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  習作

01: 名前:unknown投稿日:2007/04/07(土) 15:25
小説を投稿する自信が無い人はここで練習できます

25: 名前:nakami投稿日:2010/09/22(水) 21:50

(5/5)


 ピエロがラッパを一吹きすると、女たちは揃って整列し、四つんばいになった。俺は左から順に女たちの尻に挿入していく。
 最初はイチコさんだ。
「イチコさん、俺の女になってよ」
「あぁッ、でも、そんな、私には…」
「なれよ」
「んんんッ! あぁッ、はい…なります、アキノリさんの女に…ッ、だから、お願い。あの人には黙ってて! アキノリさんには逆らいませんから、どうか、内緒にしててぇ!」
 イチコさんは絶頂に達しながら、俺の女になると誓った。
 ピエロがファンファーレを鳴らす。メンズ役場と厨房が喝采を上げる。
 次は、フミ。
「フミ、俺の女になれ」
「アキノリ…なるよ、アキノリの女に! 私、アキノリの彼女になるよぉ!」
 ファンファーレと喝采。フミが俺のところに帰ってきた。もう俺のものだ。
 あと、金髪の厨房女子も。
「うんッ、あたしも、お兄さんの女になる! 来年、修学旅行で東京行くから、いっぱいエッチして!」
「卒業したら、親説得して東京出てこいよ。お前ならチャンスあるかもよ」
「行く! 行くから、お兄さんの家で飼って! あたしを飼ってぇ!」
 役場の臨時さんも、他の厨房女子も、俺の女だ。祝福に包まれて俺たちは絶頂に達する。
 やったよ、じいちゃん。みんな、俺の女になってくれるって。最高だ。今日は本当に最高だよ、じいちゃん。

『そりゃあよかったな』

 ピエロは、汗で溶けかけたメイクをニンマリとさせて、玉の上で優雅に一礼した。
 俺たちは拍手を送る。感動の涙を流す。鳴りやまない喝采と口笛。かっこいい。あれが俺のじいちゃんだ。俺のヒーローだ。
 俺はじいちゃんを呼ぶ。必死に呼ぶ。でもピエロは礼をしたまま姿勢を崩さない。代わりに月が、ニンマリしていた。 ダンチョーが吼えている。
「…あれ?」
 いつの間にか、朝になってた。てか、ここどこだ。じいちゃんの部屋じゃねぇか。
 あれは夢…だったのか? 体がすげぇ疲れてる。てか痛い。畳の上で寝てたせいか? 膝とか足元とか、土だらけだ。
「じいちゃん?」
 布団の中で、じいちゃんはおとなしく眠っていた。でも、口元がニンマリしてて、すげぇ幸せそうな顔だ。
 でも…なんか、変だ。息してない。じいちゃん、息してない。
「じいちゃん!」
 体を揺さぶっても返事もなくて、俺はどうしていいかわからず、オカンを起こしに部屋を飛び出す。
 ダンチョーが、空に向かってずっと吼えてた。

 次の日がじいちゃんの通夜になった。
 俺にとっては突然の出来事でも、親や親戚はとっくに覚悟出来てたらしく、準備もすぐに済んでいた。
 兄貴の喪服を借りて、じいちゃんの遺影を横にメシを食う。
 昨夜のアレはなんだったのか、よくわかんない。でも、フミはさっそく俺のこと心配してメールくれるし、イチコさんも俺のこと意識して、兄貴の横でメシ食いながら、チラチラと俺と目を合わせては恥ずかしそうに逸らしている。
 パレードは終わって熱狂は冷めたはずだ。でも、俺たちの中にはまだあの熱が残っている。
 明日の夜、フミと会うことになっていた。そこで俺たちは恋人の約束をするだろう。そして今夜は、隙をみつけてイチコさんを誘ってみよう。きっと彼女は俺を拒めないはずだ。
 そんで、東京に戻ったら、ちょっと真面目に勉強しようか。
 当分、世の中は厳しいんだろうけど、頑張れば俺でも田舎の役場くらい受かると思う。だから、俺もちゃんと目標決めて努力をしよう。
 ここに帰ってくるために頑張るんだ。じいちゃん、俺、帰ってくるよ。必ず。
 じいちゃんは、『そりゃあよかったな』って顔して、俺を見ていた。
ピエロと月と秋のパレード/おわり

26: 名前:nakami投稿日:2010/11/11(木) 12:19
人妻人形日記・序


 僕の初恋の相手は、姉からもらった人形だった。
 あれは間違いなく恋であり、初めての劣情だった。

 当時、2人の姉は一番年下の僕を妹のように扱っていた。僕に自分たちのおさがりを着せてみたり、女の子みたいな言葉遣いをさせたり、よく近所の人に三姉妹と間違われていたことを覚えている。
 僕が自分のことを男の子だって自覚できたのは、下の姉が持っていた一体の人形がきっかけだった。
 リカちゃんという名前の人形で、キャビンアテンダントの制服を着ていた。もともとは父がどこかに出張してきたときのお土産なのだが、流行遅れで下の姉は気に入らなかったらしく、タンスの上でずうっと埃をかぶっていた人形だった。
 ある日、姉たちの部屋で1人で遊んでいたとき、ふと汚れたその人形が急に可哀相になった。タオルで顔を拭いて、服を洗ってやろうかという気持ちになった。
 上の姉やその友人と一緒の人形遊びやママゴト遊びに馴染んでいた僕は、人形を大事にするのは当たり前のことのように思っていたし、人形遊びから離れていく粗雑な下の姉には怒りすら覚えていた。
 でも、その女性的なプロポーションの人形の服を脱がせながら、僕はいつになくドキドキしていた。
 なんでだったんだろう。
 これはただの人形だ。作り物だから裸でもエッチじゃない。頭ではそう思ってても、服を一枚一枚脱がせていくことに僕はドキドキしていた。
 リカちゃんの服は人形のくせによくできた服だった。ジャケットを脱がせたあとのブラウスとか、ボタンとか、スカーフとかスカートのファスナーとか、徐々にあらわになっていく人形の白い肌に、僕はそれまでに感じたことのない興奮を覚えていた。
 最後に下着を脱がせて裸になったリカちゃんの体を、僕は撫で回していた。固いけど、すべすべしてて、僕の手の中で無抵抗に動かない女の子の体がとても気持ちよかった。顔に口づけして、髪の毛を噛んだりした。そして白いお腹に舌を這わせたあたりで、ふと、僕は自分のやっていることが恥ずかしくなり、人形を姉の机の上に立たせて、逃げ出してしまった。
 自分のしたことが、いや、自分がひどく気持ち悪い人間に思えた。そんなことで興奮する自分が怖かった。
 でも下の姉は、僕のそんな思いなど関係なく、机の上で裸になってるリカちゃんを見て笑うだけだった。変なイタズラするな、とか、いらないからやるよ、とか、そんなようなことを言って、笑って僕にその人形を押しつけた。
 姉は、僕がふざけて服を脱がせただけだと思ったみたいだった。
 でもそのせいで、ほんの気の迷いで終わるはずだったこの屈折した愛情は、本物になってしまった。

 ―――僕のお人形さん。

 その夜から、僕は毎晩そのお人形さんを抱いて寝た。
 布団の中でリカちゃんの服を脱がせ、裸にして撫で回した。頬ずりし、何度もキスをした。体を舐めたり、爪で股間を擦ったりもした。
 そうして僕は苦しいくらいに興奮していた。
 だんだんと下腹部が熱くなり、おしっこがしたくなる。ムズムズしてくる。
 僕はリカちゃんをおちんちんに擦りつけた。リカちゃんに、おちんちんを抱くようなポーズを取らせて何度も擦った。
 自分がひどく悪いことをしているような気がした。お人形さん相手にこんなことしてるヤツなんて、きっと僕だけだ。
 でも、それがすごく気持ちいい。
 僕はリカちゃんを愛している。そしてリカちゃんも僕を愛している。そう妄想することで僕は自分の中で免罪符を作っていた。これは愛し合う2人の自然な行為だ。間違ってないのだと。
 激しい興奮に突き動かされ、おちんちんがビクビクってなるまで僕は何度もリカちゃんを擦っていた。やりすぎると痛くなる。でも僕はリカちゃんを愛している。
 毎晩毎晩、僕とリカちゃんは逢瀬を重ねた。

 しかし、それも長くは続かなかった。
 男の子がいつまでもお人形を抱いて寝てちゃダメだと、ある日、母さんは僕に黙ってその人形を捨てられた。
 僕にとって、リカちゃんはただの玩具じゃなかった。秘密の恋人だった。僕は母さんに怒鳴り散らして、何日も泣き続けた。しばらくはごはんも喉を通らないくらいにふさぎ込んでいた。
 そして、それから何年も経ち、僕も普通に女の子に恋をするようになり、やがて初めてのエッチも体験した。
 幼い頃は女の子みたいだと言われた僕の顔も、思春期を過ぎたあたりからは女の子に好まれる顔になり、同世代の女の子とも恋愛をしたり、もっと気軽なセックスも何度か経験し、普通の男に育った。

 でも、あんな興奮を体験したことは、あれ以来一度もない。

 普通の女性と普通のエッチをして、僕の性欲は満足を感じても、心の底からの興奮は感じない。体中の血が熱くなるような、禁断の扉をこじ開けていくような、あの異常な高揚感が僕には忘れられない。
 通販でラブドールを買って抱いたこともある。あのときと同じ人形を買って同じ行為を試したこともある。
 でも、生身の女性の温かさを知った今となっては、そんな行為も虚しさを感じさせるだけだった。
 今の僕が求めているのは、普通の人形でも、普通の女性でもない。人間的な温もりがあって、それでいて僕に完全に支配されるものと、恋愛をしたいんだ。

 その矛盾する欲求を同時に満たすものなんてあるはずない。あるはずもないものを性欲として求める僕は変態なんだ。

 ……本物の女性が人形になればいいのに……

 そんな妄想をしているときが、今は一番興奮する。
 でも、そんなこと現実にはありえない。妄想で楽しむしかないんだ。
 性に目覚めたばかりの子供の頃、初めてあのお人形さんを抱いたときほどの熱い興奮は、もう二度と味わえないのだろう。
 そう思って、あきらめていたんだ。 あのときまでは。

27: 名前:nakami投稿日:2010/11/11(木) 12:20
人妻人形日記・1
>5月16日(金) 今日も先輩の家に呼ばれた。
 家といってもマンションの隣の部屋だし、あまり気兼ねはしていない。僕の勤めている会社が社宅としてこのマンションの2部屋を借りていて、それを利用しているのが独身の僕と、隣に住んでる先輩夫婦の関川さんだった。
 関川先輩は面倒見のいい人で、僕が入社して以来、こうしてよく夕飯に呼んでもらっている。人付き合いのあまり上手じゃない僕にも、先輩はさりげなく気遣いをしてくれる。
 僕は仕事もできて親切な先輩のことを尊敬していたし、こうして家に呼んでくれることがとてもありがたかった。
 そして、僕の楽しみはもう1つある。

 先輩の奥さん―――佳織さんだ。

 佳織さんは、僕より2つ年上の24才。先輩から見ると2つ年下で、実家がお隣さん同士の結婚だったらしい。
 スタイルが良くて、肌が白くて、モデルにでもなれそうな美人だった。でも性格は少し天然っぽくて、笑ったら年上に見えないくらい可愛くなってしまうんだ。
 その眩しい笑顔が僕は好きだった。
 僕なんかはまだ結婚なんて考えたことないし、今はそんな相手もいないけど、佳織さんみたいな人と巡り会えたら、きっと何を投げ出してもプロポーズしまうだろう。
 佳織さんは僕の知るかぎり最高の女性だ。僕の理想のお嫁さんだ。

 もちろん、そんなことは佳織さん本人にも、先輩にだって言えないけど。

「孝俊くん、おかわりいるー?」
「あ、は、はい、いただきます」
 僕は佳織さんの手に空になった茶碗を渡す。少しだけ指が触れてドキドキする。
「どうだ、孝俊? 佳織の料理はうまいだろ?」
「はい、おいしいです!」
「またー。そうやって無理に言わせなくていいんだってば」
 無理になんて言ってないのに、佳織さんは恥ずかしそうに先輩の肩を叩く。そんな仕草も可愛いと思う。
「孝俊くんも、この人に合わせなくてもいいんだからね?」
 佳織さんがテーブルの上に身を乗り出すと、二の腕に挟まれた大きな胸が白いニットの下で形を変える。僕は思わず視線をそこに向けてしまい、バレる前に誤魔化す。
「い、いえ、ホントに美味しいですよ、これ。いくらでも食べられます、はい」
 僕はたぶん顔が真っ赤になってただろう。でも佳織さんは、そんな僕の内心の狼狽に気づかず「孝俊くんに褒められたー」と無邪気に笑う。先輩が「無理してコイツに合わせなくていいからな」と言って、また佳織さんに叩かれる。
 独身男の前でイチャイチャしちゃって。
 ……羨ましい。

「それでさ、佳織。今度の出張、やっぱり長くなりそうなんだ」
「そっか…。うん、わかった」
 ある程度お酒が進んだ頃、先輩が来週から行く出張の話を始めた。
 佳織さんは寂しそうだった。今度の先輩の出張は、おそらくひと月くらいはかかるだろう。
 僕たちは電力関係の技術屋で、原発の仕事もしている。あちこちの原発の定期的な点検や、大きな声では言えないトラブルの対処なども引き受けてるので、一ヶ月単位での出張なんかもたまにある。しかもその間は、外部との連絡や接触も禁止されるのもよくあることだった。
 先輩はうちの会社でも信頼の高い技術者なので、そういったトラブル対応に回されることが多い。ちなみに僕も先輩と同じ技術者なんだけど、まだ部署の中では新人で、まだ書類仕事ばかりやらされている。
「なるべく早くケリつけて帰れるようにするよ」
「うん……」
「何かあっても隣は孝俊だし、心配ないよ。な、孝俊?」
「え、あ、はい」
 いきなり先輩に話題をふられて、声が裏返ってしまった。佳織さんが寂しそうにしている。僕はできるかぎりの頼もしさを笑顔に浮かべて、佳織さんに頷いてみせる。
「だ、大丈夫ですよ。いつでも頼りにしてください!」
「……ぷふっ」
「ハハハッ」
 なぜか2人は大笑いしてる。僕には何が面白いのか、よくわからないけど。
「ほっぺにゴハン粒つけてる人に言われてもねー」
「え、あ、あぁ!?」
「子供かよ、おまえ」
「あははっ」
 佳織さんが楽しそうに笑ってる。
 恥かいたけど、それだけでなんとなく嬉しくなる。
 彼女の笑顔を見るだけで暖かい気持ちになる。こんなこと考えちゃいけないってわかってるけど、もしも佳織さんが僕を頼りにしてくれたら、きっともっと嬉しいに違いない。
 でも、いくらポンワリしてる佳織さんでも、僕に頼らなきゃならない事態なんて、そうそう起きっこないだろう。
 お隣とはいえ、会社勤めと専業主婦ではなかなか顔を合わせる機会もない。この楽しい晩餐も、この佳織さんの可愛い笑顔も、先輩が帰ってくるまでおあずけかと思うと寂しくなる。

28: 名前:nakami投稿日:2010/11/11(木) 12:21
人妻人形日記・2
>5月22日(木)


『ごはん作りすぎちゃった(T△T)』

 しかし先輩が長期出張に発ったその日、さっそく佳織さんはやってくれた。
 帰宅途中に受け取ったこのメールに、僕はなんと返せばいいのだろうか?

『えーと、明日の朝ごはんにするとか?』
『カルボナーラだよー。そろそろ帰ってくると思って2人分作っちゃった。のびるー。のーびーてーいーくー』
『それじゃ僕が半分いただいてもよろしいですか?』
『お願いします。もうお帰りなのかな? タッパに詰めとくね』
『はい。今帰る途中なのでこのまま寄ります。材料費も折半しましょう。いくらですか?』
『そんなのいいよ!無駄になっちゃうだけだもん。どーぞ召し上がってくださいませm(_ _)m』
『ありがとうございます』

 僕は自然と駆け足になっていた。
 佳織さんに会える口実が向こうからやってきた。すっごい嬉しい。

「あ、おかえりなさーい」
 玄関チャイムを押すとき僕はすごく緊張した。そして今、佳織に「おかえりなさい」を言われて、たぶん僕の顔から火が出てると思う。まるで、夫婦みたいじゃないか。僕は勝手に意識して照れまくる。
 佳織さんは、いつもと同じ笑顔だった。
「ごめんねー。ひょっとして、晩ごはん用意してたんじゃないの? ホントによかったの?」
 パタパタと台所に向かう佳織さんに、僕は笑って「まさか」と答えた。
「もう少しメールが遅かったら、いつものコンビニでお弁当でしたよ。かえって助かったくらいです」
 佳織さんは「そうなの?」と驚いた顔をした。
「いつもコンビニのお弁当なの?」
「ええ、まあ。はい」
 そんなに驚くことかな?
 僕に限らず、独身男の晩ご飯の多くは出来合いの弁当か、外食だと思うけど。
 ちなみに僕の場合、1人の外食も落ち着かないから、毎日ほとんど家弁だ。
 佳織さんはパスタと、あとちょっとしたおかずを付けてくれた。すごく嬉しい。佳織さんは、にっこり笑顔で「おやすみなさい」と言ってくれた。
 今日は思いがけず、佳織さんの笑顔と手料理をゲットしてしまった。
 ラッキーだ。人妻人形日記・3
>5月23日(金)


『今日も作りすぎたぜ!\(^▽^)/』

 なぜに笑顔?
 しかも昨日の今日でまた同じ間違いしちゃうなんて、失礼だけど佳織さんらしい。
 ニマニマしてしまう顔を同僚に見られないように、僕は隠れて返信を打った。

『もうすぐ会社出ます。今日も分けて貰っていいですか?』
『どぞどぞ。お待ちしてます』

 やったぜ。今日も佳織さんに会える。美味しいおかずが食べられる。昨日からの幸運続きに僕はガッツポーズした。
 そして、わくわくしながらチャイムを押す僕を迎えてくれたのは、佳織さんの笑顔と、可愛いハンカチに包まれたお弁当だった。
「いらっしゃーい」
「えっ……と、あれ、これ晩ごはんですか?」
「うん」
「でも、これって、あの、お弁当では?」
 昨日のタッパの詰め合わせなんかじゃなく、きちんとしたお弁当箱に入っている。
 意味がわからない僕に、佳織さんは、ニッコリと笑顔を浮かべた。
「コンビニのお弁当よりも、私のが美味しいと思うよー」
「え、あ、あの?」
「なんて、ホントは昨日のお礼。あははっ。助けてくれてありがと。お仕事おつかれさまでした!」
 それから何て言って別れたかよく覚えてない。それくらい僕はボーッとしていた。
 佳織さんのお弁当。佳織さんが僕のために作ってくれたお弁当。
 もちろん美味しかった。何よりまだ温かかった。

 僕はすっかり舞い上がってる。
 ベッドの中で目をつぶっても、佳織さんの笑顔ばかりが思い浮かぶ。
 彼女のことを考えて、眠れない。

29: 名前:nakami投稿日:2010/11/11(木) 12:22
人妻人形日記・4
>5月24日(土)


 今日は土曜日で仕事も休み。そして僕に出掛ける用事もない。
 簡単に家事を済ませて、佳織さんのお弁当箱とタッパをきれいに洗い、お弁当を包んでいたハンカチも洗濯して丁寧にアイロンをかけた。あとは返しに行くだけだ。
 それだけなのに、なぜか緊張してしまう。隣の家に行くだけなのにわざわざ着替えたりして、何を期待してるんだろう、僕は。
 ドキドキしながら、僕は隣のチャイムを鳴らした。
「はーい。あ、孝俊くんか」
「朝早くに、すみません。あの、タッパとお弁当箱をお返しに……」
「あ、なんだ。わざわざ洗ってくれなくてもよかったのに」
 ラフなジーンズ姿の佳織さんも、きれいだと思った。本人を前にして緊張が加速する。
 そして、意外とそっけない佳織さんに、勝手にがっかりしちゃってる。
「なんか孝俊くん、今日はオシャレだね。どこか出かけるの?」
「え、あ、いや」
 僕の格好を見て、佳織さんは首を傾げる。確かに同じマンションの隣に行くだけなのにジャケット着てくるヤツはいない。冷静に考えれば当たり前のことだ。
「わかった、デートなんでしょ? いーなぁ。デートいいなー」
「えぇっ、いや、違います! そんなんじゃないですって!」
「またまたー。照れなくてもいいのにー」
「い、あ、ち、違いますから、ホント違いますって!」
「はぁ〜あ、若いっていいよね…輝いてるよね…」
「佳織さんだって、僕と2つしか違わないじゃないですか。と、とにかくそんなんじゃありませんから! 失礼します!」
「あ、うん。がんばってね!」

 完全に誤解されてしまった。
 でもまさかお隣の佳織さんと会うためにフル装備でした、なんて言えるはずがない。
 用もないのに、街に出かけて2時間ほどつぶしてから、僕はすごすごと部屋に帰ってきた。
 みじめだ。完全に敗北。
 いや、そもそも勝負なんてしてないけど。そんな度胸もないけど。
 せめて、もう少し佳織さんとおしゃべりしたかった。見つめていたかった。

 これはもう恋だろ。
 佳織さんに完全にやられてるだろ、僕。

 でも、僕は先輩のことを尊敬している。先輩と一緒にいるときの幸せそうな佳織さんが好きだ。あの2人が好きなんだ。
 報われないこんな気持ちを、いつまでも抱えていたってしょうがない。あきらめなくちゃいけない。
「佳織さん……」
 壁に向かって、僕は彼女の名を呟いた。この向こうにいる佳織さんは、今、僕がこんな気持ちを向けてるなんて思いもしないだろう。
 僕は孤独だ。彼女のそばにいると幸せで苦痛だ。この満たされない気持ちを、僕はいつまで引きずり続けるのだろうか。

 あー、ダメだ。気分を変えなきゃ。

 PCの電源を入れてネットに繋いだ。モニターの向こうの世界にこもって、しばし現実を忘れて楽しむことにする。
 僕は昔から、1つことにのめり込んだら、トコトンまでイってしまうタイプだ。一度スイッチが入ると突っ走ってしまう。
 何しろお人形にも恋しちゃうくらいだからタチが悪い。ちょっと鬱な今の気分を無理にでも切り替えてやらないと、どんどん沈んでいく方向になりそうだ。
 どこかに楽しいサイトでもないかな? 僕は適当にリンクを辿っていく。
 でも、モヤモヤしながらネットしていたせいか、気がつくとアダルトサイトに到達していた。昼間っからみっともないと思いながら、どうせなら自堕落的な休日もいいかと、僕はスウェットの中に右手を突っ込んで、アダルトサイトを転々とする。
 そして、そこで目にした、ある文章に心を惹かれた。
 ある不思議な能力を手にした男が、女の子を操って犯すという、妄想だらけのショートストーリーだった。
 でも僕はそのシチュエーションに閃くものがあって、そこのリンクからいろんなサイトを巡った。探しながら僕はドキドキし始めていた。
 必ずある。
 ただの予感だけど、僕がずっと探していた答えがどこかにあるような気がしていた。僕が長年苦しんできた、自分の歪んだ欲望を叶えてくれる鍵が、どこかに眠っているという直感。
 手が汗ばんでいく。
 喉が渇く。
 僕は夢中になってマウスを操っていた。

 やがて、僕はとあるサイトに辿り着く。
 直感が確信となり、僕の歪んだ性癖がくっきりと浮かび上がる。
 僕の醜い欲望が、文章となり、物語となり、そこにコンテンツとして整然と並べられていた。
 それはまさに、僕の人生を変える出会いだった。


  “E=mC^2”
人妻人形日記・5
>5月25日(日)


 それは、マインドコントロールを主題にした官能小説専門の投稿サイトだった。
 僕は夢中になってその膨大なMC小説を読み漁っていた。いろんな作品とシチュエーションと出会った。どれも僕の願望を叶えてくれるものだった。頭がクラクラする。脳内麻薬が洪水のように溢れている。気がつくと日付は変わっていた。
 なんて強烈なサイトだ。全員変態だ。
 他人の心を歩き回れる能力に目覚めた少年が同級生の恋人を寝取るとか、発情動画が日本中に蔓延して女の人が犯されまくるとか、鉄棒でくるくる逆上がりしてる女の子からエッチな呪文を教わるとか、MCで殺したイノシシの肉を炙って食べるとか、どんだけ変態なんだ、ここの投稿者たちは。
 でも、僕が心を惹かれたのは、そんなのよりもっとリアルな催眠術を駆使して女性を手に入れていく物語だ。
 僕が求めていたのは、まさにこれだ。じっくりと心を弄られ、男の手でいいように操られ、染まっていく女性たち。そこに至るまでの過程が特にいい。たまらない。

 僕はさらに『E=mC^2』からリンクを辿り、催眠術のサイトを巡った。理論から実践まで、いろんな催眠術の情報がネットにはあった。
 僕の体はガタガタ震えていた。新しい知識や妄想が頭を巡ってパンクしそうだった。でも、完全にスイッチの入った僕は次々に催眠術のノウハウを頭に叩き込んでいく。臨床心理学の論文から胡散臭いショー催眠まで、様々な技術や理論を吸収する。故意に隠されている箇所は他の知識から転用し、想像力で埋めていく。パズルのようにネットに散りばめられている情報から、僕は“催眠術”を自分なりに構築していった。
 どうして僕はこんな簡単なことにも気づかなかったんだろう。
 今まで行き場のなかった、女性を人形にして愛でたいという長年の妄想が、“催眠術”というツールで明確な形になっていく。現実味を帯びてくる。
 でも、これだって僕の妄想でフィクションだ。本物の催眠術なんて、無学で平凡な僕のみたいな人間にできっこない。わかってる。いつもの妄想に、具体的な道具が登場したってだけだ。
 なのに今日の僕は異常だった。一度も食事も睡眠もとらず、ただモニターに張り付いていた。危険で変態的な妄想の虜になっていた。

 あの人に催眠をかける妄想ばかりしていたんだ。

30: 名前:nakami投稿日:2010/11/12(金) 12:20
人妻人形日記・6
>5月26日(月)

 今日も一日中、妄想に取り憑かれていた。
 考えないようにしようと思うのに、気がつくと僕は催眠術のことばかり考えている。
 あのサイトを見てしまってから、僕の中で変なスイッチが入りっぱなしだ。仕事中もずっとネットで催眠術を検索し、知識やテクニックを頭に詰め込んで、何度もシミュレーションを繰り返していた。
 もうやめろ。僕はあの人にそんなことしたくないんだ。たとえ頭の中でも彼女を汚すようなことはするな。
 こんなことじゃ僕を信頼してくれてる先輩にも顔向けできない。
 僕は……最低だ。

『おいっすー。ごはん\(   )/作りすぎたぜー\(^▽^)/ でも、今日のはこないだのデート報告と交換ですからね(*^-^) コイバナ弁当ですからね(*^-^)』

 なのにどうしてこのタイミングでこんなメールをよこすのかな佳織さんは。ホント天然だな、この人。
 いや、彼女のせいじゃない。彼女の厚意を自分の歪んだ欲望と結びつける僕が最低なだけなんだ。
 大丈夫。僕は平常だ。
 僕は深呼吸をして、自分の心の底まで潜り、雑念を丁寧に打ち払い、そして浮上するイメージを繰り返す。繰り返しながらどんどん深度を深めていく。落ち着いて、焦らずイメージに集中する。
 自己流とはいえ催眠術をイメトレしていた成果なのか、暗示が効いて気持ちが落ち着いてくる。

『デートじゃないですよ。なので何も報告することもないんです。本当です』
『うそだー』
『本当です。この目がウソをついてるように見えますか(ёεё )』
『ええー。そんなー。私のときめきを返せー。でもごはんは作ったからおいでよ(⌒-⌒)』
『はい。ありがとうございます。帰りにお伺います』
『おう。気をつけて帰れよ』

「いらっしゃ……きゃー! ステキ!」
 今のは僕にではなく、僕が手土産に買ってきた某有名菓子店の紙袋を見て佳織さんが上げた歓声だ。
 佳織さんがここのプリンに目がないことは、僕と先輩の間で有名なのだ。
「えー、いいの? そんなに気を使わなくてもよかったのに〜」
「佳織さん、僕はまだあげるとは言ってないです」
 すでに僕の手からプリンは奪われていた。
「それじゃ、せっかくのお土産だし、上がってお茶でも飲んでく? あ、それともごはん食べてく?」
「いや、それじゃかえって悪いですから。佳織さん、召し上がってください」
「えー、でもお土産もこんなにあるし。いいから上がって上がって」

 すっかり機嫌の良い佳織さんに続いて玄関を上がった。よく知ってる家なのに、なんだか緊張してしまう。
 期待してなかったわけじゃない。そのお土産だって、もしかして家に上げてくれるかなっていう下心と計算が入ってる。
 でもそれは、少しでも彼女と一緒にいたいからだ。おしゃべりして、笑顔が見たいだけなんだ。何かしようってわけじゃない。
 僕は妄想に取り憑かれていない。ちゃんと自分の欲望をブレーキできる。大丈夫だ。

「うん、おいしいです」
「へへへー」
 佳織さんの作ったショウガ焼きはちょうどいい味付けで、これなら何杯でもご飯が食べられそうだ。
 目の前で食べてるとこ見られるのはちょっと照れくさいけど、佳織さんと食卓を挟めるのは幸せだ。
「私もプリンいただいちゃおっかな……んー!」
 プリンを一口頬張って蕩けそうな笑顔。ハートや花柄が飛び散ってる感じ。
 佳織さんは可愛い。先輩は毎日こんなに楽しい食事なんだ。うらやましい。
 食事が終わってからも、佳織さんはお茶を出してくれて、2人でプリンを食べて歓談した。
 僕は落ち着いて会話をリードできている。昨日までの僕とはまるで別人だ。自分自身を完全にコントロールしていた。
 でもそこが怖いような気もした。
 いつもの僕なら、佳織さんの前ではそれこそ恋する中学生男子のように舞い上がってしまうのに、今の僕は落ち着きすぎていた。
 僕は常に佳織さんの様子を観察して、その仕草から彼女の気分を読もうとしていた。空気を掴んで自分のペースで話を運ぼうとしていた。
 ネットで得た知識によれば、対象を催眠術まで導くためには、自分に対する高い信頼とリラックスを与える必要がある。そのためには、相手の心理を的確に読んで会話の主導権を握ることが肝心で、僕は別のサイトで女性との話術のコツまで頭に叩き込んでいた。
 もちろん僕は佳織さんに催眠術をかけるつもりなんてない。会話のコツなんてのが、本当に役に立つのか試してみてるだけだ。
 でも、ここまでのところそれは成功している。少しネットで知識をかじっただけなのに、こんなに会話が上手くいくなんて、なんだか怖い。
 それ以上に……ワクワクしてるけど。

「あー、なんか楽しいな」
 そう笑いながら、佳織さんはスプーンでティーカップをかき混ぜる。手元が落ち着かない。楽しいという気持ちは本当だけど、少し冷静になって気まずさも感じ始めている。と、僕には読める。
「佳織さん、ずっと退屈してたんじゃないですか? 何日も先輩いないし、つまんなかったでしょ?」
「そう。うん、そうなの、ホント。1日家にいてもすることないしね」
 僕は佳織さんに自然な言い訳を与えてあげた。退屈してたから、ついつい僕と話し込んでしまった。そしてそれは、先輩が何日も家を空けてるせいだと。
 もちろんそんなのはただの詭弁だ。人妻が隣に住んでる独身男性を家に上げて話し込む理由にはならない。
 でも、佳織さんはハッキリと自覚はしていないだろうが、今、佳織さんの中で僕とこうして二人っきりでおしゃべりしていることに、正当性が作られた。
 彼女は頬杖をついて、少し身を乗り出す。でも視線はテーブルに落としている。これはおそらく、彼女なりに深い話をするときの姿勢。次にきっと彼女は個人的な不安を僕に打ち明けると思った。
 なぜか、そんな風に僕は彼女の気持ちを読み取れていた。そしてその予感は確実に当たる。
「私、結婚して初めてこっちの方に来たでしょ? もう2年くらいになるけど、こっちで遊んでくれる人もいないし。昨日なんて地元の友だちと4時間も電話しちゃった」
「あー、わかります。僕もまだそんな感じです。まあ、先輩が家に呼んでくれたりして、すごい助かったんですけど」
「そうなんだ。孝俊くんもさみしい?」
「ですねー。先輩もしばらく帰ってこれないし。こないだの土曜日も、ホントは1人でブラブラしてただけなんですよ。なにか面白いことないかなーって」
「…ふーん」
 ここで僕は話題を切り替えて、たわいのないテレビの話とか、佳織さんの反応の良い話題で会話を続けた。
 佳織さんと二人きりなのに、こんなにフランクに喋れるのは意外だった。でもすごく楽しい。なにより佳織さんも楽しんでくれてる。
 しかし、今日のところはこのまま会話を引き延ばして長居するよりも、良い雰囲気のまま、こっちから切り上げる方がいいと僕は思った。そうした方が、次にも繋がるって。
 今の僕には、自分自身も、この場の空気も、佳織さんの気分ですら自由にコントロールできるという、妙に思い上がった自信があった。
「あ、ちょっと長居しすぎですね。そろそろ失礼します」
「え……そう? もうそんな時間?」
「ごはん、おいしかったです。マジ感謝です」
「え、あ、やだな。いいよ、ホント。プリン貰っちゃったし、私のほうが得しちゃったから」
「いやー、でもコンビニ弁当って本当まずいんですよ。僕としては今日も佳織さんの手料理食べれてラッキーでした」
「また、上手いこと言っちゃってー。へへ」
 そして、僕も見送って玄関まで来てくれたとき、佳織さんは手を後ろでモジモジさせながら言った。
「あー、あのね、孝俊くん。……またゴハン食べにくる? あんまり、たいしたものは作れないけど」
 来た。
 あまりにも思い通りにいきすぎて、思わずニヤけてしまいそうになるのを、僕は満面の笑みでおどけてみせることで誤魔化した。
「じゃ、明日来ます」
「さっそくかい。あはは」
「ははっ。でも作りすぎたら、いつでも呼んで下さい。マジで」
「うん。作りすぎたらね。ふふ」

 僕はただ、佳織さんともっと仲良くなりたいだけだ。佳織さんとおしゃべりして、もっと気安く冗談を言って笑ったり、ときどき彼女の手料理を分けてもらえたりできれば十分だ。
 それ以上の邪な気持ちなんてないし、佳織さんを汚すようなことは考えちゃいけないと思っている。
 今よりちょっと仲良くなりたくて、そのために、勉強した知識を使ってみてるだけなんだ。

 本当に。

31: 名前:nakami投稿日:2010/11/12(金) 12:22
人妻人形日記・7
>5月27日(火)


 今日は佳織さんからのメールはなかった。
 だから、僕の方からメールしてみる。

『こんばんは。もうごはん食べました? 僕の今夜の夕食は、焼き鳥とビールです』

 しばらく待っていたら、佳織さんから返信が来た。
 それだけのことでウキウキしてしまうなんて、まるで子供だな、僕は。

『ビールいいなー。私は冷凍の讃岐うどん食べました。ちょっと手抜きです(*^-^)』
『手抜きうどんかぁ』
『オヤジでたー!Σ(゚口゚;』
『すみません。間違って父からきたメールを転送してしまいました。今の僕じゃないんです』
『さては酔ってるな〜?( ̄▽ ̄)』

 僕はメールを打ち続ける。
 晩ごはんの話題が尽きたら、今やってるテレビとか芸人の話とか、映画のこととか、佳織さんがノってくるよう話題ならなんでもいい。とにかく話題を途切れさせないようにメールでの会話を続ける。
 メールの気安さが普段よりも饒舌にさせる。佳織さんを飽きさせないように、普段よりも軽いジョークやふざけた会話を送る。
 顔の見えないメールは僕にとって有利だった。僕は自己暗示で気持ちを落ち着かせ、佳織さんの気分をケータイ越しに読み取り、そして操るイメージで会話をリードしている。
 そして1時間近くもメールのやりとりをしていた頃だろうか。

『私たちメール終わんないね。すぐお隣なのにもったいないかも(^_^;)』

 佳織さんにそう思わせるのが、僕の今日の目標だった。
 それじゃあ、そろそろ締めようか。
 僕と佳織さんは今同じテレビ番組を観ている。芸人さんがひたすら有名店の美味しいモノを食べ続けるっていう、どこが面白いのかよくわからない企画なのだが、今はちょうど有名洋食店のハンバーグを食べているところだった。
 じつは佳織さんの得意料理も、スパイスや香草をたっぷり効かせたハンバーグだ。この話題はちょうど使える。
『確かにもったいないかもですねー。あ、ハンバーグ美味しそう。いいな、食べたいな』
『おいしそうだよねー。明日ハンバーグにしようかな?』
『いいですねぇ。僕も明日はハンバーグ弁当にしようかな』
『お弁当好きだねw それより、うちで食べない?』
『マジっスかー!? いいんスかー!? わー!』
『う、うん(^_^;) 真面目にお仕事がんばった子には食べさせてあげます』
『やった! じゃ、明日メールします。仕事も頑張ります!』
『また明日。がんばってねp(*^-^*)q』
『ありがとうございます。おやすみなさい』

 こういうのを、ラポールの形成と言うそうだ。
 催眠術を勉強しながら知った心理学の用語なのだが、ようするに僕と佳織さんの間に信頼関係を築いていく作業だ。
 これまでの僕は、佳織さんともっと親しくなれることを密かに期待しているだけで、自分から動いたり考えたりすることがなかった。
 でも今は違う。催眠術を妄想するようになってから、僕は変なスイッチが入りっぱなしになったみたいに積極的になってる。
 いや、むしろ佳織さんの方から積極的になるように仕向けている。そしてそれは、自分でも怖いくらいスムーズに、計算通りに上手くいっている。
 今の佳織さんは僕との会話を本当に楽しいと感じているようだ。先輩がいないときに僕を家に上げることにも、抵抗を感じなくなりつつあるように見える。
 昨日と今日の2日間で佳織さんの中の僕の信頼度はかなり上がっている。その確かな感触が嬉しいし、何より楽しい作業だった。
 ここで強引になったりしてはダメだ。あせらず2人の間のラポールを熟成させればいい。
 そうすれば、いずれ……。

 と、その先を夢想している自分に気づいて、慌ててやましい想像を振り払った。
 やめろやめろ。
 いつまでそんないやらしい妄想してるんだ。

32: 名前:nakami投稿日:2010/11/12(金) 12:24
人妻人形日記・8
>5月28日(水)


「いらっしゃーい。もうごはん出来てるから、あがってあがって」
「お邪魔します」
 今日も佳織さんの手料理をいただけた。佳織さんは機嫌良さそうに笑ってる。僕との会話を楽しんでいる。
 女の人って、自分の意見に同調してくれる相手がいるだけで機嫌がよくなる。彼女が自分で言っていたことを、語彙や言い回しを変えて、さりげなく気づいたフリして言ってやるだけなのに、自分の気持ちを言い当ててくれたと勘違いする。
 そうなると安心して何でも喋ってくれる。僕のジョークにも同調して盛り上がってくれる。
 会話で一番大事で肝心なのは、相手のリズムを掴んで、それをリードしてやることだ。
 今まで気にしたことなかったけど、確かに微妙なテンポの変化で相手の気分もわかる。気分を上げたがっているときも、ちょっと休みたいときも、そのときの波に合わせてリードしてやればいい。たとえ無言になっても慌てる必要はない。それが相手にとって気持ちの良い沈黙なら、次のきっかけを用意しながら黙っているのも、会話のうちなんだ。
 僕は、佳織さんとの楽しい会話ってヤツを、完璧にこなしていた。僕はいつのまにか他人の心を掴む会話術を身につけていたようだ。
「孝俊くんって面白いね」
「そうですか?」
「こんな人だとは知らなかったよー」
「そういえば、2人でしゃべったことって、あんまりなかったですもんね」
「うん。そっか。そうだよね。いつもはあの人ばっかりしゃべってたから…」
「あ、でもうちの会社には、先輩よりもよくしゃべる人がいて、その人はホント、四六時中おしゃべりしてるんですよ。よくそんなに話題あるなってくらい」
「へー」
「でも仕事がやばいことになってきたら、どんどんおとなしくなるんです。いつのまにか消えてるし」
「あはは、さいてー」
 たまに先輩の話になりかけたら、違う話題に振り替える。僕はそのへんも上手にコントロールしてる。
 佳織さんの上半身や肩に緊張しているような硬さは無い。ややテーブルに乗り出すようにしているのは、僕にもっとしゃべって欲しい気持ちの表れだ。僕の目を見て微笑む彼女には、はっきりと僕に対する信頼の気持ちが映っている。僕は嬉しくなって、しゃべればしゃべるほど巧みになっていく自分の会話を楽しんだ。

「……ふー」
 しばらくした頃、佳織さんが両手を突き出すように伸びをした。
「あ、疲れましたか。ちょっとしゃべりすぎましたね」
 もう8時半を回ってた。長居しすぎてしまったようだ。
「ん、違うの。大丈夫。私、肩こり症なんだよねー」
「そうなんですか?」
「ひどいときは頭痛とかもしちゃってさぁ」
「大変ですね」
 そういや、胸が大きい人は肩がこるっていう話だ。
 確かに、佳織さんって胸以外はスレンダーから、そこにだけ重りをぶら下げて歩いてるようなもんだよな……。
「んー」
 と、思って眺めていたら、急に佳織さんが伸ばした手を上に反らせるものだから、薄手のパーカーに隠れていた胸がいきなり強調された。さっきまでの余裕も忘れて、僕の顔は真っ赤に、心臓はドキドキと忙しくなった。
「い、今も頭痛するんですか?」
「いやー、そこまできつくはないんだけど……あの人がいれば、マッサージお願いできるんだけどね」
 マッサージ―――。
 僕の頭の中で、カチッと変なスイッチが入った気がした。
「私、昔から肩こりがひどくってね。家の近くに整体師さんがいて、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に並んで受けてたりしたの。あはは」
「ははっ……でも、それってかなり辛いんですよね。うちも母さんや姉さんが肩こりひどかったんですよ」
「へー、そうなの」
「だから僕も昔はよくマッサージさせられましたよ。しかも代わる代わる全員に」
「あはは、末っ子は大変だ」
 ……やめろ。そのくらいにしておけ。変な下心を匂わせでもしたら、これまでに築いた佳織さんの信頼も崩れるぞ。
 頭では必死に止めてるのに、スイッチの入った僕の口は止まらない。ここで博打を打ちたい欲望が止められない。
 目の前にある美味しそうなエサに、思わず口の端が歪んでしまう。それを、好青年ぶった笑顔で誤魔化しながら。
「ちょっとだけやってみましょうか?」
 肩を揉む仕草を見せる僕に、佳織さんは「えー」と恥ずかしそうに首をすくめた。
 引かないでください。心の中で必死で僕は彼女にお願いしている。
「いいよいいよ。あとでお風呂入ったとき、自分でするから」
「でも、姉さんがいつも言ってましたけど、人にやってもらったほうが気持ちいいんですよね? もう夜も遅いし、少しだけ肩もみしたら僕も帰りますよ。ハンバーグ美味しかったから、そのお礼です。ははっ」
 佳織さんが受け入れやすいように、僕は自分のセリフに何個も彼女の使いやすい弁解を入れておいた。
 彼女が拒絶しなければならない本当の理由――、夫がいないときに隣人の男性を家に招き、自分の体をマッサージさせるという、背徳的な状況から目を逸らさせなきゃならない。
 でも、詰め込みすぎだ。わざとらしさが、彼女にバレるんじゃないかって冷や冷やする。
 やばいかな。
 佳織さん、警戒するかな。
「えー……いいの?」
 きた。
 佳織さん、のってきた。
 マジかよって、言っちゃいそうになって堪える。
 佳織さんは、僕のことを信頼してくれているんだ。
 まさか僕がやましい気持ちでこんなこと言ってるなんて、きっと思いもしないんだ。
「いいですよ、全然。家族で慣れっこですから」
「ふふっ、それじゃお願いします」
 ごめんなさいって気持ちと、ありがとうって気持ちと…あと、すごく興奮している。
 僕は最低の妄想野郎だから。

