな声をあげ、周囲の注意をマヤからそらす。
「個体名を持つ悪魔を受け入れられるだけのキャパシティを持っている人間は、多くは社会的に成功しているものでしょう。あなたは数少ない例外というわけです」
 キャパシティ、存在容量。人間の魔術的な意味での『価値』をあらわす、『レベル』に近い概念だ。
「なんだ、そんな理由か」
「あ、あのっ、それはおかしいと思います」
 マヤがセアラに詰め寄った。
「社会的に成功しているかどうかなんて、悪魔と契約するかどうかには関係ないじゃないですかっ」
 マヤが怒っているのには、弱者を蔑む傲慢さを嫌う彼女らしい反応のほかに、こういう理由があるのだろう。
 アレクがイシュタと契約したのは『マヤを神から奪い取るため』だ。社会的に成功していれば悪魔に要求するような不満や欲望はないはずだ、という考えを認めるなら、金や地位さえ持っていれば、アレクはマヤを手に入れることができたはずだ、ということになる。それは、2人にとって、絶対に認めがたい侮辱だ。
「落ち着きなさい。わたくしがその見解に組しているというわけではないのよ。今朝取り押さえられた悪魔教徒にだって、地位や力のある人はいましたもの。
 教会やギルドに従わないフィクス君を嫌っている人たちが、勝手なことを言っていただけでしょう。マヤが保証してくれるなら、すぐにでも黙らせることができるわ」
「保証しますっ」
「神に誓える?」
 その言葉に、マヤはなんとも言えない笑いを口元に浮かべた。
「はい。我が神様の名に誓って」
 話に一区切りついたところで、自警団員の年上の方が割って入った。
「セアラ、時間が」
 小隊長はいろいろ忙しいらしい。セアラは話を切り上げようとする。
「とりあえず、元気にしているのを見られてよかったわ。
 連絡の途絶は困るから、これからは気をつけなさい」
「はい。わかりました」
「フィクス君も、マヤが役目を果たせるように協力してくれると信じていますわ」
「そりゃどーも。ヴェルネは、がんばりすぎて無茶をしないように」
「……わかっています。あなたはいつでも一言余計です」
「悪かったな、性分だ」
 アレクたちとセアラたちは別の道を歩き出す。

「なんだか、疲れました」
 角を1つ曲がったところで、マヤはそう呟いた。
「マヤちゃん、さっき本気で怒ってたろ。ヴェルネが驚いてたぞ」
「はい。ちょっと、感情が不安定になってるみたいです。
 ……えと、いちばん近いのは、月のものが来た時でしょうか」
 信仰という構成要素を失って、今のマヤは心に巨大な空洞を抱えている。感情の抑制が効かないのはその表れだろう。
「なにか、してほしいこととかあるかい?」
「そうですね。ぎゅーって、抱きしめて貰えますか」
 アレクはマヤの目をのぞき込んだ。なにかに怯えるように、瞳孔が振れている。
 手を引いて路地に入り、背中から手を回す。
「落ち着きます」
 マヤはアレクの胸に体重をかけてくる。
「今までは、セアラさんと一緒にいると、こうやってアレクさんに抱いてもらっている時みたいに、なにも心配しなくても守って導いてもらえるような気がしたんです。
 でもさっきは、不安になったり、恥ずかしかったり、怒りが沸いてきたり、ぜんぜん気持ちが安らげませんでした」
「仕方ないだろ。ヴェルネは、俺たちの敵なんだから」
「そう……、敵…なんですよね。
 わたし、いつまでもセアラさんのことを、騙し切れる自信ありません。
 イシュティアさまと契約したなんて知られたら、きっとアレクさん殺されちゃう」
「彼女にも、俺のものになってもらえば、そういう心配はしなくてよくなるぞ」
「洗脳…するんですか?」
「もちろん。
 命令したり、エッチなことしたり、楽しみだなあ。
 あの堅物が恋愛感情や羞恥心に悶えるとこを見れるだけでもやってみる価値はある」
「アレクさん、ひどいです……」
「イシュタも次を探せって言ってるしさ。
 ヴェルネが仲間になるなら、マヤちゃんだって嬉しいだろ?」
 本音を突かれて、マヤは言葉を濁す。
「そ…そんなこと、わたしの口からは言えません。
 セアラさんは、聖十字教の真面目な信者でシスターなのに……」
「マヤちゃんも天孫教の巫女さんじゃなかったっけ?
 俺のものになって幸せじゃないの?」
 その問いには、半秒の逡巡もなく返事が返ってきた。
「幸せに決まってるじゃないですかっ」
 耳元で、マヤが小声で囁く。
「本当は、わたし、セアラさんに仲間になってほしいです。
 きっと、最後には、セアラさんも喜んでくれますよね」



−4−


 一通り市中を廻ったのち、セアラたちは四半刻(30分)の休憩に入った。
 粗末な夕食を取り、残った時間は剣の手入れや雑談などをして過ごす。
「異教の巫女と、魔術師ギルドの問題児か。かわった知り合いがいるものだな」
 褐色の肌の女戦士――セアラの小隊の“小隊軍曹”的な役割を担っているレジェナ・バルカが、呟くように言う。
 身長5フィート10インチ(177cm)のレジェナは、座っていても目線が一段高い。やや見上げるようにして、セアラは答える。
「異教徒の知り合いなんて、あの2人ぐらいのものですわ。
 魔術師ギルドの問題児などと呼ばれるほど、フィクス君は有名なのかしら」
「ギルドの備品を盗んだり、試験をカンニングですり抜けたりする、ケチな小悪党だそうです。あの巫女や隊長がどうしてあの男を買っているのか、私には理解できません」
 小柄な女戦士――ノエル・ランフォールが、よく通る声で言う。発言は罵倒に等しいが、口調自体は、眉のラインよりやや上で丁寧に切り揃えられた鳶色の髪や、感情を表すことの少ない栗色の瞳によく似合う、落ち着いたものだ。
「ノエルは真面目だから、盗賊気質の奴には点が辛いな」
 冒険者経験のあるレジェナは、あの手の軽い人間にも慣れている。
「不真面目な輩に厳しいのは、隊長も同じだと思いますが」
「そうね……」
 セアラは、過去を思い出しながら話し始める。
「フィクス君は、いい加減に見えるけど、自分の意志は曲げない人よ。その場その場での判断力は確かだし、危ない目に合っても不思議と生き残っている」
「身勝手で、小才が利いて、悪運が強いということではないのですか」
「その通りね」
 身も蓋もない短評に、セアラは笑ってしまった。
「わたくしが彼を評価している理由は、なによりも、マヤが懐いているから。
 この街に来てすぐ、あの子、スラム街に入ろうとしたの。医療活動は万人に対して行われるべきだって。ついて行ったのは、フィクス君だけだったわ」
「けがらわしい」
 ノエルは吐き捨てた。ごく一般的な反応だ。レジェナも、顔をしかめている。
 刑吏・墓掘り・放浪民に代表される被差別階級への蔑視は、富と知識の集積地たる都市においても克服できてはいない。異教の巫女(マヤ)、魔術師(アレク)、夜警(レジェナやノエル)にしても、境界線上の職業なのだが。
「そう言われるのを覚悟で、マヤに付き合おうというのだから、ひとかどの人間といっていいでしょう」
「そうでしょうか」
 ノエルは不満の意志を示しただけで、それ以上の反論は口にしなかった。
「はい、この話はもう終わりにしましょう」
 セアラは雑談を切り上げ、セアラ自身が待機所に寄贈した振り子時計に目をやる。
 そろそろ休息時間の四半刻が終わる。そうしたら、第一夜警時のスタートだ。
「第八小隊、注目っ」
 レジェナが大声をあげ、周囲の小隊員たち――女子小隊なので全員女性――の視線を小隊長のセアラに集める。
「これから、わたくしたちの小隊は、臨時の夜警業務に入ります。
 わたくしは日々の訓練を見ていますから、皆さんの士気と練度について疑うつもりはありません。
 ですが、敵は個体名を持つ悪魔です。決して少数で戦うことなく、味方との合流を第一に考えてください。
 担当区域周辺の地図と、周囲の通信所の場所は覚えましたね?
 わたくしは市庁舎での会議に参加しなければなりませんが、終了し次第、南門通信所に合流する予定です。それまでになにか起こった場合は、南門の副団長の指示を仰いでください。
 以上、質問・連絡事項のある方は…………いませんね。では、配置についてください」
「解散!」
 レジェナの号令がかかると、小隊員たちは各々の配置場所に散っていく。
 さっきまで話をしていたレジェナとノエルの背中が小さくなるのに、セアラはなぜか胸がしめつけられるような不安を感じた。
 夜が、悪魔の時間が始まる。その劈頭に、会議などを開く市政府の神経が、セアラには無性に腹立たしかった。



−5−


 夕方。市の幹部会議に天孫教代表として招かれたマヤは、末席で大人しく、紅茶を啜り茶菓子をかじっていた。
 ジパング生まれのマヤは、カップに取っ手がついていたとしても、わざわざ両手で直接つかんでしまう癖がある。ジパングの椀には、原則として取っ手はないからだ。
 子ネズミみたいだな。
 アレクに前に言われたことがある。
 ネズミなどという穀物泥棒に例えられるのは不本意だったけど、今思えばネズミもかわいいんじゃないかと思う。かわいくなくては困る。そうでなければ、アレクさんがわたしをかわいいって言ってくれたことまで否定することになるじゃないか。
「んむ……」
 頬が緩んでしまっていることに気づいて、マヤは真面目な表情を作る。
 会議では、悪魔が誰かと契約を結んだらしいという情報が今更になって流されている。
 契約済みの悪魔は強力であるが、勇気と信仰心を持ってどうのこうの。洗脳される前から薄々思っていたことだが、この街の司教は精神主義的な言動で無能と無策を取り繕うだけのただの俗物だ。
 聖十字教東方派のゾマフ大神父の意見は、かなりまともなものだった。悪魔より先に、悪魔に誑(たぶら)かされた誰かさんを探し出して死んでもらうべきだというもの。その誰かさんというのが、マヤの大好きなアレクサンドル・フィクスなのだから非常に困る。
 それから、自警団の団長がこんなことを言い出した。明朝、悪魔を召還した邪教徒どもの処刑を行うべし。つまり、イシュタや今朝の黒ミサに参加していない悪魔教徒を、餌でおびき出そうというわけだ。
 召還の現場に踏み込まれるようなおバカさんな連中など、助ける義理はないように思えるのだけれど、イシュティアさまはマヤが考えていたよりもずいぶんと立派な方らしい。
――バタン
 扉が開いて、市議会付きの通信術師が入ってくる。
「南の教会が襲われました」
 団長殿、半日ばかし遅かったようです。
 マヤは声を立てずに笑った。
 南の教会というのは、今朝捕まえた悪魔教徒を閉じ込めてある建物だ。無論俗称で、実際には舌を噛みそうな古代帝国期の聖者の名前がつけられている。
「団長っ」
 団長の隣に座っていた、アレクと同い年ぐらいの、自警団の最年少小隊長――たしかハーウッドとかいったか――が、椅子を蹴倒して立ち上がる。
「ハーウッド、ヴェルネ、それにシェルフ、おまえたちはすぐに現地へ向かえ。私は部隊を集めてから行く」
 自警団長は、会議に参加していた7人の部下から、3人を選び出して命じる。
 マヤには選別基準がわからなかったが、ハーウッドとヴェルネ――つまりセアラは、部下が現地付近に配置されている。シェルフ氏は初老の槍使いで司令部付きの手すきの士官だ。
「わたしも行きますっ」
 現場の仕事の方がアレクやイシュタのために役立てそうだと思ったマヤは、セアラたちの後について商工会議所(実質的に市庁舎)を出た。

 教会の周りには、既に自警団員と野次馬が集まっていた。
「悪魔はもうおらんのか?」
 シェルフ氏が問い、自警団員が答える。
「もう逃げた後のようです。地下牢の邪教徒どもも消えています」
 マヤがここに来たいちばんの目的は、アレクかイシュタが追い詰められていたらどうにかして逃がすことだが、その心配はいらないわけだ。
 ほかにするべきことは、情報収集と怪我人の治療。相手が敵だから治療するなとか、心の狭いことはアレクもイシュタも言わないだろう。
 教会の向かいの建物に背中を預けて、セアラの部隊の女戦士――レジェナが座っていた。顔には血を拭った跡があり、鎧は赤黒く染まっている。
「話はできるかしら?」
「ああ、セアラか」
 レジェナがぼうっとした様子で顔を上げる。疲労は見えるが、顔色は悪くない。
 考えてみれば、鎧の外側が血だらけになっているとしたらそれは本人の出血ではなく返り血だ。
 ……返り血って、誰の。
「その血は――」
 マヤが震える声で問う。
「悪魔の血だ。右の手首をぶった斬ってやった」
 よかった、アレクさんじゃなかった。
 マヤの身体から緊張が抜ける。
 イシュティアさまなら、手首ぐらいなくなっても平気だろう。目と喉に破魔矢打ち込んでも滅びなかったぐらいだから。そもそも血が“赤い”ということ自体、擬装をしている余裕があったという証拠だ。
「一人でしたか? 契約者の人は――」
「いなかった。魔物(モンスター)を2匹連れていたけど、斬りつけると消えてなくなった」
 目的を達したマヤに代わり、セアラが質問を引き継ぐ。
「おそらくは即席の精製獣魔(クリーチャー)ね…… 存在強度がほとんどないタイプの。
 それで、悪魔はどこへ? 邪教徒たちはどうしたの?」
「オレたちが気づいた時、もう教会は陥ちていた。悪魔と魔物が教会の方からやってきたんで、ノエルを南門に走らせて、オレは交差点で戦った。魔物は消えて、悪魔は転送で逃げた。そこでノエルが増援を引きつれて戻ってきた」
 で、消耗したレジェナは、あとを任せて座り込んでしまった、と。
「邪教徒が脱出するところは見ていないのね?」
「ああ」
「御苦労様。よくやってくれました」
 上官の顔と口調でセアラは言う。
 この街に派遣されて以来、セアラの妹のような位置で過ごしてきたマヤが見るところ、セアラは必ずしも満足も納得もしていないようだ。
 マヤにも気づいたおかしいことがひとつ。なぜ警報ひとつあげずに教会は陥ちたのか。マヤの神社も含めて、宗教関連施設には、例外なく転送除け・邪気除けの結界が張ってある。イシュタなら破ることはできるだろうが、中の神父や自警団員が警報鳴らす時間ぐらいは稼げるはずだ。
「ヴェルネさん、それにそこの巫女。すぐに来てくれ、重傷者がいる。衛生兵の手に負えない」
 教会の中から、ハーウッド青年が呼びかける。
「ええ、すぐ行きますわ。マヤ、ついて来なさい」
「はいっ」
 失態でもあったのか、殴ったり殴られたりしている自警団員の脇を通りすぎ、セアラとマヤは教会の門をくぐった。

 キーーーーーーーーーン
 マヤが教会内に入ると、甲高い音が建物の中に響いた。
 特定の音源はなく、全方位から聞こえてくる。空間自体が音を立てている、そんな感じだ。
「結界?」
 今のマヤは悪魔の血を体内に受けた不浄の存在、概念的に言えばイシュタの娘なのだ。
「悪魔は検知せずに異教徒を検知したのか。欠陥品だな」
 ハーウッド青年が、腹立たしげに言う。天孫教の巫女装束を着たマヤを、悪魔の手先だとは思わなかったらしい。
 マヤは不安になってセアラを見たが、彼女は結界の警報など気に留めることなく、それどころか、聖壇の前に横たえてあった神父の死体さえも無視して、重傷を負った自警団員を診断していた。
 生存者は、その男の人だけらしい。
「キマイラだ…… キマイラが俺の腕と脚を……」
 男はうわ言を呟いている。
 キマイラとは、様々な化け物の部分を併せ持つ鵺(ぬえ)の類、レジェナのいう魔物と同一のものだろう。
「マヤ、聖水を用意なさい。できるだけ大量に」
 祓い清めの類は巫女の得意分野だ。
 互いの魔力が干渉しないようにセアラから距離を取り、祝詞を3度ずつ唱えながら、焼いた符の灰を、自警団員――ノエルだった――が汲んだ水に混ぜる。
 セアラは、治癒の呪文を唱えながら、聖水をじゃぶじゃぶと使って傷口を洗い流す。キマイラは、呪いに毒に感染症と、追加ダメージの百科事典なのだ。
 水源の関係で選んだ裏口の傍には、全身に数十という傷を受けた、傷だらけの死体が転がっていた。
 単純作業は、どうしても余計な考えを呼び起こす。
 イシュタを倒していれば、この教会で死んだ人たちは死なないで済んだはずだ。代わりに、捕まった十数人の悪魔教徒の命が救われているのだろうけれど。
 アレクはこの殺人にどの程度関わっているのだろうか。
 警報が生きていたということは、イシュタは教会に入らなかったのかもしれない。キマイラがどうこうというのだって怪しい。
 もしそうなら、犯人はアレクか。けれど、三人の相手を死傷させているというのが気になる。アレクは、不意打ちでもするのでなければ、1対1の勝負だってやりたがらないような人だ。
 ノエルがまた水桶を運んでくる。
「アヤノコージ様。『神社で待ってる。長居せずに早く帰るように』と、フィクス様に言付(ことづ)かっています」
 マヤの耳元でノエルが言う。
「え?」
「私――ノエル・ランフォールと、レジェナ・バルカは、フィクス様の下僕(しもべ)にしていただきました」



−6−


 悪魔というのは教会などが主張するよりずっと義理堅い存在である。
 「契約」を根拠にこの世界に存在している悪魔にとって、契約の信頼性は、そのまま存在の強度に関わるからだ。
 イシュタが目下抱えている問題は、彼女を召還して早々、教会の連中に捕まったマヌケな悪魔教徒どもである。
 神社に一人で戻ってきたアレクから聞いたところ、彼らは南の教会に捕われているそうだ。しかも、高位聖職者を含めた市の幹部は、軒並み会議で拘束されているらしい。
「少し出かけてくる」
 鳥居をくぐって歩き出そうとした――神社には転送除けの結界が張ってある――イシュタのポニーテールを、アレクが無造作に引っ張る。
「ちょっと待て」
「うがっ」
 イシュタの頭が大きく仰け反る。
「馬鹿者っ、傷口が開いたらどうする」
「喉の傷? もう塞がってるじゃないか」
「治ったのは見かけだけに過ぎん。破魔の力はまだ残っている。左目の再生には、相当かかりそうだ」
 イシュタの左目は、眼帯(アイパッチ)の下にグロテスクな再生過程を隠している。
 情報の受容器たる“眼”は、悪魔にとって、人間以上に重要な意味を持つ器官だ。
 残った右目だけでは、ぐしゃぐしゃにされてしまったポニーテールの先端のリボンを結び直すのも覚束ない。
「ほら、貸してみな。直してやるから」
 アレクはイシュタの髪を何度か手で梳いたあと、意外と器用な手つきで、リボンを大きなチョウチョ結びにしてしまう。
「ただ縛ってくれるだけでよかったのだが」
「いいじゃないか、よく似合ってるぞ」
「むう。余はこれから一仕事してくるつもりなのだが……」
「リボンも結べないような状態で、“攻城戦”なんて無理だ」
「そうでもなかろう。火球あたりを使えば、命中精度は攻撃範囲で補える」
「おいおい、10人そこそこの黒ミサ勢を助けるために、問答無用の大量虐殺か? 割りに合わないことはするな」
「妙な理屈だな。一体何人までなら、殺して構わないんだ。ちなみに召喚儀式の参加者は13人だったが」
 イシュタの皮肉に近い問い掛けに、アレクは冷めた口調で応じる。
「目的を達成するために必要な最低の人数。ま、2・3人で済ませたいところだな」
「え……?」
 その口ぶりの意味するところに気づいて、イシュタは場違いなほど子供っぽい声を出す。
「小賢しく立ち回るのは得意なんだ。がきんちょ悪魔は素直に契約者の言うことに従っておけ」
「ありがと……」
 イシュタは顔を伏せて小さく呟いたが、アレクの耳には届かなかったようだ。
 一つ舌打ちし、意図的に胸を張り、イシュタは大声を張り上げた。
「誰ががきんちょだ、誰が。まあよい、魔術師(マジシャン)。今夜は貴様に使役されてやる」



−7−


 ノエルとレジェナの配置場所は、南の教会の角にあたる交差点だった。
 セアラからは、悪魔教徒たちの奪還作戦の可能性について注意を促されていたが、配置についてからの一刻弱の間にやったことは、夜間外出禁止の違反者たちに帰れと促すだけだった。
「無駄な犠牲と味方討ちを避けたいのです」
 そう言うだけでほとんどの人は素直に帰ったが、「オラも町のために戦うずら」だの「いったい何の権限でワシを」だのと言い出す輩には、レジェナの鉄拳の方が説得力があった。
「先輩、またです」
 ノエルが教会の建物の陰を指差す。
 こそこそと身をひそめる小柄な影が2つ、満月(フル・ムーン)を1日過ぎた昇りかけの十六夜月に照らし出されていた。
「止まれっ、何者だっ」
 レジェナに誰何されて、小柄な2人――アレクとイシュタは、小声で言葉を交わし合う。こいつらでいこうわかった。魔法言語だったせいもあり、自警団の2人には何を言っているかは聞き取れなかった。
「いったい何の用でうろついている。夜間外出禁止令を知らないのか」
 アレクは両手を開いて挙げた。イシュタは、その背中に小さな子供のように隠れて、こっそり呪文を唱えている。
「なんだあんたか。姓名・住所は言わなくていい。何をしている。うしろの子供は何者だ」
「あはははは」
 アレクは誤魔化し笑いのような笑い声をあげる。
「早く答えろ」
「この子を、うちに帰してやる途中なんだ。通り名はアン、本名不明。住所は南七番橋の下、製材屋跡」
 南七番橋の下、廃棄製材所。身寄りのない子供たちが雨風を凌ぐねぐらだ。眼帯(アイパッチ)をつけ、黒いマントに身を纏ったイシュタは、浮浪児に見えないこともない。
「通れ」
 アレクとイシュタが交差点の中央に差し掛かった時、イシュタのマントがめくれて、銀色の鎧が月光に光った。
 ノエルが目敏く見つけて叫ぶ。
「先輩っ。“それ”は悪魔です」
「ちぃっ」
 アレクが身を翻して、間合いを取ろうとする。
 イシュタは、既にほとんど唱え終わっている呪文を解き放つ。
全ては区なり、区こそ全てなり。地平は其処なり、其処こそ地平なり。
 道もなく、扉もなく、未来もなく。時さえも流れ出づるを能わず

 呪文が発動しても、具体的なことはなにも起こらなかった。

「ノエル、ここは任せて通信所に連絡を――」
 レジェナは銀粉をまぶしたバスタード・ソードを、背中の鞘から抜き放つ。
 重さが100オンス(2.8kg)ほどもある大剣を、準備運動でもするようにぶんぶんと振り回す。
 イシュタは全身を一つのバネにして、後方に跳び間合いを取ろうとする。
 しかし、レジェナはそれを許さず攻めかかる。
「やあああっ」
 一気呵成に繰り出される連撃を、身長の低さを活かしてやり過ごしつつ、イシュタは鎧に組み付けてある伸縮性の金属棒(バトン)を抜き、レジェナの剣の腹を叩く。
 レジェナはバランスを崩しつつも、払い除けられた剣を胸元に引き戻す。
 予告するような突きの態勢。
 レジェナが右足を大きく踏み出した。
――スパン
 再び剣をバトンで弾き飛ばそうとしたイシュタの右手首が、きれいさっぱり千切れ飛ぶ。
 肘と手首の回転で刺突から変化する、小手への薙ぎ払いだ。
 攻撃の軸となる腕、あるいは前足を狙うのは刃物での戦闘の常套戦術。ただし、対モンスター戦も想定した実戦剣術では、道場剣術の浅い小手と違って、完全に切断できるだけの斬撃を叩き込むことになっている。
「ふんっ、間合いを見誤ったな。しかし、次はない」
 不敵に笑いながら、レジェナは右手首からの出血を、レジェナの顔に吹きかける。
 レジェナが目に入った血を拭っているうちに、イシュタは2本目のバトンを左手に握る。バトンの先端から放った赤い火線は狙いが甘く、レジェナに容易くかわされた。