 佳織さんの後ろに回って、最初は弱い力で肩を押した。
 初めて触れる佳織さんの体。
 人妻の体。
 僕は指先に感じる彼女の体温に感動しながら、少しずつ力を込めていく。
「んっ」
 強めに押した途端に声が漏れたのを、佳織さんは恥ずかしそうに口を押さえて笑う。僕もドキドキしてる。
「かなり凝ってますね」と誤魔化して、僕は本格的に揉み始めた。
「ん、ん〜〜……」
「痛いですか?」
「だーっ、大丈夫っ、そんな、感じでー」
 固く目をつぶって佳織さんはじっとしている。整体にかかるくらいだから、強く揉まれることに慣れてるし、そのくらいが気持ちいいんだろう。僕は遠慮なく佳織さんの肩を手のひらで揉んでいく。
 パーカー越しに感じる佳織さんの体温と柔らかさ。堂々と佳織さんの体に触れている状況に少しずつ興奮は下半身に募り、股間が充血してくる。
 このことがバレたらえらいことになる。きっと佳織さんに軽蔑されるし、先輩に殺される。
 なのに、もっと佳織さんに触りたいという欲望に僕は逆らえない。
「頭痛がするくらいってことは、背中もこってるんじゃないんですか?」
 背骨に沿って降りていく僕の指を、佳織さんは「んー」と気持ちよさそうに受け入れていく。背中を少し反らせる仕草が色っぽい。ブラジャーのひもに触れたときはドキっとした。
「……あと首とか」
 佳織さんのうなじに触れた。直に触れた皮膚のなめらかさにゾクゾクする。
「う〜」
 佳織さんは気持ちよさそうにしてる。僕は彼女の肩に片手を乗せて、もう片方の手でうなじを上下にマッサージしていく。肩のあたりのすべすべした手触りも、生え際の髪の柔らかさも、うっとりするような気持ちよさだ。
「……佳織さん、少し喉を反らしてください」
「ん」
 僕のいうとおりにカクンと首を後ろに倒す佳織さんのうなじを、上に押し上げるように揉む。少しきついのか、佳織さんの眉がぴくんと揺れたが、僕に任せてくれている。
 佳織さん、今、自分がキスを待つときの顔になってるの、気づいてるだろうか。
 僕は手が汗ばまないことを祈りながら、彼女の横顔を後ろから覗き見ている。
 多少は母相手にマッサージの経験あるのは本当だが、威張れるほど上手くもなければ知識もない。でも僕は自分の指の動きに気持ちよさそうに身を委ねる佳織さんにドキドキしていた。興奮していた。ボロが出ても構わないから、今はもっと佳織さんの体に触れていたいと思った。
「佳織さん、次は肩胛骨のあたりをやります。肩を後ろに反らすようにして」
 両肩に乗せた僕の手に合わせて、佳織さんの胸がクッと前に突き出される。
 丸い胸の形がパーカーの薄い生地を中から盛り上げた。マジで鼻からハンバーグが出そうになった。
「じゃ、あの、け、肩胛骨の下を押します。ちょっと痛いかもしれないけど」
「んっ……んっ」
「はい、OKです。肩を上げて……ストンと落として」
 僕の言葉に合わせて、肩を抱く僕の手のひらの下で、佳織さんの筋肉と関節が動いている。
 ……まるで僕が操ってるみたいだ。
「肩の力を抜いて。回しますね」
 くるくると関節を回す。佳織さんが楽しそうに微笑む。
「手をだらんとして……そう。背中を少し揉みますね」
 揉むというより、佳織さんの背骨に沿って撫でた。手のひらで押すように。そして、その感触を楽しんで。
「息をゆっくり吐いて、楽にしてください。こうすると血行がよくなります。肩の重い血が下に降りて、軽くなります。どんどん軽くなります」
「はぁ……」
「そう。そのまますーっと力を抜いてください。支えてるから大丈夫ですよ。ゆったり楽にして、背中の血行が落ちていくのを意識してください」
 緩くなる佳織さんの背中を片手で支えて、僕は何度も佳織さんの体をさすった。首から腰の近くまで何度も上下して、その柔らかさを満喫した。佳織さんも気持ちよさそうにウットリしている。
 ずっとこうしてたいと思った。佳織さんの体に触れて、僕に身を委ねる佳織さんを見ていたい。
 でも、そういうわけにもいかない。
「はい、終わりです」
「……うわー、すっきりした」
 グンと背伸びした佳織さんは本当にスッキリした顔で、僕の中途半端なマッサージでも効き目があったのかと驚いてしまう。
「すごい良かった。孝俊くん、本当に上手なんだねー。ありがと」
「え、あ、そうですか? いや、そう言っていただけると……」
「うんうん。なんていうか、マッサージも上手だけど、声もいいよね。孝俊くんの言うとおりに動かしてたら、気持ちよくなった。ホントに」

 僕の心臓が跳ね上がった。
 ダメです、佳織さん。
 そんなこと言われたらたまらなくなる。『僕の言うとおりにしたら気持ちいい』とか、あなたに言われたら―――。

「……でもこういうのって、揉み返しっていうか、次の日にはまた固くなっちゃうんですよね」
「あー、なるなる」
「そもそもマッサージって、何日か続けてほぐさないとダメなんですよ、本当は」
「へー、そうなの?」
「ええ。筋肉って緊張と弛緩を繰り返しますから、完全にコリを取るには、何度かに分けてマッサージしないと本当の効果はないんです。まあ、一度やるだけでも結構楽になるんで、自然治癒も早くなりますけど」
「ふーん」
「それじゃ、僕はそろそろ失礼します」
「え、うん。ありがと。マッサージ気持ちよかったよ〜」
「こちらこそ、ハンバーグ美味しかったです」
 そして玄関まで見送りに来てくれた佳織さんが、あの後ろで手をモジモジさせる可愛らしい照れ方で微笑む。
 僕には佳織さんの言いたいことが予想できてる。
 でも、それは佳織さんのほうから誘わせないと意味がない。僕はいくらでも待てる。
「明日はねー、今日残ったニンジンとタマネギでカレー作るんだ」
「えー、いいですね」
「……食べたい?」
「もちろんです」
「ふふっ、言うと思った」
 僕たちはイタズラの共犯者みたいに、微笑みを交わした。
「おやすみなさい」
「うん。おやすみー」

 僕の手の中には、まだ佳織さんの感触が残っている。今夜、少しの間だけど、僕たちの間の距離はゼロにまで縮まった。
 感動と興奮に僕の心は震えている。そして徐々に現実的になって近づいてくる僕の夢想。

 ……眠れそうもない。

33: 名前:nakami投稿日:2010/11/12(金) 12:25
人妻人形日記・9
>5月29日(木)


「ん……」
 今日も食後に佳織さんにマッサージする。
 僕の方から「昨日の続きさせてください」と申し出ると、少し恥ずかしそうに「じゃ、ちょっとだけ」と、佳織さんは僕に細い背中を向けた。その無防備な背中が可愛いと思った。
「息を吸って、ゆっくり吐いてください。吐くのに合わせて肩を押しますから、力抜いてください」
「んー」
「それじゃ手を下ろして楽にして……首をマッサージしますね」
 カクンと、キス待ち顔になった佳織さんのうなじを強めに撫でる。
 僕の手の中でじっとする佳織さん。ドキドキする。なのに僕は昨日よりも積極的に指示を出し、そのとおりに動く佳織さんの感触を楽しんでいる。
「少し首を動かしますね」
 額に手を当てて、佳織さんの首を揺らす。彼女はすっかり僕に任せている。目を閉じたまま、じっと僕の手の中で揺れている。
「重い血がゆっくりと落ちていきます。体を楽にして……眠るときみたいに力を抜いて……僕が支えてるから大丈夫です。楽にして……」
 佳織さんのふっくらした唇が、少しだけ開いた。扇情的なものを感じて、僕は思わず目を逸らす。それでもゆっくり首を動かす手は一定のリズムを守っている。
「眠くなっても大丈夫です。今、背中を撫でますね……暖かくなってくのを感じますか? 血行が下に落ちていって、体を暖めています。頭の先から腰のあたりまで、重たい血がみんな落ちていきます」
 キッチンの椅子の上で、僕に抱かれるように支えられてるのに、佳織さんは全身を弛緩させて為すがままになっている。このまま抱きしめて、唇を奪いたい。その欲求を必死で押しとどめる。
「ゆっくり体を戻して……これでかなり楽になったはずです。肩も頭も背中も、血を入れ替えたみたいにスッキリしてますよ……はい、終わりです」

 佳織さんが、ゆっくりと目を開けて、グーンと伸びをして笑った。
「いやー。ホントに孝俊くんのマッサージすごいよ。気持ちいー」
「はは、そうですか」
「ホーント、寝ちゃうかと思った。催眠術みたいに。ふふっ」
「……あはは」
 内心の動揺を隠しながら、努めて笑顔で返した。確かに少しその気になりかけてた。佳織さんがあまりにも素直すぎるから、このままじゃ自分でもブレーキかけれないと思った。
 まさか、かかるはずはないと思うけど……でも、もしもってことも考えてしまう。想像してしまう。
 いや、そんなの不可能だ。考えるな。
「んー」
 佳織さんが眠そうに目をこする。僕と目があって恥ずかしそうに笑う。
 そういう仕草が可愛いと思うんだ。そばにいたいって思わせる。
 でもそんな魅力を感じるたびに……僕の中でスイッチが軋むんだ。
「佳織さん、そろそろおやすみの時間ですか?」
「いやいやまだ9時前だから。子供じゃありませんから」
「でも早く眠った方がいいですよ。今、たぶん体だけじゃなくて気持ちもリラックスしてます。たかが肩こりって言っても、心の影響もありますからね」
「ふーん、そうなの?」
「たとえば僕の姉さんで言えば、学校のテストの前とかひどかったですし……母さんなら、父さんが出張でいないときとか」
「あ……うん」
 出張というキーワードで、先輩の不在を思い出させる。できれば先輩のことは利用したくないが、佳織さんの納得できる理由になるなら、あえて使うことに躊躇はない。
「その肩こりの原因って、ストレスじゃないか思うんですよ。先輩がいなくて寂しかったり不安だっていう状況が、ストレスになってるっていうか」
「うん……だから肩がこるのかな?」
「だと思うんですよね、きっと。でも母さんや姉さんには僕のマッサージは評判良かったんですよ。肩が楽になったら、気持ちも楽になるって」
「あ、わかるよー。すごい気持ちよかったもん。なんだか心まで軽くなった感じ」
 肩や首の筋肉の血行がよくなれば、頭部を中心に体が楽になる。体が楽になれば、気分だって楽になったと感じる。
 当たり前のことなのに、佳織さんは僕の話にすごく感心して頷いている。
 彼女は僕の言うことを疑おうとも思っていない。幼なじみの先輩にずっと守られて、きっと彼女は他人に騙されたこともないんだろう。
 素直で無防備で可愛い人。だから笑顔が素敵な人。永遠にその笑顔を汚したくない。
 だけど僕は──複雑な感情を、とりあえず脇にどけてしまう。
「そういってくれると、マッサージしたかいがありました。ははっ」
「…そっかぁ…私、寂しいんだ…」
 佳織さんのその呟きは聞こえないふりをして、僕は席を立った。彼女の方から合図を出すまで、僕からは手を差し伸べない。ぎりぎりまで彼女を置いてきぼりにする。
「そんなわけで、今日はお風呂に長く入って、早めの就寝をおすすめします。僕はこれで帰りますから」
「え、あ、もう? うん、ありがとね」
「こちらこそですって。佳織さんにはご馳走になってばかりですみません」
「いいのいいの。お互い様だよー」
 玄関まで見送りに来てくれた佳織さんが、また照れくさそうにしながら笑う。
「孝俊くんがいてくれてよかったよ。1人ぼっちにならないで済んでるから、すごく助かってる。ホントに」
「はは、ありがとうございます。僕のほうこそ一緒にごはん食べれて嬉しいです。1人のごはんは寂しいですから」
「だよねー」
 僕はそのまま待っている。佳織さんから誘ってくれるのを。
「あ、あのさー……じつはカレーって、2日目のほうが美味しくない?」
「もちろん、僕は最初から2日目を楽しみにしてました」
「あはは、それじゃあ……また明日?」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ!」

 わかってる。
 僕は佳織さんと仲良くなりたいっていうだけのささやかな願望を、自分の手で崩し始めている。

 その下に眠ってるのが、とてつもなく卑劣な欲望だと知っていながら。

34: 名前:nakami投稿日:2010/11/12(金) 22:29
人妻人形日記・10
>5月30日(金)


「ん……はぁ……」
 もう3日目になるマッサージを、佳織さんはリラックスして受け入れてくれる。僕の指や手のひらに合わせて、佳織さんの筋肉や関節が皮膚の下で動くのを実感できる、至福の時だ。
「ぁ……そこ気持ちいい……んん……」
 佳織さんの声が妙に艶めかしいのもリラックスしているせいだ。誘惑してるわけじゃない。この人は天然さんだから、自分の声がかなりエロいことになってるのも気づいていないだけなんだ。
 そう自分に言い聞かせ、接地導体を用いたATC軌道回路における誘導妨害電圧の低減法を考察することで、僕は必死で平静を保っている。
「そ、それじゃ、今日はもっと本格的にやりますね。あの、ここだと椅子が固いんで、ソファの方でいいですか?」
「ん、はーい」
 キッチンからリビングに移動する。昨日までのマッサージとは雰囲気が変わって、少し緊張する。
 でも僕は、どうしても試してみたいと思っていた。
 ダメでもいいんだ。もしも佳織さんに僕のやろうとしていることがバレても……今の僕なら誤魔化せる。
 自信はなくても、もう我慢できない。いつまでも付きまとうこの夢想にケリをつけるには、試してみるしかないんだ。
「ふふ、なんか緊張するね」
「えっ、そ、そうですか?」
「だって昨日も、孝俊くんの言うとおりにしてたら、スウッて意識が軽くなったと思って、孝俊くんに終わりって言われるまで気づかないっていうか……眠ってる感じだったもん。ホントに催眠術みたいだったよ」
 ……ゾクゾクした。
 昨日、やはり佳織さんは催眠の入り口までイってたんだ。僕はそこまで出来ていたんだ。
 興奮が背筋を伝う。暴走のスイッチが、さらに一段入る。
「ははっ、そういう心配はしなくてもいいですよ。確かに僕のマッサージって、いろいろと注文うるさいですけど」
「あはは」
「でも催眠術とかって、こんなものじゃないですよ。テレビでやってるような催眠術なんてただのショーだし、本物の催眠術だって、心理療法とかの専門家のもとでキチンとした訓練しないと、素人じゃ絶対無理なんです」
「へー、そんなに難しいの」
「みたいですね。しかも実際にはそう簡単には催眠状態まで行かないから、長い期間かけて面接して、薬飲ませたり機械を使ったりしないと、たとえ専門家でも難しいらしいですよ」
「ふーん」
「簡単にできるもんだったら、とっくに警察や病院でも使われてますよ。便利すぎますからね。ははっ」
「あ、そうだよね」
「僕のはただのマッサージですから。でも筋肉って体の奥まであるから、外から揉むだけじゃなくて、自分から動いてもらって血行の流れ良くしないと効果低いんです。つまり、僕が下手くそだから佳織さんの協力も必要なんです」
「あはは、またまたー」
「眠くなっちゃうのも、マッサージの効果の1つなんですよ。心も筋肉と同じで、緊張と弛緩を繰り返してます。佳織さんが眠くなったのは、体の筋肉がほぐれるのと一緒に、心もリラックスしてストレスを吐き出したからですね。心が楽になったから、このまま眠りたいって思っちゃうんですよ」
「へー……なんかすごいな、孝俊くん。言ってることがプロっぽいよ」
「ははっ、そうですか?」
 こんなにスラスラと嘘をつける自分に感心する。
 催眠術の勉強してたつもりだったのに、これじゃサギ師やペテン師のテクニックを身につけてしまったみたいだ。
「それじゃ、マッサージの続きしますね。少しずつ楽になってくと思うんで、そのときは寝てもいいですよ。終わったら起こしますから」
「はーい」
 肩をゆっくりと揉んでいく。手のひらを使って撫でるように。
「結構ほぐれてきましたね」
「うん、すごい調子いいよ、昨日から」
「あ、でもここは少しこってるかな?」
「んっ」
 少し強めに肩を押す。佳織さんは辛そうに顔をしかめるけど、力は緩めない。
「佳織さん、僕の動きに合わせて肩にグッと力を入れて下さい……うん、そんな感じで」
 僕の指に合わせて、佳織さんの肩に力が動く。一定のリズムでそれを繰り返す。
「それじゃ、肩を上げて……下げて……もう一度……はい、いいです。次は背中を撫でますね」
「ん……」
 上から下へ撫で下ろすのを繰り返す。僕のマッサージが優しい動きになって、佳織さんが気持ちよさそうに目を閉じる。
 僕はそのまま佳織さんの腰のすぐ上あたりを押す。柔らかな手応えを楽しみながら、温めるように手のひら全体で撫でる。
「こうしたら、背中からお腹の方が温かくなってきません? 意識をできるだけそこに集中させてください」
「ん……」
 しばらくそれを続けてから、僕は佳織さんの体を後ろに倒して背もたれに寄りかからせる。そして佳織さんの手をお腹の上に置かせる。
「ここが温かいですね? そのまま両手で抱えててください」
 深く腰掛ける体勢で、佳織さんの頭を上向かせ、軽く手を擦り合わせて佳織さんの額に乗せる。
「僕の手の温度を感じますよね? お腹の温かさと同じでしょ? 額からお腹へ、この温かさが降りていくのをイメージしてください。スウッと降りて、お腹に溜っていきます。首の血行が降りていきます。どんどん降りていきます。首の力を抜いて、降りやすいようにしましょう。肩の力も抜いて、ゆっくり呼吸して。どんどん楽になっていきますよ……」
 佳織さんの体から素直に力が抜けていく。ここ数日こうしてマッサージを続けてきたから、彼女は僕の指示を信頼してくれている。反応はすごくいい。
「もっと肩の力を抜いて……大丈夫、僕が支えていますから楽にして。首と肩から力を抜いて、全部お腹に降ろしましょう。お腹が温まるのを意識して……」
 佳織さんのお腹の上で手を重ねる。柔らかい手。大胆な行動なのに、僕は落ち着いている。自分のやってる手順が、間違ってないと確信している。
「それでは両手を離して、ゆっくり広げて……ほら、スウッとお腹から何か抜けていく。これが佳織さんの心のコリです。佳織さんはこれで楽になりました。心を締め付けていた重いモノや固いモノが出て行って、心が軽く柔らかくなりました。気持ちいいですね……」
 佳織さんの唇に、うっすらと笑みが浮かんだ。
 笑われてるのかな?
 いや、大丈夫。佳織さんは気持ちよくて自然に微笑んだに違いない。大丈夫だ。上手くいっている。信じろ。
「ゆっくり呼吸してください。そして、体が楽になっていくのを感じてください。息を吐くのに合わせて、佳織さんの体は深く沈んでいく…吸って…次は軽くなって浮いていきます…吐いて…沈んでいきます…はい、それを繰り返します」
「はぁ……」
 長いため息と一緒に佳織さんの肩が沈む。僕は佳織さんの髪を撫でながら、耳元に囁きかける。
「佳織さん……僕の声が聞こえてますか?」
「……うん……」
「心を楽にして、僕の声を聞いて下さい。あなたの体は僕が支えている。だから安心してください……佳織さん……今、あなたは自由になりました……もう何もあなたの心を縛るものはない……リラックスして……自由を楽しんで……」
 佳織さんは静かな息を立てている。ひょっとしたら眠ってしまったかもしれない。
 僕は彼女の髪を撫でていた指を離して、耳元で声をかける。
「僕の声が聞こえますか? 聞こえたら返事をしてください」
「……はい」
 その声。
 いつもの明るい佳織さんの声とは違う、ぼんやりとした、表情のない声。
 まさかとは思う。でも、佳織さんは今、本当に催眠術かかってるんじゃないだろうか。
 心臓の音が激しく僕の胸を揺らす。
「あなたの名前は……?」
「……かおり……」
 ゾクゾクきた。
 虚ろで、頼りない声。彼女の心から、ぽっかりとこぼれ落ちたように、意志の感じさせない呟き。
 これが催眠声。佳織さんの催眠声。
 たまらない。こんなに興奮する声、初めて聞く。
「佳織さん。あなたの心は今、とても身軽になって羽ばたいています……遠い空……知らない土地の上を飛んでいます」
「はい……」
「あなたは自由で、とても楽しい。今いる場所のことなど忘れてしまった方がいい」
「……はい」
「遠く……遠く……どこまでも自由に飛んでいく……」
 佳織さんの呼吸はゆっくりとして落ち着いている。
 うっすらと微笑みを浮かべているように見える。
 彼女の心は、羽ばたいているんだろうか。
 どこか知らない土地まで、飛んでいるのだろうか。
「佳織さん…あなたは今、どこにいますか? 僕にその場所を教えて下さい」
「ここ……ここは……」
 佳織さんが困ったように顔をしかめる。
 僕は喉を鳴らす。
 本当に催眠術は成功しているのか否か。
 僕の人生で、こんなに緊張した瞬間はない―――。

「……わかりません……」

 興奮が突き上げてくる。叫びたい気持ちがあふれそうになるのを、こぶしをきつく握りしめる。
 僕はさっき彼女にここがどこか忘れるように言った。そして、彼女はここがどこかわからなくなった。
 佳織さんは催眠術にかかっている。
 この僕の催眠術に!
「佳織さん……あなたは今、僕の声しか聞こえない。とても静かで落ち着いた気持ちです。何も考える必要もないし、悩みもない。それはとても幸せなことです……そうですね?」
「……はい……」
「楽しかったことを思い出してください……家族に囲まれて幸せだった幼い頃……仲の良い友だちと遊んだこと……祝福されて結婚したこと……」
 佳織さんに幸せなそうな笑顔が浮かぶ。先輩との結婚式を思い出してるのかって胸が痛くなる。
 でも、その想い出も全部、今は僕のために使わせてもらう。ごめんなさい、先輩。
「気持ちいいですね、佳織さん? あなたは今、幸せですね?」
「はい……幸せ……」
「それは僕のマッサージを受けたからです。僕を部屋に招いて、一緒の時間を過ごして、そして僕に体を触れられると、その幸せな気持ちでいっぱいになります。僕の手が触れたところは、気持ちよさでいっぱいになります。これであなたはいつでも幸せになれる。嬉しいですか?」
「うん……」
 キスしたくなるくらい可愛い笑顔だ。でも我慢しろ。今は……我慢しろ。
「佳織さん。でも、マッサージには揉み返しはあります。僕がいなくなったらあなたは寂しい。1人になってしまうから、また心にコリができてしまう。それは仕方のないことです」
 佳織さんが困ったように眉根を寄せる。僕はそっと後ろから佳織さんの肩に手を伸ばす。
「でも僕が佳織さんに触れると……今、肩に手を触れますよ。すると、ほら、マッサージの気持ちよさを思い出します。幸福で気持ちいいです。これがマッサージの効果です。僕にしかできません。僕に会えばあなたはいつでも幸せになれるのです」
 ホッとしたように佳織さんが微笑む。僕はその肩や首、髪や耳をくすぐるように撫でる。
「ほら、ね、気持ちいい。それじゃマッサージを終わりますよ……深く体を沈めて、力を抜いて……心を空っぽにして、全部忘れて……そう、あなたは僕に言われた言葉を忘れてしまいます。でも、幸せになれた気持ちは、大事にして覚えておきましょう。あなたはどうやったら幸せで気持ちよくなれるのか。どうやったら普段の寂しい気持ちを忘れられるのか。その答えは心の奥深く、あなたの意識のずっと底に沈めておきましょう……さあ、僕のマッサージが終わります。僕が肩をポンポンポンと3回叩いたら目が覚めます。あなたの体はすごく楽になってる。さあ、叩きますよ」
 3回、佳織さんの肩を叩いた。
「佳織さん、終わりましたよ」
「あ……」
 ぼうっとした顔で、僕の顔を見上げる佳織さん。どきりとするほど色っぽい。
「ん〜、スッキリしたー!」
 佳織さんは、頭の上で手を組んで、グンと伸びをする。
 僕はずっとドキドキして、落ち着かなかった。

35: 名前:nakami投稿日:2010/11/12(金) 22:31
人妻人形日記・11
>5月31日(土)


 今日は土曜日。本当なら休日だけど、昼間少し職場に出て仕事した。でも全然はかどらなくて、すぐに帰ってずっと家にいた。
 そして佳織さんのことを考えてる。
 昨夜はあれからすぐに帰った。佳織さんはもう少しのんびりしていけと言ってくれたが、あれ以上は無理だった。
 興奮して眠れなかった。僕の催眠術に佳織さんがかかったんだ。
 あの弛緩した体。虚ろな声。
 何度も思い出しては身悶えて、気がつけばもう朝だ。そして昼を過ぎて夕方近くまで何もせず過ごしていた。
 佳織さんにはメールしていない。メールして、会いに行く口実を探したい欲求を僕は必死で堪えている。

 昨日、僕は佳織さんに寂しい気持ちを植え込んだ。
 そしてそれから解放されるためには、僕に会うしかないと心の奥底に言い聞かせた。
 もしもそれが成功しているなら、佳織さんも今、1人で寂しさと戦ってることになる。
 だったら僕から誘っちゃダメだ。彼女の寂しさが行動に結びつくまで待った方がいい。そうじゃないと本当に催眠が効いたのかどうか確かめられない。
 でも、もしも本当に彼女から誘われたなら……僕は取り返しのつかないことをしたことになる。
 先輩の奥さんに、人妻に催眠術をかけて、僕に会いたくなるように仕向けたんだ。
 それはとても許されることじゃない。絶対に許されないことだ。

 そして……メールは来た。
 震える手で携帯を開く。送信者は佳織さん。タイトルは無題。

『お弁当もう買った?』

 いつも饒舌なメールを送ってくる佳織さんから来た、たった1行のメール。
 深読みしてしまう。
 手が汗に濡れて、返信がうまく打てない。僕はものすごく緊張している。

『いえ、まだです』

 佳織さんからの返信は、15分後だった。

『食べに来ない?』

 心の中で「いただきます」と手を合わせて、僕は出かける用意をした。

「ん……あ……ぁ……」
 もはや恒例になった食後のマッサージに、佳織さんはいつもよりも艶めかしく気持ちよさそうな声を出す。
 最初は普通に筋肉を揉んでいたけど、佳織さんの吐息に誘われるように、僕の手はいつのまにか体を撫で回すようないやらしい動きになっていた。
 もうとてもマッサージなんて呼べるような触り方じゃないのに、佳織さんは嬉しそうにそれを受け入れている。僕の股間はすでに熱くてやばい状態だ。
「んっ……ふぅ……んん……あん……」
 背中も脇腹も僕の手が触れる場所をくすぐったそうに佳織さんは身をよじる。僕は大胆に肩に触れ、首筋を撫で、その感触を手のひらに焼き付ける。
「佳織さん……首を楽にして、体を沈めて」
 トロンとした目をゆっくりと閉じて、佳織さんが僕の手の中で弛緩する。
「もっと楽に……心をからっぽにして。僕の声しか聞こえなくなります……今、佳織さんは僕の声だけで繋がっています。心は広く暖かい場所で休んでいます……」
「はぁ…ぁ…はぁ…」
 柔らかい。そして、少し汗ばんでいるのか、しっとりとした体。
 感じているのか。僕のマッサージが、昨日よりもずっと気持ちいいのか。
 僕の手はいやらしさを増して彼女の体を撫で回す。マッサージというよりは愛撫に近い触れ方になりつつある。そして、彼女自身はそのことに疑問すら感じている様子はない。

 彼女はトロトロと、僕のマッサージで催眠状態に堕ちていく。

 このまま抱きしめたい衝動と戦いながら、ソファに深く沈んでいく佳織さんの頭を撫でながら、僕は繰り返す。
「もっと楽にして……もっと気持ちよくなります……僕の声に任せて……もっと楽に……」
 佳織さんの呼吸は寝息のように聞こえる。僕は慎重に唾を飲み込み、佳織さんの耳元に顔を寄せる。
「……佳織さん、聞こえますか? 聞こえたら返事してください」

「……はい……」

 この声。
 弛緩した体の奥。心の底から漏れるような吐息と一緒に、頼りなげに発する声。
 催眠声だ。佳織さんの、無防備な心の音だ。

「……佳織さんは今、心をからっぽにした状態です。とても自由です。僕の質問には何でも答えます。あなたの心は僕の声に繋がってますから、何でも隠す必要はありません。安心して答えてください」
「はい……」
 しびれる。なんて魅力的な声。
 本当に催眠術にかかってるなら、この声で、彼女はどんな質問でも答えてくれるはずだ。

「佳織さん……あなたの誕生日は?」
「9月11日です……」
「血液型は?」
「O型です……」
 いい。すごくいい。この掠れるような囁き。ゾクゾクしてくる。
 落ち着けと何度も自分に言い聞かせるが、どうにも収まりそうもない。
 もっと聞きたい。佳織さんのいろんなことを、この声で。
「佳織さん……あなたは今日、どんな休日でした? 楽しかったですか?」
「昼間は……退屈でした。孝俊くんが来てからは楽しかったです……」
「た、孝俊くんに、会いたかったですか?」
「……はい……」
 僕の催眠が効いてたんだ。佳織さんは、ずっと僕に会いたかったんだ。
 ワクワクしてきた。もっと大胆なことを聞きたくなってきた。
「きょ、今日の下着の色は?」
「……ベージュです……」
「佳織さんは、処女ですか?」
「……違います……」
 何を聞いてるんだ僕は。
 佳織さんは人妻なんだから当たり前だろ。
「それじゃ……い、今までに経験した男性の数は?」
 僕は唾を飲み込んで、佳織さんの答えを待つ。
「……1人です」

 1人。
 たった1人。

 僕は狂おしいほどに先輩に嫉妬を感じた。
 そして同時に安心した。
 佳織さんには、そうであって欲しいと願っていた。僕の知らない誰かに抱かれる佳織さんは想像したくなかった。
 それでも、佳織さんを独占した先輩に対する嫉妬は胸に痛いほどで、自分を落ち着かせるのに、少しの時間を要した。
 リビングの中を、意味もなく行ったり来たりする。爪を噛む。呼吸を整え、なんとか気持ちを静める。
 でも黒々とした欲望は、まだお腹の底で渦巻いていた。
 もっといやらしい質問を彼女にぶつけたい。
「す、好きな体位は……?」
「…………」
 佳織さんが顔をしかめる。やりすぎたかも。催眠が解けるのかと僕はドキドキする。
 だけど、ずっと同じ顔をしている佳織さんに、ふと、思い至って質問を変える。
「旦那さんとエッチするときは、どんなポーズが好きですか?」
「……上から……抱っこされるの……」
 佳織さんは、体位という言葉でエッチを連想するほど性の知識はないみたいだ。中学生だって知ってる言葉だと思うけど。
 でもそういうところ、なんだか彼女らしい。しかも、上から抱っこって。正常位のことだろうか。いろいろ想像してしまう。
「し、週に何度くらい、旦那さんとエッチしますか……?」
「……3回……か……4回……」
 くやしい。
 うらやましい。
 僕ならきっと毎日でも抱いてしまう。
 一日中、佳織さんを抱いているに違いない。
「あなたのほうから、旦那さんをエッチに誘うことはありますか…?」
「…時々…」
「エッチは、好きですか?」
「きらいでは、ないです……」
「好きですか? きらいですか? どっちですか?」
「……好きです……」
 すごい。
 興奮する。
 佳織さんの心を覗いていくのはすごい快感だ。もっともっと佳織さんのことを知りたい。深く知りたい。何でも知りたい。
 僕は彼女の幼い頃を聞く。どんな遊びをしていたかも聞く。小学校の思い出。中学生の思い出。高校1年で先輩に告白したそうだ。初めてデートした場所は地元の隣の街。キスしたのはその年のクリスマス。でもエッチは高校を出てからだそうだ。すごい泣いたそうだ。
 佳織さんの好きな食べ物。嫌いなもの。友達の名前。先輩のどこが好きか。嫌いか。聞きたいことは山ほどあった。佳織さんは何でも答えてくれる。
 でも時計を見ればもう結構な時間が経っていた。これくらいにしておかないと、後で怪しまれる。
 僕は佳織さんの肩に手を乗せた。

「佳織さん……もうすぐマッサージは終わります。佳織さんは気持ちよく眠っていて、その間のことを忘れてしまう。僕との会話を覚えてません。でも、とても気持ちよくて、すっきりした気分です。だからあなたは、僕のマッサージが受けられないと寂しい。僕がいないと寂しい。でも、今は僕のマッサージが受けられて幸せです。さあ、肩を3回叩いたら目を覚ましましょう」
 言葉通りに僕が肩を3回叩くと、佳織さんはスッキリと目覚めて、体が軽くなったと微笑む。
 少し上気した顔が色っぽい。いつも以上にマッサージが効いているようだ。
「そ、それじゃ僕はそろそろ帰ります」
「えー、もう?」
 昨日よりも暗示が強く効いているのか、佳織さんは本当に寂しそうな顔をする。
「でも、こんな時間ですし」
 時計はすでに9時を回っている。
 というより、ここにいては僕の興奮が収まりそうもない。早く帰って頭を冷やしたい。
「あ、そうだ。座って座って。お返しに孝俊くんをマッサージしてあげるから」
「いや、そんなのいいですよ」
「なんでー? いいじゃない。いつもしてもらってるんだし」
 佳織さんに押し切られ、僕はソファに座らされる。佳織さんの細い指が僕の肩を優しく揉みほぐす。
「お客さん、こってますねー」
 確かに、ここ数日ずっと僕の肩に力は入りっぱなしだろう。もちろん仕事とは関係ないところで。
 まさかその張本人にマッサージしてもらうとは、変な話だ。
「んしょ……んしょ……もう少し強いほうがいい?」
「いえ、大丈夫です。気持ちいいです」
 佳織さんは機嫌良さそうに僕の肩をマッサージしてくれてる。催眠術でプライベートを覗いたこの僕に。夫婦の性生活を暴いた僕なんかに。
 今さらながら、チクチクと胸が痛んだ。
 でもそんな苦々しい僕の気持ちを、彼女が知るはずもない。
 いつもの温かい声が、僕の耳に優しくささやきかけられる。

「ね……明日は何食べたい?」

36: 名前:nakami投稿日:2010/11/12(金) 22:32
人妻人形日記・12
>6月1日(日)


 日曜日の午後。
 僕たちは夕食の材料を一緒に買いに行くことになった。
 今日の夕食もご馳走になる約束をしたとき、僕はいいかげん材料費くらい負担するといって、固辞しようとする佳織さんを強引に説き伏せた。そして、何を買おうかっていう話のときに、いきおいで一緒にスーパーまで買いにいく約束まで取り付けたのだ。
 デートっていうほど大げさなものじゃない。でも、一緒に出かけるっていう行為に、確実に縮まっている2人の親密さを感じる。
「あ、孝俊くん入れすぎだよ」
「肉好きだからいいんです。あ、鶏肉も買っちゃおう」
「だーかーらー。マーボー豆腐に手羽元は入りませんー」
 僕はさっきから好き勝手に適当な材料をカゴに放り込んでいる。どうせ払うのは僕だ。どんどん入れてやれ。
「も〜、これじゃ一週間分の食材だよ」
「ですねー」
 佳織さんが上目遣いに僕を見る。僕は彼女と目を合わせないようにして、適当に相槌を打つ。僕の言いたいこと、佳織さんはもう分かってると思う。
 少しばかり大胆なメッセージだった。でも大丈夫だと僕は確信している。この程度のわがままなら、今の佳織さんなら受け入れてくれるはずだ。
「わかったよ……孝俊くんの晩ごはんは、しばらく私が面倒見ます」
「やった」
「もう。ふふっ」

 夕食を楽しく一緒に食べた。
 佳織さんはいつもよりテンション高めで、よく笑って、よく喋って、終始機嫌が良さそうだった。
 そして、夕食が終わればいつものマッサージだ。
「んんっ……あ……はぁ」
 佳織さんの声は今日も艶めかしい。こんなにエッチな声を出してるって、本当に気づいてないんだろうか。
「くぅ、ん……ふぁ……あ……」
「佳織さん、もっと力抜いて」
「……ぁ……はい……んん……」
「今日は歩いたから、足も疲れてるんじゃないですか? 少し体を横にして、ソファに足を乗せてください」
「ん……こう……?」
 ソファの上で足を崩す佳織さんのふくらはぎを、僕もソファの隣に座って撫でるように揉みほぐしていく。
「あぁ、ぁ……くぅん……んん……」
 ピクンと体を震わせて、佳織さんの体が少しずつ崩れていく。僕に足を任せて、ソファのクッションに顔を埋めて声が漏れるのをこらえる仕草は、まるで僕の愛撫に感じているように見える。
 いや、実際に佳織さんの体は感じてる。僕に触れられるだけで幸福感と快感を覚えるようになっている。
 感じまくっているはずだ。限りなく性的な快感に近いものを。
「ふぅん、んん、ん……ん……」
「佳織さん……体を起こして。大丈夫ですか?」
 僕が背中を支えて、佳織さんをソファの上に起こす。僕の腕に上気した頬を乗せて、荒い息をつく佳織さんの色っぽさに、僕は襲いかかりたい衝動を抑えるのが大変だった。
「佳織さん、力を抜いて。リラックスしましょう」
「ん…ぁ……無理かも……今日のは効きすぎるよ……」
 あまりにも佳織さんがよく反応するから、僕もやりすぎたかもしれない。まだ息の整わない佳織さんの上下する大きな胸。手を伸ばせばすぐそこにある双丘の誘惑に、目がチカチカしそうだ。
「大丈夫です。ホラ、まぶたを閉じて……」
 手のひらで佳織さんの目を覆うと、軽く揺するように左右に首を振った。
「首の力が抜けて、肩が楽になります。ゆっくり息を吸って、吐いて……ホラ、また気持ちよくなりますよ……どんどん体が沈んで、心が楽になっていきます……僕の声だけが聞こえて、楽な状態です……」
 僕の手の中で佳織さんからクニャリと力が抜ける。佳織さんの反応は、どんどん早くなっている気がする。
「佳織さん……力を抜いて、深く沈んで……僕の声が聞こえますね?」
「……はい……」
 催眠に堕ちたときの、虚ろな声。この声を聞くたびにゾクゾクする。
 そう思ったときに、ゆっくりと上下する佳織さんの胸にまた視線が吸い込まれた。
 やめておけと、僕の頭の中で警鐘が鳴る。でも、佳織さんに催眠術をかけたときの僕は、暴走のスイッチが入っていた。本当にやめるのか? 理性が欲望に押し潰されて、軋むような悲鳴を上げた。
 僕は佳織さんの額に、そっと指を押し当てた。
「佳織さん。もっと楽にしましょう。体の力が抜けて、感覚がなくなります。体の感覚を切り離して、心を軽くしましょう。僕の指が触れているところから、感覚がなくなります。そして徐々に全身の感覚がなくなり、とても体が楽になります。もう僕の指に触れられてもわからない。全身から感覚が抜けて、心が自由になっています……ほら」
 しばらく押し当てていた指を離して、コツンと額を指先で突く。それでも佳織さんは反応しない。まぶたをくすぐってみても、なんの反応もない。
 本当に、体の感覚がなくなったのだろうか。僕の手は佳織さんの頬に触れた。
 佳織さんの反応はない。僕は撫でる。彼女の顔を。
 自分の息がどんどん荒くなっていくのは抑えようがない。
 そして、薄く開かれたその唇。
 ぽってりと柔らかそうに濡れている。いけないと思いながらも、僕はその唇に吸い寄せられていく。

 今なら、誰にもわからない。

 僕だけの秘密だ。一度だけだ。一度だけだから許してくださいと、佳織さんと先輩に頭の中で言い訳しながら、僕は両手を胸に添えたまま佳織さんに顔を寄せていく。
 佳織さんの規則正しい呼吸が僕の鼻をくすぐる。喉がカラカラに渇いていく。僕は佳織さんの顔にかからないよう息を止める。佳織さんが目を開けたらどうしよう。怖い。そう思いながらもここで引き下がりたくはなかった。そして僕の唇と佳織さんの唇が、今……触れあった。
 その瞬間、僕の体を電流が走る。衝撃がよみがえる。

 この興奮。
 魂まで焼けるような、この興奮を僕は知っている。

 あぁ、忘れられるもんか。
 僕はずっとこれを求めていた。ずっと探してたんだ。
 もう僕は自分の妄想を止めることはできない。やめろ、やめろと繰り返す理性を蹴飛ばして、僕は最後の暴走スイッチを、自分の意思で押した。
「佳織さん……あなたの感覚が戻ってくる。でも、体はそのまま僕に預けましょう。あなたは僕をとても信頼してくれているし、僕もあなたのことを大切にしています。寂しいことも忘れさせてあげるし、もっと気持ちよくしてあげます……だから、あなたは僕のお人形になって、可愛がってもらいましょう。さあ、立って」
 僕に支えられて、佳織さんがソファから立ち上がる。
「僕の手と声に従って……そう、あなたは今、お人形さんです。とても可愛いお人形さんです。もう何も考える必要はありません。心は自由です。幸せなことを思い出して、気持ちよくなりましょう。そして体は、僕に預けて任せてしまいましょう。そうすれば身軽になって、もっともっと気持ちよくなれます。さあ、手を下ろして。今、僕が肘を曲げます。このまま動かないで……そう、次に僕が下ろします。そのまま動かないで……はい、上手ですね。あなたは素直で可愛いお人形さんですね」
 内心ではすごくドキドキしている。それを出さないようにどんどん佳織さんに暗示をかけていく。
「あなたは僕のお人形さんだ。僕の動かすように動いて、僕の言うとおりに考える。あなたは可愛がられて幸せだ。もう寂しくない。僕の言うとおりにして、僕のそばにいればいい。恐怖も寂しさも不安もない。僕への信頼と幸福にあなたの心は満たされる」
 佳織さんの口元が、少しだけ幸せそうに微笑んだ。
 でもそれ以上の表情は動かない。体もじっとしたまま動かない。呼吸でわずかに胸が上下しているが、それに気づかなければ精巧なマネキンのようだ。
「佳織さん……あなたはお人形だから、目を開けても何も見えない。人形は何も見ない。さあ、ゆっくり目を開けてみて……」
 ゆっくりと彼女の目が開く。
 その目を覗き込んだとき、僕の全身にビリビリと衝撃が走った。
 足が震えて立っていられない。僕の膝は床に崩れ落ちた。這いつくばって、見上げるしかなかった。
 あぁ、その佳織さんの目。
 感情の映らない、無機質で虚ろな目。

 ―――お人形さんの目だ。

「……う、あぁ……」
 また会えた。
 やっと会えた。
 僕のお人形さんだ。
 勝手に涙がポロポロ零れていた。ずっともう会えないと思っていた。
 でも、ちゃんとここにいたんだ。

 精緻な美貌。
 完璧なプロポーション。
 従順な肢体。

「カオリちゃん……カオリちゃん人形だ……」
 リカちゃんじゃないけど、これは確かに僕のお人形だ。カオリちゃん人形だ。
 心からの感動で胸が震える。動悸が激しくて息が苦しい。ジーンズの中では、僕の股間が今にも爆発しそうに猛っている。
 チャックを下ろして固くなったペニスを解放した。そして擦った。
 出せ。早く出せ。今すぐ解放しないと僕は気が狂ってしまう。
 痛いほどボッキしたそれを僕は夢中で擦った。佳織さんの足元に這いつくばってマスターベーションするという、その異常なシチュエーションは、僕をますます興奮させた。
「はぁ……はぁ……カオリちゃん……っ」
 その微かな笑み。虚ろな目。真っ直ぐな姿勢。
 何もかもが素晴らしい。美しすぎる。
 これは僕のカオリちゃんだ。
 僕が見つけたんだ!
「カオリちゃん……カオリちゃんっ、カオリちゃん! あぁッ!」
 あっというまに僕は果ててしまった。頭が真っ白になり、腰がしびれる。フローリングの床に僕の精液がビシャビシャと跳ねる。全て吐き出したあとも僕のペニスはドクドクと脈打っている。体中を快感が突き抜けて、背中が痙攣する。ここまで気持ちのいい射精は初めてだ。
 佳織さんは、こんな汚らわしい僕の欲望が果てた先に、神々しく立っている。あの日、タンスの上で見つけた人形のように。

 僕はもう、本当にどうかしてしまったに違いない。
 こんなこと言いたくないのに。

「……佳織さん……あなたに秘密のキーワードを教えます……これは、僕と2人だけの、秘密のキーワードです……」

 もうやめろ。本当にもうやめろ。
 佳織さんをどうするつもりなんだ。彼女は先輩の奥さんだぞ。人妻なんだぞ。
 なのに、僕は僕を止められない。

「あなたは僕の口からその言葉を聞くと、いつでも今みたいにお人形さんになります。僕とあなたの、2人だけの人形遊び……楽しくて幸せなその遊びを、あなたはとても楽しみにしています。普段は人形遊びのことを忘れていますが、この言葉を聞くと、あなたはいつでもお人形さんになれます。だから僕が今から言うキーワードはとても重要です。絶対に忘れないように……心の一番奥で、大切にしてください。そして僕の合図で、いつでもそれを思い出してください。絶対に!」

 僕はきっと地獄に堕ちる。鬼畜だ。最低の変態だ。
 催眠術なんて知らなければよかった。
 E=mC^2なんてサイト見つけなければよかった。
 こんなにも甘美で切ない誘惑がこの世にあるなんて。
 僕はもうこの誘惑には逆らえない。

 催眠術。

 その欲望の秘法の前に、僕は犬のようにひれ伏し、奴隷として屈服する。

「キーワードは……『僕の催眠人形』です」

 僕と佳織さんの、秘密の1ヶ月が始まる。

37: 名前:nakami投稿日:2010/11/16(火) 12:35
人妻人形日記・13
>6月2日(月)


「おーい? 生きてるかー?」
 モニターの前で、小さな手がちょうちょみたいにヒラヒラした。
「え、生きてるよ」
 慌てて顔を上げると、経理の小田島愛が、大きな目を丸くする。
「いや、そこを素で返されるとこっちがハズいっていうか…まさか、ホントに寝てたとか

?」
 ずいっと、顔がくっつきそうなくらい近づいてきて、僕は驚いて引いてしまう。小田島

の方はこの無遠慮な距離を気にする様子もなく、まだ高校生っぽく見える笑顔をニマニマ

と浮かべている。
 彼女は僕と同期だけど2つ年下。長いつけまにコンタクトで大きくした瞳は、いつもキ

ラキラとしていて無邪気な若さが有り余っていた。
 さすがに職場に遠慮してか、ゴテゴテにメイクはしてないが、遊んでるっぽい雰囲気は

十分にある。でもおじさん連中にも愛想ができる子で、職場内でも人気が高いようだ。先

輩もこの子のこと可愛いって言っていた。
 僕は彼女にそれほど魅力を感じないけれど。ていうか、ちょっと苦手なノリかも。
「寝てないって。ちょっと考え事してただけ。さあ、仕事仕事」
「またまたぁ。休みの間に遊びすぎたんでしょ? ねえねえ、孝俊さんって、いっつもど

こで遊んでるんですかー? 愛にも教えて教えて」
 僕の肩をペチンと叩いて、そのまま体をぶつけるように寄せてくる。肩に彼女の細い腰

の感触が押し当てられる。こんな調子で、彼女はよく喋るし、スキンシップも馴れ馴れし

い。いつもこういうノリの子だった。
「失礼。今は仕事中ですので」
「寝てたくせにー。寝てたくせにー」
「うっさい、あっちいけ」
 追い払うように手でシッシッとやると、小田島は「くぅーん」とわざとらしく項垂れな