 一方、ノエルは完全にアレクに遊ばれていた。
 まず、レジェナに言われたとおり、最寄りの通信所に向かおうとしたのだが、交差点から出ようとすると、視界がぐにゃりと歪んでいくら走っても進めない。
「無駄だよ、無駄。そこは『世界の果て』だから」
 剣の間合いよりわずかに外から、アレクがノエルの方へ、銀貨を1枚、指で弾いた。
 軽く半歩だけ身体をずらして、ノエルがそれをかわすと、銀貨はちょうどノエルがいるあたりで、急にスピードダウンする。水平方向の速度だけなく、落下速度までが遅くなっていた。今が夜間でなければ、裏面に刻まれた四頭立ての馬車を駆る皇帝の図像まで、はっきりと見ることができただろう。
――カツン
 普通の場合より明らかに低い音を立て、銀貨はちょうど交差点の縁(へり)のところに落ちる。
「こういう結界なのか―― 小賢しい真似を」
 ノエルが剣に手をかけると、別の1枚の銀貨が鞘に当たる。
 その途端、剣を握った感じがなにか変わった。
 鞘から引き抜こうとしても、刀身と鞘が溶接でもしたかのように離れない。
「ん? くっ、このっ……」
LOCKLOCKLOCK〜〜」
 でたらめな、それゆえにやたらと腹立たしい節をつけ、アレクは次々と銀貨を放ってくる。さらに無様な目に合わされたくはないので、ノエルはたかが銀貨を必死で避ける。
 剣を抜くのは諦めて、ノエルは鞘の留め金を外した。
 鞘ごとの剣で撲りかかろうと一歩進むと、その足がぴたりと動かなくなった。たたらを踏んだ反対側の足も、なぜか地面に張りついてしまう。
 足元を見ると、靴と地面の間に1枚の銀貨。
「銀ってのは優秀な魔力の媒体だからねえ。“施錠(LOCK)”の魔法の改良版を篭めてみた。なかなか面白いだろう」
 表情にも口調にも、傲慢さがにじみ出ていた。
「せっかくだから、“解錠(UNLOCK)”の改良版も見せてあげよう」
 アレクは銀貨をもてあそびながら、「UNLOCK」と唱えた。
 その銀貨を下投げで、厭味ったらしく、ノエルの頭上、飛び跳ねなければ決して届かないあたりに投げる。
「調子に乗るな」
 ノエルは剣というか剣の鞘で、銀貨をはたき落とす。
 その瞬間、全身の留め金という留め金、結び目という結び目が、するすると緩み、ほどけ始めた。
 肩当て(ショルダーガード)と胸当て(ブレストプレート)を繋ぐ金具も、胸当てのサイドの紐やサイズ調整の金具も、全て外れてしまった結果、上半身を覆う鎧はバラバラになって地面に落ちる。アンダーシャツはなにもなくて済んだが、胸に巻いたサラシは結び目が解けて緩み出している。腰から太腿までを守る腰当て(スカート)も胸当てと同様に分解してしまい、掛け金が外れてずり下がったズボンの下の、下着までが露出してしまう。
「ピンクか、意外だなあ」
 ケタケタケタ。アレクはわざとらしく嘲笑する。
「くっ」
 ノエルは胸当てを拾い、投げつける。
 手で払おうとしたアレクは。胸当ての硬さと重量に左手首を痛めて顔をしかめる。
「ふんっ、いい気味……」
 腰当ての板、柄付きの羽根ペン、ナイフのケース。手当たり次第に投げていく。
 途中まで、アレクはあたふたと逃げ回っていたが、地面に4枚の銀貨を一列に並べ、小さな見えない壁を張ると、そのうしろに隠れてしゃがみ込んだ。
「卑怯者っ、姑息な策しか能のない下衆野郎め」
 ノエルが叫ぶ。手には、物を投げるのに紛れて拾った副武装(サブ・ウェポン)のナイフを隠し持っている。
 しかしアレクは、障壁の陰でにやにや笑うばかりだ。
「うるさいな。ちょっと黙ってろよ」
 アレクは顎で、イシュタとレジェナの戦闘の方を示す。
「キミの先輩、負けるぜ」

 一見すると、優位にあるのはレジェナの方のようだった。
 イシュタは、あれから2回も死に体の右腕を盾にすることを強いられ、左足も傷つき引きずっている。対してレジェナは、左腕を1ヶ所、炎で軽く焼かれただけ。肌や防具を赤く染める血は、全てイシュタの返り血だ。
 攻撃をするのも、一方的にレジェナだ。イシュタは完全に防戦に徹しきっている。
 しかし、斬撃が決まることは、なくなっていた。
 動きを先読みしているかのように、イシュタはことごとく刃を受け流してしまっている。
「先輩、攻撃が単調になっています」
 ノエルは見兼ねて口を出した。
 レジェナの攻撃は、ほとんどが斜め上からの袈裟懸けと逆袈裟だけになってしまっている。イシュタのような小さい相手には、もっともかわしやすい太刀筋だ。
「悪魔は、脇も足元も空いています」
「あ……ああ」
 レジェナは口ではそう応えるが、相変わらず同じように上段ばかりを狙い続けている。同じでないのは、レジェナの顔と剣に動揺が見られること。
 イシュタがにやりと笑い、無造作にバトンを高く掲げた。当然、頭も腹も無防備になる。
――キンッ、キンッ、キンッ
 レジェナの剣は、それでもバトンを叩きつづけた。
「先輩?」
「なっ……」
 一旦飛び下がって、レジェナは正眼に構える。その手足は小刻みに震えている。
「身体が、思うように動かない……」
「血だよ。血は銀より強力な魔力の媒体だ。俺が銀貨を魔術の媒体にしたように、イシュタは自分の血を媒体にして、その女の身体を操っているのさ。戦闘中の剣士には身体が勝手に動くってのは当たり前のことだろうから、気づいた時には身体の主導権を完全に奪われていた、と」
 聞いてもいないのに、アレクが偉そうに解説する。
 ノエルにはその口調が不愉快だった。なにが『操っているのさ』だ。そんな語尾をつけて喋る男がどこにいる。
「そう簡単でもなかったがな。始めはわざと上手く攻めさせる必要もあった」
 イシュタは傷だらけの右腕を振って見せながら、レジェナのすぐ目の前に立つ。
「うっ……ぐうっ……、やあっ、やあっ、やあっ」
「無駄だ。今のおまえの身体は余の支配下にある」
 レジェナの腕がゆっくりと、剣を自分の首筋に当てる。
「殺すならさっさと殺せっ」
「そんなことはせん。おまえたちには、教会に捕われている者を助け出すのに協力してもらうつもりなのだ。余の右目を射抜いたマヤが、余に仕える巫女となったようにな」
 あの巫女も操られていたのか。
 信じていたこの外道に玩ばれ、姉のように慕っていたセアラを欺くことを強要されたのか。
 許さない、絶対に殺してやる。
 ノエルはナイフを強く握りながら呪詛を吐く。
「人倫に悖る鬼畜め、神罰が下ると知るがいい」
「神罰? はははっ、力を求めるなら実効のあるモノに願わなきゃ。悪魔とかな」
 優越感に満ちた視線がノエルをねめつけた。
「イシュタ、そっちの姉ちゃんを先にやってくれ。こいつに、その姉ちゃんが堕ちるところを見せつけたい」
「アレクサンドルの言うようにしてみよう。レジェナ・バルカ、準備はよいかな」
「やってみろよ。その代わり、ノエルに手を出すな。オレはぜってえてめえらになんか従わねえッ。身体を自由にしたからって、心まで自由にできると思うなよ」
「よい返事だ。それに、面白いことを言う。
 『身体を自由にしたからって、心までは自由にできると思うなよ』か。
 試してみるか? その肉体を操るだけで、貴様を屈服させてみせようじゃないか」
 イシュタは自信ありげに胸をそらした。