がら帰って行く。
 やれやれだ。僕は再びモニターに視線を戻した。そして、ため息をつく。

 仕事をしていても、何も頭に入ってこない。
 思い出すのは昨夜の佳織さんの姿。僕に全てを委ねる可憐な人妻。カオリちゃん人形。
 あのあと、僕の精液で汚れた床を丁寧に磨き、匂いを消し、佳織さんを元に戻したとき

にはもう9時を回っていた。
 さすがにやばいかと思ったけど、佳織さんは本当に僕のお人形になっている間の記憶を

失くしているみたいで、マッサージの最中に寝てしまっただけだと思いこんで「ごめんね

」と可愛く笑った。
 当然のごとく襲いかかってくる罪悪感。
 僕の隣の、長期出張中の先輩のデスクマットには、新婚旅行先のカナダで撮った2人の

笑顔が並んでいる。
 僕は尊敬する先輩の不在中に、間男のようなマネをしている。佳織さんの無防備な優し

さと信頼につけ込んで、料理を作らせたり、体に触ったり、催眠術にかけたりしている。
 昨夜はとうとう、唇まで奪ってしまった。
 最低だ。
「明日もゴハンおいでね。待ってるから」
 行為のあとの、佳織さんのいつもと変わらない優しさに、胸を潰されてしまいそうだっ

た。
 もう先輩の家には行くべきじゃない。理由なんてどうでもいい。行けなくなったとメー

ルするべきだ。そして、もう二度と行くな。
 なのに、僕は自分の部屋の1コ手前の先輩の部屋で足を止めてしまう。彼女を前にすれ

ば、きっと自分は誘惑に負けてしまうと知っているのに、僕はチャイムを鳴らしてしまう



「おかえりなさーい。ふふっ」

 この笑顔から離れるなんて、僕にはできない。

「ん…ぁ、はぁぁ……」
 恒例となった食後のマッサージをソファの上でする。
 佳織さんの色っぽい声が、少しずつ僕の理性を壊していく。こんなケダモノの手に体を

預けているとも知らず、佳織さんは無防備に白い喉もとを反らした。
「佳織さん、強いですか?」
「んんッ……大丈夫。気持ちいいよ」
「ちょっと揉みすぎたかもしれないから、少しさすりますね」
「あ、うん」
 揉みすぎたってなんだよって内心でツッコミながら、僕は佳織さんの肩から背中にかけ

て撫でた。
 僕のマッサージを信頼している佳織さんは、それがおかしなやり方だと疑う様子もなく

体を委ねている。僕は思う存分、人妻の柔らかさを手の平で味わい尽くす。
「ん……ぁ……ふ、ぅ……ふぅ…ん…」
 僕のいやらしい手は背中から脇腹へ。時折くすぐったそうにしながらも、佳織さんは吐

息を漏らすだけで嫌がるそぶりもない。それどころか、体から力が抜けて、僕の手の中で

クニャリと柔らかくなっていく。
 佳織さんは、僕がどんな風に触れてもそれはマッサージだと思いこんでいる。気持ちい

いのは僕が上手だからだと信頼している。
 僕はそんな佳織さんを愛おしむように撫で回す。うなじに触れ、細い脇腹を撫で、背骨

に沿って指を伝わせ、背中のブラの紐を服の上から執拗になぞる。そのたびに佳織さんは

切ない声をあげた。僕の手はその色っぽさにのぼせて、どんどん大胆になっていく。
 僕の催眠人形。
 昨日、佳織さんの心の奥に埋めたキーワードを思い出す。たった一言、その言葉を出せ

ば佳織さんは僕の人形になるはずだ。
 今、それを言えば。
 僕の催眠人形。
 佳織さんは『僕の催眠人形』なんだ―――。

「んっ…孝俊くん……孝俊くんってば」

 佳織さんに呼ばれて、僕は我に返った。
 気がつくと、僕はソファの背もたれ越しに佳織さんの腰に手を回し、後ろからのしかか

るように佳織さんの肩に顔を寄せていた。
「顔、近いよー」
 ツンと指で額をつつかれた。
 すぐ間近で見た佳織さんの笑顔と、夢中になりすぎていた自分への恥ずかしさで、僕は

真っ赤になる。
「す、すみません!」
「ふふっ、もういいよ。ありがと。気持ちよかったー」
 佳織さんがグンと伸びをする。
 怒ってはいないようだけど、佳織さんの方からマッサージを切り上げられて、僕はそれ

以上、彼女に触れる口実を作れなくなった。
 僕は朝から軽くパニってる。昨日のアレが尾を引きずってる。まるで前の自分に戻っち

ゃったみたいに、佳織さんの前で萎縮していた。
 佳織さんは、そんな僕に気づくはずもなく、僕を見上げて指をニギニギさせる。
「それじゃ、また孝俊くんもやってあげよっか?」
「い、いいえ、僕は……」
 みっともないくらい、どもって、うろたえてしまう。
 落ち着けと自分に言い聞かせて深呼吸する。
 もうやめろ。これ以上はするな。
「遠慮しないでってば。ほら、大人しくこっちおいで。ガオー」
 両手をニギニギと、赤ずきんに襲いかかるオオカミのようにして僕に迫ってくる佳織さ

ん。
 僕のしていることを何も知らずに、無邪気に信頼してくれる彼女を見ていると、自分の

抑えが効かなくなってくる。
 もっとひどいことを、したくなってくる。
「佳織さん」
「ん?」

「……僕、そろそろ帰ります。明日はちょっと早い現場なんで」

 自分の部屋に戻って、布団をかぶって、枕に頭を打ち付けた。
 これでいい。佳織さんを『僕の催眠人形』にしようだなんて、そんな考えは捨てろ。
 彼女は人妻だ。先輩の奥さんだ。そんなことしちゃいけないんだ。

 でも、したい。
 佳織さんにエッチなことをしたい。
 裸にして、全身を舐め回して、セックスしたい。
 セックスがしたい。
 佳織さんと。僕の催眠人形と。

 死んでしまえ、僕。

38: 名前:nakami投稿日:2010/11/16(火) 12:36
人妻人形日記・14
>6月3日(火)


 もう一度だけだ。
 あと1回だけ佳織さんを僕のお人形さんにする。
 そして彼女にキスをして、それを一生の思い出にして、これっきりにしよう。
 先輩。佳織さん。ごめんなさい。
 本当に、これで最後にします。

「おっかえりー」
「……いつもすみません」
「あはは、いいよ。買ってくれたの孝俊くんだしー」

 ぽってりした佳織さんの唇。
 ドキドキする。今日の佳織さんもとてもキレイだ。
 ルーズなジーンズと、ぴったりと体の線を見せるボーダーのカットソー。一昔前のファッションって感じが、部屋着の気安さで僕を迎えてくれる佳織さんのリラックスした気持ちを伝えてきて、ほんの数週間で僕たちはずいぶん仲良くなったんだなって、懐かしい気持ちになった。
 そして今日の佳織さんは、髪をポニーテールにまとめてる。少女っぽいのに、白いうなじがセクシーで、僕はこの髪型の彼女が大好きだった。

 今日、僕は佳織さんと最後のキスをする。
 僕にとって、きっと一生の特別な日になると思う。

 佳織さんの後ろ姿を見ているだけで、嬉しいような、切ないような、万感の思いに包まれる。
 そして佳織さんのあとにリビングに続いて入ったとき、突然、佳織が僕の方を振り返って、何かを発砲した。
「うわあ!?」
 情けない声を出して驚く僕に、佳織さんは満面の笑みで言う。
「お誕生日おめでとー!」
 あっけにとらえる僕の頭に、クラッカーの紙吹雪がひらひらと舞い落ちる。佳織さんが、固まってる僕の前で小首を傾げる。
「あれ? 今日だよね?」
 6月3日。そうだ。すっかり忘れてた。
 今日は僕の23回目の誕生日だ。
「よく……知ってましたね」
「えー、前に3人でテレビ見てたとき言ってたでしょー。忘れたの?」
 確かに先輩もいたとき、占いか何かの番組を観ながらそんな話をしたかもしれない。
「すみません、忘れてました…ていうか自分の誕生日を忘れてました」
「うわ、リアルでそう言う人初めて見た。私は自分の忘れたことないなー」
 それは、僕が最近あなたのことしか考えられないせいですって、言ってやりたい。
 機嫌良さそうに笑いながら、僕を出迎えるように佳織さんはテーブルの上のご馳走を見せる。僕の好きな佳織さんの手作りハンバーグ。ホワイトシチュー。鶏の唐揚げ。小さなケーキ。

「23才おめでとー。へへっ、ちょっと作りすぎちゃったから、頑張って食べてね」

 そして、いつもの笑顔で僕を暖かくしてくれる。
 佳織さん。僕はやっぱり、あなたのことが───。

「僕の催眠人形」

 この部屋の時間が止まる。
 どうして急にその言葉が口をついて出てしまった、自分でもわからない。
 そしてあまりにもあっけなく催眠状態に落ちる佳織さんの反応の速さにも、驚く頭はなかった。
 椅子に手をかけたまま、固まった佳織さんが虚ろな瞳をテーブルに向ける。
 佳織さんが欲しい。そう思ったら僕は思わずキーワードを口にしていた。催眠を開始していた。
 今の佳織さんは僕の催眠人形だ。何をしても無反応の人形だ。
 髪をすくう。サラサラの髪。
 僕はその匂いを嗅ぐ。シャンプーの匂い。でも、地肌に近いところでは、少し生々しい匂いがする。
 ごめんなさい、佳織さん。まだお風呂に入ってませんよね。こんなに近くで、あなたの肌の匂いを嗅いでごめんなさい。でも素敵です。あなたは、汗の匂いだって素敵です。
 耳の後ろの匂いを嗅ぐ。首筋の匂いを嗅ぐ。これが佳織さんなんだ。佳織さんの生の匂いなんだ。
 その体を僕は抱きしめる。できるだけ優しく抱く。
 柔らかい。胸が震える。彼女のぬくもりに、僕は感動する。
「佳織さん。あなたは今、お人形ごっこの最中です。お人形さんは可愛がってもらって幸せです。僕に抱っこされて嬉しくなります」
 髪を撫でて、耳元でささやく。通常の状態ならくすぐったい囁きなのに、佳織さんは微動だにもしない。虚ろな目に、感情すら灯らない。
 でも、僕の言葉は佳織さんの心の奥に届いている。繋がってると確信している。
「佳織さんは『カオリちゃん人形』です。可愛い可愛いお人形。肌の感覚はなくなってます。目も見えない。だけどお人形さんだから、みんなにいっぱい愛されます。寂しくもないし、不安でもない。あなたは幸せなお人形です」
 耳元に漂うシャンプーの香り。汗の匂い。料理したときの油の匂い。僕はそれを余すことなく吸い込む。
「カオリちゃん」
 彼女は僕のお人形さん。彼女の目に僕は映っていない。無遠慮に体を這う僕の手に反応することもない。
 僕しか知らない彼女の止まった時間。
 心も体も僕の手で無防備にされた彼女を、僕は―――。

「愛してるよ!」
 唇を重ねた。吸って、舌をねじこんだ。
 柔らかい体を抱きしめて、撫でた。
「愛してる…ッ! カオリちゃん、愛してる!」
 首筋に舌を這わせる。かすかにしょっぱい肌が僕を夢中にさせる。人形になった彼女のその肌は、本物の人形とは全然違って生々しい味がする。でもそれがいいんだ。このまま食べてしまいたい。おいしい。カオリちゃん人形は、とってもおいしい。
「カオリちゃん!」
 背中を撫でながら、唇を吸った。
 もう片方の手で僕は作業服のチャックを下ろす。固くなった陰茎を取り出した。激しくしごく。佳織さんのふとももに擦りつけながら、僕は彼女のお人形さん顔に欲情をたぎらせる。
「好きだ! 好きだよ、カオリちゃん! あぁッ!」
 戻れない。僕はもう善良なお隣さんには戻れない。
 僕は変態になった。今日この誕生日に、僕は人妻を人形にして興奮する変態に生まれ変わった。
 佳織さんの頬を舐める。匂いを吸い込む。柔らかい体を乱暴に抱く。揉む。擦りつける。
 愛おしいんだ。この無防備な体。虚ろな瞳。無表情な顔。温かくて柔らかくて中に血の流れている、最高のお人形さん。
 カオリちゃん。僕のカオリちゃん。好きだ。大好きだ。
 出る! もう、出るッ!
 すぐに僕の欲望は絶頂を迎える。僕はカウンターの上のキッチンペーパーを千切って、その中に精液を吐き出した。
 心臓が破裂しそうだった。僕はその場にへたりこんでしまった。
 ほんの1、2分のことだったと思う。なのに失神しそうになるくらい気持ちよかった。全身の力が抜けた。
 でも、こうしている時間もない。僕は乱れた服装を直し、佳織さんの耳元でささやく。
「僕が3度肩を叩くと、お人形遊びは終わります。あなたはこの間のことは何も覚えていません。体におかしな感触が残っていても、部屋に精液の匂いがしても気にならない。それがお人形遊びのルールです。僕があなたの肩を3度叩くと、お人形遊びは終わりますが、キーワードとルールは有効です。『僕の催眠人形』がキーワード。その間のことは忘れること。体に残った感触と匂いは気にしないこと。このルールは僕とあなたの大事な約束です。あなたにとって一番大事な約束です。それでは、肩を叩きます。そしてあなたが言うセリフは『23才おめでとー。ちょっと作りすぎちゃったから、頑張って食べてね』です。叩きますよ」
 僕は佳織さんの肩を3度叩いて、すぐに体を離した。

「23才おめでとー。ちょっと作りすぎちゃったから、頑張って食べてね」
「うわー、ありがとうございます!」

 極力、佳織さんの方を見ないで、精一杯の演技で無邪気に喜ぶ自分を偽って、僕はテーブルの上の料理に感嘆の声を上げる。
「すっごい美味しそうです! ありがとうございます!」
「え、あ、うんっ。いっぱい食べてね。ふふっ」
 一瞬、佳織さんは戸惑ってたように見えたが、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。
 お人形さんになってる間、佳織さんは僕の催眠で多幸感だけを味わっている。その余韻は、きっと少々の疑問など吹き飛ばしてくれる。
「あ、乾杯しないと。グラス出すね」
「ありがとうございます」
 佳織さんは、「えい」と背伸びして、棚の上段から細身のグラスを取り出す。上機嫌だった。
 それから僕たちは楽しい時間を過ごした。
 昨日までの僕と違って、佳織さんを楽しませる会話ができていた。まるで憑き物が落ちたみたいに心が軽かった。
 佳織さんは僕のジョークにお腹を抱えて笑う。どうでもいいような仕事の愚痴でも僕の味方をしてくれる。お互いの高校時代の学祭の思い出話で盛り上がったりする。
 お人形さん遊びを終えた佳織さんは、すごく機嫌がよさそうだった。
「おっかしー」
 口に手を当てて笑う佳織さんの、ポニーテールが揺れる。ついさっき、僕が欲望を吐き出したときの彼女の甘い匂いと柔らかさを思い出す。
 僕の欲望が、再び彼女を求めて蠢き出す。
「あー、涙でてきちゃった」
「……佳織さん」
「ん?」

「僕の催眠人形」

 涙を拭う指もそのままに、佳織さんはカオリちゃんになる。
 僕は佳織さんの後ろに回って、そのサラサラの髪の匂いをまず吸い込む。
「カオリちゃん……」
 チャックを下ろして陰茎を取り出す。さっきあれだけ出したのに、もうはちきれそうなくらいにズキズキと脈打っていた。
「カオリちゃん!」
 僕はその醜い欲望をポニーテールの中に埋めた。想像していた以上の感触の良さにしびれる。髪の毛を絡めるようにして、僕は陰茎をしごいた。腰を振って、僕は佳織さんはポニーテールを犯した。
「あぁ! ごめんね、カオリちゃん! 好きだよ、愛してる!」
 天国に昇るような気持ちよさ。
 僕は今、佳織さんを汚している。僕の誕生日を覚えていてくれて、僕の話で笑ってくれて、僕のために料理を作ってくれた人妻の髪に、自分の陰茎を巻き付けてマスターベーションしている。
 変態だ。最低のド変態だ。
 でも僕は、そんな自分にすら酔いしれていた。
 僕は大好きな佳織さんを汚している。
 催眠術をかけて、人形にして犯している!
「ゴメンね! ゴメンね、カオリちゃん。最高だよ! 最高に気持ちいいよ!」
 すぐにでも訪れるだろう限界のために、僕はキッチンペーパーをぐるぐる巻き取る。
 止まらない。僕の興奮は止まらない。

「…今日は本当にありがとございました。美味しかったです」
「いいってば。もうー」
 玄関で、佳織さんはいつもの素敵な笑顔で見送ってくれる。
 僕はこの笑顔を汚してしまった。僕の体を擦りつけ、マスターベーションの道具にした。
 2回もカオリちゃん人形で出してしまった。
「おやすみなさい」
「うん、また明日ねー」
 なのにまだ止まらない。変態になった僕は、体までどうにかなってしまったみたいだ。
 目の前にいる佳織さんが愛しくて仕方ない。
 僕は彼女を愛している。そして、『彼女』も僕を愛している。
 恋の幸福感で胸がいっぱいだ。

「僕の催眠人形」

 笑顔で片手を上げたまま、佳織さんの時間が止まる。
 これで『彼女』は僕のモノ。光を失った瞳が、機械チックですごくそそる僕の恋人。
「カオリちゃん……」
 一度履いた靴を脱いで、チャックを下ろして、ギチギチに硬くなった陰茎を取り出す。
 止まらない。僕はもう僕を止められない。
「カオリちゃん! カオリちゃん!」
 彼女の体に抱きついて、太もものわずかな隙間に僕の陰茎を差し込み、擦り付ける。
 ソフトジーンズは少し肌に痛いけど、でも、彼女の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、彼女のアソコに擦り付ける喜びに比べれば些細なこと。
「すごい! すごい気持ちいいよ、カオリちゃん! 出る、もう出ちゃうよ!」

 ごめんなさい、佳織さん。
 あなたをあきらめることなんて、僕にはできない。
 そして先輩も、ごめんなさい。
 “佳織さん”は、あなたの大事な奥さんです。
 だから“カオリちゃん”だけ、僕にちょっと分けてください。

 ちょっとだけ、僕にください。

39: 名前:nakami投稿日:2010/11/17(水) 12:04
人妻人形日記・15
>6月4日(水)


「僕の催眠人形」

 佳織さんと食卓を囲んでいるだけで、どうしようもなく僕は興奮していく。
「カオリちゃん」
 僕は佳織さんの後ろに回り、ポケットティッシュを数枚テーブルの上に出して、佳織さんの手を取った。
 すべすべで温かい手。白くて柔らかくて小さなその手を、僕は自分の醜い陰茎に添える。
「あぁッ! 気持ちいい! 気持ちいいよ、カオリちゃん!」
 佳織さんの手でマスターベーションしたら気持ちいいだろうなって、朝からずっと夢想してた。
 やっぱり気持ちいい。柔らかくて、温かくて、想像以上だ。カオリちゃん人形は最高だ。
「すごい、すごいよ! 気持ちいいよ、カオリちゃん! カオリちゃん!」
 目も眩む快感に、僕はすぐに果ててしまう。

「んー、気持ちよかった。へへっ、ありがとね」
「い、いえ、そんな」
 マッサージを終えたあと、佳織さんに「気持ちいい」と言われて、僕はうろたえてしまった。
 佳織さんの記憶には残ってないはずなのに、僕のいやらしい行為を揶揄されたみたいで恥ずかしくなる。
「んー」
 佳織さんはいつもようにグンと伸びをする。形の良い胸が浮き出る。
 佳織さんの胸。
 大きくて、柔らかそうなその胸。
 さっき出したばかりだというのに、ムズムズと僕の陰茎は起き上がり、新たな欲望を主張する。
 自分でもあきれてしまう。一度外れたタガはもう戻らない。
 佳織さんの大きく柔らかい胸。僕はその中身をまだ知らない。そして知りたい。
 それは反則だと、僕の頭の中でホイッスルが鳴る。
 でも催眠人形のカオリちゃんに興奮しすぎて、僕は止まりそうもない。
 ちょっとだけだ。ちょっとだけだから、いいじゃないか。

「僕の催眠人形」

 手を挙げて、伸びをした姿勢のまま佳織さんは固まる。
 今日も彼女は、僕のカオリちゃん人形だ。
 7分丈のカットソーが胸にぴったり張り付いて、形をくっきりさせている。少し広めのネックの部分から、深い谷間がわずかに覗けている。
 どうして、こんなに無防備なんだ。僕のカオリちゃん人形。可愛い可愛いお人形。
「さ、カオリちゃん…お着替えしようね」
 本物の人形に話しかけるように、僕はカオリちゃんの耳元に囁きながら、カットソーの裾に手をかける。
 指先が震えている。心臓が大きく跳ね続けている。
 小さなおへそがちらりと覗く。それだけでもう僕の股間は射精しそう。
 佳織さんのウエストは細い。無駄な肉がない。なのに、柔らかそう。僕はおへそにそっと触る。普通ならくすぐったいだろうけど、今の佳織さんにはその感覚がない。
 徐々に、めくり上げる。カオリちゃんのお洋服を脱がせていく。僕の息がうるさいくらい荒い。カットソーを胸の上までたくし上げ、キャミソールをあらわにする。ブラが一体になったキャミだ。大きなカップが、呼吸と一緒に上下している。
 濃紺のキャミソールカップと、白い胸肌の対比。美しすぎて、僕の呼吸が詰まる。心臓が苦しいくらい跳ねてる。
 顔を近づけて、じっくりと観察する。
 ゆっくりと上下している。カオリちゃんのおっぱいが。前から、横から、僕はじっくりと観察する。
 口の中が唾液でいっぱいになっていた。飲み込んで、息を吸う。カオリちゃんのおっぱいの匂い。お人形さんなのに、いい匂いがする。でも脇の方に近づくと、少し汗の匂いがする。
 お人形なのに。カオリちゃんはお人形さんなのに。
「ハァ…ハァ…」
 僕の股間は激しくいきり立つ。
 キャミソールをめくっていく。白いお腹がめくれていく。カオリちゃんの、胸の下の曲線が見える。僕の股間からはもう汁が滲み出ている。さらにめくる。大きくて丸い。お椀のように、ステキな形をしている。カオリちゃんのおっぱいをめくる。頂が見える。

「あぁ…ッ!」

 桜色の丸い乳首が、2つ、僕の目の前で揺れた。
 カオリちゃんの乳首。佳織さんの綺麗な乳首。

 催眠術で彼女の自由を奪い、そして僕は、とうとう肌まであらわにした。ひどいやつ。最低だ。
 なのに、この興奮は生まれてから一度も味わったことがない。こんな恥ずかしい格好されて、虚ろな瞳のままぼんやりとしている佳織さん。背徳的で、生々しくて、ドキドキする。
「はぁッ、はぁッ…カオリちゃん…ッ、カオリちゃん、すごいよ…ッ!」
 こんな興奮、耐えられるはずがない。僕はめくり上げたカップを佳織さんの胸に引っかける。股間はすでに爆発しそうだ。僕は自分自身のそこに手を伸ばす。ダメだ。間に合わない。

「あぁ…あぁっ!」

 パンツの中で、僕の欲望が爆ぜた。
 目の前の、佳織さんの胸に我慢できず、すぐにイってしまった。
 びゅるる、びゅるると、下着の中で何回も跳ねて、大量の精液が溢れる。
 みっともない射精なのに、涙が出るくらい気持ちいい。
 佳織さんの胸。僕の前でおっぱいをあらわにして、手を上げたまま、彫像のように身動き一つしない。
「僕の…、僕のカオリちゃん! 僕の、お人形さん!」
 ぐしょぐしょのパンツの上から陰茎を擦る。ビリビリと射精したばかりの亀頭に快感が走り、中で大きくなっていく。
「きれいだ! とってもきれいだよ、カオリちゃんのおっぱい! 最高だよ! 最高!」
 丸く形の良い胸。大きくて、本当にきれいな胸。乳首の色だって、人妻のくせにどうしてこんなにきれいなんだ。
 気持ちいい。僕のお人形さんになっておっぱい丸出しの佳織さんに見られながらするマスターベーションは最高だ。
 綺麗だ。可愛い。美しい。佳織さんの胸の素晴らしさは一言で言い表しようがない。
 姿だけで、この興奮を、僕にかつてない興奮とマスターベーションの快楽を与えてくれる魔法のおっぱい。匂いを嗅ぐ。間近で見る。僕の激しい息を吹きかける。匂いを吸う。胸一杯に、全身に行き渡るくらいに、吸う。
 これを、先輩は佳織さんに見せてもらったり、好きに揉んだり、吸ったりしているんだ。
 嫉妬と、羨ましさと、今は僕がそのおっぱいを独占しているっていう優越感で、気が狂いそう。
 触れたい。この手で、ぐにゃりと揉んでみたい。でもこれを鑑賞しながらするマスターベーションの快楽も手放したくない。
 佳織さんのおっぱいは最高だ。正面から見ても、横から見ても、下から見ても最高にきれいで、色っぽい。
 その丸いおっぱいにキスしたい。吸いたい。
 僕は不遜にもその美しいおっぱいに唇を近づける。でも、その前に僕の陰茎は快感に耐えきれずに、悲鳴を上げる。

「あ、あぁぁ…っ!」

 おっぱいの寸前で、僕は情けない声を出して達した。
 どくどくと、股間が脈動して、欲望を吐き出す。

 僕の床に腰をついて、じわりと気持ち悪く滲んでいくズボンの前を押さえた。
 佳織さんの胸は、相変わらず白く輝いている。僕は自分の気持ち悪さに吐き気をおぼえる。

 マスターベーションで欲望を処理すると、後に残るのはいつも後悔だ。
 僕はどこまで、この人を汚してしまうんだろう。人妻の佳織さんを。あの優しくて可愛い佳織さんを。
 今日は彼女の手を道具にして、マスターベーションをした。
 先輩以外の他人には決して見せないだろう素肌を、僕の手で剥いてしまった。
 そして、それをネタに目の前でマスターベーションをした。
 許される行為じゃない。ひどすぎる。
 なのに今も、両手を挙げたまま胸を晒す彼女を見ていると、また欲望がもたげてきそうになる。
 佳織さんが魅力的だから。顔も、性格も、プロポーションも素敵すぎるから。
 そうやって彼女のせいにして、また汚してしまいそうな自分を叱咤する。
 僕って本当に最低だ。濡れた股間の不快感が、そのまま自分のキモさに感じる。
 佳織さんの耳たぶに触れて、ささやく。
「そのまま、ゆっくり手を下ろして」
 僕の言うとおりに腕を下ろす佳織さん。そして乱れた彼女の服を直して、もう一度耳たぶに触れてささやく。
「僕が玄関のドアを閉めたら、その音であなたは目覚めます。あなたはいつものように僕のマッサージを受けて、僕が帰るのを見送りました。それだけです。あとはいつもどおり過ごしてください。部屋におかしな匂いがしても気になりません。あなたは、いつもどおりに過ごしてください」
 それだけ命令して、僕は自分の部屋に戻った。

 洗濯物を放り込んで、シャワーを浴びて、缶ビールを煽って、そして佳織さんのことを考える。
 彼女の笑顔と、優しさと、おっぱいについて考える。
 割り切ったはずなのに、それでも後悔と欲望は僕を真っ二つに引き裂こうと両方からしつこく引っ張る。
 脱がすべきじゃなかった。あの姿は一生僕の目に焼き付くだろう。
 そして死ぬまで、僕を布団の中で苦しめるんだ。
 佳織さんの顔。髪。手。胸。僕の女神。
 どうしてもっと早くに彼女に出会えなかったんだろう。悔しくて仕方ない。いや、例え先輩よりも早く僕たちが出会えてたところで、彼女が僕なんかを好きになるはずがない。
 でも、催眠術があれば。
 もしも催眠術をもっと早くに覚えて、そして先輩よりも先に佳織さんに出会っていれば、彼女の心を僕のものにできたかもしれないんだ。
 いや、今からだって遅くは───。

 バカ、何考えてるんだ。そんなことできるはずない。

 でも頭の中は佳織さんでいっぱいだ。
 今頃、何をしてるんだろう。ベッドで眠っているんだろうか。それともシャワーでも浴びているのか。
 佳織さんの姿をグルグル思い浮かべる。打ち消す。でも気がつくと彼女のことを考えてる。佳織さんの笑顔。カオリちゃんのおっぱい。
 止めろ。止めろ。僕はもう止めるんだ。絶対に、佳織さんに変なことしない。

 だけど、明日になればまた催眠人形しちゃうんだろうなって、頭の片隅で僕はもう諦めている。

40: 名前:nakami投稿日:2010/11/17(水) 12:04
人妻人形日記・16
>6月5日(木)


「僕の催眠人形」

 ソファの上に、佳織さんを横たえる。
 今日もマッサージして、彼女の体に触れて、艶めかしい吐息を上げさせているうちに、我慢ができなくなってしまった。
 虚ろな瞳を天井に向ける佳織さん。
 ごめんなさい、佳織さん。僕はまた、あなたに卑劣で卑猥なことをしてしまいます。
 だから見ないでください。その瞳に何も映さないでください。どうか幸福な夢の中にいてください。
 そして、ようやく会えたね。僕の恋人、カオリちゃん人形。

 今日は朝から肌寒く、佳織さんは少し厚手のパーカーを着ている。その前開きのファスナーを僕は下げた。低価格ブランドのパーカーの中は、同じブランドのキャミソールブラだ。
 室内着だから、楽なのを着ているだけなんだろう。でも僕に対して何の疑いもなく、こんな無防備な服を着ていられる佳織さんが、可愛くて、少し苛立たしい。
 僕は男なんだ。あなたのことばかり考えて興奮している、危険な男なんだ。
 あなたに、こんなことをしまう男なんだから。
 僕はケータイを取り出して、写真を撮った。ソファに横たわり、うつろな目を天井に向ける僕のカオリちゃん人形。本当に芸術品だ。とても可愛くて、何枚も撮ってしまう。
 胸に近寄って、アップで撮る。仰向けに寝ても形の崩れない佳織さんのおっぱいは本当に素晴らしい。肌もとてもきれいなんだ。昨日はたっぷりと見せてもらった。本当にきれいだった。
 たまらなくなって、胸に触れる。とても大きくて柔らかい。キャミの上からでもわかる。佳織さんの胸の感触が、すごくよくわかる。
 僕の手の中で形を変える胸も写真に撮った。いっぱい撮った。
 服を脱がせて見せてもらおうと思ってたけど、その前に僕の我慢が出来なくなった。

「カオリちゃん!」

 佳織さんの体を跨いで、作業服のズボンから陰茎を取り出す。
 そして彼女の胸に擦りつけた。胸の柔らかさと、キャミソールの肌触り。僕の陰茎はビリビリと快感にしびれる。陰茎の先には、佳織さんの無表情な人形顔が揺れている。
 僕は、カオリちゃん人形を抱いている。汚している。
 それはとてつもない興奮だった。彼女の胸に陰茎を埋めるようにして、何度も擦りつける。かすかな痛みも快楽だ。擦りつけて、熱くなって、このまま蕩けてしまってもいい。
「カオリちゃん! カオリちゃん、いい! 大好きだよ、カオリちゃん!」
 夢中になっていた。僕の陰茎。佳織さんの胸。佳織さんの催眠顔。揺れるソファ。
「あ、ああっ、ああっ…!」
 後のことも考えずに、佳織さんのキャミソールの上に、僕は精液をかけてしまった。
 彼女の胸に、そして喉もとにまで僕の精液は降りかかる。彼女は微動だにしない。僕の欲望のかたまりに汚されていく彼女はとても美しくあった。
「…やばいって…」
 佳織さんのキャミを、べっとりと汚してしまった。あぁ、もうべっとり僕の精液だらけだ。
 どうしよう。着替えさせるか。でもバレるに決まってるだろ。
 催眠術だ。なんとかそれで誤魔化すんだ。
「か、佳織さん…聞いてください。あなたは、今、お醤油をこぼしてしまった。胸もとにべったりと付いているのはお醤油だ。匂いも醤油だ。あなたは、すぐにそれを着替えなきゃならない。今すぐ」
 僕は佳織さんの体をソファに座らせる。僕の精液がたらりと垂れてきた。
「いいですか。胸についているのはお醤油です。あなたのこぼしお醤油です。だから、あなたはパーカーの前を開いた。これは醤油。色も匂いも醤油です。すぐに脱いで着替えましょう。いいですね」
 焦って指示が早口になってしまう。ちゃんと佳織さんの無意識に染みこんでいるだろうか。上手くいくだろうか。
 僕は、バクバクする心臓を押さえて呼吸を整える。上手くいく。信じろ。催眠術を信じろ。
「僕が肩を3回叩くと佳織さんは目を覚ます…いいですね?」
 肩を叩いた。3度。
 佳織さんはゆっくりと目を開けて…そして、はだけたパーカーの下のキャミを覗いて、目を丸くした。
「あー!」
 思わぬ佳織さんの大声にビクンと震える。どっと汗が噴き出る。
「大変、お醤油こぼしちゃった。うわー、べったりー」
 そして、僕の精液のついたキャミを摘む。胸もとがかなり大きく開いて、思わず覗き込みそうになって目を逸らす。
 テンパったときの佳織さんは無防備すぎ。でも今はそんな場合じゃなくて。
「は、早く着替えたほうがいいですよ」
「うん、そうだね!」
 そう言って頷く佳織さんのアゴには僕の精液が付いてた。やばいな、あれも拭いてくれるかな。佳織さんは隣の部屋に行って、青いTシャツを持ってお風呂場に向かう。
「ごめんねー、私ったら、なんでこんなところにお醤油を…」
「あー、あーいいですから全然、僕、そろそろ帰ります!」
「え、ホント? まだいいじゃない、コーヒーは?」
 Tシャツを変えた佳織さんが、僕を玄関先まで追いかけてくる。
「いえ、じつは明日は超早い現場があって朝4時集合的な噂も…」
 ウソを取り繕う僕の前で、佳織さんはTシャツの襟元を広げて、僕の精液の匂いをクンクン嗅いでいた。
「う〜、まだお醤油くさいよ〜」
 その仕草も可愛いし、襟元の広いTシャツは大胆だし、それを持ち上げてるせいでおへそが見えちゃってるし、ていうか佳織さん、おそらくノーブラで出て来ちゃってんだろうしで、テンパったら本当に無防備というか、さっきから軽くTOLOVEる状態の佳織さんがおいしくいただけてるんだけど、余裕のない僕は焦りまくりだ。
「じゃあ、すぐシャワー浴びた方がいいですよ。とにかく僕はこれで!」
「ごめんねー、また明日ね」
「はい! しょーゆーことで!」

 テンパリまくって帰ってきた。心臓がまだドキドキしてた。
 落ち着くためにビールを飲んで、ケータイに撮った画像のことを思い出す。忘れないうちにPCに移動しておこう。誰かに見られでもしたら大変だ。
 どれもきれいな写真だった。佳織さんの催眠顔はとてもきれいだ。胸も腰も横たわる全身も撮ったけど、一番きれいなのはやはり顔だった。
 さっき出したばかりなのに、一段落したらもう僕の股間は硬くなっていた。
「佳織さん…」
 陰茎を取り出して、PCの画面を見ながら擦る。
 今日は焦った。とんだ失敗だ。
 でも、おかげで後催眠の実験も成功した。佳織さんは、自分の体にべったりと付いた僕の精液を、お醤油だと誤認していた。
 これが催眠の力か。E=mC^2にあったシチュエーションと同じだ。僕の催眠術は、佳織さんの認識まで操作することができるんだ。
 現実に、こんなことがあるなんて…。
「…ハハッ」
 焦って損をしたかもな。こんなことが出来るんなら、もっとゆっくり楽しんでも良かった。
 どうせなら、僕の精液に汚れた佳織さんも撮っておけばよかった。
 すごくきれいだった。あの佳織さんも。
「カオリちゃん…ッ!」
 どく、どくと僕の陰茎が震えて、ティッシュの中に大量の精液を吐き出す。
 もう2回も出したのにこれだ。佳織さんは、僕の欲望を無尽蔵に引き出す。まるで魔法をかえられたみたいだ。
「佳織さん…ッ」
 むくむくと、絶えることのない情熱。佳織さんの催眠顔は僕のスイッチ。
「止まらないよ…佳織さん、止まらない…!」
 幸せだ。僕は本当に幸せだ。
 明日は何をしよう。きっと今日よりも、もっとすごいことをしてしまう。毎日我慢が効かなくなっていく。
 佳織さん。佳織さん。佳織さん。
「あぁ…ッ!」
 モニターいっぱいの佳織さんの催眠顔に、僕はまた大量の精液をぶっかける。
 頭がどうにかなりそうだ。
「佳織さん…大好きです」
 また明日、彼女に会える。
 彼女の手料理を食べて、彼女の体をマッサージして、そして彼女を人形にしてたっぷりと愛し合える。

 楽しみで仕方ない。

41: 名前:nakami投稿日:2010/11/17(水) 12:05
人妻人形日記・17
>6月6日(金)


「うん。そう。土日の間だけ帰れることになったんだ」

 昼前にかかってきた先輩からの電話に、僕はあいまいな相槌を打っていた。
 おそらく内容は仕事のことだったんだけど、僕の頭にはもう何も入ってきてなくて、ただ先輩の言うことをメモする手だけ動かしていた。
「あと、係長が帰ってきたら伝えといてくれ。月曜までには現地に戻るから、会社には顔出さねえって。伝票とかはお前に預けていい?」
「はい」
「そんじゃ、帰る前にお前んとこ寄るから」
「はい」
 通話の終わったあとも、僕は受話器を耳に当てたまま、しばらく動けなかった。
 そういや、先輩が戻ってきたら報告しようと思っていた仕事の件が、いくつもあったんだった。でも、急ぐようなものは係長や他の人に対応を回してるし、休日を利用して帰ってくる先輩に心配させなきゃならないような仕事でもない。
 だから、何も伝えられなかったけど、別にいいんだ。僕は先輩に何も言わなかった。報告するようなことは、特になかったからいいんだ。
 僕は先輩に何も言わなかった。

「あ、会社にも電話きてたんだ? まあ、そりゃするよねー。うちにも来たんだけどさ、もう、急に帰るって言われても慌てちゃうよ。ゴハン何作ればいいんだろね。あの人、いっつも『何でもいい!』しか言わないんだよー」
 いつものように、晩ご飯をごちそうになりに来た僕の前で、お味噌汁の鍋を温めながら、佳織さんは機嫌良さそうだった。
「出張してる間って、民宿みたいな旅館みたいなところに泊まるんでしょ? ああいうところって、どんなお料理出るんだろうね。やっぱ和食が多いのかな?」
 そんな気を回さなくても、先輩が「なんでもいい」っていうのは本当のことだと思うんだ。佳織さんの料理は、そんなところで食べるゴハンよりよっぽど美味しいから、本当に先輩は佳織さんの手料理なら何でもいいんだよ。
 僕にはわかる。だって、僕も佳織さんの料理なら何でも毎日食べたいと思ってるんだから。
「先輩の好きなものでいいんじゃないですか?」
「あの人さー。嫌いな食べ物ってないんだけど、これが好きっていうのもないんだよね。ほんと気分次第だから困っちゃう。ふふっ。もう適当に作っちゃおっかなー。れいぞーさんに相談しよっと」
 佳織さんは、「ぱっ」と陽気なかけ声で冷蔵庫を明けて、「んー」と小首を傾げる。
 スリッパのつま先を片方立てて、ハーフパンツから覗く白いふくらはぎが眩しい。あちこち棚を覗いて「むう……私の主婦力が試されている……」と唸る佳織さんの、丸いお尻が時々揺れるのもじつに可愛くて色っぽい。
 後ろから見てても幸福を感じさせてくれる光景だが、今はそれよりもキッチンが危ない。
「鍋吹きそうですけど」
「あーッ!?」
 味噌汁のことがすっかり頭から消えてたらしい。佳織さんは慌ててスイッチを切って、鍋をかき混ぜる。
「あっぶなー。あははっ」
 佳織さんは、もう先輩の帰ってくる明日のことで頭がいっぱいのようだった。今、僕のために夕食を用意していることなんて忘れちゃうくらいに。

 なんだったんだろう。この2週間は。
 僕と佳織さんはかなり仲良くなれていた。一緒に食事したり、買い物に出かけたり、お互いをマッサージしたりもした。
 以前なら考えられないようなことばかりで、素人の催眠術で彼女を操り、汚してしまったことに、後悔と興奮の狭間で僕は苦しみ、そして喜び、それすらも感動的だった。
 濃密な十数日を佳織さんと過ごして、僕は彼女と特別な関係になれたと舞い上がっていた。
 でも、佳織さんにとって僕の存在は、相変わらず旦那さんの同僚で、お隣さんで、それだけでしかない。今、こうして二人っきりでいることも、彼女にしてみればただの近所付き合いで、僕は寂しいときの話し相手でしかない。
 そう仕向けたのも僕だ。彼女に会いたいと思わせる口実を作ったのは僕だった。
 彼女は僕に恋はしてない。僕の、彼女への恋心だけが、前よりもずっと大きく揺るぎがたいものになっているだけだ。
 催眠術で、彼女の恋心を僕に向けることはできるんだろうか。
 きっと、時間をかければ可能だ。
 でも僕が欲しいのはニセモノの恋心じゃない。そんなのは彼女が今、先輩に向けている想いに絶対に勝てるわけがない。
 2人に対する罪悪感が、今さらながらにとても重くのし掛かってくる。なのに、今も遠くにいる先輩のことを思って幸せそうな佳織さんを見ていると、強引にでも僕の手元に引き戻してやりたくて。

 罪の意識と欲望が僕を苛む。
 でも、どちらがより大きいかなんて、今さら決まりきっている。

「僕の催眠人形」

 後ろから抱きしめる彼女の体は今日も柔らかくて良い匂いに満ちていて。
 僕は至福の時を彼女の肉体から与えられ、感動に涙腺を滲ませながら、遠慮なくその喜びを余すことなく貪っていく。
「ごめんね…でも、大好きだよカオリちゃん…ッ!」
 首筋の匂いが好きだ。髪の匂いも好きだ。鼻を擦りつけ、大きく吸い込み、そしてキスをして濡らしていく。細くて柔らかい体は、華奢な僕でも強く抱きしめれば折れてしまいそうで、慎重に抱きしめてあげたいけど、どうしても無茶をしてしまいそうになる。
 好きだ。好きだよ。
 細いお腹も大きくて柔い胸も張りのあるお尻も、佳織さんの体で足りないところは1コもない。100点満点でも足りないくらい、僕を満足させてくれる。
 僕のカオリちゃん。僕のカオリちゃん人形。
 君みたいな子にもう二度と会えるはずがない。僕はもう一生、君だけで構わない。カオリちゃんを心から愛してるんだ。
「はぁ…ッ、好きだ、カオリちゃん。この抱き心地も、匂いも、大好きだ…ッ!」
 僕は彼女の正面に回る。
 あぁ、そしてこの顔。整った小さな顔。女の子らしくて、きれいで、僕より年上のくせに汚れを知らない少女みたいで、好きだ。
 君の顔の中で、一番きれいなその瞳を、催眠状態でからっぽにした今のその顔が大好きなんだ。
「愛してる…愛してる! 僕はカオリちゃんが大好きだ! 僕のカオリちゃん人形だ!」
 先輩は知らない。佳織さんのこの顔を。人形になった体を。先輩の知らない佳織さんを僕は抱いている。
「好きだ! 好きだ!」
 何度も唇にキスをする。エプロンの隙間から手を突っ込んで胸を揉み、キスをする。
 頬、首、胸にキスして跪く。お人形になった佳織さんは動かない。お玉を握ったまま、瞳を宙に向けている。僕のカオリちゃん。愛しいカオリちゃん。
「君は僕のモノだよ! カオリちゃん人形は僕のモノだ! 誰にも渡したりしないよ!」
 誰にも渡さない。
 あっさりと口に出してしまっている自分に驚いた。でも、それは当然の気持ちだ。
 僕はずっと我慢してきた。ずっと、ずっと。
 今の会社に入って、このマンションに越してきて、先輩と一緒に片付けの手伝いに来てくれた佳織さんを紹介され、そのときからずっと片思いしてきた。先輩の家に呼ばれるをずっと待っていた。佳織さんに「いらっしゃい」と言ってもらえるのを待っていた。彼女の料理を食べられるのを、彼女の笑顔が向けられるのを、名前を呼んでくれるのを、毎日毎日、どれだけ我慢して待ってたと思ってるんだ。
 ようやく、僕だけのカオリちゃんに会えたのに。僕だけの秘密の彼女が出来たのに。
 僕だけのものなんだ。彼女は、僕だけの。

「カオリちゃん!」
 エプロンごとお腹をめくって、おへそにキスをする。舐める。可愛くて美味しいおへそだ。少ししょっぱいところがいい。チュウ、と音を立てて吸う。れろれろと舐めてから吸う。
 そして、ジーンズのベルトに手をかける。
「ねえ、いいよね? 脱がせてもいいよね、カオリちゃん!」
 気が急いて上手に外せない。心臓がバクバク鳴っている。僕はカオリちゃんをどうするつもりなんだろう。彼女を脱がせて、何をするつもりなんだ。
 でも、僕の手は止まらない。彼女の全てを、キッチンなんか暴こうとしている自分に、ひどく興奮していた。
 ベルトを開いて、前開きのボタンを外す。もどかしい思いで全て外すと、彼女の下着の色、ペパーミントが鮮やかに目に飛び込んでくる。
 カオリちゃんの下着。履き慣れて見えるそれは、きっと男に見せるためのものじゃなく、彼女の普段履きの下着だ。
 当然だ。僕に下着を見せる用意なんて彼女が考えるはずがない。
 そんな彼女の下着を、僕は暴いている。嬉しい。とても嬉しいことじゃないか。それでいいんだ。彼女の僕の人形だから。佳織さんの意志も用意も僕たちには関係ないから。
 脱がせろ。僕のお人形を裸にしろ。
 下着のフチに手をかける。下げる。
 そして、わずかにずらした指の先に、彼女の陰毛を感じる。
 下着の中で、その陰毛の丘を、じょり、となぞった。
 その瞬間、何かが冷めた気がした。
 してはいけないことをしているという、そっちの意識が強くなった。
 ほんの少し下にずらす。白い肌の上に、ウェーブのかかった影が絡んで生えているのが見えた。
 それは人形の股じゃなかった。
 生々しいほど、人間の女性のものだった。