「さて、まずはその剣を捨ててもらおうか」
――パチン
 イシュタが、見せつけるように指を弾く。
「くぅっ…… んんっ……」
 干渉に必死に抵抗しているのだろう、レジェナの両腕が筋肉の形を映し出し、ぶるぶると震える。口は真一文字に噛み締められ、額から頬にかけては脂汗がたれている。
 剣は戦士の命だ。捨てるわけにはいかない。
「先輩、頑張ってください」
 ノエルにできるのは声を張り上げることだけだ。
「ぐ…ん…むうぅ……… んはああっ」
 妙に色っぽい声をあげ、レジェナの身体から力が抜ける。
 剣は力なく放り投げられ、石の路面に当たって跳ねた。
「脇から腰にかけて性的快感を味わわせてやったのだが、気持ち良かったかな?」
「ひ、卑怯だぞっ」
「感覚神経も肉体のうちだろう。さあ、次は鎧だ」
 今度はろくに抵抗することなく、レジェナの手が各部の防具を外していく。手甲、小手、脛当て、そして鎧も、ベルトを緩めて頭や腕を通す。
 軽装のノエルと違い、レジェナは鎧の下にチェイン・メイルを着ていた。じゃらじゃらと音を立てるそれを、ゆっくりとめくり上げていく。
「くうっっ、胸にっ、胸にこすれるっ、んぐうっ」
 性的感覚を極限まで高められた豊満な胸を、下着越しにこすっていくざらざらの鉄の感触を、レジェナは堪えようとする。
「くくくくくっ」
 イシュタは何度も、同じ行為を繰り返させた。
「んんっ、んむっ、んあっ、ぁあっ、ああっ……」
 自分の手によってチェイン・メイルが上下するたびに、レジェナはだんだんと彼女らしくない甲高い声をあげるようになる。
「あぁんっ、ぁはっ、はっ、はあっ、はああんっ、はあ、はあ、はあ」
 ようやく往復運動から解放されたレジェナの褐色の肌は、赤く上気して、汗でぐっしょりと濡れていた。
 6フィート10インチ(177センチ)という身長と、戦士の証明である筋肉や傷痕のために、一見すると男性的な印象があるレジェナだが、現在(いま)は鎧を解かれて強烈に存在を主張しているはち切れんばかりの豊かな胸や、力強さとしなやかさを併せ持つ腰や脚のラインなど、見る者が見れば女らしい要素を見出すことはできる。
 顔も、左目の下から頬にかけて薄く刀傷の跡が入っているが、つくり自体は悪くない。蒼みがかった黒髪を視界に入らないように跳ね上げている焦茶色のバンダナは、濃い目に入れた紅茶の色の肌とよく合っている。意志の強さをうかがわせる、髪と同色の太い眉は、今は切なげにひそめられ、うるんだ漆黒の瞳とともに、崩れた強者特有の倒錯感をかもし出し、カタルシスのような感情を触発する。
「はあっ、はあっ、はあっ、次はなにをする気だ?」
 荒く息をつきながら、レジェナは言った。
「それは早くしろという催促かな?」
「馬鹿を言うな」
「下着の上からであれほど喘いでいたのだ、直接触ればどれほど感じることだろうな」
 レジェナの右手が、白い飾り気のない下着を剥ぎ取った。
 露出した胸は、日々の訓練に鍛えられた筋肉によって支えられ、垂れ下がることなく、勃起した乳首と大きく広がった乳輪を正面につんと突き出している。
「淫らな胸だな。まるで触られるのを待っているようだ」
 イシュタは、自分の顔と同じぐらいの高さにあるレジェナの胸に、ふうっと息を吹きかけた。
「ひあぁっ」
「切なかろう、もどかしかろう。
 だが、余はおまえの身体を操りはせん。おまえが胸に触れる時は、おまえの意志で触るのだ」
「するものかっ、そんなこと……」
 レジェナは両手を堅く握って、腕を真下に下ろした。
 意志を強く持ち直して、イシュタをキッとにらみつける。
「ほう、立て直したか、たいしたものだ。が、何分持つかな」
――コツコツコツコツ
 イシュタは足で、きっかり分あたり60回のリズムを刻む。
「……………30秒……………1分………」
 1分を過ぎたあたりで、レジェナの身体がふらふらと揺れ出す。
 視線がときどき、胸や手にいくようになる。
「……90秒………………2分……」
 両腕を少し前に出して、二の腕で疼く胸を挟み刺激するような仕草を示す。
 もはや顔は完全に伏せてしまい、辛そうに息を吐いている。
「………150秒………」
 レジェナの右手が、ゆっくりと上がっていく。
「違うっ、オレじゃないっ! あいつが、あいつがやっているんだっ」
「……3分」
 レジェナの右手が、ついに乳房に触れる。
「んっはあああっ」
 鼻にかかった喘ぎ声をあげ、レジェナの身体が大きく仰け反る。
 それからは、なんの抑制も効かなかった。
 左手も加わり、両手を交差させて、荒々しく胸を揉みしだく。
 指や掌が力を加えるままに、メロンほどある胸肉が、自在に形を変えていく。
「んああっ、ああっ、んっ、あっ、ああっ、いいっ、いいっ、あああっ」
 乳房をつかんで無理矢理に持ち上げ、自分の乳首を舐め、吸いつく。
「ちゅっ、ちゅぷっ、ちゅぱっ、れろれろれろれろ……」
「………450秒………………8分。5分も悶えれば満足だろう。そろそろイッてしまえ」
「ぁ…ぁ…ぁああああっ」
 レジェナの身体が激しく痙攣し、腰が抜けたみたいに崩れ落ちた。
「ああ………」
 胸を両腕で抱きながら、半ば虚ろな目をして、レジェナは膝をつく。
「さあ、レジェナ・バルカ。余のために働いてくれる気になったかな」
 その言葉に、呆然としていたノエルが先に正気に返る。
「先輩っ」
「……ノエル……」
「気持ちを強く持ってください、悪魔なんかに負けないで」
 レジェナの目に、多少なりとも光が戻ってくる。
「…オレは……悪魔なんかに屈しない…」
「なかなかしぶといな。立て」
 レジェナの身体が、意志に関わりなく立ち上がる。
「そろそろ全裸になってもらおう。どのみち、下着などもう役には立っておるまい」
 しとどに濡れた下着から溢れ出した愛液は、内股を伝って足元に大きな染みを作っている。
 レジェナの手はショーツを下ろすと、秘裂に指をかけ左右に開いた。
「外は結構使い込んでいるわりに、中はきれいなピンク色ではないか。自慰行為が好きなようだな。それとも、レズか?」
「オレに…釣り合う男がいなかっただけだ…… あんなガキとヤるのなんか絶対御免だぜ」
 ノエルは、レジェナが死んだ冒険者時代のパートナーに操を立てているという噂を、聞いたことがあった。それと同じぐらい、レズ説も有力だが。
「すぐにその言葉を後悔することになるぞ。
 まずはアレクサンドルに、おまえのヴァギナを存分に見てもらえ」
 レジェナは秘所を開いたまま、アレクの正面まで歩かされた。
「俺とやるのは絶対御免だって?」
 アレクはレジェナの秘所を覗き込みながら、中指をぐっと突き立てる。
「これでもか?」
――ずぶり
 開かれた秘所に、その指を奥まで差し入れる。
「ひあううっ……あっ……あっ……あっ……あっ……」
 アレクは中指をこれ見よがしに上下に動かす。
「これでも、俺のものが欲しくないか?」
「…あ……あ…い…いやだ……ああんっ…」
 拒絶の言葉を吐きながらも、身体は確かにアレクの責めを受け入れている。
 じゅっぽじゅっぽという卑猥な水音に合わせて、腰がくねくねとくねる。
「アレクサンドル、そのあたりにしてやれ。『身体を操るだけで』という条件なのだ」
「ああ。後で楽しませてもらうぜ」
 ノエルの方へ行くために振り向いたレジェナの尻を、アレクはぺしぺしと叩いた。
「ひいっ……」
 今のレジェナの身体は、その行為にも過敏に反応してしまう。
「……ノエル………」
 レジェナがノエルの正面に立つと、噎せ返るような女の匂いが、ノエルの嗅覚を刺激した。
 近くで見るレジェナは、疲労と消耗の色が濃い。
「先輩、負けないでください」
 ノエルは、手にしたナイフをレジェナにだけ見せる。
 まだ、チャンスはあります。耐えれば、あの外道魔術師を殺す機会はきっとあります。契約者を失えば、悪魔の力もずっと弱まるはずです。
 レジェナは小さく頷いた。
 イシュタもアレクも、ナイフには気づいていない。
「さあ、レジェナ・バルカ。おまえのだらしない姿を、その後輩に見せてやるのだ」
 レジェナの右手は、指で愛液を掬い取ると、それを尿道口に塗りたくるようにしてさすり始めた。
「ああっ、そこはっ、違うっ」
「……違う? ならば、どこが正しいと思ったのだ? ここか? それともここか?」
 イシュタはレジェナの右手に、膣口と菊座を撫でさせた。
「そのどちらでもない。余は、おまえのそこに用がある」
 再び、右手が尿道口をなでる。
「…まさか……」
 レジェナの顔から血の気が引く。
「そのまさかだ。後輩の前で、はしたなく尿を漏らせ」
「……くそっ……汚ねえぞ………」
「なんだ、快感だけを与えてもられると思っていたのか?
 逆らう者には鞭をくれてやらねばなるまい。こうだ」
 イシュタがパチンと指を鳴らす。
「……うああっ……」
 せまる尿意を無理に堪えたせいで、レジェナの身体に鳥肌が立つ。
「…ん…ぐ……ノ…ノエル……よけてくれ……」
「だ、ダメなんです。靴が地面から離れなくて」
 ブーツを地面に固定されたノエルにできるのは、腰から上の位置ををずらすことだけだ。
「余には縁のないものだが、排出欲は人間のもっとも強力な欲求だそうだ。淫欲に耐えられなかった者に、耐えられるわけがない」
「…ううっ……ノエル……すまない…あぁぁぁ……」
 レジェナから迸る黄金色の液体が、ノエルの太腿から膝のあたりに振りかかった。
――じょぼじょぼじょぼじょぼじょぼー
 大部分は地面に湯気の立つ小さな池を作り、一部はノエルの細い脚を伝ってブーツにまで染み込む。ぐっしょりと生暖かい感触に、ノエルは顔をしかめた。
「せ…先輩………」
「ああ………あああ………」
 レジェナは、合わせる顔もないというように俯いてしまった。
「はははは。休む暇など与えんぞ。
 次はお待ちかねのヴァギナだ。胸の時と同じように、おまえの両手を自由にしてやる。存分に触って悶えるといい」
「あ…あれは……てめえが身体を操っただけ……じゃないか……」
 反論が、はじめとは比べ物にならないほど弱々しい。
――コツコツコツコツ
 イシュタは再び、足で分あたり60回のリズムを刻む。
 すぐに、レジェナは愛液にまみれた股を、もじもじと擦り合わせ始めた。愛液がくちゅくちゅといやらしい音を立てる。
「……先輩……悪魔などに…負けてしまうのですか?」
 ノエルの縋るような言葉にも、レジェナは応えることができない。
「……………30秒……」
「…手……手が…勝手に………」
 レジェナの手が、震えながら股間に近づいていく。
「先輩?」
「悪魔が…オレの手を操って………ひああっ」
 いきなり、レジェナは指を2本、深々と挿入した。
「……1分…いや、もう宣告する必要はないな」
 ――ぐちゅぐちゅぐちゅ
 レジェナは激しく膣内をまさぐる。
「あああっ、んあっ、あはんっ、はあっ、はぅんっ、あっ、あはぁっ、はぁっ………」
「耐えてください。身体を自由にしたからって、心までは自由にできないって言ったじゃないですか」
 呼びかけるノエルから、レジェナはやましげに目を背ける。
「あっ、あはっ、あんっ、はあんっ、はぇっ、あっ……」
「無駄だ、小娘。おまえに尿をかけた時点で、既にあの女の心は折れている。
 女陰に触れたのは、それにいま快楽を貪っているのも、あの女自身の意志によるものだ。胸の時は、余が干渉してやらせたのだがな」
 嘘だ、とはノエルにも言えなかった。
 レジェナは、完全に肉欲に溺れてしまっている。
 黒い瞳は意志の光を失い情欲に濁っている。絶えず喘ぎ声をあげる口からは、赤い舌がちらちらとのぞき、垂れ流された涎が顎から滴っている。膣の奥まで挿入された指が蠢くたびに、くびれた腰がいやらしくくねり、豊満な乳房がゆさゆさと揺れる。
「あはあんっ、いいっ、気持ちいいっ、気持ちいいのぉっ、胸も、胸もぉっ」
 レジェナの左手が胸に移る。掌いっぱいに溜まった蜜を、乳房をこねるようにしながら塗り付けていく。半透明の愛液をまとった巨大な褐色の胸が、形を変えるたびに月光にてらてらと光る。
「絶頂を味合わせてやろうか?」
「ぁあ、ぜ…絶頂? ぁ、ぃ、イク? イキたい、頼む、してくれっ、イカせてくれ」
――パチン
 イシュタが指を鳴らすと、レジェナの身体ががくがくと震えた。
「あうっ、ぁ、あ、あ、あ、あああああっ」
 叫び声とともに、潮吹きの白濁液がノエルの服にかかる。
「あうっ、いいっ、いいっ、もっと、もっとぉ……」
 イカされたッたばかりだというのに、レジェナは自慰の手を休めない。
――パチン、パチン、パチン
「あふうううううんっ、ぃいっ、ぃいいいっ、あはああああんっ」
 絶え間なく続く絶頂の快感に、レジェナはケダモノの様に吼え続ける。その顔に浮かんでいるのは、純然たる喜悦だ。
「そろそろ終わりにするか」
「ぁ…あ? ふぇ? な、なんで?」
 レジェナが、いきなり情けない声をあげ動揺を示す。両手は、今までより強く身体をかきむしっているが、快感を表わす反応はほとんどない。
「快楽の増幅を解いた。今、おまえが感じているのが、普通の人間にも感じられる、通り一遍の快感だ」
「や…やだ、足りねえ、ぜんぜん足りねえよ。元に、元に戻してくれようっ」
「悪魔に屈するというのか」
「ああ、そうだ、そうだっ」
「『身体を自由にしたからって、心までは自由にできると思うなよ』などと言っておったが」
「オレが間違ってたっ、正しいのはあんただ。斬りつけたことも謝る。オレが悪かった」
「神の教えはどうした?」
「か、神なんか知ったことか、は、早く、早く、早く戻してくれ」
「仲間が見てるぞ」
「ノエル? 構わねえ、構わねえよ、どうでもいいだろ、そんなことは……」
「そいつを殺せばイかせてやると言ったら?」
 イシュタは顎でノエルを指し示した。
「殺すッ。この疼きさえ収まるならなんでもするッ」
 すーっと、イシュタの目が細くなる。
「やってみろ」
「そ、そんな、やめてっ、やめてくださいっ、きゃあっ」
 レジェナは、地面に転がっていた、自分のバスタード・ソードを握る。
 胸元に構えて突きの態勢。躊躇うような影は欠片もなく、その目は殺気が篭もっていた。
 地面を踏み抜くほど、深く踏み込む。一瞬の後には、剣先が心臓のすぐ目の前で止まっていた。
 レジェナが止めたのではない。イシュタが身体に干渉して途中で止めさせたのだ。
 その証拠に、レジェナは、奥歯を噛み締め、顔を真っ赤にして、ノエルの心臓に剣を突き刺そうとしている。
「やめろ」
 イシュタが命じると、レジェナは剣を捨て、またすぐに胸と股を触り始める。
「余に従うか?」
「従うっ、従いますっ」
「誰にだ」
「あ…悪魔」
「違うっ」
 イシュタが大声を張り上げた。
「余の名はイシュティア。これから、おまえにとっては悪魔ではない。唯一絶対の神だ」
「はいっ。神様っ、オレは神様に従いますっ」
「よかろう」
 イシュタが背伸びにして、レジェナの額に左手を当てた。
 肉眼で見えるほどの魔力の流れが、レジェナの脳に伝っていく。
 それと同時に、レジェナの肉体が、これまでで最高のエクスタシーに悶える。
「あっ、あっ、神様、神様あああああぁぁぁっ」
 レジェナの口から溢れる、絶叫という表現の方が近い喘ぎ声は、まるで彼女の魂が壊れる音のようだった。
 腰から背中にかけてが弓を引き絞るように海老反りになり、開いた姿勢で固定されていた足がバランスを崩し転倒する。自身の汗や愛液や尿の池の上に仰向けに転がったまま、レジェナの身体はぴくぴくと震え、巨大な胸が激しく揺れる。
 イシュタは馬乗りになり、その胸を膝や大腿で玩びながら、レジェナに暗示を与える。
「おまえは今日から、余に従うことを最大の悦びとするがよい」
「は…はい…… 神様に従うことが最大の悦び……」
 レジェナは虚ろな声で答える。
「アレクサンドル・フィクスは余の契約者だ。神の名において、この者をおまえの主と定める」
「はい……、フィクス様は…神様の契約者……、オレの…主……」
「アレクサンドルの命を、余の命と心得、命ある限り隷属せよ」
「はい……、…フィクス様の…命…令は……神様の…命令と…同じ……、…命ある限り…隷属します……」
「さあ、目を醒ませ、そして生まれ変われ、レジェナ・バルカ」
 イシュタがレジェナの身体の上から下りると、レジェナはゆっくりと起き上がり始めた。