 彼女は“カオリちゃん”じゃなくて、“佳織さん”だ。

 下着を掴んでいた手を離すと、ペパーミントは元通りに彼女の股を覆い隠す。
 右手に握っているお玉は、夫のごはんを作るためのもの。左手の薬指は夫との愛を誓うもの。
 じゃあ僕のしていることは、一体なんなんだ。

「……ごめんなさい…佳織さん……」
 床に手をついて、涙をこぼす。
 何をしているんだ僕は。
「ごめんなさい…先輩…佳織さん……」

 何をしているんだ、僕は。

42: 名前:nakami投稿日:2010/11/18(木) 12:23
人妻人形日記・18
>6月7日(土)


 久々の夫婦の晩餐だというのに、人の好い隣家の夫婦は、僕も一緒にどうかと誘ってくれた。
 まぁ当然、僕は適当な理由をでっちあげて断るわけだけど。
「すいません、学生時代の友人がこっちきてるんで」
 先輩は、そっか、なんて軽く答えて頷いた。佳織さんは、それじゃまた今度だね、と疑いもせずに微笑んでいた。
 とりあえず、家にいるわけにもいかなくなったので、たまには一人で飲みに出てみる。
 適当に目をつけて入った居酒屋は、うるさくもなく、マスターも渋いおじいちゃんで、雰囲気は悪くなかった。
 メニューも料理も意外と当たりだったし、時間をかけてお腹を膨らませ、気持ち良く酔うこともできた。
 なんだ、結構いいもんだな、一人呑みも。今度からたまにやってみるかな。
 さて、これからどうするかな。帰るにはまだ早い気もするし、映画でも行こうか。それともマン喫かな。
 ちょうどそんなこと考えてたタイミングで、メールが入った。
 小田島からだった。

『愛でーす♪なにしてる〜?』

 わざわざ自撮りの画像を添付してる。どうやらどこかのカラオケあたりにいるみたいで、いつもの小田島らしい満面の笑みと、派手なネイルでマイクを握る手が白ボケしていた。

『ソロで飲んでる』

 そう返信すると、しばらくしてまた添付付きのメールが返ってきた。

『ソロ活動かっこいー☆☆☆こっちは経理課+わたしのトモダチでカラオケしてまーす。孝俊さんもこっちきてきてー!愛は孝ザイルが聴きたーい♪てか北山うっぜー!』

 次の添付画像は、経理課の若い男連中と、あと小田島の友だちらしい知らない女の子たちの、カラオケ集合写真だった。
 いつも会社の人たちと行く店だ。小田島の肩を抱いてるのは、僕らの同期の北山だ。
 そういやコイツ、小田島狙いだって言ってたっけ。ハハ、なんだよそのドヤ顔。小田島にうぜーって言われてるぞ。
 なんだか楽しそうだ。経理課の先輩たちもごっちゃになって、かなり盛り上がってるみたいだ。ちょうど良い誘いだな。こないだ新曲を仕入れたばかりだし、思う存分歌わせてもらおうか。
 僕はOKを伝えるメールを打って、送信ボタンに指をかけた。
 でも、送る直前に気が変わって、全文を消去した。

『ごめん。もう帰るとこ』

 マンションの下の公園で缶ビールを開けた。風が冷えて気持ちいい。ブランコも冷えてて気持ちいい。今の気分にピッタリだ。
 一人で飲んでて楽しいわけがない。ごまかそうと思ってもムリだった。飲んでる間も、楽しそうな小田島たちのメールみても、僕が考えてるのは、今、隣の夫婦は何をしているのかって、そのことばかりだった。
 カラオケなんて歌えるわけない。できるわけないだろ。
 缶ビールを一気に飲み干し、盛大にゲップする。そして、空を見上げる。
 あの部屋に、まだ明かりはついてるんだ。そのことを確認して、僕は自分のしていることを恥じて顔を伏せる。
 4階の左から3つ目が、先輩と佳織さんの部屋だ。そこが見える公園のブランコで、僕は3本目のビールを空けてしまった。
 目はグルグル回り始めている。二日酔い確定コースを順調に僕は歩んでいる。
 佳織さんは今、先輩と楽しい食事をとっている。笑って、恥じらって、怒ったフリして、夫婦2人きりの食事を楽しんでいるに違いない。
 出張中のこととか、それとも2人にしかわからない思い出なんかを楽しく語り合い、そして、キスをしているかもしれない。
 僕だって佳織さんとキスをした。
 彼女は覚えてないけど、僕は佳織さんとキスをしたし、ペッティングもしたし、何度も佳織さんの体に向かって射精した。
 でも彼女が愛しているのは先輩だ。唇や体を許す唯一人の男性は、僕ではなく先輩なんだ。
 そのことを想うとすごく切なくなる。大声で叫んでやりたいけど、でもそんなことしちゃうほど不明にはなりきれなくて、僕は新しいビールを開ける。たぶん、全部ここで空けちゃうだろう。
 もう終わりにしたい。こんなに苦しいなら、佳織さんとはもう会いたくない。
 彼女は僕のモノにはならないんだ。そういう人だ。だから想えば想うほど苦しむだけだ。諦めるしかないってわかってる。それしかないんだって。
 ビールの缶を握りしめる。泡と一緒にあふれ出す中身が僕の手を濡らす。
 佳織さんを諦める。それでいいだろ?
 あぁ、いいんだ。佳織さんには素敵な思い出をたくさんもらった。もう十分だ。
 僕はビニールに空き缶を放り込み、手を洗うために立ち上がった。ちょっと間抜けな象さんの形をした手洗いだ。
 そして、見上げた部屋の窓に明かりが消えていることに気づいて、心臓が止まりそうになった。
 わかってたくせに。それを確かめたくてここにいたくせに。
 なのに、僕はそれを見上げたまま動けなくなって、しばらく立ちつくしていた。
 明かりは寝室からわずかに漏れるだけ。夫婦なんだから、するに決まってる。おかしなことなんてない。僕だってわかってた。
 今夜、あの2人はセックスするって。

「…アハハ」

 わかってるよ。夫婦なんだし、して当然だ。いっぱいするに決まってる。佳織さんのあの体を、先輩は抱きしめて、キスをして、服を脱がせて、いろんなところにキスをするんだ。
 わかってる。そして、佳織さんはとても嬉しそうな顔をするんだ。先輩にキスをされて、脱がされて、体を触られて、とても気持ちよさそうな声を出すんだろう。僕にマッサージされてるときよりも、ずっと。
 そして佳織さんも、先輩にキスをする。体に触れて、あちこちにキスをして、ペッティングをして、先輩を喜ばせるんだ。
 そうやって、愛し合って、キスをして、愛撫して、繋がるんだ。
 2人で、いやらしく、暖かく、幸福なセックスをしているんだろう。

「あぁぁぁーッ!!」

 手洗いの蛇口を蹴飛ばし、靴を水浸しにする。何度も何度も石で出来た手洗いを蹴飛ばし、つま先に傷をつける。

「あぁぁーッ! あぁぁぁーーッ!!」

 引っこ抜いてやりたいけど、僕の力じゃ当然こんなの持ち上がらない。何度も蹴飛ばし、悲鳴を上げて、手洗いに八つ当たりする。
 壊れろ。みんな壊れろ。僕も、僕の周りにある全ても、みんな壊れろ。
 好きにならなきゃよかった。出会わなきゃよかった。
 こんなに苦しくなるのなら、催眠なんて、手を出さなきゃよかったんだ。
 彼女は僕のモノにはならない。彼女の瞳に映る男は僕ではなく、彼女の心を占めるのも僕じゃない。
 永遠に、手の届かない女性を愛してしまった。
 でも、それだけでは終わらない。そう思って諦められるのなら、まだやり直せる痛みで済んだ。
 僕のこの手には、まだ佳織さんのぬくもりが残っている。僕の唇にはキスの感触だってある。
 僕の愛した女性は、佳織さんだけじゃない。
 カオリちゃん人形もここにあるんだ。
 誰にも言えない、秘密の恋人が。

「わぁぁーッ! わあぁぁぁーーッ!!」

 壊れろ。壊れろ。もっと壊れろ。
 僕とカオリちゃんだけ残して、世界は壊れてしまえばいい。
 そうすれば、僕と彼女は、2人きり。

43: 名前:nakami投稿日:2010/11/18(木) 12:25
人妻人形日記・19
>6月8日(日)


「佳織さんに質問します。夕べ、あなたと旦那さんは、何回セックスしましたか?」
「…2回です…」

 2回。
 なんだ、たったの2回か。

「…フッ」

 笑ったりしてすみません、先輩。
 でも、なんだか拍子抜けです。

「気持ちよかったですか?」
「はい…」
「幸せでしたか?」
「はい…」

 お人形のカオリちゃんが、無表情に答えていく。
 今日、先輩が帰り際に僕のところに挨拶に寄ってくれた。
 とてもスッキリした顔の先輩を見送った後、「昨日の残りだけど晩ご飯どう?」なんて、軽く誘ってくれる佳織さんと2人で食事した。
 佳織さんも機嫌が良かった。いつもより1.5倍くらい明るかった。
 僕はほとんど相槌を打ちだけだった。無口な僕を怪しむそぶりすら、ご機嫌な佳織さんにはなかった。
 そんな佳織さんに食後のマッサージをして、そして、カオリちゃん人形にした。
 今、カオリちゃん人形は真っ裸だ。
 僕が脱がせた。服も、下着も、全部脱がしてやった。
 昨日はあれだけ躊躇いがあったのに、今日の僕は彼女を全裸にすることに抵抗はなかった。
 だって、僕のカオリちゃんだもん。
 彼女の体はとても綺麗だった。ビーナスのようだ。形の良い胸も、くびれたウエストも、そして、薄く繁ったあそこも、とても綺麗だ。
 先輩が夕べ何度も突っ込んだはずのそこも、人妻だというのに清潔なピンク色で、まるで少女のようだった。
 とても大切に愛されているんだろう。
 わかりますよ、先輩。こんなに綺麗で可愛いお嫁さんなんだもん。お人形さんみたいに、大事にしてあげたいですよね。僕にもすごくわかります。
 彼女の裸はすごく興奮した。でも、乱暴に扱うにはもったいなくて、僕にはろくに触れることも憚られた。
 彼女の裸を見ながら、マスターベーションしただけだ。
 4回も。先輩が彼女にセックスした回数よりも、ずっと多い。4回だ、4回!
 なのに、僕はまだこんなに猛りきっている。
 僕はソファに腰掛ける佳織さんを見下ろしながら、まだ擦り続けている。
 佳織さんは、僕の精液で顔も体もベトベトだった。
 すごい量だ。だって4回分だから。なのに、まだまだ溢れてきそうで止まらない。

「旦那さんに抱かれて嬉しかったんですね?」
「はい…」

 佳織さんは、うつろな瞳を床に向けて、抑揚のない催眠声で答える。
 僕はその顔の間近で陰茎を擦りながら、質問を続ける。

「あなたは幸せなお人形さんですね?」
「はい…」
「でも、僕に会えなくて寂しくありませんでしたか?」
「はい…寂しかった…」
「それじゃ今は会えて嬉しかったんですね?」
「はい…」

 彼女は僕に会いたがっている。カオリちゃんになる時間を楽しんでいる。
 だから、これは悪いことじゃない。お互いのためなんだ。先輩がいない間、寂しい佳織さんの相手をしてあげてるだけなんだから。
 そうですよね、先輩?

「佳織さん、これから僕のマッサージを受けるときは、あなたは下着姿にならないといけません。恥ずかしいかもしれないけど、それがマッサージの決まりだから、仕方ありません。下着姿じゃないと僕のマッサージは受けられないんです。それはあなたにとっても寂しいし、つらいことだ。だから、あなたは恥ずかしくても下着姿になりましょう。いいですね?」
「…下着に…?」
「なりましょう。いいですね?」
「……はい……」
「僕のマッサージはとても気持ちいい。触られただけで愛撫のように感じてしまう。でもマッサージなんだから気持ちよくて当たり前だ。僕は佳織さんの体のためにマッサージしているだけだ。感じすぎて恥ずかしくても、決してやましいことじゃない。あなたの大好きなマッサージだ。いいですね?」
「…はい…」
 うつろな瞳で、うつろな声で、佳織さんは僕の指示を受け入れてくれる。僕の興奮はますます高まっていく。
「佳織さん、手を失礼しますよ」
 僕は佳織さんの細い手をとって、僕の陰茎を握らせる。少し冷たい感触がすごく気持ちいい。
「そのまま握って…そう、もう少し強く。そして、上下に擦るんだ」
 きゅっと握られた手が僕の陰茎を滑って擦る。ぞくぞくとした快楽が腰をしびれさせる。
「そう…すごく、いいッ。もう少し強く握って。そんな感じ…続けて。その動きを続けて! あぁ、気持ちいい!」
 シコシコとカオリちゃんの手で僕の陰茎が擦られる。うつろな目は僕の陰茎を見もしない。なのに手は動き続けている。機械的に、単調に。
 本当に、お人形さんに擦ってもらっているみたいだ。
 これが催眠術。僕にしかできないカオリちゃんのお人形だ。

「気持ち、いい…佳織さん、あなたは“手コキ人形”だ。僕が“手コキ人形”と言ったらこの動きを思い出して。僕は、あなたの手コキが大好きだ! 君が手コキしてくれたら僕は喜ぶ! 僕の喜びは君の喜びだ! よく覚えておいて!」
「…はい…」
 僕に手コキしながら、佳織さんがうつろな声で返事する。ぞくぞくする。すごい光景だ。精液だらけの佳織さんが、僕に手コキしてくれている!
「だ、旦那さんがいない間、あなたはとても寂しい。不安だし、肩もこる。でも僕はとても優しくて頼りになる隣人だ。僕に来てもらうことであなたはとても助かっている。不安や寂しさを忘れられる。マッサージで体も楽になる。そうですね?」
「…はい…」
「佳織さんは、僕がいると安心だ。信頼できる。あぁ、だから僕に毎日来てもらっている。あなたが望んだから僕は来ているんだ」
「…はい…」
「これからも僕は毎日来る。毎日、あなたに会いにきて、ごはんを食べて、マッサージをする。あなたは僕が来てくれることを感謝している。僕が来るのがあなたも楽しみだ。そうですね? そうなんですよね、佳織さん?」
「…はい…そうです…」
「良い子だ、佳織さん。これからも…たくさん、可愛がってあげるからね」

 いいですよね、先輩?
 僕はあなたから佳織さんを奪うわけじゃない。ほんの少し、仲良くなるだけだ。彼女もそれを喜んでくれている。僕は彼女の寂しさを慰めているだけなんだから。
 だから、これは、ちょっとだけ、ご褒美をもらってるだけです。
 別にセックスしてるわけじゃないし、彼女の心を奪ったわけじゃない。
 少しだけ、ほんの少しだけ、僕の居場所を作っただけです。
 僕だけの、小さな秘密の人形部屋を。
 だから、いいですよね?
 先輩のいない間、彼女を僕のカオリちゃんにしてもいいですよね?

「カオリちゃん…! 可愛いよ、カオリちゃん!」

 僕に4回も精子をかけられて、ベットベトになった彼女の顔に、僕は5回目の精子もかけてしまう。全然、量が衰えない。1回目から、ずっとこんな調子で大量にあふれてしまう。まるで僕の体がどうにかなってしまったみたいだ。
 佳織さんはひどい匂いだ。それに、髪にまでこびりついた僕の欲望のかたまり。
「も、もういいですよ、佳織さん…」
 なおも動かし続ける手を、僕は止める。彼女は自動手コキ人形。手も顔も僕の精液でべっとりだ。うつろな目を床に向けて、顔に額から垂れ落ちる精液に全身を汚していく。
 豊満なのに、無駄な肉のない素晴らしい体。
 本当に、男の子を喜ばせるために作られた人形のようだ。
 僕のお人形。僕の言うことを何でも素直に頷いてくれる、可愛い可愛い僕のお人形。
 先輩が帰ってくるまでは、僕だけのモノだ。僕だけの。

「佳織さん…あなたは、僕が帰ったあと、シャワーを浴びた。着ていた服は脱いで、洗濯機に入れた。体が濡れているのは、シャワーを浴びている途中で電話が鳴ったから。でも、電話はすぐ切れた。間違い電話だったんでしょう。あなたは気にしない。体がベトベトしているのもボディソープだ。匂いも普通の石けんの匂いだ。気にしない。すぐにシャワーを浴びて、きれいに流して、もう一度、髪も体も洗い直しましょう。いいですね?」
「はい…」
「それじゃ、立って。はい、僕の手をとって…そう、ちゃんと立って、シャワーに行きましょう。僕が玄関から出て、ドアの閉まる音がしたら、あなたは目を覚ましてシャワーに行く。ボディソープでベトベトの体を流す。いいですね?」
「…はい…」
「それじゃ、もう一度確認します。ドアの閉まる音で、あなたは目を覚ます。僕はもうとっくに帰っていて、あなたはシャワーの途中だった。いいですね?」
「…はい…」
「それじゃ…僕はもう行きます」

 彼女の服は、すでに僕が洗濯機に入れてある。
 僕は帰る前に、僕の精子で全身を汚した佳織さんの姿をケータイに収めた。一生残しておきたい姿だ。
 愛おしさで胸がいっぱいになる。そしてまた、股間が熱くなっていく。
 本当に素晴らしい女性だ、彼女は。僕の性欲は全て彼女に奪われてしまったようだ。
 でも、明日も明後日も、彼女は僕だけのモノだから、慌てる必要はないんだ。
 明日もいっぱい、僕たちは愛し合える。
 リビングの扉を閉める前に、もう一度、僕の可愛いカオリちゃんを振り返る。
 僕の精子が、うつろな彼女の顔から胸へ垂れていく。

「とってもきれいだよ、佳織さん。おやすみなさい」

 また明日。

 

44: 名前:nakami投稿日:2010/12/02(木) 19:35
琉樹の館・1

 建築デザイン雑誌の編集をやっていると他人に説明すれば、センスの良い仕事をしているように思われる。
 確かにセンスが悪ければ売れない雑誌を作っているんだから、そう思われるべきなんだろう。イメージは大切だ。
 でも、どんな職場でも変わらないと思うが、結局のところ編集の仕事というのも、いわゆる「良好な人間関係の構築」というのが根幹であって、それは職場内外を問わずとてもストレスが多く、不合理で、我慢を強要される、泥臭くい地味な作業だった。
 私たちの主な取材対象となる建築デザイナーという人たちも、とても厄介な人格の持ち主が多い。
 特にトップレベルの仕事をする人たちは、外見こそ誰もが美しさなり逞しさなりで輝き、魅力にあふれているが、いざ仕事として接してみると、だだっ子のように頑固な気むずかし屋ばかりだった。
 妙なところに神経質で、自己中心的。思い通りにならないとすぐに不機嫌になるし、すぐに自慢をしたがる。要するに、昔ながらの職人大工と気質は変わらないのだ。
 昔ながらの頑固でわがままな職人大工の家で育った私が言うのだから、間違いない。
 そして今日の取材の相手も、相当手強そうな男だった。

 「琉樹 青葉(るき あおば)」

 日本の数多くの重大建築に携わり、今もいくつか残る重要文化財の設計者として、現代建築史に燦然と名を輝かせる「琉樹大介」の孫。
 青葉は、琉樹デザインの血統を継ぐ者として、業界に登場したときから華々しく注目を集めていた。そして、その巨大な祖父の名に臆することなく、堂々たる活躍を成し遂げ、若くして多くの企業や公共施設を手がけるのみならず、海外のコンペティションでも数々の賞を受賞してきた。
 さらには空間デザイナーとして、ファッションビルのプロデュースや一流ミュージシャンのPV、ステージなど、幅広い仕事を手がけている。
 年はまだ30を過ぎたくらいだそうだが、今もっとも注目を集める日本人デザイナーといってもいい。
 私は、数年前のコンペティション授賞式で撮影された、数少ない彼の素顔を写した雑誌のページを開いた。

『格調高い祖父のデザイン遺伝子を引継ぎながら、大胆で官能的な空間作り。多くのアーティストからリスペクトされる先鋭的なセンスが伝統を再構築する』

 大げさで意味不明な煽り文句で飾られているその男性は、まだ繊細な少年っぽさをありありと残しており、当時の実年齢よりも若く見えた。
 でも、その表情に浮かぶ才気と自信には近寄りがたさすら感じさせる。顔はイイけど、理屈っぽそう。正直、苦手なタイプだと思う。
 どうして取材嫌いで有名な彼が、まだ駆け出し編集者にすぎない自分なんかを名指しに単独取材をOKしてくれたのか、本当に理解に苦しむ。写真の目がこちらの弱気を見透かしているようで、胃が縮こまっていく。
 できるかぎりの事前勉強はすませた。彼の初単独設計からコンペの受賞作まで調べあげ、彼がプロデュースしたバーやクラブにも彼氏と飲みに行き、手がけた雑誌の表紙やアルバムジャケットまで集めた。
 あまりにも幅広い作品群に嫌気もさしながら、その途中で、彼が新婚の同級生のために無償で設計したという住宅リフォームのことを知り、わざわざ見せてもらいにも行った。
 この数週間で、ちょっとした琉樹博士になった気分だ。

「遠藤亜沙美くん」
「はっ」

 わざわざ部下をフルネームで呼ぶのは、うちの編集長くらい。私は立ち上がって姿勢を正す。編集長は、私の頭のてっぺんから爪先まで、まるで全身をスキャンするかのようにジロジロと眼光を尖らせる。
 私は、私の唯一の取り柄と言われている営業スマイルで編集長チェックに対抗する。さらに、目をパチパチさせて、昼のうちに店でやってもらったメイクをアピールすることも忘れない。

「うん。メイクはバッチリだ。誰かにやってもらったのか。そのジャケットは初めて見るが、おろしたてだな。うーむ、その色はどうだろうか……あとスカートも、もう少し短くても良かったような……んー、まあ、いいか。よし、それでいこう。オッケーだ!」
「はいッ」

 とりあえず見た目だけは気合いを入れておけ、と編集長に指示されていた。
 琉樹青葉への単独取材は、ずっと編集部としてお願いしてきたことだが、やっと出たOKが、なぜか私個人を指名してきていると告げたとき、編集長自身もその理由をわかりかねているようだった。
 しかし思い当たるとすれば、私の容姿だけだ。と、編集長はきっぱりと言い切ってくれた。
 はっきり言ってくれる上司で頼もしい。私も自分の記者としての実力は知っているので、まあ、そんなところかもしれないと思った。
 私は学生のときに少しだけモデルの仕事をやっていて、それをきっかけにこの業界に足を踏み入れている。
 新米記者の私が取材の場で役に立てるのは、この営業スマイルとお愛想だけ。私はまだ、どこの編集にも必ず1人はいるお花要員でしかない。今の自分の立場は、わきまえているつもりだ。

「余計なことは言わなくていい。とにかく褒めちぎって、作品への持論を一つや二つ貰ってこい。あと祖父さんへのライバル心ぐらいは聞き出せ。逆に祖父との微笑ましいエピソードなんかもあればいい。絶対に機嫌を損ねるな。気のあるそぶりを見せて、様子を見ろ。口の滑りがよくなるようなら、少しくらいなら体も触らせて、うちとの今後の約束も取っておけ。まあ、そこまで持っていければの話だが」
「あ、はいっ…えと、持論とライバル心…体も少し触らせる…っと」

 忙しくメモを取る私に、編集長はため息をついて、鷹揚な笑顔を見せた。

「まあ、気負うことはないさ。うちもヤツとは初めての仕事だ。ただの提灯記事になってもいい。せいぜい、にこやかに、良い関係のまま帰ってこれれば90点やる。がんばれ!」

 ビシと、私に指を突きつけ、自慢のダンディひげを揺らして編集長は言った。
 私は「はい」と口を結ぶ。
 もちろん、100点もしくは120点の仕事をしてきます。という気持ちでいっぱいなんだけど、それを編集長に約束できるだけの自信も実力も、残念ながら今の私にはなかった。
 今日の仕事で、いっぱいレベルアップできたらいいな。考えてみればすごいチャンスなんだ。私、絶対に乗り切ってみせるぞ。

「だが、そんなことよりもッ」

 私が秘やかな決意を燃やしていると、いきなり編集長の指が鼻に触りそうなくらい近づいてきて、思わず身を引いた。

「館の写真だけは絶対に忘れるな。いいな? 庭先だけでもいい。もしも中に入れさせてもらえたら、もうねっちりと撮っておけ。カードの予備は3枚くらい持っていけ。全メモリがいっぱいになるまで帰ってくるな。どんな小さいものも撮れ。時間をたっぷりかけて詳細に撮れ。むしろ泊まれ。夜の照明具合も見たい。プライベートな部屋も見てみたい。だからヤツと寝ろ。寝てください!」

 今にも鼻血を出しそうな勢いで、編集長は興奮した顔を近づけてくる。
 私は身を引きながら「そろそろ時間なんで、いってまいりますっ」と敬礼して、仕事用のバッグを肩に担ぐ。
 この数日、もう何回、編集長以外の編集部員にまで、何度同じ言葉を聞かされたかわからない。また、あの悲痛な叫びが飛んでくるぞ。

「くっそぉ! なんで俺を指名してくれなかったんだぁー!」

 編集長の叫びと、それに同調する建築マニアの編集部員たちの呻き声を聞きながら、私はダッシュで編集部から遠ざかる。
 向こうが指定してきた取材の場所は、設計者である琉樹大介自らが「空間の最高傑作」とまで称しながら、これまでいっさい内部が公開されたことのないという琉樹家の謎の私邸。
 通称、『琉樹の館』のテラスだった。

45: 名前:nakami投稿日:2010/12/02(木) 19:36
琉樹の館・2

 都心を離れて1時間。住宅街を離れ坂を上り、森に入って少し歩くとその洋館に出会うことができた。
 噂どおりというべきか、想像以上というべきか、自然に囲まれた広大な敷地にずっしりと構えた『琉樹の館』は、新米記者の私を圧倒させた。
 全て琉樹家の土地だそうだ。
 この呆れるくらい広大な空間を無駄に使って(私みたいな庶民にはそう見える)、長い時をかけて完成された、あの琉樹大介の最高傑作。なのに本人はおろか、施工した建築会社や配管会社ですら最後まで館の秘密を守りきり、その後も一切内部の様子は外に漏れていないという。
 今も日本建築史最大の謎と呼ばれている、幻の館だ。大げさではなく、本物の伝説の前に私は立っている。
 ドキドキしてきた。
 失礼のないようにしなければならない。マナー知らずの田舎娘だとバレれば、話のテーブルにつく前に追い出されることもありうる。
 緊張に押しつぶされそうになりながら、約束の時間までのわずかな猶予を深呼吸で使い切り、私は『琉樹の館』のベルを押した。

「あぁ、こんにちは。お呼び立てして申し訳ありませんでした。遠かったでしょう?」

 庭先から、ひょいと普段着の青年が現れる。
 コットンのチノパンとロングTシャツ。くつろいだ表情を見せる彼は、裕福で優雅な青年そのものだ。写真で見るよりもずっと朗らかな表情で、見た目の年齢をさらに低くしていた。
 琉樹青葉本人が、いきなりの登場だ。
 無造作で柔らかそうな巻き毛。庭をいじっていたらしく土のついた袖も、警戒心のない笑顔も、あまりにも日向的だ。
 彼の先鋭的でセクシャルな作品ばかりを追いかけてきた私には不意打ちというか、急に温かいものを喉に押し込まれたみたいで、言葉に詰まってしまった。

「……遠藤さんですよね?」
「あ、は、はい、申し訳ありません!」

 顔がみっともなく赤くなったのを自覚しながら、私は深々と頭を下げた。

「このたびは、私どもの取材を引き受けてくださり、ありがとうございます! 編集部を代表してお礼を申し上げ───」
「あぁ、そんなのいいんですよ。あなたを指名したのは僕の方だし。こんな田舎まで足を運んでいただいて、お礼を申し上げなきゃならないのはこちらの方です。さ、顔を上げてください」

 さりげなく腕に触れられ、促されるまま顔を上げる。
 琉樹さんは、私の顔をすぐ近くで見て、そして、喉、胸、腰、足首まで、じっくりと観察し、ゆっくりとまた顔まで戻ってきて、微笑みを浮かべた。
 あまりにも遠慮のない視線と、悪びれのなさに私は戸惑った。
 一応、女として生まれた者の面倒くさい使命の一つとして、この手の男の視線は今までも幾度となく受け止めてきた。だけど、初対面でここまで包み隠さずじっくりと品定めされたのは、モデルのときの社長と今の編集長以来だ。
 つまり、単なる下心ではなく、何らかの目論見があって彼は私の「外見の価値」を見定めたように思える。そして、そのことを隠す気もない。
 柔和で整ったその微笑みにはヨコシマな意図は見えないけど、私を指名してきた理由は、早いうちに聞いておいた方が良いかもしれないと思った。

「テラスへどうぞ。この時間は、あの場所が一番いいんです」

 琉樹さんの案内の後ろについて、玄関先をかすめて歩く。
 長い石畳があって、その先に数段の石積み階段があって、更に堂々と大扉が構えている。なんて重厚な佇まいの玄関。それを石壁が取り囲んでいる。二階から上は白い壁。大きな窓と煉瓦色の屋根が森からこぼれ落ちる陽光を反射し、森に返している。
 よく手入れされていて、立派なお屋敷。
 でも、空間の最高傑作という通り名にしては、その外観はあまりにも普通、と思った。
 それぞれの素材や技法に価値は感じさせるが、全体的にずしんと野放図に大きいだけで、おそらく当時の流行だったのだろう北欧風をそのまま取り入れただけの、特徴のない姿だった。
 平凡な洋館と言ってしまえば、あまりにも不遜だと編集長あたりに怒鳴られるかもしれない。だが、門の外から眺めたときの圧倒的な存在感は、ひとたび庭に足を踏み入れた途端、うそのように消え失せていた。

「つまんない家でしょ?」

 私の心を見透かしたみたいに、琉樹さんは冗談めかして笑った。
 慌てて私は両手を振る。

「と、とんでもないです! 堂々として、荘厳で…」
「威風堂々として揺るがず。琉樹大介の作品はそう言われてます。その彼の作品の中で、もっとも彼らしく、そしてつまらないのがこの家ですよ。なんだか噂ばかりが大きくなって、大層な謎があるみたいに言われてるけど、見てのとおり、ただの大きなお屋敷です。維持費だけを化け物みたいに食う、恐ろしい建物なんです」

 私の、というより編集部の聞きたかったことを先回りで否定して、彼は愉快そうに笑う。
 編集長は、今の彼の言葉を聞いて、さぞかしがっかりするだろうな。

「気になるなら、あとでゆっくり中を見せてあげますよ。でもその前に、テラスでお茶を。あの場所だけは一見の価値はありますから」
「え、中を見てもいいんですかっ」
「構いません。そのつもりでお呼びしたんですから」

 信じられない。
 孫が何て言おうが、少なくともここは現存する写真が一枚もなく、日本中の建築関係者が垂涎して中を見たがる神秘の館だぞ。それをこの私に見せてくれるなんて。

「写真も、よろしいですかっ」
「それは後にしましょうよ。せっかくあなたが来る時間に合わせてテラスをセッティングしてたんですから、少しは味わってからにしてください」
「え、あ、すみませんでした! よろしくお願いします!」

 急いで詫びて、琉樹さんの後についていく。
 ドキリとした。すぐに微笑みの奥に隠してたけど、一瞬だけ、彼の口元に不機嫌が浮かんでいた。
 こう見えて、沸点の低い人なんだろう。しかもその直前まで、柔和な表情は崩れない。
 感情をごまかすことには慣れてるけど、コントロールはできないタイプと見た。こういう人は、本格的に爆発させてしまうと、修復がかなり困難だったりする。
 この笑顔に油断するな。と、心のメモに綴っておく。今日は私の失敗をフォローしてくれる人はいないんだから。

「こちらへどうぞ」

 案内されたテラスは、確かに素敵な場所だった。
 木漏れ日が集まっている。まるで絵本の1ページのように暖かそう。
 ガラストップのスチールテーブルとお揃いの椅子。複雑に入り組んだスチールが、不思議な影を落としている。同じ素材の奇妙な形をした風車もテラスの横でカラカラ回り、その影に重なっている。
 まるで庭に影絵を作っているようだ。その黒い影が木漏れ日と相まって、音と光の揺れる不思議な空間を作っていた。

「……すてき」

 素人っぽい感想を漏らしてしまった。
 でも、琉樹さんは嬉しそうに「でしょう?」と微笑み、気を良くしたように見えた。

「少し日差しが動いたかな」

 琉樹さんは几帳面に椅子の位置をずらし、私にそこに座るように促した。
 足を踏み入れると、温度が上がった気がした。椅子も日差しで暖まっていて、固さも気にならなかった。ふわりと花の匂いも増して、ここが特等席なのだということが肌で感じられた。
 思わず私が笑みを浮かべてしまうのを見て、琉樹さんは、自慢げに目を細めた。

「なかなかのテラスでしょう? ほんの10分、そこに座っているだけで、みんな蕩けてしまうんですよ」

 蕩けてしまう、という表現に私は笑った。
 でも、そんな気持ちになるかもしれない。
 暖まったスチールの椅子は、私の体を心地よく受け止めてくれる。女性の体に合わせて緻密に配慮された構造なのだということが、座ってみて初めてわかる。
 ガラストップの下でスチール素材が描く複雑な模様は、日差しを受けて落とす濃い影と同じ色に交わり、私の足元で重なって、まるで目をきつく閉ざしたときに現れる残像みたいだった。
 カラカラと音を立てる風車の影がそれに重なる。映写機のようにそれは私の視線を惹きつけ、意味深な図形を足元に描いて走り回っていた。
 鳥の声。風車の音。まぶたが緩くなっていく。

「今、紅茶を煎れますね」

 琉樹さんの声に呼び覚まされた。うっかり仕事を忘れて、心地よさに酔ってしまいそうになってしまった。
 危険、危険。このテラスは気持ち良すぎる。

「どうぞ、リラックスしてください。取材の話は、まずお茶をいただいてからで構いませんよね?」

 琉樹さんは慣れた手つきでカップを温め、紅茶の葉をポットに漂わせ、素敵な香りをテーブルに広げていく。

「すみません、琉樹さん手ずからお茶を煎れさせてしまって」
「いえいえ。少し時間がかかりますので、待っててくださいね」

 待つ間、何か琉樹さんに聞くことはないか考える。
 でも、紅茶の香りと、この柔らかい空間に思考は細切れに絡まり、うまく考えがまとまらない。

 変だな。

 体が沈んでいく。目の前で回る影が迫ってくる。背中がまるで椅子に張り付いたみたいだ。なんとかそれを剥がすと、今度は体が前に傾いていった。風車はくるくる回る。カラカラと鳴ってる。鳥は、複雑な鳴き声を規則的に絡み合わせている。
 気怠いのに、気持ちいい。なによりまずいのは、自分のそんな状態を、自分でもどうにもできない。
 それよりも、もっと身を任せたいと体は欲求している感じ。

「耳をすませてください。心地よい音ですよね?」
「……はい……」
「でもね、じつはこの風車、モーターで回っています。鳥の鳴き声も、これ、スピーカーから流れてるんです」

 琉樹さんの声が、フィルターを通したみたいにぼんやりと聞こえる。白いティーカップが目の前に差し出される。いい香り。溺れそう。

「全部、演出ですよ。作り物です。あとこれ、今日のあなたの仕事も僕が作っておきましたから」

 そして、ティーカップの下に書類が差し込まれる。
 タイプされたその文章を、私は目をこらして、ゆっくりと辿っていく。
 簡単な生い立ち。館での生活。祖父の作品を見て育ってきた環境への感謝。2、3の代表作の解説。幅広い交友関係と、刺激を受けたデザイナーやアーティストの名前。
 幼い頃、祖父にクレヨンで描いた家を見せたら、その構造的欠陥を大まじめに指摘されたという、微笑ましいエピソードのオマケまで付いている。

「まあ、だいぶん脚色はしてますけど、だいたいこんなものでしょ。これであなたの仕事は終了ですよね?」

 インタビューすべきことは、ここにまとまっている。
 そうか。それじゃ私の仕事は終わりだ。これだけで十分に記事は書けた。私のすることはもう何も残ってない。
 でも、それでいいんだろうか。
 私が一番聞きたかったことが、ここにないような気がする。

「さあ、これであなたは、ただのお客さんだ。琉樹の館へようこそ、遠藤亜沙美さん」

 私はまだ彼の原稿を目で追っている。
 せっかくここまで来たのに、これで終わっていいはずない。
 私の初めての単独取材で、しかも相手はこんな大物なんだもん。
 もっと、何かできないのかな。全然足りない。仕事したい。
 原稿を追っていく。ぼんやりと霞んでいく頭で、必死で文字を追いかける。でも、頭が動いている気がしない。
 ぽたりと、原稿に雫が落ちた。私のよだれだ。
 みっともない。バッグからハンカチを出す。重い。手が動かない。のろのろと、ハンカチで拭いても拭いても口が閉まらない。

「仕事は終わったんですって」

 あごを、琉樹さんの繊細な指でつまみ上げられる。
 私の口からは、赤子のように息を漏らす声しか出ない。

「甘いものでもいかがですか? 今、クッキーが出てきますよ」

 さく、さく、と庭を踏む音が聞こえる。
 メイド服を着た女性が、トレイにクッキーを載せて、私の前に置いた。
 彼女、見たことがある。その整った横顔に視界を動かそうとする私に合わせて、琉樹さんが、力の入らない私のあごを持ち上げてくれる。
 私は知っている。彼女のことを、知っている。
 女優、道端小春だ。

46: 名前:nakami投稿日:2010/12/02(木) 19:37
琉樹の館・3

 年は30代の前半ぐらい。艶やかな日本顔とすらりとした長身はハリウッド映画に起用されるほどの美貌で、今や日本を代表する大女優。私は、彼女がよく表紙を飾る雑誌を毎号買っている。
 その彼女が、こんな場所にメイド服で現れ、私たちに給仕してくれている。とても優雅な仕草で、微笑みすら見せて、クッキーの駕籠と皿をテーブルに載せている。
 でもそんなわけがない。ぼんやりと頭に靄がかかって、現実感がない。夢を見ているんだと思った。

「本物ですよ。サインでも貰いますか?」

 琉樹さんが私の顔を支えたまま囁き、道端小春は上品に微笑む。
 私はこの状況が理解できなかった。

「小春は下がっていいよ」
「はい、青葉様」

 メイド服を着た大女優が、恭しく頭を下げて退場する。
 琉樹さんがクッキーを一枚取って、私の口元に持ってきた。

「どうぞ。我が家自慢の、道端小春特製クッキーですよ」

 バターの甘い香りが鼻孔をくすぐり、私は促されるまま歯を開き、端っこを囓った。
 美味しい。

「彼女は、女優になる前からこの館にいます。有名になった今も、仕事がオフの時はこうして戻ってきて、ああいう下品な服を着て、館の仕事を手伝ってくれているんです」

 ますます混乱してくる。
 道端小春さんは、琉樹青葉の親類?

「彼女は館の調度品です」

 調度品って何だろう?
 ますます意味がわからなくなっていく。
 琉樹さんが身を乗り出して、クッキーのついた私の口元をぺろりと舐めて、優雅な仕草で拭った。
 琉樹青葉に、キスされてしまった。
 ぼんやりとそう思うだけで、どう反応していいのか、考えはまとまらなかった。

「空間芸術っていうのはね、一言でいえば調和ですよ。空間と人が、いかに調和して折り合っていくか。その場所を作るのがデザイナーの仕事です。僕は、個人的にはその調和を壊す方が好きなんですけど、でも、時代を超える作品を作ってやろうと思えば、どうしても『調和』でまとめてやらないとダメなようです。それは人間の性向的にどうしようもない」

 琉樹さんが、何か仕事の話をしている。
 メモを取りたいが手帳がない。録音したいのに、レコーダーも取り出せない。

「しかしそこに生きた人間が住むとなると、どうしても調和は崩れる。人の我が出てしまうと、どんな空間も乱れ、視界を汚してしまうんです。ちょっとした自己主張、少しの手抜き、時間による劣化。どんなに完璧な空間を作ってやっても、そこに住む人間の怠慢次第で完璧はすぐに壊れる。でも、自分1人分の責任で間に合うような小さな完璧を作ったとしても、そんな狭いスペースには、当然デザイナーの満足は生まれない」

 紅茶を一口含んで、琉樹さんは続ける。
 私はぼんやりした頭で、必死に彼の早口を追いかける。

「僕の祖父が目指したのは、広大で、生きた人間が存在し、永遠に完璧を保ち続ける居住空間だった。そこに人が生活する以上、普通に考えれば不可能です。でも祖父はその問題に答えを出しました。人間ではなく、調度品を揃えれば良いのだと。両腕を失ったミロのヴィーナスが完璧な美となったように、人間から余分な我を奪って完璧な調度品に仕立て上げ、完璧な館のために働かせればいいと。とても簡単で、明確で、美しく、狂った回答だ。そう思いませんか?」

 ダメだった。途中から言葉がこぼれ落ちて前後が繋がらない。体が熱くて、頭が働かない。
 私のあごを支えるのに飽きた琉樹さんの指はいつの間にか離れていて、私はテーブルに顔を突っ伏している。
 ガラス越しに私の足元をくるくる回る風車の影が、とても艶めかしい物語を連想させる。絡み合う男女の姿のようだ。紅茶の良い香りが私の官能をかき立てる。鼻孔の奥になすりつけるように、夢中になってスンスンと吸い込む。体が熱い。たまらない。
 私の手は、股間に挟まっていた。
 どうしようもなく疼いて、太ももが勝手に動いていた。

「では、人間から余分を取り除き、館に仕える調度品として整えるには、どうすれば良いか。祖父は、空間の美と、人から我を奪う空間催眠を、同時に成立させた。一分の隙もなく、完璧な調和を実現させるには、館自身が美しい催眠装置でなければならない。祖父はそう考えて、見事に設計してのけた。まさしく彼は天才だ。その知識と工夫も素晴らしいが、なによりも賞賛すべきはその執念だ。異常者としかいいようのない男ですよ」

 私は、欲情している。
 渇くほどに体が熱く疼いて、目の前にいる男性を欲しがっている。
 いや、この渇きを埋めてくれるものなら、なんでもいいとすら。

「調度品は女です。美しい女たち。なぜなら、館は男だから。でも、ただきれいなだけの人形では困ります。この館に相応しい調度品には、内面の美しさも必要です。美しく理知的な人間が、館のための道具として献身的に機能することに意味がある。それでこそ、館に永遠の美と命が与えられるんです。わかります?」

 わからない。でも、うなづく。私はテーブルに頬を擦りつけ、必死にうなづく。

「だから、僕はふるいにかける。女を館の虜にし、余分な我を削り落とし、館に相応しいと認められる女だけを、調度品として館に残す。これが大変な作業です。僕の代になってからは、今まで4人の女を調度品にしました。落第させた女も4人です。姿が美しいだけではダメなんですよ。気品と魅力とセックスと美意識。主である僕と、そして何よりこの館を満足させるだけの女でなければ」
「はぁっ…!? んっ、んっ、あっ、あぁっ」

 琉樹さんの爪先が、テーブル越しに私の股間に伸びてきた。そして、私の下着の上からぐりぐりと指を押しつけてくる。
 破廉恥で無礼なこの振る舞いを、押しとどめるだけの理性は今の私にはない。
 無遠慮に、足の指で琉樹さんは私の股間を蹂躙する。恥ずかしくて、悔しいのに、私は彼の行為に反応してしまう。
 指が上下に動くたび、腰に痺れが走って震える。
 唇を噛んで声を堪える。でも、下着ごと入ってきそうなほど強く親指を押しつけられて、私は大きな声を出してしまった。

「……維持費を化け物みたいに食う、恐ろしい建物ですよ。でも、つまらない家と言ったのはウソです。じつに美しく楽しい家だ。あなたもきっと気に入ると思います。この館の調度品にしてくれと、心から願うことでしょう」

 クリトリスのあたりを、乱暴に指で挟まれた。
 濡れた下着がよじれて、肌に食い込む。
 ガラステーブルに爪を立てて、はしたない悲鳴を上げて、私はエクスタシーに達した。

「感度はいいようですね。あぁ、セックスではなく、あなたが今の状態に堕ちるまでのタイムの話ですよ。あなたの感受性は悪くない。第1関門クリアといったところですね。さあ、立って。玄関まで案内します」

 琉樹さんに腕を掴まれる。
 足に力が入らなくて、立ち上がるのもつらい。でも乱暴に私を立たせて引っ張っていく琉樹さんに、抵抗する力もない。

「亜沙美さん、どうです? この館、さっきと違って見えませんか?」

 私は、琉樹さんの腕にしがみついたまま館を見上げる。
 門の外から眺めたときは、近寄りがたいほどの威厳を漂わせた巨大な洋館だった。
 しかし一歩、門の中に踏み入れて近くで見てみると、それは大きいだけで凡庸な外観で、拍子抜けすらした。

 でも、今、私の目の前にそびえるのは、下腹が震えるほど雄々しく官能的で、男性的な包容力に満ちた美しい館だった。
 私は口の中にあふれる大量の唾液を、喉を鳴らして飲み込む。胸をときめかせる。

「さっきは立つ場所を間違えてたんですよ。季節、時間、天候に応じて、見るべき位置も変わる。今の時間、あなたの身長なら、この位置がベストだ。どうです? まだこの館がつまらないと思いますか?」

 そんなはずない。こんなにも美しく逞しい館なのに。
 ごつごつとした石の壁が、光と影で複雑なパターンを刻む。2階は白い壁。やや突きだした窓の反射が、手すりのなめらかなラインを艶めかしく浮き出していて、そのカーブを目で追うだけで、腰からうなじを撫でられるような感覚にぞくぞくした。
 力強い外壁と、それが描く陰影の繊細さ。影と光の巧妙な誘い。そそり立つ尖塔、外に向かって張り出すような複雑な組窓のエロティックな逞しさ。
 官能に押しつぶされそうだ。
 大きな男性に押し倒されたみたいに、抗えない。

「これが『琉樹の館』の本当の姿です。祖父、大介が理想とした男性の魅力を、館にすればこうなる。僕には古くさく思えるけど、まだ世の女はこういう男に魅了されるようです。亜沙美さんも、好きなんでしょ?」

 うなづく。何回も。私は全身で欲している。
 私の耳のすぐそばで、琉樹さんが甘い声を出す。

「……琉樹の館に、抱かれたいですか?」

 抱かれたい。
 飲み込まれて、めちゃくちゃに抱かれたい。乱暴にされたい。こんな衝動は初めてだ。耐えられない。叫びたい。

 この館と、セックスがしたい。

47: 名前:nakami投稿日:2010/12/02(木) 19:37
琉樹の館・4

 理性が吹き飛んでみっともないことを口走ってしまう直前で、私は仕事のことを思い出した。大事なことだ。とても大事なこと。
 琉樹さんの腕を、強く掴んだ。

「…しゃ、しん」
「ん?」
「しゃしん……いい、ですか…?」

 やっとの思いで、口にできた。
 琉樹さんは、私の顔のすぐそばで、唇を歪ませた。

「残念。館は撮影禁止ですよ、亜沙美さん。仕事熱心なのは結構ですけどね」

 そうか。やっぱり写真はダメか。
 編集長は、がっかりするだろうな。

「あなたは真面目な方ですね。それもまた良い素質です。それに、仕事が大事っていうのも良い心がけです。この館にはするべき仕事も多いから、きっとあなたもやりがいを感じてくれることでしょう。さあ、中に入る前に、次は少しここを歩いてもらいましょうか」

 琉樹さんに引きずられるまま、門の前に立たされる。
 真四角の石畳が、玄関までの短い道に続いている。
 入ったときもこれを見た。でもそこに立ったとき、私は軽い目眩を感じた。

「ルヴィ、頼むよ」
「かしこまりました」

 いつの間にか、私の横に外国人の女の子が立っていた。
 道端小春が着ていたものよりも、おとなしいメイド服。金色の長い髪を、頭の両側で結んで上品に垂らしている。大きな青い瞳で、上目遣いで私を見るのが愛らしい。とてもキレイな顔をしている。
 こういうお人形、アキハバラにたくさん置いてありそうだ。細くて小さくて、可愛らしい。

「ルビィと申します。本日は、私がご案内役を仰せつかりました。さあ、私の手を握ってください、お姉様」

 流ちょうな日本語だった。声まで可愛らしい子だ。
 ルヴィという名前らしい。その子が私の手を取って、エスコートしてくれる。

「足元に気をつけて、ゆっくり歩いてください。私がついてますから、大丈夫」

 石畳を、おかしな方向に歩き出す。
 右へ曲がったり、くるりと踵を返したり、足元の安定しない私は、ついていくのが大変だ。
 玄関は、すぐそこに見えているというのに。

「お姉様、足元注意です。石畳をよく見て、私の手を握っててください。すぐに御館にご案内できるようになりますから」

 ルヴィは、私のおぼつかない足取りに合わせて、とても慎重に歩いてくれた。彼女の小さな手を握って、私は彼女の歩くとおりに石畳の上を行ったり来たりする。石ごとに描かれている不思議な模様が、私の歩む方向に繋がっていたり、途切れていたり、捻れていたり、真っ直ぐ伸びたり、じっと見ながら歩いているうちに、感覚がおかしくなっていく気がした。

「亜沙美さんは、『CUBE』という映画をご存じですか?」

 琉樹さんの声がすぐ近くで聞こえる。でも、彼の姿はすごく遠くに見えている。石畳が、さっきよりも伸びている。ずっと遠くまで伸びている。

「とんでもなく大きな箱を作り、そこに人間を閉じこめ、脱出しようと足掻く姿の滑稽さを描いた映画です。なかなか愉快な作品ですから、オススメしますよ。でもね、人を惑わせ、閉じこめてしまうだけの仕掛けなら、あんな大げさなのはいらない。祖父が作ったキューブは、今、あなたの足元にある4×7の28個の石畳だけだ。だけど、あなたはじきに祖父の作ったキューブに惑うことになります」

 くるりと方向が変わった。そうすると、琉樹さんの姿はすぐ近くに、声は遠くに変わった。

「これに刻まれた模様は、じつは正しく並べれば館の平面図になります。でも、わざとそれをデフォルメで描いてバラバラにしてるんです。そして、人の感覚を狂わせる配置にした。ある一定の順序でここを歩き続けると、あなたの方向と距離の記憶が混乱する。館に入ると、あなたは自力で脱出できなくなる。それだけじゃない。位置の次は、感覚だ。テラスで蕩けたあなたの頭は、ここを歩き続けることによって常識と感覚と感情が繋がりを失い、バラバラになります。CUBEに閉じこめられた人間たちが弱さと狂気を露呈していくように、あなた自身も脆くなっていく。そして、あなたは館に自分の常識と判断を委ねてしまう。そういう道を、今、あなたは歩いてるんですよ」

 歩く。歩く。火照る体はますます熱くなっていく。官能で体はぐずぐずに蕩けてしまいそうなのに、頭は冷静になっていく。私はとても冷静で、いろんな考えが次々に湧いて頭の中を回る。
 隣にいるルヴィは優雅な笑みを浮かべて私をエスコートしてくれている。年は10代半ばくらいかな。子犬みたいで可愛い。なでなでしたい。なんか熱いな。すごく熱い。そうだ、仕事だ。琉樹青葉に取材しなきゃ。館まではまだまだ遠い。でもここを曲がればすぐそこだ。あ、また遠くなった。今日はセックスしたい。帰ったら彼に電話しよう。この石畳の模様は一つずつ見ればプリミティブな筆致で単純に描かれた線にしか見えないけど組み合わせはパズルみたいで趣深いな。さて、仕事しよう。でも今は歩くのが楽しい。体が熱い。セックスしたい。したい。すごくしたい。今すぐ。

「熱くありませんか、お姉様?」
「うん、熱い。すごく熱い」
「お洋服をお預かりします」
「いいの?」
「はい。どうぞ、全部脱いでください」

 私はジャケットを脱いでルヴィに預けた。まだまだ熱いからシャツも脱いで、スカートも脱いで、ルヴィに預けた。
 パンプスも脱ぎ捨て、ストッキングも脱ぐ。
 ブラを外したら、窮屈だった胸に涼しい風が当たって、ため息が出た。下も脱いだら、濡れた股間が解放されて、ますます熱くなってきた。

「……お姉様の体、とってもおきれい」

 ルヴィに褒められて、少し照れくさい。「ありがとう」と言って、濡れた下着も渡す。ルヴィはイヤな顔ひとつせず、可愛らしくお辞儀して、私の服を腕にかける。
 そして、私をまた歩かせる。体が軽くなって、とても清々しい。日差しを受けて暖まった石畳の感触も気持ちいい。

「お姉様、ご主人様にご挨拶を」

 琉樹青葉が私の目の前に立っている。私の体を隅々眺めて、彼は満足そうに微笑んだ。

「思ったとおりだ。あなたは、ファッションセンスは最悪だけど、体のデザインがじつに素晴らしい。ここの調度品になったら、しばらくは服を着ることを禁止しましょう。全裸で歩くあなたは、とても気持ちいい」

 私、褒められたのかな? けなされたのかな?
 それよりも、ご挨拶しなきゃ。
 私はニッコリといつもの営業スマイルを浮かべ、前もって考えておいたご挨拶を言う。

「遠藤と申します。このたびは、私どもの取材を引き受けてくださり、ありがとうございます。編集部を代表してお礼申し上げます」

 琉樹さんは、きょとんとして、そのあと笑った。ルヴィもぷふっと吹き出したけど、すぐに澄ました顔を作った。
 なんでだろ。どうして笑われたのかわからない。ちゃんと噛まずに言えたのに。

「本当に仕事熱心な人だ。いいでしょう。これは取材だ。あなたはこれから『琉樹の館』を取材する。しっかりと体験して、あなたの脳と体にこの館のしきたりを染みこませるといい」
「…んっ、はい。あ、はぁ」

 琉樹さんの手が私の胸に触れる。握られて、声が出てしまう。少し刺激が強くて、変な気持ちになってしまいそうだ。
 でも、編集長は少しくらいなら体を触らせろと言っていた。これで琉樹さんの機嫌が良くなるなら、触らせておくべき。仕事がしやすくなるから。

「んんっ、ふっ、んっ、あっ、あっ」
「肌触りもいい。見た目には引き締まっているけど、固すぎるわけでもない。楽しめる体です。でも、あまりここで長居をすると風邪を引かせてしまいそうだ。中へご案内させましょう。ルヴィ、亜沙美さんの手を引いてあげて」
「はい」

 私の手が、再びルヴィの小さな手に導かれる。
 はあ、と熱のこもった息を吐き出し、私はその手を強く握り返す。危ない危ない。仕事を忘れてしまうところだった。
 私は琉樹の館に入る。誰も見たことのない芸術の館に。
 館を見上げる。ぞくぞくする。顔がカァっと熱くなった。
 まるで、初めての男に抱かれる前の高揚に似ていた。

「お姉様、まいりましょう」

 相変わらず体はふわふわしていて、前に進んでいるのかどうかもわからない。私は歩いているはずだけど、足を出す位置がここでいいのか、目の前に見えている玄関に行くには、このまま進めばいいのか、それとも後ろに戻るべきなのか、夢の中を散歩しているようで、私にはわからない。
 ルヴィが、私の手を握ってくれている。この少女に私の道行きを委ねるしかなかった。
 扉が開く。ルヴィも、私も、手を触れてもいないのに。
 私たちはそこに吸い込まれる。くぐり抜ける瞬間に、しびれた。私の体に小さなエクスタシーが走った。ルヴィもまた、私の手を強く握り返してくる。
 私とルヴィは、館に入ると同時に達した。その秘密を打ち明け合うように、私たちは目配せをして、こっそり微笑んだ。

 琉樹の館は、私を迎え入れてくれた。

48: 名前:nakami投稿日:2010/12/02(木) 19:38
琉樹の館・5

 とても美しいと思う。昭和初期から中期の建築によく見られた近代欧風の意匠をベースにしている。でもそこかしこに新しい部分もある。大介と青葉のデザインが混在しているように見えた。
 大きな玄関ホール。シックな階段の手すり。オーロラのように歪んだ照明が印象に強い。大きさも長さも不揃いな板張りの床が、私の距離感を狂わせる。
 動いていた。館が、生き物のように蠢いて見える。自分の立っている位置がわからなくなっていく。館が不安定な私を飲み込んで、形を変えていく。

「お姉様、私の手を離さないで。そのままじっとしていてください」

 ルヴィが耳元で囁く。
 私は彼女の手を強く握り返す。彼女の細い手はとても暖かくて、彼女の温度が錯覚に溺れる私の意識を現実に繋ぎ止めてくれる。

「慣れるまで時間かかります。少しずつ体に馴染ませてください。つらかったら、私に寄りかかってもいいです」

 頭一つ低い彼女に肩を預ける。指を絡ませて、ルヴィが私の手を握ってくれる。目眩はまだ続いている。目の前の光景が伸縮し、歪む。まるで館自体が呼吸しているみたいだった。

「どうです。美しい玄関ホールでしょう? 今日の館はとても活き活きしています。まるで館自体が生きて呼吸しているように見えませんか? これが琉樹の館だ。あなたは正しい手順で館に招待され、館本来の姿を見ている。これはね、呼吸してるんじゃないですよ。あなたを、咀嚼しているんです」

 目眩はやがて、トランスの心地よさに変わっていった。館に潜むセクシャルが、私の興奮を煽り立てた。
 厳格な父性を感じさせるどっしりとした佇まいが、力強く私を抱擁する。若々しく洗練されたセンスが、私を愛撫し高揚させていく。
 太ももを伝う液体。いつのまにか私は、変な声を出していた。いやらしくて切ない声だ。男を求める声だ。

「亜沙美さん。つらいのなら、四つんばいになってはいかがですか?」

 とてもありがたい提案だった。私はもう立っているのもつらかった。
 琉樹さんに「ありがとうございます」とお礼を言って、私は四つんばいにならせていただいた。
 額を板張りにあてると、ひんやり冷たくて気持ち良かった。お尻を高く上げて、私は安堵のため息を漏らした。

「お姉様のスーツを預けてきますので、そのままの格好でお待ち下さいね」

 ルヴィが私のお尻を撫でていく。くすぐったくてよじれる。すました顔してたくせに、やっぱりあの子、イタズラっ子だ。

「ごゆっくり、どうぞ」

 そう言ってルビィがいなくなった後、別の手にお尻を開かれる。いきなり強引な手つきに驚いた。でも、全然悪い気はしない。もっと開いて、私のこの熱を外に逃がして欲しい。ふにゃふにゃに溶けたこの体を、どうにかして欲しいと思っていた。
 そして、電気を流されたみたいな衝撃がいきなり襲ってきた。
 願いどおりに、私の中に、男が入ってきたんだ。

「あぁぁーッ!」

 股間から侵入してきた衝撃は、一瞬で私の全身を駆け上り、頭の後ろでズシンと弾けて、すぐに絶頂に達してしまった。
 でも、彼はさらに何度も奥まで入ってきて、そのたびに背骨の中まで貫かれるような感覚に襲われ、私は意識が飛んでしまいそうになった。

「ひあぁぁッ! あぁぁーッ!?」

 琉樹青葉が、私を犯している。がくん、がくんと、乱暴に。
 私は失神しそうなほどの快楽に翻弄された。甘い官能の海に、強引に顔を沈められ、溺れているような感じだ。私の肺は熱い息に満たされ、呼吸するのも間に合わないほどだった。大声を出さないと、おかしくなってしまう。

「やっぱり、中も抜群だ。本当にあなたは素晴らしい体をしている。セックス、かなりお好きなんじゃないですか?」

 恥ずかしいことを言われ、私は怒りを感じたが、激しい快楽を否定できず、床に擦りつけるように何度も頷いた。
 それよりどうして、私は人の家の玄関で、セックスなんかしてるんだろう。しかも、琉樹青葉と。
 快楽に翻弄させながら、頭のどこかは冷静で、私はそんなことを考えていた。でも、そんな疑問もすぐに別の快楽に塗りつぶされていく。
 館に、食べられている。私の常識と理性が。
 裸にされて、床に顔を押しつけられて、犯されている自分を疑問に思いながらも、これも仕事だから仕方ないと思っている。
 そうだ。これも仕事だ。編集長だって、琉樹さんと寝ろと言っていた。これで彼の機嫌が良くなるなら、私はいくらでも体を開くべきなんだ。

「今までに何人と寝たんですか?」

 でも初対面の男にそんな失礼なこと聞かれて、答えられるはずもない。私はいつもの営業スマイルを浮かべて誤魔化す。

「こ、こまり、ます、そんなこと、訊か、あぁッ、訊かれてもォ!」
「亜沙美さん、床を見て。不思議な組み合わせでしょ? よおく見て」

 床は、黒い板張りだ。大きさも長さも不揃いで、複雑だ。目で追っていくと、どこかでぐにゃりと歪みだして、追いかけられなくなっていく。壁も、窓から入る陽光も、ぐにゃぐにゃで、不安になっていく。落ち着かない。この不揃いが何かイヤだ。

「それじゃ、次の課題だ。今から君の大事なプライベートについて訊く。でも君の秘密は君だけのものだ。大事に隠して、ごまかしてごらん。でも君の口から出てくるものはあべこべだよ。秘密は口から、ごまかしは心の中。ここでのルールはそれで決まりだ。さあ、もう一度うちの床を見てごらん。素晴らしい板張りだろ?」

 琉樹さんに従って、もう一度床を見る。さっきまでは不快にすら思えた板張りに、深い芸術性を感じる。長い歴史を刻みながらも手入れの行き届いた素晴らしい床材で、素材を限定したせいか、一枚一枚は不揃いな大きさであるにも関わらず、琉樹の館に相応しい調和と気品に満ちたで、館を支えていた。

「今までに何人と寝たんですか? 教えてください」

 2人だけだ。
 最初の男はモデル時代の事務所の社長で、不倫だった。2人目が今の彼氏だ。
 でもそんなことを初対面の男性に言えるはずもないので、『だから、そんなこと言えませんよぉ』と適当に笑っておく。

「なるほど。今の彼氏は、何をしている人なんですか?」

 彼は学生時代の2つ上の先輩で、情報誌の編集をしている。
 事務所の社長とのことが親にばれ、大騒ぎの末に別れて、心機一転するつもりで就活を始めたときに、いろいろお世話になって、そのまま付き合うようになった。優しい人だ。
 当然、琉樹さんには『秘密です』と答えておくけど。

「そうですか。同業者なら、なかなか忙しくて会える時間もないでしょう。セックスは満足してましたか?」

 イライラする気持ちを隠しながら、『もう、どうしてそういうことばっかり訊くんですか?』と苦笑いをしてみせる。
 私が本気で嫌がってること、この人は気づかないんだろうか?

「なかなか、会えませんからッ。あんっ。セックスは、あんまり、してないですッ! こんなに、気持ちいいのに、セックス、できなくてッ、あぁッ、あぁーッ!」
「彼氏はセックス上手ですか? 最初の男と比べてどうです?」
「全然、へたくそなんです! 社長は、いやらしい人だったけど、そのぶん、セックスは上手だったみたいで、あぁっ、初めて今の彼に抱かれたとき、んんっ、あぁっ、ちょっと、がっかりしちゃって、あっ! でも、彼の優しいとこが、好きだから、エッチは、そんなに、あっ、いいかなって、思ってますっ」
「でも、本当は不満だったんでしょ?」
「不満です! だから、さりげなく、教えるように、して、んんっ、だんだん、マシには、あっ、なってきてたんですッ、でも、あぁ、やっぱり、あの人、余裕ない、からッ、まだへたくそで…でも、好きなんです。彼のこと好きだから、いいんです!」
「今の男と、最初の男と、そして僕。誰のセックスが一番気持ちいいですか?」
「琉樹さんです! こんなに気持ちいいセックス初めてで、あぁっ、今の彼に、見せてやりたい! 私がこんなに感じてる顔、彼、見たことないからっ。セックスで、私、こんなに気持ち良くなれるんだよって、見せてやりたいっ、あぁーッ! 琉樹さん、琉樹さぁん!」

 この人、変なことばっかり言う。
 『そんなこと言えないですよぉ』とか、適当にごまかしてはいるが、私はホステスじゃないっつーの。
 イライラするのに、彼に子宮を突かれるたびに、どうでもよくなっていく。こんなに気持ち良くしてくれるんだから、多少のセクハラくらいは我慢しなきゃっていう、おかしな気持ちになる。
 取材のためにセックスしてるんだし、ちょっとくらいは仕方ないのかも。

「僕とセックスするの、好きですか?」
「大好き! 大好きです、琉樹さんのセックス! 優しくて、強引で、繊細で、最高です! 琉樹さん、最高ですぅ!」
「そろそろイキそうですか?」
「イってます! 私、さっきから、ずっと…! 琉樹さん、琉樹さん! 気持ちいい! 気持ちいいです! イキすぎて、頭、おかしくなりそォ…! もう、許して! 死んじゃうぅ!」
「あなたにとって最高のセックスは、この館で僕に抱かれることだ。これ以上の快楽なんてこの世にないんだから、よく覚えておいて」
「はい、はいぃ! 琉樹さん! 琉樹さぁん!」

 ずりゅ、と私の一番奥を突かれた。
 全身を震わせる痙攣に、私は引き攣った声を噛みしめる。しかし次の瞬間、快感が弓で放たれたように脊髄を駆け抜け、私は口を大きく開けて、思い切り叫んだ。

「ああぁあぁああぁぁぁあああッ!」

49: 名前:nakami投稿日:2010/12/03(金) 12:29
琉樹の館・6

 ひどい声だった。セックスでこんな声を上げたのは初めてだ。獣みたい。きっと館の遠くまで私の声は響いたに違いない。恥ずかしい。
 手足の力は抜けて、体は崩れ落ちる。快感の波は、いつまでも私の中を押しては寄せ、痙攣させた。口元からおちるヨダレが床を濡らすのを、どうにもできない。しゃべることもままならない。
 琉樹さんが、私のお尻に精液をかけた。
 その熱さに私はまた小さなエクスタシーを感じる。琉樹さんは射精しながら立ち上がり、私の顔のあたりにまで精液をかけた。
 ねっとりとした感触と、強烈な男の匂い。でも、抵抗する気にもなれない。もう好きなようにしてくれてもいいと思えるくらい、彼のセックスはすごかった。
 本当に、すごかった。

「館の主である僕に抱かれたから、あなたの体はもうこの館の一部だ。でも、これで終わりじゃないですよ。体なんてのは人間のパーツの一部でしかない。君はまだ館の中に入る許可を与えられただけだ。もっと深く館を体験して、館の調度品となるに相応しいか、心の細部まで確認させてもらいますからね」

 館に入る許可。
 そうだ、私は仕事で来ているんだ。
 何度も自分に言い聞かせているのに、ついつい忘れてしまう。自分のダメさぶりにイヤになる。

「…すばらしい、ホール、です…お祖父さまの、遺されたまま、なんですか…?」

 メモ、取らなきゃ。
 でも体をまさぐっても、ポケットがない。そういや、私は裸だった。まったく、仕事のときに服すら着ていないで、おっちょこちょいな記者だと思われてるに違いない。

「ハハッ、本当に、素晴らしい記者根性だ。ええ、それがあなたの仕事でしたね。質問には答えてあげますよ」

 嘲笑混じりのその言い方は少し癇に障ったが、彼が取材に応じてくれるのは有り難かった。

「そうですね。ここはほぼ祖父の遺したままですが、照明のあたりは僕の手を加えて、少し現代的な趣にしてます。妹は気に入らないみたいだけど、今どきの女性を招くなら、あまり堅苦しくしすぎないほうがいい。祖父の目指したスタイルを崩したわけでもないし。あなたもそう思いませんか?」

 もちろん『そのとおりですね』と私は言う。
 『おかげで雰囲気が柔らかく感じます』とも付け加えておく。

「……少し、浮いているような気が、します……前の照明が、見てみたかった……」

 でも琉樹さんは、まるで私がおかしなことを言ってるみたいに、眉を片方上げた。

「あなたは、ファッションもそうだけど、元モデルで、しかもデザイン誌の編集をやっているというわりに、感性が古めかしいというか、ズレてるというか……」

 苦笑しながら、そんなこと言われる。
 じつは私も自分のセンスには自信がない。友だちにもよく言われるし、職場でもたまにネタにされたりする。
 親が厳しかったから、ファッションの勉強始めるのも遅かった。周りに追いつきたくて、いきおいでモデルなんて分不相応なバイトを始めたのも、その反動だった。
 モデルやめてからは、またファッション関係に疎くなってしまった。エクササイズや食事コントロールくらいは健康にいいから続けているが、今の彼氏もファッションにうるさくない人だし、怠け気味だ。
 最新のデザインやってる人から見れば、そりゃあ私の感性なんて子豚さんレベルに違いない。余計なこと言わずに、ひたすら褒めておけばいい。編集長もそう言っていた。
「申し訳ありません」と私は謝る。こんな格好では逆に失礼のような気がするが、体が重くて動かない。申し訳ありませんと、何度か繰り返して謝る。

「まあ、いいですよ。ただこの先、あなたのその程度の感性で琉樹の館の調度品に相応しい変化を受け入れられるかどうか不安ですね。なんだか、今日も期待はできないかもしれませんね。容姿は抜群なだけに、残念だ」

 どうやら私は琉樹さんを失望させてしまったらしい。変なこと言ったかな? 気難しい人だから、発言には気をつけないといけない。これもさっき自分に命じたはずなのに。

「ルヴィ、拭いてあげて」
「はい」

 いつの間にか戻っていたルヴィが、私の股間を拭った。彼女がスカートから出した白いハンカチに、私の液体が染みていく。
 汚すからやめて欲しい、と私は言うが、「お気になさらず」と、ルヴィは丁寧な手つきで私の股間を拭ってくれる。
 しばらくそうされているうちに、じわりと中から新しい液体が染みてきて、私はますます恥ずかしくなる。ルヴィはそれでも、優しく拭ってくれる。

「お姉様のお顔も」

 ルヴィの綺麗な瞳が近づいてくる。そして、私の顔についている琉樹さんの精液をぺろりと舐められた。くすぐったくて、また変な声が出てしまう。

「逃げないで、お姉様…私がきれいにして差し上げますから」

 頬も、まぶたも、唇も、ルヴィの柔らかい舌で撫でられ、ぞわぞわとする。

「はぁ…ッ!」

 股間を拭いていた指が、中にまで潜ってきた。体が仰け反る。ルヴィの軽い体が、その上にのしかかってくる。甘くて熱いため息が、私の耳の中に入ってくる。

「ルヴィ、そこまでだ。次に進むよ」
「はい」

 ふっ、と淫靡な気配がその表情から消えて、ルヴィが私から離れた。忠実なメイドがそうするように主人の横にかしこまり、あらためて、私の手を取って立ち上がるように促した。

「ルヴィはあなたを気に入ったようだ。あなたが調度品になったら、もっと仲良くしてもらえますよ」

 からかうような琉樹さんの言葉に、ルヴィは微笑みを浮かべる。
 私もこの子は、嫌いじゃない。

「ルヴィ、白兎(はくと)は?」
「今日はお見かけしていません」
「そうか……小春は厨房かい?」
「はい」
「わかった。ま、白兎にはそのうち会えるだろう。ルヴィは彼女の手を引いてあげて」
「はい。お姉様、一緒にまいりましょう」

 ルヴィの小さな手が、私の指にキュッと絡みついてくる。懐かしいぬくもりを見つけて、私は安堵する。

「次は客間を見せてあげよう。ついておいで」

 やった。中を見せてくれるみたいだ。
 一時はどうなるかと思ったけど、まだ私に仕事をさせてくれるみたい。嬉しい。

「この館には、離れを別にすれば、大小合わせて27の部屋があります。そして、それぞれの部屋に、通常の居住空間とは別の意味と機能が備わっています。あなたにはそれをいくつか体験してもらう。順序も僕が決める。それが終わったとき、あなたは新しい自分に目覚める。琉樹の館の調度品として、この館に相応しい女として生まれ変わるんだ。もちろん、その資格が君にあればの話だけど」

 なんだか小難しいこと言ってるのかもしれない。メモを取れないのが痛い。これらの言葉のどこかに琉樹青葉を知る手がかりがあるのかもしれないのに。
 それにしても、27も部屋があるのか。そんなに大きい館なのか。ダメだと言われたけど、やっぱり写真が欲しい。
 もう一度だけ、お願いしてみようかな。
 歩いているだけでも、こんなにぐにゃぐにゃ歪む館なんだから、全然構造がわからない。

「ルヴィの手を離さないで。君の方向感覚も距離感も、ここの廊下では役に立ちません。君1人では一生この館からは出られませんよ」

 それは怖い。ルヴィの手を強く握る。ルヴィは、そんな私をからかうように指の間をくすぐった。

「こちらへどうぞ」

 シックでシンプルな部屋だった。
 ベッドとテーブル。小さなカウンター。チェストと、壁掛けの絵。

「この客間に迎えるのは、調度品になる前の女だけです。琉樹の館に客などなく、主と館があるだけです。そのどちらでもないのは、今のあなたと同じ、調度品に加工される前の女だけなんです」

 私は絵の前に立った。女の絵だ。とても優しくて悲しそうで怒りに満ちた笑顔を浮かべている。よく見るとそれは私の顔だった。私の表情に合わせて絵が動いている。いいや、この絵に合わせて私が動いている。
 くるくると表情を変えるその絵を見ているうちに、不思議なことが起きた。
 客間は私の部屋になっていた。私が幼少時代を過ごした古い家。その後、建て直した新しい家。学生時代を過ごした寮と、モデル事務所の社長が借りてくれたマンション。そこから引っ越した今の部屋も。

「ここであなたは、昔の自分を見るでしょう。そして、その過去を告白してください。全て、この館では無用なものだ。この場に捨てて、次へ行きます。今のうちに、見ておきたい過去は見ておくといい」

 懐かしくて泣きそうになった。まだ若い頃の父と母がいる。大工だった乱暴な父には良い思い出がない。母と私はいつも父に気を使って暮らしていた。家が嫌いだった。
 両親のことを理解するのは時間がかかった。妻子のいるモデル事務所の社長なんかとおかしな関係になったのは、そのことが影響していると言えなくもない。父のせいにする気はないけど、大学で初めて父から解放されたばかりの私は、自分を安定させるのにとても苦労していた。
 今まで被ってきた窮屈な殻を破りたくて努力した。無理をしちゃって、良いことも悪いこともあった。
 古い思い出も新しい思い出も、この狭い部屋の中をぐるぐると駆け回る。
 でも、どうしようもなく思い出すのは、子供のときの、父に対する恐怖だ。
 あの頃の私にはどこにも逃げ場がなくて、息苦しくて死にそうだった。
 母に言ったことがある。私を連れて逃げてくれないのって。私は泣いていた。母は、困った顔して笑っただけだ。
 母はいつもそうだった。私が父の悪口を言うと、いつもは優しい母が決まって───。

「……祖父は、この館に今よりたくさんの調度品を置いていた。全部で何人いたのかな。とにかく、たくさんだ。小さい頃の僕には、当然、ただの使用人兼愛人にしか見えなかったけど」

 過去を見て、語り、涙を流す私に、突然割り込むように琉樹さんが、自分の話を始めた。

「僕の母も、この館にいた。ここに住んでいたんだ。でも僕は、館に住む資格はないから、離れに住まわされていた。裏にある、小さくみすぼらしい建物さ。僕はそこで個室を与えられ、他の何人かの子どもと同じように、母と離れて暮らしていた」

 ぷつ、と私の記憶の輪は途切れた。
 目の前にあるのは、見たこともない女の肖像画だった。

「僕が母に会えるのは、祖父がいないときだけだった。こっそりと、見つからないように母に会いに行った。子どもの僕にとっては命がけの大冒険だったけど、でも、それだけの価値があった。母は優しくて美しい人だった。世界で一番美しい人だ。それなのに、あんな男の───」

 ルヴィの咳払いで、琉樹さんは言葉を切った。
 そして沈黙した。
 私はじっと肖像画を眺めている。彼がどんな表情をしているのか、ここからではわからない。私はなぜか、面白くもない女の絵なんかをじっと眺めている。
 動けないのではなく、今の彼と目を合わせるべきじゃないと、幼い頃に培った防衛本能が警鐘を鳴らしていた。
 きっと彼は私を、やり場のない怒りのぶつけどころにするだろう。なぜ、琉樹さんが怒るのかわからないけど、背中に感じるヒリヒリした空気は、男の人が怒っているときの感じだ。私はそれを、とてもよく知っている。そして今でも、すごく怖い。
 でも、おとなしく待つべきなのか、それとも積極的に話題を変えるべきなのか、私が取るべき行動の、どれが正しいのか自信がない。

「……行こうか。君の過去なんてどうでもいいや。次の部屋に行こう」

 冷たい口調だった。やっぱり、私は彼を怒らせたのかもしれない。
 私はとにかく謝った。この部屋を褒めて、もう少し見せて欲しいとお願いした。
 でも琉樹さんは、もういいと言うだけだった。

「いいんです。あなたの過去は、もう十分だ」

 がっかりだ。私は本当に仕事がへただ。
 そして琉樹さんはルヴィに私の手を引くように言って、話を変えた。

「あなたの知り合いで、最も美しい女性は誰ですか? もちろんまだ独身の人で」

 おかしなことを聞くと思いながら、私の先を歩く琉樹さんの背中に向かって、大学時代の同級生の名前と、今の職業を教えた。

「へえ。あの朝の番組で、キャスターやってる人ですか?」

 大学時代のミスで、頭も良い子だった。最初はお互いライバル意識していた関係だったが、ミスキャンパスのコンテストを私が辞退した直後くらいに、彼女の方から近づいてきた。
 たまたまモデルのバイトの都合でキャンセルしただけだったのだが、向こうは私が負けを認めたとでも思ったらしく、上からの態度で気にくわなかったが、彼女の考え方には得るものも多いので、なんとなく付き合いは続いている。

「良い知り合いをお持ちですね」

 軽い口調で琉樹さんはうなづき、その話は終わった。少し機嫌が良くなったようだ。彼の質問の底にはいやらしい目的が潜んでいる気はしたが、それ以上は何も言ってこないので、私も口をつぐんだ。
 おとなしく廊下を歩く。琉樹さんが前で、私はルヴィと手を繋いで後ろに続く。

50: 名前:nakami投稿日:2010/12/03(金) 12:30
琉樹の館・7

 前に進んでいるのか、どこかで曲がったのか、私にはわからない。デジャヴを繰り返しているような、不思議な感覚。
 女性がいた。ルヴィと同じ衣装を着た女性が2人、扉の前に立っている。
 どちらも私と同年代くらい。1人は、短髪長身のスレンダーで、引き締まった貌をしていた。もう1人は、隣の彼女より背は低いが、グラマラスな体をしていて、髪も顔立ちも柔らかそうな人だった。
 彼女たちは、まるで機械仕掛けのように揃った動きで、恭しく扉を左右から開く。明るい日差しが部屋から漏れてきて、その白い光の中を琉樹が入っていく。
 ルヴィが何かの合図を送るように、私の手を一度、キュッと強めに握った。私たちも彼に続いて部屋の中に入っていく。
 いい匂い。10人掛けほどのテーブルが料理でいっぱいになっている。そして、その脇には3人の女性が立っている。
 食堂だ。ここは館の住人が食事を摂る場所。
 廊下を歩いてきたときの、ぐにゃぐにゃとした目眩は治まった。
 大きなテーブル。シャンデリア。白い壁に、墨色で大きな木目調が描かれていて、とても不思議な感じ。
 ぴかぴかに磨かれた卓面に並ぶ料理まで欧風だ。まだ窓から差し込む日差しも明るいのに、煌々と焚かれるシャンデリアの灯り。それに負けじと輝く料理。そして壁の不思議な模様。
 ぐにゃり、とまた目の前が歪む。でも、理解をすればすぐ視界はもとに戻った。
 歪むのは、足りないからだ。
 このテーブルには、まだ料理が足りない。
 ルヴィの手を私から離す。私は、琉樹さんの座る上座まで歩く。そして、彼の横に立つ。
 料理人はどこ?

「失礼します」

 食堂の奥にもう一つ扉がある。そこから現れた女性の存在感に、食堂はさらに輝きを増した。
 道端小春だ。

「青葉様。本日の料理は、全て私がご用意させていただきました。ただいまより、メインの皿もご用意させていただきます」

 あの大女優の手にかけていただけるなんて、夢みたい。
 私は小春さんに促されるままに、テーブルの上に仰向けになり、琉樹さんに向かって足を広げて膝を立てた。
 小春さんの後ろに、3人のメイドさんたちと、さっき扉の前にいた2人のメイドさん。そして、ルヴィも並ぶ。

「亜沙美さん。紹介が遅くなりましたが、これが本日、この館にいる調度品たちです。本当はあと1名いるんですが、彼女は少し特殊なので、また後ほど。小春とルヴィはもう紹介は終わってますね。あとは先ほど扉の前にいた、背の高い方が橘夏で、もう1人がイーリンです。あとその隣が、藍花、真生、リズです」

 彼女たちは、とても美しい所作でお辞儀して微笑みを浮かべてくれる。
 足を広げたままで申し訳ないと思いつつ、私もお愛想と会釈だけはお返しする。
 すごい。みんな美人で、可愛い子ばかり。小春さん以外にも、どこかで見たことあるような気のする人もいる。

「ここにいる以外に、あと3名の調度品がいます。でもみんな、それぞれ仕事や学校があって、今日はいません。昔と違って、今は人を完全に囲っておくのは難しい。中には戸籍も国籍もなく、ここでしか生活できない子もいますが、だいたいみんな、それぞれの『普通の生活』というのを、のびのびと過ごしてます。そして仕事の合間の休日、あるいは放課後、ここに帰ってきて再び調度品に戻る。わりと自由な職場なんです。意外でしょ?」

 小春さんが、手際よく食材や調味料をテーブルに並べていく。後ろでお手伝いしている人たちも、テキパキと無駄がなく、まるで熟練の舞台を観ているようだ。

「あなたがもし、ここの調度品になっても、今の仕事を望むなら続けても良いですよ。ただし、帰ってくる家は変わる。あなたは、職場にも、家族にも、恋人にも言えない秘密を抱えることになる。でもそれはとても名誉で甘美な秘密だ。あなたはこの館の一部となることに喜びを感じて、進んで館に奉仕をするようになるでしょう。僕たちと一緒に過ごす、この密やかで美しい暮らしを、あなたは気に入ってくれると思いますよ。さあ、小春」
「はい」

 小春さんが、指にドレッシングを一滴のせて、私の鼻にちょこんと塗った。そして、リップを塗るみたいに、私の唇をゆっくりとなぞった。

「あなた、とてもきれいなお顔と体をしているわ。料理のしがいがありそう」

 貫禄すら感じさせる、慈愛に満ちた微笑みで小春さんは言う。彼女に褒めていただけるなんて、なんだかとても嬉しい。
 そして小春さんはチューブに入った白いソースを絞り、私の喉から下腹まで、一気に線を描いた。
 冷たさと艶めかしい感触が私の肌を感じさせ、思わず悲鳴を上げて仰け反った。

「ダメよ。あなたはみんなに召し上がっていただく食材なのよ。暴れないの」

 そうだった。私は今から皆さんに召し上がっていただく料理になるんだ。せっかくあの小春さんに料理していただけるんだから、邪魔しちゃダメ。
 でも、彼女の手が触れるたび、飾り付けの食材が、お腹や胸に乗るたびに、私はビクンビクンと、はしたなく感じてしまって、やらしい声も出てしまう。

「あなたのこと、みんなに良く知ってもらわなきゃ。美味しいお料理になって、喜んでもらうのよ。みんなであなたを食べて、味わって、愛してあげるわ。嬉しいでしょ?」
「あぁッ、はいっ、う、嬉しいです! は、ぁ…ッ、あ、ダメっ、そこ、ダメです! 摘んじゃ、あっ、あぁっ、だめぇ!」
「ふふっ、もう、おてんばしないの。あなたを、とっても美味しくしてあげるんだから、じっとしてて」

 小春さんの手が、私の乳首を摘み上げて、くるりとその周りにソースを回す。そして、ねっとりとしたキャビアをスプーンで乗せる。

「あなたの乳首、とてもきれいな色をしてるから、キャビアによく映えるわ。美味しそうよ」

 顔が熱くなるのを感じた。
 小春さんは容赦なく私の体を調理し、盛りつけていく。
 鎖骨をなぞるようにドレッシングを盛り、ハーブを並べる。くすぐったくてゾワゾワした。胸の谷間にセロリスティックを何本も挟まれ、卑猥なことを連想してしまい、目を背けた。
 小春さんはソース皿に指先を浸し、その手で私のお腹を撫でる。脇腹に流れるような線を描かれ、仰け反って歯を食いしばった。その上にローストビーフを丁寧に並べられる。ぞくぞくして、また声を出しそうになる。
 そして太ももに、冷たいチューブのドレッシングで下から上に線を描かれ、私はとうとう悲鳴を上げた。暴れる私の体を、調度品の方たちが左右から取り押さえた。
 私は、何度か小さなエクスタシーにも達した。
小春さんが触れたり、食材が盛られるたびに感じてしまい、抑えようがなかった。
 肌が、信じられないくらい敏感になっている。
 絶え間のない愛撫のような調理に、私は全身を翻弄され、喘いだ。
 はしたなく濡れて、おそらく今もヒクヒクと震えているのだろう私のアソコを見ても、小春さんは目を細めて微笑むだけで、手も触れてくれなかった。
 そこは、青葉様の場所だからと言って。

「じつは、小春は今年いっぱいで調度品を卒業する予定なんですよ。祖父の代から勤めてくれたベテランさんなんですけどね。彼女、来年には結婚する予定なんです。20歳も年上の映画監督さんと。あ、今のはオフレコでお願いしますね」

 琉樹さんが冗談めかして笑うと、私の顔に指でソースを塗っていた小春さんも、肩をすくめて微笑んだ。

「僕はね、結婚も卒業も自由に許しているんですよ。祖父の時代とは違うんだ。調度品にだってそれぞれの幸せを得る権利はあるでしょう。それに、調度品自体が永遠であるはずもないからね。でも、次の補充はしなきゃならない。小春の抜ける穴は大きいんだ。だからこうして、新しい人をスカウトしているんです。調度品に相応しい人材を探すのは大変なんだ。美しければ誰でも良いというわけにもいかないし」

 琉樹さんは、大仰なため息をついて愚痴をこぼす。
 でも私は、それどころではなかった。
 小春さんの指が体の上を繊細に動き回り、私は彼女の指先に翻弄されて悲鳴を上げる。
 強烈で終わりのない愛撫には、溺れるしかなかった。この人の指で、体を開かれ、骨まで抜かれてしまいたいとまで思った。
 やがて、彼女の指はぴたりと止まる。

「出来ました、青葉様」

 指先まで痺れて、力が入らない。閉じることもできなくなった唇から、たらりと唾液が垂れてきて、テーブルを濡らした。
 私の体は隈なく料理された。琉樹さんは私の股の間から全身を眺め、満足げに笑った。

「相変わらず見事な腕前だ。もうすぐこれが見れなくなるなんて、残念だよ」
「青葉様がお望みなら、私はいつでもお料理を振る舞いに参ります。結婚しても、自分がこの御館の調度品であることは、決して忘れはしません」
「ありがとう、小春。誰か、写真を撮ってあげて。彼女の料理をいただく前に、この美しい作品を永遠に残しておこう」

 私のすぐ上で、シャッターの音が鳴って、自分の仕事を思い出した。
 そうだ。私は、琉樹青葉と、琉樹の館を取材しなきゃならないのに。どうしてすぐ忘れちゃうんだろ。
 聞こう。聞きたいことがたくさんある。
 でもそのとき、いきなり私の股間に入ってきた衝撃に、私は悲鳴を上げた。

「うぅあぁぁああーッ!?」

 琉樹さんが、私の太ももを持ち上げ、固いペニスを挿入してきた。火照った体の中をいきなり抉られ、私は大きな声を上げてすぐに達してしまった。
 積もりに積もった快感の大波はすぐには引かず、私の体をしばらく痙攣させた。

「…あ…あ、あ……」

 喉からは、まともな声も出てこない。体中の酸素がからっぽになったみたいに、呼吸が間に合わない。
 そんな私を見下ろして、琉樹さんは愉快そうに口端を上げて、周りを見渡した。

「それじゃ、みんなにも紹介しよう。彼女の名前は遠藤亜沙美さん。今はくだらない雑誌の編集記者さんだけど、ご覧のとおり、以前はモデルもやっていたほどの美貌の持ち主だ。彼女が立派な調度品になれるかどうか、みんなの舌でも味わってみてよ。どうぞ、召し上がれ」
「あ…あっ……いやっ…いや、いやあぁぁッ!」

 あちこちから、一斉に手が伸びてきて、私の肌をまさぐる。顔も、胸も、お腹も、彼女たちの舌と手が這い、余すことなく咀嚼される。
 腕を押さえられた。足も広げられた。身動きもできないまま、琉樹さんに貫かれ、メイドの格好をした館の調度品たちに愛撫される。

「んー! んんーっ!」

 顔中を舐められる。口と舌を吸われ、助けを乞う私の悲鳴もふさがれる。耳の中にまで舌が入ってくる。喉を執拗になぶられる。
 強く胸を握りつぶされて、痛みと快楽に体が引き攣った。
 もう片方の胸は優しく舌で撫でられ、くすぐったさによじれる。お腹の上の肉をピチャピチャと咀嚼される。音がいやらしい。太ももの内側を甘噛みされる。ぞくぞくする。
 琉樹さんは私の体の反応を楽しむように、ゆっくりとしたペースで、私の中を行き来していた。強く、緩く、私の体を好きなように揺すっている。
 かつてないほどの大きな快感が、私の全身を這い回っていた。多人数で私1人の体を味わいながら、彼女たちは息を合わせるかのように愛撫の強弱をつけ、快感の波を操っている。
 右の胸が強く吸われれば左は優しく円を描き、足先を舐められる甘い刺激は太ももの甘噛みに引き継がれ、へそを舐め上げられる快楽のさざ波は脇の下で大きな波となり、耳たぶを囓られる強烈な刺激となって私にはしたない声を上げさせた。
 料理人の腕も確かならば、彼女たちもまた、マナーと味わい方を知り尽くした美食家たちだった。
 奇妙なことに感心しながら、私は彼女たちに自分の体を味わっていただく快楽のディナーに溺れていく。何度絶頂に達したのかわからない。その感覚も最後には失っていた。半ば気を失っていたと思う。
 琉樹さんのピストンが激しくなって、揺さぶられた。
 悲鳴を上げる気力もなくした私は、琉樹さんの精液をまたお腹と胸にかけられ、彼女たちにそこを舐め取られながら、呆然としていた。