 立ち上がったレジェナは、もはやノエルの知っている“先輩”ではなかった。
 外見はなにも変わっていないはずなのに、突き出した胸が、くびれた腰が、しなやかな足が、匂い立つような雌の空気をかもし出している。虚ろだった瞳には新たに狂信と忠誠の光が宿り、顔に媚びを浮かべたまま、ピンク色の唇を時折艶かしく舐めている。
 馴れない口調に手間取りながら、レジェナは従属の台詞を口にする。
「神様、フィクス様、オレ…私は、ああ、御二方に服従します…いたします。どうぞなんでも命令してください」
「余はもう十分楽しんだ。レジェナ、おまえの強い意志に感謝するぞ。並の女なら、余は存分に楽しめなかっただろうからな」
「あ…ああ……、…うれしい……」
 イシュタに褒められ、レジェナはうっとりと喜びに浸る。
「レジェナ、俺になにか言うことはないか」
 アレクはノエルの方をちらりと見てから、レジェナに声を掛ける。
 レジェナを支配したことを見せつけようとしているのだ。
 キミもすぐにそうなるよ。
 なんという傲慢さ、なんという陰湿さ。
 ノエルは怒りと憎しみで湧き上がる恐怖を抑え込みつつ。隠したナイフの感触を確かめる。今は好きなだけ思い上がるがいい。調子に乗って近づいてきたら、確実に殺してやる。
 アレクが意図した通り、レジェナは跪き床に額をついて忠誠を示す。
「フィクス様…… さっきの身の程知らずな暴言、たいへん申し訳ありませんでした。どうか許してください」
「『あのガキとヤるのは絶対御免』だっけか? 今はどう思っている?」
「セックスしたいです。あらゆる命令、あらゆる行為を、心から待ち望んでいます」
 アレクはレジェナを立たせ、その胸を両手でこね回した。愛撫とも言えない、一方的に感触を楽しむだけの手つきにも、レジェナは歓喜に打ち震える。
「でかい胸だな」
「あぁっ、はい……、鎧の…採寸の時は……、あっ、42インチ(107cm)っ、でした」
「42インチの爆乳が、俺のモノになるわけだ」
「はいっ…… 胸も、おまんこも、全てフィクス様のものですっ……」
「パイズリって、知っているか」
「はい」
「やってみろ」
「失礼します」
 レジェナはアレクの足元にかがみ込み、ズボンからそそり立ったペニスを取り出した。
「ああっ……」
 感極まって声をあげ、先端に荒々しく口づける。
 はじめから極限まで勃起していたように見えたそれが、口での愛撫にさらに高々と屹立する。
――ちゅっ、ちゅぷっ、ちゅくっ
 レジェナは、激しくむしゃぶりつきながら、内股に溢れている愛液を、ペニスと自身の胸に塗りたくっていく。
 その両方が油のようにつやめく液体に包まれると、レジェナは両の胸を左右からつかんで持ち上げた。
 愛液を潤滑油代わりにして、アレクのペニスがレジェナの胸の間に呑み込まれていく。
――じゅる、じゅるじゅる
 レジェナは、胸をペニスにこすりつけながら、褐色の胸の間からのぞく毒々しい黒ずんだピンク色の亀頭に舌を絡める。
「はむんっ。いいっ、フィクス様のちんぽ、おいしい…」
 全身を大きく動かし献身的に奉仕するレジェナを、アレクは胸をそらしたまま冷然と見下ろす。
「満足していますか?」
 レジェナの不安げな問いにも、「ああ」と低い声で答えるだけだ。
 くっ。
 ノエルには、それがレジェナに一層の行為を強い、ノエルを挑発する演技であるとわかっている。なのに、2人とも、みすみすその手の上で踊らされている。
 レジェナの息が大きく荒くなってきた頃、ようやくアレクは腰を動かしだした。
 始めはゆっくりと、けれどすぐにレジェナの頭を押さえて大きく深く。
「あっ、ぐぅっ、フィクス様、すごい、はげしいっ」
 喉の奥にペニスを突き立てられ、レジェナは喘ぐ。
「出すぞ」
 アレクは宣言して、ペニスを口の中から引き抜いた。
――どぴゅっ、どぴゅっ、どぴゅっ
 白く濁った液体が、レジェナの顔面を汚していく。胸や髪にも、少なからぬ量の精液がこびりつく。それと、卵の腐ったような臭い。
「フィクス様……、後始末を、させてください」
 レジェナは自分のことは全く気にかけず、アレクのペニスについた精液を、ぴちゃぴちゃと音を立てて舐め取る。
 アレクはノエルの方を向き、陽気な口調で「次はキミだよ」と言った。

「ふん、怯えて泣き叫んだりしないんだな。ヴェルネもいい部下持ってる」
 魔術で作った壁の陰から、アレクはひょいひょいと出てきた。
 ようやく来たか。今まで溜め込んできた怒りと憎しみを視線に込めて、ノエルはアレクをにらみつける。
「そんなににらまなくてもいいのに。後で謝るのが辛いだけだぜ」
 もう勝ったつもりでいるらしい。無造作な足取りで近づいてくる。
 既に狙うところはシミュレートしてあった。ナイフの刃を横にして、肋骨の間から心臓か肺を一突き。脳と心肺の損傷は魔術でもまず治せない。悪魔や、あのかわいそうな巫女の子が、なにをしたとしても。
「危ないっ」
 レジェナがノエルとアレクの間に割り込んできた。
「この女はナイフを隠し持っています」
 レジェナの目はノエルを敵として見ていた。力強い手で手首をつかむと、きりきりと背中側に締め上げてくる。
「レジェナ、助かったよ」
「いいえ。すみません、フィクス様を危険な目に合わせてしまいました」
 レジェナはノエルの背後に回り込んで、両腕の関節を極めた。
 精液に塗れた胸が、背中に強く押し付けられる。
 ナイフだけは必死につかんでいたが、アレクが呪文を唱えると、急に手から力が抜けて、奪い取られてしまう。
「例の、『解錠』の呪文だ」
 鬱陶しい解説に、毒づく気力も湧いてこない。
 ……これまでか。
 ノエルは前歯で舌を噛み切ろうとした。
 口の中に唐突な異物感。
「ああ、畜生。今日は俺の左手、厄日だ」
 左手の指を2本、ノエルの口の中に押し込んで、アレクがぼやいていた。
「自殺なんてさせないぜ。キミは俺のモノになるんだ。マヤちゃんみたいにかわいくて霊力持ってるわけでも、レジェナみたいにグラマーで剣の腕が立つわけでもないから、捕まえて役に立つかはわからないけどね」
 こんな奴の手に落ちるものか。
 ノエルは全身全霊を込め、アレクの指を噛み千切ろうとした。
 しかし、咄嗟に指を2本入れてきたところがアレクの狡猾さだ。血が流れ、肉は裂けても、骨を断ち切るところまではいかない。
 口の中が、血の味でいっぱいになる。
「血は銀よりも有効な魔力の媒体だと言ったはずだ」
 ノエルは口の中の血を吐き出そうとした。
 けれど、手足を束縛され、口に指を突っ込まれていては、それも思うに任せられない。
 アレクは痛みに顔をしかめながら、右手で呪文書を開き、詠み上げる。
反転
 詠唱の最後、呪文名の宣告が耳に響いた。
 身体から力が抜ける。全身の拘束が解かれ、ノエルはその場に崩れ落ちた。
「あ……ああ……うう…… な、なにをっ」
 アレクを見上げる。その視線には精一杯の敵意を篭めたつもりだったが、すぐにそれは薄らいで、瞳は熱っぽく潤んでいくのが自分でもわかる。
「キミの感情を逆転させてもらった。俺への憎しみは愛に、敵意は忠誠に変わる。今は混乱しているようだが、じきに新しい自分になれるだろう」
 さっきまでのふざけたものとは違う、重みのある口調でアレクが語りかける。
「愛……、これが愛だと……」
 ノエルは目をそらして、床を叩く。
 これまでのアレクのバカにするような態度を思い出し、怒りを呼び起こそうとする。けれど、湧き上がってくるのは、なぜだか分からない喜び。
 違う、私に被虐趣味などない。だいいち、あれは、反転の魔術のための演技じゃないか。あいつの……あの人の、本意ではない。
 いつのまにか、アレクを弁護するようなことを考えていることにはっとする。
「こんな魔術など。私は、街の護り手。団長、隊長……」
 ノエルは部隊のことを思い出そうとした。
 自警団の団長は、兵卒から帝国の連隊副司令官(Lieutenant-colonel)まで出世した歴戦の勇士だ。軍を退いた今は適切な指揮で自警団を支えている。けれど、鎧を脱げば、ただの腹の出た中年親父だ。金遣いが荒く、妾を囲い、愛人を持ち――ああ、考えるのはやめにしよう。
 小隊長――セアラ・ヴェルネ。頭の回転が早く、いつも部下が安全に効率よく仕事ができるよう知恵を巡らせている。重傷を負って仕事を休んでいた時には、毎日、夜勤明けであっても、病室に癒しの呪文を唱えに来てくれた。隊長の役目は指揮を取ることなのだから、剣術や弓術の訓練に参加しないことに、不満などは持たない――つもりだ。能無しの司教がいらぬ仕事を押しつけてきた時に、そうされると私たちが逆らえないのを承知で、済まなそうにしながら「お願いします」と言うことも。
 先輩――レジェナ・バルカ。剣の腕では男女合わせてもこの街で五指に入る、優秀な戦士(ファイター)だ。戦闘時には常に先頭で戦い、訓練時には厳しいが適確な指導をしてくれる、頼れる先輩剣士。そんな彼女が、悪魔の力と肉欲に屈して、さっきはアレクに娼婦のように身体を差し出し、今もノエルを堕とすためことに協力している。嫌悪など欠片も無く、どんな任務よりも熱心に、献身的に、まるで真に仕えるべき相手を見出したかのように――
 羨ま…しい。私も、同じように…… え? 私はなにを考えている?
「ノエル、無駄な抵抗はやめろ。おとなしくフィクス様に従え」
 混乱してしまったノエルは、頭のどこかでおかしいと思いながらも、レジェナの言葉を受け入れてしまう。
「はい、先輩……」
「心をフィクス様に明け渡せ。なにも考えなくていい。支配される悦びに身を任せるんだ」
 抵抗を止めると、心が急に軽くなった。
 再び、アレクを見上げる。
 怒りから変わった喜びが、憎しみから変わった愛が、軽蔑から変わった敬意が、敵意から変わった忠誠が、胸の中に溢れる。同時に、今までの生意気な言動に、指に怪我までさせてしまったことに、耐え難いほどの罪悪感を感じた。なんて畏れ多いことを。あの方は、なにを仰るだろうか。
「ノエル」
 名前を呼ばれただけで、胸が震えた。
「はい」
 上ずった声でノエルは返答する。言い訳はしない、できない。何を言われようとも受け入れるだけだ。
「フルネームは?」
「ノエル・ランフォールといいます」
「俺に忠誠を誓ってくれるな?」
「誓います。お許しさえいただければ、私は貴方様に一生お仕えいたします」
「いいだろう。キミ……いや、おまえは俺の下僕(しもべ)だ。命令には絶対服従し、命令が無い時でも常に俺の利益のみを考えて行動しろ。そうしている限り、おまえは完全な心の平安と、最高の充実感を得ることができる」
「ありがとうございます、御主人様」
 絶対服従、常に御主人様の利益のみを考えて――
 その言葉のために、ノエルは忠誠以外の全てのものを捨て去った。自分には、巫女(マヤ)や先輩(レジェナ)のような魅力や能力はなく、忠誠を尽くすことでしか、御主人様の役に立つことはできないのだから。
「御主人様。よろしければ、左手の御怪我の手当てをさせていただけないでしょうか」
 差し出された手に、ノエルは丹念に傷薬を塗り包帯を巻いていく。
 応急処置を受けながら、アレクは2人のしもべに命令する。
「レジェナ、顔を拭って鎧をつけておけ。ノエルも終わり次第すぐに装備を整えろ。
 二人とも、さっそく働いてもらうぞ。相手は、おまえたちのさっきまでのお仲間だ」
「了解です、フィクス様」
「御主人様の仰せのままに」
 アレクにかしずく2人の女を眺めながら、イシュタは満足げに呟く。
「奴隷はやはりこうでなくては」
「まあな。道具に使うならこういう方が便利でいい」
 アレクはそっけなく答えた。