「亜沙美さん、ごちそうさま。とても美味しい体でした」

 小春さんが、私の髪を優しく撫でる。唇についたソースを舌で舐め取る仕草が、とても色っぽいと、ぼんやり思う。

「でもね、御館はまだあなたを味わい足りないみたいなの。おかわりいただいても、いいわよね?」

 言っている意味がわからなかった。
 私はもう、死にそうなくらいの快楽をイヤと言うほど味わって、考えるのもつらかった。
 コロンと、体を裏返らせる。
 そして、火照った背中に、いきなり冷たいクリームを落とされ、私は悲鳴を上げた。

「動いちゃダメ。あなたの体は、背中までとてもきれいね。まるで極上のスイーツ……甘くて、柔らかくて、素敵よ。私がもっと、あなたを美味しくしてあげる」

 敏感になった肌の上に、次々と高い位置からクリームを落とされる。冷たいのに、なぜか塗られたところから熱くなって、体がいやらしい反応をする。周りのメイドさんたちに押さえつけられた。私はまた小春さんに料理されるてしまうんだ。
 これ以上されたら、本当に死んじゃう。助けて。もうやめて。

「大丈夫よ、死にはしないわ。求められたら、応じなさい。感じたなら、受け入れなさい。あなたの体は御館のもの。あなたの意志は奉仕するもの。それが今日からあなたの仕事で、使命なの」

 小春さんのぽってりとした唇が、私の耳に微かに触れる。そしてくすぐったい声で囁かれる。

「あなたの仕事を全うしなさい」

 背中に落ちたクリームを、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、指で拡げられる。
 彼女の手が触れたところが、ぞわぞわと痺れて、体が浮いてしまう。
 口の中に指が入ってきた。小春さんの甘い指が私の舌を捉えて蠢く。クリームを塗りたくられる。私は、声にならない呻き声を上げた。

「……ルヴィさん、あなたは亜沙美さんを召し上がらないの?」

 ルヴィは、私から離れた扉のそばに立っていた。私と目が合うと、自分の体を抱くようにして、赤くなった目と顔を逸らした。
 その純情そうな仕草に、私の方が羞恥を覚える。
 私をそばで支えていてくれたあの子に、このいやらしく乱れた姿を見られていたことが、すごく恥ずかしいと思った。

「とっても美味しいわよ、この子。あなたも一口いかが?」
「わ、私は……」

 耳まで真っ赤にして、私はいいです、と消え入りそうな声でルヴィは顔を伏せる。小春さんは、くすりと、私の耳のそばで微笑む。

「あの子ったら、あなたのこと本当に好きになってしまったみたい。あなた、意外と手が早いのね。この体で彼女を誘惑したのかしら?」

 顔が熱くなる。
 違う、と言いたいのだけど、小春さんの指はイジワルに私の舌を転がしている。

「それとも、このぽってりとした可愛い唇でキスをしてあげたのかしら? 私たちのルヴィさんを誘惑するなんて、いけない子……ふふっ」

 うなじを噛まれた。
 にぶい痛みはすぐに快感に変わって、私の背すじを震わせる。
 小春さんの指が、私の口から唾液の糸を引いて離れた。肺にいっぱい空気を吸い込んで、熱い息にして吐き出した。

「あなたからもお願いしなさい。ルヴィさんに、私を食べてって。あなたも食べて欲しいんでしょ?」

 食べて欲しい。私だって、あの小さなお口で、私をたっぷり味わって欲しいと思う。
 でもその前に、私はもっとするべきこともあるし、聞かなきゃならないこともたくさんあった。まだダメ。大事なことを忘れちゃダメ。
 私の仕事を全うしろ。

「はぁっ、はぁっ、はぁーっ…あぁ、あの…あの…」
「何かしら?」
「こ、小春さんに、お聞き、んっ、したいことが」
「……私に?」
「あの、んっ、小春さんは、琉樹さんの話を、ど、どう思われますか? んっ、ここを、ぁっ、出て行かれる、あなたにとって、琉樹の館とは、んっ、本物の永遠、でしたか? はっ、はぁ」

 私の口のすぐそばで、小春さんの横顔が止まる。

「永、遠…。はっ、はぁ、はぁっ、本当に、んんっ、本当に、ただ、それだけのために、ッ、この家は、あるのですか? はぁっ、はぁ、はぁ…では、んくっ、その、永遠とは、誰のための、んっ、永遠、なんですか?」

 体が疼いて、頭の中も真っ赤に煮えたぎっている。
 言葉もカラ回りしている気がする。

「誰の目にも、触れず、ただ永遠に、在り続けるための家なんて、どうして、必要なんでしょうか? んっ、琉樹家の人たちが、そこまでの情熱を注ぐのは、あっ、一体、何のためなんですか……、はぁ、はぁ、知っていたら…、いえ、あの、あなたはたぶん、知っていると思うんですが、んっ、その、教えて、くださいませんか、小春、さん……」

 聞きたいことが、上手くまとまらない。疑問だけ次々浮かんで、聞くべきことを間違えてる気もする。
 小春さんも、私の言いたいことが伝わらないのか、固まったままだ。
 もう、自分のダメさがイヤになる。ちゃんと整理したいのに、頭が回らないんだ。
 小春さんは、ゆっくりと私の目を見た。
 その微笑は、さすが女優さんと思える魅力に満ち溢れ、優しく、美しく、とても落ち着いていた。

「さあ? あなたの言ってること、私には全然わからないわ」

 やっぱり、笑われた。きちんと考えて、聞きたいことをまとめなきゃ。
 そう思った瞬間、お尻に強い痛みが走った。私は大声を上げて仰け反る。ビリビリと、尖った感覚が全身を突き抜けて、すぐにそれは快感に変わって全身に広がる。
 小春さんが、私のお尻をぶった。

「あなた、本当に素敵な子ね。こんなに楽しいお料理は、私も久しぶりよ。たっぷりと、可愛がってあげる」

 何度も、何度もぶたれる。でも逃げられない私は、悲鳴を上げるだけ。痛みと快感が交互に攻め寄せてくる。
 私は小春さんにめちゃくちゃにされる。
 殺されるかもしれないと、本当にそう思う。

「橘夏さん、あなたも手伝ってくださる?」
「はい、小春様」

 ここに来るとき、扉の前にいた女性の背の高い方。短い髪と、勝ち気そうな顔立ちの女性だ。

「彼女に、とびきり甘い生クリームをプレゼントしてあげて」
「かしこまりました」

 軽やかな足取りで、彼女は私の前でホイップクリームのチューブを手に取り、くるりと片手で器用に回して構えた。
 そして、私の後ろに立った。

「いやあッ!?」

 いきなり、アソコの中に太いものが入ってくる。
 そして、ブチュチュといやらしい音を立てて、何かが私の中に注ぎ込まれてきた。

「いやっ、いやぁっ!? や、あああぁぁッ!?」

 形容しがたい、壮絶な感覚が私の体を駆けめぐる。
 私はひたすら悲鳴を上げる。懇願して、許しを乞う。
 でも道端小春は私を押さえつけ、お尻を叩き、橘夏さんという人は私にクリームを注ぎ続ける。
 ルヴィは、私の悲鳴から逃げるように、耳を塞いでしゃがみ込んでいた。痛みと快感は、大波のように私の脳みそを揺さぶる。
 やがて、私の意識はぶつりと途切れてしまった。

51: 名前:nakami投稿日:2010/12/03(金) 12:30
琉樹の館・8

「……青葉様」
「あぁ、おつかれさま、小春」
「この子は───」
「ん、なに?」
「この子は、容姿も優れて、頭もいい子です。それに、芯がしなやかで強い。もしも青葉様が合格を与えたなら、きっと素晴らしい調度品になることでしょう。この子を調度品になさるのなら、教育係は是非この私に」
「それって、彼女を君の後継者にしたいということ?」
「はい。できることなら」
「ふぅん……まあ、考えておくよ」

 ぼんやりとした頭に、2人の会話が入ってくる。
 寝てたんだ、私。何やってんだ、私。
 もっとちゃんとしたお仕事がしたいのに。しなきゃならないのに。なんて情けない女なんだ。
 体は重くて動かない。背中を誰かが撫でている。私の肌を傷つけないように、優しい手つきで拭いてくれている。
 その温かさに涙が出てくる。喉が詰まって、しゃくり上げる。
 背中の手は、それでも優しく撫でてくれていた。

「ルヴィ」
「は、はい」

 琉樹さんの呼びかけに背中の手が止まった。
 やっぱり、彼女だった。

「亜沙美さんをシャワーに連れて行って、きれいにして。僕はここで待っている」
「はい」

 私の手が、彼女に引かれる。

「行きましょう、お姉様。すぐにきれいになりますから」

 この子の手は、私を安心させてくれる。強く握ってしまう私に、彼女も優しくぬくもりを返してくれる。

「ルヴィ」
「はい」
「女になってもいいよ」
「……はい。ありがとうございます、ご主人様」

 私はルヴィに手を引かれて、ぐるぐる不明な廊下を歩く。
 彼女の手が、少しずつ汗ばんでいく。

 シャワールームで、服を脱ぎ捨てたルヴィに支えられて、私は頭からシャワーをかぶった。
 ルヴィの小さくて柔らかい体が、とても温かかった。

「……あぁ」
「お姉様、大丈夫ですか? お湯は熱くないです?」
「大丈夫…です。すみません、こんなことまでしていただいて……」
「いいんです。謝らないで。そのままじっとして、私に任せてください」

 ルヴィは汚れた私の体を、丁寧に手のひらで拭ってくれる。
 この子の手は大好きだ。小さいけど、暖かくて優しい。
 そして、こんな子どもに頼りきっている今の自分が情けなくて、私はまた涙が出てくる。

「どこか痛むんですか、お姉様? どこです?」
「違う…の。私…私、みっともない…あんなに、いやらしいこと…今も、あなたに、こんなことをさせて…」
「そんな! お姉様は、ちっともみっともなくありません。今もすごくきれい。本当です。さっきのお姉様も、すごくきれいでした」
「うそ…やめて」
「うそじゃないです。本当のこと教えちゃうと、私もお姉様を食べちゃいたいって思ってました。でも…なんだか、ドキドキして、恥ずかしくなっちゃって…」

 小さな手のひらが、私のお腹を、胸を、優しくまさぐる。ルヴィのため息が、なんだか甘く聞こえる。

「今は…ご主人様が、女に戻っていいっておっしゃったから…」
「ん…んんっ」
「お姉様の肌、やわらかい。気持ちいいです…」

 胸をすくうように撫で上げられる。思わず声を漏らしてしまう。

「あっ、あっ」
「吸っても、いいですか? お姉様の、柔らかくて美味しそうなおっぱい、ルヴィ、吸ってもいいですか?」

 金色の髪が濡れて、彼女の小さな顔に張り付いている。まるでゴールデンレトリバーの仔犬みたいに青い瞳が、私を見上げている。
 胸が切なくなるような瞳。

「んっ、いい、わ。ルヴィ、おいで」
「嬉しい……お姉様!」

 私は彼女に胸を許してしまう。まるで赤ん坊みたいに夢中で私の胸を吸うルヴィは、とても可愛かった。愛おしくなる。
 濡れた髪を梳く。小さくて柔らかい体がとても気持ちいい。この髪も。懸命な唇も。

「お姉様。ルヴィが一緒にいるから、大丈夫です。ルビィがお姉様を守ってあげます。小春様にぶたれても、そこ、ルヴィがペロペロしてあげます。だから、ルヴィと一緒にお勤めして欲しいです。この御館で、ルヴィと、ずっと一緒にいて欲しいです」
「はっ、あっ、そこ、あっ」
「絶対に、調度品になってください。お姉様なら絶対合格です。私も応援します。ルヴィは、お姉様の味方です」

 真っ直ぐな瞳を向けたまま、ルヴィが膝を折って、私の前にしゃがむ。
 そして柔らかい舌で、クリームだらけになった私のアソコをなぞっていく。

「ここも…お姉様のここも、きれいにしてあげます。お姉様の体は、ルヴィの舌で、全部きれいにしてあげます。お姉様…んっ」
「あッ……あぁッ、あぁぁッ」

 舌で中をほじくられて、大きな声が出る。
 私の声がシャワールームに反響して、耳に響く。
 いやらしく空気を震わせ、私の官能をさらに引き立てる。

「そう。この部屋の使い方は、それで正しいです。さすがお姉様。もっと、えっちなお声を響かせて、感じてください。ルヴィも、お手伝いしますから」
「やぁっ、あぁ、ダメっ、声、出ちゃう! あぁっ! あぁぁ!」
「可愛い、お姉様。ここも、とってもきれいで、美味しいです。ルヴィ、毎日ここ舐めたい。これからも、お姉様の体をきれいに洗うの、ルヴィのお仕事にしていいですか? ルビィと、毎日、お風呂に入ってくれませんか?」
「あっ、あぁ、ルビィ、あぁぁッ」
「お姉様、ちゅ、ルビィに、何でも言いつけて。んっ、ルヴィ、何でもしてあげます。お姉様の言うことなら、んちゅ、何でも、しますから」
「あぁっ、ダメっ…あぁっ、そこ、いい! 感じちゃう!」
「だから、お姉様…んっ、ちゅっ、私の、お姉様になってください。ルヴィを、お姉様の妹にしてくださいッ、んっ、んんんっ!?」

 私は、ルヴィの小さな頭を自分の股間に押しつける。
 熱いシャワーが降り注ぎ、反響する私の嬌声が、もっと私を官能に駆り立てる。

「ルビィ! きて、もっと!」
「んっ! んんんんっ!」

 感じたい。もっと深く。強く。
 髪をつかまれ、押しつけられて、苦しそうな声を出しながらも、ルヴィは私のそこに舌を這わせて、次々に滴る私の愛液をすすってくれた。
 私は腰を動かす。大きな声を出す。自分に聞かせるために大きな声を。
 ルヴィは、舌を私の中までねじ込んできた。右手で、自分の股間を触って、私のここをとても丁寧に情熱的に舐めてくれている。
 私たちは、夢中になって声を上げた。仕事はまるで進んでもいないというのに、私はこの快楽に押し流されていく。
 シャワーの水音。舌の音。そして私自身のいやらしい喘ぎ声。
 全ての音が子宮に響いた。全身にシャワーと音を浴びて、私の体は蕩けていく。

 琉樹の館に───溺れていく。

52: 名前:nakami投稿日:2010/12/03(金) 12:31
琉樹の館・9

 ルヴィの小さな手が、私の手に絡んでくる。私はそれをしっかりと受け止めて、離さないように深く握りしめる。

「行きましょう、お姉様」
「うん」

 このぬくもりが、私の足を支えてくれる。いろんな部屋を巡ったはずなのに、廊下に立つと、もう私の方向感覚と記憶はあやふやになっていく。自分がここにいる目的まで忘れてしまいそうだ。

 私が取材に訪れた建築デザイナー、琉樹青葉の私邸は変わったところだった。
 彼の祖父が設計した謎多き『琉樹の館』に招かれるためには、いろいろと条件があるそうだ。
 まずは、この館に相応しい調度品にならなくてはならない。それには体の美しさや気品や教養とか、厳しい審査基準があるらしい。
 私は裸にされ、琉樹青葉に抱かれ、道端小春に料理され、この館のメイドさんたちに全身を舐められ、泣かされ、そしてまた迷子になっている。
 仕事を進めようにも、自分の周りに何が起こっているかも把握できていなかった。
 しかも取材だというのに、カメラもレコーダーも手帳どころか、服までどこかで忘れてきてしまったようだ。
 一人前の記者になるには、まだまだ時間がかかりそうだ。自分のバカさ加減が、時々本当にイヤになる。
 それでも、仕事は諦めたくないけど。

「遅かったね」

 食堂には琉樹青葉と道端小春がいて、固く手を繋いでいる私たちをからかうように笑う。
 ルヴィの手が少し熱くなり、力がこもった。

「次へ行こう。小春も君たちに付き合ってくれるそうだ」

 私の取材に、小春さんも。
 道連れが増えるのは良いことなのか、そうではないのかわからないが、私はまだこの気難し屋の琉樹青葉に『失格』を言い渡されたわけではないみたいだ。
 まだ仕事を続けられる。
 なんだか二日徹夜したあとみたいに意識はぶつ切れだが、きちんと目的だけは整理して、忘れないようにしないと。
 この館では、不思議なことが起こるようだから。

「次は書斎に案内するよ」

 廊下に出ると、私の感覚はおかしくなる。
 颯爽と前を歩く琉樹さんと、その後ろに従う小春さん。その更に後ろに、手を繋いだ私とルビィ。
 私たちの距離はぐにゃぐにゃと変化して、歩く道のりも長いようで短い。時間の感覚すらおかしくなっているようで、どれだけ歩いたかもわからなかった。

「ここです」

 琉樹が立ち止まり、私の前で扉を開く。
 一歩、足を踏み入れると、空気がピンと張り詰めた。
 口を閉ざす。静かに動く。
 静寂が必要なのは、この部屋の主がそれを好むから。私は窓辺の製図机に吸い寄せられる。
 低く古いデスクだった。使い込まれた姿は持ち主の強い愛着を感じる。大事に愛されてきたに違いない。
 そして、それは椅子を必要としなかった。
 私は、自然と机の前に立ち、四つんばいになっていた。
 この部屋の椅子は調度品の仕事だった。
 衣擦れの音を聞く。見上げると、小春さんもメイド服を脱ぎ捨て、下着も外しているところだった。
 なんてきれいな体。豊かな胸。くびれた腰。
 女優というのは、やっぱり一般人とは何もかも違う。それとも、彼女だけ特別なんだろうか。
 いやらしさを感じさせず、むしろ気品を増したように見える。服を着ているときよりも、裸のほうが品があるってどういうことだろう。まるで彫刻のような芸術美。
 そして小春さんは、黙って私のそばに膝をつき、濃い陰毛の股間を私の脇腹に密着させた。くすぐったいが、すぐに慣れる。小春さんはそのまま腕を伸ばした。
 これで椅子の完成。私の背中が台座。小春さんの胸が背もたれ。腕が肘かけ。
 私たちの体は固定された。全身の筋肉が私の意志において弛緩し、この部屋の意志によって硬直した。私たちは決して動いてはいけない。
 琉樹さんが、私の背中に腰掛ける。細身とはいえ、男の人の体重は私には十分に重たかった。
 だが、その重みも一瞬で消えた。クッションのようにしなっただけで、私の背骨はその位置で固まってしまった。
 力を込める必要もない。この部屋の命ずるままに、体を委ねればいい。
 私はただの椅子だ。

「ここは祖父の書斎です。主に仕事のとき、休日や夜の読書、静かな時間な欲しいとき、ここを使っていたそうです」

 琉樹大介の残した静謐で重厚な空気は、今もこの部屋を支配している。
 私はその孫、琉樹青葉の言葉におとなしく耳を傾ける。

「祖父は調度品を椅子にして座るのが好きだった。時間があればこうして女の上に座って、もの思いにふけっていたそうです。そうすると、良いアイディアも浮かんできたとか。亜沙美さん、顔を上げて壁の写真をみてください」

 首をまっすぐ上げると、そこに写真がかかっていた。
 白髪の、精悍な男の人。顔も白い髭に覆われてるが、眼の輝きは若々しく野性的で、表情に年齢を感じさせない。ツイードのスーツがよく似合っていて、逞しき紳士といった風貌だ。
 これが、琉樹大介。日本建築史の巨人で、この館を設計し、支配してきた主。
 そして彼が椅子にして悠然と腰をおろしている女性は、どこかで見た覚えがある。

「わかります? 彼女、シルヴィア・ベアールですよ。『アラバマの貴婦人』でオスカー獲った女優さん。彼女が『嘘と追憶』の撮影で来日した時、のこのこと祖父に別宅の設計を依頼しにきて、調度品にされてしまったそうです。それ以来、よくお忍びで来日しては、ここで祖父の椅子になっていたとか」

 彫りの深い横顔をカメラに向けて、裸になり、四つんばいになって大介氏の体を支えている往年の名女優。
 豊かな胸をつり下げ、巨躯な大介氏の下で椅子にされている彼女は、それでもスクリーンの中の美しく凛としたシルヴィア・ベアールそのものだった。

「祖父は彼女の椅子がお気に入りだった。そして彼女も祖父の椅子になるのが好きだった。来日したときには、一日中でも彼女はここで椅子になっていたそうです。祖父は、彼女が3番目の夫と結婚したときも、ここで彼女の上に腰掛けながら、新居を設計してあげたそうですよ」

 主従の深い信頼関係か、あるいは価値の分かる蒐集家とその逸品の風格なのか、写真の中の2人は幸福そうに見えた。
 私も、彼女のようにピンと背中を伸ばした。こんな風に琉樹青葉を支えたいと思った。

「これの何が楽しいのか、僕にはわからないけど。亜沙美さんは楽しいですか?」

 琉樹さんは、そう言って私と小春さんに体重を預け、つまらなさそうに天井を仰いだ。
 私は『喜んでいただけなくて残念です』と答えた。シルヴィアさんのようになれなくて申し訳ないと思った。
 誇らしげな顔の大介氏が、主を満足させられないダメ椅子の私を見下ろしている。
 そしてふと、疑問に思った。
 書斎に飾られている写真は、これだけなんだろうか。

「…家族の写真は…ここにはないんですか…?」
「は? 家族の写真ですか?」

 私はその疑問を思いついただけで、口には出していないはず。
 なのに、琉樹青葉は意外そうな声を出して驚いた。

「そういえば、そうでしたね。あなたは心に浮かんだことを、隠さずに僕に言う。そういう遊びでしたっけ。えぇ、家族の写真、ありませんね。僕もあなたに言われるまで疑問にも思いませんでしたよ」

 ぐるりと書斎を見渡し、琉樹さんは愉快そうに笑った。

「たしかに、書斎といえば家族の写真だ。静寂と孤独と没頭のための空間には、癒しも必要だ。普通の人なら、家族や友人たちの笑顔を置くんでしょう。でも、この部屋にあるのは祖父の自慢の調度品の写真だけだ。まあ、家族写真なんて撮った覚えもありませんから、なくて当然ですけどね」

 そう言って、私の背中を指でくすぐった。
 ゾクゾクと震えが走ったが、椅子である私は声を殺して堪える。

「でも、いい質問です。そう、琉樹大介は家族の写真を欲しなかった。むしろ、家族など必要としていなかったんです。彼にとって女とは館のための調度品であり、子どもなんてのは、その間違った副産物にすぎない。その程度だったんですよ」

 私の髪を梳き、背中を撫でていく。
 長い話の手持ち無沙汰で遊んでいるだけなのだろうが、そのたびに体が反応してしまう私は椅子を続けるのが大変だ。

「孫じゃないんですよ。僕は琉樹大介が65歳のときの子どもです。祖父は30代で離婚したきり戸籍上は独身だったから、便宜上、孫と称しているだけです。同じような子どもは他にもたくさんいましたよ。みんなで、ここの裏の離れで暮らしていました」

 子ども? 孫じゃない?
 琉樹青葉さんのお母さんも、ここの調度品だったということ?

「母は体が弱かったけど、美しい人でした。物心つく頃には僕は離れに移っていたから、こんなにすぐ近くにいても母に会える機会は少なかった。だけど僕は母が大好きでした。彼女に会うためなら、何でもしたいと思っていた。でも、父はそのことを簡単には許してくれなかった」

 琉樹青葉が、踏み込んだ話をしてくれている。
 メモも取れないし、この体勢のまま聞かなければならないから、集中しなければならないのに、私は彼の話とシンクロして自分の過去を思い出してしまう。
 優しい母。暴力的な父。母のことは大好きだったが、父のことは死ぬほど嫌いだった。
 父にぶたれる母の背中を思い出す。私にまで手をあげようとした父から私をかばって、額にケガをした母のことを思い出す。

「…ええ。あなたの家と近いかもしれません。暮らし向きはまるで違いますけどね」

 まるで私の考えを読んだかのように、琉樹さんは同調する。私なんかのつまらない話、こんな時にしゃべったりするはずないのに。
 私は、いつのまにか開いていた口を閉ざした。なるべく空っぽにして、琉樹さんの話を頭に留めるようにする。

「僕らはこの屋敷に入ることを、父…いや、祖父から禁じられていました。もしも勝手に入り込んだりしたことがバレたら、ひどく殴られた。外壁に触れることすら、屋敷を汚すと言って怒られた。だから、母にこっそり会いに行くときはいつも命がけでしたよ。じつに楽しい冒険でもありましたけど」

 小さな琉樹青葉が、たった1人でこの屋敷を探検する姿を思い浮かべる。
 大人の私ですら迷子になるような屋敷なのに、大変だ。

「図面を作ったんです。玄関から母の部屋まで。家具の配置や、その意味まで分析して。何度も迷ったり催眠にやられかけたこともありましたけど、一つ一つの仕組みと配置を理解して避けていけば、なんとか進んでいけるんです。10才の七夕の日から始めて、11才の冬休みで初めて僕は1人で母の部屋まで辿り着くことができました。母はとても驚いて、そして喜んでくれた。『青葉はすごいね』って言ってくれたんですよ。僕も嬉しくて、これからはいつでもお母さんに会いにくるからって、大得意でしたよ」

 琉樹さんがお母さんのことをしゃべるときの声のトーンは、とても優しい。でもここで言葉を切ったのは、悲しいことを思い出したからだと私は思った。

「…えぇ。祖父にはすぐに見つかりましたよ。おそらく、調度品の誰かが報告したんでしょうね。母の部屋にいるときに祖父が踏み込んできて、僕をめちゃくちゃに殴りました。止めに入った母まで突き飛ばして、僕の顔の形が変わるまで殴った。当時でもう80才近いおじいちゃんのくせに、恐ろしい腕力でしたよ。そして、僕の描いた図面をビリビリに引き裂いて、床にたたきつけたんです」

 胸が痛んだ。
 同情ではない。私自身の過去と、彼の過去がだぶったからだ。私自身の痛みが、彼の話で掘り起こされた。

「でも、そのあと祖父はなんて言ったと思います? 自分でボコボコにした息子に向かって、手を差し伸べて、恐ろしい笑みを浮かべて…『琉樹の名にふさわしき息子よ、お前に全て譲ろう』だって。僕は認められたんです。この館と、仕事と、彼の血を受け継ぐに相応しい男に。当時まだ小学生でしたけど」

 琉樹さんが、首の向きを変えたのが、椅子の私にも伝わった。大介氏の写真を、彼は見上げている。

「それからは、僕はずっと祖父と一緒だった。中学を卒業するまでに基礎は全部叩き込まれた。高校を出てからは大学なんて片手間で、ずっと祖父の助手として家に帰る暇もないくらい働かされました。でも苦ではなかった。彼に認められれば、母もこの館も僕のものになる。祖父がガンだってことにも気づいてたけど、僕は知らないふりをした。一刻も早く彼を蹴落としてやりたかったんですよ。僕は必死で学んで、祖父のセンスと知識を吸収した。晩年の仕事では、僕が祖父の名前で描いた仕事もあります。今でも誰も気づいてませんよ。僕は完璧に琉樹デザインを受け継ぎ、そして祖父にもそのことを認めさせました」

 ずっと私の髪をいじっていた琉樹の手が止まった。私は彼の話に夢中で、その感触も忘れていた。

「…その祖父が亡くなって、僕は揚々とこの家に帰ってきました。ようやく母と2人きりになれると思って…そして、母がとっくの昔に亡くなっていたことを、僕は初めて知ったんです」

 小春さんの体が震えている。琉樹さんが、彼女の細い腕を力一杯に握りしめていた。小春さんは、じっと彼の感情を受け止めている。

「僕と祖父が凌ぎを削り合っているときに、母はこの館で、たった1人で亡くなったそうです。そのことを祖父は僕に隠していた。僕がそれを知れば、何もかも放り出してしまうとわかっていたから」

 じわりと、私の手に汗がにじんだ。体は苦にも感じてないのに、琉樹さんの体が、重くなった気がした。

「僕は最初から、琉樹の名声なんてどうでもよかった。母と、母のいる家と、母と暮らすための財産と仕事が欲しかっただけだ。奪い取りたかった。この男を、病で死なせたことを今でも後悔しています。僕の手で…殺してやればよかったって」

 小春さんは微動だにしない。完璧なまでに家具の一部になっていた。
 私は、動揺せずにいられない。
 彼の強い憎悪が部屋の空気を変える。私の意識から何かが剥げ落ちていく。
 私は…なぜ、こんなところで四つんばいになっているの?

「…もういいです。あなたは正しく椅子であることを理解した。反応も早かった。合格です。結構ですよ」

 ふと、琉樹さんの体から力が抜けた。
 同時に部屋の空気も変わり、私は再びこの部屋に取り込まれる。
 私は椅子だ。そして主の許可により、役目から解放される。
 この部屋でのことはもう終わりだ。

「次へ行きましょう」

 あるいは、琉樹さんはこの館が好きではないのかもしれないと、私は思った。

53: 名前:nakami投稿日:2010/12/03(金) 20:22
琉樹の館・10

「……さて、体が冷えませんか?」

 廊下に出て、数歩、あるいは数十歩ほど進んであたりで、琉樹さんが振り向いて言う。
 顔が紅潮する。思い出したように体が尿意を感じ始めた。ぞわりと鳥肌が全身を走り、下腹が辛くなった。
 小春さんも、ルビィも、同様に体を震わせる。

「ここがトイレです」

 そっけなく遠慮がちな扉が、この先にある不浄の場所を暗示させる。

「寄っていきますか?」

 快活なその笑顔が、逆に悪意を感じさせる。
 イジワルな人だ。私たちは唇を噛んで頷く。3人とも、おしっこが我慢できないところまで来ていた。この場所は、きっとそういう場所なんだろう。

 トイレの中は非常に広かった。私たち4人も余裕で入れた。
 便器は一つだが、とても奇妙な形をしていた。
 まるで小さな滑り台のようだった。横から見ると「へ」の字に傾斜し、その先がアンダーバーのように床に長く伸びている。
 そして両脇に照明のスタンドと、右側にスタンドと同じデザインのペーパー立てがある。
 照明が猥褻にトイレを浮かび上がらせていて、自分がそこで用を足す姿を想像するだけで、私の体は羞恥に震えた。
 その便器に座れるような場所はなく、膝を立てて跨るしかない。膝を置くべき場所は床に窪んで示されている。その傾斜の最も高い場所だ。そこに跨り、自分の小水が便器の先端まで、たっぷりと時間をかけて流れるところをみんなに晒しながら用を足すことになる。
 そんなことするぐらいなら、この辛い尿意を堪えた方がまだマシだと思えた。

「どうしました? しないんですか?」

 ここは、とても恥ずかしい場所だった。急に自分が全裸であることも思い出して、私は羞恥で身をよじった。
 心臓がドキドキする。琉樹さんのも、他の2人の視線も辛い。見られたくない。
 こんなに恥ずかしい思いをしたことは今までにない。

「…できないんですか?」

 琉樹さんが失望してる。
 この人は沸点が低い。気に入らないとなれば、それまでだ。私はここでおしっこをすべきだけど、でもそんなこと恥ずかしくてできなかった。
 奇妙な便器と淡い間接照明の灯りが、私の奥底から『羞恥』の感情を掘り起こし、曝いている。ここにいるだけで恥を晒している気分だ。

「できないんですか、亜沙美さん?」
「わ…私、私は…その…」
「あ、あの! ご主人様!」

 まごつく私を、庇うようにルビィが前に出た。

「お、お姉様は初めてだから、やり方がわからないのは、仕方ないと思いますッ…ですから、私が、まずお手本を見せたいと思いますがっ、よ、よろしいでしょうか、ご主人様?」

 カチコチに緊張した声でルビィが言う。
 琉樹さんは「へえ」と面白そうに笑って、ルビィの気持ちを値踏みするように、彼女の赤い顔を見下ろす。そして、「別にかまわないよ」と横柄に答えた。

「あ、ありがとうございます、ご主人様……そ、それでは、見ててくださいね…お姉様」

 ルビィは赤くなった顔を、恥ずかしそうにうつむける。
 彼女も、私と同じくらいの羞恥を感じている。なのに、私のためにその恥を晒してくれるという。
 真っ直ぐな優しさが、今の私には本当にありがたく、暖かかった。

「下着は…脱いじゃいます。そして、ここに、こうして膝を立ててください」

 ピンク色の下着を足首に引っかけて、ルビィは便器の一番高いところに跨った。彼女の白い太ももが妙に艶めかしく見えて、シャワーでのことを思い出して恥ずかしさが増した。

「…スカートは、こう持ちます」

 遠慮がちにスカートの前を摘み、ゆっくりと上げていく。
 女なのに、ドキドキした。
 私はルビィの間には秘め事がある。だから特別な目で見てしまうのは仕方のないことだと思う。でも、それにしてもこの鼓動は、特別だった。
 性的な興奮を、私はこの少女に抱いていた。
 スカートの下から現れた薄い翳りと、その小さな若草では隠しきれない控えめな色をした秘部に、私は欲情していた。

「で、では…ルビィは今から、お、おしっこ……します。どうぞ、見ていてください」

 ルビィは恥ずかしそうに顔を背け、唇を噛む。その股の下で、彼女の秘部が劇的な震えを見せて、ほんのわずかに、肉を開いた。

「いやッ!」

 ピシャリと、小さな飛沫が便器の滑り台の上で跳ねて、そこで止まった。しかし一度開放してしまったルビィの小さな性器は、嫌がる彼女の下半身を震わせ、栓の抜けた小瓶のように音を立てて中身をこぼしていった。

「あっ! あっ、あっ!」

 真っ赤になった顔をブンブンと振り回し、それでも止まることのない水流を持て余し、ルビィは腰をくねらせる。
 そのたびに変わる水音と流れる水紋が、ビリビリと私の性感を刺激する。

「いやッ、いやッ…やっぱり、ダメ! お姉様は、見ちゃいけませんッ…、恥ずかしいから、ダメぇ……」

 可愛いルビィが、とても素敵な光景をプレゼントしてくれた。
 その小さな性器からは想像できなかったほどの水量が、私の目と耳を歓ばせる。彼女の体から出るおしっこが便器を叩く湿った音は私の下腹にムズムズと響く。
 長い便器の槽は、彼女のおしっこの流れる軌跡を私たちにたっぷりと見せてくれる。右に、左に、生き物のように蛇行して終点まで行き着くさまを眺めていると、そこを指ですくい取りたいほどの愛おしさを感じる。
 そして彼女は、とても恥じているのだ。その仕草と表情が、余計に私の興奮を煽る。
 私はルビィの排泄する姿に感動すら覚えていた。激しい欲情に突き動かされ、便器を跨いで四つんばいになり、排尿を終えたばかりの彼女の股間に、顔を近づけていた。

「お、お姉様、いけません! そこ、汚いところです…ッ!」

 汚い? ルビィのここが?
 そんなわけがない。こんなにぷっくりとして、美味しそうなのに。
 私はルビィのそこに、舌を這わせていた。しょっぱくて…ツンとする匂いがした。

「あぁッ!? いや、いやッ、いけません、お姉様! お姉様は…そんことしちゃ、あっ、いけま、せん…あぁんっ、あっ、お姉様っ!」

 そう、これはとても“いけない味”だ。私の舌先を痺れさせる禁忌の苦い味。
 なのに、愛おしさが私の舌を動かしている。ルビィの可愛い声が聞きたくて、ますますこの舌で彼女の味を探りたくなっている。

「ダメです……そんなの、ダメ…ぇ…」

 ルビィの膝が震えて、腰がふわふわと頼りなく揺れる。少しずつ開かれていくソコを、私はじっくりと舌を這わせて柔らかくしていく。

「お姉様……私の、お姉様ぁ……」

 ルビィの指が、遠慮がちに私の髪をくすぐる。彼女の求めに応じて、私は舌の動きを大きくする。
 そして彼女に与えている快感は、私の体にも伝わってきて、膀胱を熱くする。

「あッ…、お姉様、おしっこ……」

 ルビィの指摘に頬が熱くなる。
 四つんばいになってルビィに舌を這わせながら、私も放尿していた。
 足の間の便器の槽が、私の排尿を受け止めて軽快な音を出していた。その振動は、尿を伝って私の体にも伝わってくる。ゾクゾクと全身を這い回る振動。
 この羞恥と快楽は例えようがなかった。
 顔がどんどん熱くなっていく。やがて私の脳も痺れさせる。全身が沸騰しそうだ。
 そのやり場のない興奮を、ルビィの小さなここに、舌でなすりつける。
 女の子のこんなところ舐めるのは初めてだったけど、不思議とイヤな気持ちはしなかった。味も形も、男の人のよりは舐めやすいかもしれない。
 ルビィの狭い穴の中に舌を伸ばす。鼻先をクリトリスのあたりに押しつける。次々に溢れてくる液体をすすってあげると、ルビィは恥ずかしそうに、可愛い悲鳴を上げる。
 楽しくなってくる。もっとルビィに悲鳴を上げさせたい。感じさせたい。
 私はすごく興奮している。

 ジロロ、と私のお尻の後ろで音が増えた。
 振り向くと、いつの間にか小春さんまで、スカートの裾をつまみ上げて便槽をまたいでいた。

「……わ、私も、もう我慢できなくて……」

 道端小春が、少女のように恥じらい、放尿している。見ているこちらの方までキュンとなるくらい、可愛らしい仕草で。
 思わず微笑ってしまう。すると、小春さんはますます顔を赤くする。
 私と小春さんの排尿の放物線が空中でぶつかり、はじけて、便槽をはみ出して床を濡らす。それが妙におかしくて笑ってしまう。小春さんも笑った。私たちは声を揃えて笑った。
 そして、もっと私の尿が小春さんのとぶつかるように、お尻を高く上げた。小春さんも、腰を突き出してきた。
 おかしい。私、道端小春とおしっこのぶつけっこしてる。
 笑いながら私と小春さんがおしっこしてると、ルビィが切ない声で私を呼ぶ。
 わかってるわ、私の可愛い子犬さん。ルビィのアソコに、口を寄せる。私と小春さんのはしたない水音を楽しみながら、私はルビィのクリトリスを舌で弾いて、吸ってあげる。
 3人が1つに繋がって、とても楽しく、いやらしい遊びに没頭していく。

 それを引き裂くように、重厚なオルガンの音が上から圧しかかってきた。

 比喩ではなく、本当に体が沈みこみそうなほど、その音は厚く、重く、そして支配的だった。
 体勢を崩したルビィが後ろに尻もちをつき、私も肘を崩した。小春さんは慌ててスカートの裾を直し、ペーパーを巻き取ってその中に手を入れた。

「……白兎、か」

 琉樹さんの声だけが、平然とそのオルガンの音の中で響く。

「この音色、僕を呼んでるんですよ。しかも今日はずいぶん機嫌が悪いようだ。どうしたんだろうな。困ったヤツ」

 言っているほど困った様子でもなく、肩をすくませて笑うと、琉樹さんは、両手を静かに広げて、パン、と打ち鳴らした。
 その音が個室の中に反響して私の耳を震わせると、上から滝のように落ち続けているオルガンの音が、途端に和らいだ。
 音から解放され、体が軽くなる。
 そうして改めて聞いてみると、それは私でも聞き覚えのあるバッハの曲で、階上の部屋から壁越しに響く程度の、小さな音に過ぎなかった。
 あんなにも身近に支配的に鳴り響いて聞こえたのに。そしてそれは、私だけではなくルビィや小春さんにまで。

「ついでだから、亜沙美さんを白兎を紹介しておきましょう。ルビィ、小春、行くよ」
「……はい」

 ルビィは浮かない顔で返事をすると、私に身を寄せるようにして手を握ってきた。

54: 名前:nakami投稿日:2010/12/03(金) 20:23
琉樹の館・11

 階段を昇り、少し廊下を歩いて、また螺旋の階段を上がる。
 私は館の最上階まで上げてもらえるようだ。
 オルガンの音はどんどん大きくなっていく。バッハは少しずつ旋律に変化が加わり、曲調を変えぬまま、いつの間にか私の知らない曲になっていた。
 階段を昇ってる私たちを見ているかのように、演奏は激しさを増していき、やがて小さな木の扉の前で琉樹さんがノブを回すと、オルガンは長い不協和音を鳴らして、演奏を止めた。
 小春さん、ルビィに続いて私が部屋に入ると、そこはまるで森の中のように緑と花の匂いに満ちていた。
 大きな窓。外に張り出すように、球体に近いカーブを描き、緑のツルを絡ませながら、天井まで余さず外の光を取り込んでいる。
 私が外から見た、尖塔の頂上にある部屋は、温室だった。
 でも、ここには大きなオルガンがある。大きなタンスがいくつもあるし、綺麗なドレッサーもあれば、青いソファに、小さな机も、バスタブまで置いてある。
 オルガンの前には、髪の長い女性が座っていた。まるで存在感がないから、さっきまでその音色を聴いていたはずなのに、奏者のことも忘れて誰もいないかと思ったいた。
 でも、その人がこちらに向けて顔を動いた途端、私は強い緊張を強いられた。
 彼女は裸身で、長い黒髪を背中までまとっているだけだった。
 驚くくらい整った顔をしている。瞳はぼんやりと濡れて寝起きのように見えるが、完成度の高い顔立ちは表情がなくても心を惹きつけられる。切れ長の黒い瞳が、本当に印象的。一度会ったら忘れられない、きれいな顔だ。
 まだその顔に残るあどけなさも、立ち上がった未成熟な体も、淡い陰毛も、ルビィと同年代くらいにしか見えないが、「近寄りがたい」としか言いようのないオーラを感じた。
 ルビィも、怯えるように私の手を握る力を強くした。

「おはよう、白兎」

 琉樹さんの呼びかけにも応じず、扉の前の私たちを、ぼんやりと彼女は見ているだけ。
 私は、そして小春さんもルビィも、緊張している。
 ここはきっと彼女の部屋。温室を自分の部屋にして住んでいる。
 一体、何者なんだろう?
 やがて、白兎と呼ばれた女の子は、その淡い色をした唇を開いた。

「この御館も、もう終わり」

 年相応の、高く細い声で告げられる終末宣言。
 あっけに取られる私の方に、白兎さんは静かに首を動かすと、さらに続けた。

「お兄様が、こんな女を連れてくるから」

 呆然となる私の横で、琉樹さんは、さもおかしそうに肩を震わせていた。

「気にしないで。彼女はいつも、ああいう感じですから」

 何がなんだか、わからない。白兎さんは、私たちのことなどもう興味を失ったみたいに、プイとオルガンの前を離れて、バスタブの脇に脱ぎ捨ててある自分の服に手を伸ばした。
 白い下着が、細い足をするりと通り抜け、小さなお尻をしまい込む。レースのストッキングに足を通して、バスタブのふちに腰掛け、太ももまで上げる。
 そこまでの動作に、私は息を呑み、欲情に似た感情を抱いていることに気づいて、目を逸らした。
 小春さんも、ルビィも、琉樹さんまでもが、気まずそうに咳払いした。
 白兎さんは、そんな私たちには構わず、黒いドレスを足から穿く。小春さんが「失礼します」と琉樹さんの脇を離れ、白兎さんの後ろに駆け寄り、彼女の背中のファスナーを上げる。
 よくわからないまま見とれていた私の前で、彼女が身につけ始めたのは、小春さんやルビィと同じメイド服だった。

「彼女は白兎。僕の腹違いの妹です」

 私は琉樹さんの顔を見て、それから白兎さんの顔を見て、また琉樹さんに視線を戻した。
 琉樹さんの妹?