−8−


 神社へ帰る途中、護衛という名目でついてきたノエルから、マヤはその話を聞いた。
「やな人モード全開ですね」
 アレクの所業について、マヤは呆れを隠さず言い切る。
「御主人様に評価を加えるような発言はいたしかねます」
「あはは、それは言ってるのと同じですよぉ」
「失礼ですが、アヤノコージ様。その認識には誤りがあります。
 私は御主人様のお言葉・お振る舞いに対して、否定的な認識を持つことはありません。
 御主人様は、私に憎悪と軽蔑の感情を持たせるために、そうされたのではないでしょうか」
 ノエルは回想を語る間と同じように、一切の感情を消し去った、軍人と奴隷の中間のような口調で話している。
「そうかなぁ? アレクさん、きっとああいうの好きだと思いますよ。
 わたしの前では、あまり、そういうところ見せてくれませんけど」
「それは御主人様が、アヤノコージ様を大切にされているためだと考えられますが」
「わかってます。でも、そういうふうに大切にされるのは、ちょっとイヤです」
 マヤは唇を尖らせた。
「それから、そのアヤノコージ様っての、止めにしません? 響きがあまりよくないですし、なんだかこそばゆいです」
「では、マヤ様でよろしいでしょうか」
「呼び捨て、ちゃん付け、せめてさん付け。……それだとノエルさんが気まずいですよね。なら、マヤ様で、いいです」
 マヤ様と呼ばれることに抵抗はあまりなかった。
 救貧事業に努める彼女は、本人の固辞にも関わらず、一部でそう呼ばれている。正直、誇らしくないこともない。
 それに、“マヤさん”を強要して、なにか言われたらかわいそうだ。心を操られて、仲間を裏切って、もうアレクの下僕(しもべ)として生きるしかないのに。
「話の続きは、アレクさんから聞きますね。ノエルさんも、話しにくいでしょうし」
「御主人様の御命令を果たしたこと、御主人様の敵を倒したこと、いずれも私にとって誇らしく喜ばしいことであり、お話しすることを厭う理由など何もありません」
 ノエルの表情や声色には、その言葉には反する要素はなにもなかった。
「わたしが、気にします」
 マヤには、それしか言えなかった。
 ノエルは、なにも答えなかった。



−9−


 教会の入り口は、容易に制圧することができた。
 レジェナとノエルに対して取った作戦の焼き直し。レジェナが話しかけている間に、イシュタが眠れという念を送る。2人の自警団員はなにも気づかぬままに、易々と眠り込んでしまう。
「余はここに残ればよいのだな」
「ああ」
 人間は騙せても、意志を持たない結界は騙せない。警報など鳴らされぬように、イシュタは門前で待機だ。
「戦果をお待ちください」
 レジェナはイシュタに、額に手を当てる軍隊風の敬礼を行う。
 アレクも似たような仕草をしたが、これは単に手をかざしただけだ。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
 アレクは2人の下僕(しもべ)を先に立たせて、教会内に踏み込んだ。

 入ったところから見えたのは3人だった。
 通信魔術(テレパス)使いでもある神父、青年戦士、少し離れて斧使いのおっさん。
「バルカ、なにかあったか?」
 斧使いがレジェナに親しげに呼びかける。
「神父に用がある」
 レジェナは早足で神父に歩み寄り、何気なく装って手をのばす。
「どうしました?」
 全く無警戒の神父の首に、レジェナは普通の女性の太股ほどもある腕を回す。
「ぐうっ…… あ…ああ……」
 血管を止められ、たちまち神父の顔が鬱血する。気道を潰され、舌が口から飛び出す。しかし、レジェナの意図はそんなものではなかった。
――ごぎっ
 神父の首が、あり得ない方向に曲がる。即死だ。
「なっ――」
 やっと声をあげた斧使いが、全身から血を吹き出して倒れた。
 アレクの持つ唯一の正当派な攻撃呪文、かまいたち。手を使わなくてもロープが切れて便利、などといういい加減な意図で組んだ呪文だったが、悪魔と契約して魔力の底が上がったアレクが全力で唱えると、数十・数百の真空の刃が、対象をずたずたに切り刻んでしまった。本当は殺すつもりはなかったのだが。
「ノエル、そいつは生かしておけ」
「はい、御主人様」
 最後に残った青年戦士に、ノエルは教科書通りの正眼から、鋼の刃を振り下ろした。
 鎧越しに右の鎖骨を叩き折り、腰当て(スカート)と脛当て(グリーブ)の間から膝を薙ぐ。
「ぐうっ、ノエル、どうして……?」
 傷ついた脚では体重と鎧の重さを支えきれず、崩れ落ちた青年戦士が無意味に問う。
 ノエルは物でも見るような感情のない視線で応えた。
「おにーさん、仲間に裏切られたのがショックかな?」
 あっけらかんとした口調でアレクが言う。
「ショックなことは忘れちゃいましょう。レジェナもノエルもこの教会には来なかった。おにーさんたちを襲ったのは悪魔とモンスター。頚椎骨折に無数の創傷、両方できるとなると、キマイラか。よし、キマイラを連れてきたことにしよう」
「なにを…言っている?」
 アレクは青年戦士の額に指を突き付ける。
Sleep sleeps, dreem dreems
 青年戦士の瞳が、ぼうっと濁り霞んでいく。
 衝撃と混乱と失血で半ば朦朧とした彼の意識は、一瞬で術中に陥ちた。
「現実よりマシな悪夢なら、そっちにしがみ付くのが人間ってもの。
 ノエル、こいつに悪夢を吹き込んでやれ」
「承知いたしました」
 淡々と、ノエルは青年の耳元で言葉を繰り返す。
「襲ったのは悪魔とキマイラ、私たちのことは全て忘れる。襲ったのは悪魔とキマイラ、私たちのことは全て忘れる……」
「じゃ、レジェナ、地下牢へ行こうか。三人倒したから、あと一人のはずだな」
「はい、フィクス様。傭兵あがりの男です」

 男は元々傭兵だった。
 栄達を夢見て村を出て、戦から戦へ渡り歩くうちに目的を見失い、辻強盗や村落の“接収”までするようになった。
 この街を訪れたのは、冒険者気取りの放浪騎士からせしめたサーベルを、歩兵戦に向いた曲刀(シミター)に誂(あつら)え直すためだった。上等の刃金は鋭さと輝きが並の剣とは段違いで、握りの加工も手に吸いつくようだった。鍛冶屋に珍しく言い値を支払って通りに出ると、民兵が捕り物をやっている最中だった。囲まれているのは、傭兵稼業の間に二度三度見かけた、若造の二人組。大した腕ではなかったが、それでも素人に毛の生えた程度の民兵を3人ほど倒していた。試し斬りがてら、報奨金目当てに、男はそいつらを斬った。
 男は、報奨金と少なからぬ手付け金を貰い、自警団と名乗る民兵隊に招かれた。給金自体かなりのものだった上に、盗賊の地下ギルドや非公認の私娼に金や身体を差し出させる副収入があった。なにより、街に雇われている限り、冬でも食い逸れない。最近小隊長になったガキは生意気で煩わしいが、そいつの実家が内々に差し出す金を思えば腹も立たない。むしろ上役は、世間を知らぬ小僧の方が都合がいいこともある。たとえば、捕らえた女を犯すような。
 黒ミサを摘発された13人の囚人のうち、女は2人だった。有力商家の夫人と、病弱そうな小娘。同じ牢に入れられ、互いの脚を鉄鎖で繋がれている。
「あんたも犯りに来たのかい?」
 牢の鍵を開けると、年増が問う。着せられた粗末な服には、精液がこびりついていた。
「先に来た奴がいたようだな」
「粗チンの司教様よ。駄目ね、宗教の連中は。技術(テク)はないし、早漏だし。あんたは違うんでしょう?」
 女は安淫売のような台詞を吐く。淫乱女を装っているが、何百という女を犯してきた男の前ではただの素人演技だ。
「その娘はおまえの子か?」
――こくん
 娘の方が首を縦に振る。
 己の身を犠牲に娘をかばうか。
「そこまで分かっているなら好きにしなさいよ」
 生意気を言う女の頬を、男は拳ではたく。
「ああ、好きにするさ」
「ぐうっ」
 鼻血を吹いた女の髪を掴んで持ち上げつつ、ナイフで麻の囚人服を剥ぐ。女が身をよじったせいで、背中に赤く血の線が走った。あらわになった熟れた身体は、確かに悪魔に願っても維持するだけの価値がある。
「お母さんっ」
 飛びついてきた娘を、腕の一振りで薙ぎ払う。
 娘の身体が一瞬宙に浮き、足かせがピンと張って地面に叩きつけられた。
 男は、前戯もなにもなく、バックから女に肉棒を突き立て、強引に膣穴を押し開く。
「ひ、ひいっ」
「いい締まり具合だ。開発したのは旦那か? そいつも捕らえられていたはずだな」
 男は激しく突き入れながら、下卑た叫び声をあげる。
「おいっ、この女のまんこは最高だぞ! 俺の逸物をぐいぐい締め付けてくらあっ。へっへっ、この女と最後にヤるのは俺様ってわけだ。おい、おっさん、聞こえてるか?」
――ぺしんっ、ぺしんっ
 音をあげて尻を叩く。
 主人の声は聞こえてはこない。
「何も言えないか。おまえの妻の声を聞かせてやるぞ」
 尻の穴を指で抉った。
「あがあっ、い、いやっ、ああっ、あぎゃああっ」
 女は見栄も外聞もなく濁った悲鳴をあげた。
 鎖で繋がれた小娘が、縮こまって耳を塞ぐ。
「やめろ……」
 ほかの牢から声がした。
「おい、旦那、シュルツ商会の大旦那。こいつが犯されてるのは全部おまえの馬鹿さ加減のせいだぜ。魔術師なんぞに引っかかってよぉ、金かけて、手当たり次第に人集めて。密告(サ)されるとは思わなかったのか?」
「ああ、わしが愚かだった、わしが悪かった。だから、妻と娘は助けてくれ。わしにできることならなんでもする」
「馬鹿野郎っ、金のねえ商人になにができる。てめえの汚い尻なんざ用はねえ。黙っててめえの女(スケ)の悲鳴でも聞いてろ」
 男が指を動かし、女が再び泣き叫ぶ。
「ひ、ひぎゃあっ。や…やめて…やめて………、あ、あがああぁっ」
 髪を引っつかんで顔を見る。鼻血を吹き、恐怖に怯えるそのサマは、実に男の好みだった。
 力ずくで女の身体を仰向けにし、柔らかい胸を握りつぶす。
「へっへっ」
 腰を女の股に叩き付けるたびに、女の頭や肩が床に打ち付けられる。
 女は後頭部に手を当てて頭蓋をかばうが、苦悶の色は明らかだ。
――ぱんぱんぱんぱん
「うっ、うっ、うっ、ううっ」
 女の意識が朦朧としてきたことは、膣の締め付けでわかった。手には擦り傷ができ、血が流れ出している。
 男は髪を掴んで女の身体を持ち上げ、駅弁の姿勢を作る。女自身の体重で、逸物が膣内に深く沈み込む。
 虚ろな顔が目の前にある。唇を奪い、舌で口腔内をねぶる。
 半ば失神状態にある女に、男はさらに歪んだ性癖を押しつけた。
 細い首筋に、骨ばった手をかけ、気道を潰す。
 女が口を開き白目を剥く。
 男は構わず、逸物を刺した腰と首に回した手で、女を上下に揺すった。
 1回、2回、3回。
 3回子宮の奥を突き、手を緩める。
「がはっ、げふっ、げふっ……」
 女は激しく噎せ返った。
 ある程度息が整って、怯えるような恨むような目を向けてくると、再び手に力を入れる。
「がはっ、げふっ、げふっ……」
 それを何度も繰り返し、ぐったりとした女の頬を、景気付けに叩いてみる。
――パンパンっ
「なにを……妻になにをしているんだ……!」
 夫の泣き叫ぶ声が聞こえる。
 男は女の身体を腰に抱えたまま、鎖を引いて娘を歩かせ、牢を出た。
 一歩歩くたびに、女がよがり声をあげる。
「くうっ、うぅっ、あぅっ」
 牢内の11人の野郎どもの視線が集まる。
 憎悪、軽蔑、羨望、欲情。その中で、牢の格子を強く握り、目を血走らせている固太りの中年が、女の旦那だろう。薄くなった頭と、型崩れした髭が、いかにも二流商家の旦那だ。
「へっへっ」
 男は再び女の首を絞める。
 舌を出し、無様に歪む女の顔を見て、中年親父がぼろぼろと涙を流す。
「やめてくれ。頼む、お願いだ」
「無様だな。はっはっはっ、はーっはっはっはっ」
 哄笑しながら膣内に射精し、女をボロクズのように投げ捨てた。
「お母さん、お母さん」
 娘が女の身体を揺する。
「がはっ」
 女が血の塊を吐く。
 生きてはいる。死なせるような真似はしない。なにしろ、男はどのぐらいで人が死ぬのかを熟知している。
「おい、小娘。次はおまえだ」
「や…いやぁ……」
 娘が逃げようとして、鎖がぴんと張る。
「やめてくれ。娘はずっと病弱で、ギルドの幼年学校にも上がれなんだ。わしらはあの子の成長だけが楽しみで……」
 親父が愚痴愚痴と呟く。
 他の男どもも、ガキを犯るのには反対らしい。敵意を向ける奴、罵倒する奴、色々だ。
 その中の一人が叫んだ。
「誰かっ、こいつを止めてくれっ、誰かっ!」
 無駄だ。民兵たちは男に対して“理解を示して”いる。あれこれ言ってくるのは、なぜか潔癖なシェルフとかいうじじいと、シスターのセアラ・ヴェルネぐらいのものだ。
 神父も、同様の行為に及んでいる司教を巻き込むことは望むまい。
 そんな予想に反して、声に応じるように、蛍に似た光源が地下牢に入り込んできた。
「俺が言えた義理じゃあないけど、いささかエレガントさに欠けると思いませんかねえ」
 男の聞いたことがない、ガキっぽい声が地下に響いた。