「この館で琉樹の直系は、今じゃ僕と彼女だけです。僕は主として、彼女は調度品として、館に残ったんです。彼女は感受性が少し他人と違っている。鋭すぎるんです。だから、館の外では暮らせない。美意識の基準がこの館だから、一歩でも森の外に出ると、あまりの醜さにジンマシンが出てしまうんです」

 白兎さんは長い髪にピンを止めて、レースのリボンを巻いている。その後ろで小春さんが髪を梳いている。サラサラと、光のスジが髪の動きに合わせて流れていく。
 羨ましい。なに、あの髪。

「そんなわけで、彼女は自分から望んで調度品になりました。といっても、彼女はいつもこの調子ですから、時々どっちが主なのかわからなくなる。でも、もし僕がいなかったら、おそらくこの館の主となっていたのは彼女でしょうね。白兎ほどこの館を愛し、熟知している人間はいない。ここを維持できるだけの感性を持った人間も僕以外には彼女だけだ。というより、正直に言うとその点においては僕でも敵わない。彼女は、感性のバケモノなんですよ」
「その言い方は嫌いだと言っています、お兄様」

 リボンを口に咥えていた白兎さんが、ボソっと呟いた拍子にリボンを落とした。
 小春さんが優雅にそれを拾い上げ、また白兎さんに咥えさせる。そうして、白兎さんはもう一度髪を結び直す。
 どこか変。所作や振る舞いが妙に不自然な彼女。でも、私以外のみんなは白兎さんのことをよく知っているみたいで、平然と、彼女のすることに合わせている感じがする。
 私の隣のルビィは、本当におとなしく、私の陰に隠れている。

「どうして僕たちを呼んだんだい?」

 琉樹さんの問いかけに、髪を結びながら、白兎さんが振り向く。ほつれた髪が顔にかかる。白い肌は本物のウサギさんみたい。黒い髪がすごく良く映える。
 本当に、この人はいちいち私の目を惹く。

「ノウゼンカズラが咲いたから、教えて差し上げようと思っただけです」

 のんびりとした声で、白兎さんが言う。

「あぁ、本当だ。きれいに咲かせたね」

 バスタブの横の茂みに、琉樹さんが目を細める。ちなみに私にはどれがその何とかカズラなのかわからない。

「で、白兎はこの亜沙美さんをどう見ているの?」

 彼女はすぐには答えなかった。
 窓に映る薄い自分の影を見ながら髪を結び、そして見事に均整のとれた配置でリボンをまとめる。そして、スカートの裾を叩いて、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
 思わず、身を引いてしまった。ルビィは本格的に私の後ろに隠れることにしたようだ。
 白兎さんは、私の全身がよく見える位置に止まる。そして、ぼんやりとした瞳で私をくまなく観察してから、ようやく口を開いた。

「私、この女嫌い」

 最初から好かれる予感はしていなかったが、こうもきっぱりと言い切られると、それは少し悲しいような、腹立たしいような。
 いや、はっきりと腹立たしかった。何この子。だんだん腹が立ってきた。この子の瞳を見ていると、妙に感情が揺さぶれる。
 琉樹さんの妹でなければ、無視してやるところだ。でもお身内の方ならば、挨拶くらいはしておくのが大人の対応だ。
 私は、感情が治まるのを待って、いつもの営業スマイルを浮かべた。

「はじめまして。おじゃましております。私、遠藤と申しまして、本日は琉樹青葉さんの取材に───」

 ぴたりと、白兎さんの指が私の頭上を指した。
 思わず、頭の上に何かあるのかと思って触ってみる。
 でも、そこには何も無くて、白兎さんの指も、私の正面を指したまま、ゆっくりと下へと降りていった。私はそれを目で追いかける。
 そして、私の腰のあたりを指したところで指が止まると、そのまま、シャッと右に払った。

「私はあなたを要りません。あなたをこうして切り取って、半分だけならお庭に残しておいてあげます。でも残りは元の汚らしい場所に帰してください。あなたはこの館に住むことはできません」

 何か、絶望的な気持ちになってきた。
 意味不明にしか聞こえない彼女の言うことは、なぜか私の気持ちを動かし、響いた。泣きたくなった。

「……半分合格で、半分失格ってこと?」

 琉樹さんは、白兎さんの言葉を楽しむようにあごを撫でる。

「興味深いな。白兎の判定はいつもシロかクロだった。もう少し、亜沙美さんの話をしてくる?」

 琉樹さんは彼女の反応を不思議がっているようだ。
 白兎さんは、不満げな表情を少しだけ見せたあと、「夢を見たの」と呟いた。

「夢? ……どんな夢?」
「お兄様が堕落する夢」

 琉樹さんは、片方の眉だけを器用に上げて、くっくと笑い出した。

「堕落。いいね。憧れる響きだよ。でもまさか、亜沙美さんのせいで僕が堕落するっていうの?」

 白兎さんは、ぼんやりとまた表情を薄くして、小さな動物みたいに、首を傾げて私を見た。

「きっと、それは少し違う。堕落はお兄様が望んだこと。お兄様は安堵の寝床で涙を流す。私は可哀想なお兄様を慰めるため、新しいお花を摘んでまいるでしょう」

 琉樹さんは、何も言わなかった。口元に手を当てて、難しい顔をしている。白兎さんも、悲しそうな顔を俯ける。

「彼女にお兄様の作品をお見せになればいい。そうすればわかります」
「……何がわかるの?」
「この人は、隠し事をしています」

 琉樹さんが、訝しげに私を見る。
 何を言っているのだろう。もちろん、私に隠し事なんてあるはずがない。
 でも、白兎さんの言葉の真意もわからず、この兄妹のやりとりの意味もわからない私は、小さく愛想笑いだけ浮かべるくらいしかできない。

「お兄様」

 白兎さんが、琉樹さんの細い腰にしがみつく。

「今日の白兎は、汚い言葉をたくさん使ってしまいました。キスをしてください」

 つま先立ちをして、目を閉じる。その小さな唇に琉樹さんが唇を合わせる。深く重なった口の中で、2人の舌が激しく動いているのが頬の動きでわかる。
 兄妹でも、キスってするんだ。
 一人っ子の私は、不思議な気持ちで2人のキスを眺めている。
 やがて長いキスが終わって、白兎さんが顔をこちらに向ける。ルビィが私の手を握る。緊張がこっちにまで伝染する。

 そして、いきなり白兎さんに唇を奪われてしまった。
 私よりも背の低い彼女が、意外にも力強く私の後頭部に腕を回し、唇を押し当ててくる。
 ルビィが甲高い悲鳴を上げる。でも私は抵抗もできない。口の中にぬるりと舌が入ってきた途端、私の体から力が失われ、膝を落としてしまった。

「んっ、んっ、んんっ……」

 それでも、頬を手で挟まれ、白兎さんの唇と舌は容赦なく私の口中を蹂躙し、とろりとした唾液が私の喉に落ちてくると、ぼうっとしてしまうほど体は熱くなっていった。

「ちゅ…んっ、ちゅ…ちゅく…くちゅ……」

 なんて巧みで甘いキス。
 舌から喉へ快楽が降ってくるようだ。口の中の痺れる感覚が背骨を震わせ、腰もつま先も震えてしまう。
 たっぷりと翻弄してくれてから、白兎さんはようやく私の唇を解放して、またぼんやりとした瞳で私を見下す。

「―――私、あなたが大嫌い」

 ゾクゾクと震えが走った。この子に見下ろされることに、快感が伴った。
 甘い唇と、冷たい視線。私は、彼女のキスに魅了されてしまった。心を持っていかれた。
 自分でも恐ろしくなって、震える体を抱きしめる。ルビィが心配そうに私の背中をさする。

「お兄様、私は森をお散歩してまいります」

 ふわふわとした足取りで、白兎さんは部屋を出て行く。追いかけてしまいたい気持ちを、私は押し込める。バタンと、扉がしまったとき、ようやく私は息を吐いて、大きく振れていた心を落ち着けることができた。
 不思議な子。忘れがたい人だった。

 琉樹さんは、難しい顔をしている。小春さんが、そっと彼に近づき、たおやかな笑みを浮かべる。

「青葉様。白兎様のお言葉が難しいのはいつものことです。亜沙美さんの試験を続けましょう」
「いや……予定は変えよう。白兎の夢を確認する」
「でも、青葉様」
「次は僕のアトリエだ。ルビィ、亜沙美さんを連れてきて」
「はい。さ、早くここを出ましょう、お姉様」

 ルビィは少しでもここにいたくないのか、私の手を引いて立ち上がらせると、琉樹さんに続いてすぐに部屋を出た。
 小春さんは、何か言いたげな顔をして、私と琉樹さんを交互に見ていた。
 部屋を出ると、すぐにぐにゃりと私の視界は歪み、階段もおぼつかなくて、またルビィに寄りかかる。ルビィが口を寄せてきて、秘密めいた声と息で、私の耳をくすぐった。

「お姉様、さっきの人のことは気にしないで。あの人は変なんです。言ってることも、全然でたらめばっかり」

 何か気に入らないことでもあったのか、ルビィは少し興奮気味だった。
 確かに変な人だった。でも、彼女琉樹さんの妹さんだと言っていた。
 無礼があって嫌われたのなら、私は彼女にお詫びしないといけない。

「夢を見たとか言ってたけど、ウソですよ。あの人、眠ったこともないくせに」
「え?」
「ずっと起きてるんです。生まれてから一度も眠ったことないんですって。だから、本当は夢なんて見たこともないんですよ、あの人」

 そんなバカな、と言いかけたけど、真剣に私の心配をしているルビィの目を見て、何も言えなくなった。そして、白兎さんがときおり見せていた、現実から離れていくようなぼんやりとした瞳を思い出した。
 それにあの温室には、ベッドがなかったことも。
 でも、ルビィから目を逸らすと、すぐに私の見ている光景も頭の中もぐちゃぐちゃになっていって、何を悩もうとしていたのかもわからなくなる。
 琉樹の館は中身もそうだが、人もまるで迷路みたいで、私には戸惑うことばかり。
 青葉さんも白兎さんも、ここで生まれた子供なんだ。

55: 名前:nakami投稿日:2010/12/03(金) 20:24
琉樹の館・12

 階段を下りていったと思う。
 それから長い廊下を歩いて、いくつか角を曲がった気もする。私は琉樹さんたちに連れて行かれるまま、扉の前に立つ。

「どうぞ、お入り下さい」

 整然とも雑然ともいえる広い部屋だった。仕事のための場所であることはすぐにわかった。
 壁には、おそらく最近の仕事と思われる建物やセットの完成イメージ図。あるいは、何かのプロモーションに使用したと思われるポスター。それらを展示しておくためのスペースを残して、あとは資料や模型を並べておくための棚に埋め尽くされている。
 中央の大きなテーブルには、数枚のパースと本が広げられたままになっている。PCが2台。大きなモニターと、小さなモニターが2つ。
 仕事に必要なもの以外は何もない。
 私の勤めている編集部とはまるで違った。空気まで研ぎ澄まされている感じだ。
 少し動いただけでも、ここの空気の邪魔をしているようで憚られる。小春さんもルビィも、緊張したように体を硬くしている。
 琉樹大介氏の書斎とは違った。ここは、調度品すら必要としていない、完全に主一人のための場所だった。
 琉樹さんは、私を部屋の中央まで案内して、テーブルの前に立たせる。
 ここは琉樹さんの仕事部屋なんでしょうか、と私は掠れた声を出す。「そうですよ」と軽く答えて、琉樹さんは棚から大きなアルバムを引きずり出して、テーブルの上に広げた。

「ここは僕のアトリエです。普段なら調度品たちも中には入れない。ここに必要なのは最低限の資料と道具と、僕のイマジネーションだけだ。余計なものなど、一切ありません」

 ピリピリした空気が、私の剥き出しの肌に突き刺さる。
 ご案内いただけて光栄です、と私は声を絞り出す。お腹が痛くなりそうだ。一流の現場には、そこにしかない緊張感がある。ここで琉樹青葉は、あの数々の天才的なデザインを生んだんだ。
 すごい。私、そんなところにいるんだ。

「とりあえず、このへんから見てみますか」

 琉樹さんがアルバムをめくる。B3くらいありそうな大きなアルバムだ。そして最初に見せられた一枚には、私も見覚えがある。
 自信を持って答える。

「琉樹さんが、7年前にヨーロッパのコンペティションで入賞された作品ですね」

 私の回答に満足したように、琉樹さんは微笑む。

「まあ、今から見るとお粗末なものですけどね。それでも、頭の固い日本の連中の目を覚ますくらいのことはできたようだ」

 まだ独立したばかりだった当時の琉樹さんは、日本ではどうしてもの祖父の名前に注目が集まり、彼自身の評価はそれに追いついてはいなかった。しかしこの入賞から、一夜にして琉樹青葉の名は世界的なものになり、海外においては、今や祖父よりも有名なデザイナーといってもいい。
 この作品は、彼の出世作、というより、実質的なデビュー作といってもいい。当然、そのくらいの予習は私もしてきている。
 大胆なカットと、無駄のない動線。禁欲的なまでに削られた構造の中で、ほんの数点落とし込まれた歪みが、官能的なラインを作り出す。
 その後の琉樹青葉を象徴するような作品だ。ここからさらに彼は官能と無駄の排除を深化させ、独自の空間作りへと進んでいく。
 今見ても素晴らしいです、と私はお愛想を浮かべる。琉樹さんは、軽く笑ってページをめくる。
 これも知っている。お台場にあるギャラリーだ。彼氏と一緒に観にいった。その先にあるカフェも琉樹さんの作品だ。どれも若々しく、周囲の景観に溶け込んでいるのに、一目で印象に残るセンスが際だっていた。
 素敵でした、と私は言う。琉樹さんのデザインは、この頃から国内にも広がっていく。今の私と、たいして年も変わらない頃だ。すごいなあ、と素直に感心してしまう。
 著名なカメラマンの別荘、地下鉄の駅、野外劇の舞台から海外女性アーティストのPVセットまで、建築士や空間デザイナーといった肩書きを超えた仕事の数々が、アルバムの中でめくられていく。
 もう感嘆するだけだ。世界で活躍する人はやっぱり違う。質も高いけど、次々に作品を生み出すペースもすごい。天才って本当にいるもんなんだなあと、あきれるくらいだ。

「……それで?」

 顔を上げると、琉樹さんが腕を組んで私を見ていた。
 それでって……なんだろう?

「それだけかい、君の言いたいことは」
「え、いえ、あの、もちろん、どれも素晴らしくて、あの、申し訳ありません。私はあまり語彙が、その」
「いや、そんなことはいいんだ。聞いてないし。それより、君が隠してることってなんだ。僕の作品に言いたいことがあるんじゃないのか?」

 隠してることなんてない。あるはずもない。
 さっき、白兎さんが何かそんなようなこと言っていたような気がするが、なんだか遠い過去のような気もして、はっきりと思い出せない。
 そうだ。私が琉樹さんに隠し事してるって。
 でも、そんなのないのに。あるわけない。

「全部、素晴らしいお仕事です。私はこちらに伺うことになって、琉樹さんの作品をあらためて見せていただきましたが、もうどれも素敵で、楽しんで勉強させていただきました」
「そんなこと、どうだっていいって言ってるだろ」

 ますます不機嫌になっていく琉樹さんに、私の愛想笑いも固まる。
 なんでだろう。何か失礼があったんだろうか?
 デザイナーの人たちが自分の作品の評価を気にするのは当然だ。でも、それはあくまで依頼者や評論家たちの評価であり、その他の感想などは彼らにとって取るに足らない草の声だ。
 草代表の私が精一杯褒めちぎったところで、琉樹さんにしてみれば「そんなの当然」なのは違いないのだろうけど。
 私だって求められたから答えてるだけなのに、どうしてこんなにイヤな雰囲気になるんだろう。
 でも私の少ない経験から言っても、この状態は危険だ。ゴシップ誌じゃあるまいし、相手を怒らせていい取材なんて、私たちの仕事にはない。
 このままじゃ失敗する。琉樹さんを観察して、慎重に言葉を選べ。

「…白兎は何が言いたいんだ?」

 琉樹さんは難しい顔でアルバムをめくる。
 褒めても不機嫌になる彼の求めている反応がわからなくて、私は肩を狭くして沈黙する。

「青葉様。亜沙美さんも萎縮してしまっているようですし、とりあえず白兎様の件は後回しにされて、試験を続けてはいかがでしょうか?」

 小春さんが、優しい微笑みとともに、琉樹さんの肩に優しく触れた。
 彼女の柔らかい肌が琉樹さんに密着する。美男美女のとても似合いのカップルにも見えるし、仲むつまじい姉弟にも見える。
 琉樹さんは、小春さんの微笑みをじっと見返す。そして、思いついたように私の方をぐるりと向く。

「亜沙美さん、あなたは僕の作品を直に見て回ったと言いましたね」
「青葉様、あの」
「小春は黙っていて。いいかい、正直に答えるんだ。取り繕うための言葉は君の心の中だけにして、君の感じたこと、そのまま口に出してくれればいい」

 私は琉樹さんの迫力に押されたまま頷く。小春さんが心配そうな顔で私を見る。

「君は、僕の作品の中でどれが一番好きだ?」

 それは、正直に言って、拍子抜けするほど簡単な質問だった。
 私は予習を完璧に済ませている。琉樹さんのここ最近の国内作品の中で、最もスケールが大きく、制作期間も長かったのは、とある私立大学の記念館だ。
 私は余裕の笑みで、その大学記念館の名前を挙げる。

「特にありません」

 琉樹さんは少し目を大きくして、にやりと笑った。
 小春さんは、目頭を押さえてため息を吐いた。
 んん?
 私、なんか変なこと言ったかな?

「へえ、そうなんだ。君は僕の作品のこと、正直にどう評価してるの?」

 笑いを噛み殺すようにして、琉樹さんが私に問う。
 もちろん、素晴らしいの一言だろう。
 世界中の評論家やセレブな人たちが、琉樹さんの作品を絶賛し、自分のものにしたがっている。
 斬新で官能的なデザインでありながら、豊かな居住性と空間を作り上げる確かな技術。エキセントリックな演出で興奮を煽るかと思えば、落ち着きと癒しの空間を作り上げて包み込む配慮も見せる。
 伝統を知り尽くしてるが故に、大胆にそれを再構築できる。激しさと冷静を自在に操るデザイン力は、この若さで最高の評価を受けるのに相応しい才能だ。
 そう答えればいい。ちゃんと予習してきたから大丈夫。

「賢い子どもが、大人に褒められるために描いた絵だと思います」

 琉樹さんは、若くして多くのことを知っている。そして、誰の評価を得れば自分が得をするのかもよく知り尽くしている。
 私が一番感心したのはそこだ。素人の私にもそれがわかるくらい、彼は賢く、そして才能の使い方が上手だった。
 天才っていう言葉は、こういう人のためにあるんだろう。嫌味ではなく、そう思える。自分の才能に振り回されず、最大限に利用できる人だ。
 だから彼の作品は、驚きと賞賛で迎え入れられる。人々をそのセンスで酔わせ、彼と仕事をしたことを誇りに思わせる。
 だが、それは果たして、どこまで利用する人のニーズや将来を見通した作品なのかは、少し疑問だ。
 さっき私に見せたギャラリーも、場所柄にマッチして、とてもおしゃれで素敵だったが、展示物に勝ちすぎ、そのセンスに合わせるためには必然的に展示数が絞られ、どちらが作品なのかわからない状態だった。
 そこのオーナーは、確かに洗練されて目立つギャラリーを、琉樹さんの若い才能に求めたのだろう。でも、おかげでオーナーの本当の望みである、数多くの若い才能を自分の手で広めたいという意欲は、微妙に失敗している気がする。
 もちろんそれはオーナー自身の失敗だ。しかしデザイナーには、その失敗を未然に防ぐ責任もあるはずだ。自分のデザインが前に出すぎてはいけない仕事だったんじゃないだろうか。
 カフェについても、そう思った。ゆったりと寛げるカフェだ。
 でも先のギャラリーとコンセプトを合わせ、あえて近いデザインで統一したようだが、カフェのオーナーの趣味とはマッチしておらず、メニューやBGMとはちぐはぐな印象だった。
 そこのオーナーもはっきりと言っていた。
 最初に設計を見せられたとき、センスの高さに惹かれて思わず頷いてしまったが、やっているうちに、自分の思い描いていた店との違いに悩むようになったと。
 琉樹青葉が悪いわけではない。おそらく、自分の最高のデザインを描いてみせただけだろう。だから、その才能がどれほど他人を魅了し、時には他人の夢すら眩ませるほどの輝きを持っていたとしても、それは琉樹青葉の責任ではないんだ。
 でも、なんだか、それでは優しさが足りないと私は思う。使う人のことを思うのなら、ときには自分のセンスや、やりたいことを殺してでも、人に尽くすのが設計者の仕事なんじゃないかと、私は思う。

 新米記者の私には、彼の作品を的確に評価する知識も、そのインスピレーションやセンスに追いつく感性もない。
 ど素人だ。
 だから、私は人の話を聞いた。使っている人を見た。彼の作品とともに生活している人たちと、会って話をした。それが私の勉強だ。
 始めのうちにそういう現場を見てしまったせいで、偏見ができてしまったのかもしれない。それからいろいろ見て歩いた琉樹青葉の作品も、どうしても彼の傲慢な才能が鼻についた。
 人を驚かせたい。自分の才能を認めさせたい。その思いが勝ちすぎているんだと思う。
 そうして世界に評価され、権威に認められ、それでも飽くことなく賞を狙い続け、他分野にまで手を伸ばし成功を求める彼を追いかけているうちに、ふと私はなんだか怖いような、悲しいような、そして自分に近いものを感じて胸が締め付けられた。
 この人も、ひょっとしたら私と同じように、最も近い人たちに愛されていないと、だから愛されたいと、必死で足掻き続けた子どもなのかもしれないって。

「もういい。黙れ」

 琉樹さんの低い声に、体が縮み上がった。
 顔を上げると、琉樹さんが怖い顔で笑っていた。

「……なかなか、面白い評価だ。子どもの絵。そんな風に言われたのは初めてだ。あぁ、とても面白いよ。僕が君と似てるって? ははっ、本当に面白いことをいうな、君は」

 なぜ、笑われているのか、私にはわからなかった。
 またおかしなことを言ってしまったんだろうか。本で覚えたとおりの琉樹青葉評を並べただけなのに。

「青葉様、どうかお気を静めてください。この子は自分でも言っているとおり、本当にただの素人で、勉強が足りないだけなのだと思います。調度品に仕立て上げていただければ、あとは私の方でしっかりとした教育を───」
「小春は黙っていて」

 ひどく雰囲気が悪かった。
 私のせいなのか、それとも違うのか、わからくて困る。琉樹さんと小春さんのやりとりを、小さくなって聞いている。

「建築デザイン誌の編集のくせに、僕の作品も理解できないほど感性が鈍いド素人。そんな女が、知ったような顔でこの僕を分析するなんて、ははっ。気持ち悪い」

 琉樹さんが私を見てる。
 なんとか、口を引き攣らせないようにして、笑顔を作る。

「隠しごとって、そんなことだったのか。君はその男に媚びるいやらしい愛想笑いの影で、僕を侮辱していたのか。同情までしてくれていたのか。あぁ、おかしい。この僕が、ずいぶんと可愛がられたもんだな!」

 ビリビリと、空気が震える。私は下を向いて、そっと琉樹さんの顔色を伺う。
 おかしい。どうしてこの人は怒ってるんだろう。なんだか、本当にお腹痛いんだけど。

「…僕の作品を理解できないなんて」

 そんなわけない。本当に。
 どれもこれも素晴らしい出来だった。才能のカタマリだった。それは嘘偽りない感想だ。
 ただ、生まれつき鈍い私の感性が、琉樹さんのセンスに追いつかないというだけで。
 上手く言えない自分がもどかしい。
 あぁ、そういえば、あれは本当に素晴らしかった。あの家は大好きだ。
 琉樹さんが、同級生のために無償でリフォームを設計したという、あの家。

「リフォーム? あぁ、千葉の家かい? あんなの全然だろ。同級生に頼まれて、簡単に描いただけだ。金もないくせに、奥さんのお腹には三人目の子もいるって言うから。あいつには学生の頃にちょっとした借りもあったし、適当に図面を引いて、安い工務店を紹介してやったってだけですよ」
「でも、本当に素敵な家でした。旦那さんも琉樹さんには本当に感謝してるって言ってました。奥さんも、すごく暮らしやすくて、大好きな家だとおっしゃってました」
「あんな田舎まで、わざわざ見に行ったのか。君、本当にヒマなんだな。いいけど、あんな安物住宅を僕の作品と並べて評価されても迷惑だよ。あれは僕にとっては仕事でも何でもないからね。ただの遊びさ」
「あぁ、そっか」
「ん?」

 あの家がすごく素敵だった理由がわかった。どうして、こんなに強く私の心にまで響いたのかもわかった。

「仕事じゃないから、描けたんですね。すごく素直で、暖かい家。大きくはないけど、子ども達が遊べて、旦那さんが寛げて、奥さんの目が全部に行き届いてて。あなたの本当に作りたい家がわかった気がしました。まるで小さな子がクレヨンで描いたみたいに、真っ直ぐでシンプルで、愛情に溢れた素敵なおうち。こんな家も作れる人なんだって、私、琉樹さんのことを誤解し───」

 ガラスの割れる音がして、小春さんとルビィが悲鳴を上げて、私の口が止まった。
 しゃべっているつもりはなかったのに、いつの間にか自分の口が何かを語っていたことに気づいて、慌てて閉ざした。アルバムがテーブルから払い落とされて、キャビネットのガラスを砕いていた。
 琉樹さんの拳が震えている。
 何か私、余計なことを言ってしまったんだろうか。さっきから、勝手に口が動いているような気がする。

「……知ったように僕を語るなと言っただろう。君なんかに何がわかる。僕は芸術を描いているんだ。選ばれた人間にしかないセンスと、技術と、血の滲むような努力の結晶だ。三文雑誌の三文記事すらロクに書けない女が、安っぽい人情劇なんかで僕の作品を貶めるな! そんなんじゃないっ。僕の作品は、そんなのなんかじゃない!」

 激しい感情を剥き出しにし、顔を歪めて琉樹青葉が叫んだ。洗練された紳士の仮面も脱ぎ捨て、髪を振り乱してテーブルを叩く。
 私は、怖くて体が震え、何も言えずにいる。
 何を失敗してしまったんだろう。どうしてこんなに怒らせてしまったのか、自分でもわからない。
 小春さんが私をきつく睨みつけて、琉樹さんの体を抱く。私は何をしていいのか、オロオロとみっともなくうろたえる。
 ルビィが私の手を取って、子犬みたいに不安そうな目で見上げた。そんな目で見られても、私にもどうしようもなく。

「……失格だ」

 唇を震わせながら琉樹さんが言う。血走った眼は、私を鋭く射貫く。

「失格だよ、君は。こんなバカで無礼な女だとは思わなかった。調度品どころじゃない。クズだ。ゴミだ。一刻も早くここから出て行け! 顔も見たくない!」

 足も震えて何も出来ない。自分の失敗がわからなくて、萎縮するだけだった。
 ルビィが、私の横から進み出て、琉樹さんの前で膝を折った。

「ご主人様、あの、お、お気を静めください。お姉様は、その、まだ御館のこと、よくわかっておりませんし、ご主人様の作品の素晴らしさも、まだ、これからお勉強しなきゃならない人ですから、その、あの……」
「……何が言いたいんだ、ルビィ?」

 琉樹さんの冷たい目が、ルビィの小さな体の上から突き刺さる。ルビィは細い肩をさらに縮こまらせて、しゃっくりのような声を出す。

「お、お許しくださいっ。お姉様の試験を、続けてください。私が、お詫びします! ご主人様のお怒りを、お姉様の代わりにルビィがお受けしますから!」

 そう言ってルビィは、メイド服をはだけて肩を露わにした。
 鎖骨の浮き出た白い肌には、まだ柔らかい彼女の幼さしかないのに、その悲愴な決意の表情と相まり、妙な迫力と色気を感じさせ、私たちをギクリとさせた。

「どうか、ルビィをぶってください…! ご主人様の気の済むまで、ルビィをぶって、足蹴になさって下さい。だから、お願いします。お姉様のことはお許し下さい。このとおりです。お姉様をイジメないでください」
「……何を言っているんだよ。どうして僕がお前を」
「お願いです、ご主人様! ルビィはどんなことでもいたしますから───」
「しつこいぞ、ルビィ。僕を怒らせるな」
「あ、う…ッ!」

 ルビィの体が硬くなり、ビクビクと痙攣する。琉樹さんの眼光一つで、まるで体を縛られたように固くする。胸をはだけ、膝をついたまま、ルビィは大粒の涙をこぼした。

「お、お願いします…いっ…ご主人様……お姉様を、あっ、ゆ、許し……」

 この子の苦しんでいるのは、おそらく私のせいだ。私は琉樹さんに頭を下げる。どうか許してほしいと。どんなお詫びもしますと言って、何度も何度も頭を下げた。

「……青葉様、よろしいでしょうか」

 とても静かでおだやかな声で、小春さんが割って入った。場違いなまでの優しい笑みが、なんだか不気味に見えた。

「なんだ? 小春まで彼女を庇うのかい?」
「いいえ、まさか……このような愚かな小娘など、庇う余地などございません」

 小春さんの私を見る目は、本当に冷たく無慈悲で、背筋がゾクゾクとした。

「愚かで、無礼で、醜い女。心の底から軽蔑いたします。ルビィさんも、立ちなさい。いつまでもみっともない格好をしないで。青葉様が亜沙美さんを失格だと判定されたのです。主の決定は絶対です。彼女はもう、この館の調度品にはなれません。わかってますね?」
「う、うぅ…」
「さあ、早く立ちなさい」

 小春さんに抱えられるようにして、ルビィは立ち上がった。
 ルビィに一言かけようとする私から守るように、小春さんはルビィを抱き寄せる。
 とても寂しく思った。小春さんともルビィとも会ったばかりだが、私はこの2人に親しみを感じていた。それを突き放された気持ちだ。

「青葉様。追い出すだけでは、青葉様への侮辱の償いにはなりません。このような愚か者は、壊して捨てるのがよろしいかと思います」
「ん?」
「御館の主への侮辱は、御館にて晴らすべきです。ルビィの道案内なしに、彼女を館に放ちましょう。出口もわからぬこの女が、どのくらいで狂うのか見物するのも一興かと」
「……ふっ、くくくっ」

 小春さんの言葉にとても愉快そうに頷いて、琉樹さんは表情を歪めた。

「それもいいかな。彼女の記憶を消して家に帰すだけでは、気分もしばらく晴れないだろうし。たまには人を思うさま壊してみるのも楽しいかもな」
「ご主人様……そんな……」
「ルビィさん、あなたはこちらへいらっしゃい。大事なお洋服をよくも破いてくれたわね。すぐに着替えて、あなたも青葉様へお詫びするのよ」
「いや、いやです……私、私はお姉様の……」
「来なさい」
「うぅ…」

 私は絶望に肩を落としていた。私は失格。罰を受けなければならないらしい。
 味方だと思っていた小春さんにも見捨てられ、私を助けてくれたルビィも連れて行かれる。
 ダメな女だ。何もできなかった。記者失格の烙印を押され捨てられるんだ。
 いつのまにか私は泣いていた。
 鼻をすすって、頬を指でこすった。

「顔を上げなさい」

 凛、とした声が響いた。思わず顔を上げると、小春さんが肩に抱いたルビィに声をかけているところだった。
 ルビィも驚いて顔を上げ、そして、小春さんの顔から、私の顔へゆっくりと視線を動かした。

「泣いているヒマなんてどこにもないわ。あなたの仕事を全うしなさい」

 それはルビィへの説教だ。でも、張りのある小春さんの声は、お腹の底にまでズンと響いて、私の背筋を伸ばした。
 仕事。そうだ。私は仕事をしに来たんだ。
 ルビィは、小春さんと私の顔を交互に見合わせ、小春さんに頷いた。小春さんは、とても優しい笑みを浮かべた。

「青葉さま、私たちはここで失礼いたします。後の始末は私どもでいたしますので、ごゆっくりお楽しみください」
「あぁ、そうさせてもらうよ」

 笑みをたたえたまま、小春さんはルビィの肩を抱いて私の横を通りすぎる。
 そして私の耳元で、こっそりと唇を動かした。

 “あおいとびら”

 くすぐるような小さな声だけど、確かに彼女はそう言った。「青い扉」と。
 意味はわからないけど、それはきっと重要な言葉だ。私は心に留めておく。
 小春さんは振り返ることなく、ルビィを連れて部屋を出て行った。
 残されたのは、私と琉樹さんだけだ。

「さて、行こうか亜沙美さん。後ろの扉を出て、好きなところへ行くがいい。君の自由だ」

 私の自由。
 そうか、自由。この館に入って得た、初めての自由だ。
 私の仕事は琉樹青葉の取材と、そして叶うなら『琉樹の館』の内部を見て取材してくること。
 向こうから許可してくれたんだから、いいんだ。私はこの館を好きに見て回ることができる。これは失敗ではない。チャンスだと思おう。

 私は仕事をするんだ。

 そして、一歩廊下に出た途端、立っていられないほどの目まいに襲われる。
 いや、これは目まいじゃない。廊下がうねっているんだ。
 その場にしゃがみ込んで手をつく。まるで海の上に立っているように、うねうねと波打つ廊下。生き物のように私に襲いかかってくる錯覚に、恐怖を覚える。

「あ、…あ……」

 立っていられない。吐きそう。ルビィがいたときは、ここまで酷くなかったのに。
 私は廊下を這って進み、手に触れたドアノブをひねった。
 それがどんな扉か確かめる余裕もなかった。

「ここは、まあ、僕の第2アトリエというか、今のアトリエが完成するまで、一時期仕事場にしていた書斎です」

 安堵したのもつかの間、私は胸が苦しくなってくる。締め付けられ、息も苦しくなってくる。

「たいした部屋でもないですが、一応、琉樹家の館ですからね。正しい手順を踏んで調度品となった者でもない限り、当然、この館は牙を剥きますよ」

 正しい手順を踏んできてない私は、ただの侵入者だ。館はとても苦しい場所だった。胸が押しつぶされて、息が止まりそうだった。

「まあ、こんなところで簡単に狂われてもつまらないですからね。ヒントを上げますよ。この部屋の、ある部分が催眠を緩めるカギになっている。それを口に咥えなさい。そうしないと、あなたはこの部屋から出ることもできません。どうにかなってしまう前にカギを探しなさい」

 カギを咥えるために、私は部屋の中をはいずり回った。こうしている間にも胸は苦しくなり、呼吸が辛くなる。なのに、私の頭の中は奇妙な興奮に満たされ、動悸と呼吸はますます速くなっていく。
 戸棚のつまみを咥えた。舌を這わせた。ひんやりとした固い感触が、私の官能を刺激する。こんなときにまで性的な悦びを感じている自分に呆れる。でも、とてもいやらしい気持ちになって、べろりと舌でつまみを舐め回した。
 でも、これはカギじゃない。私は次の突起物を探す。突起物。カギは突起だ。私はとなりのつまみを咥える。口の中でくちゅくちゅと唾液をまぶす。違う。これでもない。

「ハハッ、まるで犬のようですね、亜沙美さん。頑張って探さないと、一部屋目であなたはジエンドですよ。仕事したいんでしょう? だったらもっと、頑張らないと」

 机の引き出しにも、突起がついていた。私は床に四つんばいになり、一番下の段から順番にしゃぶっていく。咥えて、頭を前後に動かし、一つ一つ確かめていく。時間がない。なのに気持ちいい。もっとしゃぶっていたい。でもこれは正解じゃないから、次の場所を私は探す。

「こんな女に、ルビィも小春も何をさせようというんだか。ねえ、僕が気づいてないと思いましたか? 小春、あなたに何か耳打ちしてましたよね? 僕を除け者にして、何か楽しいことでも始めようっていうんですか?」

 ドアのそばに立っているスタンドハンガーには、とても長くて立派な突起が揃っている。私はつま先立ちをしてそれに舌を伸ばしていた。
 小春? 耳打ち? なんのことだろう。
 そんなことより、このハンガーは背が高くて、私の舌は届かない。突起の裏を舐めるだけだ。すごく切ない。

「小春もルビィも知らないんだ。彼女たちは一度の試験で合格してるし、調度品の暮らしが長いからね。だから、琉樹の館の本当の恐ろしさを知らない。主人でも調度品でもない者に、琉樹の館は容赦しないんだ。獲物のように弄んで、咀嚼し、壊すだけだ。今のあなたなら理解できますよね? 何をしようとしても無駄なのがわかりますよね? あなた、自分が何者で、何のためにここにいるか、覚えてます?」

 そんなこと知らない。全然わからない。
 今はそれより、咥えたい。しゃぶって、舐めて、息がしたい。私はスタンドハンガーを押し倒し、その上にまたがった。そして突起を咥えてぐちゅぐちゅと顔を動かした。濡れたアソコも擦りつけて、ひたすらにしゃぶった。

「あなたをゆっくりと弄んで壊したあと、小春もルビィも壊して捨ててしまいましょう。どうやら僕は調度品どもを甘やかしすぎたようだ。どいつもこいつも勝手なことを言う。じいさんの時代よりは優しくしてやろうと思ってたのに、感謝されるどころか、調子に乗らせるだけなら意味もない。いっそのこと、全員壊してやろうか」

 スタンドハンガーをごろりと転がし、突起をしゃぶっていく。でもどれも正解ではなかった。苦しい。切ない。体が火照る。
 私は机の上に這い上がり、ペン立てのペンを一本ずつしゃぶっていった。

「そうだ。そうしよう。白兎だけ残して、全員廃棄だ。いっそ、その方が清々しい。次からは僕は厳しく尊大な主人として振る舞いますよ。徹底的に自我を奪い、完全なる調度品だけを揃えて、使い潰してやるんだ」

 ない。ない。カギがない。私は舌を突きだして探し回る。

「ひょっとして、あなたの探しているのはこれじゃないですか?」

 ファスナーの下りる音。そして、パンツの中からとても素敵な突起が現れる。
 琉樹さんのペニスだ。
 私は喜び勇んでそれを咥える。それは私が求めてきたモノのような気がする。
 舌で唾液をまぶして、丹念にしゃぶった。裏側を舌でチロチロくすぐり、吸いながら顔を前後に動かした。
 徐々に固くなっていく。私は鼻を鳴らして、速度を上げた。体が熱くなっていく。
 でも、胸は相変わらず苦しく、重い。これは本当に正解なんだろうか。

「ハハッ、そんなわけないでしょう。これじゃありませんよ」

 私は口の中のモノを吐き出して、次の突起を探す。アソコがしびれて立ってられない。這い回るしかない。

「さて、いつまで保つかな、亜沙美さん。子供の頃、僕が館を攻略するのにかかった期間は約一年。催眠対策にヘッドフォンとサングラスと手に画鋲を握って一年ですよ。手ブラで乗り込めば数時間で人は壊れるでしょうね。僕もこの館で人を壊すのは初めてですよ。ハハッ、なんだかゾクゾクしてくるな」

 うずく体と、圧迫される肺。私はさかった犬のように腰を突き出し、舌を垂らした。

「アハハハハッ」

 琉樹さんは愉快そうに笑ってる。
 私は椅子をひっくり返して、脚を一本ずつしゃぶっていく。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 「琉樹の館」は、ここまでしか書いてないんで終了です。
 結構昔に書いてたんですけど、たぶん長いわりにエロくないんで投稿しなかったんだと思います。忘れたけど。
 『古い館が催眠装置だった』という設定で書くなら、「中高生くらいの男女で空き屋敷を探検したら催眠ハウスでエロいことになった」という話にすれば、もっと簡単にエロかったなぁと今なら思います。
 誰か書いてみてください。

 もう一本、短いの貼っときます。これも書きかけですが。

56: 名前:こむしょー投稿日:2015/05/17(日) 16:12
感想書いていいのかな?
naamiさんはなぜあっちに投稿しなかったんだろう?不思議です。

やかんさんはなんか私と相性いいのか分かりませんけど、ツボな確率高いです。LLLSSS秘蹟モラトリアム的小遊戯顔の檻
>もうしませんすいません。
なんでだぁぁぁ! 私ギャグとエロが一緒になってるの好きなんですけどねぇ。某コマキも興奮して(規制)。

57: 名前:やかん投稿日:2015/06/05(金) 23:48
ずっと前に書いたのを発掘したのでここに置いておきます。
何処にも投稿する訳にもいかずお蔵入りしてたので、供養を込めて。
エロは全くないんだ。すまんな。
……エロをよどみなく書ける才能が欲しい……。


 またいらしてくれたんですね。ありがとうございます。
 そう言いながら彼女は、その白磁のような手でもって私を家の中へと導く。玄関の靴箱の上には、白い百合を生けた花瓶が置いてある。まだ新しいのだろう、百合の花心からは静謐な香りが漂ってくる。上品で気高いその空気を肺一杯に吸い込んでから、私はいつもの通り彼女の後ろについて防音室へと向かう。
 防音室につくまでのほんの少しの間、私は前を歩く彼女の後ろ姿を眺める。重力の方向になだらかな波を描く栗色の髪が、歩くのに合わせてかすかに左右に揺れる。そうして、反対側へと動く向きを変える時にささやかな甘い香りを発するのだ。女というものの髪は皆このようなものなのか、私にはわからない。ただ、彼女は私とは根本的に何かが違うのだということはわかる。柳のように強靭な芯を、その全身に触れただけで壊れそうな繊細さを纏うことによって隠しているのに違いない。
 女。先日街の裏で出会った女は、彼女とも私が今までに会った他のどんな女とも違った。露出の多いドレスで抜群のプロポーションをした身体を包み、この世のものとは思えない美貌を極上の化粧で引き立たせていた。妖艶としか言いようのないその女からは、しかし人間の匂いというものがしなかった。指の数が一本多いような、目が左右逆についているような、そんな得体の知れない違和感が存在した。だが、私の記憶にはその女の顔が残っていない。ただ美しいという思いだけが残っている。
 防音室に入る。真ん中に置かれたグランドピアノ、その傍の机の上にワインのボトルとグラスが二つ置いてある。丁度知人からもらったものがあったんです、よろしかったらどうぞ。そう言って彼女はワインのボトルをあけ、グラスに注ぐ。グラス越しの室内はゆがみ、赤く染まっている。そこにあの女を見たような気がして気持ちが悪くなるが、気づかれないように何気ない風を装って左手でグラスを持つ。薬指のリングとグラスがぶつかり、透明な音が出る。一口飲む、ワインはよく冷えている。赤い液体の流れが私の喉を通り、食道を通り、胃に注がれるのがわかる。美味い。そう口に出して初めて、自分はこれを美味いと感じたのだと知る。
 彼女は微笑むと、自分のグラスには注がずにボトルを元のように机に置く。喉を冷やすと、歌に支障が出てしまうので。そう断ってから、彼女はグランドピアノの天蓋をあけ、椅子に座る。ピアノの横には、世界的なコンクールにも使用されている海外の有名メーカーを示す名前が金字で刻まれている。
 いくつかの鍵盤を弾き、音の高さを確認すると、彼女は発声練習を始める。Cから一オクターヴ上のCまで、次はDから一オクターヴ上のDまで。そうして、Hまで練習した後、彼女は一度大きく深呼吸をし、私に曲名を告げる。声楽の素養のない私には耳慣れない名前の作曲家の曲だ。ひと呼吸置いて、彼女は歌い始める。
 彼女の白い喉が震え、周囲の大気が震え、私の鼓膜が震え、それが心地よい振動となって私の心を揺らす。時には激しく、時には優しく、淀みなく流れる河のように、音が彼女から紡がれる。私はいつものように彼女の美しい横顔を眺めながら、その独唱を聴きつつ、沸き上がる感情に思いを馳せる。
 私は、彼女が憎かった。私の一番大切なものを間接的とは言え奪い、のうのうと生きていることが許せなかった。殺したくさえあった。そして実際、何度か殺す夢を見た。決まって絞殺だった。その白い喉に指を絡ませ、渾身の力を込めるのだ。柔らかい皮膚に爪が食い込み、肉を破って骨まで達する。そうして、頸動脈と気道を同時に圧し潰す。その喉から一言も発させずに殺すのだ。窒息の苦しみに跳ねる喉の白さが、まるで死んだ珊瑚のようだと思ったのを覚えている。それが夢である。
 またそれから、無慈悲に執拗に犯す夢を見た。美しい旋律を紡ぐ喉に、逆に己の肉棒を何度も突き入れ蹂躙する。そして声帯を汚すように、精液を叩き付けるように、幾度も口内奥深くで射精する。むせる彼女を押し倒して縛り上げ、上質な陶器のように滑らかな肌全てに執拗に舌を這わせる。初めはいやがる彼女の肌にだんだんと朱が差し、その美声でもって官能の嬌声を挙げるのを聞いた。幻の中の声はどこまでも淫らであった。
 そして最後に――そう、先日あの女に出会って以来だ――彼女のすべてを手に入れる夢を見た。毎日であった。彼女が自分のすべてを私に捧げると言い、その美しい裸体を惜しみなく晒す。跪いて私の足を舐めながら、服従の言葉を紡ぐのだ。私の言うどんなに恥辱的な命令をも一字一句違わず復唱し、心から喜んで遂行する。人間としての尊厳を捨てきり、全裸で街中を歩き回った挙句、自分の犯した罪を告白しながら公衆の面前で自慰をする。そして絶頂を迎えた後に道行く人々と無差別に性交をし、同時に喉が潰れるまで鎮魂歌を歌う。全てが終わった後に、私に対して心からの感謝をしながら舌を噛み切る。吹き出る血で白い喉が赤く染まり、透き通るような声が濁る。楽しそうに笑いながら彼女は自らの意志で絶命する。私は夢精をする。
 今言った全てのことを可能にする力を、今の私は持っている。左ズボンのポケットである。小さなガラスの瓶に入った錠剤は、たった一粒で人の精神を容易く変えてしまうことができる。あの赤い女はそう蠱惑的に言って、赤いルージュの引いた唇を舐めた。その赤を見るうちに私の中の劣情や憎悪といった感情がマグマのように沸騰していくのを感じた。そうして私はここに居る。ここに居て彼女の歌声を聴いている。
 彼女の歌声は深く、多彩である。単に美しいというだけではない、誰もが所持する心の琴線、それを確実に揺らすだけの何かが確かにそこには満ちている。私はその声を奪うことを思う。蝶の羽根をむしるような優越感、初恋の女性の写真を切り刻むような背徳感、注連縄の内側で排尿をするような恍惚感、そういった類いの何かが混じり合い、私の中を嵐のように跳ね回る。心臓が加速し、血液がものすごい速度で身体中を駆け巡る。今仮にどこかを傷つけられれば、その傷から血が天井まで迸るだろう。血管では押さえきれなくなった血が汗と混じり身体中の穴から吹き出る。呼吸する空気が水飴のように粘つき、喉に絡まる。唾が出る。私は目の前のグラスに手を伸ばす。赤いワインを構成する冷たさが、指先から一直線に私の熱くなった背骨を射抜く。
 そこで、私は突然に気づいてしまう――彼女の声の深み、その理由に。彼女の声はその白い喉が生み出しているのではない。彼女の心の琴線が、彼女の抱えている闇の中でどこまでも響く。そうして反響され増幅された音が、声帯という門を通して外界へと溢れ出しているのだ。抱えている闇が深いほどその声は色彩を増す。一人の人間の命を奪うことで生まれた闇は、これほどまでに彩り豊かに彼女の音を造り変える。私が彼女のすべてを奪うならば、闇は再び塞がれ、この声は永遠に失われてしまうだろう。
 だとすれば――嗚呼、すべてはこのためだったというのだろうか。この美しさを完成させる為に、すべては犠牲になったというのだろうか。事実命の深さを得た彼女の声は、天上のものかと惑うばかりにすばらしい。個人的な怨恨で奪ってしまうには、この声は余りに神聖である。この声を破壊することは、この声に彩りを与えた愛おしい命すらも侵略することにつながるのではないか。そういう意志が音に乗って耳から私の脳髄を削る。
 ならば、私のしようとしていることはどうなるのだ。わずか果物一つほどの重みしかないこの薬の瓶が、今は大地につながれた鎖のごとく重い。今にもポケットを突き破り地面に落ちて砕け、私の思惑を彼女の前に無様に露呈するような気がしてならない。たまらなく不安で、今すぐに投げ捨てたい心地で胸が破けそうになる。
 だが、今更戻れはしない。私は知っている。彼女の名声と幸福を許容するには、私という人格の器は狭すぎる。無理に受け入れようとすれば、跡形もなく砕け散るだろう。私はかつて愛されていた自分を愛している。この存在が消え去ることを思うと恐ろしい孤独感に肺が潰れる。
 けれども――この歌声を聴いていると、それでもいいような気もしてくる。私という一個の人格の保全の為に、人類の宝を奪うことは許されないのではないか。それならいっそ、私という人間など完膚なきまでに砕け散った方が、それ以外の全てのものに対して幸福なことなのではないか。
 そう思っているうちに、彼女の歌が終わる。私は拍手をすべく両手を眼前に掲げる。左の薬指から光が私の網膜を貫き、精神をぐずぐずと腐らせていく。それに抗う術を私は知らない。私の心は崩れていく。彼女は次に私に感想を求めるだろう。私の心は腐っている。荒れ狂った感情が身体中の内臓という内臓を噛み砕く。口を開けば私のすべてはその穴から吹き出すだろう。そうして私は死んでしまうだろう。
 私は無意識に左ズボンのポケットに手を伸ばす。固い無機質な手応えが震える指先に伝わる。力を込めて瓶を掴む。薬指の根元の鉱物がガラスとぶつかり、どこまでも冷たい音を私の腐り堕ちた心に届ける。

58: 名前:風狂の振り子投稿日:2015/06/06(土) 23:40
どうも、風狂の振り子です。

……気になる。
その瓶の中の薬品で彼女の全てを手に入れるところが見たいです……。

と、それはさておき習作というかお話のワンシーンを切り取ったような感じですね。
こういう、ひとつひとつの表象や描写、語彙の選択に趣向を凝らしたような文章、けっこう好きなんですよね(あと、ほとんどの文が断定調っていうのも特徴ですけど、断定調の文章って独特のリズムが出ていいんですよね)。
もともとがギャグやコメディ系のショートショート書いてたワタシには縁遠い部分もあるんですけど、それでも、ほとんど表には出してませんけどこういう文章の練習ってしてったんですよね。
ていうか、今でも練習はしとかなきゃいけないんですけどね。
でないと、いろんな表現や雰囲気を描く練習をしておかないと、知らないうちに語り口や描写がワンパターンになってる気がするんですよね。
そんな人間ですから、『スキッツォイド』 のやかんさんのレスにあった、
>自分はなるべく一作ごとに作風を変えてみたいと思ってて、その一貫でこのような「二人称での進行」にしてみました。
>これまで、純愛系、悪堕ち系、コメディ系、純愛系、崩壊系、悪堕ち系、崩壊系と来てるので、次にはコメディ系あたり書きたいかなと思っています。
っていうのがすごく同感できます。
なんか、同じ作風のものばっかり書くのが怖いというか……怖いのとはなんか違うかな?とにかく、同じ雰囲気の話ばっかり書くいてるとなんか落ち着かなくなるんですよ、ワタシの場合。

で、昨日読んだときには、こういう表現のお話だったらもうちょっと間を取ってゆったりしたテンポの方がいいかな?って思ったんですけど、さっき読んだら、あ、こういう時に詰まった感じもいいかなと思ったり。
実際、ゆったりと間を開けた文章と、ぎっしりと字の詰まった文章ってそれぞれに良さがあって、そういうのはお話のタイプによって向き不向きがあるって思ってたのに、読む側の気分で変わることもあるんだって思った次第です。

でも、久しぶりにこういう文章読んだので、ワタシも最近そういうのをサボってたのでちょっと練習しとかないとって思いましたです。

59: 名前:やかん投稿日:2015/06/07(日) 16:16
風狂の振り子さん、どうもありがとうございます。……ここで返事とかしちゃっていいかな……とも思いつつ。
習作スレということなので、習作を投下してみました。
色々な作風の模索って手間はかかるんですけど、現状に満足してしまうと新しいものを作れなくなるというか、停滞してしまう感じがするんですよね。
停滞だけならまだいいのかもしれませんが、自分の場合放っておくとどんどん劣化してしまうので、現状維持するのにさえ努力が必要なんですよね……。むむむ。

今回は、語り手の心境も表現させてみたいと思い、わざと改行を少なくしてみました。思考がどんどん早くなって焦る感じを出したかったんですね。
読む側の気分でも変わるっていうのは面白いですね。確かに、自分も小説を書いている最中に間を開けるか詰めるかを一日ごとに変えていた記憶があります。

それにしても、よく考えると、一粒で人格を変えられる薬を瓶で持ってるこいつヤベェ。

60: 名前:紅夢抄投稿日:2015/06/08(月) 19:35
折角なので感想書きますね。
この文章はかぎかっこがないのが特徴的です。地の文で会話を表現するのって意外と難しいよなぁって思ったり。
行が空いてないというのは普通の書籍ならある意味当たり前なんですけど、ネット小説って行を空けるスタイルの方が一般的ですよね。視覚的にそちらの方が読みやすいということなんでしょうけど、小説読み慣れてる人からするとスカスカな文章は頭悪く見えちゃうんでしょうかねぇ。中高文章かよ!って。私は行空いてた方が読みやすいですけどw。

内容ですけど、この読者に想像させる小説ってもはや、やかんさんの作風の一つなんじゃなかろうかと。そう思いました。女何者やねん、彼女何者やねん、男何者やねん、何を奪われたんや(なぜ似非大阪弁)。

語り手の心境の表現とのことですが、その通り語り手の5感から、女性の魅力や現在の状況が読者に訴えかけてくるかのようです。
薬物は、ダメ。ゼッタイ。ダメ。ゼッタイ君がブチ切れですよ。

61: 名前:紅夢抄投稿日:2015/06/08(月) 20:07
間違いました(汗)
× 中高文章かよ!
○ 中高生の書いた文章かよ!

62: 名前:やかん投稿日:2015/06/08(月) 22:59
紅夢抄さん、どうもありがとうございます。
高校の頃友達と携帯小説について議論したことがあるんですが、そこで出たのが「ページめくりのスケールダウン」でした。
たとえば漫画とか本はページをめくりますが、ネット小説だと主にスクロールじゃないですか。
紙媒体だとページをめくる度に何かしら変化があると思うんですが、ネット小説だとそれがスクロールに置き換わっていて、つまりインパクトの大きさを減らす代わりに回数を増やしたのがネット小説なのかな、とかいう話をしました。他にも、エロゲとかも一文ずつ読み進める形ですし。
臨場感とか、刻一刻と変わるものを表したりという、ネット小説という媒体の強みを生かすのは、むしろ改行が多い書き方かもしれません。
あと、書いてる方も楽ですし(ォィ)。

自分はどうも、何でもかんでも記述するのは格好悪いと心のどっかでは思ってるみたいなんですね。
今回のも、男の妻が彼女を(何かしらから、例えば交通事故とかから)守った結果死んでしまって、その為に彼女を憎んでいる男が街角で変な美女から怪しげな薬を貰うっていう話なんですが、それを本文に書くのもなんか違うなー、と感じたりしてまして。
裏設定として、彼女は男の妻と声楽学校で競ったライバルかつ親友で、男を影で取り合ったりもしていて。男を慰める&贖罪という名目で男に毎週歌を聴かせることになっているんだけれど、男の妻に対する罪悪感と、男の前で歌うことが出来る、男を独り占めできるという歓びの狭間で揺れている感じで。そんな感じの背景を考えてました。
しかしそこまで書こうとすると技量的にむりぽな気がしたので中止しました。だめじゃん。

薬物は興味がないわけじゃないんですが、法律でも禁止されてるし、後遺症が怖いし……。トリップ中の感覚とか思考とかに興味はあるんですけど。危険。
>ダメ。ゼッタイ君がブチ切れですよ。
なにそれこわい。

63: 名前:二重螺旋投稿日:2015/06/11(木) 01:21
【エロの最中で終わっちゃってる書きかけ品ですが、話が広がらなそうなのと、これ以上書く意欲がなくなっちゃったのと、シチュエーションは好きなので、ここに投下】


「真理さん、バリ旅行は誰と行っていたんですか?」
「秘密です♪」
「秘密?」
「ご想像におまかせしま〜す」
「そっか〜。ご想像しておくわ〜」

こうして、神崎始は失恋した。

会社の年下の先輩にあたる真里とは、最近親しく話すようになって、ときどきはプライベートのことを聞かれるようにもなったし、ちょっと良く思ってくれているんじゃないか、と思っていたのだけど。

彼氏持ちだった。なるほど、これは口説くのは諦めるしかない。

「あのさ、真里さん」
「なんですか?」

「これちょっと見て」
パカッ。
「じっと見てね」
パチン。

真里に見せたロケットを閉め、真里の心をその中に閉じ込めた始は、給湯室の扉を締めると、真里の心に指示を出す。

曰く、真里は始に最初に会った日から、始のことを性的に魅力的に感じており、機会があれば是非セックスしたい、と折りに触れて思っていた。
曰く、真里は、始と同じ場所にいたり、始と連絡をとっていたりすると、つい始とのセックスを妄想し、始とセックスしたいと考えてしまう。
曰く、真里は、始と二人きりになると、体が始をあからさまに誘惑するように無意識に動いてしまう。
曰く、始からのアプローチがあると、誘惑的に動いていたことに気付き、恥ずかしく思うが、自分の誘惑に応じてくれたことも嬉しく重い、自分から誘った以上は責任をもってどんなエッチな要求にも応えなければならない、と思い込む。

パカッ、とロケットを開き真里に見せて。パチン、とロケットを閉めて、心を真里に戻す。

「自分が旅行行くとなると、男の悪友たちと行って、夜も男だけでグダってる感じになっちゃうから、羨ましいや」

始はあなたに彼氏がいることは良く分かりましたよ、という趣旨の会話を続けながら、たわいのない自虐に走る。

真里の方は、給湯室の壁に背中を預けると脚を組むようにして、右ももで、ミニスカートを持ち上げる。際どいくらいまで持ち上げると、左手をさりげなくスカートに当てて押さえると、右足をさげる。始にはパンスト越しのショーツが丸見えである。


真里の顔を観察すると自分がスカートをたくし上げているのに全く気づいていない風だし、始が真理の下腹部を凝視しても気づかないようだ。

真理はたわいのない話を続けながら、ブラウスのボタンを一つ、いや、二つと順番に一つを残して全部外すと右腕を自分の胸の下に差し込んで持ち上げて、結構ある胸をブラ丸見えで公開する。

ここまで暗示が効いているなら、他の暗示もかかっているとみていいだろう。真理の頭の中は始とのセックスで占められているはずだ。

「真理さん、エロすぎますよ」
始はまず手の平で真理のあそこを覆う。
「えっ、ええっっっ」
真理は、始に触られて始めて自分が下腹部をたくし上げて晒していたことに気づき、
「胸もあそこも全開で誘われちゃ我慢できませんよ」
胸を鷲づかみにされて、自分がブラも公開していたことに気づく。
「僕も前から真理さんとエッチしたかったんです。真理さんから誘ってもらえて嬉しいな」
「えへへ」
自分の無意識な誘惑に気づいていなかった真里としては驚きの急展開だが、自分でしたことなので、とりあえず適当に笑ってごまかした。始くんとは前々からエッチしたかったし、ついさっきだってエッチな妄想を始めそうになっていたところで、迫られて不満というやけではない。ええい、このままエッチに雪崩れ込んでしまえ。
「始くん興奮してくれたの?」と、真里は始の股間に手をのばしてさする。
「もう、ギンギンですよ」
真理がぎゅっと力を込めてみると、確かに堅くなっている。
「あのね、お願いしてもいい?」
「何ですか?」
「エッチするならあそこをいっぱい舐めて欲しいの」
「もちろんいいですよ!」
「あと、入れるときは激しくしてほしいの」
「わかりました!僕からも一つお願いしてもいいですか?」
「なーに?」
「生でして、中で射精したいんです。真里さんに彼氏いるのは分かってますが、ぜひ生中出しがしたんいです。お願いします」
「本当はダメだけど」真理が口をとがらせる「今日は私が誘惑しちゃったから、責任取らないとね」
「中出しいいんですか?!」
「今日だけね。そのかわりいっぱいクンニしてくれないとダメだからね」
「頑張ります!」
真理がパンストとショーツを脱ぎ捨てて、改めて体を壁に預けると、始はその前にひざまずく。中出しまでさせてあげるんだし、一方的にご奉仕させてもいいだろう。
「真理さんのあそこ、思ってたとおり、きれいです」
「そっ、そんなの褒められても、恥ずかしっいっ」

始のクンニは真理が想像していたよりも気持ち良かった。
10分ほど、なめられ、吸われ、ときには指を入れられて刺激されると、真里の脚の力も抜けてくる。

 コンコン

と、給湯室にノックがあるが、始が「とりこみ中です!」と答えると、去っていく。会社の従業員は、閉まっている扉のむこうでどんな変な音がしてもかならずノックするし、とりこみ中と言われれば、変な音を聞いたこと自体を忘れて去るように改変済みである。

【始くんは多分会社で何人かセフレを作って会社の中でも外でもエッチしてるけど、ここで終了】

64: 名前:風狂の振り子投稿日:2015/06/12(金) 04:53
どうも〜、風狂の振り子です〜。
習作に感想を書くのって、たしかにどうかとも思いますけど、気になったので書かせていただきますね。

ていうか、ロケットに相手の心を閉じ込めて、その心に向かって指示を出してからそれを相手に戻して操るっていうのがワタシ的にはすっごく気に入りました。
この方法って、ひねり方次第ではすごく面白そうなのです。
それに、ロケットに心を閉じ込められているときの、おそらく人形みたいにぼんやりと突っ立っているであろう真理ちゃんの描写があったら、この長さだけでもけっこう興奮したかもとか思います。

でも、あれですね、ネックは一度にひとりの心にしか指示が出せないってことでしょうね。
きっと、会社の従業員みんなにやるの大変だったろうなぁ……。
こういう、1対1でしか操れないものって、短編ならいいんですけど、結果として大人数操るとなると途中でだれてきちゃいそうですよね。

でも、すでに会社の中はみんな改変済みで、何人かセフレがいるっていかにも二重螺旋さんらしいですよね。
ていうか、相手にカレシがいても普通にやっちゃうんですね(笑)。

65: 名前:二重螺旋投稿日:2015/06/21(日) 01:57
ご感想ありがとうございます。習作スレで感想へのお返事もなんですがなるべく趣旨に沿うようなお答えにすると(笑)
「おそらく人形みたいにぼんやりと突っ立っているであろう真理ちゃんの描写」というご指摘にハッとしました。いつもMCシーンが足りないという指摘を受けるのですが、今回は催眠描写は比較的書いていたつもりだったのです。だから、「なるほど、そこが欠けているとMCシーンが完成しないのか」と納得しました。
書いた催眠方法については、誰が自由に使ってくれても構わないです。水戸黄門の印籠みたいに掲げて集団催眠できてもいいですね。

66: 名前:紅夢抄投稿日:2015/06/22(月) 20:07
折角なのでちょっと感想書きます。
短い文章でも、作者さんの色、というか、らしさ、みたいなものがありますよね。
二重螺旋さんの場合、即エッチとか、お手軽催眠とか、ライトな雰囲気だけど、やってることはかなり鬼畜とか。
既に会社を支配してるあたり、チートな洗脳アイテムですねwそしてエロい!

67: 名前:二重螺旋投稿日:2015/11/24(火) 02:05
>紅夢抄さん

 ご感想ありがとうございます。こんな習作でもエロいと言ってもらえると嬉しいです。

 私のパターンがだいたい同じなのは仰るとおりです。思いついた状況は大体「エロいと楽しい」に入れ込めるので、あるシチュエーションが「エロいと楽しい」では書きにくいときにパターンを少しだけ変えてみる感じかも。

「即エッチ」で無いパターンも一つ書いてみたのですが、これは本番前に力尽きてしまいました。
「お手軽催眠」「ライトな雰囲気」「やってることはかなり鬼畜」「既に周囲を支配」あたりはいつものパターンと同じです。

■お嫁さんの新常識
 婚活コーディネーターの柳沢さんから強く勧められて会った、城川始というその男性はいきなり変なことを言い出した。
「僕、柳沢さんから、岬さんのプライベートなことも色々聞いちゃったんですけど、『疑問や不信を感じない』で欲しいんです。むしろ、『プレイベートなことも話しやすいことに好感』を持って欲しいんです」
「ああ、そうなんですか。もちろんいいですよ」
 好感を持てと指示されるのは話がおかしい…と岬は一瞬感じかけたが違和感はすぐに消えた。柳沢さんには相手に秘密にして欲しいと頼んだことも色々話しているが、それが始くんに伝わっていても…何も問題はないだろう。気にする理由が思い付かないし。むしろ、始くんは個人的なことでもなんでも話せそうな気がしてきて、ちょっと安心したくらいだ。
「岬さん、男性に胸をジロジロ見られたり、胸が大きいことをわざわざ口に出されるのが嫌いなんですってね。芸能界はそういう男ばかりで、恋愛対象にもならないって聞きましたよ」
 高崎岬は、元グラビアアイドルのモデル事務所社長。本人も小学生後半からスーパーモデルになることに憧れて活動してきたが、中学三年の夏休みに身長が伸びなくなり、代わりに胸が急激に成長しはじめ、ファッションモデルへの道は絶たれた。
 岬はグラビアライドルの道を勧められ、漫画雑誌への掲載2回と写真集1冊を出したが、自意識に合わない無教養巨乳キャラを押し付けられ、芸能界のセクハラ体質にも耐えかねた岬は芸能活動を早々と撃ち切っていた。
「それは本当にそうなんですよ。自分のブラのカップがJなことくらい、自分がいちばん分かっている訳じゃないですか。隠せる大きさじゃないから、だれだって大きいのは分かるのに、わざわざ口にして何がいいたいのか意味不明です。ジロジロ見られるのも不快以外の何者でもないです。用があるなら目を見て話せと思いますね」
大学を出てアパレルやモデル事務所などで経験を積んだ岬は、2年前に女性の多様な美しさを打ち出すモデル事務所を設立し、メディアの注目も集めて順調に拡大を進めているところだった。
宣伝にもなるから「美人すぎるモデル会社社長」と書かれるくらいはしかたない。しかし、ある「巨乳すぎる」と書かれたときは、週刊誌のそのページを破り捨てたくらいだ。
「男としては見ないほうが大変ですよ。だから、僕との関係では『自分の胸や、それに僕が寄せる関心を好意的にしか捉えない』で欲しいんです。じっくり『見られても、それは自分が好きな自分の胸を僕も好きということだから、親近感を感じて嬉しく思う』ようにして欲しいんです」
岬としてはなかなか考えたことの無い視点だが、始くんと話していると、自分の胸が好ましいと思えてくるのは確かだ。さっきからチラチラ見てたのが気になっていた気分は消えたし、顔から視線を逸らされてガン見され始めたのも気にならないというか、ちょっと嬉しい。
「私の胸、そんなに気になります?実はこーんな感じでのっちゃったりするんですよ」
J75の大きさを強調するために、テーブルに両腕をつき、胸をテーブルにポテッと置いてあげる。
「これは凄い…最高です。結婚するなら是非、岬さんみたいに美人で巨乳な奥さんが欲しいです」
「またまたー」クスクスクス、と笑ってしまう。
顔はまあ、けっこう褒められるし、婚活で褒めておくのは実際マナーに近いところかもしれないが、褒められて悪い気はしない。そして、始くんがこの胸が本当に好きだというのは素直な賞賛として、心に響いてくる。胸を褒められて嬉しかったのは何年振りだろう。
なんか、テンション上がってきたし、こちらから質問しちゃおう。
「あの、事前にもらった写真と顔がちょっと雰囲気違う気がするんですけど、あれはいつ頃の写真なんですか?」
岬は、このことが正直かなり気になっていた。一瞬別人かと思ったくらいだったからだ。
「写真自体は、先々週撮ったものなんです。これも『不信に思わない』で欲しいんですが、柳沢さんのところで勝手にイケメン加工してたみたいで、顔面偏差値がだいぶ上がっちゃってるんですよね」
「写真は偏差値70くらいとすると、本物の始くんは55くらいですかね」
「岬さんきっついなぁ。でもまあ、平均以上と思ってくれて嬉しいです。ついでに、僕の顔も、『偏差値70の写真と同じくらい魅力的に感じて』欲しいんです。『どんな表情のときでも』ね」
まあ、始君の第一印象は確かに偏差値55といったところだが、話しているにコロコロ変わる表情を見ているとかわいく見えてくるし、角度によってはドキっとするくらいのイケメンだ。どの表情、どの角度から見てもそれなりな魅力のある甘いマスク、ではある。と、岬は思う。
…良く見てるとかなりのイケメンに思えて、ジロジロ見てるのがなんか恥ずかしくなっちゃって、うつむいてしまう。

柳沢さんから教えてもらった事前情報のとおり、岬さんは自分の考えをはっきり持っていて、しかもそれを遠慮無く口に出せる人だった。自分の考えが言える人のほうが、自分好みに改造しやすくていい。
もちろん、自分が色気付いた小学生のときにグラビで見て大興奮した美貌と巨乳も素晴しい。顔や体は性格のようには自由に改造できないから、見た目が一級品であるというのは妻にする女性を選ぶ第一の条件だ。
「始君、普通に話も面白いし、頭も良さそうなのになんで大学行かなかったの?」
「家庭の事情ですね」
「家庭の事情って?」
お酒も少し入ってきたからかもしれないが、岬さんも質問が無遠慮になってきた。でも相手に家族関係の問題があるかを聞いておくのも、婚活では当たり前だろう。
「これは事情が複雑で分かりにくいと思うんで、『俺が指でこう丸を作ったら、そこの部分の話は不信に思わないんで下さい』」
「はいはい。始くんそういうパターン多いね」
「うち、子供が多くて。10歳にならない妹が2人いて、姉が一昨年産んだ姪がひとり。これじゃあ、俺が大学行ってる余裕はないですから、すぐ働きに出たんです。俺が家に給料入れるようになったら楽になるかと思ったらまた今年、母と、2つ下の妹が妊娠しちゃったんですけどね」
「えーと、何人家族になるのかな?」
「父と母、姉1人に妹3人、姪1人で計6人と、母とすぐ下の妹のお腹に一人ずつですね」
「凄い子沢山な一家なんだ。じゃ、始くんおむつ替えとか得意そう!」
「むっちゃ得意ですよ。まだ独身なのにイクメンです!赤ちゃんはやっぱり可愛いですから、僕は結婚したら、すぐ子どもが欲しいんです」
「へー、若いのに凄いねえ」
「今時は珍しいかもしれません。だから、『僕が早く結婚して、家庭を築きたいと思っていることは、とても男らしくて、責任感があって魅力的』だと思って欲しいんです。岬さんは子どもは欲しいですか?」
「ん〜。おいおいは欲しいんだけど、今はまだ具体的に考えられないかな。仕事も勢いが出て来たところだし」
「それはいけません。『もう30も近いんだから少しでも早く自分の子どもを生むべきだ』と考えるようにしましょう。そして『これから年をとっていく自分のことを考えると、子作り、子育てを一緒にするのは、精力も強くて体力のある若い男が一番いい』と思って欲しいんです」
そう言いつつも、本当は早く子供が欲しくてたまらないし、自分の年齢を考えると、精力抜群の若い子が理想だな、とは思っていたんだよね。あくまで理想で、現実性はないと考えていたけど…始くんはまさに精力が有り余っていそうな若い子だし、イクメンで体力もありそう。ある意味、理想的じゃない?
さっきから私の胸を見まくっているのは、私をセクシーだと思ってくれているということだよね。始くんみたいなイクメンなイケメンだと悪い気はしないな。
「あ、メインディッシュがやっと来ましたね、おいしそうですよ」
「ほんとだねー」
やばい。盛り上がってきちゃった。もしかすると、もしかするかも。

 レストランから駅までの帰り道。
「あの、もし良かったらなんですけど…」
「なんですか?」
これは次のデートの誘いが来たかな?ドキドキ。どんなところを提案してくれるだろうか?今日は時間制限があることは伝えてあるので、さすがにこれからホテルに誘ってくることはないと思うけど…
「手、繋ぎませんか?」
やばい。キュンと来た。
「えっと…」
「嫌ですか…」
「嫌じゃないですけど…ここだと…」
人通りが多くないとはいえ、一応駅に向う道で、普通に人がいるし、ちょっと恥ずかしい…
「じゃあ、こっち行きましょう」
人通りの少ない横道に入ることを促されるが、つい足を止めてしまう。該当も少ないし、良く考えると始くんとは初対面だし、これまでは紳士に振る舞ってくれているけど、もしかして一皮むけたら野獣かもしれない…
『私が連れていくところに付いていくことには、不安をもたなくていいですよ』
ああ、それなら良かった。手を繋いでみること自体は、ちょっとロマンチックでいいな、と思っていたから。
住宅街の中に十分入ったからと思って、自分から手を繋いでみた。あたたかい。ということは、
「私の手、冷たくない?」
「いいえ、あたたかいです」
「本当に?」
と聞いたら、手を恋人繋ぎに繋ぎ変えられた。
「こうやってぴったりくっつきたいくらいあたたかいです」
 もう。

「岬さん、ハグしてもいいですか?」
「えっ、はい」
公園に入ったときに不意打ちで聞かれて、なんかついOKしてしまい、そのまま抱き締められてしまった。
「おっぱい、柔らかくて素敵ですね」
「あ、ありがとうございます」
本当に胸を褒められるのには慣れない。…正確にいうと、褒められるのが嬉しいのに慣れない。
『僕が岬さんの胸を愛撫するのは、手を繋ぐのと同じくらい自然と感じて欲しいです』
ん?何か言われたなと思うと、始くんがおっぱいを揉みはじめた。手を繋いだのだから、胸を揉まれるのに違和感はないが(といっても、手を繋いだときのように一言断ってくれても良かった)、ちょっとくすぐったい。
『僕におっぱいを愛撫されたら、ロマンチックな前戯のときと同じくらい感じて』
しかも、愛撫がゆっくりと乳首に近づいてきて、期待を煽ってくる。別にセックスじゃないし、手をつないでイチャイチャするくらいのことなのに、自分は何でこんなに期待しているの?
 始君がお尻に手を伸ばしてきたのは断った。けれど、始君が愛撫を乳首まで伸ばして、やさしくされると、キスを拒む抵抗力が失われてしまった。舌は入れられなかったけど。…入れられたら自分は拒んだだろうか?

そして、駅のホームで。
「岬さん、いきなりでごめんなさい。でも、ボク、岬さんのことが、とても好きになってしまいました。すぐに答はいりませんから、真面目にお付き合いを考えてもらえませんか?」
「えっと…」
「答はすぐにはいりません。でも、来週末、またデートしてもらえませんか?」
「あっ、はい。それくらいなら、ぜひ。楽しみにしています」

 岬さんと別れるときに、手をとって、手の甲にキスしてあげた。
 クスクス笑うばかりで嫌がらないので、そのまま乳房を掴んであげて、服の上から、乳首にちょっとキスをしてあげる。
「ちょっと、そんなに何度もしなくてもいいでしょ」
 気にしていたはずの規格外の胸にキスされても、手の甲にキスされたくらいにしか感じていない。
 これは来週が楽しみだ。

68: 名前:二重螺旋投稿日:2015/11/24(火) 02:18
あ、前の習作と主人公の名前が「始」で被ってますが、特に関係のない別人です…

69: 名前:風狂の振り子投稿日:2015/11/25(水) 01:26
どうも〜、例によって例のごとく、習作に感想書くのもどうかと思いつつもやっぱり書いてしまう風狂の振り子です〜。

ていうかですね、認識を歪められる系のMCが好きな人だったら、これだけでも充分興奮できると思いますよ。
相手の言葉通りに認識や常識がするっと変わっていく感じはワタシも好きですし。
話の中程にある、指で丸を作りながら話したことは不審に思わないっていうの、最初から二重カギカッコのところはそうやって話してるってしたらいいのに、とか思ったり。
その方が、岬さんがなにかされてる感が読み手に伝わるかな〜って思うんですよね。

それと、これってほぼ岬さん視点で最後だけ始くん視点になってますけど、どっちの視点かでかなり感じが変わってきますよね。
ワタシとしては断然岬さん視点押しですけど。
ちなみにワタシの場合、岬さん視点で、最初は地の文の部分でも城川さんって他人行儀な感じで呼んでるのが、始くんの言葉で不自然なまでに親近感が高まって始くんって呼ぶようになる変化があったりするとなお興奮します。

でも、こういのって、とりあえずメモだけしておけばなにかの時に使えそうな気がします。
すぐにお話に仕上げられなくても、時間を置いたら案外すっと仕上がったり、別なお話を書いてるときにすっとはまってくれそうな感じもしますけど。
ワタシも忙しくてロクにお話が書き進められないときでも、思いついたお話になりそうなアイデアやネタはこまめにメモするようにしてます(←メモしておかないと確実に忘れるので(笑))。
今現在、ちょっと忙しくてまともにお話を書けない状況ですけど、そんな時でもメモのファイルだけは貯まっていって、これ、ちゃんと書けるんだろうか……て思ったりもしますけど。
そのメモが日の目を見るのかどうかは神のみぞ知るって感じです(笑)。

70: 名前:二重螺旋投稿日:2016/01/30(土) 21:05
>風狂の振り子さん

ご感想ありがとうございます。習作スレの使い方は決まっていないので、気にせずいきましょう。

自分でも読み直してみましたけど、私も岬さん視点の方が好みですね。指マルと『』は微妙に違うのですが、伝わるようにできてないので、見直し必要ですね。

女性視点で一貫すれば、「エロ楽」にはないものが書けそうなので、ちょっとあたためてみます。

71: 名前:やかん投稿日:2016/02/20(土) 04:38
あけましておめでとうございます(二ヶ月弱遅れ)。やかんです。
大変ご無沙汰しております。
深夜テンションで書いてたらなんかできたので貼らせていただきます。
頭のどこからか「やめておけ」という声が響きますが、深夜テンションなので構わず貼らせていただきます。
喰らえ明日の自分!
エロないです。厨二病です。すみません。




 世間では最近、この近辺に住む妙齢の女性達が相次いで失踪するという怪事件で賑わっているらしい。
 現在テレビに映っているワイドショーでも、やれ失踪した女性達は皆美人だの、やれ誰かに誘拐されているだのと、いろいろと騒いでいる。
 僕は『失踪した女性たちは某国の工作員で、それが引き揚げたということはいずれ大規模な戦争が起こる前触れだ』などと幼稚な憶測を恥ずかしげもなく披露するコメンテーターを鼻で笑いながら、目の前で熱弁を振るう仄佳へと目を向ける。

「つまり、失踪した人達が消えたと思われる場所の付近には、少しも争った形跡がないの。だから、犯人は失踪した彼女達を何らかの方法で説得したと思うんだ」
「……なるほど?」

 熱弁を振るうのは良いが、その内容はワイドショーと何ら違いのない憶測でしかないものだということを自覚して欲しい。
 そういった意味を込めて返事をする。幸いこの飲み屋はそれなりに騒がしく、誰も僕たちの会話など気にしていないだろうが、人に聴かれたら恥ずかしいのは仄佳だ。
 が、仄佳は全く気にもとめない様子で話し続ける。

「私が考えるに、犯人は失踪した子達と面識は特にないと思う。なんでかって言うと、失踪した子達の間の共通点が少なすぎるから」
「……そもそも、誘拐犯が居るとは確定していないじゃないか。」
「いーや、居るね! こんな短期間で連続失踪するなんて、それこそありえないよ。少なくとも絶対に誰かしらの介入はあるはず」

 仄佳は断言する。全く、新聞記者というものは誰も彼もこんな感じなんだろうか。別に自分の人生には全く関係ないであろうことを、こんなにも必死になって調べたりする。きっと、彼らはそうしなければ死んでしまうのだろう。好奇心は猫をも殺すが、退屈は神をも殺す。

「つまりはうみみゃぁ! って感じなのかな」
「?」
「ああいや、なんでもない」

 思わず変なことを言ってしまった。
 それより、と居住まいを正して、僕は仄佳の目を見る。

「これは本心からの忠告なんだけれど」

 そう前置きをしてから僕は言う。

「この事件に、これ以上関わらないほうがいい」

 きょとんとした仄佳の顔を眺めながら続ける。

「これは、僕の予感なんだけど。この事件は、きっと、ろくなものじゃない。具体的にどうとはわからないし、言えないけれど。多分、よくないもののはずだ」

 関わると、不幸になるような。

「……まいったなー、孝典くんの勘ってよく当たるからなぁー……」

 後ろに仰け反りつつ、仄佳は顔をしかめる。
 しばし目をつぶって考えた後、仄佳は顔を上げた。
 その顔を見て、説得を諦める。

「ああ、もう。絶対に調べる気が満々じゃないか」
「あ、ばれちゃった?」

 よく見てきたこの顔は、絶対にやると決めた時の表情だ。今僕が何を言ったところで、彼女の心は変わらないだろう。

「えへ、よくわかったね」
「どれだけ君のそんな顔を見てきたと思ってるんだ。じゃあ、せめて身の回りには気をつけなよ。人通りのないところとか、暗い道とか、一人で通らないようにね」
「はいはい。わかりましたよー」

 仄佳がいたずらっ子のように笑う。素直にかわいいと思う。表情豊かな彼女の顔は、見ていて飽きない。
 僕は一抹の寂しさを感じながら、さりげなく肘で水の入ったグラスを押す。

「……あっ」

 テーブルから押し出されたグラスが床に落ち、水を撒き散らしながら割れる。鋭い音が店内に響き渡る。

「ああ、ごめん! うっかり当たっちゃった! 大丈夫、怪我はない?」
「あ、うん、私は大丈夫。孝典くんこそ大丈夫?」
「僕も大丈夫だよ。うわ、結構飛び散っちゃってる……ああ、ごめん! 足に水がかかっちゃてる!」

 僕は申し訳なさそうに紙ナプキンを持って、水が飛んだ仄佳の両足を拭く。そして、今更気づいたかのように慌てて手をどける。

「わ、ほんとごめん! つい……」
「あは、大丈夫だよ。ちょっと冷たいくらいだし、すぐに乾くよ」
「本当ごめんね。……だいぶ長話したし、そろそろお開きにする?」

 奥から店員がやってくるのを確認して、仄佳に切り出す。

「そうだね。思いの外話し込んじゃった。いつものことかもしれないけどっ」

 そう言って仄佳は笑う。
 僕は今きっと、幸せなんだろう。
 そして、それを自分で台無しにしようとしている。
 でも、するしかない。僕にはその意志と、実行するだけの力がある。
 行わなければ、ならない。
 僕は自分の会計を済ませると、仄佳と一緒に店の外に出る。
 いきなり気温ががくっと下がり、思わず身を震わせる。隣では仄佳が同じように身を震わせていた。
 簡単な別れの挨拶、そして再会の約束をし、僕たちは反対方向へ歩き出す。
 僕は十数歩歩くと足を止め、振り返り、仄佳が去った方向へと歩く。そして、店の5メートルほど先にある、ビルとビルの隙間に入る。

 その路地裏に入ると、彼女が横たわっていた。

 彼女の足はまるで人形になったかのようにぴくりとも動かず、彼女は未だ自分に何が起こっているのかわかる様子もなく、混乱したままなんとか立ち上がろうとしていた。
 僕のギフトは、酷く限定的だ。
 この道は、あの店で飲んだ後に駅に向かうため、仄佳がよく通る道だ。僕はそれをよく知っている。

「だから言ったのに。人通りの多い道を選んで帰りなよって」

 もし彼女が僕の忠告を素直に聞いていたら、どうなっただろうか。こうして路地裏に這いつくばることもなく、なんら変わりのない、平凡な、それでいて何よりも貴重な毎日を過ごすことができたのだろうか。
 いや、そうでなくても、足がいきなり動かなくなったとして、人通りの多いところだったら問題はなかっただろう。誰か親切な人に助けられ、これから先『自分のものではなくなった』両足に不自由しながらも、なんとか幸せに生きて行けたのかもしれない。
 最も、そんなことはさせるわけがないのだけれど。
 そんな下らない、取るに足らないことを考えながら、僕は仄佳に近づいていく。

「あ、孝典くん? おかしいの、なんかいきなり足から力が抜けちゃって」

 仄佳は困ったように笑った。まだ状況が理解できていないらしい。無理もない。

「ちょっと手を貸してもらえるかな? あと、できれば病院に連れてってくれると嬉しいかも……」
「大丈夫だよ、仄佳。焦らなくても良い。君は病気なんかじゃない。単純に、君の両足は僕の許可がない限りもう二度と動かないってだけだ」
「……え?」

 仄佳は、僕の言葉が理解できないようだった。

「簡単だ。簡単な話なんだ。僕が、さっき君が言っていた『誘拐犯』なんだよ」

 仄佳が、目を見開いたのが、光量の少ない路地裏の中でもわかった。

「君にこれ以上あの事件のことを調べられると、僕はとても困る。だから、悪いんだけど、君という人間にはここで死んでもらわなくちゃならない」

 仄佳は鋭い。事件のことを辿っていったなら、いずれ僕にたどり着くだろう。正義感の強い彼女のことだ、警察とかに通報するかもしれない。それは、非常に困る。

「『強欲な罪人(Nobody's Fault But Mine)』。そう名付けた。僕のギフトだ。君の両足は、もう僕の支配下にある」
「ギフト……?」
「君が知る必要はないよ」

 僕はそう言って、仄佳の喉に手を触れた。

「ほら、これでもう、声も出せない。君の身体が君の意志から切り離されていくのはどんな気持ちだい」

 言いながら、仄佳の両手にも触れていく。もうこれで、彼女は自分の意志で身体を動かすことはできない。もっとも、それを彼女が苦痛に思うのもあと少しの時間だけだが。

「『わけがわからない』、そんな顔をしているね。本来なら、今君に起こってることを説明するべきなのかもしれないけど。でも僕は、そんな無駄なことはしたくないんだ。だって君はもうすぐ死んでしまうんだから」

 仄佳。
 かわいそうな、仄佳。
 こんな路地裏で、彼女は死ぬのか。

「仮に運命なんてものがあるとして。夢や希望や熱意なんてものは、それにくらべりゃどうでもいいものなんだろうな。仄佳、君のことは好きだったよ。君がこの事件なんかに興味を持たなけりゃ、ずっと良い友達、いやもっと親しくなれると思っていたんだけど」

 そしてそれは、もう永遠に叶わない。

「どうだい? 得体の知れない能力を使う僕が怖いかい? 自分の人生を生きていこうとしているのに、それを奪い去って行く僕が憎いかい? でも、今君が心の中に抱えている全ての感情に全く関係なく、僕は君を殺す。君の抱えている感情は、僕を含めこの世界に少しも影響を与えることなく、君の精神とともに消えていくんだ」

 僕は淡々と発語する。諭すように。言い聞かせるように。仄佳に対して。自分に対して。

「つまるところ、今の君は、何も残さないまま、ここで死んでいくんだ。悔しいかい? なら、僕を存分に恨むといい。君のそんな思いに関係なく、僕はこれからも生きていくから」

 仄佳の体が震える。「なぜ?」とでも言いたいのだろうか。
 彼女の心の中を知りたいと思った。僕のギフトには、それができない。
 なんだか、少し、悲しかった。

「……実を言うとね、僕は自分のこの才能があまり好きじゃないんだ。自分の手で以って相手のいろいろなものを奪うことが、あまり好きじゃない。誰だってそうだろう? 自分とは関係ないところで、自分に都合がいいように物事が上手くいくのが一番いいって、誰だって思っているはずなんだ。誰だって、犯人にはなりたくないはずなんだ」

 僕の手が向かう先を悟り、仄佳はその目に涙と絶望を浮かべる。

「じゃあ、さようなら、仄佳」

 そう言いながら、僕は仄佳の頭を両手で包み込んだ。
 彼女が心の中で叫んだであろう悲鳴は、僕にはちっとも聞こえなかった。

 どのくらい時間が経っただろう。
 無表情のまま、こちらを焦点の合わない目で見る仄佳に、僕は嘆息する。
 こうするしかなかったとはいえ、『仄佳』を殺してしまったということは、とても残念だ。
 彼女のコロコロとよく変わる表情は見ていてとても楽しかったし、バイタリティ溢れる彼女の行動は見ていてとても気持ちが良かった。
 そんな彼女はもう死んだ。
 今ここに居るのは、僕の命令に従うだけの肉人形だ。
 仄佳だった肉人形の目の端から垂れる涙を指ですくい、舐める。感情が詰まった味がした。

「立て」
「ハイ」

 感情の込もらない声と共に、仄佳だったものが立ち上がる。

「お前は、今からここに書いてある住所に行け。インターホンを鳴らしてそこに書いてある言葉を言えば、中に入れる。そしたらそこで指示される格好に着替えて待っていろ」
「ハイ、ワカリマシタ」

 僕は仄佳の顔をした人形に、紙を渡す。僕の人形たちが保管してある場所の住所と、その合言葉だ。

「それから、その紙は覚えたらすぐに破いて飲み込め」
「ハイ、ワカリマシタ」

 目の前の人形は無機質な声で答える。普通ならためらうような命令にも、意志のない人形は即答する。
 僕は試しに、人形にキスをする。唇は柔らかく、暖かい。舌で歯を割って入ると、弾力のある舌が触る。僕はそのまま口内を蹂躙する。
 数十秒のディープキス。それに対しても、人形は顔色ひとつ変えない。
 僕は唇を離す。唇同士の間に、唾液の橋がかかって、伸びて、切れた。

「じゃあ、行け」
「ハイ、ワカリマシタ」

 踵を返し歩き出す人形の背にふと手が伸び、そして行き場を失って漂った。
 滲む視界は、きっとこの寒さのせいだ。




きっとこの後家に帰って、ビキニに着替えた仄佳ちゃんやその他といろいろエロいことをするんだと思います。「これはセックスじゃない。こんなものは、ただの自慰だ」とか言いながら。
勝手に人形にするわ、犯すわ、それでいてオナニーと言うとか、こいつ頭おかしいのかって思います。
人形化した女の子相手のエロが書けないのでここで供養させていただければと思います。
そのうちちゃんとした投稿もしたいと思っています。
今年もよろしくお願いします。

72: 名前:みゃふ投稿日:2016/02/20(土) 10:01
読んだーw
なんかこのまま人形オナニーも飽きて人形をぶっ壊しそうな勢いでぅねw
え? それはみゃふだって? いやいや、そんなことはないでぅよ?
みゃふがそんな酷いことできる訳ないじゃないでぅかー
そんな何もかもがむなしくなって自分にギフト使って見るなんて思いつかないでぅよーw

であ、ちゃんとした投稿を楽しみにしていますでよ〜

73: 名前:風狂の振り子投稿日:2016/02/20(土) 23:53
どうもです〜、今年もよろしくお願いしますです〜。

あ〜、人形化ですね〜……ていうか、
>勝手に人形にするわ、犯すわ、それでいてオナニーと言うとか、こいつ頭おかしいのかって思います。
それでいいんじゃないかとも思ったり(←こら)。
そもそもMCっていうジャンル自体が、人を理不尽に操ったり操られたりするものがほとんどなんですけど、人形化ってその最たるもので、行為自体もそうですけど、そのきっかけも理不尽なほどぴったりはまる気がします。

いや実際、相手を人形化するのを、「殺す」っていう表現がすごくしっくりしててワタシは好きです(←完全に人としてダメな発言ですが(笑))。
肉体的には死んでなくても、精神的に死んでしまってもう元に戻らないのなら、それはその人にとっては死と等価ですものね。
でも、見た目には生きているようにしか見えないから、人形化された女の子の縁者がその居場所を突き止めるっていうのもワタシとしてはすごく見たかったり。
どう見ても生きているようにしか見えないのに、その子はもう自分の知ってる彼女じゃなくて、しかも、もう絶対に元には戻らないという絶望感とか、もう最高です。
う、ダメだ……発言すればするほどいかに自分が人として終わってるか晒してしまう……。

74: 名前:やかん投稿日:2016/02/21(日) 13:38
みゃふさん、風狂の振り子さん、ありがとうございます。
案の定「なぜアップしたぁぁ!!」って悶えておりました。やかんです。
習作スレで感想返しをするというのも(ry
というかこんなエロもない話にどうもありがとうございます。感謝しかないです。

>みゃふさん
いつもありがとうございます。
多分こいつはそんなことできる勇気はないですね。自分大好き野郎なので、引きこもりっぽくずっとイジイジといじけたままのような気がします。更に迷惑なやつだな、こいつ。
さすがはみゃふさんです。「思いつかない」と言いながら全破滅エンドまで考えられているとは……。破壊王と鬼畜王のお二人が並び立っていた時代が懐かしいですね。Panyanさんお元気でしょうか……。

投稿に関しては、エロが書け次第です……。そんなに時間はかけたくないですし、骨子自体は出来上がってはいるのですが、まあ自分のことなので結構かかると思います。気長にお待ちください。
これからもよろしくお願いします。

>風狂の振り子さん
いつもありがとうございます。今年もよろしくお願いします。
確かにおっしゃる通り、理不尽な方がこう、萌える気がします。すれ違った綺麗なお姉さんを、人格や人生すべて無視してただの肉人形にする、みたいなシチュエーションいいですよね。
他にも、生意気な後輩は肉体操作、元気な同級生は常識変換、憧れの先輩はドMの肉奴隷、みたいな。いや、個人の趣味ですけれども。

特に相手の個性や人格を奪う類のMCって、やってることほとんど殺すのと変わらないなぁと思いながら書いてました。また、人形化とか奴隷化って、結局のところ人格の塗り替えなわけですから、力が強力であるほど画一的になってしまって、キャラの個性が出せずに難渋するという……(笑。だからハーレム物って書くのが難しいんでしょうね。
自分はどうしても主要な登場人物の中だけで話が完結してしまうので、振り子さんみたいな「縁者が居場所を突き止めて絶望」みたいなストーリーは考えつきませんでした。さすがです。確かにそのシチュエーションは、NTRみたいで結構いけますね。覚えておきます。
振り子さんの感想は、MCの被害者側の心情に深く切り込んでいくので、参考にさせていただくと話に厚みが出る気がします。自分には難しいですが……。どうしても人の心を掘り下げて考えるのって苦手なんですよね。自分サイコパスなので。

なるべく早く、新作を投稿できるように頑張りたいと思います。
これからもよろしくお願い致します。

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