 なにが起こっていたのかは一目で分かった。
 下半身を隆々と屹立させた男、傷ついた全裸の女性、怯える少女。
 それらが、青みがかった魔術の光源に照らされている。
「おい、バルカ。そのガキはなにもんだ?
 おまえはまさかセアラお嬢様みたいな青臭いこと言わないよなあ」
 男はレジェナに呼びかける。
「この方はオレの主だ。2つ目の質問に関しては――」
 レジェナは剣を横にした、おそらくは天井の低いところ向きの構えを取る。
「オレはあんたに文句など言わん。主の命令に従って行動するだけだ」
「そのガキがおまえの主だと? その剣はなんだ? 血迷ったか?」
 男の手が剣を抜こう腰に動き――空を切る。
 下半身、裸。剣はどこだろう。股の間から、なにかぶら下がってはいるが。
「ぷっ」
 牢内のギャラリーから失笑が漏れた。
「殺っちゃえ」
 アレクが一声命じる。
 男は娘の身体をつかんで盾にしようとするが、予想外の抵抗に阻まれた。失神していたはずの母親が、鎖を掴んでいたのだ。
 男にとっては、致命的な判断ミスだった。
――斬ッ
 レジェナの刃が、男の首を跳ね飛ばした。
 生首が天井に当たって娘の近くに落ちる。
「きゃあああああっ」
 娘は目をつぶり悲鳴を上げた。
 アレクは男の頭を蹴っ飛ばし、母娘の足かせを“解錠”の呪文で外してから宣言する。
「やあ、どうもみなさん、こんばんわ。みなさんの召喚した悪魔の遣いの者です。
 このたびは、その悪魔――イシュティアって言うんですがね――の好意により、みなさんを救出するためにやって参りました」
「やったあ……」
「助かったんだあっ」
 地下牢の虜囚たちが歓喜の声をあげる。
「ありがとうございます」
 ぼろぼろに犯された夫人が、子供を抱いて礼を言った。



−10−


 そこまで話して、アレクは一旦台詞を切った。
 マヤは、彼女らしくない沈んだ口調で呟く。
「教会や自警団って、私が思っていたのと違って、立派なところじゃないみたいですね。
 抵抗できない囚人を襲ったり、それを見てみぬフリしたり、それって、最低じゃないですか」
「あの男は、最悪の例だろうから、それを基準にするのはアンフェアだろうけど」
「クビにすることはできたはずでしょう。今回が初めてっていうのじゃなければ」
「ノエル、そこらへんはどうなんだ?」
「あの男の素行に関しては、団内の一部士官には問題視されていました。ヴェルネ隊長など何名かが連名で、解雇を求めたこともあります」
 ノエルは淡々と資料でも読み上げるように答える。
「でも、現にまだ自警団にいたってことは――」
「はい。その提案は却下されました」
「どうして? 犯罪者じゃないですか」
「問題にならない相手を選んでたんだろう。囚人とか、娼婦とか」
「法や正義は、相手によって変わっていいものじゃないと思います」
「ところがこの世界の法や正義は公正じゃないんだ。
 だから、俺は俺の法(LAW)に従い、黒ミサの実行者たちを釈放した」
「悪い人と戦ってるからって、正しいということにはなりません」
 マヤは巫女装束の襟元を整える。
「アレクさん。ノエルさんたちを洗脳したのと、3人の死者を出したのは、避けられないことだったんですか?」
「ん? 一応、配慮はしたつもりだが――」
 軽い調子で答えたアレクは、マヤのさっきまでよりいっそう真剣な視線に射抜かれて口篭もる。
「わたしの目を見て、誓ってください。
 そうしてくれれば、アレクさんは正しいって、信じられますから。
 世界中、敵に回しても、アレクさんのこと好きでいられますから」
 マヤは、アレクが自分の心を好き勝手に弄くれることを知っている。
 アレクは、今すぐにでも、マヤに絶対服従を誓わせることができる。
 それなのに、マヤの意志はアレクを圧倒していた。
 昼、破魔矢を突きつけられた時でさえ、アレクには余裕があったのに、だ。
「ひとつひとつ、説明していくよ」
 アレクはマヤと正面から目を合わせる。
「レジェナとノエルを洗脳したのは、作戦のために必要だったからだ。人選は、趣味に走ったと言われても仕方ないが。
 神父は、殺さなければならなかった。通信魔術(テレパス)で連絡をつけられるわけにはいかなかったから。
 斧使いのおっさんは、殺すつもりはなかった。呪文の威力を読み損ねた俺の手違いだ。
 地下牢の強姦魔については、生かしておく価値があるとは思わなかった」
「わかりました。アレクさんは、最善を尽くしたと思います。真剣に答えてくれて、ありがとうございました」
 マヤはにこりと笑った。
「不安だったんですよ。アレクさん、ちゃんと答えてくれるかなって。都合が悪くなったら、わたしも、ノエルさんみたいな、意志を持たない奴隷にされちゃうんじゃないかなんて、ちょっと疑っちゃいました」
「そんなことしないよ。マヤちゃんは、大事な恋人だって言っただろ」
「……その言葉は嬉しいですけど、ノエルさんや、レジェナさんも、大切にしてあげてください」
 マヤの好意は、他ならぬノエルによって拒絶された。
「私は御主人様にお仕えできるだけで本望です。私などのために、御主人様の貴重なお時間を割いてくださる必要はございません」
「対価を求めず、ただ仕えるのが信仰だって、わたしも教えられました。
 けど、応えてくれない神に仕えるより、アレクさんと一緒にいたいな、褒めてくれたら嬉しいな、なんて思ってる今の方が、ずっと充実してるように思います」
「私などには、勿体無いことです」
 ノエルの口調からは、その本心――そういうものがあるとして、だが――はわからない。
 けれど、マヤはアレクに言った。
「責任取ってくださいね」



−11−


 魔術師を除く12人を、イシュタは鳥に変化させて空に放った。
 アレクは、頭頂部の禿げた鳩の首に、今朝イシュタから貰った金貨をかけてやった。それなりに意義のある偽善ではあるだろう。禿げた鳩と、傷ついた雌鳩と、か弱げな白い子鳩は、よたよたと頼りなげな編隊を組んで、市壁の方へ飛んでいく。
 他の鳥も三々五々と散っていく。
 金・権力・義理・好奇心、それぞれの目的のために黒ミサなんぞに参加したようだが、夢破れたからにはおとなしく退場してもらおう。
 最後に残ったのが、事の発端となった魔術師だ。
 外見年齢は30ほどだが、手や首元の皺の付き具合からして、魔術で延命している長生者(エルダー)の類だろう。普通はローブや手袋で隠せるのだが、麻の囚人服を着せられているせいで見えてしまっている。
 その顔には、魔術師にありがちな倣岸さがにじみ出ていた。少なくとも、自分の失敗を恥じているようには見えない。
「ちょっと外そうか?」
 アレクが言うと、魔術師はこいつはバカかとでも言い出しそうな視線を向けてきた。
「繋ぎにされるとわかっているのか」
「ん? そうなっても仕方ないんじゃない? あんたの方が、魔力や知識は上だろうし」
 魔術師の瞳には、いっそうの軽蔑の念が透けて見える。
 どうやら、勘違いしているようだ。
 アレクは別に年上の魔術師にへつらっているわけではない。問題にしているのはイシュタの意志だ。歴の長い術師の方が、最初に召喚した術師の方がいいと言うなら、大人しく契約の破棄に応じるつもりだ。助けてやったからって、恩着せがましくいつまでも拘束するような真似はカッコ悪すぎじゃないか。
「ま、イシュタが決めることさ」
「悪魔殿、物分かりのいい坊やはこう言っていますが」
 魔術師は慇懃な口調で言う。
「ならば余の結論は決まっておる。余は数年か数十年か、アレクサンドルと遊ぶつもりだ」
「こんな小僧と?」
 魔術師は信じられないというような顔をした。
 混血でも、特別な血筋でもない二十歳そこそこの見習い魔術師など、魔術師業界では丁稚か皿洗いのようなもの。自分と比較され、まして負けるなどとは思ってもみなかったのだろう。
「相手が幾つだろうが、盟約は尊重されねばならん。貴様はアレクサンドルのことを、“繋ぎ”だと言ったな。貴様自身が、余をもっと高位の悪魔と契約するための“繋ぎ”だと思っているから、そのような下司(げす)の勘繰りをするのであろう。余を召喚した時、『外れを引いた』と思いよったのが透けて見えたぞ」
 どうやら魔術師は、どの悪魔を召喚するか指定しなかったらしい。
 高位の悪魔を召喚できたら儲け物。ダメなら召喚した下級悪魔を道具に使って、次のための条件を整えるつもりだったのだろう。
「そのような輩の道具になってやるほど余は寛大ではない。
 余の名はイシュティア。仮にもアシュタロス直系の眷属なのだ」
「なら、なぜ俺を助けにきた」
「プライドというものがあるからだ。余を召喚した術師を、教会などの手にかけさせるわけにはいかん。おまえは、この手でみずから――」
 イシュタの意図に気づいて、男は防御の呪文を唱える。
 しかし、遅い。イシュタの左手が張りかけの魔術障壁を突き破り、男の額に突き刺さる。
「――死体の残らぬよう処分してやる」
 男の身体が、その本来の年齢を取り戻し始める。
 肌に皺が寄り、腰が曲がり、瞳が白く濁っていく。それが実際の年齢だったのだろう、70か80か、そのあたりで一度止まったのち、さらに干乾びたミイラのようになっていく。枯れ木のように乾ききった魔術師の身体は、表面から風化して粉と化した。
 親指と人差し指を丸めたほどの大きさの透明な宝石が、床に転がった。
 魂晶石(ソウルクリスタル)
 その名の通り、結晶化した人間の魂。製法が見ての通りなので、滅多に市場に流れることのないマジック・アイテムだ。効果は、術を永続化させること。通常は降雨や幸運(ラック)などの術を篭めるが、大きなものに地震や毒化(ポイズン)などの攻撃呪文を篭めると凶悪無比な戦略兵器と化す。1インチ級のこの石では、そこまでは期待できないが。
 イシュタは魂晶石をひょいと摘み上げる。
「貴様にやろう。付き合わせた礼だ。ついでに術も篭めてやる、何がよい?」
「じゃあ、魅了(チャーム)で」
「……貴様は女にしか興味がないのか」
「世界征服など美女を手に入れることに較べればなんの意味があろうか」
 アレクは言い切った。
「好きにしろ」
 イシュタが魔力を篭めると、魂晶石は内側から赤い光を発し出す。
「チャームの相手は貴様で指定、自動的に貴様自身は効果範囲から排除。それでよいな」
「ああ」
 放り投げられた石を、アレクは胸ポケットに入れる。
 チェインに繋ぐか、指輪にするか。それは明日考えよう。



−12−


「すーぴー、すーぴー」
 アレクの腕の中で、マヤは規則正しく寝息を立てていた。
「おー、寝とる。いろいろあったからなあ」
 朝から走り通し、昼はアレクの部屋で一戦、別な意味でさらに一戦。午後は二人で街中を歩いて、セアラと会って神経すり減らす。夜は会議に出て、最後に一事件。
 怠惰なアレクなら、一週間かけてやってもいい仕事量だ。
「よしよし、おつかれさま」
 頭を撫でると、マヤは寝ぼけて生返事をする。
「うん? なにしゅるれすかー」
「おやすみ、マヤちゃん」
「はぇ、おやしゅみー」
 アレクは、傍らに秘書か護衛のように控えているノエルに声をかけた。
「着替えさせて、寝かせてあげてくれ。俺がやると、悪戯したい衝動を押さえられそうにないんで」
「承知いたしました」
 マヤの身体を、ノエルは両腕で抱え上げる。
 軽装とはいえ鎧をつけて、人を一人抱えるのだから、小柄に見えてもさすがは戦士だ。

「マヤというのは、面白い娘だな」
 ノエルの、というよりマヤの姿が消えるのを待って、イシュタが神社の社殿から顔を出した。
 相変わらずの眼帯に加え、ボロボロになった右腕は、肩から巾で吊ってある。
 神社に戻ったマヤは、イシュタの怪我を見るなり3分とかけずに処置を済ませ、怪我人は寝ててくださいと、神社の社殿に押し込めたのだ。
「恋愛感情を植えつけられたただの人形だと思っていたら、主人(マスター)を正面から問い詰めるとは。
 操られた者が肉体的に強くなることは珍しくないが、精神的に強くなるというのは稀有な例だと思うぞ」
「ああ。あんな風に迫られたら、こんな玩具に頼るわけにはいかないじゃないか」
 アレクは胸ポケットから魂晶石(ソウルクリスタル)を取り出した。
 もしもマヤが、アレクの言い分も聞かず一方的に怒鳴り付けてきたり、良心と恋愛感情の間で心を痛めて泣き出したりするようなことがあったら、アレクは即座に魅了(チャーム)の魔力にものを言わせるつもりでいた。
 けれど、マヤは堕ちてからも、強い心を持っているところを見せてくれた。
 釈明要求。わたしのことが好きならちゃんと答えてください、という暗黙の脅迫付き。
「もしも、マヤが“許せない”などと言い出したら、貴様はどうするつもりだった?」
 マヤの良心は、元のままで残っているから、そう言われていた可能性はある。
「真剣に説得して、それでも納得してくれないようなら、完全に手詰まりだな。
 良心も倫理観も潰しちゃったら、そこから先は“恋人ごっこ”にしかならないだろうし。
 せいぜい、土下座して謝るぐらいしか思いつかない」
「なんということだ。洗脳したはずの相手に完敗ではないか」
 イシュタはさもおかしそうに笑う。
「結局、生身の人間がいちばん手ごわいってことだろ」
 アレクは魔石を指先でもてあそんだ。



−13−


「御主人様。マヤ様はお休みになりました」
 ノエルが戻ってきて報告した。
「ご苦労。じゃあ、ノエルは帰っていいぞ」
「それは…帰れとの…御命令でしょうか……」
 珍しく、ノエルが口澱む。
 振り向くと、ノエルは頬を赤く染め、上目遣いにアレクを見ている。茶色い瞳は、魂晶石の朱(あけ)の光を映してきらきらと輝き、赤く色づいた唇は小さく開いている。呼吸が、わずかに荒い。
「チャームの効果か。抱いてやったらどうだ。この娘にはまだなにもしていないだろう」
 イシュタの言葉に、ノエルは口元を綻ばせ目を細めた。
 自警団員としての張り詰めた表情とも、アレクの命令に従う時の無表情と違う、とても新鮮な表情だ。胸の前で両手を組んだ仕草はたおやかで女らしい。
「御主人様、夜伽の御用はございませんか」
 変化に乏しい声に、感情の昂ぶりがあらわれていた。
「そうだな。ないこともない」
「私でよろしければ…どうぞお申し付けください……」
 ただの道具と思っていたが、こういう態度を示されると心が動く。
 強引に抱き寄せて、唇を重ねる。
――ちゅっ。くちゅくちゅくちゅ……
 舌先でノエルの口の中をかき回す。
 ノエルが、懸命に舌を絡ませ合おうとしてくる。奥歯や歯茎までが激しく舐められる。上あごの裏側を舌先で突つかれるのがこんなに気持ちいいとは思わなかった。
 いつのまにか攻守が逆転して、情熱的なノエルの舌に口の中を犯されていた。
「申し訳ありません、少々我を忘れてしまいました」
「いや、とてもよかった。
 おまえを抱きたい。部屋は、離れを借りよう」
「承知いたしました」
「よい夜を。my partner」
 社殿の障子戸がすっと閉まった。
「さっさと寝とけ。夜更かしするなよ」
「おやすみなさいませ」
 アレクはノエルの肩を抱いて、神社の外れの小屋に向かった。

 マヤの家の離れというのは、宗教施設に付き物の貧乏旅行者収容所だ。
 神社ができる前からあった古い建物で、アレクはマヤに頼まれて腐った壁板を取り替えたことがある。
「お待たせいたしました。床(とこ)の用意が済みました」
 ノエルが扉を開けてアレクを招き入れた。
 彼女は鎧ではなく、サイズの少し小さい――おそらくマヤの私物の、紺の浴衣を着ている。鳶色のつややかなストレートヘアと、浴衣はよく合っていた。
UNLOCK
 呪文を唱えると、浴衣の前が開いて、ピンク色の下着が見えた。
 ブラジャーの結び目もほどけて、形の整った胸がこぼれる。
 紺の浴衣と、ピンクのショーツのミスマッチも悪くない。
 ノエルは頬を朱に染めるだけで、胸も下着も隠そうとしなかった。
「御主人様、コートを」
 ノエルはアレクのコートを脱がせて壁にかける。床に膝をつき、ベルトも外してくれる。
 甲斐甲斐しい働きは、戦士というよりメイドのようだ。
「どうぞ横になってください」
 小屋中からかき集めた布地で、その寝台だけは多少なりともクッションの効いたものとなっていた。
 仰向けに寝ると、ノエルはアレクの脚の上にまたがる。
「失礼します……」
 ズボンが下ろされ、上向いた男性器がさらけ出された。
 ノエルはそっとアレクのものに触れる。
 ひんやりとした感触が伝わってくる。
 剣を握り、今日も一人の男を倒した手が、今は優しく竿を扱く。
 アレクの反応をうかがいながら、だんだんと力を入れていく。
 ノエルは左手で竿をこすりながら、右手の指先で亀頭に触れた。
 爪が鈴口のそばに触れ、びくんとアレクのものが震える。
 ノエルの手が止まり、怯えたような目でアレクを見る。
「御主人様、ご不快…だったでしょうか?」
「いや。ノエルのやりたいようにやってくれ。嫌だったら俺が止めるから」
「はい。ありがとうございます」
 ノエルは、先走りの汁に濡れる先端を、右手の指の腹で柔らかく刺激し始めた。
 はじめは全然稚拙だった手つきが、アレクの反応を学習して少しずつ上手くなっていく。
 強く、弱く、揉み潰し、擦り回すたびに、指先に絡み付いた粘液が、くちゅりくちゅりと卑猥な音を立てる。
 左手は、笠の部分が引っかかるまで、大きく強く扱いていく。
 鼻息がかかるほど顔を近づけ、肉棒と自分の手を一心に見つめている。
 ノエルの白い手が、醜い肉棒に奉仕している。従順に、懸命に、献身的に。
 アレクは征服感に浸りながら命じた。
「そろそろやらせろ。俺の上にまたがって、自分で挿入(い)れるんだ」
「はい。御主人様」
 ノエルはショーツの左足を抜き、右足を抜くのももどかしいと言うように、ピンク色のショーツを膝にかけたままアレクの上にまたがる。
 愛液をまとわりつかせた深い茶色の恥毛と、あまり使われた様子のないきれいな陰部が、白い肌に映える。
 ノエルの手が、アレクのものを握って、自分の股のあたりを探るように滑らせた。
「あっ……」
 亀頭が膣口に触れ、ノエルが甲高く鳴く。
 ぬるぬるの愛液に導かれ、アレクのものはノエルの膣内に軽く差し入る。
「ん…、う…うんん………」
 処女ではないようだが、ノエルの膣は狭くきつい。
 その膣壁を、ノエル自身が腰を落として切り開いていく。
 ずぶずぶと、肉の中に肉が沈み込んでいく快感。女の身体に包み込まれる暖かさ。
 日々鍛えているだけあって、締まりの良さは今までに経験した誰よりも上だ。
「ん…ううん……ああっ」
 肉棒が半ばほどまで入ったところで、ノエルの膣内から力が抜けた。
「なんだ? それで終わりか?」
 アレクは一気に腰を振り上げ、膣内を子宮口まで刺し貫いた。
「ああああっ」
 ノエルの身体が大きくのけぞる。
 茶色の髪が扇のように広がり、胸がぷるんと震えた。
「おい、全然物足りないぞ。セックスってのはここまで突っ込むんだよ」
 ノエルがさほどセックスを知らないのを承知で、罵りながら膣内を抉る。
「ん…くぅっ…、は、はい、申し訳ありませんっ」
 痛みに顔をしかめながら、ノエルは激しい運動に腰を合わせようとする。
「もっと、もっとだ」
 命じれば命じるほど、ノエルは懸命に腰を振る。
「どうか、御主人様は、楽になさってください」
「おまえが上手くできたらな」
「はいっ。どうか、御主人様に満足していただけるよう、私にご指導をお願いいたします」
 ご指導って、なんだよ。アレクは笑ってしまった。
「なにか、失礼なことを申し上げたでしょうか」
「いいや」
 ようするに、欲望を言葉にして吐き出せばいいだけじゃないか。
「上下だけでなく、角度もつけて、腰を振れ」
「はい」
 言われたとおりに、前に、後ろに、ノエルは全身をくねらせる。
 長い髪が、その動きに合わせて開いて跳ねる。
「いいぞ。感じているなら、声をあげろ」
「はいっ。ん…ん、んっ、あっ、あっ、あっ、ああっ……」
 感じているのか、わざとやっているのか、判別のつきかねる微妙な声だ。
「御主人様、これで、よろしいでしょうか?」
「よろしいでしょうかって、声はわざと出すもんじゃない」
「申し訳ありません。私には、はっきりとは、理解できません」
 喘ぎ声とはどういうものなのか、一発で教育してやろう。
 アレクはノエルの柔らかい下腹部に手を当て、快感を増幅させる魔術を使った。
「ああっ、あんっ、これがっ、あっ、かん、感じる…とっ、いう…ことっ、なのですっ、ねっ、
 あっ、あんっ、、あ…ありっ、ありがとう…ございますっ。ああっ」
 声だけでなく、ノエルの全身が、快感を求めてよがりだす。
 膣内もいい感じにこなれてきて、襞が柔らかく包み込んでくる。
 アレクは、腰を動かすのをやめ、抽送をノエルに任せた。
「あん、んっ、他より、も…もっとっ、か、感じる、ところがっ、あります」
「気持ちいいか? なら、しばらく、そこをこすってていいぞ」
「はいっ、あっ、あぁっ、あんっ、あふっ、あぁっ、ああんっ、あはあっ、あはああっ」
 ノエルは膣内の1ヶ所を刺激するように、上半身を前に倒したまま、腰を激しく使い出した。
 目の前で揺れる胸に、手を差し出してみる。
 張りのある胸が、手の平に、押しつけられてこすれる。
 こりこりとした乳首が触れるのが、よくわかって面白い。
「ああっ、ああああっ、いいっ、いいですっ、あっ、ああっ、あああああんっ」
 ノエルの膣が震えて、体重が一気に手にかかった。
「イッたか」
「はい……、そのようです」
 絶頂の後の、敏感な、力の入らない身体で、ノエルは再び騎乗位で腰を振り始める。
「あふっ、ああっ、ああっ……」
 苦しげに喘ぐノエルの声と表情や、愛液でぐちゃぐちゃになった接合箇所がたてる水音と衝突音が、卑猥で扇情的だ。
 さすがにさっきまでほど激しい動きはできていないが、その分はアレク自身が動くことで補うことができる。
「ひああっ、ご、御主人様っ、ぁ、ぁ、ぁあっ」
 力の抜けたノエルの身体を、下からずんずんと突き上げる。
「あ、あっ、ああっ、あはあっ、ご、御主人様ぁ、御主人様ぁ」
 しもべ相手に、射精を堪える必要はなにもない。
 精を受け入れようと蠕動を繰り返すノエルの膣に、アレクは今日4度目の射精をした。

「もういいぞ」
 アレクは言って、快感の増幅を解いた。
 繋がったまま、ノエルの身体を横に倒して、側位の体勢に移る。
 身体を撫でたり、髪を梳いたり、ときどき膣内を突いたりしながら時間を過ごす。
 チャームの効果と、セックスでの興奮状態が解け、また無感情な顔つきに戻ったノエルが、アレクに問わずもがなのことを問う。
「御主人様。私はなにをしたらいいのでしょうか」
「何もしなくていい。このまま好きなようにさせとけ」
「承知いたしました」
 ノエルの身体をもてあそびながら、アレクはだんだん眠りに入っていく。
 その耳に、ノエルの例の落ち付いた声が聞こえた。
「御主人様、私は、御主人様のしもべです。御主人様にお仕えするためだけに、私は存在しています」
「ん? それがどうした?」
「いえ。御主人様に、聞いていただきたかっただけです」
「わかった。もう一度言ってみろ」
「はい。私は、御主人様のしもべです。御主人様にお仕えするためだけに、私は存在しています」
 アレクはノエルの顎を持ち上げて、その唇に口付ける。
――ちゅっ
「今のおまえは最高だよ」
 賞賛を受けて、ノエルの顔がかすかに綻ぶ。
「おやすみ、ノエル」
「はい、御主人様。おやすみなさいませ」
 差し出された腕を枕にして、ノエルが片手でどうにか布団をかけようとしているのを夢うつつに感じながら、アレクは慌しい一日を閉じた。


 
 


 

 

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